暗殺者の家

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暗殺者の家 [DVD]/レスリー・バンクス
¥540
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ローレンスは、妻のジル、娘のべティとサン・モリッツに滞在中、殺人事件に遭遇します。被害者の最期の言葉を聞いてしまったことからべティが誘拐され...。
 
20世紀初頭、ロンドンで、“画家ピーター”と呼ばれたアナーキストが政府要人暗殺を企て一軒の家に立てこもった事件をもとにして物語が作られているそうです。

本作は1934年に公開された作品ですが、1956年にヒッチコック自身により「知りすぎていた男」としてハリウッドでリメイクされています。
 
「知りすぎていた男」は、以前観ていますが、それに較べると素朴と言うか、初々しいと言うか、飾り気がないと言うか、アッサリしていると言うか...。

この二作品を見比べると、ヒッチコックの映画監督としての技量の向上や、時代の流れの中での映画関係の各種技術の向上が見えてきたりして、リメイク版と比較しながら観るのも面白いと思います。

暗殺団のボス、アボット役のピーター・ローレが不気味な存在感で印象的です。彼が登場するだけでサスペンスとしての味わいが深まっている感じがしました。
 
設定とか、捜査技術とか、犯人を追う方法が古臭い感じがしますが、それはサスペンスの宿命で仕方のないところ。そこに注文をつけるのは野暮と言うもの。第二次世界大戦前の作品だということを忘れずに観れば、十分楽しめると思います。
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サラエヴォの銃声

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第1次世界大戦開戦の引き金となったサラエヴォ事件から100年後の2014年6月28日、その現場からほど近い"ホテル・ヨーロッパ"は、記念式典の準備で大忙し。ジャーナリストは屋上で様々な立場の人に戦争に関するインタビューを行い、式典に招待された大物は演説のリハーサルに余念がありません。一方、賃金の未払いに業を煮やしたホテルの従業員たちはストライキを計画していて...。

 

1914年、オーストリア=ハンガリー帝国の継承者であったオーストリア大公、フランツフェルディナントと妻のソフィーを殺害したボスニア出身のボスニア系セルビア人、ガヴリロプリンツィプは、英雄だったのか、テロリストだったのか?どちらの側に視点を置くかによって評価は変わってきます。伊藤博文を暗殺した安重根が韓国にとってはヒーローでも、日本から見たら凶悪犯であるのと同じかもしれません。

 

正義と正義がぶつかれば多くの血が流れるもの。本作の物語の中では、対立軸が色々てあり、登場人物たちの多くはある面では加害者で、一方では被害者です。従業員vs支配人の構図では加害者な支配人も、対銀行という面では弱い立場にあったり、銀行の担当者もクビがかかっていたり...。

 

サラエヴォ事件について、ボスニア・ヘルツェゴビナの状況について知識があった方が理解しやすい内容だとは思います。けれど、敵対する勢力が緊張関係にある中で暗殺事件が起こり、世界大戦に発展し、今も争いの火種が残っているという基本だけ押さえておけば、置いてけぼりになることはないし、立場が変われば同じ出来事が全く違う色合いに見えてくるということを描いた作品として観れば、ボスニア・ヘルツェゴビナだけの特殊なものではない普遍的な物語として味わうことができると思います。

 

寛容が弱者の言い訳のように決めつけられ、“悪”を徹底的に叩きのめそうとする傾向が強まっている今こそ、不寛容と排除の果てにあるものをイメージする力を鍛え、よりよき世界を築くために何をすべきかを冷静に考えなければならないのでしょう。

 

本作で、親子てあり、同じホテルで働く同僚でもあるラミヤとハディーシャは和解します。同じ敵を持つことこそが、その理由だということなのだとしたら、哀しいことです。

 

インタビューをするジャーナリストとサラエヴォ事件の暗殺者/英雄と同姓同名の青年の会話が本作を貫くテーマを示し、そこにホテルの支配人vs従業員、支配人とラミヤ、ラミヤとハディーシャ、支配人と銀行の担当者やカジノの経営者の物語が重ねられ、加害と被害、対立と和解について考えさせられました。

 

舞台となっているホテルの名称を含め、細部まで練られていることもあって味わい深い作品となっていると思います。ホテル中を歩き回るラミヤの姿を追うことにより、作品の全体像を見せる構成も良かったと思います。

 

とても印象的な作品でした。お勧めです。できれば、サラエヴォ事件を含めたボスニア・ヘルツェゴビナの歴史について基本的な知識を確認したうえで観た方が、より楽しめると思います。

 

 

公式サイト

http://www.bitters.co.jp/tanovic/sarajevo.html

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第3逃亡者

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第3逃亡者 [DVD]/GPミュージアムソフト
¥3,024
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ジョセフィン・ティーの小説をもとにした作品。原作は未読です。

ロバートは、砂浜で遺体となった女優を見つけ、警察に届けようとします。ところが、その様子を“逃げた犯人”と勘違いされ、そばに落ちていたコートを証拠とされ、逮捕されてしまいます。彼は無実を主張し、裁判所から逃げ、警察署長の娘、エリカの手を借りて真相を解明しようとしますが...。

“殺人犯”を安易に放置したり、簡単な変装と言えるレベルでもないことで誤魔化されたり、いくら何でもな部分があり過ぎますが、時代とこの手の事件になれていない田舎町の長閑さってことでしょうか...。
 
それはともかく、ヒッチコックお得意の“巻き込まれモノ”ということもあり、抜群の安定感です。こうした推理モノは特に進歩が著しく、時代的にどうしても古さは感じさせられますが、ハラハラドキドキ場面がありながらも安心して観られる作品となっています。
 
個々の心情描写も浅かったりしますが、エリカの溌剌とした可愛らしさもあり、気軽に楽しく観られました。
 
バンドのメンバーの何人かが、顔を黒く塗っていましたが、“ラッツ&スター”の先輩がいたのですね。。。

 
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山羊座のもとに

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1831年シドニー。アイルランドの富豪の娘、ヘンリエッタは、彼女の兄を殺してオーストラリアに流刑になった馬丁のサムと恋に落ち、結婚。やがて、サムも土地の名士に成り上がります。幼なじみのチャールズが、彼女を訪ねると、アルコールに溺れ、家政婦ミリーに怯えていて...。

 

オーストラリアが、植民地とした広大な土地を拓くために大量の犯罪者が送り込まれた流刑の地だった頃のお話です。

 

必死に働いてオーケストラで成り上がったサムですが、宗主国であるイギリスの階級社会が持ち込まれていて、その実力と功績に見合った扱いを受けられず、上流からは完全にはじかれています。

 

階級差を超えた夫婦といえば「レベッカ」が思い起こされますが、本作が1949年で「レベッカ」が1940年の作品です。9年を経て、中心となるヘンリエッタとサムの関係に、サムと彼に横恋慕するミリーの階級差が絡みます。


無実の罪を被り、ヘンリエッタに献身した"下賤"のサムと兄を殺すという罪を犯した"名家の出の貴婦人"ヘンリエッタ。善良なサムを救うのは、彼自身の実力や人柄の良さではなく、チャールズの"紳士の名誉"に賭けた誓いだというのも、階級社会への皮肉が感じられます。

 

身分さを超えるというのは、やはり、なかなか難しいもの。作中でも、サムとヘンリエッタ、サムとチャールズの間で何かと擦れ違う場面がありますが、生活の端々で階級の差による価値観の差や感覚の違いが現れ、違和感が次第に膨れ上がっていくものなのでしょう。

 

けれど、そんな多くの困難を越えて愛が勝利する...のは、いかにもメロドラマだったりします。ヘンリエッタと女中たちの対決場面やドロドロとした情念が渦巻いていることを感じさせますし、犯行が目撃される場面はサスペンスのドキドキハラハラ感があるのですが、メロドラマ部分、特にサスペンスの要素が入ってくるまでの部分は、テンポが緩く間延びした印象を受けました。

 

いくら病んでやつれた姿になっているからといって、イングリッド・バーグマンに「私には女としての魅力がない」何て言われた日にゃどうすればいいのか分からなくなったりはしますが、物語自体は、結構、面白かったと思います。

未来よ こんにちは

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パリの高校で哲学を教えているナタリーには、教師の夫と独立している2人の子どもがいます。年老いた母親の面倒をみなければなりませんでしたが、充実した日々を過ごしていました。ところが、バカンスシーズンを前に、突然、夫から離婚を迫られ、母は他界、仕事も時代の波に乗りきれず...。

 

学生時代を終え、仕事に就き、結婚し、子育ても一段落し、色々あるけれどそこそこ安定した生活を手に入れ、何となくこのままの生活が続いて行くのだと思い始めたら、そうは問屋がおろさなかった...というお話です。どこかで聞いたような話ではありますが、特にナタリーの年代を経験した人にとって身につまされるものがあります。

 

日本では、熟年離婚という言葉ができて久しいワケですが、本作で離婚を突き付けられるのは、妻の側。母の介護問題や仕事の面でのアレコレを抱えている時の青天の霹靂なのですが、ナタリーは感情的になることもなく、少なくとも表面的には平静です。時に弱さを見せる場面もありますが、人におもねることもなく、けれど、ヘンに肩肘張ることもなく凛として自身の道を歩もうとする姿は眩しかったです。

 

ナタリーを演じたイザベル・ユペールが、ナタリーの繊細さと逞しさをバランスよく表現していると思います。静かで地味な表現ですが、もう若くはない自分に気づき、老いを感じ始める時期にいるナタリーの揺れが伝わってきて、説得力が感じられました。

 

年を重ねていけば、どこかで老いの問題と向き合わざるを得なくなるものです。そして、どう抗っても若者との感覚の違いは出てきます。老人もかつては若者で、その前の世代を古臭く感じたりしたはずで、そうした世代間のズレは、時代を超えて存在するもの。はるか昔から、年寄りたちは、"今時の若者"のしょうもなさを嘆いてきたのですから。

 

これからも、若者たちは年寄りを煩く感じ、年寄りは若者たちを胡散臭く思い、けれど、世の中は変わったり変わらなかったりしながら続いていき、新しい世代に受け継がれていくのでしょう。

 

ナタリーの近くに、認知症の母とかつての教え子である若者を配し、最後に孫も登場させたことで、世代間のズレのようなものや人の世が続いていく感じが、物語の中で自然に表現されていたと思います。

 

ナタリーのように、ちょっと先の老後に向かっていきたい、そんな風に思えてきて、清々しく観終えることができました。

 

一度は観ておきたい作品だと思います。

 

ただ、一点。猫アレルギーというナタリーが、何でもなく普通に猫を抱きしめたりしているのですが、あれは何だったのでしょう?

 

 

公式サイト

http://crest-inter.co.jp/mirai/

上海特急

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北京から上海に向かう特急列車。一等車には、、社交界で浮名を流すマデリンこと上海リリー、若い中国人女性、フイ・フェイや、大金持ちらしいヘンリー・チャン、博打好きのサム・サルトといった人々が乗り合わせていました。上海リリーは、車内でかつての恋人、英国陸軍の軍医、ハーヴェイ大尉と再会し...。

 

本当は愛している相手に連れなくするツンデレな役柄はマレーネ・ディートリッヒの得意技。この流石なディートリッヒを見るための作品といったところでしょうか。よくよく冷静になってみると、特別美人とも思えないディートリッヒですが、その怪しげで妖艶な雰囲気、際立って放たれるオーラが、彼女を絶世の美人に感じさせるのかもしれません。そして、何も語らず、愛する人からの純粋な信頼感に全てを賭ける潔さ。

 

ただ、一方で、ハーヴェイが間が抜けた感じです。作中でもマデリンの心の内を知る乗客のカーマイケルに指摘されていますが、おバカな感じが否めません。どうも、マデリンとの釣り合いが取れない感じがあり、恋が成就するにも拘らず、メロドラマとしては今一つハッピーな味わいの薄いエンディングになってしまったような...。

 

フイ・フェイが何故、チャンを殺したのかについても、どうやって、チャンに近付いたのかも、適当に流された感じ。ディートリッヒが映らない場面の処理は刺身のツマ扱いといったところでしょうか。

 

まぁ、ストーリーの面でも演出の面でも、全て、ディートリッヒを如何に美しく際立たせるかということが最優先課題になっていて、少なくともその点については成功していると言ってよい作品だと思います。そして、本作のディートリッヒは、全てを捧げられるに値する存在感を発揮していると思います。

 

ディートリッヒの最高の一本と言ってもよいでしょう。ディートリッヒを堪能するために観る価値ある作品だと思います。

スーサイド・スクワッド

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スーサイド・スクワッド ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Bl.../ジェイ・コートニー
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世界崩壊の危機に当たり、政府は、最強のスナイパーであるデッドショットや、ジョーカーに夢中のハーレイ・クインなど、服役中の悪党たちによる特殊部隊"スーサイド・スクワッド"を結成。命令に背いたり任務に失敗すると自爆装置が作動するという状況で、寄せ集めの悪党たちが戦いに挑み...。
 
”毒は毒を持って制す”は分かるのですが、この“最凶の極悪人”たちが、ヘンにイイ人な面をポロッと出してしまいます。それ自体はアリだと思うのですが、その切り替えが行き当たりばったりで違和感がありました。特に、デッドショット。ウィル・スミスが演じていると、やはり、なかなか悪人には見えません。本来、善人だった者が、何らかの出来事をきっかけに悪になったのなら、部隊にリクルートする時にそこをつくべきだったでしょうし、根っからの悪ならそう簡単にしんみりしないで欲しいです。超人的な能力の持ち主とそうでないレベルのはずのハーレクインが同じような戦い方をするのも違和感ありました。普通の女の子がバッド振り回して何とかなるレベルの敵なら、掟破りの部隊を編成する必要はありません。それぞれの能力に合わせた戦い方をを見せて欲しかったです。キャラクターの設定が全体に雑な感じがしました。

中心となるはずのスクワッドのメンバーのキャラクターが曖昧なために、それを取り巻く面々のキャラクターも曖昧になってしまって、全体にダラダラした感じになってしまっています。

 

もっと個々のキャラクターを明確にして、対立の構造を明確にし、コミカルな表現をチリ入れた方が楽しめる作品になったのではないかと思うのですが...。

 

続編が出てきそうな終わり方も気になりました。この雰囲気では、面白くなることは期待できないような感じで...。

 

気本的な設定は面白くなり得るものだったと思うのですが、それだけに残念です。

ふきげんな過去

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「ふきげんな過去」スタンダード・エディション [DVD]/兵藤公美
¥4,104
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東京、北品川。ある日、女子高生、果子の前に、18年前に亡くなったはずの伯母、未来子が現れます。ある事件で警察に追われる未来子が果子の実母だという告白に果子も周囲もうろたえます。自分の部屋に住みついた空気を読めない未来子に、果子は苛立ち...。
 
“伯母”が“未来”で娘が“果子(過去)“というのは面白いのですが、“捻りました!!”という気合いの入り過ぎた力みも感じられ、鬱陶しかったりもします。
 
将来、果子は未来子になる。未来子はカナ(彼方?)へ行き、カナは果子になるのかもしれません。いつもの日常をツマラナイものと片付けるのか、そこに面白さを見出だすのか、退屈を打破し楽しいものに変えるのか...。同じ空間を生きながら違うものを見ている未来子と果子とカナ。3人が並ぶシーンがいくつかあるのですが、なかなか意味深だったりします。
 
昔の誘拐事件や喫茶店の謎の男やワニなど、様々な小道具も散りばめられ、観る者の興味を引きます。
 
ただ、こうした“ワザ”は、巧く処理しないと肩肘張った面倒臭さを感じさせる原因になるワケで、本作もそこでやらかしてしまった感じがします。
 
登場人物たちも、妙にアレコレ理屈を捏ねたりするのですが、ヘンに醒めていたりもして、それぞれが微妙にバランスが悪く落ち着きません。
 
シュールな空気感は悪くはないし、未来子役の小泉今日子も、果子役の二階堂ふみも良い感じだったのですが、エンターテイメント作品として昇華しきれていない不全感が残りました。
 
観るにしても旧作扱いになってからのレンタルで十分かと...。

わたしは、ダニエル・ブレイク

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イギリス、ニューカッスル。59歳のダニエルは大工の仕事に就いていましたが、心臓の病でドクターストップをかけられてしまいます。失職した彼は国の援助を受けるため手続きしようとしますが、制度があまりにややこしくて途方に暮れます。そんな中、ダニエルは2人の子どもを持つシングルマザーのケイティと出会い...。

 

“ちゃんと答える”ことを要求しても、“ちゃんと聞く”ことはしようとしない担当者。お役所というものは洋の東西を問わずこう言ったものなのでしょうか。本作でダニエルたちに対応しているのは役所から委託を受けた会社の人々ですが、"手先"であるが故にお役所以上にお役所的になっていたりするのかもしれません。

 

不正に福祉の恩恵を受けようとするのは犯罪だけれど、どんな社会にも狡い人はいるワケで、不正をゼロにしようと皆を疑ってかかれば、本来、保護されるはずの人が弾かれてしまい、不正防止のコストがどこまでも嵩んでしまいます。コストをかけずに不正を防ごうとすれば基準を単純明確にすることになり、本来救済されるべきダニエルやケイティのような者たちを取りこぼすことになります。多少の不正は“コスト”と割り切らないと制度が本来の役割を果たせなくなってしまいます。

 

イギリスが、手厚い福祉制度が整えられ、“揺り籠から墓場まで(生まれた時から死ぬまで)”国民が守られている国だったのはずっと昔の話。特に財政赤字削減を公約に掲げたキャメロンが首相になった2010年からの5年以上にわたる緊縮財政と社会保障制度改革の結果、"指1本動けば就労可能"と皮肉られるくらい厳しくなっているとのこと。そんな中で犠牲になっているにが、ダニエルであり、ケイティであり...。

 

けれど、ダニエルの場合、周囲に助けてくれる人はいました。隣に住む"チャイナ"も、ケイティも、手を差し伸べたことでしょう。ケイティの娘が、ダニエルに言う「自分たちにダニエルを助けさせて欲しい」というようなセリフがありますが、対等な"お互い様"の付き合いをするなら、"助けてもらう勇気"も必要なのだと思います。ダニエルが、もう少し早くその決意をしていれば、展開は変わったことでしょう。

 

社会保障制度を充実させ、弱き立場に置かれた者たちが救われる社会を作ることも大切。けれど、個人と個人の繋がりの中での助け合いも必要不可欠。むしろ、痒い所に手が届く援助は個人的な関係の中でこそスムーズにできるのかもしれません。そして、弱い立場に置かれた者が理不尽な制度を変えるためには連帯が必要なのだと思います。"貧しき人々"がダニエルの抗議にエールを送る場面も印象的でした。

 

今は元気に働いていても、お金や力を持っていても、何らかの理由でそれを失う可能性はあるのです。社会保障制度は、今弱い立場にある人々だけでなく、皆が安心して学び、働き、生活する社会を築くために必要なのです。ダニエルの救済は、彼だけでなく、私たちのためでもあるのだと思います。

 

分かりやすい救いはありませんでしたが、人の温かさや可能性も見せてくれる作品でした。

 

一度は観ておきたい作品だと思います。

 

 

公式サイト

http://danielblake.jp/

深夜カフェ

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深夜カフェ [DVD]/安井紀絵
¥4,104
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深夜に営業するカフェ。4杯の珈琲からなる4つの物語が描かれます。
1杯目"若い夫婦"想い出の場所を巡るデートをする若い夫婦、直樹と智子。幸せそうな2人ですが、実は智子は病気を抱えていて...。 
2杯目"誕生日"もうすぐ30歳になる有希。恋人はできるのですが、長続きはしません。友人たちは結婚ラッシュ。そんな中ようやく運命の人、信吾に出会ったと思ったら、元恋人の光と再会し... 。 
3杯目"不自然な愛 自然な恋 または君のためのラブ"哲とマサルは親友同士ですが、それぞれ相手に言えない秘密を持っていて...。 
4杯目"長いお別れの再会"小説家学校で教えている前田由紀子の最後の授業。由紀子は、自身の罪を回想しながら授業を終え、久し振りに深夜のカフェに行き...。
 
タイトルとあらすじに興味を惹かれて観たのですが...。結構、感想を書くのに困るような...。
 
それぞれ、物語は悪くなかったと思います。まぁ、ありがちではありますが、それなりに物語としては心に響いてくるものもありました。愛と優しさと温もりが感じられましたし...。
 
でも、見せ方は...。折角の物語が活かされていない感じがします。
 
映像の取り方の問題もあったと思います。1杯目のカフェでのシーンは、カメラが窓越しの離れたところで固定されていて、肝心の表情が見えません。特に直樹はほとんど背中しか見えませんでしたし...。互いへの想いが溢れ出る場面なので、しっかりと2人の表情を見せて欲しかったです。逆に2杯目では、カメラが人物に寄って動きすぎて何だかよく分からない感じになってしまっていました。
 
演出も不自然で気になる場面が多かったですし、演技陣の演技にも問題はあったのだと思います。1杯目は雰囲気に比べ、セリフが明瞭過ぎて違和感ありましたし、演技という点においては全体的に残念な感じが否めません。
 
音楽も場面と合っていないことが多かったです。
 
いろいろと問題が多く、時間が長いわりに薄っぺらな印象が残ります。あまりに残念。このストーリーであれば、もっと胸に沁み込むような作品にすることができたはずだと思うのですが...。