ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年 (文春文庫)/奥野 修司
¥788
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昭和46年。沖縄にある産婦人科の病院で、看護師のミスにより、生後間もない赤ちゃんが取り違えられるという事件が起きます。その事実が明らかになったのは、2人の赤ちゃんの誕生から6年後のこと。小学校に上がる前の血液検査の結果からでした。その後、2人の女の子は、交換され、それぞれ、血の繋がりのある両親のもとで育てられることになりますが...。


取り違えられた子どもたちとその家族の姿を17年間にわたり取材したノンフィクションです。


本作を参考にしているという映画「そして父になる 」を観て、その感想を本ブログにもアップしていますが、確かに、随分、実際の事件とは設定が変えられているようです。主な変更点を挙げると...

実際の事件→映画

女の子→男の子

2つの家庭の経済状態はほぼ同レベル→かなりの格差

家庭としての安定度にはかなりの差→家庭としての安定度は大差なし

2つの家庭がかなり近距離にある→距離的にはある程度離れている

看護師のミスによる取り違え→看護師の故意による事件

といったところでしょうか。


そして、本作は、17年という長い期間に亘る取材が行われているということ、さらに、文庫化に当たっての後日談として、30歳になった"元赤ちゃん"の姿が描かれていることなどがあり、やはり、2時間程度で上映される映画とは比較にならない重みと厚みが感じられました。


我が子だと信じて育てた6年間という日々の重みは、決して、消せるものではないでしょう。けれど、一方で、自分や配偶者に似た姿や性格を持つ子どもには、血の繋がらない子どもに対しては決して抱くことができない想いも感じることでしょう。"育ち"がその人に与える影響はかなり大きなものですが、一方で、"生まれ持ったもの"というものも、決して無視できるものではありません。


"血"か"共有してきた時間"か...。その選択が、いかに辛く酷いものであるか、そして、6年間、それも、生まれてから6年間という年月の重みも、遺伝子を共有するということの重みを実感させられます。


"赤ちゃん取り違え"という事件そのものは、深刻な問題であり、しかも、一時期、かなりの件数起こった事件であり、本書で触れられてもいるように、これまでに、表面に現れた件数以上に起きていた可能性も高く、今後も起きる可能性の低くない事件です。けれど、そうではあっても、多くの人にとって、"どこかにいる知らない人の不幸"と捉えられがちな事件だというのが現実でしょう。けれど、本作で語られている親子の物語は、親がいるすべての子にとって、子がいるすべての親にとって、関心を持てる問題だと思います。


さらに、本作で描かれているのは、過酷な運命に翻弄されながらも、逞しく、しなやかに生きる人々の姿。時に躓き、転びながらも、何とか、生きる道を見出してきた人々。2人の子どもたちも、子どもたちを取り巻く親たちも、激動の苦しい日々を経て、それぞれがそれなりの落ち着いた日常を得られたようです。そこに、私たちは、人間の可能性を見ることができて、その点も、本書の魅力となっているのかもしれません。


親と子の関係とは何か、血の繋がりとは何か、ともに過ごした時間の重みとは何か、そうした普遍的な問題に迫ったことで、本書は、単なる特殊な事件の記録を超えるものとなったのでしょう。


お勧めです。

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危険なプロット

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元小説家志望の国語教師ジェルマンは、生徒たちに文学を教えようと熱意を持っていましたが、作文の宿題を出しても、提出されるのは、ヤル気が感じられないお粗末な作文ばかり。そんな中、クラスメート、ラファの家庭について書いてきたクロードの文章に魅了されます。シニカルな目線でラファの家庭を見つめる作文は、いつも、「つづく」という言葉で終わっています。ジェルマンは、クロードの指導に没頭するようになり...。


若くて美しくて妖しげなクロードに魅せられていくジェルマン。その先に破滅があることを指摘されても、その危険性が幻ではないと感じていても、先へ進まずにはいられない...。ジェルマンが罠に嵌っていっていることを心配しながらも、知らず知らずのうちに巻き込まれていきます。ジャンヌが、画廊の展示会にラファの両親を招待したのは、彼女がかなり興味を惹かれていたことの現れなのでしょう。


ジェルマンが魅惑されているのは、物語なのか、クロードの文章なのか、"覗き"の楽しさなのか...。クロードの物語が過激になっていくのは、彼自身の陶酔なのか、読者であるジェルマンの期待に応えんがためなのか...。クロードに"続き"を要求するジェルマンと、ジェルマンの興味を惹きつけようとするクロード。その"共犯関係"が深みにはまっていく過程には、ドキドキしました。


クロードの"作文"は、フィクションなのか、ルポルタージュなのか...。次第に、現実と虚構の境が曖昧になっていきます...が、この辺りは、もう少し"虚"の部分の割合が多い方が、不気味で妖しげな雰囲気が出たような感じもしましたが...。


そして、観ていて、確かに、クロードの作り出す物語のストーリーの次を知りたくはなるのですが、クロードの文章には今一つ魅力を感じることができませんでした。まぁ、これは、翻訳の問題なのかもしれませんが...。フランス語に堪能な人が観れば、随分、違った印象を受けるものなのかもしれませんね...。


クロードを演じたエルンスト・ウンハウアーの美しさは、眼福でしたが、もう少し"妖しさ"が欲しかったような...。ラストまで観ると、クロードにあったのは、ラファの家庭を壊そうという悪意ではなく、ラファの家族の一員になりたいという願望だった...ように思えました。そして、その願望には、ラファへのちょっとした嫉妬も含まれていて、そのことが、彼の気持ちを複雑なものにしたのではないかと...。


物語が作り上げられていく過程で、それは、徐々に、読者の意図を、そして、作者の意図をも超えたものになっていったのかもしれません。


創作する者と、それを受け取る者、そして、その題材となる者の間には、独特の関係が生まれ、それぞれがそれぞれに影響をし合います。それは、クロードが作る物語だけでなく、様々な物語や芸術作品にも繋がること。もちろん、映画にも。


ジャンヌが"文学や芸術に親しむことは人格形成の役には立たない"とバッサリと切っていますが、ジェルマンは、文学によって人格的な成長を遂げるどころか、文学に身を滅ぼされた...ということになるのでしょうか...。けれど、一人の文学者として、好きな文学に身も心も捧げることができたのだとしたら、それは、必ずしも不幸ではないのかもしれません。文学という芸術に全てを捧げることになったジェルマンの姿には幸せが感じられたりもしました。


映画を作る側にいるオゾン監督自身が反映されている部分も感じられたりして、その辺りも興味深かったです。


そして、このラストを観ると、この先に、ジェルマンの作家として復活する可能性すら感じられたりして...。ラストでジェルマンとクロードが眺める人々の物語を紡げるのは、クロードではなく、ジェルマンなのではないかと...。


作中で、ビジネス面でも、美術関係でも、中国人や中国に関連する話題が散りばめられていましたが、世相を反映しているのでしょうか...。ちょっと面白かったです。


若干、物足りなさ、中途半端さが感じられる部分もありましたが、観終えても気持ちがざわつかせられる部分もあり、印象的な作品となっています。



公式サイト

http://www.dangerousplot.com/
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図書館戦争

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図書館戦争 スタンダード・エディション [DVD]/岡田准一,榮倉奈々,田中圭
¥3,360
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有川浩の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。


正化31年。あらゆるメディアを取り締まる"メディア良化法"が施行され30年が過ぎた日本。公序良俗を乱す表現を取り締まるため、武力の使用も厭わない検閲が行われていました。そんな時代において、読書の自由を守るため、図書館の自衛組織"図書隊"が作られます。高校時代に図書隊員に助けられたことがある笠原郁は、その顔も覚えていない"王子様"に憧れて、"図書隊"に入隊。鬼教官、堂上篤の厳しい指導を受けながら、徐々に成長し、女性で初めて図書特殊部隊に配属されますが...。


原作を読んでいないからかもしれませんが、何だかあまりよく分かりませんでした。まぁ、確かに、思想信条の自由は大切で、表現の自由も大切で、自由に情報を得ることは大切で...。でも、本作のような形で命の遣り取りをする...ということになると、もう少し、それらしい理由を付けてくれないと、???な感じです。


武器を持ち込んでの"戦争"が行われても、時間がくると、"ノーサイド"で、何事もなかったように、平和な日常に戻るという設定もよく分からなかったです。原作を読めば、それなりの理屈付けがされているのでしょうか...。戦闘場面も、やたらと派手で長くて、段々、飽きてしまいました。もう少し、コンパクトに纏めても良かったような...。


本を取り締まるのに、書店を見まわるというのもよく分かりませんでした。普通、出版元を押さえますよね。流通させる前に何らかの処置をする方が、ずっと効率的で効果的なはず。闇で発禁本を流通させている売人たちを取り締まるとか、違法な書籍の内容を公開しているサイトを取り締まるとかいうのなら分かりますけれど、普通に営業している書店などを取り締まるというのは、手間暇かかる割には効果的ではないような...。まぁ、原作がある作品なので、原作の通りの設定なら致し方ないのですが...。


基本的な設定が、かなり極端な状況を描いていて、SFチックなだけに、もっと、きっちりと理屈屁理屈を整えて、観る者を巧く騙して欲しかったです。


原作が、結構、長い作品と言うことで、映画化に当たって、いろいろと無理が生じたのかもしれません。

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千年の愉楽

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千年の愉楽 [DVD]/寺島しのぶ,佐野史郎,高良健吾
¥4,935
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中上健次の同名小説を映画化した作品。原作は未読です。


三重県尾鷲市の静かな集落、須賀町。長く、産婆として働いてきたオリュウは、数多くの子どもたちを取り上げてきました。年老いて、死の淵をさまようオリュウの脳裏には、中本半蔵、田口三好、中本達男といった、この紀州の路地で生まれ、女たちに愉楽を与え、死んでいった男たちのことが浮かび...。


まぁ、細かいところは、かなり雑です。時代設定は、昭和初期のようですが、パラボラアンテナもエアコンの室外機もあるし、居酒屋のメニューを見れば価格設定は明らかに現代のものだし。やはり、作品の雰囲気を損ねる背景が移り込んでしまうと、集中力を削がれてしまいます。


作中で語られる3人の人生にしても、バランスは悪いし、繋がりもなく、ただ、バラバラに脈絡なく並べられただけな感じで、ストーリーの切り替えにも唐突感があり、この3人の物語の並べられ方にも違和感がありました。男たちの運命を"血のなせる業"と片付けている辺りも、深みが感じられませんでした。確かに、"血"は、人の人生を決定づける大きな要素の一つだとは思いますが、人の性格や生き方は、他の要素にも大きく左右されるもの。3人3様の心情があったはずなのですが、その辺りが、あまり伝わってこない感じがしました。


そして、中本達男とオリュウの仲。中本達男の物語に割かれた時間が短すぎたからと言うこともあるのでしょうけれど、あまりに唐突で、違和感たっぷりでした。


半蔵を演じた高良健吾は、見事な存在感を出していたと思いますし、周囲の女たちが彼を放っておかないのも納得。三好を演じた高岡蒼佑には、女たちが群がる魅力がいまいち感じられませんでした。達男役の染谷将太は好演だと思いますが、登場時間が短すぎで残念。寺島しのぶはさすがの名演で印象的です。


産婆のオリュウの夫が和尚というのは、面白かったです。誕生に立ち会う妻と死の儀式を司る夫。その2人が集落を見下ろすような位置に家を構えているというのも、興味深かったし、作品の空気感を作り上げている集落の雰囲気は良かったです。そこで展開される物語に、もう少し深みや路地の覆う生活臭のようなものが加えられていれば、作品としての深みが出たのではないかと思うのですが...。

ハッシュパピー バスタブ島の少女

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ハッシュパピー バスタブ島の少女 [DVD]/クヮヴェンジャネ・ウォレス,ドゥワイト・ヘンリー
¥3,990
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世界で一番美しい場所、"バスタブ"と呼ばれる川辺にあるコミュニティに父親、ウィンクと暮らす6歳の少女、ハッシュパピーは、閉鎖的なコミュニティの中ではありましたが、平穏な日々を過ごしていました。ある夜、100年に1度の大嵐が島を襲い、ハッシュパピーの大切なもの全てをさらっていきます。一晩にしてバスタブ島の風景は一変。島は嵐によって水没の危機に晒されていました。多くのものを失ったハッシュパピーは、途方に暮れる中、父が重病であることに気付き...。


目を疑ってしまうような不衛生な生活環境。泥の上を歩いた長靴のままソフォに乗り、ベッドにも...って、世界的に見ればかなり衛生度の高い日本で育ってきた軟弱な私にしてみれば、仰け反りたくなるようなあり得なさでした。


まぁ、何が起こっているのかの概略は分かるのですが、バスタブで生活する人々の歴史とか背負っているものとか、その辺りが分かりにくく、そのために、その土地に固執する背景も見えにくくなっています。


地球温暖化とか、それによる異常気象とか、いろいろなことがあって、"バスタブ"が沈むという大変な事態を迎えようとしている...のも分かります。とはいえ、島を襲った大嵐も100年に1度レベルのもの。人類の敵だった猛獣、オーロックスは、200万年前にインド周辺で進化し、11000年前頃にはヨーロッパ、アジア、北アフリカなどの広い範囲に広がったといわれる動物ですから、彼らが闊歩していた時代から100回以上は起こっていること。悠久の歴史の中で考えれば、そんなにすごく珍しい事態でもなさそうです。


まぁ、オーロックスの時代から見れば、かなり地形も変化しているはずで、人が生まれ、死んでいくように、新しい種類の動物が発生し、絶滅していくように、土地も姿を変えていく。常に変化を繰り返す世の中に私たちは生まれ、生き、そして、死んでいく...ということなのでしょう。


自然界の秩序が崩壊に向かい、有史以前に人類の生存を脅かしていた獰猛な野獣たちが氷河期の墓場から目覚め、全てを踏み潰すためにやってくる...というストーリーは、ファンタジックでありながら、結構、現実的なハナシなのかもしれません。


作品全体のストーリーが、モヤッとしていて、掴みどころがない感じで、最初から最後まで分かったような分からないようなフワフワした感覚で観ることになり、スッキリしない感じがしました。ただ、ハッシュパピー役のクヮヴェンジャネ・ウォレスの存在感と、頑固一徹で時に横暴ながら、娘を想う気持ちはたっぷりと感じさせるウィンク役のドゥワイト・ヘンリーが醸し出す雰囲気は魅力的。そこが、本作の見所だと思います。


"世界一美しい場所"ということで、そこにも期待していましたが、その点では、期待外れ。確かに美しい風景も見られたのですが、ここで生活したら身体に悪いのではないかと思ってしまうような場面も少なからずあって、残念。もっと、"世界一美しい場所"という点で納得させて欲しかったです。

くちづけ

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くちづけ [DVD]/貫地谷しほり,竹中直人,宅間孝行
¥4,935
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2012年末に解散した劇団"東京セレソンデラックス"の舞台を映画化した作品。


知的障害者たちの自立支援のためのグループホーム"ひまわり荘"。いっぽんは知的障害がある娘のマコを連れてひまわり荘に住み込みで働くことになります。男性嫌いだったマコも、ホームで生活するうーやんと仲良くなり、みんなで力を合わせて幸せな日々を過ごしていました。そんな中で、ひまわり荘の経営が難しくなったり、うーやん(宅間孝行)のことで彼の妹が婚約を破棄されたりと厳しい運命が彼らを待ち受けます。そして、余命幾許もないことを悟ったいっぽんは、自分がいなくなった後のマコのことで思い悩み...。


グループホームについて知識のない人向けに分かりやすく受け入れやすくする配慮もあるのだと思いますが、グループホームの様子などは、ちょっと綺麗に描き過ぎている面もあったと思います。けれど、それでも、明るくコミカルな感じとか、集団の中ではのドタバタとそれを越えての楽しさとか、良い感じで雰囲気が出ていたと思います。出演陣も、それぞれに好演していてそれぞれの存在感をしっかり出していて印象的でした。


いっぽんの行動は、彼が苦しみ悩んで出した苦渋の決断だということは分かります。けれど、それでも、やはり、それを"仕方ないこと"とか"娘への愛ゆえの行動"として認めてはならないのだと思います。それを認めるということは、"障害者=親の庇護の元でしか生きられない人"だと捉え、"親のいない障害者=不幸な生き方しか許されない可哀想な人"であると決めてしまうことに繋がるから。社会のあり方が変われば、障害があって幸せに生きることは、健常者が幸福に生きることと難易度に差は出ないはず。これまでも、今も、親がいなくても幸せに生きている知的障害者はちゃんといるワケですし...。


いっぽんの中に、"周囲に迷惑をかけたくない"という想いがあり、そこが、彼の行為に対する観る者の共感を呼んでしまうような気がします。"人に迷惑をかける"ことを悪と考え、"迷惑をかけない"ことを大切にする、その考え方自体が悪だとは思いません。けれど、頼られなかった周囲が、いっぽんやマコに対して抱く想いを考えれば、確かに"迷惑"はかけなかったかもしれないけれど、"イザという時に頼られなかった哀しさ"を周囲に遺したことも事実。人は誰もが一人では生きていけないもの。であれば、頼り頼られる関係を大切にするという考え方もあるワケで...。それに、マコも人に世話をかけるだけの存在ではありません。うーやんを幸せにし、ひまわり荘の人々に何らかの影響を与え、作業所か職場か、何らかの集団で何らかの役割を果たしているのです。


そして、いっぽんの行為を裏付けるような形になっている"妹のともちゃんがうーやんを引き取る物語"にも疑問を感じます。うーやんにはうーやんのグループホームでの楽しい生活があったはず。それをいきなり"家族と一緒が一番"という考え方で取り上げてしまっていいのか。例え兄妹で、頻繁に会っていたとは言え何年も別の生活をしていたうーやんとともちゃんより、ともに生活をしてきたグループホームの仲間との生活に重心が移っていたかもしれないわけで...。もっと、きちんとうーやんの気持ちを確認すべきではなかったのか。これは、老人介護の問題とも繋がるのですが"家族が面倒を見るのが一番"という考え方を前面に出してしまうのはどうかと...。


いっぽんの胸中を斟酌し、理解を示し、彼の行動を"悪いことだけれど仕方ないこと"と容認し同情を寄せ、家族の愛の強さに涙を流すより、いっぽんの行為を"愚かで身勝手な親の行為"として否定する考え方がスタンダードになる社会にするために私たちは何ができるのか、本当は、そのことが問われるべきなのではないかと思います。

コズモポリス

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コズモポリス [DVD]/ロバート・パティンソン,ジュリエット・ビノシュ,サラ・ガドン
¥3,990
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ドン・デリーロの同名小説を映画化した作品。原作は未読です。


28歳にして大富豪の投資家エリック・パーカー(ロバート・パティンソン)。 N.Y.の街を白いリムジンで走りながら、巨額の投資を行って稼いでいました。天国と地獄が紙一重の世界で、大損の危機を迎えようとしている中にありながらも、セックスの快楽に溺れています。けれど、その背後には、暗殺者も迫っていて...。


やけに文学的な会話劇が続きます。次々に相手を変えながら、繰り広げられる分かるような分からないような、意味があるような内容な会話。それを聞いていても、登場人物たちの背景や、これまでの人生が見えてくるような来ないような...。


資本主義や現代社会のシステムへの批判が盛り込まれていることは分かるのですが、その批判の論理もあまりに陳腐。そして、エリックの死へ向かう気持ち。ロコスの絵を1枚買うより教会ごと買い取りたいとか、自殺や病死を否定する発言とか、ボディガードを殺したりとか、誰かに殺されて死にたいということだったのでしょうけれど、この流れの描き方も何だか薄っぺらい感じがします。まぁ、これは、原作の問題なのであれば、仕方ないのですが...。


床屋に行こうとしてなかなか辿り着けず、けれど、やっと行けたかと思えば、結局、中途半端なまま店を後にし...。これは、左右が非対称になり、エリックの世界のバランスが崩れていっていることの象徴の一つなのでしょうけれど、でも、どうも、描き方に工夫が感じられないというか、おざなりというか...。


リムジンの中で何でもやっている様子な割には、結構、外に出ている辺りも???。外に出ること自体にあまり抵抗がないのであれば、健診などは、ちゃんとした医療機関で受ければよいわけだし、トイレにもちゃんと行けばよいわけで...。


さらに、何より残念なことは、エリックに巨万の富を築く才能があるようには思えないこと。才能のある投資家なら、普通、読みが外れた場合のことも考え、リスクヘッジは考えておくもの。それとも「私、失敗しませんから。」的な自信の持ち主だってことでしょうか...。


ちなみに、本作で、エリックが巨額の損失を出した原因は、"元"の相場を読み違えたこと。原作では、"円"のようですが、この辺りは、現在の世界経済の状況を反映しているってことなのでしょうか...。


行き過ぎた資本主義は、世界のバランスを崩し、その渦中にある人々を破滅に向かわせる...のでしょうけれど、映像とセリフと演技と音楽のバランスを崩した映画は、その作り手の限界を観る者に悟らせてしまう...のかもしれません。

華麗なるギャツビー

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華麗なるギャツビー ブルーレイ&DVDセット(初回限定生産) [Blu-ray]/レオナルド・ディカプリオ,トビー・マグワイア,キャリー・マリガン
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F.スコット.フッツジェラルドの小説「グレート・ギャツビー(華麗なるギャツビー)」を映画化した作品。かなり前に1度、そして、2006年に村上春樹による新訳が出版された際にも1度、原作を読みました。


本作以前にも、4度、映画化されています。

1926年 監督:ハーバート・ブレノン 主演:ワーナー・バクスター

1949年 監督:エリオット・ニュージェント 主演:アラン・ラッド

1974年  監督:ジャック・クレイトン 主演:ロバート・レッドフォード

2000年 監督:ロバート・マーコウィック 主演:トミー・スティーヴンス


1974年の作品は、DVDで観ています。


1922年のアメリカ。中西部出身のニック・キャラウェイは、イェール大学卒業後、従軍し、休戦の後、故郷へ帰ります。しかし、そこで孤独感を覚え、証券会社で働くことを口実に、ニューヨーク郊外、ロング・アイランドにある高級住宅街、ウエスト・エッグにある小さなコテージに引っ越します。彼の隣には、大邸宅があり、そこでは、毎夜、豪華なパーティが開かれていました。ある日、ニックはギャツビーのパーティーに招かれれますが、パーティーの参加者のほとんどがギャツビーについて正確なことを知らず、彼の過去に関して悪意を含んだ噂ばかりがささやかれていました。やがてニックはギャツビーが5年もの間胸に秘めていたある想いを知ることになり...。


ヒップホップが流れたりして、微妙に現代的な要素が入り込み、ちょっと違和感を覚える場面もありましたが、出演者といい、舞台となるお屋敷や調度品の豪華さと言い、ゴージャスな雰囲気をたっぷり味わえる作品になっています。


そして、そのコテコテの豪華絢爛さが、ギャツビーが恋い焦がれ、手に入れたいと願ったものの大きさを示し、彼の育った環境との落差を感じさせています。


そう、運と才能で富を築いてきたギャツビーには捨てられる過去も、ずっと経済的に豊かな中で生まれ育ってきたデイジーにとっては大切な過去。例え、一番に望んだ形のものでなかったとしても、そう簡単に捨てられるものではないでしょう。


ギャツビーの愛は真摯なものだったし、恐らく、デイジーの愛も本物ではあったのでしょう。けれど、あまりに生まれ育った環境の違う2人の愛は同じものではなかったのだと思います。


デイジーとの再会の前の初デートの前の中学生よりも初々しいようなギャツビーの緊張した表情。デイジーと過ごす時間の幸せ。来るはずのないデイジーからの連絡を待つ焦燥。デイジーとよりを戻せないことを思い知った時の失望。それでも、デイジーを護ろうとした決意。ディカプリオが、ギャツビーの純粋さと切なさ、哀しさを見事に表現しています。この辺り、全体を通して取り澄ましたような表情だったロバート・レッドフォードのギャツビーよりも人間味が感じられました。


デイジーが、そんな強いあこがれの対象となる女神に見えないところも良いのでしょう。そのために、ギャツビーが抱いた幻想の虚しさと、彼の悲劇が強調されているような気がします。


現代的な要素を入れず、1920年代の雰囲気たっぷりで押して欲しかった気もしますが、ゴージャスさと出演陣という点では納得の一本でした。

料理長(シェフ)殿、ご用心

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料理長(シェフ)殿、ご用心 [DVD]/ジョージ・シーガル,ジャクリーン・ビセット,ロバート・モーリー
¥5,040
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美食家のマックスは、その料理への愛情故に、肥満はとどまるところを知らず、そのために身体はガタガタで、医師から、ダイエットを命じられます。そんなマックスが選んだ"ヨーロッパ最高の4人の料理人"は、ルイ、ゾッピ、ムリノー、ナターシャ。彼らの得意料理は、それぞれ、小鳩の包み焼き、ロブスターのカルチョフィ添え、プレスド・ダック、そして、デザート。一方、ヨーロッパ全土にオムレツのチェーン店を作ろうと画策中の中年男ロビーは、離婚した妻ナターシャとよりを戻そうと目論んでいました。このナターシャこそが、デザートが得意で、"ヨーロッパ最高の4人の料理人"の4人目。ある日、その4人の中の1人が彼の得意の調理法を使って殺害され、その後、さらに2人も同様に殺されます。ナターシャは、2人目の犠牲者が出た後、"ヨーロッパ最高の4人の料理人"に挙げられた順に殺人が起きていると考え、最後には、自分も殺されるのではないかと推理しますが...。


2人目の犠牲者が出たところで、ナターシャは、次の犠牲者を予測するわけですが、まぁ、これは、当然、捜査陣もすぐ気付くところ...かと思ったら、そうとも、言えないようで...。


誰が真犯人か...ということについては、かなり早い段階で分かってしまったので、推理物としての面白さは感じられませんでした。もっとも、ラスト前で、予測とはちょっと違った犯人が示され、アレッとなりますが、それでもやはり、真犯人を庇っての"自白"かと思ったら、その通り!!で、ホッとしたような、あまりに予想通りでがっかりしたような...。


それはともかく、ちょっとずつ変な人たちによる程よくズレた会話が洒落ていて、時に笑えました。そして、豪華絢爛な料理が魅力的でした。(もっとも、正直、"爆弾ケーキ"には、今一つ惹かれるものがありませんでしたが...。)ヘンリー・マンシーニによる音楽もとても雰囲気があって良かったです。


そして、何と言っても、ナターシャを演じたジャクリーン・ビセット。コック姿あり、ボーイッシュなスーツ姿あり、可愛らしい姿も見せ、艶っぽい場面もあり...。様々な姿を楽しませてくれています。


ちょっとオシャレな雰囲気の大人なコメディといったところでしょうか。なかなか楽しかったです。

1Q84

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実は、これまで、村上春樹の小説は、あまり、読んだことがなかったのですが、久々の長編小説と言うことで話題にもなった本作、文庫版が出た時に買ってはいたのですが、そのままツンドク状態が続き、ノーベル文学賞を逃した日に読み始め、惹き込まれ、頭にスッと入ってくる読みやすい文章のお蔭もあって、かなりの勢いで読了しました。


いろいろと盛り沢山な感じで、感想として、巧くまとまらないのですが、BOOK1から3まで読み終えて思ったこと、考えたことなど、取り敢えず、思いついたところから、書いておきたいと思います。


オウム真理教とか、エホバの証人とか、ヤマギシ会とか、名称は変えられていたりもしますが、かなり分かりやすい形で、私たちが生きる現実の社会の要素を取り入れています。で、カルト教団の"問題点"を描きながらも、決して、"絶対的な悪"としては描いていません。彼らには彼らなりの考え方があり、生き方がある。その中で生まれ育って、そこからの様々な影響のもとにありながらも、自分なりの人生を切り開いていくことも絶対にできないわけではない。


青豆と天吾が迷い込んだ1Q84年の世界。それは、1984年のパラレルワールドではなく、1984年が微妙に姿を変えた世界...らしい...。2つの月がある世界。けれど、同じ空間で生活している人の中に、月が1つの世界にいる人と2つの世界にいる人が共存している...らしい...。そして、1Q84年を脱出した青豆と天吾は、1984年ではなく、1九84年か何かに行った...ようなことが示唆されています。


そこが、1984年であるか、1Q84年であるか、それ以外の何かであるかということに拘らず、青豆と天吾は、2人で幸福な人生を歩んでいけるのでしょう。そして、それは、そこに本当の愛があるから。


全体に、宗教的なものが強く感じられます。それは、宗教団体がいくつか登場することもあるのでしょうけれど、それ以上に、"科学的には証明できないこと"を沢山扱っているからなのかもしれません。誰もが認めざるを得ないような形で証明できることであれば、それは、受け入れざるを得ない事実となるワケで、そこに、信じるとか信じないという問題ではなくなります。けれど、リトル・ピープルとか、空気さなぎとか、青豆が天吾の子どもを妊娠したとか、ということになれば、信じるかどうかで立場を分けることになるでしょう。信じるか信じないか、それは、信仰に繋がります。


愛と信頼があるところに、新しい世界は開け、幸福な日々が紡がれる...ということなのかもしれません。決して、悪い奴とは思えないし、それなりの能力もあり、努力もし、実績も上げている牛河に、何故、悲惨な最期に、"地上にただ一つの魂でも我がものであると呼べる者を持てなかった者は、この集いから立ち去るがよい"というベートーヴェンの"第九"の歌詞を思い起こされました。"神は自ら助くる者を助く"と言いますが、自らを助けようとしない者は救われないのかもしれません。


信じた愛に向かって真摯に真っ直ぐに歩んでいく青豆と天吾の愛と救済の物語。そこに、それぞれの信仰や正義や主義や信条に従って生きる人々の物語が絡み、さらに、親(特に父)と子の物語が展開されます。


天吾とその父、ふかえりと"リーダー"、青豆とその両親...。そこには、和解はありませんが、反発し、その元を飛び出した子は、どこかで、親を冷静に受け止められるようにはなった様子。憎んでいた相手を受け止められるようになることは、人が大人として成長するために大切なこと...なのだと思います。


そして、ところどころに見られるアマチュアとプロの違いを指摘する部分。アマチュアとプロの間には大きな隔たりがあって、結局、アマチュアはプロに勝てない...というより、アマチュアに負けたりはしないのがプロ...ということなのかもしれませんが...。


BOOK3の最後で、物語は、かなり途半端に、終わりを迎えます。青豆と天吾以外の人物たちの多くは、その存在の意義や担った役割が曖昧なまま、物語の世界から失われていきます。


青豆が妊娠したのは、ふかえりの父である"リーダー"殺害の時。その時、天吾は、ふかえりと"多義的に交わって"います。"リーダー"は、ふかえりや彼女のドウタと交わりながら、父になることができませんでしたが、天吾は、父になります。妊娠したのは、ふかえりではなく、青豆でしたが...。となれば、天吾は、リーダーを継ぐ者...ということになるのかと思ったのですが...。その辺りは特に何も触れられず...。


ふかえりはどうなるのか、小さき者はどうなるのか、「さきがけ」はどうなるのか、天吾の"レシヴァ"としての役割はどうなるのか、牛河の空気さなぎからは何が出てくるのか...。リトル・ピープルは何者なのか、2つの月は何を意味するのか...。


BOOK4、あるいは、本作の続編の役割を担う別の小説が世に出るのかどうか...。




1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)/村上 春樹
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