さとうみつろうさんのこの記事中の動画
美しい緑の森の東屋での
美しいメロディ、ハーモニー
是非是非聴いていただきたい
疲れたら時計の針の中心に戻っておいで
そこでは何も動いていない
日本中のあちこちで
神様が現れて
教えてくれているのを感じています。
美しく生きること
「私達(神達)も力を貸すけど、人間には人間の役割・担当分野があるのを、忘れないでね。互いに、自分達にしかできない事がある。互いにそこで、最善を尽くし合って、協力して初めて、事は生(な)るんですよ。」
☆ ☆ ☆
一昨日の事ですが
龍神様にお尋ねをしました。
「神様、龍神様。神のために、地球のために過ごせるよう、今日一日私が気を付けるべき事は何ですか?教えてください。」
答えは…
「熱中症に気をつけろ❤」
ズコーッε=ε=(ノ _ _ )ノ
ってかんじでした。正直(笑)!
はじめの一瞬ね。
(神様の応えて下さることにズコとか言っちゃ悪いけど、私の中ではそれが正直な反応だったんですョ(笑)あ、今来たけど、「ズコ!」って私が言ったら、神様から「頭固!」って返ってきたぁ(笑)はい、そうですね、畏れ入りました…m(__)m神様はとてもユーモラスです❤)
「そ、そ、そーゆーことじゃなくてですね…何かこう、もっと大きな、ですね… 熱中症とかそういうのはいいですから、もっとこうなにか、“使命”みたいな、神様からならではの、大きな何か、司令みたいな、ですね……(;´Д`)ノ」
っと、訊いておいて誠に大変失礼なことに、期待外れだと文句言いそうになりながらも、すぐに
「あっそうか!いやいや違うぞ、いいんだこれで!そういうことなんだ!」
とわかりました。
近頃神様を意識することが多いからと言って、私はちょっと気が大きくなっていたというか、意識が遠くへ、飛び勝ちになっていた、自分の家がお留守になっていたのでしょう。(反省)
どこか遠くの立派な神社へ御詣りに行くのももちろんいいけれども、それより前に、「自分の宮」をきちんと整え、御詣りし(自分の肚の声を聴き)、奉る(聴こえた肚の声を実行する)事が、もっとも必要なこと、人間自身のやるべきこと、神様にはできないこと、神様ではなく人間の担当分野なのだということを、知らされました。
「暑い今日一日、水分をしっかり摂ってあなたの体を守ることは、あなた自身にしかできないことですよ。神様はあなたに水を飲ませることはできませんよ、水を飲むのはあなたですよ。神様の願い(人間がより良く美しく生きること)を叶えるために、あなたの体を生かし守ることは、神様にはできないんですよ、あなた自身にしかできないんですよ。」
上の、さとうみつろうさんの歌に出てくる「止まる」ということも、
「遠くのどこかへ、今日もあちらへこちらへと、慌ただしく動き回るのではなく、まずはじっと、止まって、ここを感じてごらん」と、「今いるここ、あなたの体、他のどこでもない、今ここにいるあなたの中心に、目を向け、耳を傾けてごらんなさい。
海の向こうの遠くの国のことではなく、日本の心がどうなのか、自分の在り方がどうなのかを、先ず見てごらんなさい。まずは自分ですよ、自分を調えることですよ。」と
そういうものを受けとりました。
「〇〇ファースト」という言葉が流行っているかもしれませんが、
「自分さえよければいい」という概念は、光のほうへ働くのか闇のほうへ働くのかが、ほんとうにスレスレの紙一重で(「わがまま」もそうですが)、
「他を傷つける」のか、結局は「他のためにもなる」のか、そこの違いですよね。
これはたいへん微妙な匙加減で、やってみて体得するしかないような、口では説明できない、教えられないような、そういうところだと思います。(それをうまく教えられるのが名コーチなのですが!)
自分らしく楽にしていることで、相手も相手らしく楽に振る舞える
のと
自分の利益だけとことん追求して、他からは奪い蹴落とし邪魔者は排除する
のとでは
似ているようで全然違うのは
お分かりいただけるかと
(あと実生活における実践は個々で!)
美しい緑の森の東屋での
美しいメロディ、ハーモニー
是非是非聴いていただきたい
疲れたら時計の針の中心に戻っておいで
そこでは何も動いていない
日本中のあちこちで
神様が現れて
教えてくれているのを感じています。
美しく生きること
「私達(神達)も力を貸すけど、人間には人間の役割・担当分野があるのを、忘れないでね。互いに、自分達にしかできない事がある。互いにそこで、最善を尽くし合って、協力して初めて、事は生(な)るんですよ。」
☆ ☆ ☆
一昨日の事ですが
龍神様にお尋ねをしました。
「神様、龍神様。神のために、地球のために過ごせるよう、今日一日私が気を付けるべき事は何ですか?教えてください。」
答えは…
「熱中症に気をつけろ❤」
ズコーッε=ε=(ノ _ _ )ノ
ってかんじでした。正直(笑)!
はじめの一瞬ね。
(神様の応えて下さることにズコとか言っちゃ悪いけど、私の中ではそれが正直な反応だったんですョ(笑)あ、今来たけど、「ズコ!」って私が言ったら、神様から「頭固!」って返ってきたぁ(笑)はい、そうですね、畏れ入りました…m(__)m神様はとてもユーモラスです❤)
「そ、そ、そーゆーことじゃなくてですね…何かこう、もっと大きな、ですね… 熱中症とかそういうのはいいですから、もっとこうなにか、“使命”みたいな、神様からならではの、大きな何か、司令みたいな、ですね……(;´Д`)ノ」
っと、訊いておいて誠に大変失礼なことに、
「あっそうか!いやいや違うぞ、いいんだこれで!そういうことなんだ!」
とわかりました。
近頃神様を意識することが多いからと言って、私はちょっと気が大きくなっていたというか、意識が遠くへ、飛び勝ちになっていた、自分の家がお留守になっていたのでしょう。(反省)
どこか遠くの立派な神社へ御詣りに行くのももちろんいいけれども、それより前に、「自分の宮」をきちんと整え、御詣りし(自分の肚の声を聴き)、奉る(聴こえた肚の声を実行する)事が、もっとも必要なこと、人間自身のやるべきこと、神様にはできないこと、神様ではなく人間の担当分野なのだということを、知らされました。
「暑い今日一日、水分をしっかり摂ってあなたの体を守ることは、あなた自身にしかできないことですよ。神様はあなたに水を飲ませることはできませんよ、水を飲むのはあなたですよ。神様の願い(人間がより良く美しく生きること)を叶えるために、あなたの体を生かし守ることは、神様にはできないんですよ、あなた自身にしかできないんですよ。」
上の、さとうみつろうさんの歌に出てくる「止まる」ということも、
「遠くのどこかへ、今日もあちらへこちらへと、慌ただしく動き回るのではなく、まずはじっと、止まって、ここを感じてごらん」と、「今いるここ、あなたの体、他のどこでもない、今ここにいるあなたの中心に、目を向け、耳を傾けてごらんなさい。
海の向こうの遠くの国のことではなく、日本の心がどうなのか、自分の在り方がどうなのかを、先ず見てごらんなさい。まずは自分ですよ、自分を調えることですよ。」と
そういうものを受けとりました。
「〇〇ファースト」という言葉が流行っているかもしれませんが、
「自分さえよければいい」という概念は、光のほうへ働くのか闇のほうへ働くのかが、ほんとうにスレスレの紙一重で(「わがまま」もそうですが)、
「他を傷つける」のか、結局は「他のためにもなる」のか、そこの違いですよね。
これはたいへん微妙な匙加減で、やってみて体得するしかないような、口では説明できない、教えられないような、そういうところだと思います。(それをうまく教えられるのが名コーチなのですが!)
自分らしく楽にしていることで、相手も相手らしく楽に振る舞える
のと
自分の利益だけとことん追求して、他からは奪い蹴落とし邪魔者は排除する
のとでは
似ているようで全然違うのは
お分かりいただけるかと
(あと実生活における実践は個々で!)