御手洗薫の愛と死

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御手洗薫の愛と死 [DVD]/吉行和子,松岡充,小島聖
¥5,076
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有名小説家、御手洗薫は、パーティーの帰りに車で1人の女性を撥ねてしまいます。被害者の息子であり、小説家のはしくれだという神崎龍平は、事故を表沙汰にしたくない薫に対し、事故について黙っている代わりに、薫の原稿を自分の名前で発表させて欲しいと要求します。薫は龍平の要求をのみ、ゴーストライターとなります。脅迫から始まった二人の関係ですが、やがて互いに対する親愛の情が湧いていきます。富と名声を手に入れた龍平は、若く美しい編集者の桂木百合子と関係を持つ様になります。若い作家を虜にし、その才能を搾り取り、書けなくなると次の作家に手を着けることを繰り返してきた百合子との関係を危惧した薫は、百合子との関係を断つ様に言いますが、龍平は、聞き入れません。やがて、薫は、自分がゴーストライラターとして原稿を書き続ける事が、本当は龍平の為ならないのではないかという思いを抱くようになり...。

脅迫されている側のはずの薫が、生き生きとゴーストライターをしている姿が印象的です。若いオトコと秘密を共有する興奮と育てる喜び。脅されているようで実は主導権を握っている辺り、ベテランならではの貫禄と自信が漲っています。特に、龍平の元原稿をリライトしてそれを見つける場面。「貴男の書いた駄作でも私が書き直せば傑作になる。」何と小気味の良いセリフ!!その後に続く場面で、2階から龍平に原稿を投げつけ「よく読んで思い知るがいい。貴男の才能のなさと私の偉大さを!」と叫ぶシーン。ベテラン、吉行和子の演技力もあり、見事なシーンとなっています。この"原稿投げつけ"の場面は、もっとしっかりと盛り上げて欲しかった感じもしますが...。

泣かず飛ばずの作家...とはいえ、龍平も2冊の本を出版した作家。決して、特別に巧い作家ではなかったとしても、それなりに見所があってがあるからこその2冊の出版だったと思うのですが、その"この先磨けば光りそうな才能の芽"のようなものをもっと感じさせて欲しかったです。殆ど本を読んだことがないとか、自分の部屋にたいして本もないとかという設定はどうかと...。

それに、龍平の作品が、薫の手によるものだということに出版関係者が気付かないというのも変。薫が龍平に渡した2番目以降の原稿は、龍平の名で出版されることが予定されていたものなので、そのように文体を変えることもできたと思うのですが、最初の原稿は、自分の名前で発表する予定で書かれたものだったはず。僅かな時間でリライトしたということなのでしょうか...。長年の経験の中で磨かれてきた文体を変えるというのは、そう簡単なことではないと思うのですが...。まぁ、そこが薫の力ということになるのでしょうか...。

気になる部分もないではないのですが、物語の面白さで惹きこまれました。"脅される側が、脅す側に追い詰められて逆切れ"的なありきたりの物語を想像していたのですが、良い意味で裏切られました。

その死後になって初めて伝わった薫の深い愛が心に沁みます。薫の龍平への愛も、なかなか伝わりにくいものでしたが、他にも、薫に向けられ、薫に気付かれなかった愛がありました。簡単には伝わらないものだけに、心の奥底に届いた時の感動が大きいのかもしれません。龍平と薫の秘書であった笹岡が語り合う場面も心に沁みます。

死を目前にした薫が取った行動の結果、龍平は、名声を失いますが、薫のその仕打ちの背景にあったのは龍平への愛であり、信頼であったのでしょう。ラスト、薫の想いが報われたことが伝わってきて、印象的な幕切れでした。

公開時も地味な扱いの作品で、これまで本作の存在自体を知らずにいたのですが、かなり楽しめました。一度は観ておきたい作品だと思います。


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オー!ファーザー

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オー!ファーザー [DVD]/岡田将生,忽那汐里,佐野史郎
¥4,104
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伊坂幸太郎の同名小説を映画化した作品。原作は、以前、読んでいます。

知事選が過熱している地方都市の高校生、由紀夫はどこにでもいるフツーの高校生。けれど、ただひとつ、普通でないのは、生まれた時から4人の父親と同居していること。複雑すぎる家庭環境は、それなりに面倒くさいことも多いけれど、それなりに楽しい毎日を過ごしてもいました。けれど、同級生の謎の不登校、町のフィクサーがハメられたという詐欺事件、そしてフィクサーのカジノでの鞄すり替え現場の目撃...、由紀夫の周辺で奇妙な事件が続きます。心中事件の現場に居合わせ、家を荒らされ、由紀夫にもとっても他人事ではなくなり、意を決して行動を起こしますが、何者かに拉致監禁され...。

大学教授の悟、ギャンブラーの鷹、体育教師の勲、元ホストの葵。由紀夫を妊娠したころの母親、知代が付き合っていた父親の可能性のある4人の男性との生活というかなり普通でない設定が面白い作品です。そして、この4人の良いところは、誰もが、知代にベタ惚れで、自分こそ由紀夫の実の父だと信じたがっているところ。こうした場合、残念ながら、逃げ腰になる男性も少なくない中、この関係性には、ホッコリしました。個々のキャラクターもしっかり描かれていて面白かったです。

全体に、軽い雰囲気の作品です。ご都合主義な展開テンコ盛りだし、サスペン度は高くなく、意外性にも欠けますが、作品としてまとまってはいて、良くも悪くも無難に仕上げられている作品だと思います。

あまり心に残るような部分もなく、、ドキドキしたり、ハラハラしたりする場面もなく、緊張感の薄いユルユルな作品なのですが、安心感もあり、気軽に楽しめました。由紀夫と4人の父親の関係に愛が溢れている辺りも、ホッコリできて良かったです。多少、歪な形だとしても、そこにきちんとした愛情があれば、家族として有効に機能するということなのでしょう。

原作も読んでいるのですが、原作の雰囲気は出せていると思います。まぁ、正直、TVドラマで十分な感じもしましたが、レンタルのDVDで気軽に楽しむ分には悪くないと思います。



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東京難民

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東京難民(DVD)/中村蒼、大塚千弘、青柳翔、山本美月、中尾明慶、金子ノブアキ、井上順
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福澤徹三の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

どこにでもいる大学生だった時枝修。しかし、授業料の未払いを理由に、突然大学を除籍され、父親が借金を作って失踪していたことを知らされます。家賃も払えなくなり、住んでいたアパートも追い出され、ネットカフェに寝泊まりしながら、日払いのアルバイトで食いつなぐ生活を送るようになりますが...。

"貧富の差が比較的少ない"と言われていた日本ですが、どうも、最近はそうでもないようで...。子どもの貧困は深刻になっていると言われますし、一度、落ちてしまったらなかなか這い上がれない社会になってきているような印象はあります。

以前は、男性なら貧しくとも奨学金を受けて高学歴を得ることで高収入を得、"逆玉"にのって家柄も得ることができたし、女性なら花嫁修業して"玉の輿"にのって生まれ育ったよりも高い地位に上ることもできたワケですが、最近はこれまでよりも、"同レベル"同士での婚姻が増えてきているようで、そのことが格差を広げる原因ともなっているようで...。

終身雇用制が崩れ、正規雇用が減り、取り敢えずそれなりの大学を出ればそれなりの企業の正社員になり、それなりの生活が保障されるという時代ではなくなった今、生活を支える仕事を突然失う危険は多くの人に共通のものとなっていて、その時にある程度以上の年齢になっていたりするとそれまでの生活を維持することは難しいという現実に晒されるわけです。

自分に特に落ち度がなくても、突然、放り出されるかもしれない社会、そして、なかなかリカバリーのできない社会の怖さがじわじわと伝わってきます。今、私たちがどんな社会に生きているのか、その暗部を見せつけられるような作品。

暗くなり過ぎるのを防ぐためか、希望を感じさせるラストになっていますが、このもって行き方には、おざなりな印象を受けてしまいました。折角、それまで、怖さや暗さをしっかりと描いてきているのですから、そこから安易に目を逸らすような結末にはしないで欲しかったです。そして、やはり、悲惨になり過ぎないようにするためなのかもしれませんが、修が最後まで綺麗すぎるのも違和感ありました。もっと無精ヒゲいっぱいになったり、服がくたびれたり、全体に薄汚れたりするのではないかと...。

今一つ、描写が及び腰になっている部分もありましたし、それでもなお、怖さが感じられる内容だけれど、現代社会に生きる私たちが知っておくべき現実が描かれています。一度は観ておきたい作品。


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栗の季節です。って、もう、そうなってから、結構、経っていますが...。

今年は、遠距離通勤に負けて、ここ数年、恒例となっていた"栗の渋皮煮"作りをギブアップしてしまったのですが、やはり、この季節ならではの栗を味わいたいと思って、ちょっと奮発してみました。

JEAN-PAUL HĒVINのマロンコンフィです。もう随分前の話ではありますが、新宿伊勢丹に出店した時は大きな話題になって、今でも、休みの日などは列ができたりする有名なショコラティエですが、栗もあります。で、このマロンコンフィ、マロングラッセと何が違うかと言いますと、栗をシロップに漬け込んで砂糖でコーティングしないのがマロンコンフィ、コーティングするのがマロングラッセ。

ですから、マロングラッセより、マロンコンフィの方が、栗のふっくら感を楽しめる感じでしょうか...。しっかりとした栗の質感と、しっとりした柔らかな感触、程よい甘さ。ちょうど一口大の大きさということもあり、口の中いっぱいに幸せが広がります。いろいろなスイーツ関係のお店がマロンコンフィやマロングラッセを出していますが、数あるマロンコンフィ、マロングラッセの中でも、トップレベルではないかと...。

で、こちらのお店のマロンコンフィは、1粒から購入できるのですが、1粒497円(税込)也の贅沢品。まぁ、相当に手間のかかるシロモノなので、どこのお店でも安いものではないですし、他のスイーツ類の価格設定を考えても致し方ないお値段ではありますが、少々、思い切りが必要なお値段ではあります。そんなに沢山食べるようなものではない(経済的な面を考えても、健康管理の面を考えても)ので、年に数回のオタノシミ...というところでしょうか...。

ともあれ、ささやかな幸せを堪能したひと時でした。

12個入り(税込6,394円)のものは、お店のサイトからも購入できるようですが...。


公式サイト
http://www.jph-japon.co.jp/



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小野寺の弟、小野寺の姉

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西田征史の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

両親を早くに亡くし、2人で一つ屋根の下に暮らす40歳の姉、より子と33歳の弟、進の小野寺姉弟。過去の失恋がトラウマとなり恋に臆病になってしまった進、こだわりが人一倍ある上に生命力が異常に強いより子と、クセのある姉弟でしたが、ほどよく距離を保ちながら共同生活を送っていました。ある日、彼らのもとに一通の郵便が誤配達されます。その手紙を本来の宛先に直接届けると主張する姉に負け、姉に無理やり付き合わされた進でしたが...。

両親を早くに亡くし、2人で生きてきた姉と弟。単に同じ親の血を引く姉弟という以上に、半分、親子のような関係。基本、女子の方がマセテいるわけで、7年の年の差は、まぁ、姉弟のような親子のような、ちょうど、微妙な年齢差ということになるのでしょう。それぞれ、相手のことを思い遣りながら、不器用さ故に微妙にすれ違っていたりします。

姉と弟の関係に、それぞれの恋が絡みます。ただ、この恋の行方があまりに読め過ぎてしまって...。まぁ、ここで意外性を出すために頑張る必要はないと思うのですが、もう少し、より子に対する救いがあって欲しかった気がしますし、進は、薫をあまりにないがしろにし過ぎているし...。

進については、"過去の失恋のトラウマ故に恋愛に臆病になっている男"というより、"恋愛の経験のない不器用な男"という感じに描かれてしまっている気がして、違和感ありました。かつて、ごく普通に恋愛をしているなら、あそこまで、薫に対して不器用というか、鈍感になってしまっているのはどうかと...。"その親切は、本当の親切なのか"、ストーリーの中に浮かび上がる一つのテーマが、進が自分自身を自省する部分で生かし切れていない感じがして、少々、消化不良な感じがしました。薫の絵本に意見した時の語り口を見ると、もう少し、その点について、しっかりした自省があってしかるべきではなかったかと...。

より子の件についても、浅野の描き方に、もうちょっと、本命が誰かということを匂わせる描写が欲しかったような...。まぁ、それがなくても、展開は読めるのですが、ストーリーの流れとしては、ちょっとギクシャクしてしまった感じがします。何だか、本命眼中になし、より子一途な言動が目立ってしまっていて...。

で、このより子の迎えた顛末ゆえに、2人が同じような日常に戻ってしまった感じがします。それまでの経過を考えると、何か、一歩、進んだ部分というか、新しい変化のようなものを感じさせて欲しかったです。まぁ、それぞれの中にわだかまっていたことの一つが解決に向かうことは示されているのですが、もうひと押し、何か欲しかったと思います。

なんだかんだ言っても、完全に関係を切ることが難しいのが家族なら、やがて、形を変えていくのも家族なのですから。家族というのは、新しい世代を産み育てる役割を持ってもいるわけで、そのことは、その新しい世代を旅立たせていくことも家族の役割も担っているということなのですから。その辺り、今一つ、2人のこれからに踏み込み切れていないもどかしさのようなものを感じてしまいました。

ただ、全体的には悪くなかったと思います。とても温かい雰囲気の作品でしたし、ところどころ笑わせてもらえましたし、最初、???な感じがした姉と弟のキャスティングが、ストーリーが進むにつれ、徐々に納得できるものに思えるようになっていく辺りも良かったです。より子を演じた片桐はいりと進を演じた向井理が、本当に役どころにピッタリでいい味出していました。観ておいて損はないと思います。


公式サイト
http://www.onoderake.com/



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クスクス粒の秘密

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クスクス粒の秘密 [DVD]/ハビブ・ブハール
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フランス南西部、地中海沿岸にある港町セートで港湾労働者として働くチュニジア移民の60代の男スリマーヌ。離婚していますが、前妻と子どもだち、孫たちとも交流があり、愛人、ラティファが営む下宿のようなホテルに身を寄せています。仕事は、年を追うごとに辛くなってきていました。リストラの嵐が吹き荒れる中、勤務時間を減らされ、退職することとなります。スリマーヌは、経験もないのに古い船を買い取りってクスクスを中心とした料理を提供する船上レストランを開くことを計画。ラティファの娘、リムの協力を得てレストラン開店に向けて奮闘しますが...。

他の労働者の2、3倍も時間をかけて仕事をするスリマーヌ。職人気質のこだわりを感じさせる丁寧で綿密な仕事をしているから、というのが彼の言い分のようですが、雇い主からはただ遅いだけだと評価されている様子。そんな妻やスリマーヌをこっそり手伝う同僚もいて、そんなところに彼が魅力的な人間であることが表現されています。

離婚しても、元妻や子どもたち、孫たちとの交流は続いていて、住処を提供してくれる愛人までいる。どうやら、性別を問わず、年齢を問わず、結構、モテモテなのです。やったこともない船上レストランという無謀な計画。銀行などに融資を掛け合っても相手にされないのも当然のこと。そんな先行きの怪しい計画でも、スリマーヌのために付き合ってくれる人がいます。

クスクスというのは、小麦粉から作られる粒状の食べ物で、世界最少のパスタとも言われているそうです。お湯を加えて短時間加熱させるだけで簡単に食べられるようになるもので、クスクス料理が美味しいかどうかは、クスクスに掛けるソースやスープの味にかかっているわけです。ラティファの作るクスクスは、随分評判が悪いようですが、それだけ料理の腕が悪いということなのでしょうか。

で、クスクスを作ってレストランに提供してくれるのは元妻の役割となるのですが、いろいろとトラブルがあって届かず...。けれど、そこでまた、スリマーヌのために一肌脱いでくれる人がいて...。一方、スリマーヌは、相変わらず、しょうもないところで引っかかって手間取っています。どうも、"余計なことは放り出して、目的のために最善の手段を選ぶ"ということがとても苦手なようで...。そんな要領の悪さ、間の抜け方も、もしかしたら、周囲からの援助を引き出す要因になっているのかもしれませんが...。

不器用で、トロイところもあったスリマーヌですが、実直で誠実な人生を歩んできたことも確か。そして、彼を取り巻く援助の手。それでも、思うようにならないのが人生。開店初日に大勢の人を集めて大成功のはずが、肝心なクスクスは届きません。それを探すスリマーヌは、途中から、クスクスよりもバイクを盗った少年たちを追うことに力を注ぎ、結局、無理をしてしまいます。そのすぐそばで元妻が余ったクスクスをホームレスに振舞っていたという皮肉。で、肝心のクスクス料理を待っていたはずのお客たちも、リムの行為で気を取られ、料理のことなど忘れてしまう。所詮、人間なんてそんなものってことでしょうか。人と人の温かい結び付きを描きながら、毒を感じさせるクライマックスです。

主人公であるスリマーヌの性格を反映しているようでもありますが、描写にまどろっこしさが感じられる部分もありますし、一方で、唐突に展開が動いてしまう部分があったり、作品全体のリズムにギクシャクしたものも感じますが、いろいろ考えさせられるラストは印象的でした。


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蜂の旅人

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蜂の旅人 [DVD]/マルチェロ・マストロヤンニ,ナディア・ムルウジ,セルイエ・レンギアニ
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北ギリシャの小さな町で教師として働くスピロ。娘が結婚し、息子も大学へ進学し、スピロは、突然、仕事を辞めます。スピロは、父や祖父のように養蜂家としてギリシャ中を旅しようと家を出ます。途中で、身寄りのない少女と出会い...。

スピロは呟きます。「家族とは離散するものなのか。」一人の男と一人の女がめぐり逢い、新しい生命を産み、育み、やがて、羽ばたき、新たな家族を作っていく。そして、仲麗しき夫婦であっても、死によって引き裂かれる運命からは逃れられません。出会いはやがて別れに繋がり、誕生は死に繋がり、何かが始まれば必ずいつかは終わります。けれど、だから、出会わなければよいとか、生まれなければよいとか、始まらなければよいいうものではないでしょう。終りがあることを受け入れながら、永遠ではない今を大切にしていく。何かが終わっても、記憶は残り、想い出となって紡がれていき、新たな日々の支えとなるはず...。

スピロのこれまでに何があったのか、家族との関係の中で何が起こったのか、その辺りにはほとんど触れられず、旅の結末が当初からの計画だったのか、途中で生まれたアイディアだったのかも微妙なところ。途中で出会う少女も、スピロの老いとの対照にはなっていますが、それぞれが相手に何らかの影響を与えるとか、この出会いによって自分の何かが変わるとか、そんな感じも薄く、作品としても面白さに繋がっていない感じです。スピロを巡るエピソードは、ほとんどが彼の過去と関連するもの。新しい生活を始めたはずなのに、結局、過去に向いて生きるしかない。"養蜂の旅"も新しい生活のようで、彼の過去と繋がるもの。少女との出会いで、彼は、自分には未来ではなく過去しかないことに気付かされた...というのは、作品から与えられる情報からだけでは妄想が入り過ぎ...ということになるのかもしれません。

人生の終盤を迎えたところで、父親として、夫として、社会人としての"仕事"にひと段落つけることができ、新しい生活を始めようと思ったけれど、そんなに何かが大きく変えられるものでもなく...といったところでしょうか。なかなか思うようには生きられないということなのかもしれません。全体としては、苦しさが残る作品です。スピロを包み込む思うに任せぬ人生を生きる苦しさ...それこそが本作の主題なのかもしれません。

さすがに映像はきれいだし、スピロの孤独や苦しさは伝わってくるし、悪い作品ではないと思うのですが、全体に、物語の描写が観念的過ぎるというか、意味ありげな描写に流れてしまった感じがあって、物語の世界にあまり入り込めないものを感じてしまいました。


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白ゆき姫殺人事件

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白ゆき姫殺人事件 [DVD]/井上真央,綾野剛,蓮佛美沙子
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湊かなえの同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

国定公園、しぐれ谷で誰もが認める美人OL、三木典子が惨殺されます。全身をめった刺しにされ、その後、火をつけられた凄惨な殺人事件を巡り、被害者の同僚、城野美姫に疑惑の目が向けられます。美人の誉れ高い三木典子(菜々緒)とは対照的に地味で特徴のないOLな美姫。テレビ局でワイドショーを制作するディレクター、赤星雄治(綾野剛)も、美姫の行動に疑問を抱き、その足取りを追いかけます。さまざまな噂を語り始める美姫の同僚、同級生、家族、故郷の人々...。テレビ報道は過熱し、ネットは炎上。噂が噂を呼び、口コミの恐怖は広がっていき...。

人の記憶は歪んでいくもの。そして、現実を捉えるのも、自分の枠の中でしかとらえられない。人は自分が信じたいことしか信じられないし、聴きたいことしか聴けない、見たいものしか見られない。ネットで拡散される情報に接して、思考が引寄せられ、記憶が塗り替えられ、人々に受け入れられやすい物語が生まれていく...。

自分の発言が注目されることに対する興奮が、さらなる過激な発言を生み出し、どんどんエスカレートしていくストーリー。物語がとんでもない方向に膨らんでいく恐ろしさが伝わってきます。まぁ、尤も、美姫については、"事件後に突然姿を消した被害者の同僚"なのですから、真犯人かもしれないと疑われるのは当然のことで、単にネットがどうこうという問題だけではないのですが...。

今の私たちの社会には、こうした"事件"がリアリティのあるものとして感じられる状況があります。現に、ちょっとした事件が起これば、加害者や被害者に関する様々な玉石混交の情報が暴露され、時にその中に根拠のない誹謗中傷が含まれ、無辜の者が傷つけられたりしています。そんな現代社会に潜む恐ろしさや、その中にも見られる希望はある程度、描かれていると思います。

匿名の世界だから無責任に偏った考え方や歪んだ情報を気軽に流してしまうという面がある一方、自分の姿を直接人目に晒さなくても良いから本当の想いを伝えられるという面もあるわけです。世界を敵に回している人を擁護するというのは、かなり勇気を必要とする行為。けれど、ネットの世界でなら、現実の世界よりはやりやすいことかもしれません。もっとも、美姫を擁護しようとする夕子の行為が、却って、美姫の情報を世間に晒してしまったことも事実なのですが...。

ネットにより抹殺されかけた美姫は、ネットによる擁護で救われます。けれど、そこでメデタシ、メデタシではないのが本作の良いところ。一方的に被害者とされているような美姫ですが、彼女は本当に完全なる被害者だったのか...というと疑問も投げかけらます。なんだかんだ言っても、美姫が眠った状態の典子を車に置き去りにしたのは事実ですし、悪意はなかったかもしれないとはいえ、雅也を突き落してしまったことや、相手が誰だか知らない状況ではありますが、赤星を車で轢きそうになったことも事実...。

何が正義で何が悪かが曖昧になり、善意が善意として悪意が悪意として伝わりにくくなる...そこにネットの世界の恐ろしさがあるのかもしれません。

突っ込みどころの多さは気になります。謎解きの過程で警察の存在が全く感じられないとか、そのことを誰も気にしていないとか、結局、真相が明らかになるまでに美姫に対する事情聴取が行われている様子がないとか...。

そして、謎解きについても、あまりにあっけなくあっさりと真相が明らかにされて、サスペンスとしての面白さにも欠けています。

如何にも現代的な社会問題を巧く救い上げているテーマだけに、もっとずっと面白くなる可能性はあったはず。何だかもったいないです。原作は読んでみたいと思います。


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小さいおうち

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小さいおうち [DVD]/松たか子,黒木華,片岡孝太郎
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中島京子の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

健史の大伯母である布宮タキが亡くなります。彼女は健史の勧めで"自叙伝"を書いていました。昭和11年。田舎から出てきた18歳のタキは、東京郊外に建つ少しモダンな、赤い三角屋根の小さなお家、平井家で、女中として働くようになります。そこには、若く美しい奥様、時子と旦那様、雅樹、そして、可愛いお坊ちゃま、恭一が暮らしていました。ある正月、雅樹の会社に就職した板倉が招かれてやってきます。その後も時々、平井家を訪れるようになった板倉に、時子の心は傾いていきますが...。

健史がタキの残した"自叙伝"を基に、タキが仕えた時子の不倫が描かれます。ただ、この不倫に違和感が拭えません。今よりもずっと人妻の不倫が忌避されていた時代に、こんなに堂々と不倫をするというのは、やはり、不自然。板倉の下宿に何度も一人で行くというのはあまりに不用心。時子が、ばれても構わないと自暴自棄になるほどの状況にあったとも思えませんでしたし...。時子がどういうつもりでいたのか、よく分かりませんでした。

まぁ、原作のある作品なので、この辺りは、原作の問題で、本作の問題ではないのかもしれません。まぁ、他にも、板倉が、戦後、有名になっているのなら、タキが気付かなかったのは変とか、平井家の消息を尋ねるよりずっと簡単なことだったはずで...。

最後の方で、年齢を重ねた恭一が呟きます。「あの時の日本は、不本意な選択をせざるを得なかった。いや、望んでそのような選択をするような者もいた。不本意だということにも気づかなかったんだ。」けれど、問題は、何故、不本意な選択をせざるを得ない状況になってしまったのかというところにあるのではないでしょうか。この恭一の言葉の背景にある恐ろしさがスルーされてしまったのは勿体ない感じがしました。

"戦争にはならない"という人々の楽観は裏切られていきます。それどころか、徐々に、人々の中に戦争への高揚感が湧き上がっていきます。そして、やがて、戦争は人々の生活を圧迫し、命を危険に晒していきます。カエルをお湯に浸けると逃げ出すが、水に入れて徐々に加熱すると茹で上って死んでしまう...という諺がありますが、徐々に戦争という渦に放り込まれた当時の人々は、加熱されていることに対してあまりに鈍感だった...というべきなのでしょう。

市井の人々の熱狂が、戦争への道を拓いたという側面は否定できず、そういう意味では、"庶民=被害者"とも言い切れないわけで...。平井家に出入りしている酒屋のオヤジさんに代表される開戦時の庶民の高揚感や、徐々に追い込まれていることの鈍感さに迫れていたら、本作の物語にもっと深みが出たのではないかと思います。ここは、これだけで、あっさりスルーすべきところではなかったような...。

作中にも登場するバージニア・リー・バートンの絵本「ちいさいおうち」。田舎に建てられた小さな家を主人公とした物語です。家の周囲が都市化されていき、工場ができ、賑やかになり...。環境が大きく変化する中にいた家の"気持ち"が描かれています。本作と重なるような重ならないような微妙な感じに、ちょっと落ち着かない感じがしました。

絵本の"おうち"とは違い、本作の"おうち"は姿を消してしまいましたが、もしかしたら、本作では、タキが"おうち"だったのかもしれません。周囲の環境の激変の中で変わらずにいる存在。

タキは、何故、手紙を板倉に渡さなかったのか...。板倉に対する嫉妬だったのか、時子に対する嫉妬だったのか...。時子に、ずっと嫁には行かずこの家においてもらいたいと訴える場面、板倉の元へ行こうとするタキを止める必死な姿、必ず戻ってくると誓う別れの場面などを考えれば、タキが想う相手は時子だったと考える方が自然なのではないかと思うのですが...。まぁ、映像を観れば、タキの視線が時子よりも板倉に向けられているようにも思われるのですが...。


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ニシノユキヒコの恋と冒険

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ニシノユキヒコの恋と冒険 DVD(特典DVD付2枚組)/竹野内 豊,尾野真千子,成海璃子
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川上弘美の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

ルックスもよく、仕事もでき、女性に優しい。そして、懲りずに愛を求め続けた男、ニシノユキヒコ。彼の周りにはいつも魅力的な女性たちがいましたが、何故か、女性たちは最後には必ず自らニシノのもとを去ってしまいます。彼を取り巻く女性たちの思い出から、真実の愛を探してさまよったニシノユキヒコの美しく切ない人生が浮かび上がります。

まぁ、"幽霊"ということになっているので仕方ないのでしょうけれど、ニシノユキヒコの存在感にはリアリティがありません。現実の男性を存在させているというより、理想的癒し系男子を疲れた女子が妄想したらこんな姿になった...といったところでしょうか...。

そりゃぁ、ねぇ、こちらの欲望を的確に察してくれて、こちらがアレコレ気を遣って、相手の反応に思いを巡らせながら迷う必要もなく、こちらの想いに応えてくれる...なんて、そんな人が傍にいてくれたら、どんなに良いことか...。

で、一方で、ただ思い通りになってくれるだけでの男では、やはり、物足りないもの。何て、贅沢で我儘な!!!という感じもしますが、多少なりとも、"自分が守ってあげなくちゃ"、"自分が世話してあげなくちゃ"的な部分がないと、恋の相手を越えた関係には発展しにくいもの。いくら、優しくても、イケメンでも、それだけでは、一緒に生活し、生涯をともにする相手とは意識しにくいものなのではないかと思います。

全体に、描き方がゆるゆるで、テンポも悪く、ニシノユキヒコの人物造形も中途半端で、今一つ、作品の世界に入れませんでした。配役の問題もあるような気がします。竹野内豊では、イケメン過ぎるような気がします。その容姿なら、優しさなどなくても十分もててしまうはず。そうではなくて、"一見、全く持てそうもない感じでありながら、女たちの想いを見事に察してそれに応える力があってこそモテていた"という設定の方が、物語に説得力が出たのではないかと思います。そして、あの"楽団"、酷過ぎです。あの音が聞こえてきたときには、リタイアしたくなりました。(いや、すれば良かったのかも...。)

物語自体は面白かったと思いますし、女たちのキャスティングは良かったと思いますので、勿体ない感じがします。


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