今回の長野公演においては、初演とある意味、真逆なことばかりおこす演出となった。

まず私が逆の役になった。
舞台のスペースも前回と逆といっていい空間、
あらためてよくこの期間で出来たと思う。

三月の舞台を見て、「長野でしてほしい」と言ってくれたのに、その舞台が変わる。呼んだ側にしたら、これほど不安なことはない。
それをずっとつきあってきてくれた杉浦歩実ちゃん。

再演のはずなのに、私自身が最後まで変更続き、最後の2日間、前から見る余裕もすでになく、まとめることもままならない中、全体を見る彼女の一つ一つの助言に、アイデアに、どれほど助けられたか。
彼女は、これまで地元で製作してきたダンスミュージカルや映画での経験を惜しみなく提供してくれた。

そして、今後表現していく上での、暮らしとの接点や課題も、日常を共にするなかで与えてくれた。
私はそれを今後、どこまで挑戦していけるかなと思うけど、
少しずつしていく。

関わった誰もが最後まで諦めなかった公演、
彼女の所属するNPOで、この度の公演をまとめてくれました。 
感謝
AD
先日の長野公演、大きく新聞に取り上げていただいたようです。
ありがたいです。

今日まで武道のワークに行き、身体で感じる関係性に集中して取り組み、その繊細さに涙する(出来なくて、悔しくて、だからこその繊細さを知って)場面が今回は多かった。

これも今回の長野公演までの全てのプロセス(暮らし全般)で、いろんな関係性を具体的にやり取りさせてもらえたからだと思う。
関係性を感じるとは、もちろん上手くいくことばかりでない。でもどれをとっても関係性のひとつといえるし、そのどれもを共に交わしてくれる人がいるということは、どれだけ恵まれた、ありがたい環境にいることかと、、、

武道ワークを受けながら、ただただこれまでの出来事を思い出し、感謝が溢れた。

先日、手に取った本に書かれてあった言葉
「対話とは、異なる価値観をもつ相手との話し合いであり、会話とは同じ価値観をもつ人同士の話し合い。そして民主主義の根幹は対話である」 
が響く。

そこにこそ平和があるのだと思うと同時に、

今回の長野公演に、みずきちゃんに入ってもらったおかげで、ものがたりにとどまらず、互いの暮らしのなかから、身体、言葉、いろんなものを通じて本当に対話しあい、創ることができた。

そしてそれが本番、お客様や長野の土地、引き寄せられたもの全てとの対話が起きたと思う。

地域をまたいで共に創ることは、生半可ではない。
にも拘らず、対話を続けてくれたみずきちゃん、杉浦家、長野の仲間に感謝が絶えない。
だからこそ、神戸公演のときの自分の対話の仕方を振り返り反省もまた出たり。

「ここで一つ一つのワークが出来ても仕方がない。ここで終わらせるのでなく、日常へ持ち込め」
武道の先生から頂いた言葉が、今後へのエネルギーになる。

対話とは平和をつくる大事なコミュニケーション。
だからこそ、自分らしさが大事であり、
それをいろんな方法で交わし合うこと、
「対話」に今後もっと丁寧に生きたい。
AD

恵みの種⑦  交わる人

テーマ:

長野と神戸に分かれて、この作品に携わってくれているスタッフの関わり方といったら、、、

長野と神戸に離れながらも今回の公演が実行に移せたのは、

私が一人芝居をしていた時から付き合ってくれている、信頼のおける神戸メンバーの関りと、

中川村在住のアーティストの方々の協力、

そして何よりも3月の神戸舞台を見て、地元中川村に呼んでくれたNPO法人のFOPメンバーである杉浦家のパッションだ。

 

中川村は、非核平和都市宣言をしている村

 

この場所で、しかも世界平和記念日にあたる11月11日に幕開けできるなんて、

本当にすごすぎる☆

 

長野との距離が、物理的な距離の他にいろんなところで言葉足らずだったり、イメージの伝え下手だったりで伸び縮みもした。

また、神戸のメンバーも一番大変な時期にあたり、こちらも言葉足らず時間足らずで伸び縮み・・・

 

無理もさせたし、失礼もした。

 

でも稽古させてもらうと、そこにしっかりと一つ一つが存在していた。

 

今回の演者側に求められた「コミュニケーション」は、本当にどんな距離感であろうとも、土台であり、基本であり、根源なんだと心底思う。

 

10日の夜中に神戸からキャラバンが出発してくる。

長野と神戸、ともに創る。

AD