2010年02月03日(水) 07時10分05秒

アユタヤ王朝時代の騎象戦

テーマ:風土・文化・歴史・治政
(前日のブログからの続きです)

バンコクの北西、アユタヤの西側に位置するスパンブリー県は、
14世紀のアユタヤ王朝の創世記から18世紀のアユタヤ王朝の滅亡までの間に、
ビルマ王朝軍との“ 騎象戦 ”が幾度も行われた古戦場です。


タイに魅せられてロングステイ
1592年に行われたノーンサライの戦いの古戦場に建つナレースワン大王の騎象姿
( 現在の地名はドーン・チェディー ดอนเจดีย์ )


現在のスパンブリーの街中を歩いていると、
1592年のノーンサライの騎象戦でビルマ王太子を討ち取った
ナレースワン大王をデザインした県章塔を至る所で見かけることができます。

( 下写真 )

タイに魅せられてロングステイ  タイに魅せられてロングステイ  
ナレースワン大王が象の首に跨って戦う雄姿をデザインしたスパンブリー県の金色の県章

ナレースワン大王は、当時、ビルマの傀儡国家だったアユタヤ王朝を、
騎象戦によってビルマから独立させた救国の王として、
タイ国民が崇敬の念を抱く大王の一人です。


ナレースワン大王がビルマ王朝軍と繰り広げた有名な騎象戦の一つに、
タイ映画の “ ナレスワン大王・第二部 ” の最終画面でも描かれていた
ビルマ領内の “ シッタン川の戦い ” があります。

( 下写真 )

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《 ビルマ領内のシッタン川の戦い 》
ビルマ象部隊の先鋒を最新式の長筒銃で仕留めるナレースワン大王


ナレースワン大王の治世で最大規模の騎象戦は、昨日のブログでも触れた如く、
ビルマ王朝の王太子と戦った “ ノーン・サライの戦い ” だと言われています。

( 下写真 )

ナレースワン大王は、愛象の チャオプラヤー・チャイヤーヌパープ の首に跨り、
愛象の チャオプラヤー・プラー・プトライチャック に乗る王弟のエカートッツと共に、
ビルマ王太子の ミンチット・スラ の居座る本陣へ突撃を敢行。


タイに魅せられてロングステイ
入り乱れて戦う両軍の象部隊。 
七層の白傘蓋が見えるので、お召し象に乗って戦う大王と王弟だろうと思われます。


ナレースワン大王が一騎打ちを挑んだビルマ王太子のミンチット・スラは
傀儡国家の王子だった大王が、ビルマの人質だった幼い時代に、
ビルマ王宮内で一緒に切磋琢磨した間柄でした。


愛象の首に跨ったナレースワン大王は、
愛象の左右の牙で敵象を斜め上方に突き上げて横向きにさせ、
後方の籠鞍に控える中乗りの武器局長から受け取ったナギナタを振り回し、
ビルマ王太子の右肩から心臓にかけて一気に振り下ろして死に至らしめます。
ナレースワンの王弟のエーカトッツも、ビルマ王太子の補佐役を首尾よく切捨てます。


タイに魅せられてロングステイ

アユタヤ時代の騎象戦を担う戦象は、
一頭の戦象の首根、背中、後方のお尻に乗る三名の戦士と
象の弱みとされる四本足を護る八名~四名の足掛かりの歩兵を含めて、
総員11名~7名によって編成されていたようです。


騎象戦の勝利の方程式を拾い読みしてみました。
  
        ① 低い姿勢で真正面からぶつかる。
        ② すかさず左右の牙を相手像の下側に突っ込んで突き上げる。
        ③ 相手の胴体を空中に浮き上がらせるようにして押し捲る。
        ④ 相手の巨体を斜め横向きにさせてバランスを崩す。
        ⑤ すかさず、象の首根に座る戦士を薙刀で仕留める。


なんだか、相撲の立会いの極意のようでもあり、
ラグビーのスクラムの要諦にも似ているようにも思えますが、
象部隊は、平時から①~⑤の訓練に余念が無かったそうです。

若かりし頃、弱少のラグビー・チームのスクラム・ハーフだった小柄な僕は、
強豪チームの大男に押し潰されて傷だらけの日々を送っていましたが、
正に相手チームのフォワードは、強力な戦象そのものでした。

   
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