2006年04月06日(木) 03時45分52秒
さくら考
テーマ:心
昔の仲間の会が続いている。会と言っても酒を飲んだり食事をしながら、四方山話をするだけの気楽なものだ。今回は、幹事の粋な計らいで、花見の真っただ中の上野公園の西郷さんの近くの中華料理店で開かれた。
9時過ぎに終わったので、西郷さんから寛永寺まで歩いて夜桜を見た。普段は通り過ぎてしまう地味なお寺だが、この時期になるとまるで様相が違って見える。ライトアップされた桜が見事である。清水寺の舞台に立ったような錯覚を覚える。
そこから、桜並木を動物園の方に向かって歩いた。青いシートの上に花見客がいっぱいである。これも壮観だ。外国人が見たら何の騒ぎかと思うだろう。各所に、ペットボトル、段ボール、生ゴミ、プラスチックなどと書かれた分別ゴミの箱が用意されていてきちんと捨てられている。さすがに慣れたものだと思った。
読売新聞に「さくら考」という記事が出ていた。時期にあった良い特集である。花見は、東京が発祥だそうである。確かに、桜の名所は全国各地にあるが、花見の名所は東京に集まっているように思える。ソメイヨシノの景観は近代や文明の象徴として日本人が選択したものだという。桜を戦争と結びつけたのも人の仕業であるという。
枝に咲く桜の花に触れてみた。思いの外、ひんやりと冷たかった。桜の咲かない年はない。時期が来ると勝手に咲いているだけである。そのまわりで毎年繰り広げられるこんな人間模様を、桜はどんな思いで見ているのだろうか。
花見とは、桜を肴にしたコニュニケーションの場でもある。桜は人が感じたり考えたり行ったりすることを忠実に映し出す鏡でもある、とも書いてあった。この桜を愛でるという心は無くさないようにしたいと思った。来年もまた、昔の仲間と、この時期に、ここに来て見たいと思った。
9時過ぎに終わったので、西郷さんから寛永寺まで歩いて夜桜を見た。普段は通り過ぎてしまう地味なお寺だが、この時期になるとまるで様相が違って見える。ライトアップされた桜が見事である。清水寺の舞台に立ったような錯覚を覚える。
そこから、桜並木を動物園の方に向かって歩いた。青いシートの上に花見客がいっぱいである。これも壮観だ。外国人が見たら何の騒ぎかと思うだろう。各所に、ペットボトル、段ボール、生ゴミ、プラスチックなどと書かれた分別ゴミの箱が用意されていてきちんと捨てられている。さすがに慣れたものだと思った。
読売新聞に「さくら考」という記事が出ていた。時期にあった良い特集である。花見は、東京が発祥だそうである。確かに、桜の名所は全国各地にあるが、花見の名所は東京に集まっているように思える。ソメイヨシノの景観は近代や文明の象徴として日本人が選択したものだという。桜を戦争と結びつけたのも人の仕業であるという。
枝に咲く桜の花に触れてみた。思いの外、ひんやりと冷たかった。桜の咲かない年はない。時期が来ると勝手に咲いているだけである。そのまわりで毎年繰り広げられるこんな人間模様を、桜はどんな思いで見ているのだろうか。
花見とは、桜を肴にしたコニュニケーションの場でもある。桜は人が感じたり考えたり行ったりすることを忠実に映し出す鏡でもある、とも書いてあった。この桜を愛でるという心は無くさないようにしたいと思った。来年もまた、昔の仲間と、この時期に、ここに来て見たいと思った。







