17歳の肖像

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 60年代のロンドン。美人で成績も良く、オックスフォード大学進学を目指す16歳の女子高生、ジェニーは、ひょんなことから、30歳のデヴィッドと恋に落ちます。彼とのデートは刺激的。デヴィッドはジェニーの両親も口八丁で説き伏せ、ジェニーを彼女がこれまで経験したことのない大人の世界に誘います。ジェニーは、デヴィッドとの恋に夢中になっていき...。


夢見る夢子ちゃんな17歳。そんな彼女にとって、退屈な学校の教師たちの人生なんて灰色にしか見えません。何のために学校で勉強をしなければならないのか、何のために学校に行かなければならないのか。社会に出て微分や積分なんて使わない、ラテン語なんて知らなくても生活には困らない。反抗期とも重なるこの時期、教師や親のような人生なんか真っ平...と思うのもこの時期の"夢子ちゃん"の特徴。


ジェニーの疑問は、大人になったかつての高校生のほとんどが、現役の高校生のほとんどが、抱いたものでしょう。そして、大人たちの多くは、そんなジェニーの考え方に理解を示しつつも、その甘さを指摘せずにはいられないことでしょう。本作では、子どもの視点をジェニーが、大人の視点を校長先生が代表しています。


デヴィッドとの出会いにより、大人の世界を垣間見て、自分もその中の住人になったかのように錯覚したジェニー。かつて、子どもだった大人たちには、その時のジェニーのときめきも甘酸っぱい想いとともに理解できることでしょう。けれど、彼女は、やはり、子どもでしかありませんでした。デヴィッドの妻に会い、彼女は、そのことを痛感させられます。デヴィッドの妻はジェニーに憐れむような眼差しを向けても、嫉妬はしませんでした。そう、彼女にとって、ジェニーは、勝負の相手ですらないということなのでしょう。


ジェニーとともにデヴィッドに振り回される両親。二人にジェニーへの愛情があったのは確かだったのでしょう。けれど、逆にそのために、デヴィッドの語るファンタジーに目が眩んでしまったのかもしれません。冷静に受け止めれば彼の嘘に気付くこともできたことでしょう。けれど、彼らも、娘に舞い込んできた"幸運"を信じたかったのでしょう。人は、結局、信じてよいものよりも、信じたいものを信じてしまうもの。ジェニーも、デヴィッドたちが見せてくれる煌びやかさに目が眩み、怪しげな部分に目を瞑ってしまったわけで...。


ジェニーの両親は、娘を愛する親だからこそ、愚かになってしまいもしたのでしょう。一方、傷付いた娘を癒そうとするのも親の愛情。部屋に閉じこもったジェニーに語りかける父の言葉は胸に沁みます。


ジェニーにも、自分にとって何が大切か、そのことに気付く時がきます。その時、彼女は、それまで、蔑んですらいた教師たちの"退屈な"日常が、しっかりとした努力に支えられた価値のあるものであることを知ります。


自分の愚かさに気付き、再生の道を歩むジェニー。そう、彼女の若さがあれば、大抵のことはやり直せるはず。青春時代ならではのヒリヒリした感じと若いときならではの清々しさが観る者の心に沁み込んでくる作品です。


17歳で、少女から大人の女性へと歩みを進めたジェニーの姿が眩しいような寂しいような...。子どもが大人になる嬉しさとほろ苦さが巧く表現されていると思います。


特に、青春を懐かしく振り返る年代の人が観るとシミジミ味わえる作品だと思います。なかなかオススメです。



公式サイト

http://www.17-sai.jp/



17歳の肖像@ぴあ映画生活

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