苦手 その2 訂正

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先ほど出したばかりのブログ 「苦手 その2」


冒頭からいきなり誤字・脱字(汗)

「わりと」と書いたつもりが「わと」になってますね

あと最後の5、6行目ですか?

「おまけに」のつもりが「おもけに」になってる。


あまりのそそっかしさに梅ちゃんは笑い、たんぽ子は呆れてる。

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苦手 その2

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わとすぐ眠れるし、結構長い睡眠時間も取れる(笑)

ただ・・・朝がダメ(泣)

体力・気力ともにトーンダウン。

ウーン何故でしょう?

学生時代、陸上部の合宿で早朝の砂浜を皆でランニングしましたが、

実力2位の私が、決まってビリでしたね。

低血圧?

そうでもないんですけど・・・

あと いわゆる“引き算”がダメですね。

1050-500はすぐわかるが、1043-498くらいのレベルになると ちょっと時間をいただきたい。

世の中の“めんどくさいこと”は、たいていペケみたいです。

5分で済む話を30分掛けるのも苦手だし、

人に何か頼みごとをするのもダメだなあ(その代わり頼まれると断れない)

地理・歴史の成績は優秀だったけど、同じ社会科でも政治・経済は並以下。

まあ一介の人間ですから、完璧にはいかないのは当たり前ですが、

最も弱点というか欠陥なのが聴力でしょうか?

早い話“耳が遠い”

よく「あいつは人の話を聞いていない」と言われますが、

“聞いていない”んじゃなく、“聞こえていない”のが正解!!

視力は衰えがわかりやすいけど、聴力は数字に出ないのでわかりにくい。

(だってNHKのラジオは、普通に聞こえるし)

でも この場ではっきり言いますが・・・私は耳が悪い!!!

ベートーベンほどではないにしろ、耳の遠い音楽家です。

健康診断では、ヘッドホンをつけて聴力検査をやるけど、ピーという音が聞こえたことがない。したがって毎年“要検査”昔 一度調べてもらったことがありますが、「これ以上悪くならぬよう気をつけて下さい」・・・で終わり(泣)

一度検査で、適当にボタン押したら「まだ鳴らしていません」(ガチョン!!)

一番困るのは、会議の類いでしょうか?

この間も、管理組合の理事会で、皆さん笑ってるんだけど

自分だけ“意味がわからず笑えない”

昔 会社の会議で、(大きな部屋だったなぁ 100人ほど出席)

「おーい 後ろのほう聞こえるか?」と支店長の大声で始まりましたが、“聞こえる”ということで、マイクなしの御講話ということになり、おかげさまで・・・あとはまったく聞こえず(泣)

おもけに、終わってから「今日の内容をレポート提出」ということになり隣の方のノートをお借りいたしました。

(その節は お世話になりました)

「補聴器つけろ!」と時々言われますが、日常生活には支障がないので

(耳鼻科の先生の話)よろしくお願いします。

耳が悪い分、心の声が聞こえやすいのかもしれませんが、カミさんの機嫌を察知するのは速いですね(笑)

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映画と音楽~邦画篇

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前回の洋画篇では名曲をたっぷりご紹介いたしましたが、邦画となるとちょっと趣が変わります。

いきなりですが、邦画の場合 印象的な映画音楽というのはほとんどありません。

「エデンの東」「太陽がいっぱい」等に代表されるインストロメンタルな楽曲が、思い浮かびません。

邦画の印象的な音楽は歌であり、その多くは俳優によって歌われ、歌謡曲としても大ヒットしております。

中には歌謡曲としてヒットしたものを映画化するということも、当たり前のような時代がありました。

あと邦画では洋画と違い、ミュージカル映画は皆無?

同じ映画でも、洋画と邦画 こと音楽に関しては全く違うことがわかります。

邦画の映画音楽は、テーマソングか挿入歌ということになりそうですが、

古いところでは、黒澤明監督の「生きる」で、主人公が雪の降る中ブランコに乗り歌った「ゴンドラの歌」

青春映画のバイブルのような「青い山脈」

歌う映画俳優の走りは、多分高田浩吉ではないでしょうか?

続いて鶴田浩二(ハンカチを耳に当てて歌ってましたね)

皆が皆 歌っていたわけではなく、三船敏郎なんかはレコード出したことがない?(一度聴きたかったですけど・・・)

昭和30年代に入ると、大スターはほとんど歌ってましたね。その中でも東西の両横綱は、石原裕次郎と小林旭。

どんな男性歌手よりも、ヒット曲が多いんじゃなかろうか?この二人・・・

あとは 歌うだけでなく作って弾いてしまう(弾 厚作というペンネームはここから来てるらしい)加山雄三。

一世を風靡した植木等の無責任シリーズ。

あとは渡哲也・黒沢年男(この二人 初めのヒット曲までが長かった)

主題歌でいうと、勝新太郎・高倉健・渥美清(もう映画のタイトル言わなくてもわかる?)

女優では、高峰三枝子・高峰秀子、それから何と言っても吉永小百合。

一曲だけですが、内藤洋子「白馬のルンナ」

俳優だけあってセリフ入りの歌が多いが、このセリフがまたいいんです(笑)

中には歌よりセリフの方が長い曲も(浅丘ルリ子「愛の化石」)

十朱幸代・竹下恵子・桃井かおりも歌ってましたね(結構良かったです)

1960年代に入ると、歌手が映画の主役をやるようになりまして、

「絶唱」「夕笛」など文芸作品の舟木一夫

歌手だか役者だか わからなくなってしまった西郷輝彦

まあその昔は、江利チエミも美空ひばりも歌手と俳優の二刀流?

大スターだったのに、ヒット曲がなかった松原智恵子・酒井和歌子

個人的に聴いてみたかったのは、どうでしょう?

田村正和・・・

“アンタに言われたくない”ようなことばかりで失礼しました。

映画からテレビの時代になっても、この傾向は変わらず幾多のドラマと歌が誕生していったわけです。

冒頭に 邦画に印象に残る映画音楽はほとんどないと言ってしまいましたが、テレビドラマには、とてつもない傑作がありますね。

井上バンドの「太陽にほえろ」(その後「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」とショーケンのドラマの定番となります)

メロディといい雰囲気といい、日本のドラマ音楽史上の最高傑作だと私は思います

以上 ほとんどが、私の部屋に所蔵しておりますレコードからの、

昭和の香りいっぱいのレポートでした。

平成28年(昭和91年)春





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映画と音楽

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先日のSENCEでのコンサート(3月6日)

特集は 「ああ懐かしの映画音楽特集」ということでしたが、お忙しい中 ご来場

いただき、誠にありがとうございました。

さて映画が誕生してどのくらいかな?

と調べてみましたが、エジソンが1893年に映写機を発明。

1902年に、フランスで初めての映画公開。

まあ120年ちょっとの歴史ですか・・・

そう考えると、私が初めて映画に出逢ったのが、ちょうど真ん中くらいにあたるわけですね。

映画音楽ということで考えますと、創世記のチャップリンの作品では、さすがにあまり印象に残るものはないですね?

ただ後世の「ライムライト」では、自ら作曲を手掛けていましたから、ウーン天才!

音楽が映画に、非常に重要な位置を占めるようになったのは、やはり戦後でしょうか?

まあ50年代・60年代・70年代はその全盛期!!

私が映画漬けになっていた時期と重なります(笑)

ポピュラーソングの本でも歌謡曲全集でも、映画音楽の歌・テーマソングが目白押し。

映画大好きだった母に、幼少時に連れて行ってもらったのが「十戎」「ベンハー」

自分で観に行くようになったのは、自由が丘の東宝系「若大将」「無責任男」

そのため数年間は、邦画しか観ませんでしたが、ある時有楽町で 観たい映画の時間が合わず、仕方なく隣の洋画館へ。

そこで観たのが「ローマの休日」

その日から、オードリーと洋画のとりこになり、多い時は年間200本くらい観たかも?

あとは80年代に、レンタルで よく深夜に観ましたね。

何だかんだで、通算2000本以上?(名球会か???)





心に残る映画音楽 ベストα(順不動)

「第三の男」「禁じられた遊び」せつないメロディと楽器の音が、耳について離れない。

「エデンの東」「シェーン」「太陽がいっぱい」「太陽はひとりぼっち」「冒険者たち」

(アラン・ドロンの映画に傑作音楽が多い)

「大いなる西部」「大脱走」「ひまわり」「白い恋人たち」「雨の訪問者」「男と女」

シンプルなメロディですが胸に染み入り、映画に絶妙な効果を与えています。

ミュージカルでは「ウエストサイド物語」(マリア アメリカ トゥナイト)「マイ・フェア・レディ」(踊り明かそう)「サウンド・オブ・ミュージック」(テーマ曲 ドレミの歌 エーデルワイス)「チキチキ・バンバン」(テーマ曲)「シェルブールの雨傘」

歌ものでは「慕情」「ティファニーで朝食を」(ムーン・リバー)「ある愛の詩」「ゴッド・ファーザー」「追憶」

プレスリーもビートルズもさすがスーパースター

映画でも 名曲の目白押し!(挙げたらキリがない)

ポップス系では「卒業」(サウンド・オブ・サイレンス スカボロ・フェア ミセス・ロビンソン)「小さな恋のメロディ」(メロディフェア テーチ・ユア・チルドレン)

カーペンターズがないのが不思議?映画音楽っぽい歌ばかりですよね。

映画音楽の巨匠っていますね(笑)

ヘンリー・マンシー二 ニーノ・ロータ フランシス・レイ・・・

(イタリア系・フランス系が多い・・・)

いい映画って、音楽も印象に残るものがほとんどでしたけど、誰もが認める名画なのに

音楽を全然覚えていないのが「ローマの休日」「ポセイドン・アドべンチャー」

逆に 音楽は有名なのに映画はあまり記憶にないのは「知りすぎた男」(ケ・セラ・セラ)「世界残酷物語」(モア)

こうやって映画の話を書いてると、淀川長治さんを思い出しますね。

それでは皆さん サヨナラ サヨナラ サヨナラ♪♪

またお会いしましょう!

次回は邦画特集です・・・お楽しみに!





苦手 その1

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先日、ある席で日本間に通されましたが、その瞬間「うわっヤベェ!!」と思わず口走った私を、怪訝そうに見つめた知人が

「どうしたの?」

「いや オレ正座がダメなもんで・・・」

「いいんだよ 別に胡坐でも」

「・・・いや参ったな 実は胡坐はもっと苦手で」

子供の頃から、今さらですが正座も胡坐もダメ!!

ウチ 掘りごたつだったんで、座る生活、皆無・・・

(西洋生活が長かったわけではありません・・・)

まあ 突き詰めれば、それが原因でそういうはめに(泣)

だから、法事で足が砕けそうになったこともあったし(正座は10分が限界)

足腰の柔軟性がなく、胡坐をかこうとしても まず足が開かない(泣)

それに身体が真っ直ぐにならず、むしろそっくり返る始末(泣・泣)

何を言ってるんだか?と、普通に胡坐をかける方はお思いでしょうが、ホントなんです。

子供の頃は、仕方がないから何座りって言うんでしたっけ?

足を斜めに放り出すあれですよ。(おねえ坐り??)

まさか大人になってからみっともないし、ある時期 一念発起してずいぶん座る練習しましたね。いや、ホント、真剣に。

テレビ観ながら、ひたすら時の過ぎゆくままに、正座から胡坐を来る日も来る日もただただ繰り返し。

おかげで少しはましになったのですが、ところが直ぐに、努力は水泡に・・・。

その後に就いた仕事が、車に1日平均5、6時間待機、というもの。

気がついたら以前より悪化。その時は接骨医のお世話になりなんとか改善。

(骨盤がズレてる・・・と確か言われました)

そしてそれから時は流れ、殆ど胡坐をかくという機会がなく・・・

歌の宅配便で一度、和室でお待ちくださいということがありましたが、

畳の間で席に着くこともなく、ずっと柱に背を持たれていましたね(笑)

そんな人生ですが、いよいよ冒頭の事件(?)です。

なんとか座布団と根性(?)で、その場をしのぎました。

まあオレがもし役者だったら、間違っても時代劇には出られないし

「お主 これは異なことをされておる!!」と監督から皮肉か?

もし相撲取りだったら、土俵の下で足抱え込んでる?

もし落語家だったら、10分以内の演目に限らせていただきます!

もしヨガの修行に行ったら「おまえ 何ふざけてるの?」とつまみ出されるか?

別に身体不自由オッサンでもないので、生きてゆくことは出来ますが、今さら

どうしようもない?

このまま生き続けることといたします。