リトル・ランナー

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この作品の予告編を観る機会が多かったのですが、その度に、何度も泣かされました。繰り返し観ている場面なのに、ラルフが必死に走る姿には、涙腺が刺激されるのです。


1953年のカナダのハミルトンにあるカトリックの学校に通う14歳のラルフは、隠れて喫煙をし、異性への好奇心を抑えられず、校則破りを繰り返しています。父が戦死してしまったラルフにとって、ただ一人の家族である母は、長期の入院中です。その母が昏睡状態になり、「お母さんは奇跡でも起きない限り目覚めない」と伝えられます。相変わらず、校則破りをするラルフは、校長先生から、「精力を発散させるため」クロスカントリー部への入部を命じられます。そこで、オリンピック選手になったこともある顧問のヒバート神父の「君たちがボストンマラソンで優勝したら奇跡だ」という言葉を耳にし、母を目覚めさせるため、ボストンマラソン優勝という奇跡を起こすことを決意します。あまりに現実離れしたラルフの決意を嘲笑する周囲には目もくれず、ひたすら走り始めます。やがて、そんなラルフをヒバート神父がサポートするようになり、徐々に、応援する人も現れ...。


ラルフの奇跡を求める真剣さ、子どもらしい純粋さ、母親への愛情...。そんな一途な気持ちが、観るものの心を揺さぶります。かといって、決して、ただの「良い子」ではなく、聖人たちに並んで、奇跡を起こそうと決意しながらも、いろいろ問題を起こさずにはいられない。そんな面に、いかにも、子どもらしいアンバランスさが表現されています。


ラルフの周囲からの非難に負けずに信じることを貫き通そうとするひたむきさが、徐々に、周囲の心を動かしていきます。夢や希望を持つこと、信じることの強さと影響力が上手く描かれていました。


親の子どもへの愛情は「無償の愛」と表現されます。けれど、もしかしたら、親の子どもを思う気持ちよりも、子どもの親への気持ちの方が強いのかもしれないと思うことがあります。やはり、親とすれば、少しでも良い形に子どもを育てて生きたいという気持ちはあるわけで、純粋に愛情を注ぐというだけでなく、「こうなって欲しい」「ああはならずにいて欲しい」と要求も増えていくわけです。その点、子どもの方が、無条件で親を愛しているのではないか...。


子どもの方が、親よりも相手を喪うことで生じるリスクが大きいということもあるのかもしれません。育てれくれる大人を喪うことは、生存することすら危機に陥れる場合もあるわけです。ラルフ位の年齢になれば、生存まで危うくなることはないかもしれませんが、この作品の中でも、施設に収容されそうになっていました。もちろん、親が子どもを喪うということも、非常に大きな悲劇なわけで、私自身、子どもに一番願うことは「私の生きている間に死ぬな!」だったりもするのですが...。


子どもの親へ向ける愛情の強さ、とりわけ、男の子の母親に捧げる愛の一途さ...。これで、泣かずに観ていられるわけないのです。


このテーマで作られたら...。反則技と言えなくもないような...。



[以下、ネタバレあり]








ラストシーン、次なる目標を「オリンピックで金メダル」というラルフに、ヒバート神父が、「奇跡を追い求めてこそ人生さ」と答えます。奇跡など、めったに起こせるものではなく、起こせる確立が非常に低いからこそ奇跡なのですが、それでも、奇跡を追い求めて努力することで、自分を、周囲を変えていくことができる。例え、奇跡を起こすことができなくても、奇跡を起こそうと頑張った過程で得られたものは大きな財産になる。観るものを勇気付ける作品でもありました。





公式HP

http://c.gyao.jp/movie/little-runner/




リトル・ランナー@映画生活
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