久し振りに同窓会

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この週末、久し振りに大学時代の友人数名と会いました。

きっかけは、今回の幹事になったAさんとBさんがフェイスブックで繋がったこと。もう数年すれば、卒業して30年ということになるのですが、きちんと同窓会をしたのは、もう20年位も前の話。同じ専攻の学生が60人位いたのですが、今となっては、連絡が取れない人もたくさん。取りあえずは、少人数でも集まれるメンバーだけで集まろうという話になったようで、Aさん、Bさん、それぞれが、知っている範囲で連絡を取ってくれました。結構、急な話だったこともあり、こじんまりとではありましたが、都内中心部のとある居酒屋に集まりました。

今回、集まったメンバーの中で一番最近会った人でさえ5年振り位。長くご無沙汰な人とは、20年位前の同窓会以来。会場に着く前には、「誰が誰だかわからなかったらどうしよう」と、若干、心配していたのですが、全くの杞憂でした。それぞれ、かなり、オジサン、オバサンになっているのに、一目見てすぐに名前が出てきました。私のことも分かってもらえたみたいで、ホッ。

まぁ、確かに、年齢に相応しく髪が白くなったり、メタボになったり、いろいろありますが、そもそも、出会ったのが大学生時代。もう、大人と呼べる年齢になってからのことであって、それなりに個性も出来上がってからのこと。ちょっとした動作やしゃべり方など、学生時代のまんまだったりで、人間あまり変わらないというか、進歩しないというか...。

オジサン、オバサンらしく、昔話に花を咲かせました。卒業してから相当の年数がたっているので、それぞれに、忘れていることも多く、皆で記憶の断片を持ち寄ってジグソーパズルのように繋ぎ合わせていく感じだったのですが、その忘れ具合に過ぎた年月の長さが感じられ、なかなか懐かしく楽しかったです。

いろいろと伝手を辿って、できるだけ多くの同窓生と連絡を取り、本格的な同窓会を開こうという話になりました。SNSで繋がっている人、年賀状の遣り取りなどで住所が分かる人、実家などの連絡先が分かる人...、あれこれ話が出る中で、今回の参加者の誰もが連絡先を知らない同窓生も相当数いることは分かりましたので、難しい作業になるとは思いますが、できるだけ、多くの手段を使って、集めてみようということになりました。

過去を懐かしく振り返ったり、なんてことをしたくなる年齢になったということなのかもしれません。その渦中にあった当時には様々な感情を書き立てた出来事も、時間の流れの中で濾過されて懐かしい想い出になる...それだけの月日が経ったということなのかもしれません。

あまりに急な話だったので、ちょっとビックリもしましたが、参加して良かったです。幹事のAさん、Bさんに感謝しつつ、家に辿り着きました。
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がんばれ、リアム

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がんばれ、リアム [DVD]/イアン・ハート,クレア・ハケット,アンソニー・ボロウズ
¥5,076
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 1930年代のイギリス、港町リバプール。貧しくとも誇り高きカトリック教徒の家庭に生まれ育った7歳の少年、リアムは、緊張すると吃音が出るちょっと内気な男の子。宗教の時間で教えられた地獄の業火(ごうか)の話におびえたり、女性の裸体画をこっそりと興味津々で眺めたり...。リアムが気にしているのは、カトリック教徒としてとても重要な儀式である聖体拝領式(8歳から10歳くらいのカトリック教徒の子どもが初めて聖体拝領を受ける儀式)の日が近づいていること。けれど、リアムの家族にも不況の波が押し寄せてきて、聖体拝領式の準備もままなりません。姉のテレサ金持ちのユダヤ人一家のメイドとして働くようになり、なかなか日雇いの仕事にも就けない父親は、自分たちの仕事が奪われているとユダヤ人やアイルランド人を非難するようになり...。

大人は大人で大変かもしれないけれど、子どもだって子どもなりに精一杯頑張っている...といったところでしょうか...。

ちょっとイタズラなところはあるけれど、とても純粋な感じのリアム。姉のテレサも家族のために頑張る健気な少女。父と母も、時々、言い争ったりはするけれど、基本的には愛のある夫婦。ケンカの後に2人が仲直りして階段を上がっていく姿を見上げるリアムの嬉しそうな表情が印象的だったりしますが、そんなほっこりする感じが失われていく過程が辛いです。

最初は、貧しいながらも温かさが感じられた家庭の空気が、父親の失業により困窮が進むことで、徐々に荒んでいきます。父親の恨みは、次第に、アイルランド人、ユダヤ人といった、どちらかと言えば、社会の中で弱い立場に置かれているもの、少数派に向かっていきます。ユダヤ人が経営する質屋は放火され全焼します。その焼け跡には、その少し前のシーンで質入れされた入れ歯が転がっていました。"悪徳なユダヤ人"として攻撃された質屋は、他の人が買うようなこともなく、しかも、そこまで経済的に困っている人が請け出す可能性も低い入れ歯にカタにお金を貸した人の好い質屋なのです。そう、リアムがスーツを質入れしたときだって、リアムに肩入れしたおばさんに負けて、かなり"勉強"させられていましたし...。この辺りの入れ歯のエピソードを用いた質屋の人柄の描き方など、実に巧いと思います。

どちらかというと、アイルランド人=カトリック、イギリス人=プロテスタントということになるのでしょうけれど、リアムの家は、イギリス人でカトリック。ということになると、イギリス人のコミュニティにおいても、カトリックのコミュニティにおいても、ちょっと外れてしまうという立ち位置になるのかもしれません。この"頼るべきコミュニティ"がないというところも、経済的な貧困以上に、一家を追い詰めているのかもしれません。

人が何故、ファシズムに走るのか、何故、異民族、異宗教の信者を排斥しようとするのか...。この父親に起きたことが、ナチスドイツでも、その他の様々な国や地域でも起きたということになるのでしょう。低賃金で酷使されるアイルランド人労働者と共同してイギリス人経営者に立ち向かうことこそ、貧しさを脱却するための方法...だったかもしれないのですが...。こうした時、怒りの矛先が、力のある"悪"ではなく、弱き者、少数派へ向かってしまうことは人類の歴史を見ても、決して、珍しいことではありません。切れたら怖いガキ大将を怒らせるようなことをした仲間のために怖い目にあった子分が、ガキ大将ではなく、怒らせるようなことをしたヤツに怒りをぶつける...というのは、むしろ、よくあること。"弱い者がさらに弱い者を叩く"というのは、今の日本の社会にも起きていることです。

傷ついたテレサの頭をなでるリアムの小さな手。人を本当に慰め、癒すのは、何より人のぬくもりなのでしょう。リアムの小さな手の力強さが感じられました。このラストシーンを観ていて、「がんばれ、リアム」と声をかけたくなりました。

やはり、この手の映画のポイントは子役のキャスティング。リアム役のアンソニー・ボロウズが、見事にリアムを体現していて秀逸です。特に、ちょっと悲しそうな困ったような表情が可愛くて印象的でした。ある意味、"ズルい"映画です。解決も明確な救いもない作品なので、気持ちの沈んだ時にはおすすめできませんが、元気な時に一見の価値ありだと思います。
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偉大なるアンバーソン家の人々

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偉大なるアンバーソン家の人々《IVC BEST SELECTION》 [DVD]/ジョセフ・コットン,ティム・ホルト,ドロレス・コステロ
¥1,944
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ブース・ターキントンの小説を映画化した作品。原作は未読です。

19世紀後半から20世紀初頭のアメリカ中西部。名家アンバーソン家の娘、イザベルは、最初付き合っていた発明家のユージーンの酒に酔っての失敗を許せず、青年実業家のウィルバーと結婚します。2人の間に生まれたジョージは、生まれた時から甘やかされ、暴君に育っていきます。やがて、ジョージも大人になり、アンバーソン家で開かれた舞踏会に、ユージーンと娘のルーシーが現れます。ルーシーに興味を惹かれるジョージでしたが、イザベルが、かつての恋人で今は独り身のユージーンとイザベルが2人で踊る姿が気になります。ウィルバーが亡くなり、イザベルとユージーンの再婚は町の噂にもなりますが、ジョージは、ユージーンを遠ざけるためイザベルと旅に出ます。けれど、イザベルは病気になり、ユージーンへの想いを残しながら息を引き取ります。母の遺産はなく、叔父は破産、叔母も投資に失敗して財産を失い、ジョージは全てを失い...。

オリジナルは130分ちょっとあったようですが、戦時中のことでもあり、位映画は好まれず、試写での評判が悪かったため、監督のオーソン・ウェルズには無断で、ラストシーンをよりハッピーなエンディングに変え、40分以上カットして公開したとのこと。カットした部分のフィルムはすでに紛失。現在は、この短いバージョンのものしか残っていないようです。

名家の没落。その背景には、ジョージの問題ももちろんあったわけですが、時代の移り変わりも大きく影響しています。本作では、その時代の変化を馬車から自動車へという流れで表現しています。まだまだ性能が悪く軽快に走る馬車の脇で立ち往生していた自動車は、やがて、道路を占領するようになります。けれど、それは、手放しで喜べる"人間の進化"ではなく、交通事故による死傷者の増加という害ももたらします。この辺りの"文明の発展"の描き方が実に巧妙で印象的です。

そして、やや、分かりにくい感じもあるのですが、個々の人物の描き方も見事。"甘やかされて育った暴君"なジョージですが、イザという場面で強さを見せます。かつて、小さな失敗を理由に恋人を遠ざけたイザベルと同様に、

観る者を引き込む冒頭の部分。そして、アンバーソン家の人々やその周辺の状況を冒頭の10分くらいで描き出す圧倒的な映像の力。全体の1/3以上が削られたためか、少々、分かり辛い部分があったり、流れが悪くなってしまった部分があったりしていますが、テンポが良く、ストーリーの重苦しい感じを薄め、濃い内容を負担感なく観られるものにしています。それが、作品の質を高めたのか、落としたのかは、なかなか判断の付きにくい部分ではありますが...。

ただ、監督の同意なく変えられたというエンディングは、やはり、不自然で、無理した感じがしました。それまでの作品の空気感に合わせれば、ジョージが不幸のどん底に落とされてジ・エンドとなる方が自然なような...。

ズタズタにされても、なお、見応えのある作品を撮ったオーソン・ウェルズの腕が良かったのか、編集したロバート・ワイズの腕が良かったのか...。2人の巨匠の合作...とも言えないのでしょうけれど、双方に力があったからこそなのでしょう。それにしても、カットされた部分が紛失というのは、何とも残念。いつの日か、どこかから見つかり、オリジナルを観られる日が来ることを願わずにはいられません。
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胸騒ぎの恋人

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胸騒ぎの恋人 [DVD]/グザヴィエ・ドラン
4104円
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ストレートの女性、マリーとゲイのフランシスは、姉と弟のような親友同士。そんな2人が、友人のパーティで出会った、ニコラに同時一目惚れしてしまいます。やがて、3人でともに行動することが多くなりますが、マリーもフランシスもニコラへの想いは表に出せず、内心では悶々とする日々を過ごします。ニコラは、2人の心のうちに気付かず、気の合う親友同士という関係を維持していましたが、旅先のある出来事をきっかけに、3人の関係の微妙なバランスが崩れ...。

3人の関係の物語に、時折、今どきの若者たちへの恋愛についてのインタビュー場面が挿入されます。

恋人へも親友へも、なかなか本心をストレートに伝えることができない2人。恋愛は駆け引き。そこには損得勘定が絡むこともあるのでしょうけれど、それ以上に、自分の中にある消せない想い、プライド、傷つくことへの恐れ、2人を取り巻く状況が崩れることへの不安...。処理しきれない様々なことへの戸惑いが駆け引きを複雑にしているのかもしれません。

友人同士でも良いからずっと一緒にいることを選ぶのか、振られること覚悟で恋人同士になれる可能性に賭けて告白するのか...。進むに進めず、引くに引けず、けれど、そのままでいることも耐え難く...。

観ていて、どうしようもないもどかしさを感じたり、恋に焦がれていた若き日の純な自分を思い起こしたり、微妙なこそばゆさ、くすぐったさが感じられたり...。本作を観て、甘かったり、苦かったり、恥ずかしかったり、様々な味わいが複雑に絡み合った過去が懐かしく思い出す人は少なくないのではないかと思います。多くの人の心の中に眠るであろう懐かしいものを心地よい音楽に乗せて綺麗な映像でオシャレに蘇らせてくれる、そこに、魅力が感じられるのかもしれません。

やや、技巧が前面に出過ぎている感じもしますが、この少々、厚化粧な感じも、若い時の背伸びしている恋に通じるようで、本作が描こうとしている世界には相応しいものなのだとも思えます。

甘酸っぱい若き日の恋を思い出したい人にお勧め。

こわれゆく女

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こわれゆく女 <2014年HDリマスター版> 【DVD】/ジーナ・ローランズ,ピーター・フォーク,マシュー・カッセル
¥3,240
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水道屋のニックは、妻のメイベルと2人の子どもの4人で暮らしています。ニックは、仕事柄、トラブルなどで急に家を空けることも多いのですが、メイベルは、そんな夫との生活に不安や不信を感じるようになり、ますます精神的に不安定になっていきます。遂には狂気の世界へと足を踏み入れ...。

普通だった人が"壊れていく"というよりは、元々壊れかけた人がどうしようもなく壊れていくという感じ。そういう意味では、壊れていくこと自体への意外性や衝撃はなく、なるようになっていく感じなのですが、映像には緊張感が漂い、精神のバランスが崩れていくことの怖さが伝わってきます。

壊れていくメイベルを必死に支えようとするニック。けれど、ニック自身も、どこか壊れた部分を持っていて、確かにメイベルを愛し、彼なりのやり方でメイベルに尽くそうとはしていても、真摯に向き合う勇気は持てないでいる様子も見られます。そして、そのメイベルへの想いの強さゆえに、どこなチグハグなバランスの崩れた行動に出てしまったり、逆にメイベルを追い詰めてしまったり...。

確かに、最初からどこかアンバランスな部分を抱えていたメイベルですが、夫がニックでなければ、もっとこんな風に崩れることはなかったかもしれません。一方的な愛情は、時に相手の精神を圧迫してしまいます。そして、追い詰める側は、そのことに気付くこともなかったり...。

ニックとメイベルの関係は、ラストに近い部分で、客を帰らせ、親戚も帰らせ、家族だけになった場面の子どもたちの表情や態度、ニック、メイベルに対する視線の違いにも現れてきます。どちらをより親として信頼しているか...。狂気はメイベルの中にしかないと思い込んでいるニックと自分の中の狂気に無自覚ではないメイベルの違いがその辺りに影響しているような...。

ニックもメイベルもそれぞれが自分の理想に固執し過ぎ、相手に真摯に向き合うことが疎かになっていたのかもしれません。メイベルはニックの理想の妻ではなかったし、ニックもメイベルの理想の夫ではなかったけれど、それぞれの理想の家庭像を変えることができず、その一方で、愛し合う夫婦という理想を追わずにはいられなかったのかもしれません。愛は時に憎しみに変化するもの。それぞれの相手への愛というか、執着が強すぎたが故に、泥沼に沈み込んでいきながら、相手にしがみついてしまったのかもしれません。

タイトルから、メイベルが壊れていく作品と言うイメージを持って観ていたのですが、壊れていくのはメイベルだけではありませんし、メイベルが壊れていく背景には、それなりの状況があり、ある意味、彼女の状態は、彼女を取り巻く状況に対する正常な反応のようにも思えます。メイベルの病理は、何もメイベル一人の問題ではなく、ニックも含めた彼女を取り巻く環境に負うところが大きいのだと思います。そして、ニック自身も、やはり彼を取り巻く状況の中で追い詰められてもいて...。

普通でない夫婦のようでいて、実は、どこかその辺りにありそうな現実。ドキュメンタリーを観ているような感じがするのは、カサヴェテス監督作品の特徴の一つですが、本作でもその独特な雰囲気をたっぷり味わえます。

メイベルを演じたジーナ・ローランズ、ニックを演じたピーター・フォークが、それぞれの役どころにぴったりはまり、実にリアルでした。

素晴らしき哉、人生!

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素晴らしき哉、人生! [DVD]/ジェームズ・スチュアート,ドナ・リード
¥433
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ジョージ・ベイリーは子どもの頃から、生まれ故郷の小さなベタフォードの町を飛び出し、世界を見て回りたいと願っていました。彼の父は住宅金融会社を経営し、町の貧しい人々に低利で住宅を提供して尊敬を集めていましたが、町のボス、銀行家のポッターはこれを目の仇にして、ことあるごとにプレッシャーをかけてきます。ジョージが、いよいよ海外旅行に出ようとした時、彼の父が過労のため、突然、亡くなります。ジョージは、株主会議で後継社長に推され、引き受けざるを得ない状況になり、旅行は断念。やがて、ジョージは幼馴染みのメリイと結婚し、豪勢な新婚旅行に出発しようとします。ところが、今後は、世界を襲った経済恐慌のため、ジョージの会社にも取付さわぎが起こり、貧しい預金者たちに払い戻して、急場をしのぐため、旅費として用意していた5000ドルを使います。そのために、新婚旅行はできなくなりますが、2人は幸福な日々を送り、4人の子どもにも恵まれます。住宅会社の業績も着々と上ります。それに恐れをなしたポッターは...。

情けは人のためならず。この、今は間違った意味でつかわれることが多い諺の元来の意味を示すような物語です。人に情けをかければ、それが巡り巡って自分の元へ戻ってくる。長い導入部分で、主人公のジョージが、いかに人々に情けをかけてきたかが示され、それが、最終的に、ジョージのところに戻ってくる場面が描かれます。本作の後、様々な類似の物語が登場した今観れば、かな~~~りベタな感じがしますが、真っ直ぐな素直なハッピーエンドには、スッキリしました。

ところどころ甘さがあったり、説教臭さが感じられたり、悪役があまりに分かりやすく悪だったり、突っ込みどころもいろいろあり、古さを感じさせられる部分は少なくないのですが、制作が1946年、66年も前の作品なのですから、まぁ、致し方のないところでしょう。

冒頭の天使がジョージを助けに来るまでが、少々、長く感じられたりもしますが、そこに至るまでが丁寧に描かれたことが、ラストの盛り上がりの繋がっている面もあると思います。様々な不運に見舞われながらも、その時その時に誠実に対処してきたジョージの姿が描かれることで、その彼に手助けするたくさんの人々の気持ちが伝わってくるのでしょう。そして、そのジョージが必ずしも聖人君主でないところも好感が持てました。追い込まれてからのジョージの苛立ちと家族や周囲への八つ当たり。この辺りのジョージのキャラクター設定も巧いところだと思います。

多分、ジョージ自身は、彼がどれだけ大きなことをしてきたのか、周囲の人々の助けになってきたのか、意識していなかったのでしょう。けれど、"自分がいなかった世界"に送られ、その中で、自分の果たしてきた役割、自分が得た幸せに気づいていく...。この"ジョージに彼のいなかった世界を見せる"というのも、なかなかのワザ。

ジョージが人々に掛けてきた情け。それが、まとめて報われるラストは、あまりにファンタジックではありますが、ほんのりと心温まる奇跡を信じたくなるクリスマスの時期にはぴったり。そして、ジョージを助けるのが、天使の力によるものではなく、彼の"友"による奇跡だというところで、子どものファンタジーではなく、ちょっと大人の味わいのファンタジーになっているように思えました。

古いベタベタのファンタジー映画なのだけれど、ところどころに、微妙な捻りがくわえられ、その辺りのさじ加減が程よく、長い前半部分も、左程、集中力を切らさず観ることができました。映画史に残るクリスマス映画の一つと言って良いでしょう。

一度は観ておきたい作品だと思います。

武士の献立

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武士の献立 [DVD]/上戸彩,高良健吾,西田敏行
¥4,104
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加賀藩江戸屋敷に側室のお貞の方の女中として奉公している春は、一度は結婚したのですが、気の強さが仇となって1年で離縁されました。ところが、ひょんなことから加賀藩の料理方である舟木伝内に、その味覚の鋭さと料理の腕を見込まれ"息子の嫁に"と懇願されます。春は、そのたっての願いを聞き入れ、伝内の息子、安信のもとへ嫁ぐことを決意します。舟木家は代々加賀藩に仕える台所を預かる"包丁侍"の家。しかし、本来、跡取りとなるはずだった長男の死により、急遽、舟木家を継がなければならなくなった次男の安信は料理が苦手で...。

まぁ、いろいろ違和感がある部分もありましたが、あまりいろいろ気にしなければ、そこそこ楽しめる作品だと思います。"包丁侍"という、これまであまり光の当たらなかった存在を描き、一人の青年の成長とそれを支える夫婦の絆が描かれ、物語としても、纏まった感じに仕上がっています。エログロシーンもなく、所謂"安心して観られる作品"でもあります。

ただ、残念なのは、夫婦の絆を描くことに力点が置かれ過ぎた感じがするところ。加賀藩らしい食材を求めて能登半島を巡るシーンも、その食材について描くよりは、春の夫への献身が強調されていますし、全体に、"包丁侍"の仕事振りよりは、夫婦の繋がりが強調されている感じでした。それはそれで悪くないのですが、もう少し、調理する姿や料理そのものについて、そして、何より、献立を考える苦労の描写を増やした方が良かったような...。そして、日本の料理なのですから、食器の存在も欠かせません。加賀といえば、九谷焼、そして、伝内が倒れた時に見に行ったという設定の大樋焼。一応、言葉としては登場するのですから、やはり、"大樋焼"そのものを見せて欲しかったです。

特に、クライマックスの饗応料理の場面。料理の内容やそうした献立にした背景などが説明されず、盛り上がる場面ではあるのですが、いまひとつ深みが感じられませんでした。そして、饗応料理でもてなされる面々は、かなり位の高い方々なはずなのですが、それにしては、食べ方、給仕の仕方がお粗末なような...。

言葉遣いが、全体に現代的すぎる点も違和感ありました。まぁ、完全に江戸時代の言葉で話されてもチンプンカンプンなのでしょうから、一定の"妥協"は必要なのだと思いますが、それにしてもです。

そして、何といってもがっかりなのは、エンディングの曲。それまでの雰囲気とは全く合わない雰囲気で後味を味わう気持ちが吹き飛ばされてしまいました。他に本作に相応しい曲はいくらでもあるわけで、よりによってコレはありません。このエンディングがなければ、もっと心地よく余韻に浸ることができ、作中のあれこれ引っかかる部分もこれ程気にならずに済んだかもしれません。
ウルフ・オブ・ウォールストリート ブルーレイ+DVDセット(初回限定DVD特典ディスク付き)(.../パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
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株式ブローカーで、1980年代から1990年代のウォール街で大金を稼ぎ、その後、証券詐欺の容疑で逮捕されたジョーダン・ベルフォートの回想録「ウォール街狂乱日記-『狼』と呼ばれた私のヤバすぎる人生」を映画化した作品。原作は未読です。

学歴や人脈もないまま、22歳でウォール街の投資銀行で働きだしたジョーダン・ベルフォート。入社から半年を経てブローカーの資格を取得、ブローカーとしての勤務の初日、1987年10月18日は"ブラック・マンデー"。会社は倒産、失職してしまいます。けれど、何とか、小さな証券会社に職を得た彼は、巧みな話術で人々の心を瞬く間につかみ、斬新なアイデアを次々と繰り出しては業績を上げ、猛烈なスピードで成り上がっていきます。そして26歳で証券会社を設立し、49億円もの年収を得るまでになります。富と名声を一気に手に入れ、ウォール街のウルフという異名で呼ばれるようになった彼は、浪費の限りを尽くして世間の話題を集めていきますが...。

浪費の限り...というのが、半端ではありません。高級車を乗り回し、豪邸を買い、遊びに費やし...、そして、セックスとドラッグ...。貧乏人は貧しいなりに、金持ちは大掛かりに...、規模は違えど、お金を注ぐ対象は変わらないような気もしますが、この豪勢さはなかなかのもの。

これが実話だというのは、さすがにウォールストリートといったところでしょうか。富にまつわる人間の欲望の深さ、強さが露骨に描かれます。それは、時に醜悪なまで。けれど、その欲が、様々な面で社会の活動を支えてもいるのでしょう。どこまでも貪欲に利益を追求しようとするジョーダンたち。"気つけ"のためにドラッグに手を出すことは常識のように捉え、商売の手段についても法や規制なんて関係なし。そして、世間も、彼の金の力の前にひれ伏します。
そして、その悪が露見して逮捕されても、一番の巨悪には重い罰を免れるチャンスが与えられ、ジョーダンは、かつての仲間を売ってもそのチャンスを活かします。そう、地獄の沙汰も金次第。常識外れなレベルの金持ちともなれば、そう簡単に、しっぺ返しをされることもなさそうです。

ジョーダンの悪行が描かれますが、けれど、その背景にあったものは、多くの人々の欲望。株で一攫千金を狙う沢山の人がいなければ、彼らの仕事は成り立たず、彼らをもてはやし、その富のおこぼれにあずかろうと周辺に群がる人々がいなければ、そこまで注目を集めることはなかったかもしれません。相当数の人々が、富を得たいと思い、多少、怪しげな手段を用いても経済的に成功した人間を羨む気持ちが人々の中にあるからこそ、彼のような存在が世の中からなくならないのでしょう。株で儲けようという人間がいなければ、株屋の商売は成り立たないわけで...。ジョーダンの如何わしさ、その醜さは、多くの人の願望の果てにあるものなのかもしれません。

とはいえ、派手に成功を収めたジョーダンが、必ずしも幸せそうでないことも確か。幸せは金で買えないとは青臭い言葉のようにも思えますが、この言葉に真実があるのも確か。この資本主義社会の中で生きる以上、最低限の経済的な支えが必要なことは間違いありませんが、けれど、このいかにも道徳的な理屈にも真実があることを本作は実感させてくれます。

需要を探り出し、それに合わせた商品やサービスを生み出して儲けるのではなく、自分に都合の良い需要を作り出して利益を得るという行為なくして社会経済の発展は考えられない現代社会そのものの病が描かれている作品でもあります。

ほぼ3時間の長い作品ですし、なかりエログロな部分も多く、この主人公のしょうもなさが酷いのですが、それでも、エンターテイメント作品として面白く観られるのは、何といっても、この主人公に不思議な魅力を加えたレオナルド・ディカプリオの熱演、そして、ジョーダンを支える最古参のメンバー、ドニーを演じるジョナ・ヒル、ジョーダンの師匠役となるマシュー・マコノヒーといった面々の好演ゆえ。

R18+の映像や、絶え間なく発せられるFワードや長い上映時間への覚悟があれば、それなりに楽しめる作品だと思います。

サード・パーソン

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パリ、ローマ、ニューヨークを舞台に3組の男女の物語が描かれます。

3つ物語は...
①フランス、パリのホテル。ピューリッツァー賞作家マイケルは妻、エレインと別居中。その原因は、マイケルが電話の内容に気を取られている間に息子が溺れて死んでしまったことにある様子。ホテルの一室で、愛人のアンナとの密会を重ねながら新作を書いていますが、どうやらスランプのようで、出版社の友人からは酷評されます。そして、アンナの携帯には、ダニエルという人物からたびたびメールが届いていて...。
②イタリア、ローマ。怪しげな商売をしているアメリカ人のビジネスマン、スコットは、娘をさらわれたというロマの女性、モニカに出会います。スコットは、娘を密輸業者から引き取るために用意した5000ユーロを盗まれたというモニカを助けようとするのですが...。
③アメリカ、ニューヨーク。ジュリアは息子を殺そうとしたという疑いをかけられ、元夫でアーティストのニックから6歳の息子の親権を取り上げられています。父親と暮らす息子を奪い返そうと必死の彼女は、ホテルのメイドとして働くことになり...。



以下、ネタバレしています。







男と女、第三の男か女あるいは男女、子ども。それが、3つの物語に共通する要素となっています。で、①と③に登場するのが、ジュリアで、②のスコットと③のテレサが夫婦ということになるようです。そして、①のマイケルと息子の物語と、②のスコットと娘の物語が重なります。で、ニューヨークにいるはずのジュリアが、パリのホテルに宿泊するスコットやアンナの部屋を掃除し、スコットの部屋で書かれアンナの部屋で捨てられたメモを拾います。パリにいるはずのアンナは、ローマを走るタクシーに乗るし、ニューヨークでリックが描いている絵はローマに展示され、その現場をニック自身が確認しています。この辺りは、フィクションが紛れていることを匂わせている...ということなのでしょうか。

マイケルの息子も、スコットの娘も水の事故で亡くなり、マイケルの妻はスマホを水没させてしまいます。ジュリアとニックの息子は一命を取り留め、モニカの娘は助けられます。自分の子どもは死なせてしまったけれど、愛する女性の子どもは救えたスコット、子どもを殺さずに済んだジュリア、どちらも、マイケルの願望だったのかもしれません。ジュリアはメモをなくし、モニカとマイケルはメモを奪われ、スコットとアンナはメモを奪います。まぁ、スコットはそこにメモが含まれているとは知らずに奪ってしまうのですが...。

マイケルは自分の願望を小説の人物に投影させますが、それだけではありません。現実の愛人が抱える問題を暴露しようとしています。それが、アンナを傷つけることをエレインに指摘されますが、マイケルには、左程、響いていない様子。書くためには、愛する女性をも裏切り、傷つける覚悟が必要...ということなのでしょうか...。周囲の人間も含め、自分の中にあるものの全てを吐き出せる強さがなければ、作家になどなれないものなのかもしれません。それは、本作の脚本を書き、監督もしているポール・ハギスの"人生の言い訳"なのかもしれませんが...。

出版社の友人は、マイケルの小説について「君の人生の言い訳でしかない」と指摘します。ローマの話とニューヨークの話がその言い訳ということになるのでしょうか。リックのジュリアへの電話、スコットとモニカと彼女の娘のドライブ。それが、マイケルの願いだったのでしょうか。微かにではありましたが、スコットが運転する車の後部座席には、確かに人影が...。それは、娘だったはず...。

3つの物語のどこからどこまでを現実として捉えるのか、登場人物たちの誰が実在すると受けとめるのかが、本作の"謎解き"のポイントとなるのでしょう。私は、実在するのはパリの物語に登場する人々、パリのホテルにジュリアは現れず、ジュリアがメモの行方を確認することはなく、バラが飾られた室内を破壊することもなかった...と考えたのですが...。いや、もしかしたら、アンナもフィクションかも...。エレインは、執筆中のマイケルの脳内に幻の愛人が登場することに気付いていて、マイケルが幻想の中にいるのか、現実の中にいるのかを確認していた...という解釈も成り立つのではないかと思います。

かなり凝った作りになっているので、どうしても、"謎解き"の部分が気になり、物語そのものに気持ちを集中させにくくなってしまっている嫌いはあります。策士策に溺れる...というのでしょうか、技巧に走り過ぎた感じは否めません。

明確な正答が示されない本作、やはり、モヤモヤ感が残ります。それが、本作の楽しみを損なっているというわけではないのですが、それでも、気になってしまいます。観終えた後、答えの出ないグルグルとした思考が止まらず、鬱陶しさが残ってしまいました。安直になってしまうのかもしれませんが、もう少しスッキリさせて欲しかった気はします。

スリルとサスペンスに程よく笑いが散りばめられ、いろいろと考えさせられる作りになっているので、2時間を超える作品の割には、あまり長さを感じずに最後まで観ることができました。


公式サイト
http://third-person.jp/

ジ、エクストリーム、スキヤキ

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ジ、エクストリーム、スキヤキ(DVD版)/井浦新、窪塚洋介、市川実日子、倉科カナ、高良健吾
¥4,104
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前田司郎が、自身の同名小説を自分で監督して映画化した作品。原作は未読です。

ある日、突然、フリーターの大川のところに、大学卒業以来、"ある出来事"をきっかけに15年間も絶縁状態だったかつての親友、洞口が現れ...。

エクストリーム=EXTREME=極限、極度、過激...なのですが、およそ、タイトルとは正反対のゆるゆる感に溢れています。まぁ、自然体と言えば自然体。映画"作品"なはずなのですが、作り物感があまりありません。"作品"であるからには、もう少し、作った感が欲しかった気もします。このテの作品は、"一見、自然体に受け取れるけれど、実は作り込まれている"という感じもあるとグッと心に迫ってくるものになると思うのですが...。まぁ、そうした要素を受け取れなかったのは、私の"感度"の問題なのかもしれませんが...。

特別なことも起こらず、甘いロマンスがあるわけでもなく、イマドキの若者から中年になりつつあるのに大人になりきれないヒトビトのありがちな日常が淡々と描かれます。"それはスキヤキじゃない"とか、"ブーメランではなくて弓だ"とか、ところどころに、クスリと笑わせてくれる場面が挟み込まれてはいるのですが、それも、断片的な感じ。今一つ、作品全体の中のスパイスになり損ねている感じ。

大川と同棲している楓の難病のエピソードもとってつけた感が否めず、全体の中で浮いてしまっています。

このユルくダラダラした感じで、それでも、何とか2時間弱の時間を持たせているのは、井浦新と窪塚洋介の演技力なのでしょう。2人とも本作での役どころは地味なのですが、それを、実にエクストリームな道を歩んできた窪塚洋介と割とエクストリームな役どころが多かった井浦新が演じている面白さもありますし...。(入浴シーンの井浦新のダラッとした身体つきは"役作り"なのですよね、きっと。)そして、洞口のかつての恋人、京子を演じる市川実日子、楓を演じる倉科カナもはまり役。このキャスティングが本作を支えているのだと思います。

大学卒業から15年ですから、37歳くらい。中年期に差し掛かろうかという時期なのにもかかわらず、こんな風にモラトリアムしていられる今どきの日本は、やはり、豊かで平和...だということなのでしょう。情けない気もしますが、左程、悪いことではないのかもしれませんが...。

ということで、このユルさ、ダルさを好きになれれば楽しめるし、そうでないと途中で飽きてしまう可能性大...といったところでしょうか...。