ダブリンの時計職人

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ロンドンで 失業し故郷ダブリンに戻ってきた時計職人フレッドは、職に就けず、家も持てず、車の中でホームレス生活。彼が車を止めている駐車場に、ある日、カハルがやってきて"隣人"となります。年齢が離れており、性格も全く違う2人でしたが、フレッドは、カハルに振り回されながらも、次第に、新しい自分を発見していきます。そんな中、プールで未亡人でピアノを教えているジュールスに出会います。ホームレスである引け目から、ジュールスへの想いを諦めようとしていたフレッドでしたが、カハルの後押しもあり、ジュールスの通う水泳教室に入ることを決意します。一方、カハルは、麻薬を巡るトラブルに巻き込まれ...。


ホームレス生活をしながらも、毎日、顔を洗い、髭を剃り、歯を磨き、植物に水を遣り、ネクタイを締め...。生活の場となっている車を離れたところで彼に会えば、ホームレスとは思わないでしょう。規則的な折り目正しい生活をすることで、自分のプライドを保っているのでしょう。


一方のカハル。それなりにきちんとした家庭で育ち、懐かしさとともに振り返ることができる家族との幸せな想い出もありながら、父親との軋轢から家を飛び出し、ドラッグに手をだし、売人たちとトラブルになり...。


ホームレスの人たちが、住所がないということのために、本来であれば利用できるはずの福祉制度の対象から外されてしまったり、仕事に就くことができなかったり、ということは、日本でも以前から問題になっていますが、この辺りの事情はアイルランドでも同様なようで...。


フィンランド、ヘルシンキ出身のジュールスは、アイルランド人である夫との結婚のため、ダブリンで生活するようになったようなのですが、その夫が亡くなり、ダブリンにいる理由を失っています。


ホームレスとなりながらも、きちんとした生活を維持するフレッドは、時には、怖い思いをしながら、カハルを危機から救おうとします。カハルは、フレッドに対し、素直で思い遣りのある面を見せます。ジュールスは、フレッドにも、カハルにも優しく、フレッドの"本当のこと"が明らかになった後も、彼を拒絶することはない様子。それぞれに悩みがあり、人生に問題を抱え、互いに優しさや思い遣りを見せる3人は、誠実で不器用な人たちなのでしょう。


そして、それぞれの人生の停滞に合せて、時を刻むことを止めているかのような時計。カハルは、不仲になった父の動かなくなった時計を宝物にし、ジュールスは、夫が愛用していた止まったままの時計を棚に置き続け...。その2つを修理するのがフレッド。


フレッドは、彼の人生を豊かにする存在となったカハルとジュールスの時計を修理し、どちらの時計も、再び、時を刻むようになります。そのことで、カハルの父はカハルのこれまでやカハルとの関係を受け入れられるようになったのでしょうし、ジュールスも新しい人生への歩みを始めることができたのでしょう。


フレッドとカハルが車を止めている駐車場のすぐ近くに見える海の荒れた寂しい感じが、作品の雰囲気を深めるための効果的な背景となっています。


地味ですが、フレッドを演じたコルム・ミーニイ、カハル役のコリン・モーガン、ジュールスを演じたミルカ・アフロス、役柄にピッタリはまった3人の名演もあり、心に沁みるものがありました。



公式サイト

http://uplink.co.jp/dublin/

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ペーパードライバー教習

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かなり長い間、ペーパードライバーだったのですが、それを返上せざるを得ない事態が発生してしまいました。何と、来年度(もう2日後からですが...)から、地方都市へ転勤。これまで、かなり、公共の交通機関が整備されたエリアで勤務してきたので、仕事の関係で外出する際も、車の運転をする必要がなかったのですが、これからは、そんなことも言っていられず...。かといって、いきなりの運転には不安があり過ぎで、ペーパードライバー教習を受けることにしました。


そんなに時間的なゆとりがない中でのことだったので、ネットで情報収集。カリキュラムの内容や料金設定などを比較検討し、一社に絞り込みました。


で、サイトにあったフォームで問い合わせ。夜中にメールしたのですが、翌日の午前中には返信があり、なかなか迅速で丁寧な対応には好感がもて、正式に申し込むこととしました。


1日100分、3日間のコースを申し込み、その初日が昨日。本当は、最初は、教習所のコースでと思っていたのですが、日程の関係から、いきなりの路上となりました。車は、教習車で、助手席側にもアクセルやらブレーキがついていて、助手席側から確認できるバックミラーとサイドミラーも付いているのですが、それでも、どうなることやらと不安いっぱいで出かけました。


山手線の某駅で待ち合わせ。まずは、車内で、申込書に記入したり、車の運転に関する基本的な知識の説明があり、いよいよ、運転。


まっすぐ走って、左折して、何度か左折して、右折して、車線変更して...。制限速度が40kmから60kmまでの一般道をいろいろ走りました。最初は、走っている時に、どうも、左側に寄りすぎたり、左折する際の左側への寄せ方の加減がよく分からなかったり、車線変更する際に、アクセルの踏み方が甘かったり...まぁ、いろいろありましたが、懇切丁寧な指導で、徐々に、それらしくなった...ような気がします。


1時間弱、運転したところで小休止。そして、もう1時間。


最後は、出発地点の駅まで戻って、無事終了。最初は、心臓バクバクだったのですが、何とかなりそうな気持になることができました。

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モンタナの風に抱かれて

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モンタナの風に抱かれて [DVD]/ロバート・レッドフォード,クリスティン・スコット・トーマス,サム・ニール
¥1,500
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ニコラス・エヴァンス原作のベストセラー小説「ホース・ウィスパラー」を映画化した作品。原作は未読です。


乗馬をした際の事故で片足を失い、心を閉ざすようになった13歳の少女グレース(スカーレット・ヨハンソン)と、事故以来人間に敵意を向けるようになった愛馬ピルグリム。ある日、グレースの母親アニー(クリスティン・スコット・トーマス)は、馬を癒す特殊な力を持つカウボーイ、トム(ロバート・レッドフォード)の存在を知り、娘と愛馬を連れてモンタナにトムを訪ねます。最初は、反抗的な態度を見せるグレースでしたが...。


グレースとピルグリムの再生の物語...かと思ったら、むしろ、再生の必要があったのは、アニーだった...ということでしょうか。途中から、アニーのトムとの不倫物語になってしまいます。もちろん、人も羨むようなキャリアがあり、経済的な余裕もあり、優しく包容力があり、仕事でも成功をおさめている夫がいて、可愛い娘がいても、人は傷つき、癒しを必要とすることがあるものだとは思いますが、それでもどこか病んでしまったアニーの傷の深さのようなものがあまり伝わってこないため、アニーの心情に寄り添えず、この"不倫物語"がグレースとピルグリムの物語を邪魔しているようで、違和感がありました。


モンタナの自然は美しく、その中で牛や馬とともに生きる人々の姿には"人間らしい生活"が感じられ、映像は美しいのですが、その自然との関わりと、グレースやピルグリムの再生の描き方も、今一つ奥行きが感じられず、やけに、あっさりした感じで、その分、アニーの不倫の話が変に目立ってしまった感じがして、この辺りのバランスの悪さが気になりました。


グレースもピルグリムも、何だかやけに簡単に呆気なく、元気になっていきます。それだけ、トムの腕が良かったということなのかもしれませんが、やはり、この部分をしっかりと丁寧に描いてほしかったと思います。


グレースとピルグリムの再生を物語の中心に据えて、時間をかけながら、徐々に、人馬がともに再生し、成長していくストーリーにして、そこに、周囲の人間関係を絡ませる構成にした方が、バランスの良い作品になったのではないかと思うのですが...。


そして、本作に出演した当時、すでに60歳を超えていたロバート・レッドフォード。多分、せいぜい30代後半か頑張っても40そこそこと思われるトムを演じるのは、やはり、無理があるような...。

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ハートの問題

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ハートの問題 [DVD]/アントニオ・アルバネーゼ,キム・ロッシ・スチュアート
¥4,725
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アルベルトは売れっ子脚本家。ある晩、心臓に違和感を覚え、救急救命治療室に。そこで、重い心臓発作を起こしたアンジェロと同室になります。アルベルトはお喋りでしたが、人間関係をうまく作れず、いつも、一匹狼。彼は黙っていられず、アンジェロの症状にお構いなく話しかけます。アンジェロは、貧しい環境から努力した自動車修理工場の若き経営者で、2人の子どもと3人目を妊娠中の妻ロッサーナがいて、病室には母親も見舞いに訪れ、楽しそうでした。やがて、2人とも退院、、退院後に再会して、お互いが必要だと実感します。アンジェロに誘われ、彼の家に転がり込んだアルベルトは、毎日、家族に囲まれた賑やかな生活の中で、気持ちが解放されていき...。


同じ頃に心筋梗塞を発症し、病院に運ばれ、ひとまず命の危機を脱することができた2人。同じ病気から生還して、隣同士のベッドになり、運命的に出会った2人。そこに友情が生まれるのは必然...ではないかもしれませんが、冒頭から、2人が互いに知り合うようになるまでの流れが、実に自然に描かれ、その中に、それぞれのこれまでの生活の在り方がバランスよく描かれていて、無理なく、作品の世界に惹き込まれました。


この2人の対比がなかなか巧いです。自分で自動車修理工場を経営し、家族を持ち、蓄財もしているアンジェロ。"業界の人"らしい浮き草稼業。独身貴族を謳歌し、貯金もないアルベルト。で、それぞれが、それぞれの世界で生きるための才能に恵まれています。


アルベルトがふとした時に紡ぎだす物語。その着眼点の面白さ、情報を分析する鋭さが、下手すれば暗く深刻になってしまう危険性のある物語に、明るさとユーモアを加えています。いかにもイタリアンな感じのアルベルトのお喋りは、騒々しく、ウザったくて、でも、人生悪くないと思わせてくれるものを持っています。


「それが問い。答えが物語だ。」アルベルトは、アンジェロの息子に、物語の作り方を伝授します。人は、物語を紡ぐことで、人生に意味と意義と理由を見出し、正解のない問いに対する答えを得ようとするのでしょう。そして、それをよすがに生きる気力を保とうとするものなのかもしれません。


アルベルトとの友情の中に、死にゆく者としての安心感を得ようとするアンジェロ。アンジェロや彼の家族との関わりの中で、地に足付けた人生を築いていくことになるアルベルト。他人の人生を請け負うことなどそう簡単にできるものではありません。けれど、寄り添うことはできる。それが、アルベルトのアンジェロへの答えだったのではないか、そして、寄り添う人生に目覚めることがアルベルトの新たな人生を拓いたのではないか...。


物語は、予測される通りの悲劇的な結末を迎えますが、爽やかさを残しています。なかなか見応えのある作品でした。お勧めです。

おぢいさんのランプ

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明治時代後期。「文明開化」が叫ばれていた頃、已之助の村の夜は、まだ、真っ暗。初めて訪れた町で已之助はランプを見つけ、持ち帰ります。始めは新しいものに抵抗のあった村人たちも、やがて受け入れるようになり、巳之助はランプを商売にして、身を立てます。けれど、時が経ち、町には電気が引かれ、電灯がランプに代わり始めていました。已之助は村への電気の導入に反対しますが、結局、導入が決められ...。


全編で30分にも満たないアニメの小品です。短い作品ですが、起承転結が明確な物語には、時代の変化の大きさとその中で揺れ動く人々の戸惑い、新しい技術への期待などが織り込まれ、激しく変化する時代を生きる人の人生が表現されています。


四季折々に移ろいゆく風景が美しく、また、人々の生活を照らすランプの灯りの温かさが物語の味わいを深めています。そして、さらに強い光をもたらす電気の力を凄さ。


時代の新しい波にうまく乗って成功したはずの若者が、やがて、時代に取り残されていき、時代の変化に抗おうとさえするようになる。最も時代を先取りした者こそが、いつの間にか、一番乗り遅れた者の一に置かれている。それは、いつの時代にもあったこと、そして、今でもあること。


クライマックスの纏め方は、己之助への優しさがあり、ホッとさせてもらえました。


丁寧に作られた感じのする味わいのある作品でした。

31年目の夫婦げんか

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31年目の夫婦げんか [DVD]/メリル・ストリープ,トミー・リー・ジョーンズ,スティーブ・カレル
¥3,990
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いつのまにか寝室は別、夫の唯一の趣味はゴルフ番組、毎日の日課も夫婦の会話も365日ほぼ同じ。争いもない代わりに、喜びもない...。結婚31年目のケイは、「死ぬまで、この生活の繰り返しで、私は幸せ?」と自分に問わずにはいられませんでした。夫婦の絆を見つめ直したいと思い立った妻、ケイと、変化を恐れるガンコで保守的な夫、アーノルド。互いの残りの人生をかけた、真剣だけれどユーモアいっぱいの"31年目の夫婦げんか"が始まり...。


夫婦の関係を見直すという行為は、危険も伴うもの。見直しをすることで、両方が、改善を図るという方向に動き出すことができれば良いのでしょうけれど、下手すれば、"本当は分かれるべきだった自分たち"に気付いてしまうという結果にもなりかねません。"誤魔化しの関係"を継続するくらいなら、清算した方が良いという考え方もあるのでしょうけれど、問題から目を背けることで得られる幸せもあるのだと思います。一方、そんな"ニセモノ"の幸せでは納得できなくなったのがケイ。


夫婦仲の改善という問題が、ほぼ100%、セックスに結び付けられていくという点には、少々、違和感がありました。確かに、それも大きな要素なのかもしれませんが、特に、本作のような高齢の夫婦の問題を語る場合、それだけではない何かに、もっと、目が向けられても良かったのではないかと思います。その点では、バランスが悪い感じがしましたが、それでも、テレや抵抗感があっても、それなりに現状を打破しようとし、相手に寄り添おうとする姿勢を見せるケイとアーノルド。まぁ、それぞれの中に"愛"が残っていたからこそ、何とかなったのでしょう。


いつから、こんな"枯れた"関係になったのは分かりませんが、それは、確かに、刺激はないかもしれませんが、落ち着いていて静かで穏やかな関係。安心感のある居心地の良さには、楽しく刺激的だけれど緊張感を強いられる関係にはない良さもあると思ってしまう私は、やはり、日本人。特に、ケイの"愛"に向かうエネルギッシュな姿勢には圧倒されました。


夫婦が揃って相談に行くカウンセラーが、何とも怪しげで、作品に程よい可笑しみを加えています。そのために、ケイの必死さが、浮ついた感じにならず、物語の中に自然に溶け込んでいるのではないかと思います。


ケイを演じたメリル・ストリープが、"結婚31年目"とは思えない乙女のような恥じらい気味の可愛らしさが作品の雰囲気にピッタリで印象的でした。カウンセラーにあれこれ突っ込まれ、ヘソを曲げたり、アタフタしたり、不器用ながら思い遣りのある"昭和の男"を感じさせてくれます。怪しげなカウンセラー役のスティーヴ・カレルもはまり役。


夫婦で観るには微妙な感じもする作品ですが、中心となる3人を演じた俳優陣の力にも支えられ、軽やかで楽しい作品に仕上がっています。なかなか楽しかったです。

「また、必ず会おう」と誰もが言った。 特別版 [DVD]/佐野岳,杉田かおる,塚本晋也
¥4,935
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喜多川泰の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。


ある日、「東京は臭い」と、同級生に言ってしまったことから一人旅に出ることになった高校生の和也。初めての東京で財布をなくし、証拠の写真も思うように撮れず、路頭に迷っているところへ声をかけてきた昌美に助けられますが、「人より先に動いて人の役に立て」と言われ、ふてくされます。成り行きでトラックに乗せてもらい、共に旅をすることになった柳下には、「嘘の中に生きる覚悟がないなら、つくな」と叱られ、「自分で何かやって掴み取ったものでなきゃ何の意味もない」ことを教わります。そんな旅の途中で出会ったのは、母親と離れて暮らす亮平。柳下の代わりに母親の元へ亮平を送っていくことになり...。


それぞれの人生にいろいろなものを抱えている親切な大人たちに助けられながら、和也は、一人の大人としての生き方を学んでいきます。


和也自身は、確かに、多少、見栄っ張りというか、イキガッテいるところはあるにせよ、基本的には"良い子"。それなりに真面目に自分に向き合おうとしているし、大人たちの言葉を受け入れる素直さもあり、きちんと生きている感じがします。


良い子が良い大人たちに導かれて、大人になっていく...。まぁ、当たり前と言っては当たり前なのですが、真っ直ぐな青春が、真っ当に描かれていて、すんなりと心に沁みていきます。


トラックの運転手、柳下役で登場するイッセー尾形が実に印象的です。和也と大人たちの出会いについては、かなり現実離れな感じもありますが、力のある演技が役柄に説得力を持たせています。柳下に出会えたことは、和也の旅の一番のお土産、そして、柳下にとっても、和也との出会いが、人生を締めくくるための良い経験となったことでしょう。


上の世代から下の世代に、人間としての生き方が受け継がれていく...。そんな連綿と続いていく"人類"としての営みが感じられます。


柳下から和也に渡されたものが、亮平に受け渡されていく...。誰の人生も、苦悩や葛藤に満ちていて、人はいろいろな重荷を抱えて生きることを余儀なくされるワケですが、それでも、人と人との間には、温かな関係性が育まれることがあり、この世は生きるのに値するのだと、そう思わせてくれる作品だと思います。


地味な作品ですが、じんわりと心が暖められた感じがします。観て良かったです。

フルートベール駅で

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カリフォルニア州、オークランドのフルートベール駅で、黒人青年が、丸腰の抵抗できない状態で警官に撃たれて死亡したという実際に起きた事件をもとにした作品。


当時、事件が起きた際に、その状況をビデオカメラや携帯電話で撮影している人が何人もいて、その動画が、動画サイトにアップされたこともあり、大きな話題となっています。


2008年12月31日。大晦日のその日は、22歳の黒人青年、オスカー・グラントにとっては、新しい年に向けて麻薬の売人を辞めることを決意した日であり、母の誕生日であり、夜はサンフランシスコの花火を見に行こうと楽しみにしていた日でもありました。ところが、フルートベール駅から電車に乗った時に、かつて服役していた時にイチャモンを付けられた相手と鉢合わせしトラブルになってしまいます。警官に電車を降ろされたオスカーは、警官に床に押さえつけられ、後ろ手に手錠をはめられ、抵抗できない状態で背後から銃で撃たれ...。


殊更、人種差別を告発しようというのではなく、被害者を憐れむではなく、オスカーの最期の一日を丁寧に描き、そこに、過去を語る映像をバランスよく効果的に配置することで、オスカーの人物像を丁寧に描き、その日に失われたものの大きさを伝えています。


決して品行方正とは言えず、かなりヤンチャなこともしてきているし、すぐ切れるし、嘘つきだし...。けれど、一方で、母親の誕生日をきちんと祝おうとする優しさ、娘を可愛く想い、きちんと育てようとする親心を持ち、周囲の助言を受け入れる素直さもあり、ひき逃げされた犬を助けようとする温かさもあり...。


もちろん、この事件に巻き込まれなかったからと言って、彼が、その後の人生を麻薬に関係せず、罪を犯さず生きていったかどうかは分かりません。結局、これまで通りの悪いことをし続けたのかもしれませんし、もっと、重い罪を犯した可能性だってあるでしょう。けれど、だから、警官に射殺されても仕方ないと言うことにはなりません。


オスカーが、酷く抵抗し、警官が命の危険を感じるような状況になっていたのだとしたら、仕方ないと言わざるを得なかったかもしれませんが、そうでないことは明白。


もっと前の時代なら、警察は、都合の良い証言ばかりを拾って、そうでない証言は封じ込めて、事実を歪めようとしたのかもしれません。映像の記録が複数撮られ、それが、広く社会に公開される今の時代、少なくとも、事実が事実として伝えられる可能性が拡がっていること。そこに救いを見るべきなのかもしれません。


冒頭で、結末を表す映像が提示されるため、観る者は、悲劇的な結末に行き着くことを知りながら、物語を辿ることになります。そして、最初から知っていた悲劇を迎えるワケですが、最後まで観て、意外にも、穏やかな光を感じる作品となっていました。その背景としては、丁寧で優しい語り口で、オスカーという人物を浮かび上がらせたこと、常に、激昂するオスカーを宥め、苛立つ周囲を鎮めようとするオスカーの母、ワンダの存在感が大きかったのだと思います。


85分という短い作品ですが、多くのことを感じさせてくれる深い作品です。お勧めです。



公式サイト

http://fruitvale-movie.com/

それでも夜は明ける

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1841年、奴隷制廃止以前のニューヨーク。、黒人のヴァイオリニスト、ソロモン(キウェテル・イジョフォー)は、"自由黒人"として、妻と2人の子どもとともに、幸せに暮らしていました。ある日、ワシントンで良い仕事があると騙され、拉致され、奴隷として南部のに売られてしまいます。非道な仕打ちに虐げられながらも、必死に生き延びたソロモンは、拉致されてから12年が経った頃、奴隷制度に異を唱えるカナダ人労働者、バスと出会い...。


ソロモンの立場は微妙です。黒人でありながら、"自由黒人"として、白人たちと同じような生活をしていました。けれど、市民として、白人たちと同等の権利を持っていたわけではないことは、エンドロールに示される"その後"の物語によって明確になります。


"自由黒人"が奴隷として拘束されていることが問題なのか、そもそも黒人を奴隷として扱っていることが問題なのか...。作中でも、農場主に気に入られ、召使を持てる立場となった黒人女性が登場しますが、この"被支配者である黒人が、支配者である白人に良く評価されることで、一般の黒人よりも上の立場になれる"という仕組みこそが、差別を強化し、問題を根深くしている大きな原因なわけです。


奴隷として働かされていても、ついそれまでの習慣から白人の"主人"にモノ申してしまうソロモンには、南部で生まれ育ち、ずっと長く奴隷として生きることを余儀なくされてきた黒人奴隷たちとは共有できないものがある様子。最初に働かされた農園で、白人の大工に疎まれてリンチを受けた時の、他の黒人奴隷の反応等を見ていると、"白人の主からは奴隷として扱われ、黒人奴隷たちからは自分たちとは違う黒人と見られている"印象を受けました。


本作で、何より、悲劇的に感じられるのは、結局、黒人であるソロモンが、白人に支配されている立場に置かれ続けていること。奴隷の立場を抜け出すことができたのは、白人であるバスの協力と、やはり、白人であるパーカーが行動を起こしたためなのです。何だか"白人による好意で得た白人同様の権利を不当に奪われたけれど、生き抜くために自分を抑えて頑張っていたら、親切な白人に救われた"という流れになってしまっているような感じで、少々、違和感がありました。


エンドロールで示されるソロモン自身による戦いの部分が作中できちんと描かれていれば、"白人たちによる巧妙な仕掛けによってより根深いものとなった差別の仕組みに人生を翻弄されながらも、必死になって生き抜いた一人の男の物語"になったのではないかと思うのですが...。


アメリカでは、奴隷制度は廃止され、公民権も保障されています。日本でも、国民は、憲法のもとに一定の権利を保障されています。けれど、ここ数年、様々に取り沙汰されている"ブラック企業"で労働者が虐げられている状況も、本作で描かれている状況に通じるものがあるのではないか...。アルバイトと正社員の関係は、黒人奴隷と自由黒人の関係に似てはいないか...。そして、結局、労働者が搾取され、常に敗者とされているのではないか...。


支配者がより安定して支配するために被支配者をいくつかの立場に分断するという仕組み。それが、いかに巧妙に作られ、差別を助長したか...という視点がもっと入れられていたら、これまでにもいろいろと作られてきた同様のテーマの作品とは違うオリジナリティが生まれ、ずっと深みのある作品になったのではないかと思うのですが...。


そして、確かに、重みが感じられるすぐれた作品だと思いますし、描かれている内容も、私たちが、人類の歴史にあったこととして忘れてはならないことだし、骨太で濃密な力のある作品だとは思うのですが、映画として面白い作品になっているかというと、そうでもないような...。まぁ、ある意味、肩に力が入り過ぎ、真面目になり過ぎているのかもしれません。


映画として楽しむというよりは、勉強し、いろいろと考える材料となる教科書的な作品であることは確かで、平凡ではあるけれど、良心的な作品...ということなのでしょう。もちろん、そういう作品が存在することも大切なことではあります。



公式サイト

http://yo-akeru.gaga.ne.jp/

あなたを抱きしめる日まで

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2009年にイギリスで出版された、ジャーナリストのマーティン・シックススミスが、フィロミナ・リーとともに、彼女の息子探しをした経緯を書いた「フィロミナ・リーの失われた子供」を映画化した作品。原作は未読です。


1952年、アイルランド。、結婚せずに身籠ったフィロミナは、ロスクレアにある修道院に入れられます。そこには、同じような境遇の女性たちがたくさん収容され、洗濯などの仕事に追われる日々を過ごしていました。それでも、1日に1時間だけ、自分の子どもに会える時間が心の支えになっていました。けれど、ある日、フィロミナの息子、アンソニーは、養子に出されることになり、アメリカ人夫妻に連れ出されてしまいます。それから、50年、アンソニーの存在を打ち明けられた、フィロミナの娘、ジェーンは、パーティ会場で知り合ったジャーナリスト、マーティンにアンソニー探しを依頼します。一旦は、断ったマーティンでしたが...。


フィロミナがアンソニーを出産した頃の時代背景や彼女を取り巻く宗教的事情を考えれば、修道院が、子どもたちを養子に出したこと自体は仕方のないことだったかもしれません。その際に、費用を取ったことも、修道院の経営を考えればやむを得ないことだったかもしれません。そして、フィロミナ自身が言うように、アンソニーは、養子に出されたことで、"より良い人生"を歩むことができたのかもしれません。それでも、母の消息を求めてやって来たアンソニーに、アンソニーに関する情報を得ようとやって来たフィロミナに、嘘をついたのは、修道院の大きな罪だったと言わざるを得ないでしょう。(実際に、1959年から89年までの間に数回、アンソニーは1977年と1993年に修道院を訪れたそうです。)


例え、フィロミナたちが大罪を犯していたとしても、聖職者だからとフィロミナたちに罰を与えて良かったのか...。人を裁き、罰する権利は、神にのみ与えられているのではないか...。そもそも、いくら聖職者であっても、神に代わって裁きを行い、罰を与えるのは、僭越というものではないか...。


けれど、フィロミナは、赦しを告げます。彼女の信仰心の篤さが、彼女の犯した"罪"の重さを深く自覚させるからこそ、赦しが可能だったのでしょう。


人は誰でも罪を負っているのだとすれば、他人の自分に対する罪を赦すべきなのでしょう。どんなに過酷な運命であったとしても、それが、神の意思に基づいているのであれば、受け入れるしかないのでしょう。修道院の悪を生みだしたのも宗教ならば、フィロミナの広い心を作り上げたのも宗教。理不尽な運命に翻弄されながらも、神を信じ、明るさやユーモアを忘れることなく、誠実に、逞しく生きてきたフィロミナを支えてきたのは、間違いなく信仰でした。


一方で、フィロミナの最後の決意。修道院の罪を赦すけれど、その事実は社会に伝える。そこに、フィロミナの決意が感じられます。ただ、無知で無垢な田舎のオバアさんというだけではないフィロミナの凛とした一面。


必要以上に感情に訴えるではなく、悪を激しく糾弾しようとするのでもなく、上質なユーモアを交えながら人生の複雑さと豊かさを描いています。そして、70歳近い女性を可愛らしく、純真でありながら、しなやかな強さを持つフィロミナを見事に実在させているジュディ・デンチがさすがの名演で、本作の味わいを支えています。出番は僅かなのですが、敵役となっているシスター・ヒルデガーを演じたバーバラ・ジェフォードも、聖職者として自制してきたことへの矜持と寂しさを醸し出していて印象的でした。


未婚の母や男性を誘惑したとされた女性たちが、修道院に収容され、洗濯などの労働をさせられていた...という話は、映画「マグダレンの祈り 」にも描かれていますが、1996年まで、こうしたことが、実際に行われていたとのこと。


一度は観ておきたい作品だと思います。



公式サイト

http://www.mother-son.jp/