すえひろのブログ

反創価だよ


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アメーバのナウで、オモロい画像を拾いました。




この人は隠れK正会員で、信心は半人前!性欲は三人前‼︎の奇人らしいです。





この人も隠れK正会員で、薬物中毒者でもあり、キメキメ時は「アハハハウヒヒヒィーw」キレてきたら「ウギャーッ☠️ウギョギョー」と喚き散らし、まるでおサルさんらしいです。


世の中変な人がいますね!皆さん気をつけましょう( ^ω^ )
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宿業の掲示板より転載


大作さんからのラブレター

私が日蓮正宗創価学会へ入信したのは小学校5年生の頃で、当時は創価教育学会の時代でした。当時の我が家は、すべての面で恵まれた家庭環境でした。
父は、今で言う工業系大学を卒業したインテリで、花形だった海軍兵学校に入り、インドネシアなどへの海外赴任が多かったのです。
母も、岩国の女学校を出た才媛で、二人は恋愛結婚で結ばれたそうです。
そんな家庭なので、経済・生活力があり、幼児の頃から何不自由ない豊かな日常生活を送っていました。
子供は、6人兄弟で、私の姉が2人、妹が1人、弟が2人という、子だくさんの当時としたら平均的な家族構成です。

私は、小学校1年生の時から成績抜群で、今で言えばオール5にあたる甲がズラリと並び、赤の花形を胸に付ける、級長にいつも選ばれていました。
運動能力にも優れていて、走らせたら常に一番で負けた記憶はほとんどありません。
そんな我が家が、どうして創価教育学会に入会したのか。
母の当時の悩みは子供を幸せにするためにどうしたら良いのか、という一点でした。
特に、男勝りの私の行く末には、かなりの不安を抱いていたようです。
何しろ銃後の守りと言う時代です。
戦前と言う時代、周囲の人たちから見れば贅沢な悩みですが、高い教育を受けた父や母にすれば真剣だったのでしょう。

そうした母の悩みは、担任の女性教師(江刺マサ)に伝わっていました。
実は其の教論こそが、創価教育学会の熱心な信徒だったのです。
学会の信仰は如意宝珠の教えだから、信じれば何事も解決できる。というその教論の言葉を素直に信じ、昭和14年3月、あたかもカルガモの一家のように、海外赴任中の父を除く家族全員で、中野の歓喜寮において御受戒を受けたのです。
父は終戦直前、最後の飛行機に乗って運よく帰国を果たしました。
今も、大御本尊様の功徳だったと確信しています。
しかしその父は約3年間、創価教育学会の信仰に対して反対を続けます。おそらく、海外で苦労してやっとの思いで帰国したら、家族がおかしな信心にかぶれていたと思っての反発だったのでしょう。

そんな中、妹の淳子が肝硬変で急死するという悲劇に見舞われました。
ところが、その淳子の最後の願いが、お父様みんなでで仲良くこの信仰をしてくださいというものでした。
さんざん反対していた父もついに折れ、その後は純真な信心を貫き、静岡担当の本部長となり、やがて地元・横田で市議会議員となって、トータルで3期務めあげました。
その後、長女が学会教学部長の小平芳平と結婚しましたが、彼が参議院議員となった後、子供がいたにもかかわらず、彼の身勝手さから離婚という形で幕を閉じました。



キャリアウーマンとしての青春時代

学会草創期の女子部は、100人足らずの小さな組織でした。
それでも、戸田城聖先生の下で、実に和気あいあいとした雰囲気で楽しいものでした。
大学で英会話と英文タイプを学んだ私は、当時の花形職業として女性のあこがれの的だった、国際線電話の交換手になっていました。
当然、学会活動にも熱心に取り組み、仕事が休みの時は聖教新聞記者としてカメラを担いで東奔西走したものです。
そして、交換手を辞めた後は、貿易会社に社長秘書として活躍しました。
今で言う典型的なキャリアウーマンで、仕事と信仰に全力投球する日々を送り、30歳を過ぎても独身貴族の生活を満喫していたのです。
周囲の目は、妙子は一生結婚しないと見ていたようです。
当時の思い出の一つは、女子部最高幹部と連れだっての身延山取材です。
その模様は、大白蓮華の紙面に身延探検記として掲載されました。


池田大作氏とのデートと恋文


そんな青春時代に、入会前の池田大作氏との出会いがあります。
姉の同級生だった大作氏とその友人が、学会の拠点となっていた我が家にワイシャツ姿で現れたのです。
その後も度々、我が家を訪れる姿を見かけていました。
そのうち、私の何処を好ましく感じたのか、デートに誘われるようにありました。
私は忙しい仕事と学会活動を熱心にしていたので、お付き合いする時間はほとんどなかったと記憶していますが、映画館へ一緒に行ったのは覚えています。
大作氏は、私のようなキャリアウーマンタイプに強い関心と憧れを持っていたように感じます。
私は、少女時代から男勝りの性格だったので、大作氏のようなアクの強いタイプは好きではありません。
育った環境も、私と大作氏ではまるで別世界でした。
常に距離を置いている私の態度に業を煮やしたのか、ある日手紙が届けられました。

その中にラブレターと思われる内容が含まれ、それが数年前に、池田大作の恋文としてマスコミを騒がせたものです。
当時私の母は、頻繁に来宅する大作氏をたいそう可愛がり、着物姿の正装で戸田先生の会社へ連れて行って、大作氏の就職を直接頼んでいました。
その結果、戸田先生の会社に採用となり、社員として勤めることになりました。
そんな母の尽力に対し、私が知る限りお礼らしき言動は、一度も聞いたことがありません。
また、小説人間革命の入信決意の描写は、事実とは異なります。
座談会で詩を諳んじたというのも、全くのフィクションそのものです。
私は生き証人です。
さて、そんな大作氏は同35年、創価学会第3代会長に就任しましたが、私にとっては遠い異邦人となっていました。
その後は、今日まで一度も会っていません。
私の性格なのでしょう、金太郎飴みたいな組織とか役職は本能的に嫌いで、学生時代は一貫して断ってきました。



インド・ブダガヤに公布の記念碑


当時の思い出として、鮮明に記憶していることがあります。
結婚(伊藤監英)の後、聖教新聞を退社した夫が、主にインドネシアや香港などの東南アジアをターゲットとした貿易会社を立ち上げました。
仕事柄、アジア系を中心に米国人やフランス人、イタリア人らの外国人と頻繁に会い、花馬車など有名な社交場を使っていました。
当然、そこには若くて美しいホステスがたくさんいて、次第に顔見知りとなって親しくなると、自然に信仰の話となり折伏も進みました。
そうして誕生したのが、「東京班」という特殊な学会組織でした。
いわゆる、今日のSGIの原型みたいなものです。
当時、外国人が集う座談会として聖教新聞にも大々的に掲載されました。
また、一粒種のインド人、プラサド氏を折伏して大石寺へ参詣させたのもその頃です。
後日、プラサド氏が政府高官となり、夫に協力してインドの地へ日達猊下をお迎えし、世界平和を祈る記念碑建立に尽くしてくれました。
ところが、インドから帰国した夫が大吐血をして、信濃町の慶応病院に救急車で担ぎ込まれ、胃を三分の二ほど切る大手術を行いました。


その結果、約三ヵ月の入院となり、退院後は実家の秋田県で療養生活を送ることになったのです。
私も泣き泣き仕事を精算し、夫の療養のために国体で賑う秋田市に移り住みました。
その秋田市では、私がマダムになり、ユニークな喫茶店を経営しました。
それは、インドの民族衣装サリーをまとった女性店員を揃え、店名をニューデリーとしたのです。
秋田市内とはいえ東京に比べれば田舎です。
そこでインドの写真やアショカの彫刻を店内にずらりと並べました。
この珍しい喫茶店には、開店前から行列ができ、大きな反響を呼んだものです。
その後、バーとクラブもてがけた私は、約17年間にわたって秋田に住むことになったのです。信仰の方は、組織に縛られず、自由な立場での布教活動に徹しました。
地元では名士一族として知られる夫の親族を、東京の学会本部から地方指導に来る小泉隆先生らとともに折伏したものです。
さらに、私の喫茶店を拠点として多大な成果を上げていきました。


波乱万丈の人生に悔いはない

私の人生は外から見ると波乱万丈なのでしょうが、私自身は淡々と水の流れるような信心を貫いてきました。
信心を根本として、常に母から教わった人生訓で己を律していました。
それは、人には謙虚たれ、決して驕ってはいけない、他人に優しく尽くしなさい、など平凡な言葉でした。
同47年に正本堂が完成した時、戸田先生の指導とは何かが違うという違和感を抱きました。
宗教者としての謙虚さを失っているように感じました。
同52年のお詫び登山や御本尊模刻問題に至っては、池田創価学会の本質を見た思いをしたものです。
実は、がその頃から御宗門への回帰の念が沸々と心に芽生え、平成に入り池田大作の総講頭罷免、創価学会と池田大作の破門と続いた頃は、真剣に正宗への回帰を考えていました。


平成10年前後、弟の妻として三宅家を長年守り抜いてきた幸江さんと、双子の原島富久子さんが日蓮正宗妙縁寺で勧誡を受け、正しい信仰をスタートさせたことを知りました。
その後、幸江さんの熱心な勧めもあって、妙縁寺法華溝の一員に加えてもらいました。
当初、お墓がある常泉寺での勧誡を考えていましたが、身近な人間関係を重視して妙縁寺を選びました。
その後は、常泉寺で開かれた東京第一布教区での体験発表、続いて法生寺や本種寺などでもお話をさせていただきました。
そんな時、我が家の古い金庫の中を整理していると、青春時代に大作氏から送られてきた手紙が出てきたのです。
それを表沙汰にするには、様々な心の葛藤がありました。相談した人の中には、危険だから止めなさい、とのアドバイスもありました。
それでも、美化され続けてきた学会草創期の真実の一つを明らかにすることに意味があると信じ、マスコミへリークすることを決断したのです。


私は、人一倍幸せな少女時代を送り、結婚してその後離婚に至り、女手一人で我が子を育ててきました。
波乱に満ちた人生ですが、今も折に触れて走馬灯のように楽しかった思い出の数々が脳裏をよぎります。
性格もあるのでしょうが、人生に悔いはほとんどありません。
御本尊様を主、師、親の中心として大事に守り続けてきた人生でした。


地湧の菩薩としての使命を全うしたい

破門されて以降の創価学会は文字通りの根無し草で、今も大作氏を信じている学会員は気の毒です。根本の本尊様がニセ本尊ですから、いずれは組織も分烈し解体することでしょう。
とくに可哀相なのが婦人部です。
池田先生を連呼して、御宗門のことは日顕宗と罵って批判をしています。
私も何回か、現在も学会婦人部にいる友人を折伏しましたが、全く聞く耳を持ちません。
その中には、私の家族を入会に導いた小学時代の恩師・江刺さんの妹を訪ねたところ、安置されていたのはニセ本尊でした。
残念なことに、学会を批判するなら二度と来ないで、と言われてしまいました。
私は、勧誡を受けて日蓮正宗の大御本尊様に再びめぐり合い、何度も命を助けられました。

過去に大腸がんで三ヶ月間入院したり、心筋梗塞を発症し救急車で運ばれたこともあります。それでも、地湧の菩薩としての使命が残っているのか、今日まで命を長らえて今も仕事と地道な唱題行を続けています。
最後に、これからの残された人生を大事にしながら、与えられた崇高な使命を果たして行く決意を改めて誓っています。

TM

終り.
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yahoo知恵袋より、転載&合体

宗教法人法改正の審議で池田大作が、国会に呼ばれそうになった時の公明グループのあわてぶりと対決姿勢は、尋常なものじゃなかった。

そもそも国会喚問と参考人招致は違うわけで、(証人)喚問は「証言」で嘘をつけば犯罪になるが、参考人招致は「意見」を聴取するだ。
話した内容に法的責任がついて周るわけではない。
喚問に比べたらぐっと気楽なはずである。

それでも池田は国会招致に出てこなかった。
他の候補者(5人)は素直に応じたのに池田だけが拒否したというわけだ。

何故だろう?

理由を考えてみた。

一つには、池田自身が(内部で虚勢を張るのは得意でも)議員の向こうを張るだけの度胸もなければ、才覚もないってことを自覚しているのだと思う。

ひたすら逃げるしかない。

もう一つは、そんな姿を見た信者の池田に対する帰依心に動揺が、走っては困るからだ。

映像は怖い。

人は、その人の立ち居振る舞いを見て、人間性を推し量る。
もし池田が答弁すれば、汚職政治家の国会答弁も色あせるほどの厚顔さと、品性のなさに、視聴者の眼は釘付けとなったことであろう。

一般のメディアは聖教新聞とは違って池田を宣揚してくれない。
等身大を描写するはずです。たとえば、、、

昭和57年10月16日付讀賣新聞23面より抜粋

>>この日の池田氏は検察側尋問には、証人席に深々と腰かけ余裕をもって答えていたが、弁護側尋問に移ると、身を前に乗り出し、時に机を何度もたたきながら「どこにそんなことが書いてあるんですか。見せて下さい」などと興奮気味に詰め寄るシーンも何度か見られた。
最後に、秋山裁判長が学会の体質にまで踏み込んで尋問を始めると、時に顔を赤らめながら懸命の弁明。いつもの宗教者の顔がすっかり影をひそめたこの日の池田名誉会長だった。<<

昭和57年10月27日付讀賣新聞夕刊14面より抜粋

>>また、池田氏は山崎被告を闇(やみ)の帝王と呼んだことを認めた上で、その理由を「家に帰らない。銀座に遊びに行くなど、はっきりしない部分があったからだ」と説明。
弁護側が「夜遊びをするということか」とたたみかけると「夜は闇だから」と答えて、傍聴席に失笑が起きる場面が見られた。<<


机を何度も叩くという「キレる」行動を取るのは、自分の気持を
表わす適切な言葉が、スラスラと出てこないからだ。

傍聴席から失笑が起きるのは、ボキャブラリーに乏しいからである。

懲りたのだろう。なるほど国会に出て来られないわけだ。

「鎖」が外れた途端に、尾を垂れてしまう犬がる。
自分と主人のきずなである「鎖」があると強い犬も、主人を意識させてくれる鎖がないと野良犬と同条件になってしまう。
頼れるのは自分の力でしかない、と知った時、いつも居丈高に吠えていた犬が、自分の力の弱さを感じて尾を垂れるの図だ。
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平成5年1月27日アメリカSGI&関西合同総会
http://youtu.be/JDGyNtprjzQ

これは凄い動画だ!( ^ω^ )

外部のコメント
池田大作氏については色々と悪い評判を聞いていましたが、実際にこの動画サイトを見てあまりの傍若無人さに衝撃を受けました。
巨大宗教団体の指導者である前に、一人の人間として、あまりにもその軽薄さ、無神経、醜悪、傲慢さに正直最低の人物だと言わざるを得ません。
まず第一によその国へ来て、その国の大統領を多数の聴衆の前で、誹謗中傷するのはあまりにも無礼且つ無神経です。
まともなアメリカ人だったら、たとえ共和党支持者でも不愉快でしょう。
さらに通訳を遮って気まぐれに云いたい放題、お蔭で通訳の方も大変だったでしょう。
最後に創価学会の方々に真面目な質問です。
あなた方は、本当にこのようなつまらない男をマハトマ・ガンジーやキング牧師と並ぶ偉人として尊敬しているのですか?
世界中の大学から名誉博士号を300以上貰ったそうですが、この動画を見る限りとても博士号をもらえるような知性と品格など微塵も感じさせませんが、創価学会の皆さんは本当にどう思っていらっしゃるのでしょうか?
仮にこのような態度を一国の総理大臣が国会で取ったとしたら、マスコミや国民はどう思うでしょうか?
あなたの職場の社長だったらどう思われますか?たちまち信用を失うでしょう。
もちろんどこの職場や社会でもこの程度の馬鹿は、掃いて捨てるほどいるでしょう。
ただこれが日本最大の宗教団体のトップであり、公明党に大きな影響力をを持っている事を考えれば、池田大作氏のような下劣な人間がいるという事は、我々日本国民にとっても大きな災難と言わざるを得ません。


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勝手にブログ転載
どこぞのタヌキの生き様は、反吐がでるが、正直に生きる人の言葉は、グッとくる。



整備という仕事

はやいもので、この仕事について20年になる。
最初の頃は、本当に何も知らなかった。
ホイールナットを、反対に付けて笑われた事。
解体屋に行って、そこの兄ちゃんに舐められたこと。
お客の方が詳しかった事。
色々な事があった。
仮に全ての車を、知り尽くして作業も完璧な人を(そういう人はいないが)100としよう。
私は、いいところまだ30くらいだろう。
この仕事、やめるまでずっと勉強だ。
勉強というよりも経験だ。
なにが楽しいのか考えてもよく分からない。
ネジを、締めるときも結構気持ちいいときがある。
奥まったネジに工具を、駆使して緩んだ時も気持ちいい。
修理が、完成したときの達成感。
まぁ、つらい事も多いけど。
技術の向上に終わりがないのがいい。
ここまで続いた最大の要因はこれだと思う。

もしこれが、誰でも出来る仕事で、毎日おんなじ事の繰り返し。
ロボットでも出来るような仕事だったら、毎日がむなしいだろう。

給料はそこそこ。
まぁ、生活には全然困ってはいないけど。
こんなもんだと思う。
毎日自分の給料の2倍か3倍の仕事を、目標にやっている。
そうなった日はビールがうまいですよ。
なにやってたか分からない日もあるし。
1日タダ働きみたいな日もある。
仕事だから続いている。
もし他の仕事を、始めて趣味にしようとしても、もう趣味にはならないと思う。
そうなったら、オークションで手持ちの工具は、全て売るだろう。
趣味にするほどおもしろいとは思わないけど、仕事にしてみたら結構楽しかったりする。
ちょうどいい感じだ。


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知っての通り、コウモリ教団の未来は前途多難です。
泥棒タヌキの跡目が決まっても、奴ほどの非人は人類史上
いないので、牽引力は有りません。
そうなると、現在の様な体制で運営していくのは確実です。
その場凌ぎの無茶な打ち出し、相次ぐ政治活動、募るのは
会員の不満、不信ばかりでしょう。
それから絞命党は与党なので、大企業金持ち優遇政策を
爆進するのは、火を見るより明らかです。
更なる会員の不満、不信。
団塊の世代が80代に成ると、多くの文化会館が福祉施設に成り、団塊の世代が入所し、若い世代の会員がボランティアをします。
其処では痴呆老人を利用した、無茶な財務と票集めが罷り通る
暗黒世界です。勝つ為には手段を選びません。
そして亡くなれば、そのままコウモリ墓苑行きで、丸儲けです。
そうする事が、一番福運溢れる人生だ!と指導があり、狂盲信
達は従うでしょう。
でもその頃は、コウモリ教団は弱体化し会員数も激減してます。
いや、韓国SGIは勢力拡大してるかも^^;

まぁ、後20年で衰微するのは確実です( ´ ▽ ` )ノ







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泥棒タヌキが作った箱庭に、一般会員達が籠ってます。
その箱庭は、平和、文化、教育、人権等の旗を掲げ、そこで一般会員達は、慈善活動し、それは、一見清純で美しく、清々しい世界です。
偽善新聞や同時放送に映る、会員の姿を見ても分かります。
そして本部を、完全正義と思い込んでます。
だから一般会員達は、慈善活動の目でしか見る事が出来ません。
一方向でしか見えない状態に成ります。
コウモリ会と絞命党の悪い点が、余りにも会員達の目に映る世界と違うのでそれを無理矢理デマだと、信じ込みます。
活動で感じる矛盾を幾つも抱え、頭上に暗雲がある状態です。
でも泥棒タヌキと中枢部を完全悪と捉えたら、矛盾点の集まりが線に成り、頭上の暗雲が霧散し、青空が広がります。

コウモリ会は、本当に巧妙な仕掛けで、人々に慈善活動させ、時間と金銭を搾取し、法の目を掻り潜り営利追求し、日本を外国に売る売国賊教です。

洗脳は中々解けませが、根気強くやるしかありません。
しかし一旦解けると、怒涛の様に疑いが止まりませんw
コウモリ会は、巨大だけど必ず衰亡します!






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昔は、洗車場が沢山あったのに、経済の落ち込みと共に、洗車場が減少した。

いつも利用してる洗車場は、自分以外一台だけでガラガラだった。

帰りにマルアイ(スパー)に寄って、年越し蕎麦の材料を買った。

平和な1日だ( ^ω^ )


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5人通報すれば 5×50000=250000円のお小遣い( ´ ▽ ` )ノ

マクリーン事件判例
1.外国人の基本的人権は在留制度の枠内で保障されるにすぎないので
 在留期間中の合憲・合法の行為を理由として、
 法務大臣は在留更新不許可処分を行うことができる
2.外国人の政治活動の自由はわが国の政治的意思決定又は
 その実施に影響を及ぼす活動等を除き保障される

つまり創価の公明支援活動において在日の信者が選挙支援してる行為自体が違法行為!

通報すると最大で5万円の報奨金、国民の義務として違法選挙活動を阻止しよう!
03-5796-7256
http://youtu.be/KC9x_N71_Cw
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10月から微活の知人に頼まれ、日曜日だけ半日アルバイトするようになった

配管小部品の組立作業をしている。
組み上げ時に、少しでも継手の六角部を変形させたら客からクレームが来るので、アルバイト用にネットで調べて19㎜と22㎜のコンビネーションレンチを買った。

流石スナップオン!バッチリだ( ^ω^ )



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