「私はハマっ子、私と横浜をつなぐ大きな絵を描こう!」
「
私はハマっ子、私と横浜をつなぐ大きな絵を描こう!
」
というワークショップに参加した。子供向けのイベントだが、親の方が夢中になってしまった。
「平
町公の街の見方を手がかりにして、中華街 やマリンタワーで取材をし、大きな紙に横浜の街の絵を描きます。街の景色や成り立ち、そこに暮らす人と人のつ
ながりをあらためて感じ、絵画表現の可能性を体験しましょう。」というものがどんなものなのか最初は全く分からなかった。
1日目は、筆を
使う練習。大きな和紙に筆で線を引く、というのから始まった。墨の濃淡を使うとかなりの表現力が出来るということを体得して行く。仕上げ
に、自分の家のまわりの風景を横が2メートルもある紙に描いた。自分たちで描いた家のまわりの風景の中の道を黄色で塗った。
「今では、デジカメで気軽に写真が撮れますが、それでは頭に残らないんです。」
見慣れた風景でも、それを描こうと思うと細部がうまく描けない。それは、目の中に映っているだけで何も見ていないからだと言うことらしい。
「5分でも10分でもかけてスケッチしてください。景色の見方が全く違ってきて、気づいたり、頭に残るものがあるはずです。」
絵とは考えることなのか、と思った。
途中で、先生の作品の説明があった。10メートル四方くらいある巨大な作品だ。「京浜工業地帯の掟」という題の絵だった。
「工場の中に緑で出来た穴のあいた小山のようなものに人が登っていますね。あれは、人工的に人間が作った自然なんです。」
自然が破壊されて工場になって行く町に自然を取り戻そうとしている人たちを描いているらしい。
「実際にある群馬の
妙義山にある実際の石門
をモチーフにしているんです。」
その絵にも黄色い線が描いてある。この線をたどると横浜の港に続いていてそこから世界の無限の道につながっているということであった。
2
日目は、マリンタワーから自分の家の方向の景色を描くということになった。取材のために実際にタワーに登ってみた。何十年ぶりに登ったが、その景色の変
わりようには驚いた。絵を描くという目的があって景色を眺めると違った味わいが出来た。景色自体が一つの作品のように見えてきた。
途中でまた、先生のお話があった。
「私は、広島出身のハマっ子なんです。広島は移民が多くて、おじいさんも、アメリカの鉄道建設のために渡米しました。そのとき、ここから見える横浜の港から船で行ったのです。それを考えるとここは、私にとっては特別な場所なんです。」
これが、今回のワークショップのきっかけになったのかと思った。
「おじいさんがアメリカから生きて帰ってこれなかったら、親父もいないし、私もここにたっていることはないでしょう。人のつながりというのは、本当に不思議なものです。」
こんな、話だった。道が人をつなげて行くという、今回のテーマがはっきりした。
娘は、360度見える景色の中で何を描けば良いのか分からないというので、先生の助けを求めた。
「自分が、一番印象に残ったところ、描きたいところから描けば良いんです。最初から全部描こうと思ってはいけません。どんなところを描きたいですか。」
娘は、工場の煙突の向こうに家があると、私が教えたことを答えた。
「それなら、その煙突から描きなさい。」
その一言で、ドンドン筆が進みだした。絵を描くというのは、こういうことかと思った。
昼は、近くの山下公園のベンチで海を見ながらハンバーガーを食べた。娘の発案だったが、レストランに入るより安上がりだし、余程、充実したランチがとれた。
そのあと、マリンタワーから関内のワークショップの会場まで歩いた。
午後からは、また、大きなキャンバスに向かって格闘が始まった。僕が全体を描いて、二人で細部を描いて行った。娘は、煙突のまわりを担当した。僕は、山下公園を上から見ると太陽の様な模様になっていたのでそれを描いた。
最後に、出来上がった絵を壁にはって道をつなげて行くという作業になった。みんなの描いた絵が壁に貼られて、道がつながり巨大な一つの絵になったのを遠くで眺めるとそれは、壮観だった。
今
回のワークショップで、絵の見方が随分変わってしまった。きれいだとか、うまいだとかいう技巧だけでなく、絵にも思いや考え方がどこかに隠されていると
いうことがわかった。この何十人もの力作は、道で人をつなげて行こうという先生の思いの実現であり、それに乗った生徒の得た成果でもある。まさにコラボ
レーションの一つの形である。
大変貴重な体験が出来た。娘より自分が一番楽しんだ2日間だった。