静かなふたり

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パリに引っ越してきたばかりの27歳のマヴィ(ロリータ・シャマー)は、小さな古書店の求人に応募し、謎めいた店主のジョルジュ(ジャン・ソレル)と出会います。祖父と孫ほどの年齢差のある2人でしたが、徐々に距離が縮まっていき...。

 

お金に困ったことがないというジョルジュ。そんな彼が、何故、お客の来ない古書店で求人を出したのか。そして、整理しきれない程の何箱もの段ボールに入れられたままの大量の本を何故購入したのか。商品が動かない古書店の事務机に向かってジョルジュやマヴィは何をしていたのか。

 

ジョルジュが意外にも"大物"であることが明らかにされ、2人の関係が大きく動きますが、あまりドラマチックに盛り上げることはせず、全体に淡々と描かれていきます。ジョルジュを追う2人組も、思わせ振りに顔を出した後は、物語に絡むこともなく消えていきますし、ジョルジュが姿をくらました後に登場する若い男などは名無しのまま。

 

全体に緩い雰囲気が漂う中、マヴィとジョルジュの関係というか、マヴィの視点から見た2人の関係というか...。そして、花の都パリの華やかでない一面。パリという街の裏側を見たマヴィの視点が、うらびれて寂し気なパリの姿を捉えます。

 

マヴィはパリについて"美しいけど、罠が多い"と評します。憧れのパリにやってきたマヴィが故郷に戻る決意をしたのは、そこにある罠に気付き、罠に落ちることを避けるためだったのでしょうか。

 

ジョルジュも色々と抱えているワケですが、意味ありげに映し出された新聞の記事は、その後に現れた若い男もジョルジュと同系統の活動をしていることを匂わせているのでしょうか。だとしたら、マヴィは、そういう類の男性に引き寄せられるタイプだということなのでしょうか。

 

色々と中途半端だったり、煮え切らない感じは否めません。けれど、約73分と短めの作品だということもあり、作品全体が醸し出す雰囲気だけで、結構、見られる作品になっています。

 

お勧め...という感じでもありませんが、ちょっとクセになりそうな味わいがあります。

 

 

公式サイト

http://mermaidfilms.co.jp/shizukanafutari/

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立ち去った女

テーマ:

トルストイの短編小説「神は真実を見給ふ、されど待ち給ふ」に着想を得た作品。原作は未読です。

 

殺人の罪で30年も投獄されていたホラシアは、突然、釈放を告げられます。刑務所内で親しくしていたペトラが、自分が真犯人であること、その黒幕がホラシアの元恋人のロドリゴだったことを供述し、真実が明らかにされたのです。出所したホラシアは、夫が亡くなったこと、逮捕された時に9歳だった息子が行方不明になっていることを知らされます。別れた時に7歳だった娘と再会した後、ロドリゴが住む島に移り住み、復讐の機会を狙いますが...。

 

長いです。3時間48分。休憩なしの4時間弱を映画館で過ごしてきました。

 

長いのですが、それにもかかわらず、物語の背景などに詳しい説明がなされません。物語を描くのではなく、ホラシアの言動と、彼女が出会う人々のホラシアとの関わりが丁寧に描かれていきます。バロット(孵化直前のアヒルの卵をゆでたもの)売りの男、物乞いをして生活するマメン、夜の街で奇妙なダンスをするゲイのホランダ。貧しい人々を温かく迎え入れ、親身に援助をするホラシアの姿は、ロドリゴへの復讐の準備を進める姿と対照的です。

 

夜と昼、闇と光、罪と赦し、神と悪魔...。奇妙に美しいモノクロの写真集のような映像が、ホラシアを中心とした人々の日常を浮かび上がらせ、ホラシアの恨みと慈愛を映し出します。

 

ホラシアの好意に応えるような形で、復讐への準備が整っていきます。ホラシアの優しさは復讐を果たすための手段だったのか、彼女の本質だったのか...。自身が救った人々との交流は彼女の中に蠢く恨みを救わなかったのか...。

 

思わぬ形で"復讐劇"の幕は降ろされます。

 

人生を奪った相手への復讐や赦しとか、そんな単純な物語ではなく、復讐だけではない日常や復讐の機会が奪われて行き場を失った恨み、優しさだけでは救われない貧しき人々の苦悩...。

 

刑務所から立ち去り、自宅から立ち去り、復讐のために住んだ島からも立ち去り、マニラの街を彷徨うホラシアは何処へ行くのか。復讐に向かっていた時、ホランダたちを救った彼女は、息子を探す過程で誰かを救うのか、それとも、息子を探すという目的を果たせないまま歩き続けるのか。

 

光を強烈に感じさせるモノクロの映像ですが、深く重いものを観る者の心の中に残してエンディングを迎えます。
 

228分という上映時間の割には長さを感じなかったことは確かです。けれど、所々に、冗長さが感じられる場面があったり、削っても良いのではないかと思われる部分があったり、もう少し短くしても問題なさそうに思われる部分があったりしたことも事実。

 

やっぱり、長いです。映画館という、基本、映画を観る以外何もできない空間に身を置いていたから最後までその場を離れずに観ることができましたが、TVとかDVDでだったら、途中、何度もその場を離れたくなったことでしょう。

 

安易にお勧めし難い作品ではありますが、稀有な作品であることは確か。観ておきたいというよりも、体験しておきたい作品だと思います。

 

 

公式サイト

http://www.magichour.co.jp/thewoman/

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74歳のペリカンはパンを売る。

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浅草にある1942年創業の老舗のパン屋、ペリカンの魅力に迫ったドキュメンタリー作品。

 

ペリカンで扱うパンは、食パンとロールパン。

食パンは1斤から3斤までサイズがあり、

ロールパンは、小ロールと中ロールの2種類、

その他に喫茶店などへの卸用として、食パン生地で山食パン、ロールパン生地で中丸とドッグ、業務用のパン粉も製造販売しているそうです。

 

"美味しいパン屋"が数ある中でも稀有な存在。そこに光を当てています。

 

毎日食べ続けたくなるものとたまに食べたくなるものに求める美味しさは違うのでしょう。ペリカンは毎日食べ続けたくなる味を提供し続けてきました。飽きのこない自分を主張し過ぎず満足感を与えてくれる味。次々に焼きあがる大量のパンが実に魅力的に見えてきます。

 

ラストに「もし、自分に10の力があるのなら、それで100のものをつくるよりも、1つのものをつくる。」という、2代目店主、渡辺多夫の理念が示されます。

 

10の力を持ちながら、1つのものだけに集中し続けるには、強い信念が必要になることでしょう。他のものに手を出したくなる誘惑に勝ち続けることは並大抵のことではありません。

 

店舗でのパンの製造風景も、ペリカンのパンを食べる人たちやペリカンというパン屋を知る人々、関係者のコメントも、同じような内容が繰り返され、それは、ペリカンというパン屋の営みそのものでもあるのでしょうけれど、映画作品としては、やや冗長になってしまった感じが否めませんでした。

 

40年、勤続しているという従業員、名木氏が登場し、その日の天候などにより微妙な調整が必要であること、毎日、同じことの繰り返しではないことを説明していましたが、映像だけ観ていると同じ動作の繰り返しのように見えてしまいます。同じことの繰り返しのことのように見えて実はそうでないという部分を映像でも語って欲しかったですし、同じ味を作り続けるための日々の挑戦という部分にもっと迫って欲しかったです。それこそが、ペリカンという奇跡が起こり得た理由なのでしょうから。

 

それでも、この稀有なパン屋の存在を知らせ、その存在の意味の大きさを伝えている点で価値のある作品であることは間違いありません。

 

観てよかったと思います。

 

 

公式サイト

http://pelican-movie.tokyo/

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僕のワンダフルライフ

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W・ブルース・キャメロンが愛犬を亡くした恋人のために書いた小説「野良犬トビーの愛すべき転生」を映画化した作品。原作は未読です。

 

イーサンに命を救われたゴールデンレトリバーの子犬は、ベイリーと名付けられ、可愛がられます。子どもだったイーサンの成長とともに老いていったベイリーは、やがて、息を引き取ります。けれど、イーサンを想うベイリーは、転生し...。

 

ゴールデンレトリバーからジャーマンシェパード、コーギー、セントバーナードとオーストラリアンシェパードのミックスに姿を変え、50年で3回転生するのですが、どの"ベイリー"も健気で可愛いです。小さい脳をフル回転させ、ない知恵を精一杯働かせ、頑張って生きている姿を見ているだけで満足してしまいます。犬は、反則ですね。長い歴史を人間とともにしてきた動物だけに、他の動物以上に気持ちを引き寄せられます。

 

あまりに献身的で、虐待されても人間に失望することもなく、まぁ、色々と、人間に都合よく解釈している面はあります。けれど、必要以上に泣かせようとせず、抑制の効いた作りには好感を持てましたし、イーサンとの出会いで遊びを知り、警察犬となって働くことを知り、その次の生では恋を知り、虐待されて孤独を知るといった、転生を繰り返しながら成長していくところも物語の構成として巧いと思います。

 

何かと都合が良すぎたり、本作に登場する前の"犬生"はどうなんだとか、"本当の始まり"はどうやって起こるのかとか、気になる面もないわけではありませんが、"使命"を得たところに"犬生"が始まり"使命"を果たした"犬生"で転生が終了すると解釈すれば辻褄は合うのかもしれません。

 

ベイリーによるナレーションもなかなか工夫されていたと思います。時々、やけに理解力が高まったり、物分かりが悪くなったり、不安定な感じはありましたが、その能力が、私たちが犬の知恵として受け止められる範囲には留まっていて、違和感なく観ることができました。

 

基本、ハートウォーミングな雰囲気なのですが、その中でも、イーサンもベイリーも、不運に見舞われ、不幸を味わい、傷ついています。人生も犬生も甘いだけではありませんが、それでも、生きる価値はあると伝えてくれている辺りも、本作の魅力と言えるでしょう。

 

犬を飼っている人なら、映画館から帰って、愛犬を抱きしめたくなるでしょう。人間を愛し、飼い主を喜ばせることを自分の喜びとし、誇りとしてくれる愛すべき生き物。犬たちが私たちを幸せにしてくれるその何分の一かでも、幸せにしてあげたい、犬たちが注いでくれる愛の何パーセントかでも返してあげたいものです。

 

お勧めです。

 

 

公式サイト

http://boku-wonderful.jp/

エルネスト

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ボリビアで日系二世として生まれ、医者になることを夢見るフレディ・前村・ウルタード。キューバのハバナ大学に留学しますが、5日後にキューバ危機が起こります。その混乱の中でチェ・ゲバラと出会ったフレディは、その理念やカリスマ性に感銘を受けます。情勢が落ち着き学業に専念する日々に戻りますが、故国、ボリビアで軍事独裁政権が誕生し...。

 

事実を淡々と伝えているのですが、その核となる事実に対する視点が不明確で、ただ、これまであまり広く知られていなかった事実を明らかにするという以上の動機が感じられませんでした。

 

で、"日系人"という部分についても、フレディ本人には、ほとんど"日系人"という意識はないようで、徹底してボリビア人です。なので、宣伝文句から感じたのとは違う印象を受けました。フレディを描くのは良いとして、"日系人"という部分に必要以上に注目してしまうのは逆効果かと...。

 

フレディが学業も医者としての将来も恋人も全てを捨ててボリビアのために人生を捧げる動機も弱かったですし、フレディとゲバラの絡みもほとんどないので、ゲバラが何故、自身の名をフレディに与えたのか、その背景もよく分かりませんでした。

 

英雄に憧れた青年が、自身の故国が危機に見舞われた時に、その英雄に従って理想を実現しようとして命を散らすという物語。それ自体は、左程、珍しいものではなく、まぁ、どこかで観たような作品といったところ。事実を冷静に丁寧に描いたというところなのでしょうが、淡々とし過ぎて、正直、退屈な部分もありました。

 

ラストに登場したのは、フレディと大学生活をともにした友人たちということになるのでしょうか。彼らが、軍事独裁政権のボリビアとどう関わったのか、卒業後、どのような生き方を選択したのか、その辺りの情報があると、彼の存在の意義などがもっと伝わってきたのかもしれません。

 

あまり語られてこなかった人物に光を当てたという点では価値があると思いますが、それでも、全体としては、残念ながら、見逃してもそれ程残念でない作品ではないかと...。

 

ただ、オダギリジョーは良かったです。彼が出演する作品は随分観ていますが、その中でも出色だと思います。セリフが日本語でなくて、話すこと自体でエネルギーを費やさざるを得なかったせいかもしれませんが、変な力が入らず、自然な感じだったと思います。

 

 

公式サイト

http://www.ernesto.jp/

ポルト

テーマ:

ポルトガル北部にある港湾都市、ポルト。家族に見放された26歳のアメリカ人ジェイクと、恋人と一緒にやってきた32歳のフランス人留学生マティは、考古学調査の現場で互いの存在を意識するようになります。カフェでマティを見つけたジェイクは彼女に声を掛け、その後一夜を共にし...。

 

なかなかに濃密でしっとりした雰囲気のある作品でした。そして、ポルトの街の夜の情景が作品の雰囲気によく合っていたと思います。

 

一夜の出来事を、ジェイク、マティ、それぞれの視点から、時間を行き来しながら、多角的に描いていきます。画質や画面のサイズも変化し、そのことで物語に厚みが出ているように思われました。

 

70分程度の比較的短い作品ですが、しっかりとした濃度が感じられました。

 

まぁ、2人の出会いと別れ自体は、左程、目新しさのあるものではありませんが、映像の重ね方、作品全体の空気感の作り方は印象的でした。

 

特におすすめという程でもありませんが、観ておいて損はない作品だと思います。

 

 

公式サイト

http://mermaidfilms.co.jp/porto/

ドリーム

テーマ:

1960年代の初め、ソ連との宇宙開発競争で遅れを取っていたアメリカは、国家の威信をかけて有人宇宙飛行計画に乗り出します。NASAに勤務する黒人女性、キャサリン・G・ジョンソン、ドロシー・ヴォーン、メアリー・ジャクソンたちは、偏見や差別に阻まれながらも、宇宙飛行士ジョン・グレンの地球周回軌道飛行成功に向けて徐々にその能力を発揮し...。

 

NASAによる"マーキュリー計画"成功に多大なる貢献をした黒人女性たちを描いた実話を基にした作品です。

 

白人と非白人がトイレもコーヒーポットもバスの座席も通う学校も分けられていた時代です。その中で、NASAで仕事を得られるレベルの教育を受ける機会を得ることさえ相当の努力を要することだったはず。その挙句にやっと得た仕事も、白人でないというだけで正規職員にはなれず、補助的な仕事しかさせてもらえません。彼女たちは"計算機"として雇われているわけで、まぁ電卓のような扱われ方なのです。で、それでも、他にはメイドなどの限られた仕事師にしか就けない状況で、NASAはそれでも"かなりまマシな職場"であったことも確かなのでしょう。その厳しい状況において、ただ自分の能力を武器に周囲の意識を変えていく3人の姿が凛々しく清々しかったです。

 

暴力や圧力で差別や偏見と闘ったのではなく、優れた能力でその存在を認めさせたキャサリン、コンピューターの時代の到来を見据えて準備をし、コンピューターの専門家として地位を獲得していくドロシー、"敵"をしっかりと研究し的確に攻め崩し欲しいものを得ていったメアリー。各々の知性が存分に生かされた戦い方も印象的です。冒頭の警察官との遣り取りを含め、3人の巧みな戦術が、厳しい差別や偏見を描く本作を暗さから救っています。

 

ただ、"打倒ソ連"という大命題があったことが、彼女たちが活躍の場を得られた大きな理由であることも確か。巨大な敵の存在が、人種や性別の壁を超えて団結を生み出したということになるのでしょう。共通の大きな目標を共有することができれば、多少の違いを乗り越えて認め合い、協力できるのも人間ということにはなるのでしょうけれど...。その点は、少々、哀しい気もしますが、その"チャンス"を存分に生かし、活躍の場を獲得した彼女たちに人の可能性を見ることができます。

 

コビン・ケスナーが演じるキャサリンを支える上司の存在なども良かったです。

 

そして、差別の描き方が巧いです。黒人に対する差別や偏見と女性に対する差別や偏見。差別する側には意識されない差別の存在。黒人で人種差別撤廃のための活動をしているメアリーの夫の女性に対する差別意識。いかに差別や偏見というものが根強いものかといった辺りが様々な面から描かれていて、問題の本質に観る者の眼を向けさせてくれています。

 

心地よく観終えて元気付けてもらえるそんな作品です。これからの未来を考えるための歴史の勉強という点でも一度は観ておきたい作品です。お勧めです。

 

 

公式サイト

http://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/

ワンダーウーマン

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ウィリアム・モールトン・マーストン作のアメリカン・コミック「ワンダーウーマン」の実写映画化作品。原作は未読です。

 

女性だけの島、セミッシラで育ったアマゾン族の王女ダイアナは、幼い頃から戦士になることを夢見ていました。母親、ヒッポリタ女王はダイアナの身を案じ、戦士となるための訓練を禁止していましたが、ヒッポリタの妹で史上最強の将軍と言われるアンティオペの説得もあり、過酷な訓練の末、アンティオペに勝るとも劣らない戦士となります。ある日、ダイアナは外の世界から舞い込み、海岸で墜落事故を起こしたスティーブ・トレバーを救出します。彼から第一次大戦下の世界の様子を聞いたダイアナは、ドイツ軍を率いるルーデンドルフ総監こそが平和を阻害する元凶である戦いの神、アレスだと確信。戦争を終わらせようとトレバーとともにロンドンへ向かい...。

 

原作は、1941年に初めて発表されています。まだまだ女性が社会の中で活動できる範囲が狭く、様々な差別に晒されていた時代です。

 

本作の中でも、議会に女性がいることが問題視されていたり、女性用の服が動きにくいデザインのものばかりだったりということが描写されていますが、コミックの登場した当時、本作の物語の背景となっている時代を考えると、かなり画期的な設定と言えるのかもしれません。

 

世界を救うヒロインを描いたという点では、画期的な作品であることは間違いないと思います。そして、ジェンダーの問題が色々と透けて見えてきます。

 

男がいない社会で育たないと、長く社会的に差別されてきた女性が、ジェンダーに囚われずに自身の能力をきちんと磨くことは難しいということなのかもしれません。そして、男もいる社会の中で十分に力を発揮し活躍するためには、社会に導いてくれる男性が必要で、さらに、踏み台になってくれる男性が必要。そして、踏み台になる男性にとって、女性の踏み台になることは決して不名誉ではないということなのかもしれません。

 

"悪の根源を断てば世界は善で満たされる"というファンタジックな夢想が崩され、ダイアナは、絶望しますが、それでも、人間の中にある善なる部分に目を向け平和のための戦いに挑みます。

 

人間の外側に戦いの原因の全てを押し付ける考え方から離れることができた点は評価できるのですが、"戦争を止めるための戦い"、"善が悪を倒すための戦い"という考え方からは抜け出せていません。戦争を止めるための戦争を認めるなら、"敵"の中の善、自分たちの側の中にある悪に眼を向けずにいるのなら、本当の平和を手にすることは難しいでしょう。

 

折角、"世界を救うヒロイン"を描くのなら、単に"ヒーロー"を"ヒロイン"に置き換えるのではなく、これまでのヒーローたちとは違うやり方で戦って欲しかったです。

 

戦争を終わらせるのは愛...でしょうか?"愛する者を守る"という名目が戦争を激化させた例を歴史上に見ることもできるでしょう。愛は自分たちだけでなく、敵の中にもあるのです。戦いを止めるためにダイアナたちに殺された兵士にも愛する家族や恋人がいたことでしょう。

 

"真実の投げ縄"は、なかなか工夫された面白い武器だったと思います。その路線がもっと強く押し出されていたら、世界の救世主を女性にしたからこその全く新しい物語が生まれたのではないかと思います。

 

ちょっと期待過ぎてしまったのかもしれませんが、従来の正義のヒーローたちの物語を踏襲した感じの部分が目立ったことは残念でした。

 

映画自体は悪くはなかったと思います。クライマックスの戦闘シーンがクドイ感じはしましたが、迫力はありましたし、何よりも、ダイアナ役のガル・ガドットの鍛え上げられた身体と美貌が、"戦うヒロイン"という役割にリアリティを与えていて印象的でした。

 

観ておいて損はないと思います。

 

 

公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/wonderwoman/

ジュリーと恋と靴工場

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田舎町に住む25歳のジュリーは、就職難の中、ようやく高級靴メーカーの工場での仕事に就きます。しかし、工場は本社が推し進める"近代化"の影響により閉鎖の危機にありました。女性靴職人たちは抗議しようとパリの本社に乗り込みます。騒動に巻き込まれクビになりかけたジュリーと靴職人たちは、危機を乗り切るため、"戦う女"と名づけられた赤い靴を復活させ...。

 

厳しい状況の中で、自分の力で生活していく道を見出し、自分たちの仕事と生活を守るための戦いの中から生きる力を身に付け成長していく女性の物語をオシャレに歌と踊りで紡ぐ映画...かと思ったら...。完全に裏切られました。

 

工場で働く女性たち。特に美人でもなく、スタイル抜群でもなく、本当に工場で働いていそうな雰囲気は良かったのですが、"熟練の職人"のはずの彼女たちが、自分たちの製品を粗末に扱うのはいただけません。職人としてのプライドと自分たちが作ったものへの愛情を大切にして欲しかったです。

 

職人たちと社長の和解(?)も、スッキリしません。こんな形で、一応の収まりがついたとしても、根本的な解決にはならないような...。社長も自身の問題に向き合えてはいないでしょうし...。

 

職人たちも、社長も、しっかりしたヴィジョンもないまま行き当たりばったりに行動している感じで、物語が薄っぺらいモノになってしまっています。

 

色々とありますが、それよりも何よりも残念なのは、ラストのジュリーの選択。折角、"戦う女"として目覚めたはずなのに。このままでは、また、男に捨てられて家もお金も失うことになるだけではないのか...。手痛い目に遭ったはずなのに、何も学んでいないとは!あまりに悪い方にビックリさせられるラストで、「ジュリー、目を覚ませ!!」と叫びたくなりました。

 

きちんと作れば面白くなった素材だったと思うのですが、本当に残念な作品でした。

 

 

公式サイト

http://julie-kutsu.com/

ナミヤ雑貨店の奇蹟

テーマ:

東野圭吾の原作を映画化した作品。原作は未読です。

 

2012年、同じ施設で育った幼馴染たちと空き巣をした敦也は、空き家となっていた"ナミヤ雑貨店"に身を隠します。そこは、かつて悩み相談を受けていて、夜、相談の手紙を投函すると朝、店の牛乳受けを開くと返事の手紙を受け取ることができました。1980年に廃業して空き家になっていたのですが、店の郵便受けから手紙が差し入れられます。読んでみると、それは、32年前に書かれた悩み相談の手紙で...。

 

郵便を受け口がある店のシャッターの外側と内側で時が違っていて、現代にいる店の中の若者たちが、32年前から投函された手紙に返事を書く。その手紙のやり取りの中で、バラバラに思えたエピソードや人間関係が、徐々に繋がっていきます。物語としては、なかなか感動的なのですが、難なく先が読めてしまったりするので、驚かされる快感のようなものは薄いです。

 

そして、何より残念なのは、演技陣。中心となる若者3人の演技力が弱いのです。周囲を固めるベテランとの差があり過ぎてバランスの悪さが目立ってしまっています。山田涼介演じた敦也は、見た感じが韓流アイドルを安っぽくしたような雰囲気で、役どころにそぐわない感じがしました。

 

テーマソングも、作詞作曲をした山下達郎が歌うエンディングで流れる歌は良いのですが、作中で歌手を目指しながら挫折する松岡やその松岡の影響を受けて歌手となったセリが歌うバージョンは今一つで、同じ曲でここまで違うかと驚かされるほど、歌唱力の差が出てしまっています。エンディングでもセリ役の門脇麦が歌うか、歌唱力優先でキャスティングすべきところだったのではないかと...。

 

火事の場面も気になる部分が色々。火の回り方が不自然だし、あの高さなら、炎の中に戻るより子どもを上から落として下で受け止めてもらい、自分も飛び降りた方が2人とも助かる可能性は高かったでしょう。あの高さなら、園のスタッフたちが協力して子どもを受け止めることはできたでしょうし、松岡もせいぜい足の骨は折る程度で済んだはず。

 

1980年に生きる者にとってあまりにリアリティが感じられないであろう2012年からの手紙の指示に田村晴美が従うの背景には、本来、余程の切羽詰まった状況や清水の舞台から飛び降りる思い切りのようなものが必要だったと思うのですが、その辺りも、薄かったと思います。

 

敦也たちが、"自分たちを信じてもらえたことで立ち直っていく"という展開は良かったと思います。誰かが自分のことを信じてくれて、自分がその相手の役に立てたり、幸せに貢献できたりする。そのことが、どれ程、人に自信を与え、自己肯定感を与え、生きる力を与えるか...。

 

敦也の助言を田村晴美が受け入れたところに最大の奇蹟の始まりがあったわけで、そこは、もうちょっと丁寧に描いて欲しかった気がします。

 

物語全体の構成、キャスティングで、もっと心揺さぶる作品になる可能性があったと思われるだけに残念です。

 

きっと、原作は心打つ物語なのでしょう。原作は、是非、読んでみたいと思います。

 

公式サイト

http://namiya-movie.jp/

 

 

原作