2012年01月06日
「まっかな秋」で「想像力」「感性」を養う
テーマ:【日本の歌(童謡・唱歌など)】
真っ赤な秋
作詞:薩摩 忠 作曲:小林 秀雄
♪真っ赤だな~ 真っ赤だな~・・
1963年(昭和38年)10月、NHK「みんなのうた」で放送された童謡。
比較的新しい歌です。
たくさんの「真っ赤」を歌詞3番までたくさん散りばめられています。
つたの葉っぱ
もみじの葉っぱ
沈む夕陽
烏瓜(からすうり)
とんぼの背中
夕焼け雲
彼岸花
遠くの焚き火
お宮の鳥居
そしてキミとボクの真っ赤なほっぺ
--------------------------
♪知っている言葉はどれくらい?
--------------------------
今までに子ども達に歌わせてきていて、知らない言葉はどれくらいあったかと言うと、
つた
烏瓜(からすうり)
彼岸花
加えて、最近多いのが、
鳥居
焚き火
「もみじ」を「しらなーい」という子も最近はちらほらと・・・
9個中、半数以上がわからないと、それはそれは、この曲を「想像」する事すら出来ませんね。
しかし写真を見せると「知ってる!」という子もとても多く、「言葉」との一致が出来ていないのでしょうね。
問題なのは、これが一致しないまま大人になってしまうこと。
この曲は「真っ赤」がキーワードで、たくさんの「真っ赤」を次々と思い浮かべることによって、駆り立てられる「想像力」。
子供の想像力は凄いものがあります。
ただ単に言葉を映像化するだけでなく、
新たな架空の人物が入り込んできたり、
物語がどんどん出来上がってきたりします。
せっかく「想像力」を養う貴重なチャンスの一つを得るか得ないか。
いつも思うのですが、ほんの少し私達大人が手助けするだけで子供のチャンスの芽はぐっと増えます。
子供が知らない言葉が出てきた時、ちょっと教えてあげさえすれば、この曲を再び聴いた時、その子の「想像力」「理解力」「感動」などが勝手にどんどんと動き出し、
感性は磨かれていくのでしょう。
「まっかな秋」の様な曲は難しい「文語」は出てこないので、当教室でも、幼稚園の生徒さんから大人の生徒さんまで、どの年代でも話が出来、よく取り上げます。
以前の記事でレッスン中での生徒さんとの会話などを書いているのでお立ち寄り下さい♪
★参考ブログ★
まっかな秋 詩を味わい「つくば紅葉」を満喫
-------------------------
♪まっかなほっぺたのキミとボク
-------------------------
子供の頃、たぶん小学生だったと思うのですが、学校でこの曲を聴いたり歌ったりしていた時のこと。
1 まっかだな まっかだな
つたの 葉っぱが まっかだな
もみじの 葉っぱも まっかだな
沈む 夕日に 照らされて
まっかなぽっぺたの 君と僕
まっかな 秋に 囲まれている
真っ赤な「つたの葉っぱ」も「もみじの葉っぱ」も「沈む夕日」もめくるめく次から次へと想像していくとちょっと高揚した感じになりました。
これが「子供ながらの感動」なんだと思うのですが、
最後に「まっかなほっぺたの君と僕」という件が出てきます。
そこでまた「ポッ」と赤くなったりしたんですね。
そして2番。
2 まっかだな まっかだな
烏瓜(からすうり)って まっかだな
とんぼの背中も まっかだな
夕焼雲を 指差して
まっかな ぽっぺたの 君と僕
まっかな 秋に 呼びかけて いる
「からすうり」って何だろうな、
食べ物かな、鳥かな、花かな、
わからないけど、でもきっと赤いんだな、、
なんて思いながら次の真っ赤な「とんぼの背中」や「夕焼け雲」を思い浮かべてはまた高揚し、
ここでまた出てくる「まっかなほっぺたの君と僕」の件で「ポッ」と赤くなる。
そして3番。
3 まっかだな まっかだな
彼岸花って まっかだな
遠くの 焚き火も まっかだな
お宮の 鳥居を くぐり抜け
まっかな ぽっぺたの 君と僕
まっかな 秋を たずねて まわる
私は「彼岸花」が大好きだったので、
この3番が来るのが待ち遠しかったりしていました。
そして、焚き火も大好き!(おいもを焼けたので♪)
「鳥居」と言えば神社。
「神社」もすごく好きだった。
それは、良いか悪いかわかりませんが、
ほぼ毎日近くの神社やお寺で友達とおにごっこしたり、
かくれんぼしたり、
石踏みをしたりして(何の石かを今考えるとおそろし~・・・)
楽しくて大好きな場所だったんですね~・・
なので、私にとっては一つだけ2番の「からすうり」がわからない言葉だったのですが、
その後の3番まで行けば、自分の好きなものだらけの世界に入れるので、
3番まで歌ったり、聴いたりしたくて、
この「まっかな秋」は非常に好んだ曲だったんですね~・・
大好きな3番に益々高揚し、最後にはやはり「まっかなほっぺたの君と僕」。
もう私のほっぺも「真っ赤っ赤」!
かなり薄い記憶になりつつはあるのですが、
クラスの子に「なんで洋美ちゃんまっかっかなの~!!」と、からかわれ、
「なんでもないよ~!!」と更に耳まで真っ赤になってしまっていたことがありました。
そして子供特有の「替え歌」。
”まっかだな~、まっかだな~、洋美ちゃんのほっぺもまっかだな、耳の先までまっかだな~・・”
心の中が隠しきれず飛び出てきて、それを人に見透かされると凄く恥ずかしいですよね。。
なので、私は学校でこの曲を聴いたり歌ったりすることが少し嫌になったことがありました。
しかしもともと好きな曲であることは変わりません。
学校以外では、兄弟や親と歌ったり、1人でも遊びの帰り道に夕日に照らされながら口ずさんだりしていました。
この様に学校以外でこの曲を自由に満喫できる機会があることは重要なんでしょうね。
もし無かったら、感情を押し込めたままで、自分の感じた「感動」や「想像力」まで否定して押し殺してしまったかもしれません。
現在も何も変わっていないと思います。
学校では(特に日本では)、感情豊かに、自分の心をさらけ出して歌ったりすることに「照れ」を感じたりしがちなので、もし学校でそういう場が得られない場合は、学校外で自分の感性を自由に出せる場が必要ですよね。
そうでないと、せっかく学校で教えていただいた良い曲も何の意味もなさなくなり、勿体無いです。
残念なことですよね。
一番身近なのはやはり家庭かしら?
本当は学校がそうなれると一番良いのですけれどね~・・
以前、うちの子に聞いてみたことがありました。
「この曲の1番~3番まで全部に出てくる”真っ赤なほっぺたの君と僕”ってどういう事なんだろうって思う?」
「えっ?・・君と僕は両想いで好き同士なんでしょ~・・?」と、言っていた言葉を聞いて、やはり親子だな、考えることは同じなのね・・と思ったのでした(^^)♪
♪想像力は限りなく自由なものです♪
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作詞:薩摩 忠 作曲:小林 秀雄
♪真っ赤だな~ 真っ赤だな~・・
1963年(昭和38年)10月、NHK「みんなのうた」で放送された童謡。
比較的新しい歌です。
たくさんの「真っ赤」を歌詞3番までたくさん散りばめられています。
つたの葉っぱ
もみじの葉っぱ
沈む夕陽
烏瓜(からすうり)
とんぼの背中
夕焼け雲
彼岸花
遠くの焚き火
お宮の鳥居
そしてキミとボクの真っ赤なほっぺ
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♪知っている言葉はどれくらい?
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今までに子ども達に歌わせてきていて、知らない言葉はどれくらいあったかと言うと、
つた
烏瓜(からすうり)
彼岸花
加えて、最近多いのが、
鳥居
焚き火
「もみじ」を「しらなーい」という子も最近はちらほらと・・・
9個中、半数以上がわからないと、それはそれは、この曲を「想像」する事すら出来ませんね。
しかし写真を見せると「知ってる!」という子もとても多く、「言葉」との一致が出来ていないのでしょうね。
問題なのは、これが一致しないまま大人になってしまうこと。
この曲は「真っ赤」がキーワードで、たくさんの「真っ赤」を次々と思い浮かべることによって、駆り立てられる「想像力」。
子供の想像力は凄いものがあります。
ただ単に言葉を映像化するだけでなく、
新たな架空の人物が入り込んできたり、
物語がどんどん出来上がってきたりします。
せっかく「想像力」を養う貴重なチャンスの一つを得るか得ないか。
いつも思うのですが、ほんの少し私達大人が手助けするだけで子供のチャンスの芽はぐっと増えます。
子供が知らない言葉が出てきた時、ちょっと教えてあげさえすれば、この曲を再び聴いた時、その子の「想像力」「理解力」「感動」などが勝手にどんどんと動き出し、
感性は磨かれていくのでしょう。
「まっかな秋」の様な曲は難しい「文語」は出てこないので、当教室でも、幼稚園の生徒さんから大人の生徒さんまで、どの年代でも話が出来、よく取り上げます。
以前の記事でレッスン中での生徒さんとの会話などを書いているのでお立ち寄り下さい♪
★参考ブログ★
まっかな秋 詩を味わい「つくば紅葉」を満喫
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♪まっかなほっぺたのキミとボク
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子供の頃、たぶん小学生だったと思うのですが、学校でこの曲を聴いたり歌ったりしていた時のこと。
1 まっかだな まっかだな
つたの 葉っぱが まっかだな
もみじの 葉っぱも まっかだな
沈む 夕日に 照らされて
まっかなぽっぺたの 君と僕
まっかな 秋に 囲まれている
真っ赤な「つたの葉っぱ」も「もみじの葉っぱ」も「沈む夕日」もめくるめく次から次へと想像していくとちょっと高揚した感じになりました。
これが「子供ながらの感動」なんだと思うのですが、
最後に「まっかなほっぺたの君と僕」という件が出てきます。
そこでまた「ポッ」と赤くなったりしたんですね。
そして2番。
2 まっかだな まっかだな
烏瓜(からすうり)って まっかだな
とんぼの背中も まっかだな
夕焼雲を 指差して
まっかな ぽっぺたの 君と僕
まっかな 秋に 呼びかけて いる
「からすうり」って何だろうな、
食べ物かな、鳥かな、花かな、
わからないけど、でもきっと赤いんだな、、
なんて思いながら次の真っ赤な「とんぼの背中」や「夕焼け雲」を思い浮かべてはまた高揚し、
ここでまた出てくる「まっかなほっぺたの君と僕」の件で「ポッ」と赤くなる。
そして3番。
3 まっかだな まっかだな
彼岸花って まっかだな
遠くの 焚き火も まっかだな
お宮の 鳥居を くぐり抜け
まっかな ぽっぺたの 君と僕
まっかな 秋を たずねて まわる
私は「彼岸花」が大好きだったので、
この3番が来るのが待ち遠しかったりしていました。
そして、焚き火も大好き!(おいもを焼けたので♪)
「鳥居」と言えば神社。
「神社」もすごく好きだった。
それは、良いか悪いかわかりませんが、
ほぼ毎日近くの神社やお寺で友達とおにごっこしたり、
かくれんぼしたり、
石踏みをしたりして(何の石かを今考えるとおそろし~・・・)
楽しくて大好きな場所だったんですね~・・
なので、私にとっては一つだけ2番の「からすうり」がわからない言葉だったのですが、
その後の3番まで行けば、自分の好きなものだらけの世界に入れるので、
3番まで歌ったり、聴いたりしたくて、
この「まっかな秋」は非常に好んだ曲だったんですね~・・
大好きな3番に益々高揚し、最後にはやはり「まっかなほっぺたの君と僕」。
もう私のほっぺも「真っ赤っ赤」!
かなり薄い記憶になりつつはあるのですが、
クラスの子に「なんで洋美ちゃんまっかっかなの~!!」と、からかわれ、
「なんでもないよ~!!」と更に耳まで真っ赤になってしまっていたことがありました。
そして子供特有の「替え歌」。
”まっかだな~、まっかだな~、洋美ちゃんのほっぺもまっかだな、耳の先までまっかだな~・・”
心の中が隠しきれず飛び出てきて、それを人に見透かされると凄く恥ずかしいですよね。。
なので、私は学校でこの曲を聴いたり歌ったりすることが少し嫌になったことがありました。
しかしもともと好きな曲であることは変わりません。
学校以外では、兄弟や親と歌ったり、1人でも遊びの帰り道に夕日に照らされながら口ずさんだりしていました。
この様に学校以外でこの曲を自由に満喫できる機会があることは重要なんでしょうね。
もし無かったら、感情を押し込めたままで、自分の感じた「感動」や「想像力」まで否定して押し殺してしまったかもしれません。
現在も何も変わっていないと思います。
学校では(特に日本では)、感情豊かに、自分の心をさらけ出して歌ったりすることに「照れ」を感じたりしがちなので、もし学校でそういう場が得られない場合は、学校外で自分の感性を自由に出せる場が必要ですよね。
そうでないと、せっかく学校で教えていただいた良い曲も何の意味もなさなくなり、勿体無いです。
残念なことですよね。
一番身近なのはやはり家庭かしら?
本当は学校がそうなれると一番良いのですけれどね~・・
以前、うちの子に聞いてみたことがありました。
「この曲の1番~3番まで全部に出てくる”真っ赤なほっぺたの君と僕”ってどういう事なんだろうって思う?」
「えっ?・・君と僕は両想いで好き同士なんでしょ~・・?」と、言っていた言葉を聞いて、やはり親子だな、考えることは同じなのね・・と思ったのでした(^^)♪
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1 ■想像力
大切ですよね。
生きる力、といってもいいかもしれません。
私も、さすがに受験学年ではその余裕はありませんが、
非受検学年、特に小学生では創造力を育てる授業を心がけています。