「ゲッサン」で、現在も連載中の石井あゆみの同名漫画を実写映画化した作品。原作は未読です。この漫画は実写TVドラマ化もされて、その際も、原作と違う結末に終わったのだそうですが、本作も、漫画ともTVドラマとも違った結末になっているとのこと。

勉強嫌いで日本の歴史に何の興味もない高校1年生、サブローは、ある日突然、戦国時代にタイムスリップしてしまいます。そこで、織田信長に出会いますが、その顔はサブローにそっくり。サブローは、信長に「体の弱い自分に代わって織田信長として生きてくれ」と頼まれてしまいますが..。

かなり思い切った部分もあるかとは思いますが、なかなか上手く纏めてあり、面白かったと思います。"敵は本能寺にあり"というセリフを言う人物が違ったりとか、秀吉の"中国大返し"がなかったりとか、ウィリアム・アダムズ(三浦按針)が日本にやってきた経緯とか、いろいろと史実とは違っていても、歴史の大筋には変更が加えられていません。特に本願寺攻めから本能寺の変に至るまでの過程の歴史の流れとの辻褄の合わせ方は巧かったと思います。それでも、普通の高校生だったサブローが、本物の武士たちと戦って互角どころか、相当に強いというのはやり過ぎかと...。剣道だけは強かったとか、未来から持ち込んだ秘密兵器があったとかという"屁理屈"は欲しかったです。

いくら何でも、小学校の歴史の授業でも避けて通ることはないような有名な出来事である本能寺の変について何も知らずにいるというのはおかしいと思いますし、信長となったサブローの言動を観る限り、それなりの賢さや知的好奇心もあるように見受けられ、勉強嫌いで歴史に興味がないというだけでは、本能寺の変さえ知らなかった理由としては弱いと思います。歴史の教科書の信長が死ぬ部分が切り取られていて分からなかったというのはヨシとしても、普通、歴史の教科書って最後に年表があって、そこを見れば"本能寺の変"のことも分かるだろうと思ったりもしますが...。本当におバカで勉強もできない奴だけど、様々な勘違いや理解不足から思いつくことが、周囲に勘違いされたり、幸運に恵まれたりして良い方向に転がって、周囲から才能のある武将と受け止められるという流れなら分かるのですが...。まぁ、原作の問題なのでしょうから、本作の問題でないとは思いますが...。

捉えられた"信長(サブロー)"が豊臣秀吉に未来を託す場面が印象的でした。殺そうとしている相手にこの先の日本を託された時の秀吉の困惑したような感動したような何とも言えない表情が秀逸です。この秀吉を演じた山田孝之、1人2役で全然違うキャラクターを自然に演じ分けた小栗旬。脇を固める人々も豪華で、確かな演技力に支えられた作品は、やはり、安心して物語の世界に浸ることができます。特に、徳川家康を演じた濱田岳が、ごく短時間の出演ながら、印象に残ります。

合戦の場面も迫力があり、テンポも良く、全体としては楽しめました。


公式サイト
http://nobunaga-concerto-movie.com/


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ライフ・オブ・デビッド・ゲイル

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ライフ・オブ・デビッド・ゲイル [DVD]/ケビン・スペイシー,ケイト・ウィンスレット,ローラ・リネイ
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アメリカ、テキサス州。 大学の哲学科で教鞭を執る人気教授デビッド・ゲイルは、妻と息子を愛する良き父親であり、 死刑制度反対運動に熱心に取り組む活動家としても有名でした。 その彼が、今は死刑制度反対活動をともに行う女性、コンスタンスをレイプしたうえ殺害した罪で死刑が確定し刑務所の中にいます。 デビッドは死刑執行直前になり、雑誌の女性記者、ビッツィーを指名し、 多額の報酬と引き替えに3日間の独占インタビューを許可します。 デビッド・ゲイルの有罪を疑っていないビッツィーは、 彼の話を聞くうちいつしか冤罪を確信するようになり...。

死刑制度を廃止した州も多いですし、制度そのものを廃止してはいないけれど執行の実績がなくなっている州もあるようですが、テキサス州は、死刑執行に積極的な州のようです。で、そんなテキサス州でデビッドは死刑制度反対運動にかなり熱心に取り組んでいました。死刑を廃止すべきとする理由としてよく取り上げられるのは、"人命は尊重するべき""法で殺人を禁止しておきながら、国家権力が殺人を行うことはおかしい""免罪の可能性がゼロにならない以上、被疑者を殺すべきではない"といったところでしょうか。デビッドは"免罪の可能性がある"ことを重視し、コンスタンスは人道的な理由を重視しているような感じでしょうか。

本作の物語は、まず、デビッドが免罪かどうかという部分で観る者の興味を引き、徐々に、デビッドの言動の背景にあるものに迫っていく形をとっています。そして、ラストの"大どんでん返し"に収束していきます。が、この"どんでん返し"については、デビッドとコンスタンスが置かれた状況と2人の目指していたことを考えれば、かなり早い段階から予測することができるので、意外性には乏しいです。まぁ、だからといって、本作そのものがつまらなくなっているということでもないのですが、あまり"大どんでん返し"で宣伝べき作品ではないのだろうと思います。

で、違和感があったのは、彼らの行動が、彼らの目指していたことを実現させる手段としてどうだったかということ。目的は良いとしても、手段としては違ったのではないかと...。コンスタンスの置かれた状況を考えれば、"少しでも有効に利用したい"という気持ちは分からないでもないし、そのコンスタンスとの関係を考えれば、デビッドのしたことも分からないでもないのですが、本当にそれで良かったのかと...。



<以下、ネタバレあり>







人生の終わりがすぐそこに見えた時、"どうせすぐに死ぬのなら、命を懸けても死刑廃止制度を廃止させるために有効な手を打ちたい"と考えたコンスタンス。それは、分かる気もするのですが、彼女が主張していた"命を大切にする"という視点から考えるとどうなんだろうと...。これはこれで、命の尊厳を犠牲にした行為なのではないかと...。そして、デビッドにとっては、ある種、"心中"だったのだろうと思います。"何でもする女"のために多くのものを失い、コンスタンスも失ったら生きてはいけないと思う気持ちも分からないではありません。けれど、やはり、彼の行為がある種の"自殺"であることは確かだし、それも、命を大切にするという視点から考えれば疑問があります。そして、こうした策略が本当に死刑廃止の世論を盛り上げることに繋がるのか...。むしろ、"死刑廃止論者の異常性"を印象付けてしまうのではないか...。

まぁ、2人の"計画"はなかなか巧くできていたと思います。ビッツィーの能力をかなり正確に計算できたと言ことなのでしょう、ビッツィーが真実に辿り着くタイミングも絶妙です。"カウボーイ"が不気味な存在感を出していますが、彼が、そのタイミングをコントロールすることに大きな役割を担っていたのでしょう。ヒントを与えたり、ミスリードしたり、匙加減しながら、タイミングを計っていたのではないかと思います。ビッツィーが決定的な証拠を発見する場面も、カウボーイは手を出さず見守っていました。もし、それが、早すぎるようであれば、時間稼ぎのための邪魔をしたのかもしれません。

計画の大枠は、コンスタンスを含めた関係者の合意、事実が明らかになるタイミングについては、コンスタンス以外の合意の上に成立した作戦なのかもしれません。いずれにしても、本当にそれで良かったのかという疑問が拭えず、モヤモヤするエンディングでした。デビッドが、いきなり英雄視されるのも変な感じがしました。理由はともかく、デビッドも世間を欺いていたことが明らかになってしまっているわけだし...。

「『コンスタンスに片思いしていたダスティが、デビッドを陥れるため、自分のものにはならないコンスタンスを殺して、恋敵であるデビッドに罪を着せた。デビッドの刑死を待ち、コンスタンスの願いだった死刑廃止を実現させるため、デビッドが真犯人ではないという証拠を世に出した。』けれど、真相は『コンスタンスは自殺。コンスタンスは証拠が明らかになりデビッドが死刑を免れる計画をしていたが、デビッドが心中することを決定。ダスティもそれに協力し、その後は、デビッドがインタビューを受けることで得た大金の一部を使って新しい身分を得て逮捕を免れた。』というもので、ビッツィーは、その真相に気付き...。」という流れであれば、もっと面白くなっただろうし、物語を死刑廃止に結び付けやすかったと思うのですが...。





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坑道の記憶 ~炭坑絵師・山本作兵衛~ [DVD]/山本作兵衛
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日記や絵画など697点が日本で初めて"世界記憶遺産"に登録された炭坑絵師、山本作兵衛を追ったドキュメンタリー。

1892年、山本作兵衛は、福岡県筑豊地域で生まれます。筑豊は、当時、日本一の石炭生産地でした。彼は7歳頃から兄と一緒に炭坑に入り、手伝いをしたり、まだ幼い弟の面倒を見たりして、満足に学校にも行けない生活をしていました。尋常小学校を卒業すると、14歳で本格的に炭坑で働くようになり、50年にわたって炭鉱員として生きてきました。炭坑事務所の宿直警備員として働き始めた60代半ば、「子や孫にヤマ(炭鉱)の生活や人情を残したい」と絵筆を取るようになりました。自らの経験や伝聞を基に、明治末期から戦後にいたる炭鉱の様子を墨や水彩で描き、余白に説明を書き加える手法で1000点以上の作品を残しました。主要作は画文集「炭鉱に生きる」(1967年)。1984年、老衰のため92歳で亡くなっています。

元々、絵を描くことが好きな子どもだったそうです。そして、生活を考えて断念したものの、絵で生きていくことを目指して福岡市のペンキ屋に弟子入りした時期もあったとのこと。とはいえ、本格的な絵の勉強もしていないこともあるのでしょう、決して、"技能のある人による巧い絵"ではないと思います。けれど、細かい部分まで実にリアルに炭坑での日々が活写され、当時の様子を生き生きと伝えています。狭く暗く熱く湿度100%という過酷な環境下で懸命に働く人々、度々繰り返される事故、厳しく貧しい生活の中にも訪れる楽しいひと時...。

多くの女性たちが坑外での選炭作業だけでなく、坑内でも働いていたということは知りませんでした。数々の絵の中に、様々な場面で重要な労働力として活躍し、日々の生活を支える力としても重要な役割をはたしてきた女性たちの姿も力強く、魅力的に描き出されています。

炭坑という閉じられていて、関係者以外は普通には立ち入れない空間、しかも、現在の日本では、過去のものとしてしか意識されにくい場。簡単にはその実情に触れることができない場所が描かれていることもあり、興味深く観ることができました。

本作では、山本作兵衛に関してだけでなく、北海道、釧路に日本でただ一カ所現存する坑内掘石炭生産会社"釧路コールマイン"について、その"釧路コールマイン"が技術支援をしているベトナムの炭坑についても触れています。多くの人が過酷な環境で命懸けで働き、産業や人々の生活の基盤となるエネルギーの生産を支えたというのは、日本だけではなく、世界のあちらこちらで共通する歴史であることが実感させられます。山本作兵衛の作品は、日本の過去をそこに留めるためだけのものではなく、世界の歴史と現在に繋がる過程を示す道標なのだと思います。この辺り、山本作兵衛の"炭鉱の生活を伝えたい"という思いに沿った作りにもなっていると思います。山本作兵衛の頃とは随分、労働環境は変化していますが、ベトナムの炭坑員たちが、山本作兵衛の画集を見る場面に、彼らと山本作兵衛の繋がりが感じられました。

生前の山本作兵衛の映像も織り込まれ、その人となりが忍ばれます。炭鉱での仕事と生活を伝えたいという熱い思いと、訪ねてきた人を精一杯もてなそうとする開かれた優しさが伝わってきて、彼の絵をより深く受け止められるように思えました。

一度は観ておきたい作品だと思います。


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つぐみ

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あの頃映画 「つぐみ」 [DVD]/牧瀬里穂,中島朋子,白島靖代
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吉本ばななの同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

西伊豆の小さな港町。白河つぐみは、生まれつき体が弱く、いつも死と隣り合わせでしたが、18歳の美しい少女になっていました。けれど、その外見とは裏腹に、甘やかされて育ったせいか、我儘で口が悪く、不良グループとの付き合いもありました。以前は同じ町に住んでいたものの、母の結婚で東京に移り、東京の大学に通う従姉妹のまりあが、夏休みをつぐみのところで過ごすことになります。そんな中、つぐみは、美術館に勤める武内恭一と出会い、惹かれ合うようになりますが、つぐみに横恋慕する不良少年たちが恭一に暴行を加え、つぐみの愛犬を殺してしまい...。

1990年の作品ですから、26年前。まりあ役の中嶋朋子も恭一役の真田広之も(当然、他の演技陣も)、兎に角、若いです。そして、本作では、何と言っても、中心になっている牧瀬里穂と中嶋朋子が輝いています。

つぐみの口の悪さ、憎たらしさ具合は生半可ではありません。こういう人とはお近付きにはなりたくないと思いますが、町一番の美少女としてそれなりにもてているようです。外見を上手く取り繕っていたということもあるのでしょうけれど、意地が悪くても何でも、美しいというのは、やはり、女子にとしては、かなりポイントを稼げるっていうことなのかもしれません。若かりし日の牧瀬里穂が、意地悪で厭味ったらしいつぐみに何とも言えない魅力を加えています。このキャスティングでなければ、つぐみは、ただ、性格が悪いだけの存在になってしまい、観る者も彼女に心を寄せることができなかったのではないかと思います。そして、そんなつぐみに寄り添うまりあの視線があったことで、つぐみの内面に美しさが潜んでいることが伝わってきます。この2人のキャスティングが、本作に魅力を生んだ最大の要因になっていると思います。

周囲に毒をばら撒いていたつぐみが、恋をして変化を見せるのですが、その辺りも、鎧の中に隠された揺らぎが感じられて可愛らしかったです。その前段階での憎たらしさが際立つだけに、その変化に青春真っ只中の純情が感じられました。

青春が描かれていますが、青春の途上にいて観るより、ずっと前の青春を振り返りながら観る方が響くものがある作品のような気がします。心の奥底にしまわれた遠い日の青春を呼び覚ましてくれるような作品です。

あまりにナレーションが多いので、映画を観ているというよりは、朗読を聞いているという感じになってしまうのが、映画作品としては残念なところ。恭一もセリフが多すぎる感じがしましたし...。やはり、映画で言葉が多すぎると、物語が必要以上に平坦な感じになってしまうような...。折角の雰囲気のある美しい映像なのですから、もっと映像で語る形にしても良かったのではないかと...。ラストの纏め方は印象的でした。つぐみの小悪魔的な魅力がしっかりと伝わってくる終わり方だったと思います。


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マイノリティ・リポート

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マイノリティ・リポート [Blu-ray]/トム・クルーズ,コリン・ファレル,サマンサ・モートン
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西暦2054年のワシントンDC。政府は凶悪犯罪を防ぐために、ある画期的な方法を採用し、大きな成果をあげていましたた。それは、"プリコグ"と呼ばれる3人の予知能力者によって未来に起こる犯罪を事前に察知し、事件が実際に起きる前に犯人となる人物を捕まえてしまうというもの。ジョン・アンダートンはその犯罪予防局のチーフとして活躍していました。けれど、ある日、ジョンは自分が36時間以内に見ず知らずの他人を殺害すると予知されたことを知ります。一転して追われる立場になったジョンは、自らの容疑を晴らそうと奔走しますが...。

なかなか面白い設定だったと思います。2054年は、本作が公開された2002年の52年後の未来です。その頃に20だった人が72歳になる年なワケですから、すっごく先の未来ではなく、その時に若い人ならば手の届きそうな未来です。2002年の52年前は1950年。日本にとっては戦後5年。まだまだ戦争の傷が生々しかった頃でしょう。1954年からは"神武景気"と呼ばれることになる爆発的な好景気となり、ここから高度経済成長が始まることになるのですが、2002年の52年前は、まだTVも一般家庭に普及していなかった時代です。2002年までの50年間の変化の大きさを考えれば、2054年には、本作に登場するようなシステムが作られても不思議はない感じがします。この辺りの年代の設定の仕方とか、未来の映像とか、かなりきちんと練られていたのではないかと思います。

で、この"画期的なシステム"も、一番肝心な部分を支えているのは人間である"プリコグ"たちの能力。機械が行っているのは、彼らがイメージしたものをデータとして纏めて提示するだけ。そして、システムを運用するのも人間。いくら、"プリコグ"たちが正確に予知をし、将来起こる犯罪を正確に提示できたとしても、その運用に作為が入れば冤罪の可能性は消せませんし、予知夢を映像化する過程に何らかの操作が入り込む可能性だってないとは言えません。このシステムを都合の悪い人間を排除するために悪用することも十分にできるでしょう。人間が十分にシステムを使いこなせれば悪用されるかもしれず、十分に使いこなせなければ誤作動を起こす可能性がある。良くも悪くも、最終的には人間の意思と能力が問われることになるのでしょう。

そして、本作には、"人間には未来を変える力がある"というメッセージが感じられます。このシステムの一番の恐ろしいところは、"殺人を犯す可能性"に対して人間が無力であると決めつけてしまっていること。ジョンについては、3人の"プリコグ"の予知夢に矛盾がなく、"マイノリティ・リポート"は存在しない、つまり、本作の時代においては逮捕される十分な理由があるということになるのだと思います。けれど、ジョンは、その未来に挑戦します。そこには、"人間は、予言された未来に対して何もできないほど無力ではないはず。運命を変える力を信じたい。"そんな願いが感じられます。

さらに、罪を犯す可能性が高いという理由で罪を犯す前に逮捕してよいのかという問題。例え、罪を犯す可能性が限りなく100%に近いとしても、逮捕すべきなのか...。もし、罪を犯す前に逮捕することをヨシとする場合、どの程度、前の段階で逮捕することを認めるのか...。生まれた段階で犯罪予備軍を排除するとか、胎内にあるうちに中絶させるとか、そんなところまで進んでいきそうな怖さがあります。

犯罪のない社会というのは、理想のようにも思われますが、本作のような対処が許容されてしまえば、かなり窮屈になることも確か。その窮屈さは、犯罪以上の不幸を生み出す可能性もあることを考えると、本作を観ていて、"これでよいのか"という疑問を拭うことができませんでした。

登場人物が多く、伏線もいろいろと張り巡らされていますし、2時間半近い長編でもあり、集中力と持続力が要求される作品ですが、見応えがあり、最後まで楽しめました。ボーッとしていたりすると置いていかれるので、疲れている時、寝不足の時に観ることは避けた方が良いかもしれません。集中力を持たせられそうな時に観たい作品です。


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ピッチ・パーフェクト

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ピッチ・パーフェクト [DVD]/アナ・ケンドリック,レベル・ウィルソン,アンナ・キャンプ
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ベッカはバーデン大学の教授である父親の勧めで同大に入学しますが、夢は音楽プロデューサーになることで、授業に出る気もなく、大学生活には一切興味を持っていませんでした。ベッカの唯一の楽しみは、大学ラジオ局でのアルバイト。入学初日に声をかけてきた青年、ジェシーも同じアルバイトで、彼がベッカに好意を抱いているのは一目瞭然でした。ある時、シャワー中の鼻歌を親友クロエに聞かれ、歌唱力を絶賛されたベッカは大学の女性アカペラ・グループ"バーデン・ベラーズ"に入ることになります。一方、ジェシーも男性アカペラ・グループ"トレブルメーカーズ"に入部、2人はライバルとなり...。

直球ど真ん中、王道の青春物語です。"学生生活に意義を見出せない大学生がひょんなことからサークルに入り、何かと反発しあいながらも、徐々に結束を固めていきます。友人ができ、恋人もでき、大きな目標ができ、そこに向かってまっしぐら...と思ったら、問題が起きて友人たちとも恋人とも対立。けれど、本音をぶつけ合うことで、互いに対する理解を深め合います。雨降って地固まり、チーム一丸となって頑張り、目標達成。恋人とも元の鞘に収まってメデタシメデタシ。"

冒頭から盛大にやらかしてくれますし、かなり下ネタ満載なのですが、それでも真っすぐな青春部活物語には爽快感がありました。反発し合ったり、トラブったりしながらも、それぞれが抱えているものを協力し合いながら乗り越えていく姿は、ストーリーの完成度は低くても、心に響いて来るものがありますし、ハッピーエンドは嬉しくなりますし、スッキリと観終えることができます。ベタベタで予想通りの結末に向かってまっしぐらでも、こうした青春爆発の物語に惹き付けられてしまうというのは、洋の東西を問わない傾向なのでしょう。

そして、ベラーズや他のグループの歌が、それぞれに見事。人の声だけで奏でられるハーモニーが、ダイレクトに観る者の中に入ってきます。青春と音楽。この2つが揃えば無敵といったところかもしれません。個々のキャラクターがあまりに極端で、ちょっと引いてしまった部分もありましたし、展開も強引すぎる部分がありましたし、エピソードとエピソードの繋ぎもギクシャクした感じでつぎはぎな感じが否めませんし、個々のエピソードも薄味だし...それを全て音楽が救ったという感じでしょうか...。

映画館で、皆で歌いながら観るというスタイルが一番楽しめる作品かもしれません。


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歩数計

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最近、ようやく、ダイエットの効果が出てきています。

これまで、いろいろな方法を試しては失敗しを繰り返していたのですが、一昨年の6月頃、覚悟を決めました。食べること大好き、特に、炭水化物なしではいられない私としては、相当に厳しい選択ではあったのですが、確実に体重を落とすには、食べる量を何とかしなければならないと思い、まずは、夜の炭水化物断ち。それから、夜を中心に食べる量を減らし、"21時以降は食べない"を実行し、"20時以降は食べない"にし、昼と朝も少しずつ減らし...。

今までのダイエットの失敗は、やはり、食べることのコントロールができていなかったことにあるのだろうと思います。食べることをコントロールできない状態で運動しても、結局、動いて消費したカロリー以上に食べてしまうのですよね。運動した後の食事は美味しいですし。

で、今回、食べる量のコントロールがある程度成功したところで、単に体重を減らす以上に健康も考え、身体を動かすことを何とかしようと思うようになったのですが、基本、運動が好きでないし、運動神経もない私としては、スポーツはハードルが高く、運動音痴でもできそうなウォーキングをすることにしました。

そうなると、欲しくなるのが歩数計。昨年末に購入し、今年に入ってから、毎日、歩数を計っています。大きさは幅73mm、高さ31mm、厚み10mm、重さ25gと持っていることがほとんど気にならないコンパクトさで気に入っています。流石にイマドキの歩数計だけあって、基本的な機能だけのリーズナブルなものではあるのですが、消費カロリーや脂肪燃焼量、歩行距離、平均速度なども分かるし、特定の区間だけの歩数などを計ることもできます。(脂肪燃焼量を見ると、動いて脂肪を燃焼することがどれだけ大変なことかを実感させられます。)

使い始めて3週間以上になります。今のところ、平日は4000~7000歩、休日は10000~20000歩といったところ。ただ、歩くより、こうして数値が示された方が意欲も湧くというもの。もう少し体重を落とすこと、そして、健康を維持することを目指していきたいです。


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最愛の子

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中国、深圳。ティエンとジュアンは離婚し、2人の間の3歳になる息子、ポンポンは、父であるティエンに引き取られていました。ある日、近所の子どもたちと遊びに行ったポンポンが行方不明になってしまいます。ティエンもジュアンも、必死になってポンポンを探し、警察にも捜索願を出しますが、駅の防犯カメラに男の肩に担がれて運ばれていく姿が映った後の足取りは掴めませんでした。インターネットなどを通じて情報を集めますが、偽の情報で報奨金をだまし取ろうとする心無い人々もいて、手掛かりを得られないまま月日が流れます。3年後、得られた情報を頼りに、中国北部の農村を訪ねたところ、ついに6歳になったポンポンを見つけます。彼を育てていたリー・ホンチンは、夫が捨てられていた子どもを拾ってきて育てているのだと主張しますが、DNA鑑定で、彼がポンポンであることが証明されます。ティエンとジュアンは、やっと再会できたポンポンを連れて帰ろうとしますが、ジーガンと名付けられ、リー・ホンチンを母として育てられてきたポンポンは、ティエンとジュアンを忘れており、リー・ホンチンから引き離されることを嫌がり...。

実話を元にした物語だそうですが、それもあるのか、リアリティが感じられる作品です。

実に切ない物語です。親子となった経緯に大問題があるとはいえ、リー・ホンチンに"息子"に対する本物の愛情があったことは確か。そして、薄々気付いていた可能性が高いとは思いますが、ポンポンがどういう形で連れて来られたかを知らない以上、リー・ホンチンに罪があると言い切れないでしょう。ティエンとジュアンの辛さにも共感できますが、リー・ホンチンの苦しみも心に沁みてきます。

前半は、息子を奪われたティエンとジュアンの視点から描かれ、2人の苦しみに心を寄せながら物語を辿ることになるワケですが、後半は、リー・ホンチンの視点から描かれ、それまでは、"悪"に思えた彼女の哀しみに引き寄せられていきました。リー・ホンチンの夫のしたことは犯罪ですし、ティエンとジュアンの痛みを考えれば、同情の余地などないはずなのですが、彼とて、それで、利益を得ようとか、ポンポンに害を為そうという意図はなく、むしろ、ポンポンに対し、精一杯の愛情を注いだのでしょう。子どもの誘拐という相当に悪質な犯罪なわけですが、その背景にある悪意は、罪の重さに比べ薄かったのだと思います。

けれど、結果は実に重く、ポンポンは、ティエンとジュアンの元から誘拐され、今度はリー・ホンチンから引き離され、2度の誘拐をされることになります。そして、ティエンとジュアンだけでなく、リー・ホンチンにも子どもを奪われる哀しみを味わわせることになります。さらに、ディエンとジュアンは、やっとの思いで見つけ出した息子に拒否されるという辛さに直面させられます。長く夢見ていたポンポンとの再会の直後に地獄に突き落とされた2人の気持ちを想像するといたたまれないものがあります。

リー・ホンチンを演じたヴィッキー・チャオの熱演が本作の大きな支えとなっています。いくら何でも、夫の言うことを鵜呑みにして2人の子を我が子としてしまうというのはどうかとか、施設に入れられた女の子を引き取りたいと施設に押し掛ける時の"訴えてやる"のあまりの無謀さとか、引いてしまう部分もあるのですが、"貧しくて中学もきちんと卒業できていない"という彼女の状況を考えれば、同情の余地ありといったところでしょうか。そんな彼女が、2人の子どもを良い子に育てるには、相当の努力があったはず。それが伝わってきてくるから、あまりに無茶な彼女に同情したくなってくるのかもしれません。

産みの親と育ての親。どちらも、"息子"を心の底から愛していました。愛があったからこそ、それが奪われる苦悩も大きかったのだと思います。「桃を食べさせないでアレルギーだから。」息子を想うこのセリフが2度登場するのですが、その使われ方が実に効果的。

ラストはハッピーエンドなのかどうか...。希望が描かれているという見方もできるラストですが、もしかしたら、リー・ホンチンにとって知らずにいた方が幸せだったかもしれない真実に気付かされるきっかけになるのではないかという気もします。これまで真実だと思っていた亡き夫の言葉を疑う根拠となる出来事だと思いますし、実の子どもを持つことで、ティエンやジュアン、その他の子どもを奪われた人々の気持ちを本当の意味で理解することになるかもしれませんし...。

ポンポンが行方不明になる直前のジュアンの行動には違和感が拭えませんでしたが、その部分を差し引いても、全体として完成度の高い作品となっていたと思います。親子の物語としても、被害者と加害者の物語としても、都市部と農村部の格差やら一人っ子政策の歪みやら、子どもの誘拐や人身売買といった社会問題を取り入れた物語としても、様々な角度から楽しめ、考えさせられる作品になっていると思います。様々な要素が盛り込まれながら、上手くバランスが取れた纏まりのある作品となっていて、最初から最後まで作品の世界に浸ることができました。お勧めです。


公式サイト
http://www.bitters.co.jp/saiainoko/


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全身小説家

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全身小説家 [DVD]/井上光晴,埴谷雄高,瀬戸内寂聴
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平成4年5月にガンで亡くなった小説家、井上光晴の晩年の5年間を追ったドキュメンタリー。

井上光晴が文学を教える生徒、生前の約束で彼の葬儀委員長を務めた埴谷雄高、彼と恋愛関係にあり、その関係の清算のために仏門に入り、その後は良き友人となった瀬戸内寂聴などの証言を通して、その文学活動を捉えるとともに、撮影開始直後に発覚したガンと闘う姿を生々しく撮り続けます。さらに、親族や近しい関係者たちの証言から彼が履歴や原体験を詐称して文学的虚構を創りあげていた事実をも暴き出して、まさに"全身小説家"だった井上光晴の実像に迫ります。

自筆年譜では、旧満州旅順に生まれ、4歳の時に帰国。佐世保の崎戸炭鉱で働き、朝鮮人の独立を扇動したとして逮捕されたとしているそうですが、この経歴にはいろいろと嘘があるようで、その点についても本作の中で言及されています。その著作だけでなく、自身の人生をもフィクションとして作り上げたということなのでしょう。まさに"全身小説家"。

幼少期から"嘘つきみっちゃん"と仇名をつけられていたそうですが、小さい頃からフィクションの世界を作ることに興味があったし、そこに才能を発揮していたのかもしれません。

小説家となるためには、自分が作り上げた世界に読者の心を引き込み、揺り動かしていく力が必要なわけで、そのためには魅力的な嘘の世界を作り上げる必要があるし、その嘘に力がなければなりません。そして、そうした才能は、まるで教祖のように人々を話術で引き付けたのでしょう。

そうした全身全霊で作り上げた作家の人生がフィクションであったことが炙り出されていきます。けれど、こうしたドキュメンタリー作品の撮影を受ける場合、真実が明らかになる可能性を考えなかったとも思い難いのです。嘘がばれないという絶対的な自信があったとか、自身の中では真実に変容していたといった可能性もゼロではないと思うのですが、基本的には、嘘がばれたとしてもOKということだったのではないかと...。自称した経歴が虚構であったことが明らかになったとしても、それも一つの作品と胸を張れる自信があったのではないかと...。むしろ、それがフィクションであることが明らかになったからこそ、"全身小説家"となり得たのですから..。

フィクションを生み出すことに力を尽くした井上光晴と真実に迫ろうとした原一男。本作により経歴詐称が分かるわけですが、それは、井上光晴が自身の人生を創作していたことを明らかにしたことをも意味します。本作は、作家の嘘を暴いて貶める意図で撮影されたというよりは、一人の作家の創作への執念を伝えようしているように感じられました。

井上光晴がカメラの前に全てをさらけ出しているように見えるだけに、彼が語る経歴に多くの嘘が潜んでいることが明らかにされた時の衝撃は大きいですし、その嘘への執念に鬼気迫るものが感じられました。井上光晴の虚飾を暴きながら、決して、彼を貶めることのない眼差しには、ドキュメンタリー作家としての矜持のようなものを感じました。

157分は、正直、長く感じられましたし、映像にも冗長な部分も感じられましたし、グロテスクな映像もありましたが、長く印象に残りそうな作品です。あまり気軽にお勧めできるような作品でもありませんが...。


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グローリー/明日への行進

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グローリー/明日への行進 [DVD]/デヴィッド・オイェロウォ,トム・ウィルキンソン,キューバ・グッディング・Jr.
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1964年、キング牧師は公共の場での黒人差別を禁止する公民権法の成立に大きく貢献したことから、ノーベル平和賞を受賞します。キング牧師の偉業に沸き立つ黒人たちでしたが、保守的な思想が根強いアメリカ南部では、黒人に対する差別は続いていました。キング牧師は黒人に選挙権を与え、白人との平等をもたらす投票権法の制定をジョンソン大統領に要求します。けれど、貧困問題やベトナム戦争への対応に追われるジョンソン大統領は時期尚早であるとし、すぐには受け入れようとしません。これを受けたキング牧師は、黒人差別が最も強いアラバマ州セルマを拠点に、投票権法の成立を目指して動き始め...。

罪もない黒人たちが、ほとんどイチャモンな言い掛かりをつけられて警察官に射殺される事件も後を絶たちません。(もっとも、アメリカでは年間1000人もの人が警察官に殺されているとのことですから、被害者は黒人以外にもたくさんなのでしょうけれど。)KKKも規模を縮小し、形を変えたとはいえ、現在もいくつかの分派が活動を続けています。

それでも、かつては投票すらできなかったアフリカ系の人が大統領に選ばれるところまで時代が変わったということも事実。「I have a dream」で有名な演説。そこで語られていることは、当時としては叶えることが難かしい夢だったのでしょう。けれど、今の私たちからすれば、あまりに当たり前なことも含まれています。

1968年にキング牧師が暗殺されてから48年。それから今日までの道のりを進歩したと評価するのか、何も変わっていないと受け取るのか...。差別の問題の根深さ、難しさと同時に、僅かながらでもそこにある希望が感じられる作品となっています。

冒頭のキング牧師のノーベル平和賞受賞のシーン、教会が爆破されるシーン、有権者登録をしようとした黒人女性が理不尽に追い返されるシーン。キング牧師と黒人たちの置かれた状況が短時間で見事に伝わってきます。キング牧師の描き方も、単に、大きな変革を成し遂げた聖人君子として持ち上げるのではなく、人間としての弱さや悩み苦しむ姿も描かれ、人間臭さが感じられる描き方となっています。中でも、緊張を和らげるため、夜中にマヘリア・ジャクソンに電話をして歌ってもらう場面は秀逸だったと思います。こうした描き方に、人種差別への取り組みが天才的な偉人によってのみ為されるものではなく、どこにでもいる人々(本作を観る者も含めて)によって為しうるものだという主張が感じられます。

そして、キング牧師の活動についても1965年3月の"セルマの行進"に焦点を当て、内容を絞って描いたことで、限りのある時間で、キング牧師と他の団体や人物の活動との関係、人種差別の問題を取り巻く社会の状況、登場人物たちの心情も含めて描かれています。

実際の行進は、セルマからモンゴメリーまでの87km、黒人農園主の庭先などで休息しながら、5日間かけて行われたとのこと。そして、この作中で示されているように、この行進の直後にも、必要品を車で運搬するボランティアとして参加したヴァイオラ・リウッツォがKKKに射殺されるという事件が起こります。で、4人のKKKメンバーが逮捕され、"公民権侵害容疑"による連邦地方裁では有罪となり、3人に懲役10年の刑が下ります。けれど、"殺人容疑"によるアラバマ州裁では3人は無罪になったとのこと。"殺人でも相手が黒人や黒の味方なら無罪"という当時の"深南部の伝統"は、この時点ではまだ強固だったようです。

見応えある作品でしたが、ラストの演説のシーンに、キング牧師や登場人物たちのその後の情報が重ねられてしまったのはどうかと...。ここは、やはり、演説をきちんと終わらせてからにして欲しかったです。集中力が削がれてしまいました。この点だけは残念でした。

キング牧師の演説は、著作権の関係だとかで、全て言葉が置き換えられているとのこと。キング牧師の活動を描いた作品で、実際に行われた演説そのものが使えないというのは、かなり残念ですが、これまで、キング牧師についての映画が作られなかったのも著作権の関係のためだとか。それを考えると、言葉の置き換えをしても映画化したことの意義は大きいと思いますし、元の演説の趣旨を変えずに言葉を置き換えるというのは大変な作業をしたことは高く評価すべきだと思います。

歴史を知るためにも、私たちの今後の社会を考えるためにも一度は観ておきたい作品だと思います。


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