64(ロクヨン)横山秀夫、気迫の一冊。 | ひろ&れいこの公式ブログ『幸せのカタチ』    

64(ロクヨン)横山秀夫、気迫の一冊。

横山秀夫氏の作品と出逢ったのは、私がIT企業にいたときのことだ。

 当時、仕事のうえで毎日のように罵倒され苦しんでいたとき、私は苦手な仕事、重くどんよりと静まりかえった雰囲気のなかに私はいた。

「何度言ったらわかるんだ! アンタは人間的に冷たいよ」

体は痩せ、髪はパサパサになり、アレルギーが出ていた。そんな私のはらわたをえぐるように上司は責めてきたのだ。文章修正の際、間違って「,(カンマ)」を落としただけで責められ、やつれて果てていた。

そんなとき、自分を癒すために書き始めた物語、それが「エレナ婦人の教え」だった。

 この中で登場するカレンは村上春樹氏のデビュー作「風の歌を聴け」での描写に似ていたし、第三話に登場する源三は、ほかでもない横山秀夫氏のベストセラー「半落ち」をはじめとする主人公キャラクターに着想を得たものだった。(以前の記事はこちら→ 「村上春樹デビュー作との類似性」


 ではそのエレナ婦人の教え第三話「源三 語らない姿」を再現しよう。

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 源三の経営する素泊まり宿「源(げん)」。そこに泊まろうと浜辺で網の手入れをしている源三にヒロは話しかけた。

ひ「あの、泊まりたいんですけど。聴こえないんですか?」


返事をしない源三に声をかけると、

源「アンタは何モンだい。自分の名前から言うのがスジってもんだろうが」

眼光鋭い視線は見るものをドキリとさせた。
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 ここで私は激しい劣情とも言えるような怒りを秘めたその語りに圧倒されていく様を描いたのです。これは、横山秀夫は文章が上手いといったその上司のことばを胸に、何度も読み返し、それをヒントに綴った私の実小説だったのです。

そんな横山氏が7年ぶりに長編小説「64(ロクヨン)」を発表した。「これを書かずに死ねるか」との想いで書き上げた一冊だ。そこに、まるで私の源三とのやりとりに似通っている個所が登場する。D県警広報室主人公 三上が犯人の目星を付けるため、D県警を辞めたかつての同期で園芸業を営む望月を訪ねるシーンだ。

(「64(ロクヨン)」横山秀夫著 文芸春秋刊 P74より)
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 望月の姿が見えた。肥料袋を山積みした一輪車を押してハウスに戻るところだった。焦げ茶色のジャンパーは刑事時代のトレードマークだった舶来品だが、下は作業ズボンに長靴だ。すっかり板に付いている。

「望月――」
 背中に呼び掛けると、声でわかったのだろう、振り向いた丸顔は既にニヤリと笑っていた。

「珍しいことがあるもんだな」
「言うな。こっちも結構忙しくてな」

 辺りは吹きさらしだが、ハウスの中は春のように暖かかった。
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 まるで横山秀夫氏が私に乗り移ったかのように文章を書いた第三話「源三 語らない姿」。かと思えば第一話では村上春樹のような文章を書いている。私には人の特徴を異様なまでに観察・察知し、吸収する力があるのかもしれない。そんな気がした。

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