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2006年11月18日(土) 06時11分40秒

使えない電子辞書

テーマ:IT
先日、日本橋の丸善の店頭で電子辞書の安売りをやっていた。広辞苑から明鏡国語辞典、新字源、ジーニアス和英、英和、マイペディア、家庭の医学・・・など40種類もの辞典が小さな電卓のような装置に入っている。

値段を見ると、定価が五万円近くなのに、三分の一の値段がついていた。これは、安いと思って衝動買いしてしまった。今まで小さな辞書をカバンに入れていたのだが、この電子辞書と選手交代になった。

早速、仕事で論文を書くのに使ってみたら、用語を入れても出てこない。フォークソノミー、マッシュアップ、アマゾン、ニートなどのカタカナ語は全くヒットしない。忘れた漢字を調べるのには便利だが、新語の検索が出来ない事がわかった。

携帯電話で検索エンジンを呼び出して調べたら、すぐに見つかった。ブリタニカや平凡社の百科事典が姿を消したように電子辞書も検索エンジンにとって代わられる運命にあるのか。

時代の流れは予想以上に速い。自分の頭がこの流れについていけるかどうかが不安になった。忙しい時代になったものである。
2006年11月04日(土) 08時23分32秒

時を超えるyoutube

テーマ:ブログ
急に昔のボクシングの映像が見たくなって、youtubeで検索してみたら往年の名試合が次々に出てくるではないか。時間の経つのも忘れて、見入ってしまった。10分程度の荒い画像の小さなビデオだが、当時の感動は十分に味わえた。「あしたのジョー」の影響でボクシングに熱中していた中学生時代にタイムスリップしてしまった。動画は、静止画では味わえない時を超える魅力があると感じた。

大場政夫vsチャチャイ・チオノイ
大場は1ラウンドでダウンして足を痛めるが、不屈の精神で持ち直して12ラウンドで逆転KOを決める。

サンドロ・ロポポロvs藤猛
日系二世の藤猛がハンマーパンチでロポポロを1ラウンドでKOした。岡山のおばあちゃん、勝って兜の緒を締めよという言葉が印象に残っている。

キンシャサの奇跡
フレージャーに破れて、全盛を過ぎたと見られていたアリが史上最強のハードパンチャーと目されたフォアマンを破った。
2006年10月23日(月) 23時21分19秒

秋の夜長はGoogle Earthで海外旅行

テーマ:IT
Google Earth を使ってみた。起動すると、宇宙船から見たような青い地球が現れる。マウスで行きたい所をクリックすると、視点がドンドン下がってくる。上空100メートルくらいまで降りると、かなりはっきりと地上の景色が見えてくる。高層ビルの展望台から下を見たような感じだ。横のバーを移動させると景色が立体的に見え始める。まるで、ヘリコプタで旋回して景色を見ているような眺めになる。これはすごい。画面にくぎ付けになった。

始めに富士山に行ってみた。雪のない夏の富士が現れた。横から見ると堂々とした霊峰が現れた。次にヨーロッパに行ってみた。川を走る船の波しぶきまで鮮明に写っていた。川辺には、何車線もある大きな道路が走っていて、その横には玩具のようなカラフルな家が並んでいる。本当に美しい。最後にサンフランシスコに行くと見たままのゴールデンゲートブリッジが現れた。

Google Earthを使えば無料でバーチャルな世界旅行を楽しむことができる。マウスを使って地球のあちこちを見ていると、エジプトは砂漠に覆われ、ロシアはツンドラ地帯が多く、ヨーロッパは町並みが美しく、アメリカは広大な土地を持ち、日本は豊かな自然環境の中にある。そこに60億を超える人が住んでいて、それぞれの生活をしている。地球は小さく有限で落としたら簡単に壊れてしまうワイングラスのようにも見える。

Googleがこのようなサービスを無料で提供している意図はわからないが、このアプリケーションが世界の人々に与える影響は決して小さいものではないだろう。ワードやエクセルとは全く違ったアプローチで世界を変える大きな仕事をGoogleはやろうとしている。今後もGoogleがどんなものを見せてくれるか楽しみだ。
2006年10月12日(木) 00時56分47秒

本の読み方

テーマ:
本好きのAさんが、古びた文庫本を読んでいるので聞いてみたら、もう、新しい本は買わない。これからは、前に読んだ本を読み直すのだと言うことだった。おかしな事を言うな、と思った。

そんな折り、本屋で「本の読み方 スローリーディングの実践」という作家の平野啓一郎氏が書いた新書に出会った。

情報が氾濫する現代だからこそ、スローリーディングをすべきだと書いてあった。10冊の本を速読するより1冊をじっくり味わって読むべきだ、と言っていた。

今までは、本に追いかけられる様に読んでいた。スピードと量が重要だと考えていた。

私は、この本に出会って、何だかホッとした。これからは、自分のための読み方をしようと思った。Aさんの選択の正しさが分かった。
2006年09月15日(金) 06時30分18秒

徒然草考

テーマ:
日本から発信されるブログのトラフィックは、大変な量で本家のアメリカをも凌駕する勢いであるらしい。その理由を考えると、日本には、随筆や日記という形式の文学があり広く読まれていることに起因していることが考えられる。

日記、随筆というと日本人なら誰もが「徒然草」をはじめに思い出すだろう。学校の教科書に載っていて誰でも少しは読んでいる。解説書も多い。

しかし、多くの人が、「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかいて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつれば、あやしゅうこそものぐるおしけれ」という序段の文章を読んで、その先は、あまり読んでいないのではないだろうか。

私も、その一人で、過去に何回か、チャレンジしたが途中で挫折した。その理由は、「徒然草」は兼好が心に浮かんだ事を脈絡もなく書いているので、テーマが飛んでいて読みにくいからである。

ある日、本屋で「徒然草」の段をバラバラにしてテーマごとに編集し直した本に出会った。講談社から出ている中野孝次氏の「すらすら読める徒然草」という本である。

これが、実に読みやすい。「徒然草」とは別に、次のようなカテゴリーに分けてある。世俗噺、しばらく楽しむ、何となく良い話、生死、名人、シンプルライフ、一事に専念せよ、心の不思議、良き趣味悪しき趣味、美とは何か、ありがたい話、実践的教訓。それぞれのカテゴリーの後には中野孝次氏の解説が載っている。それを読むとさらに理解が深まる。

この本で、もう一度「徒然草」を読み直すと、実に良い蘊蓄が書いてある事が分かる。何百年も読み継がれてきたこの本の良さに、この年になって初めて気づいた。秋の夜の貴重な出会いであった。
2006年09月02日(土) 07時27分13秒

足長蜂との戦い(長文です)

テーマ:
庭先を歩いていたら、髪の毛に異物が当たった。何だろうと思って、回りを見まわすと、雨戸の戸袋の横に蜂が2~3匹集まって、小さな巣を作っていた。小指の第一関節くらいの大きさの蜂である。体全身に黒と黄色の縞が見える。足長蜂の一種だろう。見ていると、その中の一匹がぎょろりとこちらを振りかえった。次の瞬間、すごい勢いで髪の毛に突進してきた。先ほどの異物が判明した。どうやら、ここに近づくなと言っているらしい。女房は、早く退治してくれと懇願したが、こんな小さな蜂の巣なんて大丈夫だろうと高をくくっていた。蜂を見ながら時を過ごすのも風流なものだなどと思っていた。こんな句が新聞に載っていた。

「巣をあるく 蜂のあしおと 秋の昼」 宇佐美魚目

さて、何日かして、朝顔の水やりに庭に出た。ジョウロウで水をやろうと腰を曲げた時に、首筋のあたりがチクリとした。やられた、と思った。蜂はそのまま飛び去っていった。巣を見ると、この前は豆粒くらいだったものが小さなミカン程の大きさになっていた。その回りに、10匹以上の蜂が集まって何やら口から唾液のようなものを出して巣に塗りたくっている。巣は取りやすいところにあったので、子どもの虫取り網を使って素早くすくってコンクリートの地面にたたきつけた。網の上から足で踏みつけた。

次の休みの日に、庭の草取りをした。草をかき分けていると、ツワブキの下に大きなガマがいた。丸々太っている。何を食っているのだろうと思って上を見ると、そこに蜂の巣があった。同じ種類の蜂らしい。ガマは、この蜂を食って太っていたらしい。その巣も虫取り網で取って退治した。巣を取っても、逃げた蜂が巣を作るということが分かった。ガマの上にいた蜂も、しばらく辺りを飛びまわっていたが、今度は、枝が茂ったつつじの木の中に集まりだした。数日で、また立派な巣が出来あがっていた。

今度の場所は、虫取り網では取りにくいな、と思って戻ろうとして後ろを向いたとたたんに、足にの甲に激痛が走った。蜂が捨て身で刺しに来たのだ。針が深く刺さったらしく、足を振っても離れない。ようやく離れた蜂を見たら、すでに虫の息になっていた。すぐに踏みつぶしたが、刺された足は、焼けるように痛かった。始めて怒りが沸いてきた。相手が本気で来たのならこちらもそれに応える必要があろう。やられたらやり返せというのが喧嘩の鉄則だ。頭の中で、どのようにすれば茂みの中の蜂の巣を取れるか考えをめぐらせた。

そこで、一つの仮説を立てた。蜂も生き物なら、夜は眠るだろう。攻撃は夜に決まった。刺されないように、長袖、長ズボン、ヘルメットもかぶった。首を隠すためにタオルで巻くのも忘れなかった。暗くなった庭先を懐中電灯を持って徘徊する姿は不審者以外の何者でもなかった。しかも暑い。蜂の巣の周りには沢山の蜂たちが丸くなって眠っていた。仮説は正しかった。しかし、枝が邪魔して虫取り網が入らない。考えたあげく、柄の長い枝切りハサミで巣の付いた枝ごと切り落とす事にした。恐る恐る近づいて、切ると巣は眠っている蜂たちを付けたまま雑草の中に落ちた。空かさず虫取り網を被せて退治した。終わった時には、全身、汗だらけになった。戦闘が無事に終わって安心したら、急に喉が渇いてきた。冷蔵庫のビールに手を伸ばした。

次の日、巣のあった枝のあたりを見てみると、生き残りの数匹が集まっていた。敵は、仕返しの作戦会議をしているのかもしれない。ここで油断したら、また、やられると思った。玄関に置いてあったフマキラーを念入りに吹き付けた。奇襲攻撃に一瞬驚いた様子だったが、後の祭りだった。敵は殲滅し完全に蜂は庭からいなくなった。
2006年08月21日(月) 23時01分39秒

咲かない朝顔

テーマ:子供
夏休みが始まってすぐに、小学校1年の娘が、学校から朝顔の鉢植を持ってきた。観察日記を書くために持ち帰ったらしい。毎日、一生懸命に水をやっているのだが、どうも、葉っぱが朝顔らしくない。葉の先が三つに分かれてなく、スペードの形をしている。どう見ても芋の葉っぱだ。

つるだけは、どんどん延びて、もうすでに鉢の周りを3周も巻いている。それでも花が咲く気配は全くない。どこから芋の種が紛れ込んだのかは定かでないが、友達の朝顔はきれいに咲いているというので、娘はショックを受けている。今時の先生は、朝顔と芋の葉っぱの区別もつかないのかと、親としては、こちらの方にショックを受けた。
2006年08月13日(日) 07時38分12秒

インターネットとテレビの棲み分け

テーマ:IT
ビデオ投稿閲覧サイトのYouTubeで「亀田父 vs やくみつる」 というビデオを流していたが、かなり面白かった。テレビに比べたら小さな荒い画面だが、言っている事は良くわかった。それに対するコメントもすぐに読めて、視聴者の反応もすぐに分かるのも良かった。

一方、フジテレビで、冒険家の関野さんが何年もかけて世界中を取材した「新グレートジャーニー」 という番組も良かった。このような、壮大なアフリカの原野を見たり、サハリンの夕日を見たりするためには、大きい画面の高精細なテレビが必要だと思った。

この2つの番組で、今後のインターネットとテレビの棲み分けが少し理解できたように思えた。インターネットはムックや週刊誌、テレビは単行本や美術全集のような位置づけになるのではないかと思った。ニュースやゴシップ番組はネットで良いのではないのか、テレビは、映像のプロがもっと質の高いものを作っていくべきではないかと思った。
2006年08月03日(木) 09時30分40秒

カエル捕り大会

テーマ:子供
長野新幹線で一晩どまりの旅行に行った。標高が高いので、夜は寒いくらいだった。泊まったコテージは、スキー客のためのもので夏場は避暑客に解放されている。

周辺は、木立と草原で駆けずり回って鬼ごっこをするくらいしか遊ぶものが無い。子供たちに誘われて、外に出てみた。すると、足元で小さな物体が跳ねている。始めはバッタかなと思った。

よく見ると、小さなカエルだった。それも、おびただしい数で、草の上を歩くと、その先をピョンピョン飛び跳ねる。このようなカエルを見た事が無い子供たちは、その存在に気づかない。

カエルがいるよ、と言うと、みんな、集まってきてあっという間に、子供たちの遊び場になってしまった。騒ぎを聞きつけて、他のコテージの子供たちも、次から次へと出てきて、カエル捕り大会が始まってしまった。

始めは、中々捕まえられなかったが、先回りしてカエルの前に手を出すと簡単に捕まえられる事がわかった。小さいカエルは、ひんやりして冷たいことに驚いていた。優しく握らないとすぐに死んでしまうことに心を痛めていた。虫かごに集めたカエルは、暗くなる前に草むらに帰した。

小さな事だが、子供たちにとっては、ゲームでは味わえない貴重な経験になったのではないだろうか。
2006年07月30日(日) 05時51分01秒

医者の効用

テーマ:健康
一周間くらい前から、左足の甲が痛くて歩きにくくなっていた。素人目では、悪化しているように思えて、骨に異常があるのではないか、あるいは、通風の初期症状かなどと心配していた。

明日から、長野の方へ家族旅行に行くので大事を取って、近くの整形外科に行った。待合室は、小さな新書本が読みきれるくらいの混みようだった。

医者は、足を見ると、大した事は無い、という所見のようだったようだが、念のため、レントゲンを撮った。くっきりと、骨が白く写っていた。骨折も無い、カルシウムの付着も無いという。

それを聞いて、すっと足の痛みが遠のいていくのが分かった。特に治療の必要は無いという。念のため、痛み止めを出してもらった。夕方には、嘘のように左足の痛みは消えていた。

医者という権威の言葉を聞いて、骨の写真を見せてもらっただけで直ってしまった。見てもらわなかったら、今でも痛い足を引きずっていたのだろうか。病は気からというのを身を以て体験したのだった。

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