恋のロンドン狂騒曲

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恋のロンドン狂騒曲 [DVD]/アントニオ・バンデラス,アンソニー・ホプキンス,ジェマ・ジェーンズ
¥3,990
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ある夜突然、死の恐怖に襲われたアルフィは、身体を鍛えるようになり、挙句の果てには妻を捨て、金髪のコールガールを恋人にする始末。一方、長年連れ添った夫、アルフィに去られて茫然自失のヘレナは、占い師のインチキ予言に縋るようになります。そんな折、アルフィとヘレナの娘、サリーと、一発屋作家ロイとの夫婦関係にも危機が迫ります。サリーは勤務先のギャラリーのオーナーに胸ときめかせ、ロイは自宅の窓越しに見かけた赤い服の美女に虜になっていき...。


老いらくの恋、精神世界への傾倒、不倫、盗作...。こうして観るとドタバタ喜劇っぽい感じで、あまり、リアリティは感じられないのですが、実際、ところどころで起こっていること。イイトシしたオジサン(というより、オジイちゃん)が、経済的な理由があって寄ってくる若い女子にメロメロになることも、怪しげな占い師だか教祖様だかの言いなりになって身ぐるみ貢がされることも、仕事関係の不倫も、作品を仕上げられないアーティストの盗作も、私たちの存在するこの社会の中に起きているそう珍しくないこと。


登場人物たちが、それぞれにしょ~~もないのですが、そんな愚かで弱い人々に温かい視線が注がれています。人には、誰にでも、多かれ少なかれおバカな部分があり、弱点があり、苦手なところもあり...。私たちの社会は、そんな人々で構成され、個々の人の凸凹を互いに補い合いながら、全体としてバランスを保ちながら、回って行っているのでしょう。


本作の登場人物は、何らかの危機的状況を迎えていて、弱った心の隙間を埋めるために恋をしています。どこか愚かで痛々しくて滑稽で、けれど、渦中にいるご当人たちは、それぞれに真剣で...。まぁ、恋なんてそんなものなのでしょう。


本作は、様々な問題が解決されることなく、伏線が回収されることなく、突然、終ってしまいます。モヤモヤが残る終わり方ではありますが、そのことで、"コミカルで愚かな日常"という雰囲気がしっかりと出たのだろうとも思います。


特別感のあるエピソードが登場するわけではありませんし、特別に面白い作品ともいえないと思いますが、ごく当たり前の日常を送る自分自身の愚かで滑稽な人生が愛おしく思えてくるような作品です。

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黙秘

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黙秘 [DVD]/キャシー・ベイツ
¥1,500
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スティーブン・キング原作小説を映画化した作品。原作は未読です。


富豪未亡人邸を訪れた郵便配達人は、血だらけで横たわる女主人、ヴェラと、のし棒を振り上げる家政婦、ドロレスを発見します。ドロレスは、警察に連行され、取り調べを受けますが、何故、のし棒を振り上げていたのか、その理由を話そうとしませんし、ヴェラを殺してはいないと主張します。事件を捜査する警部は、執拗にドロレスを追いますが、そんな中、長い間、故郷に戻っていなかったドロレスの娘、セリーヌが帰ってきて...。


20年の時を隔てる2つの"事件"。新しい事件によって、過去の事件が関係者の中に蘇ります。過去の事件の真相、そして、現在の事件の真相、謎に包まれた2つの事件が徐々に解明されていく構成が、なかなか巧かったと思います。何故、ヴェラは死んだのか、何故、ドロレスはのし棒を振り上げていたのか、20年前のドロレスの夫、ジョーの死は"事故"だったのか、"事件"だったのか...。


そして、本作の登場人物たちは、様々に、過去の事件の影響を受けています。


疑いを懸けられたドロレス、担当した事件で唯一"真犯人"を挙げられなかった警部、父を失ったセリーヌ、過去の事件の背景にあったドロレスとヴェラの"友情"。娘には見えなかった両親の関係。母が気付いた夫の娘への仕打ち。娘が記憶から消し去った父の行為。時系列を行きつ戻りつしながら、その経過が小出しに描かれ、母娘の気落ちがすれ違う原因が、徐々に、明らかにされていきます。決して、予想を裏切るような画期的な仕掛けがあるわけではないのですが、そこに絡む人々の関係が丁寧に描かれ、胸に沁みるものがありました。


特にドロレスとセリーヌの関係。とかく、父に対してより、母に対して厳しくなりがちな娘の目。いくら同じ空間で生活していても、娘には見えない母の姿、父の姿があり、母には感じ取れない娘の心があり...。セリーヌの"塗りかえられた記憶"が、そこから生じる"誤解"をより深いものにしてしまっていたのでしょう。もちろん、それは、娘の母に対する悪意ゆえではありません。自身の心を護るためには、そうせざるを得なかった...ということなのでしょう。そして、ドロレスに厳しい視線を向けながらも、ドロレスを護ろうとするセリーヌ。行き違いながらもどこかで繋がる2人の関係が切なく、胸に迫ります。


そして、本作は、弱い立場に置かれた女たちの男たちとの戦いの物語でもあります。不倫をする夫と闘ったヴェラ、DV夫と闘ったドロレス、事件を執拗に追いかける刑事と闘ったドロレス、セリーヌの母娘。セリーヌには、元恋人の上司という相手もいます。


ドロレスが夫に預金を奪われたかもしれないと疑い銀行に乗り込む場面で、女であるゆえに舐められた悔しさをぶつけますが、まさに、"悲しいことに世の中は男の世界"。それを思い知らされる悔しさを味わった女たちだからこそ、立場を越えて結束したのでしょう。


決して良い関係ではなかったヴェラとドロレス。ヴェラがドロレスに心を開いたのは、自分と同様、酷い夫を持ったドロレスに共感したから。"事故は悲しい女たちの良い友だち"。自身のかつての"成功"をドロレスにも味わってもらいたい、そのヴェラの想いに支えられ、ドロレスは夫から娘を護ります。この2人、悪態をつきあう場面もありますが、どうやら、元々口が悪い同士。その言葉の陰に、互いを思い遣る気持ちも見え隠れします。"事故"という"友人"を持った2人の悲しい女たちの関係が、口煩い女主人とメイドという関係から、"同士"に変化していく辺りも説得力ありました。


サスペンス的な要素は散りばめられていましたが、展開を読むのは、比較的、簡単で、謎解きとしてはそれ程面白い作品ではなかったと思います。冒頭の場面も、この描き方では、ドロレスが真犯人でないことは分かってしまいますし、ファーストネームで呼び合う場面を観ればヴェラとドロレスが単に主人と使用人という関係ではないことも分かります。ドロレスと夫、セリーヌと父親の関係が示唆される場面もありますし、20年前の事件の真相の推理も、左程、難しくはありません。この辺り、描き方によっては、もっと、謎解きの楽しさが味わえる作品になったような気もします。


それでも、本作が十分に見応えある作品となっているのは、やはり、演技の力。特に、ドロレスを演じたキャシー・ベイツが出色。実に印象的でした。

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秘密の花園

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秘密の花園 [DVD]/ケイト・メイバリー,ヘイドン・プラウス,アンドリュー・ノット
¥1,500
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バーネットの児童文学を映画化した作品。原作は未読です。


大勢の使用人たちにかしずかれながら子どもに無関心な両親とインドで暮らす少女、メアリー。1906年の地震で、突然、両親を失い、イギリス、ヨークシャーに住む伯父、クレイヴン伯爵の屋敷に引き取られます。屋敷を開けることの多いクレイヴン伯爵に替わり、屋敷を切り盛りする家政婦のメドロックには厳しく扱われながらも、メイドのマーサの温かさに、メアリーの心もほぐれていきます。そんなある日、メアリーは古い鍵を見つけます。コマドリに誘われ、その鍵で開けられる扉を見つけますが、その向こうにあったのは、伯爵が亡き妻の想い出とともに封印した"秘密の花園"。メアリーは、荒れ果てた花園に僅かな緑の息吹が残っているのを発見し、マーサの弟、ディコンとともにその花園を蘇らせていきます。さらに、メアリーは、屋敷の一室にこもった生活を強いられている従弟のコリンと出会い...。


雰囲気は"アルプスの少女"イギリス版。メアリーは、お嬢様なハイジ。ディコンはピーター。メドロックは、ロッテンマイヤー女史。そして、コリンは、性別が違いますが、クララ。コリンが伯爵を驚かせる場面は、まさに、アルプスの少女の物語そのもの。「ハイジ」が執筆されたのが1880年から1881年で、本作の原作が発行されたのが1911年ですから、「ハイジ」が意識された作品であった可能性はあります。もっとも、「ハイジ」も、1830年にドイツの作家、ヘルマン・アーダム・フォン・カンプが発表した「アルプスの少女アデレード」に酷似しているとの指摘を受けているようですが...。


子どもは、とかく、"秘密基地"を造りたがるもの。さすがに伯爵のお屋敷にできる秘密基地は規模も違います。かなり荒れ果てた庭が、結構、あっという間にきれいな花園に復活したのは、子どもたちの持つ"魔力"ゆえか、お伽噺ゆえか...。恐らく、ディコンの能力が大きく貢献したのでしょう。それにしても、相当に天才的な園芸の才能の持ち主なのです。花園が閉ざされてからも毎日、見に来ていた庭師がビックリする位にあっという間に蘇ったのですから。


子どもの力により、大人の抱える暗い気持ちが癒されていくというのは、「小公子」でも見られるモチーフですが、本作の場合、伯爵の心に影を落とした妻の死と花園の存在を絡ませ、そこを子どもたちの絆を深め、それぞれの成長を促す鍵としたことにより、物語の味わいが深められていたと思います。


お屋敷と広大な敷地の風景が、いかにも伝統と格式のイギリス貴族の雰囲気を出していました。そして、その風景の中に生まれていく、ひと際、色鮮やかな空間。様々な色の花が咲き乱れ、生き物が活動し、子どもが遊び...。重々しい空気が支配していたお屋敷が生き返っていく様が見事に表現されていました。


そして、メアリーの世話係となるマーサが見事。気難しい上司に仕え、我儘な子どもの世話をこなします。メアリーの暴言も笑顔でするりとかわし、少しずつ彼女の心を解きほぐしていき、メアリーは、徐々に、素直な子どもらしさを取り戻していきます。


弟のディコンは、花園の再生の大きな役割を果たすし、姉弟揃って、本作で大きな役割を果たしています。それでも、前面に出てこないのは、身分ゆえ...でしょうか。いくらメアリーと仲良くなっても、彼女の支えとなっても、メアリーの王子様になることはなさそうです。


まぁ、ともあれ、お嬢様とお坊ちゃま、彼らの障害となる魔女、メドロック、2人を助けてくれる忠実なるお供、マーサとディコンが登場するお伽噺として、それなりに楽しめる作品だと思います。

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この森で、天使はバスを降りた

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この森で、天使はバスを降りた [DVD]/アリソン・エリオット,エレン・バースティン
¥2,100
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5年間の服役を終えたパーシーは、新しい生活の地として選んだに森の奥の田舎町、ギリアドでバスから降ります。町の保安官の紹介で、気難しい年寄りハナが経営する村の食堂で働くようになります。最初は、前歴から警戒されていたパーシーでしたが、徐々に、周囲からの信頼を得られるようになり...。


ちょっとした"事件"をきっかけにパーシーに対する偏見を解いていくハナ。けれど、そんな中でも、時折、謎の言動があり、サスペンス的な要素が観る者の興味を惹きます。森の奥に住むらしき謎の人物、パーシーの過去、そうしたものが徐々に明らかにされていきます。まぁ、森の人物の件は、謎というには分かりやす過ぎるかもしれませんが...。


虐待も戦争も人を大きく傷つけます。その痛みゆえに人は悩み、苦しみ、悲しみ...。でも、ぼろぼろになっても人は立ち直ることができます。傷ついた筋肉が回復した後に傷つく前より強くなるように、人の心も傷を回復させた時、前よりも強くなれるのかもしれません。


原題ともなっている「The Spitfire Grill」。パーシーがハナと出会う場所であり、パーシーの、ハナの、シェルビーの、イーライの、そして、ギリアドという町の再生が始まっていく場所。パーシーと同様、心の中にしこりを抱えたハナが、徐々に心を開いていく様子、イーライが少しずつ"下界"に近付いていく様子、そして、何より、シェルビーが人としての尊厳を取り戻していく様子。そうした様々な奇跡の舞台が「The Spitfire Grill」なのです。邦題も悪くはないと思いますし、確かにパーシー="天使"が主人公ではあるのですが、パーシーの再生は、他の人々の再生と同じ重みで描かれているような感じがして、そういう意味では、原題の方が作品の内容には相応しいタイトルだと思います。


ただ、ラストには納得いきませんでした。まぁ、確かに、物語のまとめ方としては無難なのでしょうし、この流れだから、邦題の"天使"という言葉は生まれたのでしょうし、人々を町を再生するためだけにそこに降り立ったような彼女は、まさに、"天使"だったということになるのでしょう。キリストが人々の罪を贖うためにその身を犠牲にしたように、パーシーも身をもって町を救ったのですから。けれど、これまでの不幸を考える程、もっととびっきりの幸せを"人間として"味わって欲しかったという気持ちも膨らみます。


それに、ネイハムはあれでオシマイ?まぁ、若干(案外、大きかったのかもしれませんが...)のペナルティはあったようですが、有能な弁護士なら無罪にしたであろう"罪"で5年間を失ったパーシーと比較してしまうと、納得いかないものがありました。


それに、田舎町の古くからある食堂と、町の人々を囲む木々。そのマイナスイオンに溢れているような環境こそ、奇跡を生んだ要因だったのかもしれないと思うと、ラストの先に見えてくる"開発"の件を喜んでよいものかどうか、気になってしまいました。


パーシーを演じたアリソン・エリオットが、徐々に心をほぐしていくパーシーを見事に表現していて印象的でした。

バリー・リントン

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バリーリンドン [DVD]/ライアン・オニール,マリサ・ベレンソン,パトリック・マギー
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ウィリアム・メイクピース・サッカレーの小説を映画化した作品。原作は未読です。


18世紀のヨーロッパ。アイルランドの農家に生まれたバリーが、貴族の未亡人と結婚し、やがて、没落していく姿を描きます。185分。3時間超えの大作で、一人の男が成り上がり、やがて、零落れていくまでの人生が描かれます。 ストーリー自体は単純明快。キューブリック監督の作品とは思えない程。どこかで観たような、よくあるオハナシです。


運の良さ、要領の良さで巧く立ち回り、欲しいものをどんどん手に入れていくバリーですが、すべてを手に入れたかに見えた瞬間、彼の没落を招く種が芽を出します。そして、少しずつ、少しずつ、上り詰めた場所から落ちていく...。


バリーは、多くのものを手に入れていますが、どうも、そのことによって彼の幸福度が増したようにも見えません。けれど、可愛い息子に恵まれた時は違いました。息子に注いだのは損得が関係しない掛け値なしの本物の愛情だった様子。息子の誕生により、バリーは確かに幸福になりましたが、一方で、護るべきものを手に入れた彼は、弱点を抱えることになったのかもしれません。


ただ自分のために成り上がっている過程においては、ある意味、真っ直ぐで単純明快で、その姿には、狡猾さよりも、一途さが感じられ、貧しく弱い立場に置かれ、その貧しさや地位の低さのための苦しみも味わったバリーが力を得ていく物語には清々しさもありました。


けれど、まだ幼い息子の将来を護ろうとした時、その邪魔になるかもしれない存在を陥れようとします。そこに見えてくるのは、なりふり構わない嫌らしさ。けれど、庇護すべき相手を得て、強くなれるのも、正しくなれるのも、悪くなるのも、酷くなるのも、どれも、確かにある人間の一面。


貧富、社会的地位、性別、年齢...そうしたものに拘らず、それぞれに正義と悪、美しさと醜さ、豊かさと貧しさを抱えているのが人間なのかもしれません。


"good or bad, handsome or ugry, rich or poor they are all equal now"(善き者も悪しき者も、美しい者も醜い者も、富める者も貧しき者も、今は同じ。すべてあの世。)エンドロールの冒頭に示される文章の最後の一文。本作を要約するとこうなるのでしょう。


善人と言っても悪人と言っても、所詮は人間で、タカが知れている。美醜も年齢を重ねれば大した問題ではなくなり、貧富も、結局は、人間の幸不幸を左右する絶対的な要素ではない。所詮は、みな、そう長く生きずに死んでいく人間。バリーという人物の姿を通して、そんな普遍的な人間の姿を描いた作品ということになるのかもしれません。


全体的に起伏は抑えられて淡々とした感じが続き、それでいて、3時間超えですから、集中力を削がれてしまうのも確か。けれど、ともすれば、作品の世界から離れてしまいそうになる気持ちを、見事な映像が引き戻してくれます。衣装から調度品から、実にゴージャスで、細部まで凝っていて、見事にこの時代を感じさせます。とにかく映像が美しく、それにぴったりの音楽が作品の味わいを深めています。基本的な流れがナレーションで説明されることもあり、まるで、音楽付のとびっきり豪華な紙芝居を観ている感じがしました。


マリア・ベレンソンが完璧な美しさを見せてくれるところも本作の魅力と言えるでしょう。

マイ・ドッグ・スキップ

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マイ・ドッグ・スキップ [DVD]/フランキー・ミューニース,ケビン・ベーコン,ダイアン・レイン
¥2,625
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ミシシッピー州出身の作家、ウィリー・モリスが少年時代の想い出を記した小説を映画化した作品。原作は未読です。


舞台は1942年のミシシッピー州の田舎町、ヤズー。ウィリーは、9歳の誕生日に、ずっと、飼いたいと思っていた子犬をプレゼントされます。ウィリーは、そのスキッパーと名付けられた犬を一生懸命、世話します。内気でいじめられっ子だったウィリーですが、スキップのお蔭で、好きだった女の子と仲良くなり、友だちからも一目置かれるようになり...。


スキップのお蔭で、交友範囲を広げていくウィリー。大人でも、犬を飼うと、それまではすれ違うだけだった犬好きなご近所さんとか、思わぬところで新しいお付き合いが生まれたりするものです。犬を飼うことに憧れる子どもは少なくないワケで、周囲に犬を飼っている子がいなければなおさら、そして、スキップのような賢く健気な犬であればなおさら、いじめられっ子だったウィリーにもヒーローになるチャンスがやってきます。


スキップのお蔭で得たものによって成長していくウィリーの姿が眩しかったです。


人間の忠実な僕ともなり、誠実な友でもあり、愛情深い恋人でもあり、温かい保護者でもあり、天真爛漫な可愛い子どもでもあり、そして、その死をもって命の尊さを教えてくれる教師でもある犬という存在。ウィリーの横には、いつもスキップがいて、彼の成長を支えていました。


けれど、それでも、所詮、人は人、犬は犬。やがて、ウィリーは成長し、スキップとの生活から卒業していきます。そして、犬の寿命が人間よりかなり短いものである以上、可愛い飼い犬との別れは必然ですし、犬を飼う以上、最期まで世話をするのが飼い主の勤め。スキップに支えられる日々から卒業するウィリーとスキップの死。"飼い犬と少年の物語"としてある意味典型的なベタな作品ですが、お約束通りのベタな展開が、犬と少年の熱演で心に沁みる作品に仕上がっています。


ところどころ、???な場面もないわけではありません。特に違和感があったのが、スキップとウィリーの別れの場面。あのような場合、スキップのような賢い犬であれば、当然、普段との違いを感じ、ウィリーからなかなか離れようとしないのではないか、彼の乗ったバスの後を追いかけようとするのではないか...と思ったのですが...。


映画館の入り口が白人と黒人で別になっていたり、ウィリーと黒人少年との微妙な交友関係があったり、やや浅い描き方ながら、社会的な問題も取り上げられ、第二次世界大戦中のアメリカ南部の雰囲気が感じられます。


賢い犬と可愛い子ども。かなり、反則技な組み合わせの作品ですが、かつて、犬を飼っていた頃の楽しかった日々を思い出しながら幸せな気分を味わうことができました。

危険なメソッド

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大腿骨危険なメソッド [DVD]/キーラ・ナイトレイ,ヴィゴ・モーテンセン,マイケル・ファスベンダー
¥4,935
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1904年、チューリッヒのブルクヘルツリ病院に勤める29歳の精神科医ユングは、精神分析学の大家フロイトが提唱する斬新なメソッド"談話療法"を、新たな患者ザビーナに実践します。まもなくユングはザビーナの幼少期の記憶をたどり、彼女が抱える性的トラウマの原因を突き止めることに成功します。2人は次第に医師と患者の一線を越えてお互いに愛情を抱くようになりますが、ザビーナをめぐるユングの内なる葛藤はフロイトとの友情に亀裂を生み...。


決して、現代の精神医学や心理療法の分野でフロイトの理論や治療法が重要視されているわけではありませんが、しかし、今でも、精神医学や心理学を学ぶ以上、彼の思想を通り過ぎていくことはできません。"無意識"に光を当てたこと、精神病理という分野にスポットを当てたことが大きな業績であることは誰にも否定できないのです。で、そのフロイトと、もう一人、精神医学、心理学の分野に多大な功績を残したユングの出会いから決別に至る物語が描かれているのですが、その描き方に納得がいきませんでした。


2人の出会いは1907年。1902年秋からフロイトとその弟子たちなどにより開かれるようになった「心理学水曜会」にユングが参加した時のこと。それ以来、フロイトはユングに期待をかけるようになり、ユングもフロイトを深く尊敬。けれど、1910年を過ぎた頃から、"無意識"の範囲などに関する学問的な見地の違いから互いに距離を置くようになり、1913年、ミュンヘンで開かれた国際精神分析大会で決裂してしまいます。


無意識を源泉とするエネルギーである"リビドー"をすべて"性"に結びつけたのがフロイトで、ユングは、"リビドー"をフロイトよりはるかに広大な意味を持つものとして再定義します。また、ユングは、個人の無意識の奥底に人類共通の素地である"集合的無意識"が存在すると考えるようになります。この辺りの差異と、2人の意見の対立について、もっと学問的な見地から描かれた部分があっても良かったのではないでしょうか。


本作では、学問的な考え方の違いというより、経済的格差に関するフロイトの嫉妬や民族の違い、宗教の違いといったところからくる感情的な行き違いの部分に重点が置かれ過ぎているような感じがして、違和感ありました。


特にザビーナとユングの関係。元来、患者が治療者に好意や恋愛感情を抱くようになる"転移"という現象は、どんな治療者と患者の間にも起こる可能性が高いことであり、治療者はそれに引き摺られないようにしなければならないワケです。そういう意味では、本作の描き方では、ユングは治療者として未熟で、フロイトはその点を受け入れられなかった...ということで片付けてしまうべき話のような感じもします。まぁ、そのユングの言い訳が最後の方にセリフとして登場するわけですが...。


全体として映像や演技より、セリフや手紙の文章で表現されていく作品なので、とても淡々とした感じなのですが、その中で、ユングとザビーナの絡みが突出して激しく、このバランスの悪さが気になって仕方ありませんでした。


ある程度、フロイトとユングに関する知識を持った上で観ないと、学問的な考え方の違いというより、ザビーナを巡る三角関係と経済的格差と民族、宗教の違いに起因する感情的なもつれが2人を決裂させているように見えてしまうのではないでしょうか。


ザビーナを演じたキーラ・ナイトレイは熱演でしたが、やや、表層的な表現になってしまった感じもします。確かに精神病患者を演じて"それっぽい"感じはするのですが、リアルに精神疾患のある人たちに接したことのある人が観てリアリティを感じられるか...ということになると、疑問も感じます。


もう少し面白くなりそうな題材だっただけに残念です。

コッホ先生と僕らの革命

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コッホ先生と僕らの革命 [DVD]/ダニエル・ブリュール,ブルクハルト・クラウスナー,ユストゥス・フォン・ドーナニー
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ドイツでサッカーの父と称えられているコンラート・コッホによるドイツ・サッカー誕生の実話に基づいた映画作品です。


19世紀末の反英感情が根強いドイツ。1874年、コンラート・コッホは、4年のイギリス滞在の後、母校である地方都市の名門校にドイツ初の英語教師として赴任します。彼は、教育が「規律・服従」を重視していた時代に、サッカーを授業に取り入れることで、生徒たちの英語学習に対する意欲を高めようとします。サッカーに夢中になった生徒たちは、サッカー用語を通じて英語を学びながら、フェアプレーの精神やチームプレーの大切さなども身につけていきます。しかし、コッホの型破りなやり方が多くの敵を作ることとなり、規律と慣習のみを信じる教師や親、地元の名士たちは何とかしてコッホを学校から排除しようとしますが...。


FIFAワールドカップで3回の優勝をしていて、ランキングでも常に上位をキープ。現在、誰もが認めるサッカーの強豪国、ドイツ。そのドイツで、こんなにもサッカーというスポーツが忌避された時代があったということに驚きました。


よくある新しいことを導入しようとした先駆者の苦労と成功の物語で、"改革者"=善、"保守"=悪とあまりに分かり易く描かれ過ぎている感じはあるのですが、実話ベースの物語ならではの説得力があますし、労働者階級の生まれで貧しくいじめられているヨスト、差別意識たっぷりの父の影響を受けているもののそこから離れていこうとするフェリックス、ボールを作れば売れると見越して商品開発をするオットーといった個々の生徒たちが魅力k的に描かれ、なかなか、見応えのある作品になっています。


ただ、コッホ先生の描き方は、少々、物足りなかったです。改革者としての迫力には今一つ欠けているような感じがしたし、かなり、偶然や運の良さに頼っている部分も大きかったような感じだし。ヨストの件も、どうも、彼自身の責任の果たし方としては中途半端だし...。まぁ、実話だから仕方ない部分もあったのでしょうけれど、描き方の問題もあったような...。


全体的に軽めな仕上がりになっていて、ヘンに暗くなっていない分、今一つ深みに欠けて物足りない感じになっているのが残念です。テンポも良く、全体のバランスも悪くなく、そこそこ楽しめる作品にはなっているのですが...。


1900年のドイツサッカー連盟が成立し、1904年にFIFAの創立メンバーとなり、1908年に初の代表メンバーを編成。代表の初の国際試合となったスイスとの試合には敗れ、1909年にはイギリス代表に0-9で惨敗。1912年にストックホルムでのオリンピックに出場しましたが予選で敗退。1914年の第一次世界大戦、帝政の方かい等からしばらく活動できなかった代表チームが1920年に活動再開。1934年にFIFAワールドカップに初参加し3位入賞。第二次世界大戦後の東西分裂の時代等もあったワケですが、1954年にはFIFAワールドカップに初優勝。その後も常に上位に入っています。


日本へのサッカー伝来については諸説あるようですが、1980年代頃だそう。1987年に体育教師養成の場として設立された体操伝習所にサッカーというスポーツが紹介されているようです。そして、教員として全国に散らばった人々が養成機関で知ったサッカーを広めていく、という流れができたとのこと。日本でもそうですが、スペイン、イタリア、ブラジルといった、現在のサッカー強豪国にも、イギリス人が中心となってサッカーが伝えられています。かつて、世界中に植民地を持ち、世界各地に人を送っていたイギリスの歴史を示すスポーツでもあることが実感させられます。

311

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311 [DVD]/出演者不明
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東日本大震災発生から15日後の2011年3月26日。放射能検知器を搭載した車は、4人のドキュメンタリスト―作家で映画監督の森達也、映像ジャーナリストの綿井健陽、映画監督の松林要樹、映画プロデューサーの安岡卓治―を乗せ、被災地を目指して出発しました。ガイガーカウンターが激しく反応するなか、東京電力福島第一原子力発電所への接近を試み、津波の被害を受けた土地を訪ね、岩手・宮城を縦走。そして津波に飲み込まれた石巻市立大川小学校へと向かい...。


取材する側の醜悪さを隠さず曝け出しているという点では"勇気ある作品"とも言えるでしょう。福島原発周辺が放射能で汚染されていることは分かっているにも拘らず不十分な装備で出かけてしまう無謀さ、多くの人を不幸にした大災害の爪痕を見ながら興奮を抑えられない野次馬根性、被害者や遺族の感情を逆なでしてしまう無遠慮さ...。


そして、TVの前でニュースやワイドショーの映像を安全なところから眺めている私たちも"同じ穴のムジナ"。常に被災者に心を寄せながら映像を観ているなどと綺麗ごとを言える身ではありません。報道する側も、視聴する側も、その悪趣味な面を意識しながら、覆い隠してきた共同正犯かもしれません。


けれど、だから報道陣が悪だとも思えません。


確かに、こうした災害や事件の報道は、被災者や被害者をさらに傷つける武器になることも少なくありません。けれど、これ程の災害だからこそ、被災者救援のためには多くの物資を集める必要があり、救援や復旧のための様々な活動には人手と資金が欠かせません。被災者を助け、破壊された町々を復旧するためには、ヒトとカネを集めなければならないのです。そのためには、状況を広く伝える必要があるのです。


そして、特に危険の中に飛び込んでいくような取材の場合、例え不謹慎と非難されようと、その情熱を支えるものとして、ある種の野次馬根性や好奇心は必要なのでしょう。


これまで、使命感や正義感といった面が強調されることの多かった報道する側の姿勢について、本作は、かなり露悪的に描いています。これまであまりカメラを向けられることのなかった側を晒した点は、本作の功績と言えるかもしれません。


けれど、できれば、もう一歩、その先に踏み込んで欲しかった気がします。


あまりに無力で醜悪な"取材者"たちにも、何かできることがあるのではないか、果たせる役割があるのではないか、そこのところにもっと踏み込んで欲しかった気がします。


数多の人々を襲った大きな不幸に"蜜の味"を感じて興奮してしまう性に自己嫌悪を感じつつ、その好奇心と興奮とでジャーナリストとしての使命を果たすべく力を尽くす。


報道する側が、自分たちが正義の側にあることに疑問を感じない時、その力が暴走するのかもしれません取材する側が、自分たちの"後ろめたさ"を意識し続けることがその暴走の歯止めになるのでしょうし、本作に登場する"ドキュメンタリスト"の自分たちの中にある悪から目を逸らさない姿勢は素晴らしいと思います。けれど、その後ろめたさを抱えながら何をするつもりなのか、何を背負うつもりなのかというところを見せて欲しかった気がします。

綱引いちゃった!

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綱引いちゃった [DVD]/井上真央,玉山鉄二
¥3,990
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お堅く真面目な大分市役所広報課の職員、西川千晶(井上真央)は、市長(風間杜夫)から、あまりに知名度の低い大分市のPRをするため、女子綱引きチームを結成せよとの無理難題を課されます。過去には、主婦たちで結成した"大分コスモレディース"という綱引きチームが世界チャンピオンに輝き、大分市のPRに寄与していました。千晶はメンバー集めを試みますが、マイナースポーツなだけに人は集まりません。一方、千晶の母、容子(松坂慶子)の勤め先の給食センターが廃止されようとしていました。容子たちは、廃止の決定を覆そうと仲間を引き連れ市役所に直談判に押し掛けます。その様子を見ていた千晶は、給食センターの職員を綱引きメンバーにし、全国大会出場まで勝ち抜いたら廃止を取り消すよう市長と取引をして...。


よくあるパターンの作品ではあります。思わないことで素人の寄せ集めチームが結成される→ヤル気が起きず、ばらばらな状態が続く→問題が発生するが、そのために、チームが団結→努力を重ね、着実に力をつけていく→さらに問題が発生→メンバーの結束は変わらずいざ決戦へ!!


いろいろ気になる点が...。いくらフィクションでも、3カ月で綱引きで県大会を勝ち抜く...は無理過ぎるような...。小学生チームに完敗は、リアルで良かったですが...。その後、期間がなさ過ぎです。そう簡単に筋肉はつかないでしょうし、作り上げた肉体を競技に活かすには、さらに練習が必要なワケで...。


綱引きという競技の魅力やトリビアネタについても触れられていて、それなりに面白い部分もありました。けれど、作品全体としては綱引き場面はあまり多くなく、綱引きという競技そのものに対するこだわりをもっと見せて欲しかった感じがします。折角、マイナーな競技に焦点を当てたのですから、もうちょっとこだわった方が面白くなったのではないでしょうか。


8人のメンバーの描き方も中途半端。それぞれが抱える状況を描こうとしているのは分かるのですが、とっちらかってしまって収集しきれなくなってしまっている感じが気持ち悪かったです。


メンバーのエピソードをもう少しメリハリ付けて、綱引きという競技そのものをしっかり描いていれば、お定まりのベタな展開でも、もっとずっと楽しめる作品に仕上がったような気がします。ところどころ光る部分があっただけに残念です。