試聴あり


83年リリース、私の洋楽黎明期に一致する。「外国のロック」「ビリー・ジョエル」というだけで嬉しくてたまらなかった。このアルバムのサウンドも、前作「ナイロン・カーテン」と打って変わってハッピーそのもの。6曲目の「アップタウン・ガール」は2番目の妻になる女性(モデルをするくらいの美女)に奉げられた。(彼女と離婚後、彼の中ではこの曲は「封印」ということらしい)。


こんな明るいアルバムでも、実のところ、お気に入りは割合暗めの「夜空のモーメント」だった。高校1年の時の、当時女性に人気のあった男子生徒が「おまえも髪型もっと工夫したら女にもてるぜ、ところで『イノセント・マン』ではどの曲が好き?」と私に話しかけてきて、このやけにノスタルジックな曲を推すと、どうやら「オタク系の暗い奴なんだ」というレッテルを貼られて、その後あまり話しかけてこなくなったことを思い出す。


イケメン男と友達になれなかったくらいで、自分の音楽の趣味を捻じ曲げることなんて眼中に無かった。そういえば、そいつは当時「フットルース」とかいうサントラに夢中で、しかもブレイクダンスを教室で披露してたな。私は相変わらず暗い奴等と付き合い、暗い音楽を聴いて、暗い朝早くから朝刊配達をしていた。当然女どもからは相手にされなかった。


イケテナイ高校時代を送った私であるが、変な話、唯一胸がときめいたことがあった。それは、3年間とも、いわゆるクラスで一番可愛いとされていた女子生徒と出席番号が同じであったことだ。


それは何をもたらすかと言うと、理科室での実験の授業で、彼女たちが同じグループに属し、しかも、私の正面に座るということだ!


もてない男というものは、美しい女性を前にすると何とかして彼女を笑わそうとするもの。アルコールランプの火種をわざと大きくしてみたり、カエルの肛門にストローを突っ込んで息を吹き込んでみたり、カラフルな化学溶液をいくつか混ぜ合わせてカクテルのごとくシェイクしてみたり。


もしかしたら3人の美女のうちのひとりくらいは私のおふざけを気に入ってくれたかな?でも、当時オクテな私は知る術も無く、また「夜空のモーメント」を聴くために誰よりも早く帰宅部の門を叩く。まさに我こそが「イノセント・マン」!罪なき男だったのだ。


高校時代の私はビリーのように、美女をゲットするために道化を働いていたけど、彼みたいにはうまく行かず、一人悶々とするのが関の山。ブレイクダンス男が言っていたように「髪型もっと工夫」した大学生になった時にちょっとは女たちから相手にされ、「イノセント・マン」から段々かけ離れていき、挙句は妻に、何故か「腹黒男」と呼ばれるに至ったわけである。めでたしめでたし。

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