ヒロカズマ 公式ブログ|自由に与え 自由に受け取る

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アマゾンの先住民族の次には、
北極圏で生きているイヌイットの
人々と語ってみたい。

彼らに受け継がれている神話は、
どんなものがあるのか聴いてみたい。
そう思ったのが、
北極へ行くことになった切っ掛けです。

 

2016年9月11日、
長野県黒姫高原にある、
『アファンの森』から、
北極へのお話が始まりました。

『アファンの森』は、
作家C・W・ニコルさんが創った森です。
ニコルさんは、日本の森を愛し、
それが無くなることを心から残念に思い、
日本の森の再生運動に関わりだしました。

戦後の日本では、
高度経済成長期に政府の方針で、
ブナ・ナラ・トチなどの木を切り倒し、
材木に使うためにスギ・カラマツの
人工林に植え替えられました。

しかし、それらが育つ頃には、
安い輸入材木のため売ることが出来ず、
森は野放しにされ荒れたままになって
しまったのです。

 

そのような森には、
野生動物を育てる力も、
水を綺麗にする力もありません。

日本にはまだ沢山の森がありますが、
それらの多くは、
死んだ森になってしまったのです。

 

ニコルさんの長野の家の隣にも、
そんな荒れた森がありました。
40年以上放置されたその場所を、
地元では「幽霊森」と呼んでいて、
日中でも光が射さない状態だったのです。

 

ニコルさんは、私財を投げ出し、
地元の林業家の力を借りて
自らの手で森を再生していったのです。
それが現在の『アファンの森』に
発展していきました。

長い年月と愛情のこもった人の手を入れた森は、
徐々に再生していきました。

 

いまでは、90種以上の鳥たち、
1000種以上の昆虫達が生息しています。
植物、鳥、昆虫、菌類、そして動物という、
自然の命の輪を取り戻してきたのです。

 

私が2012年3月から関わっている、
世界の鳥類の絶滅危惧種を守る会
「バードライフ・インターナショナル」のパーティーで、
ニコルさんの「アファンの森」のことを知りました。

そして、会ってみたくなり、
仲間20人とともにニコルさんのところに集ったのが、
2016年9月11日だったのです。

 

その時、ニコルさんのもう一つの顔である、
北極探検家という側面を見せていただきました。
ニコルさんは、17歳の時から、北極探検をしていて、
もう60年近く北極を行き来しているのです。

ニコルさんに、北極の話をたくさんしてもらい、
会食のときに
「また来年も北極に行くから、君も行く?」って
誘っていただいたのが切っ掛けだったのです。

ちょうど、アマゾンに向かう一ヶ月前のことでした。
赤道の次は極地という流れが出来たときでした。
地球上で一番暑いところに住む先住民と、
一番寒いところに住む先住民と
会って話をするという想いが宿ったのも、
この時でした。

 

続く


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アマゾン旅行記 
http://ameblo.jp/hiro-kazuma/theme-10103403355.html

 

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北極の準備は、どんなものがあるのでしょう?
アマゾンのときには、
予防注射や虫除け対策がありました。
はたして極地に行くのには、
どんな準備があるのでしょう?

まずは、情報収集に、
モンベルの店舗に行ってみました。

モンベルは、大阪に本社のある、
アウトドア総合ブラドです。
創業者である、辰野さんは、大阪堺の出身。
ご自身がトップクライマーで、
日本人で二人目のアイガー北壁登頂
という実力の持ち主です。
28歳(1975年)のときに
いまの株式会社モンベルを立ち上げました。

店内に入ってみると、7月です。
当たり前ですが、お店に置いてある商品は、
夏物商品ばかり。

ダウンジャケットなどは、インナーに着る、
薄手のものしかありませんでした。

今回行く、北極圏の夏は、
気温が0度から10度ということで、
大阪の真冬並の気候です。

アウターは自前のスキーウエアーを
持っていくことにして、
インナーのダウン、フリースのセーター、
防水手袋、厚手の靴下を購入。
重ね着することによって
寒さ対策とすることにしました。

 

極地の場合、アマゾンとは違って、
予防接種の必要はありません。
ただし、北極圏の移動中、
ずっと船での移動になるので、
船酔いの薬を用意するように
との指示がありました。
これは、市販の薬を持っていくことにしました。

 

こうして、準備はあっという間に終了。
アマゾンのときとは大違です。

アマゾンの場合は、全くの未開地。
今回は、定期就航している砕氷船に乗っていきます。
100名以上のお客さんが乗船する船ですから、
危険度は前回とは大違いです。


とはいえ、何が起こるか分からないのが極地。
こころを引き締めておこうと思いました。


すると、出発4日前。
カナダの船会社からメッセージが届きました。
旅行代金が振り込まれていないとのこと。
1週間前に郵便局から振り込んだお金が
届いていなかったのです。結構な額です。

郵便局に問い合わせると、
送金が途中で止まってしまって
いるということでした。
そちらはキャンセルすることにして。

海外送金に慣れている都銀から振込直したところ、
翌日に送金が確認され、
出発二日前に、北極圏にいく席が確保できたのでした。

 

何事も、慣れが必要。
旅には、イレギュラーがつきものです。
驚くようなことも時々起こります。
人生と一緒なのです。

 

 

つづく

 

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早目のランチのあとは、
孤児院に向かいました。
寺院の近くにある施設です。

入り口を入っていくと
オフィスに通されました。
そこで、お金を寄付します。
今日の子供達のランチ代です。

 

二階に上がっていくと、
そこは、20帖くらいの部屋でした。


真ん中に、今日のランチが置いてあります。
壁際には、子どもたちが座って待ってくれています。
全部で36名ほどの子どもたちです。

そのひとりひとりに
まずは、お菓子を配ります。

全員の前をまわったら
今度は、ご飯を彼らの前にあるお皿に
入れていきます。

これも、36人全員分
周っていきます。

さらに、オカズを
そのお皿に盛っていきます。
さらに、オカズ二品目、オカズ三品目と。

結構な重労働でした。
ただ、何周も周っていくうちに、
自然に子どもたちとの間に
言葉の掛け合いが起こります。

おちゃめな子
真面目な子
元気な子
シャイな子

それぞれが
それぞれのあり方でいます。
みんなのことが
とても愛おしくなります。

 

全部配り終えたところで、
子どもたちのランチもスタートです。
みんな喜んで食べてくれています。

このように誰かが施しをするときは
オカズの品数が多くなるので
子どもたちは喜ぶそうです。

 

もう一つ
貧しい女性に
服をプレゼントするというのも
カルマ落としの最後のミッションとして
書かれていました。

そこで、この施設に関わっている女性8名に
運転手に事前に用意してもらった
服を一人ひとり手渡していきます。

それが終わると
みんながランチを喜んで食べているのを見ながら
その施設を後にしました。

 

このような施設はインドに沢山あり
その多くは、寄付によって
なりたっているそうです。

また、どうしてこの施設を選んだのかを
ガイドに聞くと
ちゃんと子どもたちを時間通りに
集めて準備してくれるからだそうです。

 

旅行業者としては
旅行者の次の段取りがあり
時間通りにセットしてくれるところは
なかなかないそうです。
そこで、よくこの施設を使うそうです。

 

こうして、
インドの子どもたちと触れ合うことで
ものすごくエネルギーをもらった感じがしました。
また、この旅を締めくくるのに
最適な体験だったことに
感謝の気持ちが沸き上がってきました。

 

これで、アガスティアの13番目の葉っぱに書かれていた
前世のカルマ落としは完了しました。

『ミッションコンプリート』

心のなかで、そう唱えたのです。

 

この後、私は、そのままチェンナイ空港に送ってもらいました。
様々な質問に嫌な顔ひとつせず答えてくれたガイド、
そして、膨大な距離を運転してくれた運転手と
空港の前で握手して別れました。

7泊8日のインドの旅
あっという間。

それでいて、膨大な移動距離の旅。

毎日が別次元のような体験、
インド恐るべしでした。

 

帰りのフライトも順調で、
チェンナイ〜デリー〜香港〜関空と飛びました。
途中のデリーで乗り継ぎです。

最終日に、1つ印象に残っていることがあります。
それは、ガイドに
「何か夢が1つ叶うとしたら
 どんな夢がある?」
と聞いたことです。

その答えは

「日本に住むこと」

でした。


彼は、インドでは、かなりいい暮らしをしていると思います。
生まれも、カーストの最高位で由緒ある家柄だそうです。
その彼をして言わしめる

「日本に住んでみたい」という言葉。

 

その言葉を噛み締めながら
私は日本の地に戻ってきたのでした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

誰かの言葉が
こころに染み込んだ思い出は
ありますか?

今日は、誰かの言葉に関して
思い出してみましょう。

あなたのこころに入ってきた
言葉は何だったでしょう?
それは、誰からの言葉でしたか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

さあ、これでインド旅行記は完結です。
お付き合い頂いてありがとうございました。

このあとは、未完のアマゾン体験記を
完結したいなって思っています。
そちらの方も、よかったらお楽しみくださいね。

また、次の冒険旅行は
いつになるかは分かりませんが
ふつふつと情熱が湧き上がってきているのを感じています。

to be Continue・・・

最後に、
北インドと南インドをガイドしてくれたお二人、
運転してくれたお二人、
旅を手配してくれたみなさん、そして、
こころよく送り出してくれたパートナーと子どもたちに
感謝して締めくくりたいと思います。
『ありがとうございました』

 

ヒロカズマ

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インド最終日も、早朝から車の移動です。
ラッシュになりかけの街を抜け
チェンナイから100キロ南にある寺院に向かいます。

そこで、護摩炊きの儀式をおこないました。

お坊さんの指導により順番にお供え物を
炎に焚べてきます。

沢山の実や花や粉を
火の中に投げ込んでいきます。
お坊さんは、隣で
マントラを唱えてくれています。

かなり時間をかけて丁寧に
護摩炊きしていきました。
1時間以上かかったでしょう。

そこから、本殿に入っていって
シバ神の御神体を参拝します。

さらに、別院に移動して惑星の神々に
祈りを捧げます。

ひとつひとつに水をかけたり
ロウソクを灯したり
結局、儀式がすべて終わるまでに
2時間以上かりました。

終わった頃には、
へとへと。炎に炙られて
汗でベトベトになりました。

 

そこから、移動して
途中のドライブインで
足と手を洗わせてらいます。
そして、インド名物ラッシーを飲みました。

ラッシーは、インド料理に欠かせない飲み物です。
ヨーグルトドリンクなのですが、
薄いものから濃いものまで様々。
ここのは、さっぱり味のラッシーでした。

ランチは、KFC、ケンタッキーフライドチキンを
試してみることに。

このようなワールドワイドな
フランチャイズチェーンも
国によって、若干の風味があります。

オーストラリアのKFCは、チキンの味が絶品。
日本は、ころものスパイスが良いけど、
チキンの味が薬っぽい感じがする。

そして、インドは?

チキンの味は、そこそこ。
衣は全然味気ないって感じでした。

ちなみに、インドでは、
ヒンドゥー教の神の乗り物である牛は食べません。
そこでマクドナルドでは、ビーフ抜きの
チキンか野菜がおもなメニューになります。

 

さて、このあとは、インド最後の儀式
孤児院に行っての施しが待っています。
いよいよ、最終コーナーです。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

インドでは、街で野良牛をよく見かけました。
今日は、子供の頃のペットのことを
思い出してみましょう。

あなたと、ペットとの思い出は?

もしも、ペットとの経験が皆無だった人は
子供の頃に印象に残っている動物とのふれあいを
思い出してみましょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

カズマ

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21の井戸がある寺院の参拝も終わり...
再びチェンナイに戻ります。

200キロほど走った場所に
マドゥライ空港があります。

途中で椰子の実ジュースを飲んだり
地元の屋台風のレストランで昼食を取りました。

私と通訳は
マドゥライ空港から国内線に乗って移動です。

チェンナイ空港まで450キロ。

運転手さんは、ひとり陸路で10時間以上かけて
チェンナイまで帰ります。

ということは、チェンナイ到着は、深夜1時か2時。
そして、翌朝には、ホテルにお迎えに来てくれるそうです。
タフですね。

 

私と通訳は快適な空の旅。
チェンナイ空港からは別の運転手が
ホテルまで送ってくれました。

 

インドの最後の夜です。
通訳と打ち上げをしました。

泊まっていたホテルに
日本食料理店がオープンしたそうです。
そこに行ってみることにしました。

店内は、日本の居酒屋風。
沢山の日本人がいました。
会社で来ているようでした。

料理のほうは、可もなく不可もなく。
普通のお味。

 

わたしは、いままで世界各国の
日本食料理店に行ったことがあります。
20年くらいまえは、「えっ?これ日本食?」
ってビックリするような料理を
出されたものでしたが
最近は、ごく普通の料理がでてくることが多いのです。
これもインターネットの普及によって
情報が得やすくなったからでしょう。

 

ちなみに、今までで一番おいしかった
日本食料理店は、南米チリ イースター島の
レストランでした。

フランシスコ・ザビエルというひとが
(彼の本名だそうです)
ひとりでされていた料理店です。

彼は、香川県に板前修業で
3年間、日本に滞在されていた人物で
その時はラーメンとたこ焼きを
注文しましたが、絶品だったのです。

理由を聞いたら、板前修業のことと
食材を日本から空輸してもらっている
ということを話してくれました。

 

地球の反対側で、
「こんな料理に出会えるなんて!」
と感動したのを覚えています。

さて、最後の晩餐も終え
翌日は、インド旅行最終日

いよいよ、寺院での護摩焚きと孤児院で
子どもたちにランチを振る舞うという
イベントが待っています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

いままで食べた食事で
印象にのこっているものは
なんですか?

この場所で、食べた◯◯
忘れられないってものです。

あるいは、
◯◯さんと一緒に食べた◯◯
でしょうか?

今日は、あなたの印象に残っている
食事を思い出してみましょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

カズマ

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