2006年07月28日(金) 06時44分33秒
講についての議論
テーマ:生活
寺で「門徒講」という名前を変えるかどうかという議論が持ち上がった。講というのが若い人には分かりにくいので「門徒会」にしたらどうかということが発端だった。
会議の席上で意見が真っ二つに分かれた。意外にも、ご高齢の方が、改名派であり、私も含めた比較的若い世代が温存派になった。
改名派が、封建的な色合いのある分かりにくい言葉だから止めたいというのに対し、講演や講師などに残っているように、人の話を聞く集まりという意味があるので残したい、というのが温存派の主張だった。
結論としては、講の本質をもう一度掘り下げて考え、分かりやすく説明していくという、住職の意見があり、講は残すということに決まった。言葉として残すだけでなく、寺のあり方自体も変えていきたいと言う意見が決定打だった。
しかし、こういう言葉一つで、世代を超えた議論が出来る場があるのも良いと思った。このような場がまさしく講ではないかと思った。
会議の席上で意見が真っ二つに分かれた。意外にも、ご高齢の方が、改名派であり、私も含めた比較的若い世代が温存派になった。
改名派が、封建的な色合いのある分かりにくい言葉だから止めたいというのに対し、講演や講師などに残っているように、人の話を聞く集まりという意味があるので残したい、というのが温存派の主張だった。
結論としては、講の本質をもう一度掘り下げて考え、分かりやすく説明していくという、住職の意見があり、講は残すということに決まった。言葉として残すだけでなく、寺のあり方自体も変えていきたいと言う意見が決定打だった。
しかし、こういう言葉一つで、世代を超えた議論が出来る場があるのも良いと思った。このような場がまさしく講ではないかと思った。








