ボストン郊外で便利屋をしているリーは、兄のジョーが急死し、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ります。ジョーの遺言には、16歳になる息子、パトリックの後見人としてリーが指名されていましたが...。

 

リーが何か深い傷を抱えていて、それが、彼の孤独な生活と関係していることは、早い段階から伝わってきます。そして、徐々に、それが何か明らかにされていきます。悪意があったワケではありません。けれど、許されることのない背負い切れない程の罪。

 

リーが、元妻のランディと街で偶然出会って立ち話するシーン。そのチャンスをリーにもたらすことこそが、ジョーがリーを後見人に指名した理由だったようにも思われます。

 

リーが傷を癒すハッピーエンドとはなりません。けれど、過去の傷から立ち直ることはできなくても、精一杯、パトリックに対する責任を果たそうとします。鍋を焦げ付かせた時、リーは、自分には後見人の任は重すぎることを自覚し、最善の道を選択したのだと受け取りました。

救いを求めているというより、罰せられることを求めていたように見受けられるリー。帰りたくなかった故郷に帰ることで罪と向き合えたなら、彼は一歩を踏み出せるはず。

 

それでも、リーは重荷を降ろすことはできないかもしれません。けれど、これまでとは少し違った生き方ができるようになるのでしょう。

 

それぞれの心情が丁寧に描かれ、無駄のない細部まで行き届いた描写が作品に深みを出しています。近しい人に死なれた時の悲しみの訪れ方も実にリアルで胸に迫ってきました。

 

暗く重いだけになりがちな内容ですが、パトリックの若さとチャラさがバランスよく織り込まれ、明るさが加えられています。そのチャラさの奥底に隠された痛みも描かれるのですが、その辺りのバランスも絶妙。

 

後から振り返って、あれがここに繋がるのかと納得させられる部分も多く、繰り返し観たくなります。

 

是非、観ておきたい作品だと思います。お勧めです。

 

 

公式サイト

http://manchesterbythesea.jp/

 

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台北ストーリー

テーマ:

1985年に公開された作品の4K修復版。当時、監督のために自宅を抵当に入れて制作費を捻出した主演のホウ・シャオシャエンが監修して修復作業を行っています。

 

台湾、台北に暮らし、家業の布地問屋を継いだアリョンと不動産業界で働くアジンは幼馴染で、今も付き合っています。ある日、アジンは、勤務先が買収されたことにより職を失ってしまいます。アジンは、アリョンに彼の義理の兄を頼ってアメリカに移住することを提案しますが、アリョンは家業や野球仲間のことが気にかかり踏ん切りがつきません。そんな中、アジンの父親が事業に失敗し...。

 

アリョンの眼差しは過去を向き、底なし沼のようなしがらみから脱出することができずに立ち止まっています。アジンは現在の場所を抜け出し未来へ向かおうとしながらも立ち竦んでいるように見受けられます。

 

2人の行く先を安易に絶望と決めつけることもできませんが、そう簡単に夢を追うこともできず、先の道のりは不透明で未来は混沌としています。

 

歩んでいた夢への道から不本意ながら脇道に入ってしまった者たちの悲哀のようなものが、台北という街の変化を捉えた映像に滲んでいます。

 

ラスト。アジンは明るい未来に向かい、アリョンは道を閉ざされたと見るのか、アジンは不安を抱えながら先を歩まざるを得ず、アリョンは苦難の道から逃れることができたと見るのか...。

 

簡単に幸不幸を決められない時代にあって、行く先不透明な未来に向かわざるを得ない私たちの不安がそこに映し出されているようにも思われます。

 

変わりゆく台北の街並み。その先は明るいのか、暗いのか...。公開から32年が経ち、今、私たちは、当時の"未来"にいるわけですが、その頃思い描いていた未来とは違うところにいる人が多いのではないかと...。

 

全体に描写が淡々としていて、正直、眠気を誘われる場面もありましたが、登場人物たちが浮き上がり過ぎず、台北という街の印象が強められ、先の不透明さ、行末への不安が前面に出て、作品としての味わいは深まったのではないかと思います。

 

観てよかったです。

 


公式サイト

http://taipei-story.com/

 

 

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草原の河

テーマ:

チベット。6歳の少女、ランチェン・ラモは、父のグル、母のルクドルと、山羊の放牧のため、テント生活をしています。もうすぐお姉ちゃんになるのですが、下の子に大切なものをとられるそうな不安があったり、グルと祖父の不仲が気になったり...。

 

チベット人監督の映画としては、初めて日本で劇場公開された作品だそうです。

 

主な登場人物は、草原で放牧をしている家族3人と、そのお祖父ちゃんの4人。

 

生まれてくる弟か妹に母の愛情や親友のクマを奪われるのではないかとの不安を抱え、父と祖父の不仲も気になるランチェン・ラモ。

 

臨終の祖母のささやかな願いを無視した祖父へのわだかまりを解けないグル。

 

そんな娘や夫を心配しつつもそれぞれの気持ちに踏み込み過ぎることなく静かに見守るルクドル。

 

僧侶として人々のために祈りを捧げる人生を貫こうとする祖父。

 

誰もが物静かで、セリフも少なく、ドラマチックな展開もない穏やかな作品ですが、ポツポツと漏れてくる言葉の中に、それぞれのいきさつが見えてきますし、ちょっとした言動に心の動きが見えて、分かりやすい物語となっています。

 

彼らとは全く違う生活をしている私たちの中にもある普遍的な家族のドラマが描かれ、心を引き寄せられるものがありました。

 

そして、そんな中にも見られる中国の影。出家していた祖父が文化大革命により還俗し、結婚し、グルが生まれ、文化大革命の終焉により僧侶に戻り、修行のために死の際の祖母の頼みを聞けず、グルに恨まれている。家族の間にも、中国の暗い影が感じられますが、文化大革命がなかったら築かれなかったかもしれない家族だということも事実。

 

どんなに大きな悲劇も何かを生み出しているということなのかもしれません。

 

ランチェン・ラモが実に可愛らしく、幼いなりに人生の重さを味わわされる姿が健気で印象的でした。

 

観ておいて損はない作品だと思います。

 

 

公式サイトhttp://moviola.jp/kawa/

 

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僕とカミンスキーの旅

テーマ:

ダニエル・ケールマンの小説「僕とカミンスキー 盲目の老画家との奇妙な旅」を映画化した作品。原作は未読です。

 

マチス最後の弟子で、ピカソにも称賛されたという盲目の天才画家、カミンスキー。田舎で静かに暮らす彼に、彼の伝説を書いてひとやま当てようとする無名の美術評論家、セバスティアン・ツェルナーがやって来ます。ツェルナーは、取材を進める中で、亡くなったと思われていた、カミンスキーの昔の恋人が生存していることを知り...。

 

ツェルナーが、かなり嫌なヤツで、ツェルナーにいいように振り回されるカミンスキーをハラハラしながら見ていると、実は、カミンスキーの方が一枚上手だったというオハナシ。でも、カミンスキーの圧勝というワケではなく、カミンスキーもまたほろ苦さを味わわされるところに本作の味わいがあると思います。

 

2人が訪ねた元恋人、テレーゼ役のジェラルディン・チャップリンの惚けた味わい深いが印象的でした。2人にとって、ショッキングな出会いだったでしょうけれど、時に酸っぱく苦い人生だからこそ、いとおしいものなのかもしれません。

 

カミンスキーという画家、聞いたことがなかったのですが、もしかして実在の画家?と思ってググッたら、フィクションのようですね。マチスとか、ピカソとかビッグネームの中にそれっぽく作り込む辺り、なかなか巧かったと思います。

 

ツェルナーの“変心”の描き方が雑な感じがしましたが、最初の嫌な感じからは予想外のホッコリなラストは良かったです。

 

達磨大師とか、古い日本映画のポスターとか、東洋的な要素の取り入れ方も面白かったです。達磨大師の思想をもっと前面にもってきて、そこに焦点を絞っても面白かった気はしますが...。

 

是非、映画館で観ておきたい作品とも言えませんが、悪くなかったと思います。

 

公式サイトhttp://meandkaminski.com/

 

PARKS パークス

テーマ:

井の頭恩賜公園の開園100周年事業の一環で制作された映画。

 

吉祥寺で1人暮らしをする大学生の純の元に、亡き父親の恋人だった佐知子を探す高校生のハルがやって来ます。ひょんなことから、ハルと佐知子の行方を追い、佐知子の孫、トキオに出会い、佐知子の遺品であるオープンリールテープを見つけます。テープを再生すると、彼女とハルの父、晋平の歌声が聴こえてきます。純たちは、途中までしか録音されていないその曲を完成させようと...。

 

何だかなぁ...。

 

純がハルと佐知子を探す動機が弱いし、ハルが父の小説を書こうとする動機も弱いし、純のレポートがどうなったのかは放置だし、音楽も小説も今一つ魅力が感じられないし、ハルが純のところ位転がり込む展開とか無理やりだし、バンドメンバー全員が食中毒とかあまりに雑なもっていき方だし...。いろいろと引っかかる部分が多い作品でした。

 

ハルは高校生で、ハルの父の元カノが、50年前に20歳位という設定も何とも不思議。元カノが忘れられず、結婚が遅くなり、かなり歳がいってからの娘ということなのでしょうか。20歳を越えているであろうトキオのお祖母さんと高校生のハルのお父さんが恋人だったというのは不自然な感じがします。

 

純の住むアパートも築50年を越える物件ということになるのですが、それにしては新しすぎる感じです。1960年代からあるアパートを見つけるのは至難の業かもしれませんが、外見はそのままに内部を大きくリフォームしたとか何とか、言い訳がないと、物語そのものが嘘っぽくなってしまいます。

 

佐知子とハルのお父さんと一緒に登場する男性は、大家の寺田さんだったのか、純の教授だったのかも???。教授がギターを弾く映像も意味ありげななさげな。

 

ハルが歌の出来映えについて、純に文句を言うのですが、それなら、それまでの過程でもっと何か言うべきだったでしょう。曲の完成に絡むような絡まないような、曲の出来映えに関心があるようなないような、中途半端さは気になりました。

 

最後に、このハルの存在が現実か幻か分からないような感じでまとめる辺りは悪くなかったと思うのですが、このまとめ方にするのであれば、それまでのハルの描き方にラストへの含みがなくて唐突感がありました。

 

思わせ振りな描写が何かあるように思わせ、そのまま放置されていたりして、どうも、すっきりしない部分がところどころにありました。
 

"主役"となる井の頭公園は良かったです。井の頭公園の風景が多く登場し、心地よさが感じられました。でも、これで十分に井の頭公園や吉祥寺という街の魅力が伝わったかというとやはり疑問です。

 

あまりに残念。

 

 

公式サイト

http://www.parks100.jp/

 

WE ARE X

テーマ:

2016年にイギリスで制作されたX JAPANとそのリーダーでピアニストでドラマーのYOSHIKIに関するドキュメンタリー。

 

特にX JAPANのファンだったワケではありません。けれど、彼らの登場は、なかなか、センセーショナルなものでしたし、曲はヒットしていましたし大人の事情によりJAPANが付く前から、その存在を知ってはいました。

 

音楽以外の部分でも、HIDEの死やToshIの洗脳騒動など、色々と話題になった存在でもありました。

 

そんな騒動の部分も含めて、X JAPANのこれまでが語られています。

 

「死ぬ時に『やれることはやった』と言う」とか、「全身全霊で打ち込む」とか、言うのは簡単ですが、そして、結構、色々な人が様々な形で言っていますが、実現するのは非常に難しいことです。やはり、どこかで手を抜いてしまったり、疲れや身体の不調に負けてしまったり、現実の厳しさに折れてしまったり、様々なしがらみの中で妥協してしまったりしがちなもの。

 

そんな"命を懸けたぎりぎりの戦い"を展開する姿が映し出され、やはり、心動かされます。

 

治療を受けに行った先の外科医に諭される場面があります。医師は言います。身体的な負担が少ない演奏法に変えるべきだと、それでも、想いは伝えられると。頑張って演奏する段階から無理をしないで演奏する段階への進化。それを私たちはこの先目にすることができるのかもしれません。

 

そして、YOSHIKIとToshIがTAIJIの墓前で交わす言葉。「色々あったよね。」「でも、俺たち生きてるじゃん。」まさにその通り。生きてナンボ。"色々"が語られた後だけに、この会話が心に沁みました。

 

96分という短めの作品ですが、実に濃厚な内容でした。"WE ARE X"というよりは"X produced by YOSHIKI"といった色合いが濃かったですし、ほぼ存在が無視されているメンバーもいたりするのは気になりましたが、それでも、X JAPANについて伝えてくれる印象的な作品となっていたと思います。

 

ファンならもちろん、そうでなくても楽しめる作品だと思います。お勧めです。

 


公式サイト

http://www.toho.co.jp/theater/ve/wearex/

はじまりへの旅

テーマ:

アメリカ北西部の森で、6人の子どもと暮らすベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)。子どもたちは社会と接点を持っていませんでしたが、厳格なベンが課す特訓と熱心な教育によって全員がスポーツ選手並みの体力を誇り、6か国語を自在に話し、長男のボウはハーバード、MITなどいくつもの名門大学に合格していました。そんな中、入院していた子どもたちの母、レスリーが亡くなります。一家は葬儀が行われるニューメキシコへ向けて約24,00kmの旅に出ますが...。

 

ちょっとヘンテコな父と子どもたち。(まぁ、子どもたちが妙なのは、ほとんどの部分、父の責任かもしれませんが...。)今の社会が問題だらけなのは分かっているつもりです。確かに、ジャンクフードは身体に良くないし、ゲーム漬けで基本的な一般常識も学べていない高校生は大問題だし、文明の利器に囲まれた生活に安穏としているのは人間の本来持っている能力、特に身体能力を退化させているかもしれません。

 

でも、それが、いきなり"森での生活"になってしまうのも、あまりに極端な感じがします。

 

冒頭でいきなり森でのサバイバルで、父と子どもたちの生活に驚かされるので、その後、物語が展開する中で、徐々に、父の愛情や子どもたちの逞しい成長振りが伝わってきて、少しずつ、父や子どもたちに気持ちを寄せられるようになるのですが、それにしても、子どもたちのこれからの長い人生を考えれば、ここまで社会と切り離してしまうのはあまりにもあまりではないかと...。

 

まぁ、そんな風に感じてしまうのは、私自身があまりにも現実の釈迦に染まってしまっていて、他の価値観を認められない偏った人間だからなのかもしれません。こうした生活の在り方も認める寛容さが必要なのかもしれません。どんな状況でも逞しくサバイバルできる人の存在は、それはそれで先進国の文明社会の中では貴重な存在なのでしょうし。

 

ボウは、あの生活の中で、どうやってベンにわからないようにレスリーと連絡を取り、大学受験をしたのかは謎でした。それに、森での暮らしを言い出したということや遺言書の内容から伺えるレスリーのキャラクターを考えれば、ベンが大学のことを言い出しても反対したする方が自然なような...。

 

彼らの行為が明らかに犯罪だったりする部分もあったりはしますし、いくら何でも子どもを危険にさらしすぎな感じもありましたが、すくすくと強く良い子に育った子どもたちの姿に清々しさが感じられますし、最終的に、社会の中で生きる方向が選択されたことで心地よく観終えることができる作品となっています。

 

観ておいて損はない作品だと思います。

 

 

公式サイト

http://hajimari-tabi.jp/

 

ムーンライト

テーマ:

学校では虐められ、友だちはケヴィンだけ。麻薬中毒の母には、相手にされず、孤独なシャロンは、ある日、麻薬の売人をしているフアンに出会い、彼を父のように慕うようになりますが、彼が母に麻薬を売っていることを知り疎遠になっていきます。学校で相変わらず虐めが続く中、シャロンは事件を起こしてしまい...。

 

子ども時代、少年期、青年期と、3部に分けてシャロンの人生を描いています。シャロンも、友人のケヴィンも、それぞれ時期毎に違う俳優が演じていて見た目は変わったりしているのですが、それぞれの役柄の雰囲気は驚くほど一貫して、物語の世界に自然に入ることができました。

 

シャロンが、子どもの頃から自身がゲイである可能性を感じていたことが、フアンとの会話の中で匂わされ、青年期には、もっとはっきりとした行動として示され、最終的に互いの気持ちを確かめあいます。2人の組み合わせが同性同士ですが、ごくごく普通の純愛が描かれました。

 

差別、貧困、育児放棄、麻薬、LGBT...。様々な社会的な問題が絡められますが、愛の物語としてラストを迎えます。色々あっても、結局のところ、人を救うのは愛でしかないということなのかもしれません。

 

まだまだ波風立つかもしれないこの先の人生。誰の上にも降り注ぐ月の光に包まれて、愛に支えられれば、歩いて行けるものなのかもしれません。全く地上を照らさない新月の闇が訪れても、また、満月の時は来るもの。愛があれば、辛い闇を耐え、光に向かって歩んでいける。本作は、普遍的な愛の物語を見せてくれています。

 

想像していたよりも、ずっと静かで、オーソドックスな物語で、描写がおとなしすぎて平板な感じになってしまった感じもしますが、心に沁みるものがありました。

 

傑作とまでは言えない気もしますが、観ておいて損はないと思います。

 

 

公式サイト

http://moonlight-movie.jp/

サラエヴォの銃声

テーマ:

第1次世界大戦開戦の引き金となったサラエヴォ事件から100年後の2014年6月28日、その現場からほど近い"ホテル・ヨーロッパ"は、記念式典の準備で大忙し。ジャーナリストは屋上で様々な立場の人に戦争に関するインタビューを行い、式典に招待された大物は演説のリハーサルに余念がありません。一方、賃金の未払いに業を煮やしたホテルの従業員たちはストライキを計画していて...。

 

1914年、オーストリア=ハンガリー帝国の継承者であったオーストリア大公、フランツフェルディナントと妻のソフィーを殺害したボスニア出身のボスニア系セルビア人、ガヴリロプリンツィプは、英雄だったのか、テロリストだったのか?どちらの側に視点を置くかによって評価は変わってきます。伊藤博文を暗殺した安重根が韓国にとってはヒーローでも、日本から見たら凶悪犯であるのと同じかもしれません。

 

正義と正義がぶつかれば多くの血が流れるもの。本作の物語の中では、対立軸が色々てあり、登場人物たちの多くはある面では加害者で、一方では被害者です。従業員vs支配人の構図では加害者な支配人も、対銀行という面では弱い立場にあったり、銀行の担当者もクビがかかっていたり...。

 

サラエヴォ事件について、ボスニア・ヘルツェゴビナの状況について知識があった方が理解しやすい内容だとは思います。けれど、敵対する勢力が緊張関係にある中で暗殺事件が起こり、世界大戦に発展し、今も争いの火種が残っているという基本だけ押さえておけば、置いてけぼりになることはないし、立場が変われば同じ出来事が全く違う色合いに見えてくるということを描いた作品として観れば、ボスニア・ヘルツェゴビナだけの特殊なものではない普遍的な物語として味わうことができると思います。

 

寛容が弱者の言い訳のように決めつけられ、“悪”を徹底的に叩きのめそうとする傾向が強まっている今こそ、不寛容と排除の果てにあるものをイメージする力を鍛え、よりよき世界を築くために何をすべきかを冷静に考えなければならないのでしょう。

 

本作で、親子てあり、同じホテルで働く同僚でもあるラミヤとハディーシャは和解します。同じ敵を持つことこそが、その理由だということなのだとしたら、哀しいことです。

 

インタビューをするジャーナリストとサラエヴォ事件の暗殺者/英雄と同姓同名の青年の会話が本作を貫くテーマを示し、そこにホテルの支配人vs従業員、支配人とラミヤ、ラミヤとハディーシャ、支配人と銀行の担当者やカジノの経営者の物語が重ねられ、加害と被害、対立と和解について考えさせられました。

 

舞台となっているホテルの名称を含め、細部まで練られていることもあって味わい深い作品となっていると思います。ホテル中を歩き回るラミヤの姿を追うことにより、作品の全体像を見せる構成も良かったと思います。

 

とても印象的な作品でした。お勧めです。できれば、サラエヴォ事件を含めたボスニア・ヘルツェゴビナの歴史について基本的な知識を確認したうえで観た方が、より楽しめると思います。

 

 

公式サイト

http://www.bitters.co.jp/tanovic/sarajevo.html

未来よ こんにちは

テーマ:

パリの高校で哲学を教えているナタリーには、教師の夫と独立している2人の子どもがいます。年老いた母親の面倒をみなければなりませんでしたが、充実した日々を過ごしていました。ところが、バカンスシーズンを前に、突然、夫から離婚を迫られ、母は他界、仕事も時代の波に乗りきれず...。

 

学生時代を終え、仕事に就き、結婚し、子育ても一段落し、色々あるけれどそこそこ安定した生活を手に入れ、何となくこのままの生活が続いて行くのだと思い始めたら、そうは問屋がおろさなかった...というお話です。どこかで聞いたような話ではありますが、特にナタリーの年代を経験した人にとって身につまされるものがあります。

 

日本では、熟年離婚という言葉ができて久しいワケですが、本作で離婚を突き付けられるのは、妻の側。母の介護問題や仕事の面でのアレコレを抱えている時の青天の霹靂なのですが、ナタリーは感情的になることもなく、少なくとも表面的には平静です。時に弱さを見せる場面もありますが、人におもねることもなく、けれど、ヘンに肩肘張ることもなく凛として自身の道を歩もうとする姿は眩しかったです。

 

ナタリーを演じたイザベル・ユペールが、ナタリーの繊細さと逞しさをバランスよく表現していると思います。静かで地味な表現ですが、もう若くはない自分に気づき、老いを感じ始める時期にいるナタリーの揺れが伝わってきて、説得力が感じられました。

 

年を重ねていけば、どこかで老いの問題と向き合わざるを得なくなるものです。そして、どう抗っても若者との感覚の違いは出てきます。老人もかつては若者で、その前の世代を古臭く感じたりしたはずで、そうした世代間のズレは、時代を超えて存在するもの。はるか昔から、年寄りたちは、"今時の若者"のしょうもなさを嘆いてきたのですから。

 

これからも、若者たちは年寄りを煩く感じ、年寄りは若者たちを胡散臭く思い、けれど、世の中は変わったり変わらなかったりしながら続いていき、新しい世代に受け継がれていくのでしょう。

 

ナタリーの近くに、認知症の母とかつての教え子である若者を配し、最後に孫も登場させたことで、世代間のズレのようなものや人の世が続いていく感じが、物語の中で自然に表現されていたと思います。

 

ナタリーのように、ちょっと先の老後に向かっていきたい、そんな風に思えてきて、清々しく観終えることができました。

 

一度は観ておきたい作品だと思います。

 

ただ、一点。猫アレルギーというナタリーが、何でもなく普通に猫を抱きしめたりしているのですが、あれは何だったのでしょう?

 

 

公式サイト

http://crest-inter.co.jp/mirai/