ウィンター・ソング

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香港の人気俳優、李見東(リン・ジェントン)と中国の有名女優、孫納(スン・ナー)は、孫納主演の映画を何本も撮っていて、彼女と関係がある聶文(ニエ・ウェン)監督のミュージカル映画「私を忘れないで」で共演することとなります。映画は記憶を失いサーカス団に拾われた娘、小雨と幼なじみの恋人、張揚、そして娘の現在の恋人であるサーカス団の団長の三角関係を描いたもの。団長役の俳優が仕事を降りたことから、聶文が団長役を演じることになりますが、実は李見東と孫納は10年前に別れた恋人で...。

 

過去の李見東と孫納、現在の李見東と孫納と聶文、そして、映画の中の小雨(シャオイー)と張揚(チャン・ヤン)と団長のそれぞれの物語が重なります。

 

今も過去を引きずる李見東と昔を完全に忘れたように冷たく無表情な孫納。きちんと俳優としての成功を収めたように見受けられる李見東が、何故、過去の恋愛にそこまで固執し、器の小ささ全開の鬱陶しい意趣返しをしようとするのか...。いい大人になっても好きな女子についつい意地悪をしてしまうお子ちゃまなヤツなら、彼を捨てた孫納は大正解だったと思ってしまいます。孫納が彼を捨てたことを後悔するような大きな成功を収め、上昇志向の強い孫納にとって、夢のために利用したくなるような大物になることこそ、"魅力的な男"の目指すべきことではなかったのか...。この李見東の情けなさが、ラブ・ストーリーの魅力を減らしている気はしますが、そこは、彼を演じた金城武が自身の魅力で補っているといったところでしょうか...。

 

で、そんな李見東に比べて聶文が渋さを見せています。孫納が何のために自分と関係を持っているかを十分に理解し、李見東の想いも理解しながら、孫納の成功のために力を尽くし、孫納に対し愛情も感じつつ受け入れている懐の深さ。聶文役のジャッキー・チュンの歌が見事でした。彼がサーカス団長役になってからのミュージカル部分は、彼が作品の中心になっていました。

 

雪景色の回想、華やかなミュージカル、寂しげな空気が漂う現在、3つの物語が細かく入り混じるのですが、それぞれのシーンの色合いが変えてあるので、分かりにくくはありませんでした。ただ、本作の構成が、この物語を描くうえでプラスになっているかというと疑問。ちょっと場面の転換が目まぐるしかったですし、技巧が前面に出過ぎた感じがしました。

 

映像は美しく観ていて引き込まれます。特に氷上の抱擁シーンは心に残りました。ただ、その映像も、全体に美しさを追求しようとすることに重きが置かれ過ぎた感じはします。

 

特におすすめというワケでもないですが、レンタルのDVDでながら観には悪くないかもしれません。

 

 

 

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歌声にのった少年

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ガザを脱出し、エジプトで人気のスター発掘番組"アラブ・アイドル"で勝ち抜きスターとなっていく実話を映画化した作品。

 

ガザ地区に生きるパレスチナ人の少年、ムハンマドは、姉のヌールに押し切られる形で友人のヌマル、アハマドの2人を含めた4人で組んだバンドのボーカルとして人前で演奏してお金を稼いでいました。人前に出ることが苦手なムハンマドでしたが、彼の歌の才能を信じるヌールは、いつの日か、彼をスターにしたいと願っていました。けれど、ヌールは病に侵されていて...。

 

ムハンマドの家は、多分、それ程、経済的に貧しいというワケではないのでしょう。生活すること自体に経済的な困難を抱えている様子はありませんし、ヌールたちが楽器を持てないのも、家が貧しいからというよりも、父親が音楽活動を嫌うから。とは言え、ヌールの治療についても、ムハンマドの将来についても、ガザ地区の置かれた状況による影響は感じられます。

 

そして、ヌールの葬式の場面の直後、青年のムハンマドが登場するのですが、ヌールの死とともに彼の少年時代が終わったということなのかもしれません。青年になったムハンマドのタクシーが走る町は瓦礫だらけ。ガザが置かれた状況が如実に伝わってきます。

 

ムハンマドの一番近くにいて、彼をスターにしたいと願ったヌールや彼女の"透析仲間"であるアマルたちが彼に託した想いが丁寧に描かれ、自分の力で何をどうすることもできないような中、歌を続ける気力も失い、タクシーを運転しているように見受けられるムハンマドが、ガザの人々の希望となる背景が痛々しい程伝わってきて、心に沁みます。

 

ムハンマドは、偽造ビザを手に入れて国境を越え、オーディション会場を目指します。検問でビザの真偽を問われた時には正直に偽物であることを告白し、手に入れられなかったオーディションのチケットが目の前に落ちていたのを見つけた時も、自分のものとするのではなく持ち主に返します。かなり必死な想いで、命を賭けてやってきたにも拘らず、誠実さを保とうとする彼の行為があればこそ、神も彼を救ったということなのかもしれません。

 

なかなか光が見えてこない中、ムハンマドの存在は、大きな希望に違いありません。例え、それだけで、ガザの環境が大きく改善されるということにはならなくても、ちょっとした希望が持てるだけでも画期的と言わざるを得ない現状は、それ自体が、ガザを取り巻く状況の厳しさを示してもいます。

 

あまりに大きな期待を背負わされたムハンマドは、時に押し潰されそうになりますが、それでも、自らの意思で、運命に立ち向かい、自身の置かれた立場を受け入れていきます。彼が、その強さを得られたのは、ヌールとアマルの存在があったればこそ。

 

1人の"奇跡のスター"が生まれた背景と彼が負った物の大きさ、重さが伝わってきて、胸に沁みる作品となっています。

 

物語のテンポがよく、物語自体は軽快に進んでいくので、ともすれば、そこに描かれている過酷さを忘れてしまいそうになりますが、現状の厳しさを示す映像が巧く織り交ぜられ、現実に立ち返らされ、ところどころ泣かされました。全体にバランスの取れた作品となっていると思います。

 

観ておいて損はない作品だと思います。

 

 

公式サイト

http://utagoe-shonen.com/

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BU・SU

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BU・SU [DVD]BU・SU [DVD]
3,990円
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高校3年生の麦子は、父の死後、性格が荒み、海沿いの田舎町でスナックを経営する母親との仲が悪化します。東京の神楽坂で置き屋をしている叔母の元に移り住み、鈴女(すずめ)という名をもらって芸者見習いとして修業しながら東京の高校に通うようになります。高校でも他人に心を開かない性格は相変わらずで、必要最低限のことしか喋らず、ほとんど笑顔を見せることもなく...。

 

何故、麦子が東京に来ることになったのか、"いろいろあった"そうですし、家を出る時の母との間に流れる空気、神楽坂で生活するようになって母からかかってきた電話への受け答えなどを見ると、事情があったことは分かるのですが、何があったのか具体的には触れられません。

 

説明的な表現は最小限で、美しい映像が物語を紡いでいきます。何がどうなっているのかが分からないということもないのですが、登場人物たちの心情など、想像で補いながら観ることになります。

 

勉強にも、学校での活動にも、芸者修行にも身の入らなかった麦子ですが、"八百屋お七"を踊ると宣言して、麦子は、"覚醒"します。この踊ると決めたきっかけは、あまりに唐突な感じもしましたが、人生なんて、意外にちょっとしたことで、大きく変えられたりするものかもしれません。

 

文化祭での展開はちょっとふざけ過ぎた感じがしなくもありませんが、八百屋お七を見事踊り終えて大成功!!万々歳!!!という安易な流れにならなかった点も良かったと思います。

 

人と人が影響しあい、変化が連鎖していく...。その変化が進歩なのか、後退なのかは別として、こうした変化を繰り返しながら、それぞれの在り方を見つけるとともに、人には様々なあり方があることを理解できるようになり、人は大人になっていくのでしょう。

 

1987年の映画。その頃、青春だった人(40代半ば位~50代前半位?)が観るととっても懐かしく、若さに輝き、未熟さに悩んでいた時代を思い起こせる作品だと思います。

 

麦子を演じた富田靖子が輝いています。無表情でムスッとした感じが確かに"BU・SU"でしたし、それとは対照的なエンドロールでの晴れやかな表情も爽やかで可愛らしかったです。拗ねてムスッとして周囲の好意もはねつけ孤立していた麦子が、魅力的な笑顔を見せた時、それは、自身の人生を受け入れ、社会と繫がりを持つことを決めた瞬間でもあったのだと思います。

 

特に傑作とか、強く印象に残る作品というワケでもありませんが、それなりに楽しめました。観ておいて損はないと思います。

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1978年に起こった韓国の国民的女優、崔銀姫(チェ・ウニ)と映画監督、申相玉(シン・サンオク)の北朝鮮拉致事件を追ったドキュメンタリー作品。

 

1978年、香港に滞在していた韓国の女優、崔銀姫は、突然、ホテルから姿を消します。彼女は、1953年、映画監督の申相玉と結婚していましたが、夫の浮気のため、1976年に離婚していました。韓国には、2人が養子として迎え入れていた子ども2人が残され、その子どもたちのため、申相玉は、元妻を探しますが、彼も姿を消してしまいます。数年後、2人は北朝鮮で再会。金日成の要請により映画を撮り始め...。

 

拉致された申監督、北朝鮮で、案外楽しそうにやっていたような印象もありますが、拉致された当時の韓国は朴正煕大統領の軍事政権下にあって、自由に映画を撮れる状況にはなく、その上資金難。むしろ、北朝鮮での方が自由に、余計なことに煩わされずに映画を撮ることができたのかもしれません。もちろん、その背景には不満や脱出への願望を抱えていることを表に出せない状況があったことでしょう。そして、絶えず監視される生活は相当に辛かったと思いますが...。

 

この状況の中で、北朝鮮映画の最高傑作とも言われる「プルガサリ~伝説の大怪獣~」が生まれています。その制作には、東宝の1984年版のゴジラのスタッフも関わっています。(彼らは、拉致されたわけではなく、普通に呼ばれたそうですが...。)日本では特撮の仕事があまりなかった頃、北朝鮮では予算を制限されることもなく思う存分仕事ができたそう。どんな環境であれ、物を作る人間にとって、余計なことを考えず思うように好きなものを作れるというのは、ワクワクする体験なのでしょう。

 

拉致されたことの悲劇と、そこで与えられた好環境での高揚とが描かれ、また、金日成の非道と不幸を描き、人間の心理の複雑さのようなものも見せてくれます。この点が、本作を単に、裏事情の暴露物に終わらせなかった要因になっていると思います。

 

で、この拉致事件の首謀者だった金日成。独裁者の息子として生まれたが故に独裁者としての道を歩み、独裁者らしく好き勝手に生きた(ように見える)ワケですが、政治にはあまり興味がなく、本当は政治より映画を手掛けたかったとのこと。映画製作者として才能がどれ程のものだったのかは分かりません。少なくとも、彼が後ろ盾となって作られた映画は、彼や父親の権力が背景にあったからこそ撮影できたわけで...。

 

金日成は、2人を拉致しておきながら、健康を気遣う優しさも見せたりします。拉致され、監視されていることが健康を損ねる大きな原因になっていることに想いを寄せることはできないのでしょう。北朝鮮の映画は同じようなもばかりで面白くないという不満も漏らしていますが、それも、北朝鮮の製作陣が金日成の意向を気にするが故。自業自得なのですが、そのことに気付けないのか、気付かない振りをしているのか...。

 

西側へ脱出するために行動している際も、命の危険と隣り合わせの緊迫した状況の中、その状況を「映画みたい」と感じたり、映画にする際のカット割りを考えたり...。2人とも、どれだけ映画に情熱を持っていたかが伝わってきますし、北朝鮮で、その映画への熱意が刺激された部分が大きかったであろうことも想像されます。

 

北朝鮮で、3年間に17本の映画を撮影したというのですから、ものすごい勢いです。映画を撮ることだけが拉致された辛さを薄められたのかもしれませんが、かなり映画制作に没頭した日々だったことが想像されます。その後、解放された後は、映画に関わる仕事でそれなりに活躍もしていたようですが、監督としては目立った業績を残していないことを考えると複雑なものがあります。

 

テープに録音された自分の話し方に強いコンプレックスがあったと言われ、国民の前で肉声を披露することもほとんどなかった金日成の声を聞けるのも、本作ならでは。謎に包まれた北朝鮮という国の一面を窺い知ることができるという点でも貴重な作品と言えると思います。若干、奥歯にモノが挟まった感もないではありませんが、それは、致し方ないところでしょう。観ておいて損はない作品です。

 

 

公式サイト

http://www.shouguneiga.ayapro.ne.jp/

ストロンボリ

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第二次世界大戦後、ローマの収容所には戦争で家族を失った者など、様々な国籍の女たちが収容されていました。女たちは、柵の向こうにいる捕虜の兵士たちを訪ね、やがて開放される彼らに取入って、収容所を抜け出そうと必死でした。戦争で夫を亡くしたカレン(バーグマン)はイタリア人兵士アントニオの気を引くことに成功。アントニオと結婚し彼の故郷、ストロンボリ島で新婚生活を始めます。けれど、そこは度重なる火山の噴火のため、土地がやせ、離島する人も多いような貧しい漁村で、彼女が夢見ていた"文明社会"での生活とは程遠く...。
 

カリンの"脱出"への強烈な意思が伝わってきます。最初は収容所から、そして、島から。収容所から出るためにアントニオと結婚し、島から出るために神父を、灯台守を利用しようとし、必死に神に縋り...。身勝手とも思われますが、そもそも彼女が夫を失い、収容所に入れられるような状況になってしまったのは、彼女の責任とは言えないワケで...。理不尽に運命に翻弄される中、よりよい生活を求めて必死に生き抜いていく姿は、むしろ清々しくもあります。

 

まぁ、そんなカリンに関わってしまったアントニオは大変です。マドンナを手に入れた幸せを一瞬味わうことはできたのかもしれませんが、島の生活に馴染もうとせず、カリンを疎ましく感じている周囲との間に入って板挟みになってしまう哀しさ。カリンのために必死に努力を重ねても、その想いは届きそうにありません。

 

カリンの不幸は、周囲も巻き込み、アントニオはもちろん、彼女の闖入によってかき乱された島の人々をも巻き込んでいきます。その辺りの葛藤が実にリアルでヒリヒリと伝わってきます。

 

いよいよどうにもならなくなったところで、神に縋るカリン。それを信仰と言ってよいのかどうか分かりませんが、本来、祈るという行為は、自分の力ではどうにもならなくなったところに発生するものなのかもしれません。その懸命な祈りに神は応えるのか、それとも、あまりに身勝手だと退けるのか...。いずれにせよ、彼女の生き抜こうとする意志は受け容れられたようです。

 

カリンは、夫の元へ戻るのか、灯台守と島を出るのか、明確な結末は示されません。けれど、どのような道を進むにしろ、力強く、逞しく、生き抜くのであろうことは想像されます。

 

カリンを演じるイングリッド・バーグマンが実に美しく印象的なのですが、映像としては、マグロ漁の場面が素晴らしく、物語云々より、漁の迫力が全てを持って行ってしまってる感は否めません。この映像、例え、作品全体のバランスを崩すことになっても捨てがたい部分だったのかもしれませんが...。

 

マグロ漁とイングリッド・バーグマンを観るための映画ということになるのかもしれません。まぁ、それだけでも観て損はない作品だとは思います。

ハドソン川の奇跡

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"ハドソン川の奇跡"として有名になったUSエアウェイズ1549便がハドソン川に不時着水した事故について、事故機を操縦していたサレンバーガー機長の手記を基に映画化した作品。手記は出版されていて、日本語訳も出ていますが、未読です。

 

2009年1月15日、真冬のニューヨーク。ベテラン操縦士サレンバーガー機長(トム・ハンクス)は、いつものように操縦席へ向かい、いつものように飛行機は無事に離陸します。けれど、マンハッタンの上空わずか850メートルという低空地点で、数羽のカナダガンがエンジンに飛び込み、左右のエンジンが両方とも停止してしまいます。そのまま墜落すれば、乗客はもちろん、ニューヨーク市民にも甚大な被害が及ぶ状況で、彼はハドソン川への着水を決断し...。

 

サレンバーガー機長が、国家運輸安全委員会での厳しい追及に負けなかったのは、プロとしての仕事をしたという自負だったのでしょう。そして、自身が行ったはずの最善の対処について疑いをもたれても、自身の努力や懸命さといった感情面、精神面を主張するのではなく、冷静に理詰めで相手を納得させていく姿勢が印象的です。

 

まぁ、国家運輸安全委員の面々の"意地の悪い非難"も、プロ意識がそうさせたという部分はあるのでしょう。取り敢えず死者が出なかったのだからなぁなぁでコトを収めようか的な形で済ましてしまっては、それが、どこかで大きな事故に繋がる可能性があるのですから。サレンバーガー機長も、"それが彼らの仕事だから"と受け止めていて、カッコよかったです。この理不尽な追及に対しても冷静に対処し、危機を乗り越えていく姿は、飛行機を無事着水させた姿に重なります。

 

それにしても、サレンバーガー機長を演じたトム・ハンクスその人の雰囲気は、どんなに危ない状況でも必ず無事帰還する感がたっぷりです。まぁ、実話ベースの物語で、一人の死者も出なかった事実を知っていて観るワケですから、それで何の問題もないのですが...。機長たちが受ける事情聴取があまりに理不尽で、結果を知りながら観ていても辛いものがあるのですが、もし、機長役がトム・ハンクスでなかったら、映像から目を背けたくなったことでしょう。

 

映像が現れる前、配給会社のロゴとともに、声が入ってきて、いきなり事故が起こり、冒頭の分部で一気に物語の世界に引き込まれます。そして、事故の状況、事故後の機長のプライベート、安全委員会での追及と事故の検証について描かれていくのですが、巧みな構成に集中力が削がれることなく、最後まで物語の世界に浸ることができました。

 

しっかりとエンターテイメントしていて、しかも、登場人物たちの背景について、彼らの行為について、いろいろと考えさせられる味わいの深さがありました。大げさな演出もなく、割と淡々とした描き方になっているのですが、テンポも良く、物語や登場人物たちの心情がすんなりと入ってきて、心揺さぶられる作品に仕上がっていました。

 

是非、観ておきたい作品だと思います。

 

 

公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/hudson-kiseki/

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"VECUA Honey(ベキュア ハニー)"は、基本的にはコスメのブランドで、オーガニックの蜂蜜を配合した化粧品などを出しているのですが、"Honey Marche(ハニーマルシェ)"という食べ物や雑貨のシリーズがあり、その中で、この"ナッツの蜂蜜漬け"が取り扱われています。

 

知り合いにいただいて、初めて食べたのですが、美味しくてびっくり。その後、時々、行くところにお店が入っていることを知り、たまに買っています。

 

ハンガリー産、ルーマニア産の蜂蜜に鳥取県大山産の蜂蜜をブレンドし、そこにアーモンド、カシューナッツ、クルミ、マカデミアナッツの4種類のナッツを漬け込んでいます。

 

そのまま食べても良いのでしょうけれど、ヨーグルトに入れたり、パンケーキやトースト、フレンチトーストにトッピングしたり、グラノーラにつけたしたり...。いろいろな楽しみ方があります。

 

ナッツ類が思いの外、柔らかく、それぞれの風味を残しながら、蜂蜜にしっかりと馴染んでいます。

 

脂肪が多いというイメージの強いナッツですが、その脂肪分は身体に良いとされる不飽和脂肪酸だし、悪玉コレステロールを減らすと言われているオメガ3が含まれているし、ミネラル豊富だし、蜂蜜はしっかり甘いのに低カロリーで脂肪として蓄えられにくいし、ミネラルやビタミンたっぷりだし、健康的でダイエットにも良い優れもの。で、美味しいとなれば文句なし。

 

瓶の形もポテッとした可愛らしい感じで、ちょっと嬉しかったりします。

 

デパートなどでも販売されていますし、公式サイトからの購入もできます。

 

 

公式サイト

http://www.vecua-honey.com/

1970年10月4日、27歳で夭折した女性ロック・シンガー、ジャニス・ジョプリンの半生を描いたドキュメンタリー作品です。

 

家族、バンド仲間、かつての恋人...。ジャニスの周辺にいた人々の証言を中心に、ジャニスの半生が語られます。

 

遺族の全面的な協力を得て作られた作品とのことで、生前、ジャニスが家族に宛てたごくごく私的な手紙も何通か登場します。そこには、不安とプレッシャーにさいなまされる姿が浮かび上がり、一見、奔放で自由気ままに見えるジャニスの中にある弱さがあり、ジャニスのキャラクターを立体的に味わい深く見せてくれています。中でも、10年振りの同窓会の映像は、彼女の孤独の深さを切実に感じさせられました。

 

証言の内容も、ジャニス万歳一辺倒ではなく、客観的な視線でまとめられていて彼女のパフォーマンスが作られていった背景が伝わってきます。

 

愛されたくて、でも思うようには愛されず、常に不安や焦燥を抱えていた姿は、哀しくも痛々しくもありました。そして、そんな欠損を埋め合わせようとするかのような、魂を絞り出すようなパワフルな歌声が胸に刺さりました。歌うことでしか本当の自分でいる気持ちになれず、歌うことでしか認められていると思えず、歌こそ自身の才能を活かし、自己実現できる道と信じられた本物の歌姫の声がそこにありました。

 

折角の映画館(シアター・イメージ フォーラム)での鑑賞だったので、本当なら、もっと大音量でジャニスの歌声を堪能したかったですが...。音響がちょっと残念でした。それでも、観終えてしばらく、彼女の歌が耳に残りましたが...。

 

エンドロールでジャニスについてインタビューを受けるジョン・レノンとオノ・ヨーコの映像が流れます。ジョンは、ドラッグが蔓延する状況について聞かれ、「閉塞的な世の中での生きづらさがある中で、ドラッグが自己実現するための道具になってしまっている」というようなことを答えていました。俯き加減に話すジョンと、真っ直ぐな視線で彼の発言を肯定するヨーコの姿を見ていると、ジャニスが何よりも欲していて得られなかったものが、ジョンにとってのヨーコだったのだろうと思えてきます。世界を放浪していた男性からの電報が亡くなる前に届いていたら、ジャニスの運命は大きく変わったのかもしれません。

 

音響は残念でしたが、観ておきたい作品だと思います。特にジャニスのファンというワケではありませんが、それでも、楽しめました。

 

 

公式サイト

http://janis-movie.com/

エル・クラン

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1980年代のアルゼンチン。毒性政権の終焉から7カ月が経過し、徐々に民主制を取り戻していた頃。裕福で隣近所からの評判も良いプッチオ家は、大黒柱だったものの秘密警察を追われ無職となっていたアルキメデス、その妻で高校教師のエピファニア、ラグビーのアルゼンチン代表チームの中心的な選手で、国民的スターの長男、アルハンドロ、やはりラグビー選手の次男、マギラと三男、ギジェルモ、長女で教師をしているシルビアと14歳の次女、アドリアーナの7人で幸せに暮らしていました。けれど、独裁政権が倒され、政治体制が変わって、アルキメデスは失職。家族を守るため、新しいビジネスを考えるようになり...。

 

これが実話というのがスゴイです。家族で"誘拐業"というのも相当なものですが、誘拐計画自体が、結構、杜撰で、それにもかかわらず何度も身代金奪取に成功してしまうとか、逮捕されるどころか、捜査を受けることもないというのはほとんど奇跡のような気がします。(それも、大佐という後ろ盾の大きさ故なのでしょうか...。)

 

で、物語それ自体以上に衝撃的な事実がエンドロール前に字幕で示されます。誘拐の中心となっていたアルキメデスのその後なのですが、日本ではあり得ないのではないかと...。

 

そんなアルキメデスには、ほとんど罪の自覚がありません。考えてみれば、彼は秘密警察の出身。非合法な形で一般の国民を秘密裏に逮捕し、拷問して殺すようなことを"正義"の名のもとに仕事としてやってきた人です。誘拐についても、その延長線上のこととしてしか受け止めていなかったのでしょう。計画の杜撰さや、周囲の警告を無視する態度を見ると、捕まることなど全く想定していない様子。大佐という後ろ盾があること以上に、本気で自身に罪があったとは考えていなかったのかもしれず、そのことに、一番、怖さを感じました。

 

それにしても、妻も正業を持ち、息子たちはいずれも優れたスポーツ選手で、アルハンドロの出したスポーツ用品店は繁盛していて、わざわざ危険を冒してまで誘拐をする必要があったのか...。その必然性が感じられず、アルキメデスの誘拐への拘りの強さに違和感を覚えました。まぁ、アルキメデスにとって、誘拐が、特に必然性などなくても普通に罪悪感なくできる仕事だったのかもしれませんが...。

 

そして、そんなアルキメデスを生み出した原因の大きな一つが時代背景にあったことも確かでしょう。ちょっと前の社会では、財産を奪われ、殺されても当然と思われていた人たちを誘拐して身代金を奪うだけ。それの何が悪い。ってことなのでしょう。

 

この強引で家庭内で独裁的なアルキメデスの濃いキャラクターが、物語全体のインパクトを強めています。アルキメデスを演じたギレルモ・フランセーヤの目力も強烈でした。

 

実話ベースの物語特有の迫力も感じられ、なかなか面白かったです。

 

 

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ヘイトフル・エイト

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雪が降りしきる中、馬を失った賞金稼ぎのマーキスは、同業のジョンが捕らえたデイジーを連れて乗った駅馬車に乗り込みます。途中で保安官を名乗るクリスを拾いますが、吹雪が激しくなり、ミニーの紳士洋品店で雪を避けることにします。メキシコ人の店番、ボブや怪しげな絞首刑執行人、オズワルドなどがいたのですが、どこか怪しげで...。

 

意味があるようなないような、どこか印象に残るような何でもないような雑談が繰り返され、その間に、殺す理由を作るためのストーリーが進行し、次々に人の身体の一部が吹き飛ばされ、血が流され、登場人物たちが血飛沫を浴びます。

 

マーキスが、何がどうなっているのか、正確に推理をし、その推理を披露する辺りは、サスペンス的な雰囲気があるのですが、それ以外は、基本的に、ドタバタの殺し合い。躊躇なく殴り、蹴り、凶器を振り回し、銃を撃ち...。なかなかのバイオレンスです。

 

で、どんどん登場人物が殺されていくのですが、それでも、徹底的におバカ全開で、しっかりと喜劇に仕上げられています。そこは、監督の手腕ということになるのでしょうか...。

 

登場人物たちのキャラクターが現れている部分ではあるのですが、会話が長く、正直、飽きを感じた場面もありました。この漫談のような落語のような会話部分を楽しめるかどうかで、本作を面白いと思えるかどうかが決まるのかもしれません。

 

スプラッターは苦手なのですが、ホラー的な怖さは感じず観ることができました。残念ながら、本作の面白さはあまりよく分かりませんでしたが...。