PARKS パークス

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井の頭恩賜公園の開園100周年事業の一環で制作された映画。

 

吉祥寺で1人暮らしをする大学生の純の元に、亡き父親の恋人だった佐知子を探す高校生のハルがやって来ます。ひょんなことから、ハルと佐知子の行方を追い、佐知子の孫、トキオに出会い、佐知子の遺品であるオープンリールテープを見つけます。テープを再生すると、彼女とハルの父、晋平の歌声が聴こえてきます。純たちは、途中までしか録音されていないその曲を完成させようと...。

 

何だかなぁ...。

 

純がハルと佐知子を探す動機が弱いし、ハルが父の小説を書こうとする動機も弱いし、純のレポートがどうなったのかは放置だし、音楽も小説も今一つ魅力が感じられないし、ハルが純のところ位転がり込む展開とか無理やりだし、バンドメンバー全員が食中毒とかあまりに雑なもっていき方だし...。いろいろと引っかかる部分が多い作品でした。

 

ハルは高校生で、ハルの父の元カノが、50年前に20歳位という設定も何とも不思議。元カノが忘れられず、結婚が遅くなり、かなり歳がいってからの娘ということなのでしょうか。20歳を越えているであろうトキオのお祖母さんと高校生のハルのお父さんが恋人だったというのは不自然な感じがします。

 

純の住むアパートも築50年を越える物件ということになるのですが、それにしては新しすぎる感じです。1960年代からあるアパートを見つけるのは至難の業かもしれませんが、外見はそのままに内部を大きくリフォームしたとか何とか、言い訳がないと、物語そのものが嘘っぽくなってしまいます。

 

佐知子とハルのお父さんと一緒に登場する男性は、大家の寺田さんだったのか、純の教授だったのかも???。教授がギターを弾く映像も意味ありげななさげな。

 

ハルが歌の出来映えについて、純に文句を言うのですが、それなら、それまでの過程でもっと何か言うべきだったでしょう。曲の完成に絡むような絡まないような、曲の出来映えに関心があるようなないような、中途半端さは気になりました。

 

最後に、このハルの存在が現実か幻か分からないような感じでまとめる辺りは悪くなかったと思うのですが、このまとめ方にするのであれば、それまでのハルの描き方にラストへの含みがなくて唐突感がありました。

 

思わせ振りな描写が何かあるように思わせ、そのまま放置されていたりして、どうも、すっきりしない部分がところどころにありました。
 

"主役"となる井の頭公園は良かったです。井の頭公園の風景が多く登場し、心地よさが感じられました。でも、これで十分に井の頭公園や吉祥寺という街の魅力が伝わったかというとやはり疑問です。

 

あまりに残念。

 

 

公式サイト

http://www.parks100.jp/

 

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遣らずの街、コザの雨

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沖縄県内で活動している映像制作集団、PROJECT9の作品。

 

交通事故で妻を亡くし、自殺を図る男でしたが、死にきれず、何かに導かれるようにして、妻と出会い妻を亡くした街、コザに向かいます。そこで、男は、身体を売りながらその日暮らしをする女と出会います。彼女は、売春の斡旋をする男の暴力に苦しんでおり、男は彼女を救い出そうと...。

 

南国の明るさや観光の煌びやかさとは違う沖縄の姿が描かれています。外から見る沖縄とは違ったイメージの沖縄がそこにはありますが、作中での命や魂といったものの扱われ方に沖縄の香りが強く漂います。

 

傷を負った男が、過去に闇を抱えた女と出会い、その女を命をも顧みずに救おうとする。まぁ、それ自体は、どこかで見聞きしたような、特に目新しくもないストーリーです。そして、沖縄の風味を加えつつも、特に目立つような演出を加えるでもなく、奇を衒った展開を見せるわけでもなく、地味に丁寧に、物語を紡いでいきます。

 

交通事故で無くなった妻の遺体、仕事中の女の姿など、過激にもならず、控えめ過ぎず、抑制が効きながらも何が起こっているのかがきちんと伝わる程よい描写で印象的でした。

 

物語の中に、生きる者、死んだ者、身近な人を亡くした者の想いが現れ、生きることの苦しさと同時に生きることの尊さが浮かび上がってくるようです。

 

特別感のある作品とまでは言えない地味な作品ですが、独特の味わいが心にしみました。

 

観ておいて損はない作品だと思います。

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天使といた夏

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ホジキン病を患い常に死を意識している少年、オーウェンは、歳の離れた友人、ライス氏が亡くなり、ショックを受けます。ライス氏の住んでいた家が取り壊されると聞いたオーウェンは、友人とライス氏の家に忍び込み、オーウェンに宛てられた手紙を見つけます。そこには暗号らしきものが記されていて...。

 

ライス氏の人となりが今一つはっきりしなくて、何だかモヤモヤしますが、要所要所で、デヴィッド・ボウイが素敵な笑顔を見せてくれたりするので、まぁいいかぁと丸め込まれてしまう感じです。

 

宝探しの部分についても、何だか盛り上がりに欠けます。どうなるんだろうというドキドキ感が薄く、サラッと正解に辿り着いてしまって肩透かし感が拭えません。

 

まだまだ子どもなのに余命宣告されてしまう子どもやその親たちの心情などは丁寧に温かく描かれている感じがしましたが、それも、ちょっと綺麗になり過ぎた感じがします。

 

いじめはいけないとか、嘘はだめだとか、勇気を持てといったメッセージが強く感じられますし、親子の在り方の描き方などにも、道徳の教材的な雰囲気が色濃く出ていて、そんなところが、少々鼻につきました。

 

ライス氏の造形については、デヴィッド・ボウイのちょっと不思議な浮世離れした雰囲気がぴったりと合っていてよかったと思うのですが、面白くなりそうな要素がいろいろありながら、それを活かし切れていない感じがします。

 

悪くはないけれど、ちょっと残念。でも、デヴィッド・ボウイが素敵だから許す...ってところでしょうか。

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間違えられた男

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実話を基にした作品。

 

ミュージシャンとしてニューヨークのクラブで働くマニーは、妻ローズと貧しいながらも幸せな日々を過ごしていました。ある日、妻に歯の治療を受けさせようとその費用を借りるため、ローズの保険証書を持って保険会社のオフィスを訪ねます。けれど、そのオフィスに2度も強盗に入った男にマニーがそっくりだったことから通報され、警察に連行され...。

 

捜査陣は先入観に囚われて事実を冷静に判断できていなったことは確かですが、特に自白を強要するような行為があるわけでもなく、明らかに不法な手段が取られているわけでもなく、それでも、徐々に無実のマニーが犯人に仕立てられていきます。何といっても昔の作品で、犯罪捜査の手法があまりに古びてしまっているのですが、それでも、比較的穏やかに真っ当に捜査されているにも拘らず誤認逮捕が行われ、一人の無辜の人間が犯罪者にされかけた事実に怖さを感じます。

 

疑われた主人公が脱獄したり、自力で犯人を見つけ出したりという派手さはありませんが、日常に潜む恐ろしさ、ごく普通に生活していただけの人が悲劇に巻き込まれていく怖さがジワジワと伝わってきます。

 

余計な演出がないこと自体はアリだと思うのですが、それにしても、淡々とし過ぎ、ドラマとしての盛り上がりに欠けた感じは否めません。

 

ラストの見せ方も字幕で見せる部分と物語して表現する部分のバランスが悪い感じがしました。

 

悪くはないけれど、ちょっと期待外れ感がある作品でした。観るにしてもレンタルのDVDで十分かと。

アルジェの戦い

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1954年から1962年のアルジェリア戦争(アルジェリアがフランスの支配に対するアルジェリアの独立戦争)をドキュメンタリータッチで描いた作品です。

 

作られた映画を観ているというより、今、ここで起きている出来事のニュース映像を観ているような臨場感がありました。

 

「アラブを追い出せば平和になる。」という声が上がる場面があります。私たちはまた同じことを繰り返そうとしているのでしょうか。モノクロの映像は、確かに、かなり前の作品であること、描かれている内容も相当前の出来事であることを示しているのですが、まるで、現在を描写しているようにも見えます。歴史に学ぶ力を身につけることができない私たちの姿がそこに重なり、そこに、一番の恐ろしさを感じました。

 

記者会見で、フランスから派遣された空挺師団を率いる陸軍中佐による「兵士の中にはレジスタンスの闘士だった者も強制収容所を生き抜いた者も多い」との発言があります。自分たちの正当な権利である自由を求めて戦った者たちが立場が変われば、当然の自由を求めて戦う者たちを不法に抑圧することになる。それも、私たちが歴史の中で繰り返してきたことです。

 

戦争や革命に勝利するのに必要なのは暴力ではなく民衆の行動。
テロが有効なのは最初のうちだけ。
本当に困難なのは戦いに勝利したあと。
作中のFLN幹部ベン・ムヒディの言葉が胸に沁みます。その視点を持ちながらもテロに走らざるを得なかった悲劇。

 

弱い立場の者たちでも過激な行動を取れば世界の注目を集めやすい。けれど、それにより、権力の側に口実を与えてしまう。そして、暴力が連鎖する。どこかで、一旦、落ち着いても、何かのきっかけで、血で血を洗った恨みが吹き出してしまう...。

 

どちらも、完全な正義ではなく、完全な悪でもありません。独立を勝ち取ろうとする側、“テロを制圧”しようとする側、双方の視点に立った冷静な眼差しが印象的です。

 

何かとキナ臭くなってきている今こそ、観るべき作品だと思います。

四月は君の嘘

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新川直司の同名漫画の実写映画化作品。原作は未読です。

 

天才ピアニストと評判だった有馬公生は、母の死をきっかけに演奏ができなくなっていました。高校2年生のある日、幼馴染の澤部椿を通じて、勝ち気で自由奔放なバイオリニスト、宮園かをりと出会います。その独創的な演奏に興味を惹かれ、さらに、かをりにコンクールでの伴奏を頼み込まれ、公生は再びピアノと母との思い出と向き合うようになりますが...。

 

特に前半部分は、かなりの勢いで"粗筋を説明している"感じの描写でした。個々のエピソードを映し出すというより、ナレーションやセリフで伝えているという感じ。で、過剰な説明があるのにも関わらず、「聞こえなくなるのは贈り物」についてはスルーされていたり...。重要と思われる部分が無視されてしまっているのは気になります。

 

クライマックスで、かをりが現れない中、公生がソロでピアノを演奏するシーンなど演奏シーンはそれなりに丁寧に描かれていて、気持ちに訴えかけてくるものも感じられたのですが、他をあまりに端折り過ぎてしまった感じが否めません。

 

コミックで全11巻という物語を映画化するのですから、思い切った取捨選択は必要なのですが、それにしてもです。そして、省略の仕方も中途半端。説明的なセリフを中途半端に織り込むより、説明は説明と割り切って、映画の物語を理解するために必要な情報を巧くナレーションでまとめ、映画として作る部分を絞り込んだ方が、すっきりと作品の世界に集中できたのではないかと思います。

 

中途半端な作りが、本作の物語を、死に分かれた母と息子の物語、挫折を味わった天才の再生、不治の病に侵された少女の物語、友情物語...、どこかで観たようなありきたりな物語にしてしまっているような...。

 

登場人物たちの言動が高校2年生にしては幼いような感じがしていたのですが、どうやら、原作では中学2年生の設定のようですね。演じる俳優たちに合わせて年齢設定を変えたのでしょうか?(それでも無理矢理感があるキャスティングですが...。)この年代、数年の違いで大きく変化しやすい時期だけに、原作通りの設定にするか、登場人物たちを3年分成長させるかして欲しかったところです。

 

クライマックスからラストにかけては、悪くなかっただけに、長い原作を映画化する難しさが前面に出てしまった感じがして残念でした。

ピザ!

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南インド、チェンナイのスラム街に住む兄弟は、貧しさのため満足に食べることもできず、木に登ってカラスの巣から卵をくすねては食べていて、"カラスの卵"と呼ばれていました。ふとしたことから"ピザ"という食べ物の存在を知り、食べてみたいと思い、そのためにあの手この手で稼ぎます。ピザ代を手に店に行きますが、汚い身なりから入店を拒否されます。兄弟は諦めず、さらに稼いで新しい洋服を手に入れ店に行きますが...。

 

兄弟の生活は貧しく、ピザの代金は、彼らの家族が1か月生活するための費用を上回る金額。それを幼い兄弟が懸命に稼ぎ出し、それだけでなく、店に入れてもらうために身なりも整えるのですが、スラムの子どもたちということで差別的な扱いを受けます。そして、同じスラムで生活する者の中には、その"事件"を利用して稼ごうとする者も現れます。そこに、差別される側が同じように差別される側を利用するという構図も見えてきます。

 

様々な問題が浮かび上がってきますが、そこには、完全な悪も完全な善も、完全な加害者も完全な被害者も置かれていません。それぞれがそれぞれの世界の中でちょっと悪かったりちょっと良かったり...。

 

ピザを食べられる世界が幸せか、ピザが高嶺の花の世界が幸せか、それは簡単に判断できるものではありません。けれど、少なくとも、ピザを食べたいと思いそのために努力をした者がピザを食べられられる世界であって欲しいし、そういう世界を作るために何かしていきたいと思います。

 

兄弟として出演した2人も、本作の撮影で初めてピザを食べたのだとか。いくら美味しいといわれているものでも、初めて食べた時はその味が分からなかったりするもの。普通、ビールを初めて飲んだ時は苦くて不味いと思う人が多いでしょうし、コーヒーにしてもタバコにしても、最初は不味いと思いながら、徐々に手放せなくなるほどハマっていくものでしょう。

 

兄弟が憧れのピザを口にした時の反応もリアルで楽しかったです。貧困、差別といった社会的な問題も盛り込み、インターネットで拡散される動画の威力とそれへの対応などを皮肉った風刺的な描写もあり、暗く重いテーマも含んでいますが、中心に笑顔で元気な兄弟たちの逞しい生き方が置かれ、軽やかで明るい味わいの作品になっていました。

 

あまり話題になっていない作品だと思いますが、なかなか楽しかったです。一度は観ておきたい作品だと思います。

WE ARE X

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2016年にイギリスで制作されたX JAPANとそのリーダーでピアニストでドラマーのYOSHIKIに関するドキュメンタリー。

 

特にX JAPANのファンだったワケではありません。けれど、彼らの登場は、なかなか、センセーショナルなものでしたし、曲はヒットしていましたし大人の事情によりJAPANが付く前から、その存在を知ってはいました。

 

音楽以外の部分でも、HIDEの死やToshIの洗脳騒動など、色々と話題になった存在でもありました。

 

そんな騒動の部分も含めて、X JAPANのこれまでが語られています。

 

「死ぬ時に『やれることはやった』と言う」とか、「全身全霊で打ち込む」とか、言うのは簡単ですが、そして、結構、色々な人が様々な形で言っていますが、実現するのは非常に難しいことです。やはり、どこかで手を抜いてしまったり、疲れや身体の不調に負けてしまったり、現実の厳しさに折れてしまったり、様々なしがらみの中で妥協してしまったりしがちなもの。

 

そんな"命を懸けたぎりぎりの戦い"を展開する姿が映し出され、やはり、心動かされます。

 

治療を受けに行った先の外科医に諭される場面があります。医師は言います。身体的な負担が少ない演奏法に変えるべきだと、それでも、想いは伝えられると。頑張って演奏する段階から無理をしないで演奏する段階への進化。それを私たちはこの先目にすることができるのかもしれません。

 

そして、YOSHIKIとToshIがTAIJIの墓前で交わす言葉。「色々あったよね。」「でも、俺たち生きてるじゃん。」まさにその通り。生きてナンボ。"色々"が語られた後だけに、この会話が心に沁みました。

 

96分という短めの作品ですが、実に濃厚な内容でした。"WE ARE X"というよりは"X produced by YOSHIKI"といった色合いが濃かったですし、ほぼ存在が無視されているメンバーもいたりするのは気になりましたが、それでも、X JAPANについて伝えてくれる印象的な作品となっていたと思います。

 

ファンならもちろん、そうでなくても楽しめる作品だと思います。お勧めです。

 


公式サイト

http://www.toho.co.jp/theater/ve/wearex/

華氏451

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レイ・ブラッドベリの小説を映画化した作品。原作は未読です。

 

未来社会。消防車のような赤い車が出動していきますが、その目的は、本を燃やすこと。読書、本の所持が禁じられた社会で、書物を燃やす作業員、"ファイアマン"であるモンターグたちは、書物の所持を疑われる人物の家を捜索し、見つけ出した本を燃やし続けていました。モンターグは優秀なファイアマンとして上司からも高く評価されていましたが、ある日、自宅に帰るために乗車したモノレールの中でクラリスという若い女性と知り合ったことから書物に興味を持つようになり...。

 

"近未来"がやけに古臭くクラシカルに見えてしまうのは、本作が50年以上前、1966年の作品ですから仕方のないことなのでしょう。とは言え、やはり、映像の力というのは大きいもの。物語全体のリアリティが損なわれてしまっている感じは否めません。そもそも、SFというのは、最も時代の影響を受けやすい分野の一つということになるのでしょう。まぁ、本作の場合、それにしても、"消防車"や"消防士"の造形はチープな感じがしましたが...。

 

書物がダメなだけではなくて、文字がダメという世界。実際には、政府の側も文字がないと困るのではないかと...。彼らが必要としていた書類などを文字なしでどう補っているのか、相当にコミカルな手法が必要だったのではないかと思います。その辺りの愚かしさが今一つ伝わってこなかった感じがします。

 

また、愚民化政策は分かりますが、政府の命令に従わせ、国家運営のために必要な人材を確保するためには、"有能な労働者"は必要不可欠。書物や文書には、思想云々ということ以外にも、技術の伝達といった役割があるはず。権力に従わせるためには、権力の側の意図を理解し、それを推進するために役立つ労働ができる大勢の人間が必要なわけですが、文字なしでそうした人材を育成できるとは思えません。

 

消防車や火炎放射器などのメンテナンスにしても、消防士たちの勤怠や賃金の管理などについても、文字がないとかなり困ったことになるのではないかと...。

 

これは、原作の問題なのかもしれませんが、その辺りの設定にも無理があるような気がします。

 

とは言え、本作で扱われているテーマが、私たちにとって真剣に考えなければならない問題であることも確かです。特に、ネットで様々な情報を得られるようになった今、私たちは、意外に、じっくり考えながら文字を追うという行為から離れてしまっているような気がします。

 

冒頭の普通なら字幕で流すディレクター、プロデューサー、監督などの名前を音声で伝えるなど、文字のない世界の描写のための工夫は面白かったですが、一つの世界の構築という点で緩さが目立ってしまっていて残念でした。

 

モンターグの上司がやたらと書物の内容に詳しいのは面白かったです。彼は、どこでどうやってその知識を得たのか。単に取り締まりのためにどのような性質の書籍かを学んだというより、きちんと読み、内容を理解したうえでの発言のように思われました。物語の雰囲気から、文字が禁じられてからそれ程の年月は経っていないようにも受け取られます。上司の若い頃はまだ書物が禁じられておらず、彼は読書家だったということのかもしれません。彼の背景なども併せて描かれていれば、もっと物語に深みが出たような気もします。

 

本を守るために全て記憶し時代に伝えていこうとする"ブックマン"たちの活動も面白かったです。その中で、老人が自身が覚えた書物の内容を若き甥に伝達する場面があります。老人が伝える古びた表現を少年がイマドキの表現に言い換えたりするのですが、そこに、口伝の限界があるのかもしれません。

 

テーマ自体は面白く、書物に関するやり取りや、TVと人々の関係など、ところどころに興味を惹かれる部分もありましたが、物語の世界の構築に弱さがあり、それが作品全体の印象に大きく影響してしまっていて、そこが何とも残念でした。

バガー・ヴァンスの伝説

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スティーブン・プレスフィールドの小説を映画化した作品。原作は未読です。

 

1930年代のジョージア州サバンナ。天才ゴルファーとしてきたいされていたラナルフ・ジュナは、第一次世界大戦に出征した時のショックから立ち直れず、自堕落な生活をしていました。そんな中、かつてジュナと付き合っていた富豪の令嬢、アデールの父が、事業に失敗して自殺。アデールは、起死回生をかけたエキビションマッチを企画。巧みな交渉で当代きっての名ゴルファー、ボビー・ジョーンズとウォルター・ヘーゲンの出場を取り付けます。アデールは地元の英雄、ジュナも参加させようとしますが...。

 

タイトルに登場するバガー・ヴァンスは、予想よりずっと控え目に扱われていました。

 

基本的には、ジュナを中心とする物語なのですが、語り手であり、バガーの助手として物語に登場するハーディーも前面に出ていて、散漫な印象を受けました。

 

ジュナの再生とアデールとの関係修復、そこに力を貸すバガー、ジュナの“伝説”に関わったハーディーの物語。さらに、ハーディーの父やその他の人々の生き方を通して大恐慌という時代の波の中での人としての在り方を描いたということなのでしょうか...。

 

色々考えさせられる味わい深い物語だとは思うのですが、詰め込み感は否めません。そのために、全体に掘り下げが浅くなり、個々の人物についてあまり語られずに終わってしまった感じがして、淡々と左程目新しさもないストーリーを淡々となぞるだけの作品になってしまった感じがします。もっと、バガーを前面に出し、バガーとジュナとの関係に焦点を当て、ハーディーは語りに専念させ、アデールとの関係も背景に留めた方がタイトルに合った内容になったのではないかと...。

 

映像は雰囲気があって綺麗だったのですが...。

 

基本的には丁寧に作られていて、特別に悪くはなかったのですが、インパクトには欠けてしまっています。残念。