安部公房「砂の女」

スローライフ男の私にしては珍しく通勤電車で3日で読んだシュール文学の傑作 。実は今日午後7時ごろ、阪急電車北千里行きの2両目で読み終えたばかりだ。63年の作品。安部公房はもしかしたら初めてか。そして、大学時代よく読んだ野間宏にちょっと似ている、と思ったらそれもそのはず。調べてみたら50年代に「人民文学」で前衛芸術の徒としてふたりは出会っている。私の目に狂いはなかった。


正直申し上げて、彼に関する調べはもっと進めるべきであるという一抹の焦燥感はいまだに拭い去ることは出来ない。安部に対する興味は膨れるばかりであり、何と言うか、私に与えられた天からのギフトかも知れない、いやそうではなくてひとつの苦行の一種であって、おまえはもっと人生の深部や陰部や恥部を知れ、という神の思し召しかもしれないと、会社からの帰り道で我が魂は恐れおののいた。何なんだ、あんたは。


優れた芸術は、情けない人間を表現するのが上手なのか。それとも、情けない人間を表現するのが上手な作品は優れた芸術なのか。「情けない人間」という言葉がしっくり来ない場合は、「おのれの力でおのれの運命をコントロールできない人間」を想像しなはれ。あるいは、不条理という便利な言葉もあるな。便利すぎる。嫌いじゃないぞ。とことん読み込んでみたいぞ。もっと安部ワールドに浸ってみたい気がした。


この作品は世界各国で受け入れられた。息詰まるストーリー、奥行きのある人間観、的確な比喩、そして、人間の不条理、情けなさ、やるかたなさを、極めて精緻なレンズで表現している。よかったぞ、もっと触れてみたいぞ、あんたに。日本高度経済成長期の、懐かしき息吹が聴こえてきそうだ。こういうの、ほんまたまらん。時間の許す限り味わっていたい。


ちなみに、鈴木茂で同タイトルの曲 があるが、この本を読んでいる間は興奮のあまり、そのことは思い出さなかったな。

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