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2005年03月30日(水) 19時07分26秒

自画持参2

テーマ:ユーモア
昨日、紹介した「自画持参」の記事を読んでいて、何年か前に、日本の考古学会で起こった旧石器捏造事件を思いだした。自分で作った矢じりを発掘したように見せかけて自作自演したという事件だ。彼は、あまりにも素晴らしい発見をするので「神の手」を持つ男と言われていた。地元は日本最古の石器が出たということで「原始人まんじゅう」などを作って大騒ぎした。小学校の教科書にも載った。これは、考古学会の信用を喪失させ、考古学ファンを裏切った事件として新聞でも大きく取り上げられた。

この二つの事件の違いは明らかだ。両方とも、人を騙したのは同じだが、「自画持参」は、世の中を驚かせて楽しもうというユーモアの精神から出たもの。一方、「神の手」事件は単なるウソ。そのまま嘘がバレなければ、「神の手」を持つ男として業界で確固たる地位を築いていたはず。でも、端から見ていても面白くも何ともない事件だった。これだけで断定することはできないが、欧米社会の方が、このような小さなイタズラやユーモアを受け入れる遊びの精神には長けているように感じる。当たり前だが、面白いとか、おかしいとか、驚いたとか、がないと世の中つまらない。
2005年03月29日(火) 19時48分35秒

自画持参

テーマ:ユーモア
読売新聞に、「自画持参」という記事が載っていた。ニューヨークのメトロポリタン美術館などの有名な4つの美術館に悪ふざけ画家の作品がこっそり持ちこまれ、数日間、誰にも気づかれないで堂々と展示されていたという記事だ。新聞に載っていた悪ふざけの絵は、落書きされた壁をバックに、中世の貴族の衣装を身にまとった紳士がペンキのスプレー缶を持って立っているというものだった。犯人は「バンスキー」と名乗る英国人の男で正体は不明とされているが、パリのルーブル美術館でも同様のいたずらをしていると書いてあったので、この筋ではかなりの有名人らしい。

それにしても、厳重な警備をくぐりぬけて超有名な美術館に、自分の絵をどのように持ちこんだのか、持ちこんだ絵を本物の油絵の隣にどのように掛けたのか、その手口を想像するだけでも楽しい。そして、数日間、誰も気付かなかったというのが、さらに愉快だ。何千人か、何万人か知らないが、たくさんの美術愛好家を、白昼堂々まんまと騙したのだ。こういう、いたずらを考え出して旅費をかけてまで実行した「バンスキー」という男は、ただものでない。

イギリス人は、このような、いたずらが好きなようで、宇宙人の仕業と言われていた田んぼに突然現れた謎の模様「ミステリーサークル」や太古の恐竜の生き残りと言われていた「ネス湖のネッシー」なども全部いたずらだった。こちらは、マスコミを含めた世界中の人々を何十年も騙し続けた。小年だった私もずっと信じていた。火星人来襲のラジオ放送を流したオーソンウエルズはアメリカ人だが原作の「宇宙戦争」を書いたウエルズはイギリス人だ。誰も金銭的な被害のない、このような、いたずらは、どのような罪になるのだろうか。この「バンスキー」が裁判にかけられたとしたら、裁判官のユーモアのセンスが問われる、おもしろい裁判になることだろう。

【平成17年3月27日 読売新聞 朝刊】
2005年03月28日(月) 19時37分46秒

里山へのハイキング

テーマ:自然
久しぶりに良い天気になったので近くの里山にハイキングにいくことになった。10年ぶりに入った山道は、すっかり変わっていた。まわりの山はほとんど崩され、代わりにびっしり建てられた家の瓦を見ながら歩くコースになっていた。道は、コンクリートで舗装され味気ないものに変貌していた。11時ごろ家を出て途中のコンビニで食料を買いこんで歩き出した。小さい子供の足でも昼過ぎには目的地に着いた。いつもは、テレビを見ながらダラダラ食べている子供たちも、空気が美味しいせいか、木々を見ながら、あっという間に、オニギリやパンを平らげてしまった。私は、ひとり、ビールでのどを潤した。

食事の後は、エッグハントという遊びをやった。こぶし位のカラフルな卵型のプラスチックの容器にチョコや飴を入れる。それを大人たちが藪の中に隠して、子供たちが見つけるという簡単な遊びだ。この卵は欧米ではイースターエッグと言って、昔は本物の卵にペイントして使っていたらしい。アングロサクソンが考えたかなり古い遊びで、欧米では、このプラスチックの卵がスーパーで売られているらしい。子供たちは獲物を探す狼のように目を輝かせて夢中になって遊びに興じていた。安上がりだが、楽しい遊びだ。

帰り道にいろんな人に会った。日だまりで足を放り投げてひなたぼっこをしている人、フキの葉をつんでいる人、山間の畑仕事から帰る人、楽しそうに語らいながら歩いている人、犬の散歩をしている人など、みんなそれぞれに楽しんでいるという感じがした。子供に聞いたら、ジャングルジムなどの遊び道具がある公園より楽しいと言っていた。都会に残された誰も手を入れていない小さな里山だが、公共事業費をたっぷり使って人為的に整備された立派な公園より余ほど有効に使われているというのは皮肉なことだと思った。
2005年03月25日(金) 03時16分19秒

ウエブログの心理学

テーマ:
ウエブログの心理学、久しぶりに読みごたえのある本だった。現役のブロガーでもある4人の社会心理学者が、ブログの起源は何か、何でこのブログのブームが来たのか、ブロガーはなぜブログを書き続けるのか、これからのブログはどうなるのか、ということに対して学術的に分析した論文集である。

さすがに、現役の学者の分析力はすごいと感心すると同時に今までのインターネットやブログに関する自分なりの考えを整理するのに非常に役立った。あまりの面白さに、線を引きながら一気に読んでしまった。巻末にまとめてある「ブログの歩き方」や「インターネット・ウエブログ関連年表」も簡潔で示唆に富み、これだけ読んでも十分ためになる。

ブログは、コミュニケーションのツールとして新しい人間関係を形成すると同時に、書く人にとっても精神衛生上のメリットが大きいとしている。夏目漱石が、神経性胃炎を治すために有名な「我が輩は猫である」を書いた理由にも近いものがある。毎日、ブロガーによって書かれているブログが、やがては、時代の貴重な証言になる可能性は十分にあるとまとめている。この本は全てのブロガーに読んでもらいたいおすすめ本だ。

「ウエブログの心理学」
著者:山下清美/川浦康至/川上善郎/三浦麻子
発行:NTT出版
2005年03月23日(水) 21時55分22秒

ブログ社会はこんなに危険

テーマ:ブログ
WEDGEという雑誌の4月号に、「トップも社員も気をつけろ”ブログ社会”はこんなに危険」という記事がでていた。早速読んでみたが、犯行の前に掲示板に書込があったからと言ってインターネットを悪だとする論理の域を出ていない記事だった。

ブログのトラックバックを取り上げて、掲示板に比べて悪戯や中傷が少なく信憑性が高いので、逆にブログに書かれた内容をみんな信じてしまうと言っている。ブログだから特別ということは無い。掲示板でもブログでも真実もあれば嘘もある。日本のブログは米国に比べて匿名性が高いから危険だとも言っている。これも、ブログに限ったことではなく、電子メールの署名に実名を使っているのは米国人の方が多い。ブログで個人情報漏えいがあったら大変だ、その法的な整備がなされていないのが問題だ、と言っているが、こんなことは、ブログがない頃からもずっと言われてきたことだ。

これから、ようやく盛り上がろうとしているブログのブームに水を差すような記事を皆さんは、どう思うだろうか。インターネットへの情報発信の敷居を低くした、無責任な書き込みを減らしてインターネットを健全化した、世代を越えた意見交換が出来るようになった、自由に表現できるようになった、というようなブログがもたらした良い面はもっとたくさんあるはずだ。このメディアをどんなものにしていくかは、私たち、ブロガーのキータッチ一つにかかっている。
2005年03月22日(火) 01時56分18秒

春の訪問者

テーマ:自然
庭に小さな池のようなものがある。壊れた流しに水がたまっただけのものだ。この季節になると、毎年そこにいろんな生き物の卵が産みつけられる。去年は、イモリが卵を産んだ。知らない内に、その小さな池にお腹が赤い何匹ものイモリがうごめいていた。

その池に、今年は、ヒキガエルが卵を産んでいた。おびただしい量の卵が渦をまいていた。卵の真ん中に、父親か母親かわからないが、一匹の痩せたカエルがじっとしていた。何物かから卵を守っているつもりなのだろうか。子供たちが見に行ったらすぐ水の中に身を隠してしまった。

彼らは、いつからここに住んでいるのだろう。少なくとも私より前から住んでいることは確かだ。何万年もずっと同じような生命の営みを続けているのだろう。自分で仕事を作って忙しがっているインターネット時代の人間社会を嘲るように静かに虚空をにらんで静かにしているカエルの姿が印象的だった。
2005年03月21日(月) 04時54分23秒

お寺の仕事

テーマ:ブログ
今日は、お彼岸の中日。菩提寺で彼岸会法要があるので手伝いに行った。住職の法話が午前と午後に1回ずつ行われる。その会場準備や頒布物の袋詰め、受付、会計などの仕事を檀家の中の代表の檀家総代という人たちと仏婦と呼ばれる女性たちで手分けしてこなしていく。300人を越える檀家の人たちが住職の話を聞きに集まる。世話人の年代は40歳くらいから90歳を越える人もいてそれぞれ自分の出来ることをやっている。

このように世代を越えた集まりというのは、少ないので良い刺激になる。仕事の途中で時事問題や世間話をするのだが、考え方が世代によって大きく違っている。育った時代背景や教育などによるのだろうが、それが面白い。

お寺も、最近は随分と変わってきた。今までは、葬式の時しか縁がなかったのだが、これからは、地域社会への貢献度がお寺の存在価値になっていくと思える。昔は、寺子屋という名前も残っているように、学校の役割も果たしていた。菩提寺では、「お寺は文化の発信地」というスローガンを掲げて様々な活動を行っている。1月にはお寺の本堂でハワイアンコンサートも行った。

来るべき高齢化社会で、これからお寺の果たす役割は大きい。
2005年03月20日(日) 06時35分47秒

コンサルの力

テーマ:ブログ
鼻の中に傷が出来てとにかく痛い。花粉症で鼻をかみすぎたようだ。以前、自分で選んで適当に薬を買ったときに全然効かなくて、結局、病院に行ったという経験があるので、今度は相談に乗ってもらえる薬局で買いたかった。近くの小さな薬局に行き、症状を説明すると、抗生物質がどうのこうのと説明してくれて、沢山の軟膏の中からこれといったものを探し出してくれた。随分、丁寧に対応してくれたので高かったがそこで買うことにした。家に帰って付けてみると、薬剤師の人が言ったとおり、1日足らずで痛みが取れてしまった。

薬局で白衣を着ている人の存在が始めてわかった。彼ら(彼女ら)は、薬に関しての専門家でコンサルタントなんだということを。これからの商売は、このコンサルテーションというものが重要だと思った。薬は、付けてみて直らなければ、いくら安くても何の価値もない。数ある中から症状にあった直る薬を的確に見つけだして提案するのは立派なコンサルの仕事だ。
2005年03月18日(金) 19時44分07秒

ゴミ箱は何処へ

テーマ:ブログ
世の中からゴミ箱がドンドンなくなっている。公園、学校、駅などの公共の場所にゴミ箱がない。駅では地下鉄サリンの事件の時に一斉にゴミ箱が撤去されたが、事件が沈静化した今も戻って来ていない。公園や学校からもゴミ箱がなくなった。天気の良い日に公園でお弁当を食べても一日中ゴミを持ち歩かなければならない。駅のKIOSKで食べ物を買っても、ゴミを捨てるところが無い。そのためか、道に捨てられたゴミや空き缶が多くなった。結局、近くの住民がそのゴミ処理をしている。

ゴミ箱を撤去した側は人件費の削減効果というメリットがある。公共の場でも自己責任だから自分で出したゴミは自分で処理しろというのは一方的過ぎるのではないだろうか。ゴミの分別を誰がやるのかという問題もあるだろうが公共の場のゴミ処理は行政の仕事ではないのか。KIOSKから出たゴミは鉄道会社が処理すべきではないのか。

日本の住み心地満足度というものがあったら、きっとマイナス点を付けるだろう。他の先進国の公共の場所のゴミ処理事情も知りたいものだ。
2005年03月18日(金) 12時56分03秒

不老の薬

テーマ:子供
この前、下の娘が、「死ななくなる薬があったら飲みたい」と言いだした。ようやく、死ということがわかってきた年頃だ。「そんな薬はないよ」と言ったのだが、翌日、インターネットを見ていたら、本当に不老不死の薬が出来るのを信じている人がいるのには驚いた。

カーツワイル氏というIT関連技術の研究者で、彼の予測では、将来、遺伝子工学、ナノテクノロジーの進歩で血球サイズの極小ロボットが何百万と体内を駆け巡り、骨や筋肉、血管、脳細胞を修復してくれるため、人類は永遠に若さを保つことが可能になるという。その画期的な発明は今から20年後で、その年まで生き延びるために健康管理をやっているという。

ゲームやインターネットの世界に浸っていると、やりたいことが何でも出来てしまうので、そんな空想も現実になりそうな気がしてくる。人は死んでも生き返ると思っている子供もかなりいるらしい。インターネットは生死観という宗教的な考え方にも影響を与えているのではないだろうか

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