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青森のリンゴのお菓子です。

流石にリンゴの産地として有名な青森のお菓子。リンゴの味がしっかりと感じられます。アップルグラッセがパイ生地で包まれています。小さなアップルパイといったところでしょうか。リンゴは紅玉が使われているとのことで、やさしい甘みの中にもほんのりとした程よい酸味が感じられ、ただ甘いだけの味ではなく、アクセントが効いた深みのある味になっています。

バターもしっかりと使われているのでしょう。コクのある味わいです。ちょっと小腹が空いた時、お腹が鳴りそうな時など、これ一つで一息つくことができます。

私は、時々、新宿高島屋の地下1階、全国の銘菓が置かれているコーナーで買っているのですが、お店のサイトから購入できるようになっています。この「たわわ」以外にも、紅玉の輪切りをグラッセした「薄紅」など、いくつかのお菓子は1個から買えるようになっているのも嬉しいところ。

新宿高島屋の全国銘菓のコーナーには、この「たわわ」以外にも、「薄紅」や「そふとどらいふるーつ紅玉」も置かれていて、こちらもお勧め。公式サイトからはお菓子だけでなく、リンゴのジャムなども買えるので、近いうちに試してみたいと思っています。


公式サイト
http://shop.a-okinaya.co.jp/



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ロゼッタ

テーマ:
ロゼッタ [DVD]/エミリー・ドゥケンヌ,ファブリツィオ・ロンジョーネ,アンヌ・イェルノー
¥1,944
Amazon.co.jp


キャンプ場のトレーラーハウスで酒浸りの母親と暮らすロゼッタ。ある日、理由もなく工場での仕事を奪われてしまいます。必死に抵抗しますが、仕事を取り戻すことはできません。生活保護を受けるよう勧められてもそれを拒否し、何とか仕事を探そうと必死なロゼッタは、ようやくワッフル店で働けることになりますが、その仕事も、奪われてしまい...。

貧しい環境で生まれ育ったロゼッタ。唯一の家族である母は、酒代のためなら体を売ることも厭わずって稼いだ金で酒をあおる毎日。そんな中で、何とか仕事を得て、自分の力で生きていこうとするロゼッタは、過剰にエネルギッシュで、本来、健気なはずの姿もふてぶてしく感じられる程。仕事を探すために落ち着きなく走り回り、稼ぐためにアクセク動き回る彼女は、生きていくためなら、仕事を得るためなら、自分に手を差し伸べてくれた人を裏切ることも厭いません。

自分の力で生きることに拘り、生活の糧を得るための仕事を見つける、一途にその目標に向かって突っ走るロゼッタにとって、他人の気持ちや善意、社会保障の制度さえも知ったこっちゃないのでしょう。その圧倒的なパワーは、観る者から彼女への同情心を奪ってしまう程の強さです。

そのロゼッタの獰猛なまでのエネルギーが一気に落ちるのがラストに至る部分。入院していたはずの母が戻ってきたことで、ロゼッタは絶望のどん底に突き落とされます。必死に生きようとしていたロゼッタが死を望んだ場面。生きる手段を得ることができずにいた彼女は、死にも見放されます。改めて自殺にトライするためにガスボンベを運ぶ姿に底のない絶望が見えてきます。救いがたい哀しさと痛みを描いた場面として映画史上に残る名場面と言っても良いのではないかと...。

そして、ラスト。このあまりに痛々しく惨めな状況の中に、一筋の光が射します。それは、ロゼッタが、自分の人生に他人が介在することを受け入れた瞬間だったのでしょう。この時のロゼッタの表情が秀逸。ままならない日常への焦燥の中を生き抜いてきたロゼッタが、人の温もりを知り、新たな人生を開いたことが伝わってくるようなラストでした。



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紙の月

テーマ:
角田光代の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

バブルがはじけて間もない1994年、銀行の契約社員として働く平凡な主婦、梅澤梨花は綿密な仕事への取り組みや周囲への気配りが好意的に評価され、上司や顧客から信頼されるようになります。一方、悪い人ではないけれど、自分に関心のない夫との関係にむなしさを感じる梨花は、顧客の一人の孫である大学生、光太と出会い不倫関係に陥っていきます。彼と逢瀬を重ねていくうちに金銭感覚がまひしてしまった梨花は、顧客の預金を使い込むようになり...。

まぁ、少々、デリカシーに欠ける感じはしますが、取り立てて悪い人ではないというより、どちらかと言えば良い人な夫がいて、それなりの経済的な安定があって、それでも、梨花は、夫から離れようとします。世間的に見れば普通よりはおい部類に入るはずの夫は、施せる相手に気持ちを寄せやすい梨花にとって、一番の愛情を注げる対象とはなり得ない相手だったのかもしれません。

光太との不倫。最初、光太の方が梨花に興味を惹かれていくワケですが、何故、光太が梨花を追いかけるのか、その辺りは、少々、不思議な感じも。梨花の側からすると、"施せる相手"であれば、光太でない誰かだとしても同じことだったのでしょうから、この流れで問題なかったと思うのですが、普通に同年代の彼女ができそうな雰囲気の光太がどうして梨花だったのか...。確かに、美人だと思いますが、年齢差とか人間的魅力とか考えるとどんなものか...。最初の段階では、梨花が自分に貢いでくれる相手だなんて分からなかったでしょうし、本来の光太は、そんなことを気にするタイプではなかったと思いますし...。

最初は、単にホンの少しの間"借りる"というだけの行為(それでも、ルールを破る行為ではあったでしょうけれど)だったことが、徐々にエスカレートし、完全に犯罪のレベルになり、やがて、とても誤魔化し切れないレベルになっていき、それとともに、梨花自身が変化していきます。お金というものの怖さ...というより、その背景にある人間の欲の深さ、根強さが伝わってきます。

本作の白眉は、クライマックスの梨花VS隅の対決の場面。それまでのストーリーの中で、ふんわりと曖昧にしか描かれていなかった梨花の内面が溢れ出てきます。少なからぬ人がどこかで惹かれているであろう贅沢三昧な時間。特に、金融機関のように一人の人間が一生賭けてやっと稼げる額の何十倍、何百倍、それ以上の金額を日常的に扱っている人々が、心の奥底で一度は思い浮かべたかもしれないことをした梨花に対する真面目一方でやって来た隅の想いも滲み出てきます。

羽目を外すこととして徹夜すること位しか思い浮かばなかったという隅と、大学生との不倫のために大金を注ぎ込み、そのために横領を繰り返した梨花と真面目に厳格に仕事に取り組む隅の間にある溝は深いけれど、その幅は、案外、狭いのかもしれません。それは、無理なく飛び越えられるものでしかないのかもしれません。隅との対決後の梨花の行動は意外なもので、ドキッとさせられました。隅を誘った時、梨花が隅の中に見たもの、そして、一瞬の迷いを見せながらもその誘いを断った隅が梨花の中に見たもの。その差は、それ程、大きくはなく、それ故に、梨花は隅を誘ったのでしょうし、隅は躊躇したのでしょう。

飛び出した梨花が疾走する場面は、不思議と爽快感がありました。その後にラストのシークエンスがあるのですが、この梨花が走る場面で終わりにした方が良かったのではないかと...。まぁ、梨花の過去の場面との関連を考えれば、必ずしも蛇足ともいえないのですが、あのラストは、エンドロールの後にでも一枚の写真程度でアッサリと示すくらいで十分だったのではないかと...。梨花の走る場面がこの事件での梨花の変化を象徴するようなシーンだっただけに、ここで終わらせた方が印象的なラストになったのではないかと思います。

ところどころ、残念な感じがした部分もありましたが、一つの作品として楽しめました。観て良かったです。

原作も近々読んでみようと思います。


公式サイト
http://www.kaminotsuki.jp/



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ショート・ターム

テーマ:
問題を抱える子どもたちのためのグループホーム"ショートターム12"。そこには、心に深い傷を抱えた子どもたちも多く、そこで働くスタッフのグレイスたちは、子どもたちと何とか良い関係を築こうと悪戦苦闘の日々。同僚のメイソンと付き合っていたグレイスは、自分が妊娠していることを知ります。メイソンは、グレイスの妊娠を喜びますが、グレイスの中には迷いが残っている様子。そんなある日、ジェイデン(ケイトリン・デヴァー)という少女が入所してきて、グレイスが彼女を担当することになります。徐々にジェイデンとの関係を築いていったグレイスは、彼女が父親に虐待されていたことに気付き...。

まぁ、この手の施設を舞台にした物語としては在り来たりという感じもします。子どもが健康的に成長するために必要な世話をされず、愛情を得られず、虐げられた子どもたちがどんなに深刻な傷を負うことになるのか、そして、そこから立ち上がることがどんなに困難なことであるか...。けれど、その難しさを理解しつつ、子どもたちが健やかさを取り戻すことを諦めないスタッフたちが、そんな子どもたちを懸命に支えようとしています。

本作で印象的なのは、そのケアする側にいるスタッフの傷にも向き合っていること。

徐々にグレイスのこれまでが明らかになり、彼女もまた、子どもの頃から深い傷を抱えていることが明らかになっていきます。自分自身が傷つけられた子どもだったからこそ、この手の仕事に興味を惹かれるようになった...という面もあるのかもしれませんが、子どもたちの傷を癒すことが、自分自身の傷に向き合い、癒すことに繋がっていきます。

そして、傷を修復するために効果的な手段である"語ること"。作中で、ジェイデンが作ったという"オハナシ"が語られますが、その物語の哀しさに胸を打たれました。その物語を紡いだこと、それをグレイスに語ったことは、ジェイデンの行く末を大きく変えたことでしょう。さらに、グレイスもジェイデンから大きな力を与えられます。グレイスを理解しようと心を砕き、深く愛するメイソンにさえ打ち明けられなかった体験を、グレイスはジェイデンに明かします。同じ経験を共有するからこそ、心を許せたということなのでしょう。そして、この2人の関係性の中で得られた力により、2人ともそれぞれにさらにその外の世界に向かっていくことになります。

人が人を癒すということは、決して、癒す側が癒される側に一方的に恩恵を与える関係になるのではなく、癒される側も癒す側に何らかの力を与えるものなのでしょう。

子どもは親を選ぶことはできません。けれど、そんな子どもが自分の人生を選べるようにすることはできるはず。メイソンの言葉で語られるだけですが、母親から虐待を受け、短期入所型のこの施設で3年間を過ごし、18歳になったために退所したマーカスのその後の物語に希望が示されます。マーカスも、ジェイデンも、グレイスも、きっと、"虐待された可哀そうな子ども"としての人生でなく、自分自身で選択した人生を歩んでいくことになるのでしょう。

施設を出る年齢を迎え、外の世界に出る不安から心の安定を崩す者、時折、パニックを起こす者、自傷行為を止められない者、親から虐待された者、入所者同士の人間関係の難しさ...。想い問題を描きながら、どこか軽やかで明るい空気を纏った作品です。メイソンが、子どもたちとのエピソードをネタとして語る場面がありますが、このメイソンの気負わない軽やかさが、本作の救いとなっているのかもしれません。そのメイソンの力も、とある夫婦の大きな愛によってもたらされたもの。

人は、自分や他人の傷をいやす力を持つことができ、愛を受けて育まれた力は誰かへの愛として伝えられていく。そこに人であることの喜びと希望があるのかもしれません。

ラストで、そんなに簡単に問題が解決されるわけではないことも示されますが、それでも、温かな気持ちで、希望を感じながら観終えることのできる作品になっています。お勧めです。


公式サイト
http://shortterm12.jp/



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北朝鮮・素顔の人々

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昨日、ここに感想を書いた「金日成のパレード/東欧の見た"赤い王朝"」と、シネマヴェーラ渋谷で当時上映されている作品です。

韓国の脱北支援者に渡されたカメラで北朝鮮の住民数人が極秘に撮影した映像を編集した作品です。映像は十数時間分に及び、それを韓国の脱北支援者から託されたアジア映画社の朴炳陽(パクビョンヤン)代表が編集したそうです。撮影されたのが2005年前後とのことですから、9年ほど前、「金日成のパレード」から17年を経た時期の北朝鮮ということになります。

当局の許可なく撮影などしていることがばれれば公開処刑されるという国での隠し撮りですから、まさに命懸け。そのために、撮影者の身元がばれないように注意が払われている様子も窺われ、観る者にも、その生命を賭けた緊張感が伝わってきます。

大勢の人が集まる"チャンマダン(市場)"と呼ばれる闇市。地方経済を支える場ともなっているとのこと。売り買いされている様々な物に、北朝鮮の人々を取り巻く厳しさとその中で生き抜こうとする人々の逞しさが感じられます。北朝鮮のことが伝えられる時、その異様さばかりがクローズアップされがちですし、本作でも、その異常さが伝えられるのですが、それでも、そこには当たり前の人間の生活があることにも気づかされます。

そして、"コッチェビ"と呼ばれるホームレスの子どもたち。貧しいながらも、仲間と分かち合う姿勢が貫かれ、自分の気持ちを歌という形で表現する場面もあり、過酷な状況に置かれながらも「金日成のパレード」に登場する"豊かな"人々より人間らしさが感じられたりもしました。その良し悪しはともかく、置かれた状況の厳しさが団結を生むというのも事実なのでしょう。

公開処刑の映像もあります。銃声とともに崩れ落ちる人の映像も衝撃的ですが、公開処刑の場に動員されてきた人々が、淡々と処刑を眺め、何事もなかったかのように引き上げていく様子に、こうしたことがいかに日常的に当たり前のように行われているかが垣間見られ、そのことに愕然とさせられました。

日本にいる脱北者の解説も加えられ、映像だけでは捉えきれないところが補われます。

「金日成のパレード」とは時代の違い、地域の違いがあるとは言え、全くの別世界です。金王朝の偉大さの証左ともされる首都、平壌の"豊かな生活"を支えるために地方が搾取されているということもあるでしょうし、「金日成のパレード」の時代より、北朝鮮自体の状況が厳しくなっているということもあるのでしょうけれど、あまりに圧倒的な落差は衝撃的ですらあります。

「金日成のパレード」と併せて観ることで、北朝鮮の表と裏について、窺い知ることができます。是非、併せて観たい2本です。



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1988年、ソウルオリンピックの年に開催された朝鮮民主主義人民共和国の建国40周年記念式典。そこに招かれたポーランドの映画スタッフが撮影した式典と北朝鮮の様子を捉えたドキュメンタリー。

何度も繰り返される"偉大なる首領様""親愛なる指導者同志"という言葉。そして、何十万人という規模の延々と続くパレードと圧倒的なマスゲーム。ただ一人の人間を称え、その人物への忠誠を示すためだけに費やされる膨大な努力。以前、このマスゲームに参加することになった一人の少女を追ったドキュメンタリー、「ヒョンスンの放課後」を観ましたが、このマスゲームの映像は何度も観ても心揺さぶられる力強さがあります。これだけの人数でこれだけ統制のとれた動きを作り出すにはどれだけの練習が必要なのだろうとか、その間、これだけの人のトイレとかどうするのだろうとか(垂れ流し状態にならざるを得ないですよね、きっと)いろいろ気になりますが、そんなこと無視して推し進めてしまうのが、専制政治の力なのでしょう。

金日成、金正日父子を礼賛する言動で埋め尽くされる本作ですが、それは、もちろん、北朝鮮当局の意向に沿わない映像は撮影できなかったからなのでしょう。撮影スタッフが本作で描かれているのとは違う現実に全く触れなかったわけではないのかもしれませんが、北朝鮮に都合が悪いような場面を撮影することはおろか、きちんと確認することさえ簡単ではなかったでしょう。けれど、それでも、北朝鮮当局に対するちょっとした"反抗心"も垣間見えてきます。パレードの通り過ぎた後の道端に落ちていたハイヒール。靴が脱げてしまってもそれを拾いに行くことさえ許されず、靴なしでパレードを続けるしかなかったのであろうその持ち主のことを思えば、北朝鮮の人々が置かれた現実の一端が想像できるというもの。本作を撮影した人々の国、ポーランドも、当時は社会主義の国ではありましたが、これ程までに抑圧された社会ではなかったのではないかと...。

あまりの専制振りに、"近い将来崩壊する"と言われるようになってから、かなりの年数が過ぎています。金日成が亡くなり、その息子、金正日の時代になれば長くは持たないとも言われましたし、さらに孫の代まで"王朝"を継承するのは難しいのではないかとも言われていました。けれど、いまだに北朝鮮の体制は変わっていません。周辺を取り巻く中国や韓国、その他の国々の都合も絡み、"王朝"は存続しています。

本作撮影当時は、いくら抑圧されているとはいえ、今よりも北朝鮮という国自体にゆとりがあったのかもしれません。洗脳されてはいたのでしょうけれど、人々の表情にはそれなりの高揚感や幸福感が窺われます。例え、どんな背景があったとしても、大勢で一つの作品を生み出すというイベントに参加れば、結構な達成感を味わうことになるのでしょうし、そこに参加したことへの誇りのようなものも感じるのでしょう。そういう意味では、金王朝は実に巧妙に国民を統治していると言えるのかもしれません。

作中に、当時の社会主義国の独裁者たち、チャウシェスクとかヤルゼルスキとかが登場します。まぁ、ヤルゼルスキについては、"ポーランド社会主義体制の救世主"的な扱いなわけですが、"お仲間"が次々と倒される中、金王朝が踏ん張っている背景は何なのか、考えさせられます。

最初、その異常性に辟易するのですが、徐々に、北朝鮮という特殊な国だけの問題ではないように思えてきてゾッとしてきます。少なくとも、日本にも天皇が神で天皇陛下万歳な時代があったわけだし、世界のあちこちで独裁が行われていたことはあったわけです。ブラックコメディのような、ホラーのようなドキュメンタリー。

本作と同時上映されている「北朝鮮・素顔の人々」。本作とは少し撮影の時期も違いますが、とても同じ国とは思えないような現状が映し出されます。距離的に近いこともあり、拉致問題が未だに解決されていないこともあり、決して"無関係な国"とは言えない北朝鮮。果たしてこの先どうなるのか、日本とこの国のこれからのために私たちが何ができるのか、私たちにとって避けては通れない問題なだけに、知っておくべき現実だと思います。



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滝を見にいく

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温泉付き紅葉ツアー。幻の滝を見て、その後は有名な秘湯に入るという企画に7人の中年女性が参加します。一行は滝を見るために山に入ったのですが、ツアーガイドが道に迷ってしまいます。ガイドは「すぐ戻る」と言って、7人をその場に遺して立ち去ってしまいます。ガイドがなかなか戻らず、待ちかねた7人は何とか自分たちで道を探そうとしますが...。

山で遭難...という危機的な状況なのに、どこかのんびりしているというか何というか...。さすがに年季の入ったおばちゃんたち!!!ということなのでしょうか...。最初は、些細なことからぶつかり合ったり、いがみ合ったりなどということもあった彼女たちですが、危機の中で自然と結束を固めていきます。イザとなると一つの目的に向けて団結できるというのも、同年代のおばちゃんたちの強さの理由なのかもしれません。

顔が汚れていくに連れて、却ってつやつやしていく肌や生き生きとしていく表情が印象的でした。自然に囲まれて、余計なものを脱ぎ捨てていったところに現れてきたものが美しいものであって良かったと思います。ここが、本作の優しさなのかもしれません。

順調に旅程が進んでいる時の遣り取りとガイドが消えてからの関係性。それぞれに、いかにもな"あるある"満載で、笑わせられました。植物の蔓を使った縄跳びなど、この年齢のおばちゃんたちがやるからこそファンタジーになるような場面もあり、設定と展開の巧さが感じられます。

野宿を決め、食料を確保しようとする場面。何だか楽しそうに結構な量を集めてしまう辺り、そして、単に空腹を満たすだけでなく、味のこともしっかりと気にする辺り、実に逞しいです。まぁ、実際のそんなことがあったらもっと厳しいことがいろいろあるよ...という感じもありますが、7人の中にそれなりの登山経験者が配されていたりして、展開に説得力を持たせています。ドキュメンタリーを観ているような気分にさせられるほどリアルな感じの部分とおばちゃんたちの冒険物語的なファンタジックな部分とのバランスが良く、楽しめました。

それぞれに事情を抱えていたりもする7人ですが、その辺りについては、あまり深くは立ち入らないまま物語が進んでいきます。この辺りの匙加減が程よく、安易な"自分語り"に陥らないところには好感を持てました。この手の作品は、ついつい自分語りに走りたくなるもの。そこを踏ん張ったのは見事です。

ラストのまとめ方も良かったです。ガイドへの"復讐(?)"も程よかったですし...。ほのぼのとした雰囲気に浸って、ほんのり温かくなれる作品です。これは、なかなかの掘り出し物。お勧めです。


公式サイト
http://takimini.jp/



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今日子と修一の場合

テーマ:
今日子と修一の場合 [DVD]/安藤サクラ,柄本佑
¥5,076
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夫が病気で倒れ家族を養うため、保険の外交員となった今日子は、契約のため、枕営業をするようになり、それが元で故郷を追われます。大学受験を前にして、暴力的な父親から母親守るため父を殺してしまい、少年刑務所に収監された修一。2人とも、宮城県、南三陸町の出身でしたが、それぞれの事情により、故郷を離れ、東京で新しい生活を始めますが、東北地方を中心に大震災が起こり...。

地震により思わぬ"事故"が起きた後の今日子の行動は何なのか...。普通に通報していれば何でもなかったはずのことなのに、わざわざ大変な思いまでして問題を複雑にするとは...。その必然性が全く感じられません。故郷を追われた段階で、かなり心が壊れた感じの今日子。それは、東京の出てからも同じなのですが、その壊れた感じと、"事故の処理"をする際のパワフルな感じ(相当なエネルギーが必要な行為のはず)が、どうも結びつきませんでした。

で、今日子と修一、2人のそれぞれの物語のほかに、ピアノの青年、ケンイチの物語が描かれます。ケンイチが修一の同僚という設定なので、この部分は修一の物語に含まれるということになるのでしょうけれど、結構、ケンイチの存在感が大きく、彼の奏でる音楽が耳に残って、そのために、今日子の物語と修一の物語のバランスが悪くなっています。ここは、タイトルにもケンイチを入れ、彼の物語を修一とは独立させ、3人の物語として描いた方が収まりが良かったような気がします。

震災が絡められる理由もよく分かりませんでした。あの震災は、それにより直接被害を受けなかった人々の生き方や考え方にも少なからず影響を与えた大事件だったわけで、それをこのような中途半端な形で登場させるということに違和感を覚えました。この扱いはどうかと...。今日子の場合にしても、修一の場合にしても、設定があまりに極端で、その分、震災の影響という点が曖昧になってしまったのかもしれません。もっとごく普通の日常の中に震災の影響が及んできて...という流れの方が、震災を絡める意義が感じられたかもしれません。まぁ、あまり分かり易い形でなく震災を絡めたかったということなのかもしれませんが...。この辺りの構成は、独りよがりな印象が否めませんでした。

エピソードの描き方とか、個々のエピソードの繋ぎ方とか、作品全体のバランスが悪く、全体にチグハグな感じが漂います。時間軸が前後しながら物語が描かれていくのですが、その行きつ戻りつする感じもギクシャクした感じで、ヘンに分かりにくい構成になっていました。

タイトルも誤解を与えるタイトルで、それも???。"今日子の場合、修一の場合"なら分かるのですが...。

今日子を演じた安藤サクラ、修一を演じた柄本佑、修一の同僚で彼に好意を寄せる女性、未来を小篠恵奈、ケンイチを演じたを演じた和音匠、それぞれに力のある演技だったと思います。特に、安藤サクラの、故郷に帰って子どもを見た時の表情が秀逸。そして、小篠恵奈が、修一を気遣い、ラーメンを作って2人で食べる場面で、実に美味しそうにラーメンをすする表情など印象的でした。他にも実力派が揃えられているだけに、それが活かされていなくて残念。


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銀の匙 Silver Spoon

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銀の匙 Silver Spoon DVD並盛版/中島健人,広瀬アリス,市川知宏
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週刊少年サンデーで連載され、テレビアニメ化もされた荒川弘の同名コミックを映画化した作品。コミックは未読、テレビアニメは未見です。

進学校に通いながらも挫折し、逃げるように大蝦夷農業高校に入学した八軒勇吾。将来の目標や夢を抱く同級生のアキや駒場に劣等感を感じつつ、実習や部活に悪戦苦闘の日々。北海道の雄大な自然とニワトリ、ブタ、牛、馬、そして個性豊かな仲間たちに囲まれた常識を覆す農業高校の生活の中で八軒は、悩み、戸惑いながらも次第に自分なりの答えを見つけていきますが...。

まぁ、ありきたりの少年の成長物語ではあるのですが、北海道の大自然、動物たち、畜産を取り巻く諸問題、が絡められ、そこが本作独特の味わいとなっています。そして、私たちが日常的に口にする食べ物がどのように生産されているのかという私たちが無視しがちな、けれど、私たちの生活を支える営みについて描かれている辺りも印象的。

"経済動物"という言葉。生きた動物をペットではなく、"食べ物として加工するもの"と認識するというのは、サラリーマン家庭で育った八軒にはなかった感覚。そこに、八軒と他の農家の子どもたちの違いが出ています。そして、映画を観る者の多くは、八軒側の感覚かと...。観る者は、八軒と同じ視点から、農業高校という環境に入っていくことになります。そういう意味では、新鮮な感じがありましたし、学ぶことも多い作品でした。けれど、だからといって、簡単に割り切れない部分があることも描かれています。そこは、食べ物、売り物とはいえ、生きているものだからこそなのかもしれません。

そして"競争"。受験という競争に敗れてやってきた八軒。"競争"は時に人を痛めつけ、人の醜さを露わにしますが、競争から逃れられないのも人間。動物だって、常に競争にさらされていて、そこから逃れるのは難しいということなのでしょう。"経済動物"たちも、それを糧にする酪農家も、高校生たちも。

ただ、結構、長編な原作の映画化ということもあるのか、個々のエピソードの描き方が浅い感じは気になりました。テーマもテンコ盛りで、詰め込み過ぎた感じは否めませんでした。もう少し、テーマもエピソードも絞っが方が良かったような...。

ラストも微妙。空に浮かび上がる言葉は良いのですが、これでは、その言葉の意味が活かされていないような...。こんな形で持ち出さない方が良かったのではないかと...。

舞台設定の面白さ、食に関する問題をきちんと描いた点で好印象。作品としても構成、テーマやエピソードの盛り込み方、ラストのまとめ方が今一つ。といったところでしょうか...。


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ダーク・ブラッド

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ダーク・ブラッド [DVD]/リヴァー・フェニックス,ジュディ・デイヴィス,ジョナサン・プライス
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アメリカ西部の砂漠地帯。かつて白人がネイティブ・アメリカンから奪い、核実験を繰り返したその土地は、今では荒野がどこまでも広がる、この世の果てのような場所。そんなところで、ハリー(ジョナサン・プライス)とバフィー(ジュディ・デイヴィス)の夫婦は、車の故障により立ち往生してしまいます。助けを求めて歩くバフィーは、一軒の小屋に辿り着きます。そこには、ネイティブ・アメリカンの血を引いた青年、ボーイ(リヴァー・フェニックス)が、妻を白血病で亡くして以来、社会との関係を断ち、一人で暮らしていました。もうすぐ世界の終わりが来ると信じている彼は、美しいバフィーを一目見て生きる本能を目覚めさせていき、バフィーもまたボーイの妖しく不思議な精神世界に惹かれていきます。一方、俗世そのもののようなハリーはボーイと事あるごとに衝突。灼熱の大地で3人は次第に緊迫の度を深めていき...。

1993年10月31日に主演のリヴァー・フェニックスがヘロインとコカインの過剰摂取による心不全で死亡。その時、まだ撮影を終えていなかった本作は、完成不可能とされ、長い間お蔵入り。けれど、監督のジョルジュ・シュルイツァーが、2007年に大病を患い、余命宣告されたことから、キャリア最後の作品として本作を完成させることを決意。2009年から制作を再開、2012年に完成させた作品。

映画作品の作り方としては、やはり、無理があったのだと思います。多分、撮影ができなかったのだろうと思われる部分に、不自然に説明的なナレーションが被せられています。まぁ、この部分を他の映像でカバーするというワケにはいかないのでしょうから、やむを得ない措置だとは思いますし、最善の方法を選択できない中では一番マシな方法だったのだとは思います。

リヴァーの死亡時、撮影は8日分程残されていたそうですが、こうして見ると、かなり肝心な部分が未撮影だったのだということが分かります。

砂漠の真っただ中に一人生活するボーイとそこに入ってきたハリーとバフィー。相反する世界に住むボーイとハリーはぶつかり合い、バフィーの存在が、2人の関係をさらに掻き乱します。この3人の関係には興味が惹かれるものがあったのですが、さて、登場人物それぞれが何をしたいのか、今一つ伝わってきません。これは、単に、未撮影の部分があってどうこうというだけの問題ではないような気がします。

それぞれ、悪人ではない3人。少々、エキセントリックな部分があるとはいえ、普通な感覚も持ち合わせているボーイ。拝金主義的なところはあっても特別に変というレベルでもないハリー。ボーイとハリーに対する自分の影響力を楽しみ、2人の気持ちを弄ぶような面はあっても特別に悪女でもないバフィー。それぞれの苦悩や焦燥といったものが、今一つ、描き切れておらず、そのためか、どこか緊張感に欠けます。結構なことが起こってはいるのですが...。

ラストシーンも???車でやって来たボーイの友人らしき面々。何故、彼らは、ハリーに対して何もしようとはしなかったのか...。その直前のリヴァーの演技が印象的だっただけに、その後の展開の意味不明さが残念です。ボーイに対する行為はともかく、ハリーたちを放置というのは解せませんでした。

リヴァー・フェニックスの姿を見られるだけで満足という向きには楽しめる作品なのでしょう。けれど、そうでない人にとっては、面白い作品とは言えないような気がします。俳優、リヴァー・フェニックスにとって、本作が"遺作"となることが良かったのかどうかも???です。



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