ローマでアモーレ

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ローマでアモーレ [DVD]/アレック・ボールドウィン,ロベルト・ベニーニ,ペネロペ・クルス
¥3,990
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イケメンのローマっ子の弁護士、ミケランジェロと婚約した娘、ヘイリーのもとへ、アメリカから飛んできた音楽プロデューサー、ジェリーは、婚約者の家に招待されますが、浴室で歌う彼の父親、ジャンかルロがオペラ歌手のような美声であることに驚き...。

結婚したばかりのアントニオとミリーは、上流階級の叔父から紹介された仕事に就くため、田舎から上京。夫が1人でホテルの部屋にいると、何故か、セクシーなコールガール、アンナが登場します。どうやら人違いをされているようなのですが、そこへ、親戚が訪ねてきて...。

妻、ソフィアと2人の子どもの4人で暮らす平凡な男性、レオポルドは、ある日突然、大勢のパパラッチに囲まれ、大スターに祭り上げられますが...。

建築を学んでいるジャックは、恋人、サリーと同棲中。そこへ、サリーの親友、モニカが身を寄せてくるのですが、ジャックは、小悪魔的なモニカに心を惹かれるようになりますが、著名な建築家、ジョンは、そんなジャックの故意の行く末を気にして...。


国際的な観光地、ローマを舞台に4つの物語が繰り広げられ、観光名所をしっかりと取り入れています。バックに流れる音楽もいかにもローマで、作品を包む楽しい雰囲気を盛り上げています。


そこで展開される4つのストーリーは、いずれも、あり得なさ満載なのですが、不思議と現実的な感じが漂います。結構、強引な展開がある割には、無理に理屈を捏ね繰り回さず、細かいこと気にせずアッケラカンと進行していくので、逆に、妙にリアリティがあり、物語の世界をどっぷりと浸ることができました。


そして大勢の人物が登場する割に、ドタバタせず、拡散せず、それぞれの物語が交わりそうで交わらないにもかかわらず、全体としてまとまった感じの作品になっています。


大笑い...とはいきませんが、クスッと笑える場面があちこちに散りばめられています。名優たちの演技に支えられ、観光名所の映像に彩られ、軽やかで明るい音楽に盛り上げられ、最初から最後まで楽しめる作品になっています。

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わが青春のマリアンヌ

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Marianne de ma Jeunesse / Marianne of My Youth .../Pierre Vaneck,Marianne Hold
¥価格不明
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森の湖畔の寄宿学校にヴァンサンという少年がやってきます。学校の不良グループに誘われ、湖の対岸の謎の「幽霊屋敷」のような館への探検に行ったヴァンサンは、仲間と別行動になってしまいますが、館の中で、目の醒めるような美女、マリアンヌに出会います。どうやら、彼女は何かの理由あって幽閉されている様子。彼女は従者に命じ、ボートを出させ、ヴァンサンを寄宿舎のある岸まで送りますが、なぜか「マリアンヌを忘れないで!」とひとこと言っただけで去ってしまいます。ヴァンサンは、マリアンヌのことが忘れられず、胸をかきむしられる日々を過ごしていましたが、ある日、マリアンヌから助けを求められ...。


母親に捨てられたという想いを抱えているヴァンサンが出会ったマリアンヌは、その母にそっくりな美女。母は大尉に奪われようとしていて、マリアンヌは男爵により幽閉されている。マリアンヌを男爵の手から救おうとする行為は、母を大尉から取り戻したいという想いの表れなのでしょうか。


しかし、彼の”勇気ある行動”も男爵の言葉の前に萎えてしまいます。男爵の言葉を裏付ける明確な証拠があるワケでもない中、コロッと心変わりするヴァンサンには、見た感じに似合わない幼さも感じてしまいますし、大きな決意をして乗り込んできた割には呆気ない感じもしますが、それも、子どもの未熟さということなのかもしれません。

何と言っても1955年制作ですから、それから、60年近くがたっているわけです。物語の流れに、登場人物たちの言動に、古臭さを感じずにはいられないことも確か。ヴァンサンの容姿にしても、今の感覚では、少年というより、青年。まぁ、日本でもそうですが、昔の人は、総じて、イマドキの若者より、大人びた感じだったのだと思いますが...。しかし、それにしても、彼の半ズボン姿には違和感たっぷりでした。


白黒の映像と霧の中に浮かぶ館の重厚な映像が印象的。森に射し込む陽光とか、館を取り囲む湖とか、美しい映像が、現実と幻想の間を漂うような作品の雰囲気を支えています。


"お母さん大好き"だった少年が、母の女性としての幸せを求める受け入れるようになる。それは、母からの自立でもあるのでしょう。そして、その背景に、母にそっくりはマリアンヌを守ろうとする行為が関係しているのかもしれません。母に保護される立場から、母を守ろうとする立場に成長することの象徴なのかもしれません。マリアンヌを手に入れられなかったのは、母の象徴だったから...ということなのでしょうか...。


マリアンヌの面影を胸に、一人の大人のオトコとして一歩を踏み出す。そんな古典的な男子の成長物語。いろいろな意味で時代を感じさせる作品ですが、映像美は堪能できます。

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ザ・チャンプ 伝説のファイター

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サミュエル・L・ジャクソン in ザ・チャンプ 伝説のファイター [DVD]/サミュエル・L・ジャクソン,ジョシュ・ハートネット,キャスリン・モリス
¥3,990
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ピューリッツァー賞受賞記者、J・R・モーリンジャーの記事を元に作られた映画。


新聞社で働くスポーツ記者のエリック。興味のないボクシングの取材ばかり任させられていましたが、目標は、名リポーターとして活躍した父親のように、アメフトやバスケットボールの有名選手を取材すること。けれど、書く記事は次から次へとボツになり、しまいには上司からページを埋めるだけの記事はいらないと言われてしまいます。クビ寸前のエリックは、ある日少年たちに襲われているホームレスを助けます。彼は、元ボクサーでヘビー級世界ランク3位のボブ・サッターフィールドだと名乗ります。大きなネタを探していたエリックはこの話に飛びつき取材を開始。やがて記事が掲載されると評判になり、大きな仕事の話が舞い込み始めますが...。


"チャンプ"は、エリックに「あんたの期待に応えたかった」と言います。人から何の期待もされないのは哀しいものです。期待され、それに応えるために努力し、見事、期待に応えて、褒められる...その喜びは大きいもの。エリックも期待に応えたかったのです。特に、息子の。しばらく、他人の期待に応えて喜ばれるという経験から離れていた2人の"期待に応えたい"という願望が出会ってしまったことが"悲劇"の始まり...ということになるのでしょうか。互いに一致した利害。サッターフィールドになりたかった"チャンプ"と特ダネをモノにしたかったエリックの想いが、"チャンプ"の嘘に磨きをかけ、エリックの判断力を鈍らせたのでしょう。


まぁ、一応はプロの記者であるエリックが、やけに簡単に騙されてしまっていて、嘘っぽい感じもするのですが、実際にあったことを元にしたストーリーなわけで、事実は小説より奇なりというか、広い世の中、信じられない程、お粗末な事件が起こることはあるのでしょう。


エリックの側に功名心があり、そのために、目が曇らされていたことも確か。そういう意味では、自業自得というか、因果応報的な側面もあるワケですが、元々は、故意にでっち上げた作り話ではありませんでした。出発点で悪意が存在しなくても、結果として、倫理に反する行為になってしまったり、時には、犯罪的な行為になってしまうことは珍しいことではありません。


自分の"罪"を打ち明けようとしたタイミングは、少々、外してしまいましたが、自ら改めようとしたエリックは見事。スポーツ記者として成功したいという想いの陰に息子への愛があったワケですが、自らの"罪"を正そうとしたのも息子への愛におされた故。そして、エリックを訴える側にいたサッターフィールドの息子が、エリックに改めて記事を書く許可を与えたのも、父の名を人々の記憶の中に蘇らせたいという父への愛があればこそ。


エリックとその父、エリックとその息子、サッターフィールド親子...。父と息子の物語が心に沁みます。


"チャンプ"の人物像の掘り下げ方は浅く、物足りない感じ。"チャンプ"に厚みが出ていれば、もっと、味わい深い作品になっていたのではないかと思います。題材が良く、"チャンプ"を演じたサミュエル・L・ジャクソンも、エリック役のジョシュ・ハーネットも、納得の演技だったにも拘らず、全体としては薄味な感じがしたのは、やはり、この"チャンプ"の描き方の浅さが原因だったのでやはないかと思います。


レンタルのDVDで観るには悪くない作品だと思います。

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かぐや姫の物語

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日本最古の物語と言われている"竹取物語"を映画化した作品。


今は昔、竹取の翁が見つけた光り輝く竹の中からかわいらしい女の子が現れ、翁は媼と共に大切に育てることにします。女の子は瞬く間に美しい娘に成長。翁は、彼女を幸せにするためにと、都に屋敷を構え、教育係、相模を雇い、"高貴な姫"に育てようと努力します。かぐや姫と名付けられた娘のうわさを聞き付けた男たちが求婚してくるようになりますが...。


基本、原作に沿った物語になっていますが、幼い頃の"兄貴分"である捨丸と教育係の相模は、本作オリジナルのキャラクター。この相模とかぐや姫の世話係の童女の存在が印象的。


宣伝では、"かぐや姫の罪と罰"という点が強調されていますが、特に、その部分に拘った感じはしませんでした。まぁ、そこは、ヘンにこだわるよりこの仕上がりで良かったと思いますが、これは、明らかに宣伝のミスリードのような...。


原作では、かぐや姫が罪を犯し、その罰として地球に送り込まれたと記されているだけで、その罪が何だったのかについては触れられていません。本作では、その部分に、少し、踏み込んでいますが、その謎を明らかにした...という程、そこを明確に描いているわけではありません。


月の世界で聞いた地球の歌。その歌に惹かれ、地球の生活に興味を持ったことが罪で、その"憧れの世界"の醜さを実感させられることが"罰"だったのか...。


かぐや姫にとっては"罰"だったようですが、翁と媼にとっては、幸せでもありました。翁も媼もそれぞれにかぐや姫の幸せを願っていて、そこに嘘はありませんでした。けれど、相手を思いやる気持ちが、必ずしも、その大切な相手の幸せにつながるとは限らない、むしろ、悲しみに繋がってしまう可能性さえある。それは、いつの世にも、親子、恋人、友人、同僚...どんな人間関係の中でも起こることです。かぐや姫、翁、媼の心情が、原作よりずっと丁寧に描写され、私たちが長く親しんできた物語に厚みを加えています。


人と人の中に生まれる行き違いや軋轢といったものを味わわされたことが"罰"だったのか、不浄な人間界で生活させられることそのものが"罰"だったのか...。それが、"罰"だったとして、その記憶が全て拭い去られるなら、それは"罰"として意味があるものだったのか...。この記憶が奪われるということも含めて"罰"だったのか...。


絵が実に印象的でした。全体に淡い色彩で、とっても和風で、余韻があって、物語の雰囲気にピッタリでした。竹取物語を描くならこの画風がベストなのだろうと思えます。細かく描かれ過ぎず残された部分に、登場人物たちの感情が映し出されているような感じがしました。全体的に、ややあっさりしすぎた感じもなきにしもあらずですが、それが却って、独特の余韻に繋がっていたと思います。


本作が遺作となってしまった翁役の地井武男さん。"鬼気迫る演技"とは、こういうことなのだと実感させられます。もしかしたら、ご本人も、これが最後の作品と覚悟の出演だったかもしれないそんな気さえします。媼役であり、ナレーションを担当した宮本信子さんはじめ、他の出演陣も押しなべて力のこもった演技だったと思います。


これまで、ジブリの作品は、全部、観てきたのですが、なかなか手放しで面白かったと思える作品に出会えずにいました。もしかしたら、本作こそが、ジブリの最高傑作かもしれません。この作品を生み出すことができたというだけでも、ジブリが存在した意義があったといえるのではないかとさえ思えます。


"かぐや姫の罪と罰"という宣伝文句は頭の中から払拭した上で、一度は観ておきたい作品。



公式サイト

http://kaguyahime-monogatari.jp/

燦燦-さんさん-

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数年間、介護を続けてきた夫が亡くなり、それ以来、1人で暮らしてきた77歳の鶴本たゑは、どこか物足りない思いを抱えていました。そんなある日、外出中の彼女はショーウインドーに飾られたウエディングドレスとそこに出されていた結婚相談所の看板に目を惹かれます。残り少ない人生を輝かせたいと思い立ったたゑは、"人生のラストパートナー"を探すため、婚活を開始。息子夫婦たちに反対されながらも、何人かの男性とお見合いを繰り返し...。


基本的には、ベタなロマンスの組合せなのですが、その恋愛の当事者たちが"高齢者"ばかりという点が本作の独特の味わいを生んでいます。"残り時間は少ない"し、"この先はない"という大きな制約を受ける一方、"子どもができるワケじゃない"気軽さ(?)もあったり...。


決して、初めてではない異性との出会いや恋に初々しくドキドキできるのは、そうした体験から長く離れていたから...といったところでしょうか。それぞれが、慣れない事態に戸惑いつつもトキメイている辺り、魅力的で、登場人物たちに自然に心寄せることができました。


年齢や老いを皮肉って笑いを取りながらも、安心して観られる範囲を越えることはありません。老いによって抱える様々な問題や課題を笑いに変えながら乗り越えていく、それも、人生経験を積んだ者だからこその余裕なのかもしれません。


かなり綺麗にまとまり過ぎているような感じもします。それは、多分、登場人物たちが、基本的に、経済的な問題を抱えていないから。まぁ、今の高齢者世帯というのは、比較的、きちんと年金を受け取れている世代なので、きちんと年金に加入して支払いをしていれば、そこそこ生活できる...ということなのかもしれませんが...。


主演の吉行和子が、77歳のたゑを実に瑞々しく可愛らしくに演じていて、そこが本作の大きな魅力になっています。結局、たゑの"ラストパートナー"となるのは誰なのか、という点については、途中でちょっとアレッと思わせられる部分がありつつも、割と最初の方で読めてしまったりもするのですが、無理のない展開で良かったと思います。


後半になって、ちょっと雰囲気が変わってしまったのは残念な感じもしますが、ホッコリとした幸せが感じられる作品でした。こんな風に老いていけるのなら、人生捨てたもんじゃないと思える映画です。お勧めです。



公式サイト

http://sansan-eiga.com/

ウェディング・バンケット

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ウェディング・バンケット [DVD]/ウィンストン・チャオ,ミッチェル・リヒテンシュタイン,メイ・チン
¥3,990
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ニューヨークでビジネスを成功させ、市民権を得た台湾人青年のウェイトンは恋人である白人男性のサイモンと幸せに暮らしていましたが、息子がゲイだとは知らない母親に結婚を急かされていました。父親が心臓発作で倒れたことから、母親からの催促はますます強まり、サイモンの提案により、中国人女性、ウェイウェイと偽装結婚することになります。ウェイトンは両親を安心させることができ、ウェイウェイはグリーンカードを取得でき、互いにメリットのある"結婚"。披露宴などはせず、役所での簡素な手続きで済ませようとしていた2人でしたが、台湾からお祝いのためにニューヨークへやって来たウェイトンの両親は豪華な披露宴をしないことが大いに不満なようで...。


本作が制作された1993年当時、同性であるウェイトンとサイモンは、いくら2人の間に確かな愛があっても、法的には結婚できない関係。ウェイトンとウェイウェイの間にそんな"愛"はないけれど、正式な結婚ができるワケです。そして、"互いの利益のための愛のない結婚"でも、子どもができたり...。"結婚"って、なんだろう...と考えさせられたりします。


台湾で生活している台湾人のウェイトンの両親と、アメリカでの生活が長くなっているウェイトン、ウェイウェイ、アメリカ人であるサイモン。異なる文化、世代の違い...。何かとすれ違ったり、ぶつかり合う部分もあるけれど、ともに過ごす時間の中、徐々に、折り合いをつけていきます。


息子がゲイだということは、年老いた両親にとってはショックだったことでしょう。けれど、そこを追求しなければ、孫を持つ喜びを味わえる。サイモンは、不完全ながらもウェイトンがいる生活を取り戻し、ウェイウェイは生まれてくる子どものための家庭を手に入れ、ウェイトンは、両親の期待に応えることができました。それぞれにとって、100%満足ではないかもしれないけれど、それぞれがどうしても欲しかったものを確保することができたのです。


少しずつ、譲り合うことができれば、本当に欲しいものを手に入れるためにその他の部分で折り合いをつけることができるのなら、人は、幸せになれるものなのかもしれません。100%ではないかもしれないけれど、確かな幸せをそれぞれが手に入れる。ホンワカとした幸福感を感じられる温かい作品です。

すべては君に逢えたから

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東京駅開業100周年を記念して制作された映画。


若くてハンサムなウェブデザイン会社の社長、黒山和樹は、一見何不自由ないように見えるが、近づいてくる女性をみな"金目当て"だと切り捨てていました。そんなある日、行きつけのレストランで佐々木玲子に出会い、勘違いの末、彼女に失礼な態度をとってしまいます。玲子は、売れない女優。毎年、児童養護施設で子どもたちのために演じるクリスマスの劇が終わったら、女優の道を諦め、故郷の高知に帰るつもりでいました。和樹の義兄、宮崎正行は、重い病気で余命僅かと宣告され、息子との時間を大切にするため新幹線の運転手の仕事を辞めます。正行は、例年通り、クリスマスケーキを東京駅近くの洋菓子店で予約。ベテランの女性パティシエ、大島琴子とともにその店を切り盛りする若いアルバイト女性、大友菜摘は、友人に、かつて憧れていた先輩も参加するというカラオケパーティーに誘われます。ウェディングドレスをデザインする事務所に勤務する山口雪菜は、仙台で仕事をしている津村拓実遠距離恋愛中ですが、思うように彼と会うこともできず...。


何てことのないベタなロマンスの寄せ集めだし、全体に描写が薄くなってしまった感じは否めません。和樹が女性不信になる背景がもう少し描かれていても良かったのでないかとか、玲子の"アルバイト"の姿を少し入れておいても良かったのではないかとか、すれ違っている時点でも、多少は拓実が雪菜を愛おしく思っている部分があることを匂わせておいても良かったのではないかとか...。


もうひと押しすれば、もっと感動的になるところを薄味にしてしまっている感じもしますが、分かりやすく、感動の押し売り的な強引さのない描写は、心地よくもあります。


登場人物の年齢層も若い世代から熟年世代まであり、そのパターンも、偶然の出会いと誤解から始まる恋あり、遠距離恋愛あり、夫婦の愛あり、想い出の恋あり...。さらに、男女の恋愛だけでなく、親子の愛もあり、盛りだくさんですが、その割には、作品全体としてまとまっていたと思います。


豪華な出演陣の確かな演技力に支えられていることもあり、最初から最後まで、安心して作品の世界に浸ることができました。


ただ、正行の病気については、分かりにくい部分も。余命僅かという割には健康そうな感じがしますし、意外に、息子が正行の状況に鈍感な感じもしますし...。あと3カ月と宣告されたという状況であれば、かなり、手の施しようがない状態と考えてもいいのだと思いますが...。ここのところは、少々、違和感ありました。


東京駅へのこだわりは、もう少しあっても良かった気がします。それぞれ、東京駅周辺を仕事や出会いや別れの場にはしているのですが、そんな中、児童養護施設は、少々、離れてしまっているような...。まぁ、東京駅から歩けるような範囲に児童養護施設というのは、あまりに苦しいのでしょうけれど...。


長い歴史を持つ東京駅のトリビアネタなども盛り込まれていたらもっと良かったのではないかと思いますし、東京駅の様々な表情をもっと見せて欲しかった気はします。そうすれば、東京駅を主人公とした映画作品として長く残ることになったかも知れません。


デートには無難なクリスマスムービーといったところでしょうか。



公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/kiminiaeta/

故郷よ

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故郷よ [DVD]/オルガ・キュリレンコ,イリヤ・イオシフォフ,アンジェイ・ヒラ
¥4,935
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1986年4月25日、ウクライナ北部の町、プリピャチには、春が訪れていました。ヴァレリーは、原子力発電所で技術者として働いていた父、アレクセイとともに林檎の苗木を植え、森林管理人のニコライは異変の予感を覚えていました。翌日の26日、アーニャとピョートルは、結婚式を挙げていましたが、その最中、消防士であるピョートルは、"山火事の消火活動"という名目で駆り出され、その現場で大量の放射能を浴び、花嫁の元には二度と戻れなくなります。10年後、故郷で起きた出来事を語り継ごうと廃墟となったプリピャチの町を巡るツアーのガイドとなっていました。良心の呵責に苛まされ、家族を避難させたものの自身は任務のために街に留まるアレクセイと、父を探そうとするヴァレリー。事故後も頑なに立ち入り制限区域内に住み続け汚染された土地を耕し続けるニコライ。アーニャの物語を軸に、プリピャチの人々の物語が描かれます。


チェルノブイリから3キロしか離れていないプリピャチの町も立ち入り制限区域に指定されています。けれど、だからといって、生まれ育った土地は、そう簡単に捨てることなどできないでしょう。人間にとって、記憶は、自分が自分であると認識するための最も大きな要素。故郷の風景や環境は、その記憶と密接に結び付くものであるだけに、離れがたいことでしょう。


様々な想いを残しながらも、それでも、生きていかなければならない現実。家族には新しい生活を望んでも、自分は、留まることを選んだアレクセイ。


たった一度の事故の後遺症は大変重いものでした。その一方、チェルノブイリやその周辺の町が、原子力発電所の存在に支えられていたことも厳然たる事実。そして、哀しいことに、今でも、原発に関係する"事故現場ツアー"が、地域にとって一つの収入源になっているという現実。


本作を観て、そこに描かれていることに福島の状況を重ねずに観ることは難しいです。本作で描かれる事故後10年は、1996年。その15年後に福島の原発事故が起きています。チェルノブイリでの事故は、遠いところで起こった教科書に出てくるような歴史ではなく、その当時、現場近くにいた人々の生活や健康に、未だに、大きな影響を与えている現在進行形の事故であり、それを考えれば、福島の事故が、"遠い昔の出来事"になるのは、何世代も先のことになるのでしょう。


福島の事故を引き起こした原因は、大震災後の"1000年に1度"の津波と言われています。高レベルの放射性廃棄物は、最低でも数万年は安全に保管する必要があるワケで、1000年に1度の津波は、その間に数十回、起きる計算となります。1000年に1度もの頻度で起こり得る天災に対応できなかった日本の原発技術を考えれば、これからも、この狭い日本の国土に人の住めないエリアが広がっていくことになるのでしょう。


この先、福島の事故に対処するために相当の年月がかかること(原発の廃炉作業だけでも30~40年という見通しが日本政府と東電から出されていますが、国連原子力機関は40年では足りないとの見解のようで...)を考えれば、私たちは、福島の事故への対処のために、相当の労力も税金も費やさなければならないことになります。


この先、電力に頼る生活を拡大していくのかどうか、どこまで、生活の利便性を追求するのか...。この国に、私たちの子孫が安全に生活できるスペースを残すためにも、私たちは、どのように電力を供給するかと言うことだけでなく、いかに電力に依存した生活から脱却するのか、場合によっては、電力消費を抑えるための不自由さを受け入れる覚悟をすることも含めて真剣に考えなければならない時期に来ているのだと思います。


事故の前、当たり前の日常がそこにあった時、"愛"や"家族"や"故郷"を大切にしていた人々は、結婚していたばかりの夫と引き裂かれ、家族と離ればなれになり、故郷は訪れることさえ困難な場所となっています。生活の基盤であり、生きるよすがともなっていたものを奪われる悲劇。


決して、誰かを責め立てるような感じでもなく、殊更に悲惨さを強調するわけでもなく、全体に抑制のきいた静かな語り口で、けれど、その現実は、シミジミと観る者の胸に沁み込んできます。事故を語り継ぐ役割を担っていくことを決意したアーニャのふとした時に見せる表情が実に印象的で、彼女の失ったものの大きさ、その傷の深さが伝わってきました。


一方で、立ち入り制限区域内でも、毎年、たわわに実を付ける林檎の木が象徴する生きとし生けるものの逞しさ。


自分が健康に生きていきたいと思うのは当然のことと言えるでしょう。けれど、必要以上に自分の健康を侵されることを恐れることは、被害を受けた人の被害をさらに大きくしてしまうことに繋がってしまいます。何に注意を払うべきで、何は無視しても良いのか、何を避けるべきで、何を受け入れても良いのか...それを冷静に判断するのは、非常に難しいことですが、それを諦めてはならないのだと思います。


一度は観ておきたい作品だと思います。

スモール・アパートメント

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スモール・アパートメント ワケアリ物件の隣人たち [DVD]/マット・ルーカス,ビリー・クリスタル
¥1,480
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原作の同名小説の著者が監督となり映画化した作品。原作は未読です。


LAのおんぼろアパートで犬と暮らすぽっちゃりニートのフランクリン。ある日、家賃を払えと突然乗り込んできた大家と揉み合いになり、弾みで彼を殺してしまいます。パニックに陥ったフランクリンは、ない知恵を必死に絞り出し、ハチャメチャな死体処理と証拠隠滅を計画しますが...。


どうやら、思考力に恵まれていない様子のフランクリン。大家さんの死に直接の責任はないわけで、すぐ、警察を呼べば何とかなったかもしれなかったのに、あれこれ、ない知恵を振り絞って、どんどん状況を悪くしています。


ボロボロの狭いアパート...といっても、あくまでLA感覚でのハナシ。日本の狭い住宅に慣れている私たちの目から見れば十分な広さがある部屋ですが、やはり、LA感覚ではボロボロの"スモール"アパートメントということになるのでしょう。恐らく、そこに住むのは、住み心地よりも低価格を優先させざるを得ない人々。スイスに憧れ、周囲の迷惑も顧みず部屋でアルペンホルンを吹くフランクリンも相当ですが、薬物依存だけれどヘンに真面目なロッカーとか、フランクリンの覗きを知りながら挑発するような行為をする若い女子とか、絵を描くことが好きで何かと口煩い老人とか、どこかフツ~~でない人ばかり。


そして、フランクリン。部屋の中ではパンツ一丁(靴下と靴は履いている)。外出時にはカツラ着用。ポストに郵便物を取りに行くなら、カツラだけでOKだけれど、近所に買い物なら上着も、そして、病院に行ったり飛行機に乗ったりする時は半ズボンも着用。決して、世間一般に通用するものではないけれど、彼なりのルールがあって、それに基づいて行動しています。


このかなり個性的な面々の間の絡みが割と薄味で、その辺りは、少々、物足りなかったです。面白くなっていきそうな予感がある冒頭なのですが、その後、失速した感じになってしまう原因はその辺りにあるような...。


徐々に、コメディというよりは、シリアスな味わいが増していき、最後には、お兄ちゃんのフランクリンへの愛に泣かされる...という展開。


皆がそれなりに幸せになる結末...とはいえ、その陰には、チンピラ2人組が犠牲を払わされることになるようで...。今一つ、綺麗にはまとめ切れていない感じはします。まぁ、本作全体の雰囲気を考えれば、あまり、綺麗な結末が相応しい作品でもないような気もするのですが...。


フランクリンのお兄ちゃんの存在が光っています。"answer"のカセットテープなんかは、ちょっと、心に沁みたりします。まぁ、お兄ちゃんのお蔭で夢を叶えたフランクリンですが、もう、お兄ちゃんに守ってもらえない彼の将来がどうなるのか、不安は残りますが...。


悪くはないけれど、"旧作扱い"の安い値段になってからのレンタルDVDでの鑑賞で十分な気がしました。

探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点 通常版 [DVD]/大泉 洋,松田龍平,尾野真千子
¥3,990
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東直己の「ススキノ探偵シリーズ」の映画化第2弾。原作は未読ですが、シリーズ最初の映画化作品となった"探偵はBARにいる "は、既に観ています。


探偵がよく行くショーパブの従業員で、友人でもあるオカマのマサコちゃんが殺されます。捜査が進まない中、「マサコちゃんは政界の闇に触れて殺された」といううわさを流れます。そんな中、彼を尾行してきた女から事件究明の依頼が舞い込み、探偵と相棒の高田は、マサコちゃん死の真相を探り始めますが...。


原作のあるものなので、ストーリーについては、映画に文句を言っても始まらないのかもしれませんが、犯人の扱いが、少々、雑で、ドンデン返しも取ってつけた感が拭えません。ストーリーや展開の雑な部分をアクションで補おうとして巧く行かなかった、という感じがしました。何回か登場する喧嘩の場面も、同じようなパターンを繰り返しているだけで、飽きてしまいます。そもそも、探偵たちが事件の真相に気付けたのは、あまりに偶然の要素が強すぎて...。もう少し、ちゃんと探偵らしく活動してくれなきゃ...。事件の真相に迫るためのいろいろな情報も、何だかやけに簡単に手に入っていて、こんなことから、探偵を雇う程の事でもなかったような感じがしてしまうのが難点。


依頼人と被害者、マサ子ちゃんの関係も、あまりに不自然で、ここに、何らかのネタが隠れていることがあまりに明らかで、面白くありません。この辺りは、もっと、巧く誤魔化して欲しかったところ。


"反原発"とか、イマドキの時事問題を取り入れているのは良いのですが、その扱いも取ってつけたようで中途半端。渦中の政治家を取り巻く人々の行動についても、不自然な感じは否めませんでした。


探偵と高田の不死身さとか、金属バットで頭を殴られても、刺されてもヘーキなところは、流石にやり過ぎ感満載でしたし...。高田は、空手の達人なのでしょうけれど、武道で鍛えられた結果の強さと言うことなら、殴られても平気、というより、巧く攻撃をかわすことで見せて欲しかった気がします。


ここまで、するなら、思い切って、お笑い要素をもっと入れて、ドタバタなコメディにしてしまった方が楽しめたような気がします。


前作とは違い、探偵があまりBARにいなかったのも、違和感ありました。やはり、基本はBARにいるべきなのではないかと...。


第三弾もあるようですが、2度あることは3度あるになるのか、3度目の正直になるのか...。