好きにならずにいられない

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43歳独身、空港の荷物係をしている巨漢のフーシは、人付き合いが苦手で女性経験もなく、戦車や兵士の小さなフィギュアを集めてジオラマを作ること、ラジコンを走らせること、金曜日にはタイレストランでパッタイを食べ、ラジオ番組にリクエストすることが楽しみ。そんなフーシを見かねた母親とその恋人は、誕生日祝いにダンススクールのクーポンをプレゼントします。気乗りしないものの強引に背中を押されてスクールに向かったフーシは、小柄な女性シェヴンと出会い...。

どう見ても、ヘンタイチックなフーシ。彼も、そのことを自覚していたのでしょう。だから、決まりきった行動と狭い人間関係の中に閉じこもることで、自身を護っていたのでしょう。彼の心が外に開かれていなかったから、職場での同僚からのいじめも、彼の心を傷つけることはなかったのかもしれません。いじめられても、変質者扱いされても、怒らず、卑屈になることもありません。周囲からの酷い扱いにも性格が曲がることなく真っ直ぐな心根の優しい人に育ったこのは、それだけ、彼の"殻"が強固に固く閉ざされていたのかもしれません。

けれど、判で押したような日々は、シェヴンの登場により、変化していきます。それは喜びでもあり、苦痛でもあり...。普通、このテの物語では、非モテくんが、モテる男になるためにダイエットしたり、お洒落したりという努力をしますし、何だかんだあって2人が結ばれたりするのですが、本作は、そんな期待をアッサリと裏切ってくれます。シェヴンのためにかなり努力はするのですが、それがかなり非凡で印象的です。

シェヴンは、どこか心を病んでいるのでしょう。彼女の背景が描かれず、そのワケの分からなさもあって、フーシが異様に人がよくシェヴンに振り回されるだけの存在のように感じられてしまうのですが、けれど、フーシがシェヴンの仕事を肩代わりする交渉をしに彼女の職場に行った場面を見ると、フーシは彼女の言動を病気によるものと理解している様子。どうにも不安定な様子を見れば、フーシの言うように"うつ"というよりは、"そううつ"なのでしょうけれど...。

ただ、だとすると、フーシのシェヴンへの贈物を彼女は巧く活かせるのかどうか、かなり不安ではあります。安定して店を経営することができるようには思えません。そもそも、夢を実現するために必要な知識があるのかどうかも怪しいところ。そして、フーシが、シェヴンの店の成功を信じていたとも思いにくいような...。

フーシのシェヴンへの贈物とラストの行動。バッドエンドとも受け取れるラストですが、フーシの贈物はシェヴンのためというよりも自分の気持ちに踏ん切りをつけるためのものだったし、ラストの行動は新たな一歩を踏み出すためのものだったのだと解釈しました。フーシの言動を見ていると、彼は、自分がしたことに対しシェヴンが感謝しないかもしれないし、迷惑がるかもしれないことを承知していたように思えてなりません。フーシが、自身に重荷を残さない形でシェヴンとの関係に決着をつけ、初めてのことに挑戦するというラストだったのではないでしょうか。

色々と大変なことはあったにせよ、シェヴンは、フーシにとって、初めて彼の心に寄り添ってくれた母親以外の大人の女性だったことでしょうし、シェヴンのお陰でフーシの世界が広がったことも事実。これまでできなかった体験もできたわけですし...。フーシは、心底、シェヴンに感謝していたし、彼にすれば、その印として相応しい贈物だったのではないでしょうか。

フーシとシェヴンの恋物語かと思いながら観始めたのですが、実際には、フーシが自身の問題と向き合い、新たな可能性を切り開いていく物語なのだと思います。

なかなか面白かったです。一見の価値ありだと思います。

回転寿司が登場したのにはビックリ。アイスランドにもあるんですね。


公式サイト
http://www.magichour.co.jp/fusi/
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クライム・ヒート

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クライム・ヒート 2枚組ブルーレイ&DVD(初回生産限定) [Blu-ray]/トム・ハーディ,ノオミ・ラパス,ジェームズ・ガンドルフィーニ
¥4,309
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デニス・ルへインの小説"ザ・ドロップ"を映画化した作品。原作は未読です。

ニューヨーク、ブルックリン。ボブは、いとこのマーヴが経営する場末のバーでバーテンダーをしていますが、そのバーには、ロシアン・マフィアの大金を預かる"銀行"という裏の顔がありました。ある晩、ボブは傷ついた子犬を見つけ、通りがかりの女性、ナディアの助けてもらいながら手当てをします。ナディアに押し切られる形でロッコと名付けて飼うようになります。さらに、ある夜、彼らの店が2人組の強盗に襲われ、マフィアの大金を奪われてしまい、マフィアは2人に金を返すよう要求してきます。一方、ロッコの以前の飼い主だといういエリックがボブの前に現れます。エリックにはバーの常連だった男を殺した疑いがかけられており、ナディアの元カレでもありました。ボブは、エリックに、ロッコを飼い続けて炊ければ10000ドル払うよう要求され、払わなければロッコを虐待したと通報すると脅かされ...。

闇社会が描かれるのですが、派手なアクションや撃ち合いはなく、多くの血が流されるわけでもありません。けれど、絡まっていく人間関係と、その中で、闇の中に深くはまっていく人々のどうしようもない状況、闇の底に泥のように淀む怖さがヒタヒタと伝わってきます。

現状のままでいることに疑問や不安を抱き、何とか打開しようとしても、その方法は限られ、しかも、かなりのリスクが伴い、下手すると益々がんじがらめの状況に陥っていく...。騙し切れているのか、バレていて罠にかけられているのか...。本作の登場人物は、ロシアンマフィアは異論なく"悪"に分類できるにしても、それ以外については、完全に悪でも善でもありません。自分自身や大切な人の命を護るためには悪事に手を染めざるを得ないことはあるし、理由はどうあれ、一旦、悪の道に踏み込んでしまえば抜け出すことは難しいものです。そのどうしようもなさが痛々しく感じられました。

ちょっとした言動や小道具によって、ボブのこれまでが描かれていきます。礼拝にもきちんと出席する敬虔なクリスチャンで、傷ついた犬を放っておくことはできず介抱する純朴で優しく、どちらかというと、能力的に足りない部分の多い青年に見えるボブ。それが真の姿なのかそう装っているだけなのかは分かりませんが、その彼が、全く別の顔を見せています。何気なくあっさりと2つの人格を切り替えているかのようなボブの存在感が本作の味わいとなっています。

闇の社会で生き抜いていくためには、"勝ち目のない相手"だと思われるか、"勝負を挑むほどの価値もない相手"だと思われるか、どちらかなのかもしれません。実際、ボブの"処世術"がどの程度有効なものなのかは分かりませんが、力勝負だけでない闇社会の描かれ方が印象的でした。

人間関係の繋がり方にはご都合主義的な面もないではありませんが、まぁ、狭い社会のことでもあるし許容範囲でしょうか。それでも、この人と人の絡まり方、そして、その中でがんじがらめになっていく感じが丁寧に描かれて、見応えのある作品になっていると思います。

地味ですが、観ておいて損はないと思います。
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ぼくの伯父さん

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ジャック・タチ「ぼくの伯父さん」【DVD】/ジャック・タチ,アラン・ベクール,ジャン=ピエール・ゾラ
¥4,104
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ユロ伯父さんは変わり者で独身、下町で気ままでのんきな生活を楽しんでいます。そんなユロ伯父さんは、プラスチック工場社長で大きなお屋敷に住んでいる姉婿のアルペル氏にとっては厄介者ですが、アルベル氏の息子のジェラールにとっては大好きな伯父さん。アルベル氏は、何とか一人前の男にしようとユロ伯父さんに仕事や女性を紹介しようとしますが...。

便利なようで却って何かと手間がかかり不自由なことも多い近代的な生活。見栄のためには犠牲を払うことも厭わないブルジョアな人々の滑稽さ。文明批判的な色彩が濃く感じられますが、便利さを追求しないではいられない人々への諦観というか社会への醒めた視線も感じられます。

近代の進歩的な人を象徴するアルベル夫妻と古き良き時代のゆったりした人間らしい生き方を体現するユロ伯父さん。時の流れとともに時代は移ろい、人々の生活は変化していくものなのでしょうし、それを押し留めることは難しく、人間は、どの時代においても、昔を懐かしみながらイマドキの風潮を嘆きながらそれでも変化を受け入れていくものなのでしょう。

そして、本作で揶揄されている文明の利器の欠点のいくつかは改善され、今の私たちの生活でなくてはならないものとなっています。どんなものでも、初期タイプのものは、必ずしも使い勝手が良いとはいえず、課題も抱えているもの。電気代、水道代、騒音の問題などを改善しながら使いやすい道具とすることで、私たちは今の"便利な生活"を手に入れてきたわけで...。

けれど、だからといって、昔のものを古臭いと捨て去るのも味気ないもの。進化を追い求めつつ、古きものの良さも忘れず大切にする、そのバランスが難しいワケですが、やはり、私たちが豊かに生活するためには、無駄や不便さや遊びの部分も必要。アルベル氏は、その辺りをユロ伯父さんから学び、少し影響を受けたといったところでしょうか。

時々、登場する犬たちも印象的。誰かに飼われていない彼らこそ、近代化に関係なく自分たちらしい生活を謳歌できているのかもしれません。

セリフが最小限に削られていますが、状況や心情はしっかりと伝わってきます。出演陣の演技が、ちょっと演技じみているというかわざとらしく大仰な感じはしますが、サイレントとトーキーの良いところがバランスよく取られていて、本作のテーマにもぴったりな感じがしました。ちょとと中弛みしている感じもありますが、印象的なシーンも多く、お洒落な雰囲気が漂い全体としては楽しめました。

観ておいて損はないと思います。
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ポプラの秋

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ポプラの秋 [DVD]/本田望結,中村玉緒,大塚寧々
¥4,212
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湯本香樹実の小説を映画化した作品。原作は未読です。

父を亡くした8歳の少女、千秋は、母のつかさと一緒にポプラ荘というアパートへ越してきます。新たな場所での生活への不安と期待、大好きだった父がいなくなった深い悲しみが入り交じる中、千秋はポプラ荘の大家のおばあさんと徐々に親しくなっていきます。ある日、おばあさんに天国に手紙を届けられるという話を聞かされた千秋は、父への想いを綴った手紙を書いてはおばさんに渡すようになり...。

電車に乗るつかさりと千秋。とある駅で電車を降りたつかさは、新しい生活の場をポプラ荘に決めます。その過程が、ほとんどセリフがなく静かに描写されるのですが、生きる気力をなくしたようなつかさの表情と自身も傷を抱えながら母を気遣う千秋の言動から、2人が悲嘆の中にあること、互いに相手を思いやる気持ちを持っていることが伝わってきます。2人を捉えた繊細な映像が印象的でした。

大家さんが意地悪ばあさんから親切おばあさんに変身してしまう過程は、ややあっさりした感じもありましたが、"死者へ届ける手紙"に関する2人の遣り取りなど、心の交流を通して変わっていく心情が落ち着いた静かなテンポで丁寧に描かれ、千秋の健気さと大家さんのちょっとツンデレな優しさが温かく伝わってきて、胸に沁みます。

千秋役の本田望結の豊かな表情が千秋の想いをしっかりと伝えていましたし、大家さん役の中村玉緒も大きな存在感で作品の雰囲気をまとめ上げていたと思います。

ポプラ荘の前の大きなポプラの樹。大き過ぎず小さ過ぎず、程よい大きさで、存在感が光っています。魂が籠っているような葉を千秋の顔に落としていて、その場面も印象的でした。

ほんのりとした温かさがしんみりと伝わってくる小春日和の陽射しのような作品でした。地味ですがとても印象的。一度は観ておきたい作品だと思います。
1001グラム ハカリしれない愛のこと [DVD]/アーネ・ダール・トルプ,ロラン・ストッケル,スタイン・ヴィンゲ
¥4,104
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ノルウェー国立計量研究所で働くマリエは、計測や測量を行う生真面目な女性研究員。研究所の重鎮である父が病気になり、代わりにフランス、パリ郊外で開催される国際会議に出席することになります。マリエは"1キロ"の基準となる大切なキログラム原器を持って会議に出席。その会場で、パイという男性と出会い...。

几帳面で生真面目で、あまり感情を表に出すこともないマリエと自由な雰囲気のパイ。異質な2人が出会って、恋に落ちて...というありがちな展開ですが、そこに、"キログラム原器"という、恐らくは現代の私たちの生活をきちんと成り立たせるために不可欠なものなのにも拘わらず、普通の人々が普段の生活で意識することがほとんどないようなものに纏わる物語を絡ませたことで、独特な雰囲気を作り上げています。

会議の場面などで、"アボガドロ定数"とか"ワットバランス"とか、馴染みのない専門用語らしきものも登場しますが、その意味が分からなくても、物語そのものの面白さを味わうためには特に支障はないと思います。(まぁ、分かる人が見れば、分からない人よりも楽しめたりするのかもしれませんが...。)

国際会議に集まった各国の担当者がキログラム原器を持って歩く場面とか、記念撮影する場面とか、皆で国際キログラム原器を眺める場面とか、本当かどうかは分かりませんが(あまりリアリティが感じられませんし、実際な違うのではないかと思われますが)、シュールでユーモラスで面白かったです。青い傘をさして並んで歩く場面など不思議な美しさがありましたし...。

「人生で一番の重荷は、背負うものがないこと」というノートに書かれていたという叔父の言葉が印象的。重荷を背負って坂を上がるがごとき人生は辛いものですが、けれど、ある程度の重しがなければ、フラフラと彷徨ってしまうものなのかもしれません。

正確さを大切にするマリエとは違ってカオスを愛するパイと恋に落ちても、測らずにはいられないマリエのマリエらしさが維持されていることが表現されていて、恋愛も大問題だけれどそれだけが全てではない大人の味わいが感じられました。最後にマリエが測るものと、パイが主張するサイズとの違いも、ちょっと大人なユーモアが感じられて印象的でした。

ちなみに、このラストで計測される部位のために、本作はR-12指定を受けたのだとか。これは、本作の趣旨とは違い杓子定規な気がします。

観ておいて損はないと思います。

ちなみに...
本作で、重さの基準をどうするかについて議論されている様子が描かれていましたが、2011年10月にパリで開かれた国際度量衡総会で、1889年にメートル条約に基づいて作られた国際キログラム原器を廃止することが決定されています。本来、質量が一定にはずだったキログラム原器が洗浄などにより1億分の6程度軽くなったこともあり、より正確で安定的な定義が求められていたとのこと。長さや時間が現代的な定義に置き換えられる中、キログラムは唯一、人工物を基準にしていたのですが、これで、最後の原器が役割を終えることになります。今後10年ほどかけて新定義の精度を確かめ、移行する見通しとのこと。

裸足の季節

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ソナイ、セルマ、エジェ、ヌル、ラーレの5人姉妹は、10年前に事故で両親を亡くし、イスタンブールから約1000キロ離れたところにある小さな村で祖母に育てられています。彼女たちは美しく成長し、青春を謳歌していましたが...。

確かに、この姉妹、男尊女卑な理不尽な扱いをされているかもしれません。けれど、日本目線で見ても、結構、お転婆な姉妹です。下の子はともかく、一番上のお姉ちゃんは、高校生くらいでしょうか。美人でスタイル良しなオネーサンが濡れてスケスケ状態で男子とはしゃいでいるのですから、日本だって厳しいお家なら、相当、怒られるレベルだとは思います。まぁ、本作で描かれるような"監禁"まではいかないでしょうし、それで学校を辞めさせられ、すぐ花嫁修業に専念させられるという流れにもならないでしょうけれど...。

彼女たちの言動を縛る背景にはイスラム教の考え方もあるのでしょうけれど、宗教的背景よりは、イマドキの若者と親や祖父母世代との価値観の違いという面が強調されているような印象も受けます。今、宗教的な価値観を批判するような描き方はしにくいのかもしれませんが、そんなこともあるのか、彼女たちを縛るものが何に原因するのかは、少々、曖昧になってしまっています。彼女たちがサッカーの試合を観に行くことが禁止されていた時も、村の他の女性たちはバスで応援に出かけているところを見ると、彼女の叔父や祖母は、周囲よりも厳しい考え方の持ち主なのかもしれません。海での大はしゃぎを"密告"した隣人は高齢のようなので、若者と年寄りの価値観の違いという部分が大きいのかもしれません。

彼女たちの振る舞いが、トルコにおいて普通なのか不良チックなのか、叔父や祖母の考え方が厳しいものなのかよくあるレベルなのか、イスタンブールのような都会ではなく田舎だから問題になったのかといった辺りがよく分かりませんでしたが、そんな中でも、"花嫁の処女性"を重視する風潮はとても一般的なようで、それも、かなり衝撃的なレベルで驚かされました。そして、それに対するソナイの"対策"もお見事。様々な理不尽と因習に縛られている女性たちにも、なかなかに強かな部分があることが描かれ、そんなところでも、明るさが感じられます。そして、叔父さんと同じ立場にいるようで、裏では姉妹を庇ったり、彼女たちに力を貸したりしている祖母や叔母たち。対立する立場にもありながら、一方で、抑圧されている者同士の連帯が感じられます。

幸いにして相思相愛の相手とでは会ったけれどすぐに結婚させられるソナイ、叔父や祖母の言いなりに結婚させられるセルマ、意に沿わない結婚を命がけで拒絶するエジェ、嫌な相手との結婚から逃げることを決意するヌル、自らの力で運命を切り開こうとするラーレ。5人5様の生き方に、彼女たちを取り巻く状況が浮かび上がっていきます。久し振りにソナイ、セルマ、ヌル、ラーレの4人が顔を合わせた時、十分な時間をともに過ごすことができず、帰るよう促される場面では、彼女たちの結婚がどのようなものであるかを仄めかします。愛があってもなくても、結婚した以上、夫の意向に縛られ、思うように実家で過ごすことなどできないのは同じということなのかもしれません。

ラーレの"決死の行動"が、男性の力を借りて初めて成功するという展開には、少々、不満が残ります。まぁ、彼を巻き込んだのはラーレの迫力ですし、彼も、社会からははじかれがちな存在だったりするようですが、"女が自立するには、男の力が不可欠"という流れになってしまったような感じもして...。何といってもまだ13歳のラーレなのですから、"手助けを得て成功"という流れの方が現実味が感じられるのは確かだと思うのですが、協力者が女性であった方が、"女性自身の力で運命を切り開いていく"という雰囲気が出たのではないかと...。

ラストは希望への第一歩となるのか、不幸の始まりなのか...。未成年であれば親権の問題は出てくるでしょうし、まだまだ独り立ちできないヌルとラーレを曲がりなりにも社会で自立できるようにする手立てをどう整えるのか...。叔父のヌルに対する犯罪的行為がほのめかされ、それを叔父にぶつける場面もありますが、そこを逆手にとって叔父から何らかの権利を勝ち取ることになるのかもしれませんが...。

スッキリ解決、というわけにはいかないけれど、がんじがらめでどうにもならないように思える状況も、自身の力で動かすことはできるのだということなのでしょうし、物語をラーレのナレーションで進行させているのは、彼女が自身の人生を勝ち取ったことを暗示しているのかもしれません。

宗教的な要素を含む社会的問題を提起しつつも深刻になり過ぎず、軽やかに明るく少女たちの青春を描いています。原題の"Mustang"が意味する"飼い主を失い野生化した小型馬"を思わせる躍動感のある5人姉妹の姿が印象的でした。

観ておいて損はない作品だと思います。


公式サイト
http://www.bitters.co.jp/hadashi/

SAINT LAURENT/サンローラン

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SAINT LAURENT/サンローラン [DVD]/ギャスパー・ウリエル,レア・セドゥ,ジェレミー・レニエ
¥4,104
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ホテルに偽名で部屋を取ったイヴ・サンローランは、チェックインしたのち、電話でのインタビューに応えて自身のこれまでを語り始めます。革命的なショーで成功を収め過密スケジュールに追われ1967年、公私ともにパートナーだったピエール・ベルジェの目を逃れモデルのベティ・カトルーとクラブに繰り出した1968年、世界中に出店。新たなインスピレーションを求めてモロッコに旅立ったものの帰国後のショーは批判を浴び、世間を挑発するように男性用香水の宣伝のために全裸になった1971年、オートクチュールの売上はガタ落ち。重圧からアイデアが全く浮かばない日々が続く中、ジャック・ド・バシェールに心を奪われた1972年、カール・ラガーフェルドの愛人でもあるジャックに惹かれていった1973年、イヴの命にかかわるアクシデントが起きたため、激怒したピエールに脅されたジャックがイヴの前から姿を消した1974年、ショーを目前にして1点のデザインも描けず、人々の前から姿を消した1976年のエピソードが描かれます。

イヴ・サンローランについては、他にも映画が作られていて、以前、ここにも2014年に公開された「イヴ・サンローラン」と2010年制作のドキュメンタリー、「イヴ・サンローラン」の感想を書いています。

本作では、デザイナーとして成功を収めたサンローランが、インタビューに応えて自身の人生を振り返るという形をとっています。サンローランに纏わる数々のエピソードが描かれます。ただ、本作で描かれるエピソードは、デザイナーとして名声を得た後のもので、いかにして成功を収めたかについてはほとんど語られず、時代の寵児となった彼が、大きな重圧の中で、自身の名声に対してどう振る舞ったかということに焦点が当てられています。

殺到する仕事の依頼、過密なスケジュール、世間から期待されるプレッシャー、そうした重圧からの逃避行動...。天才との評価を得てしまった者がそれを維持するために支払わなければならない代償の大きさが伝わってきます。

ただ、時系列が前後しますし、きちんと名乗らない登場人物もいたりして、ある程度、予備知識がないと分かりにくい内容となっています。まぁ、有名人なので、"誰でも知っている程度のことについては敢えて触れなかった"ということなのかもしれませんが、2時間半を超える作品にするのであれば、もう初心者にも親切な描き方にしても良かったのではないかとも思います。

個々のエピソードの描き方も、濃淡がつけられず、一つ一つの出来事が淡々と描かれているので、結構、波乱万丈な人生を描きながらも、物語にあまり起伏が感じられず、全体としては散漫な印象の退屈な作品になってしまっています。個々の登場人物もそうですが、主役であるサンローランのキャラクターも、その輪郭がはっきりせず、薄味な感じもします。

なるべく感情的なものに流されないようにとの意図があったのかもしれませんが、干渉やドラマ性を排除しようとしたあまり味気ないエピソードの羅列になってしまった感じがします。一つの作品を纏まりのある印象的な物語として作り上げるためには、核となる部分を作り、濃淡をつけながらバランスをとるということが必要なのかもしれません。

1976年のコレクションのシーンなど、美しい場面も多く、サンローランの生み出す数々の衣装が見られたことは良かったと思うのですが、今一つ楽しめませんでした。

帰ってきたヒトラー

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ティムール・ヴェルメシュの小説を映画化した作品。原作は未読です。

ナチス・ドイツを率いて世界を震撼させた独裁者、アドルフ・ヒトラーが、現代に甦ります。彼は、非常識な物真似芸人かコスプレ男と人々に勘違いされますが、クビになった局への復帰を目論むテレビマン、ファビアン・サヴァツキに見出され、テレビに出演することになります。何かに憑りつかれた様な気迫に満ちた演説をする彼は人気を呼び、次々にテレビに出演。ヒトラー芸人としてもてはやされるようになり...。

現代に甦ったヒトラーは、最初、状況を飲み込めず、自身の時代にいた時と同じように振る舞います。そのちぐはぐな感じが滑稽で笑えます。ヒトラーを取材したサヴァツキも、テレビに出演させたテレビ局も、ヒトラーに声援を送った人のほとんども、ヒトラーに同じ歴史を繰り返させる心算はなかったはず。けれど、本作で描かれた先に、ドイツがヒトラーを担ぎ出すことになるかもしれません。

実際、過去に、ヒトラーに熱狂し、彼に権力を委ねていった人々にしても、疲弊したドイツ経済を何とかしたい、自分たちが普通に仕事を得られる社会にしたいという想いを彼に委ねたわけで、最初から第三帝国の建設とか、ユダヤ人の抹殺とかを望んでいたわけではないでしょう。けれど、いつの間にか、ヒトラーの"理想"の追及に飲み込まれ、身の危険を感じずに反対することができなくなっていったのです。

ある日、突然、戦争や殺戮が起こるわけではありません、必ず、何らかの伏線や予兆があるワケで、どこかでその種が育まれ、少しずつ大きくなっているのです。

経済格差、貧困、失業といったなかなか解決策を見出せない問題を抱える人々は、明瞭な答え(らしきもの)と簡単な解決策(のように見える方策)を提示する人物に惹かれていくものかもしれません。鬱積した不満の出口を見つけた爽快感を味わえたことで、彼についていこうという気持ちを強くするのかもしれません。困難な問題を簡単に解決する爽快感に打ち勝つことは難しいものです。

ヒトラー登場に対する一般の人々の反応を見せるドキュメンタリー的な場面が現代社会の裏を覗かせ、本作で描かれる怖ろしさを際立たせているのですが、一方で、フィクションな部分との繋ぎがギクシャクした感じもありました。全体的な纏め方やドキュメンタリーな部分とフィクションの部分のバランスなどについては、もう一工夫欲しかった気もしました。

完全に過去の遺物であり、葬り去られたはずのヒトラーのおかしな言動を笑いながら観ているうちに、いつの間にか、悪魔かと思っていたヒトラーが意外に真面目で真摯に国の行く末を憂う愛国者で、徐々にヒトラーが善い人に思えてきます。ヒトラーが本来存在した時代に、彼を担ぎあげ、権力を持たせた人の多くは、彼のその後の非道を予測できなかったことでしょう。けれど、私たちは、その所業を知っていて、それでも、多くの無辜の人を殺戮し、世紀の大悪人とされた"悪魔"に引き寄せられていくのです。

本作を観ていて、ヒトラーにちょっとした魅力を感じてしまう人は少なくないと思います。そこにこそ、現代の私たちが抱える危うさが隠されているのだと思います。民主主義の社会にいるはずの私たちにも、ヒトラーを生み出す可能性があることを認識し、その道を避ける方策を考えなければならないのでしょう。まずは、問題のすべての責任を移民に押し付けるなど、安易に原因を決めつけないこと、原因を排除すれば全て解決といった安易な打開策に頼らないことが大切なのだと思います。複雑な問題を着実に改善していくためには、時間も手間もかかり、知恵も必要だし、関係者個々の自制心も必要。その複雑さと手間暇にどこまで私たちが耐えられるかが問われているのかもしれません。

本作を観て、私たちへの警告として真摯に受け止めなければならないのだと思います。より良き未来を築くためにも、一度は観ておきたい作品です。

原作も読んでみたいと思います。


公式サイト
http://gaga.ne.jp/hitlerisback/

オデッセイ

テーマ:
オデッセイ 2枚組ブルーレイ&DVD(初回生産限定) [Blu-ray]/マット・デイモン,ジェシカ・チャステイン,クリステン・ウィグ
¥4,309
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アンディ・ウィアーの小説「火星の人」を映画化した作品。原作は未読です。

宇宙飛行士のマーク・ワトニーは、火星での有人探査中に嵐に巻き込まれます。乗組員はワトニーが死亡したと思い、火星を去りますが、彼は生きていました。十分な空気と水もなく、通信手段もなく、わずかな食料しかない危機的状況で、ワトニーは生き延びようと努力します。何とか、通信手段を確保したマークは、地球との交信に成功。NASAは彼の救出作戦を練り...。

人命を維持するために不可欠な空気も水も食糧もない場所に置き去りにされ、相当な極限状態に置かれているのは確かですが、ワトニーを襲う敵はいないし、地球上の人々は、ワトニーを救出したいという想いにおいては一致していることもあり、予想したよりはドキドキハラハラがありませんでした。ワトニーが基本的には冷静で、ユーモアもあり、そこに余裕が感じられたからかもしれません。ワトニーが優秀な科学者で、その知識や能力、そして、何より諦めない気持ちが自身を救う力となったということなのでしょうか。

ワトニーが、自身の知識や能力を総動員して必死に危機に対処し、地球上の仲間たちもワトニーを救うために努力を重ね、あまりアメリカに友好的とは言い難い中国まで多大なる協力を申し出てハッピーエンドという、あまりに素直な流れの物語ですが、火星の状況や宇宙のアレコレがいかにもそれっぽく現実的な感じで作られているため、臨場感があって結構楽しめました。(かなり"科学的に正確に"作られているようですが、地球よりかなり気圧の低い火星では大きな嵐が起きるはずがなく、その部分だけはフィクションのようです。)

そして、この手の作品としてありがちな"恋人のために"、"愛する家族のために"何とか帰還したいという形ではなく、ただひたすら、生き延びたいという意思を描いた点が、本作のオリジナリティを出しています。余計な物語を削ぎ落し、科学とユーモアとチームワークと敵に塩を送る好意によって支えられた"強い意志によるサバイバル"を純粋な形で描いた作品ということになるのかもしれません。

この"為せば成る"という価値観は、人知を超える自然の脅威などに負けることなく、万物の霊長である人間が強い意志で全てを克服し自らの人生を切り開いていくことをヨシとするとてもアメリカ的なもののようにも思えますが、その前向きな明るさは、ちょっと底が浅く単純に過ぎる感じもしましたが、それはそれで、スッキリ感がありました。

中国の存在感の大きさが印象的です。世界で最も多くの人口を抱え、広大な領土を持つ国。歴史上、世界最大の帝国であった時期もあり、世界をリードする技術や文明があった国でもあり、その底力に対しては、やはり、一目置かれているというか、警戒されているというか、まぁ、注目されているということなのでしょう。その中国が、機密を表に出すという大きなリスクを冒しながら助け舟を出すという流れは、今後、ますます存在感を強めていくであろう大国への配慮なのかもしれません。(ハリウッドにおける中国マネーの存在感の大きさの問題かもしれませんが...。)

火星の風景なども見応えありましたし、観ておいて損はないと思います。
ロマン・ポランスキー 初めての告白 [DVD]/ロマン・ポランスキー
¥4,104
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1977年のわいせつ事件のことで2009年に身柄を拘束され、その後スイスの自宅で軟禁中だったポランスキーに、長い交流のあるアンドリュー・ブラウンズバーグがロング・インタビューした様子を収めたドキュメンタリー。戦争体験、チャールズ・マンソン・ファミリーによる妻シャロン・テートの殺害事件など、スキャンダラスなエピソードも含め語られています。

天才的な映画監督として、映画史に残るであろう作品を生み出してきたポランスキー。ユダヤ人としてナチスの迫害を受け、母がアウシュビッツで殺された戦争被害者で、性犯罪の加害者でもある"振れ幅の大きな人生"について、本人の口から語られています。都合の悪い真実についても冷静に率直に語られている印象を受けました。実際の事件から時間が経過していることもあるのでしょう、抑制のきいた静かな語り口で紡がれる物語が胸に沁みてきます。

インタビュアーが、ポランスキーと親しい人物ということで、他の人ではなかなか聞けないようなことも引き出せているのかもしれません。ただ、一方では、仲の良いおじいちゃんたちのお茶飲み話的な甘く柔らかい雰囲気になってしまった感じも否めませんが、それでも、ポランスキーの語り口は魅力的で、話も分かりやすく、惹き付けられるものがありました。

こうした有名映画監督に関するドキュメンタリーとなれば、映画作品の背景などについて語られているであろうことを期待してしまいます。本作でも戦争体験が背景にある「戦場のピアニスト」とか、初の長編作「水の中のナイフ」、「反撥」、「袋小路」といった初期の作品やその後の数作が生み出された経過とか、彼を一躍有名にした"ローズマリーの赤ちゃん"とか、若干、触れられている部分もありますが、そこを期待して観てしまうと物足りない感じがします。

13歳の少女への暴行事件があったり、「テス」で主演したナターシャキンスキーとは、彼女が15歳の頃から性的な関係を持っていたりと、性的趣向については問題のある人なのかもしれませんが、この辺りへの踏み込みが緩めなのは、インタビュアーがビジネス上の繋がりも濃い相手で、今後のビジネスについても配慮されたからか...。どちらかというと、"ずっと昔の、本人同士の間ではそれなりに解決していることについて蒸し返し、更に、量刑などについて判事側の約束違反があった"という流れで、纏められています。まぁ、本人の許諾なしで作れないインタビュー作品である以上、誰がインタビュアーであっても、ある程度本人寄りの視点になってしまうのは仕方ないのだとは思いますし、それが真実だったのかもしれませんが...。

いずれにしても、ポランスキーの様々な面に触れた内容にはなっていると思います。わざわざ映画館に足を運んで観たいと思うような作品でもないと思いますが、ポランスキーのファンであればDVDなどで観ておいて損はない作品だとは思います。