2005年06月26日(日) 04時20分56秒

若貴の兄弟喧嘩、本当に見苦しい

テーマ:生活
それにしても、今回の若貴の兄弟喧嘩、本当に見苦しい。公共の電波を使って日本の恥を世界に曝しているようなものだ。なぜなら、若貴は日本の国技の相撲のチャンピオンだからだ。諸外国の人は、日本を代表する人間の一人として見ているはずだ。

礼に始まって、礼に終わる。人の批判はしてはならない。目上の人を敬う。兄弟仲良くする。嘘(八百長)はつかない。というような、日本の美徳が全て崩壊したのではないだろうか。物事をハッキリ言うのがグローバルスタンダードと言うのなら、それと引き替えに、日本の美徳を捨てて良いものかどうか考えたい。

貴は、一日にオレンジジュースとささみというダイエットをして70キロも減量したようだが、中身で勝負できない女々しい行為だ(決して男女差別で言っているのではありません)。こんな事をしていて、人生、楽しいのだろうか。と言いながら、芸能通になっている自分が悲しい。
2005年06月24日(金) 02時59分14秒

忙しいを止めたい

テーマ:ブログ
最近、なぜか、忙しい。出張だとか、プレゼンだとか、何日までに資料をつくれだとか、いろんな事が重なってブログも書けない状態だ。これは、決して好ましいことでない。人に会うと、額の汗を拭きながらこんな会話をする事が多い。

「最近、どうですか?」
「いや~、忙しいですなぁ、貧乏暇なしですわ」
「お互い、忙しいですなぁ」
と言いながら、良かった、良かったと納得し合う。

こんな会話は歓迎されない。

「最近、どうですか?」
「暇ですねぇ」
「そ、そうですか・・・」
となると、ここで終わってしまう。

今の世の中、暇であることは悪のように言われている。でも、忙しいという字は、心を亡くすという意味があるように、昔の人は、決して好ましい状態だと考えていなかったのではないか。会社でも、きちんと時間内に仕事を終えて定時で帰る人より、だらだらと残業をしている人の方が評価が高い。上司は、それが会社への忠誠心で業績向上につながると思っている。アフターファイブで元気な人は嫌われる。

これは、おかしいのではないかと思う。時間さえかければ良い。忙しければ良いという風潮はどうにかならないかと思う。忙しいのは上司や個人の管理能力の問題だ。こんな事をやっていたら、個人の生活満足度は少しも向上しないだろう。忙しい、忙しいで人生が終わってしまう。これは、決して好ましい事ではない。この意識改革がないと、決して幸せになれないと思う。高度な文化は暇な所からしか生まれないと思うが、いかがなものであろうか。
2005年06月18日(土) 08時05分50秒

「ひまつぶし」の「ひつまぶし」

テーマ:生活
最近、名古屋に何度か出張する機会があった。名古屋というと、きしめん、ういろう、味噌かつ、味噌煮込みうどん、などが有名だ。新幹線口の地下街に味噌煮込みうどんのうまい店がある。そこだけは、いつも行列ができている。決して安くはないのだが、食べ放題の漬物と、少し辛目の硬い麺が癖になる。確かにもう一度食べたいという魅力がある。

いつもは、ここで食べていたが、今日は時間があったので、少し違うものを食べてみようと、「ひつまぶし」の店に入った。奇妙な名前だ。昔は、「ひまつぶし」と思っていた。うなぎを使っているとは聞いていたが、鰻は、鰻丼が一番とかたくなに思い込んでいたので敢えて敬遠していた。一度、名古屋の御園座の近くで鰻丼を食べたが、蒸していない鰻は硬くてうまい物ではなかった。

まわりを見ると、ほとんどの人が「ひつまぶし」を食べている。私も、迷わずにそれを頼んだ。待つこと10分、出てきた料理は、思っていたものよりかなり豪勢な感じがした。メインの鰻は、丸いおひつに入っていた。「ひつまぶし」のひつは、おひつのひつだった。ふたを取ると、鰻が切り刻まれていて金糸卵が一面にまぶしてある。「ひつまぶし」はおひつに入った、まぶした食べ物という意味であることがわかった。ご飯をよそうしゃもじとご飯茶碗が付いている。どうやら、それによそって食べるらしい。ざるそばに付いてくるようなねぎを細かく切ったものとわさびが添えてあった。陶器の土瓶にだし汁が付いている。あとは、お椀と漬物という構成だった。

さて、これをどうやって食べるのか、しばし、悩んだ。みんな、茶碗によそって食べているのだが、ねぎをかけている人、だし汁をお茶漬けのようにして食べている人、みんな、かなり勝手に食べている。注意して見ていると、最後の一杯にだし汁をかけている人が多い。茶碗についたご飯をきれいに食べ尽くすためにだし汁が付いているのだろうか。それでは、ねぎは、何のためにあるのか、疑問は残る。

観察ばかりしていると、いつまでたっても食えないので、しゃもじで「ひつまぶし」をかき混ぜて食べた。最後の一杯は、ねぎをまぶしてだし汁できれいに洗い流して食べた。なかなかうまいものだった。鰻丼とは違った趣の食べ物だった。レジーで精算をしていたら、「ひつまぶし」の食べ方を書いた物が貼ってあった。一杯目は、茶碗によそってそのまま食べる、二杯目はねぎをかけて食べる、三杯目は、だし汁をかけて食べる、というのが正しい食べ方らしい。

「ひつまぶし」はいつ頃から誰が考案した食べ物なのか調べてみたくなった。鰻丼、鰻重という正当な鰻の食べ方をこのように変えて行った名古屋人は何を考えていたのか。これと言った名物がない名古屋に新しい名物を作ろうとしたのか。でも、いかにも作為的で小手先の料理だ。やはり、鰻は鰻丼に限る。
2005年06月14日(火) 02時03分00秒

書店が騒がしい

テーマ:生活
書店に行くと、何だか日中韓関連の書籍が溢れている。何冊か買って読んでみたが、書いてあることが180度違っていて、日本には2種類の考え方を持つ人たちがいることが分かった。第二次世界大戦を大東亜戦争と呼ぶ人と太平洋戦争と呼ぶ人だ。

前者は、この戦争は、アジア・アフリカの植民地支配から解放したと言っている。後者は、帝国主義による侵略戦争と断言している。解釈が全く食い違っている。反日運動を展開している諸国の人たちやマスコミは後者の考えだ。私の周りの戦中派の人たちは前者の支持者が多い。

それにしても、ほんの数十年前の歴史の解釈が、こんなにぶれているのも変だ。真実は一つなのに、何でこれだけ異なった解釈が生まれるのか。靖国参詣の論議以前に、これがはっきりしない限り反日運動は止まないのではないかと思う。
2005年06月11日(土) 07時26分18秒

アップルがインテルのCPUを採用したことについて

テーマ:ブログ
アップルが宿敵のインテルと手を組んだ。マックファンは一斉にブーイングを放った。何年か前に、苦境に立たされたアップルはマイクロソフトと手を組んだことがあった。マスコミは、アップルがマイクロソフトの軍門に下ったという書き方をしていたと思う。

今回の出来事は、ipodで絶好調のアップルが下した結論だ。マイクロソフトの時とは全く違う。深読みをすると、サーバビジネスでメインフレーム時代の勢いを取り戻しつつあるIBMに対する挑戦ではないかと思う。

IBMは、レックスという愛称でLinuxを搭載したメインフレームで分散したPCサーバやSUNを束ね始めた。何十台もあるサーバをレックス1台で置き換えることで運用コストを劇的に減少させた。セキュリティに対する問題も解消されつつある。

分散から集中へのオフィスの再構築が始まった。ビッグブルーと呼ばれたIBMの復権が見えてきた。PCや分散サーバを推進するグループは、オンデマンド・集中サーバで押してくるIBMが最大の脅威になり始めた。

アップルのインテルチップ採用が報道されたとき、真っ先にSUNの社長が好意的なメッセージを出した。インテルの次は、SUNのスパークチップでという内容だった。かつて、コンピュータ業界では、IBMと7人の小びとたちと言われた時期があった。新しい小びとたち(アップル、インテル、マイクロソフト、アドビ、SUN、HP、DELL?)の結束の序章かもしれない。
2005年06月07日(火) 01時32分28秒

もったいない MOTTAINAI

テーマ:生活
書店で「もったいない」という小さな本を見つけた。2004年にノーベル平和賞を受賞したケニアの女性、マータイさんの言葉を集めた本だ。その本のまえがきで、マータイさんは、「もったいない」は、英語のReduce(消費の節約)、Reused(物の再利用)、Recycle(資源の循環)の三つのRの単語を表している素晴らしい言葉だと絶賛している。

確かに、祖母などは、ご飯を残すと「もったいない」、包装紙を捨てようとすると「もったいない」、穴の空いた靴下を見ると「もったいない」と言っていたような気がする。「買い物かご」というものがあり、そこには魚屋さんや八百屋さんから新聞紙に包んで買ってきたものが入っていた。新聞紙は風呂の焚付けなどに使っていた。

ある時、学校で、友達が紙を無駄使いするので「もったいない」と言ったら、経済通の彼は、そんなことを言っていると紙の消費が滞って、経済が良くならない、ドンドン使って捨てた方がいいんだ、というようなことを言っていたのを思い出す。日本がちょうど、高度成長に突入した頃の話だ。

「もったいない」の語源は「勿体=物体」が無い、から、物の本体を失う、転じて、むやみに費やすのが惜しい、という意味になったと言う。そこには、物を作った人に対する尊敬の念や使わせてもらうという使う側の謙虚さがあった。100円ショップで売っているような使い捨て商品が出回った今、こんな事を考える人はいなくなった。物から作者の顔がなくなった。

しかし、この本の最後に、お母さんが作ってくれたお弁当を電車の網棚に置き忘れたときの「もったいない」の気持ちは、弁当という物が惜しいのでなく、お母さんの真心を置き忘れてしまった申し訳なさだという話は、考えさせられるものがあった。これが「もったいない」の原点ではないだろうか。

マータイさんが言っている「限りある資源を有効に使い、みなで公平に分担すべきだ。そうすれば、資源をめぐる争いや戦争は起きない。」という主張は、この「もったいない」というみんなの小さな心がけから生まれてくるのではないだろうか。「もったいない」を「MOTTAINAI」という世界共通語として広める活動をしているマータイさんに拍手を送りたい。

【参考】
もったいない
編集 プラネット・リンク
発行 マガジンハウス
2005年06月05日(日) 03時12分50秒

寺垣武さんを、ご存じだろうか

テーマ:生活
寺垣武さんを、ご存じだろうか。日本のエジソン、平成の天才技術者などと言われている人だ。先日、その寺垣さんにお会いできた。80歳を越える年齢を全く意識させない語り口にはいつも感動する。美しく澄んだ瞳からは、子どものような純粋な好奇心が湧き出している。優しい奥さんのおもてなしにも、心を癒される。寺垣さんのお話を聞いていると時間の経つのが本当に速い。

続きは・・・
http://blog.livedoor.jp/hirose555/archives/24183228.html
2005年06月03日(金) 06時49分38秒

卵投会のニュース

テーマ:生活
先日、NHKのニュースで、深夜、タクシーに生卵を投げつけたとして少年たちが逮捕されたというものを報道していた。少年たちと言っても、大学生、高校生のグループで「卵投会」というグループを結成して、卵投げに興じていたらしい。

彼らは、ストレス解消にやった、と言っているそうだが、あまりにも幼稚だ。これが、小中学生の犯行ならかわいげがあるが、大学生がやることだろうか。こんな話題がNHKのニュースになることにもあきれた。日本人の民度の凋落を感じるニュースだった。

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