ザ・マスター

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第二次世界大戦に従軍し、後遺症として精神を病んだフレディは除隊後、アルコールに依存し、数々の問題を起こすようになります。行き場を失った彼は、ある日、忍び込んだ船で、不思議なメソッドで人々を魅了し、宗教団体"ザ・コーズ"を率いるランカスター・ドッドに出会います。その後、彼と行動をともにするフレディでしたが...。


トム・クルーズ、ジョン・トラボルタも属していることで有名な実在の集団、"サイエントロジー"が本作の"ザ・コーズ"のモデルになっていると言われています。


フレディとマスター。従軍の後遺症で精神を患っているフレディでしたが、マスターから見れば、想像力に溢れた自由な存在だったようです。そして、フレディから見れば、マスターは、この世でただ一人、彼を受け入れてくれる存在。


ペギーに支配されるマスターとマスターの支配下に入るフレディ。マスターは、なかなかペギーに抗えないようですが、フレディの中には、徐々にマスターへの疑問も芽生えていきます。


互いに惹き合うものを持ちながら、けれど、同族嫌悪...なのでしょうか、激しく反発し合ってもいます。単純に友情とも恋愛とも言えない、魂の交流を見せられた感じがします。


マスターに従属したいのか、解放され自由になりたいのか...。もっとも、どちらを選ぶかなんて、簡単に答えを出せるものではないでしょう。どちらを選びたい気持ちもあって、その間を揺れ動くフレディの心をホアキン・フェニックスが見事に表現していたと思います。


それなりに成功をおさめた新興宗教の指導者でありながら、妻にコントロールされ、心の奥底に闇を抱えているマスター。フレディがマスターに依存していくのと同時に、マスターもフレディの作るカクテルに依存し、彼の影響を受けるようになっていきます。


フレディとマスターの関係を恐れたのは、ペギー。彼女は、フレディにより、マスターが変化していくことを恐れたのでしょう。フレディを教団から追い出そうとします。


恐らく、"妻の勘"は正しかったのではないかと思います。フレディは、マスターにとっても教団にとっても危険な存在であったことでしょう。そして、マスターをペギーの支配下から解き放つ者がいるとしたら、それは、フレディをおいて他にはなかったでしょう。


けれど、フレディがマスターを必要としていたように、マスターもフレディを必要としていたのではないかと思います。そして、それでいながら、傷つけあわずにはいられない...。そんな危うくも儚げな関係をフレディを演じるホアキン・フェニックスとマスターを演じるフリップ・シーモア・ホフマンがさすがの力量を見せつける熱演で見事に表現しています。


この2人の演技を観られるだけでも本作には存在価値があるといえるのかもしれません。ただ、作品としては、そこに頼りすぎた感じが否めません。ストーリーもおざなりな感じですし...。確か凄まじいばかりの演技合戦で見応えありましたが、それだけでは、やはり、2時間超えは辛いです。


テーマは面白いと思うのですが...。残念。



公式サイト

http://themastermovie.jp/

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NINIFUNI

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NINIFUNI [DVD]/宮崎将,山中崇,ももいろクローバー
¥2,940
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殺風景な地方都市。だだっ広い国道を、轟音をたてて車が走り去って行きます。そして、事件。関与した青年は、奪った車で国道を彷徨い、とある浜辺に行きつきます。プロモーションビデオの撮影でその地を訪れたアイドルグループ"ももいろクローバー"。誰にも気付かれない青年と熱い視線を浴びるアイドル...。


タイトルの"NINIFUNI"とは、仏教用語で"而二不二(ににふに)"(意味は「二つであって一つではなりたたず、決して一つには交ざらず、二つではないもの。」煩悩と悟りの境地が二つであって混じらないという仏教の教えだそうです。


本作で"二つ"なのは、破滅していく青年と輝く未来を信じて歩みを進めるアイドルグループ、ということになるのでしょうか。


それぞれが独立して無関係な小さな世界がたくさん集まって、意外なところで繋がり合ったり、影響し合って大きな世界ができあがっているのかもしれません。


主人公なのに一言も喋らない青年。何か喋ったところで、それをかき消すであろう国道を行き交う車の音。彼の周囲の映像はピントが合っていません。周囲とは隔絶されたような彼の世界。彼が行き着いた浜辺でPVの撮影をするアイドルグループ。撮影の関係者は、青年の存在に気付きますが、彼の状況について心配したりはしない様子。彼が気にしているのは、青年のことではなく、青年の姿がPVに映り込まないかどうかということ。


けれど、それでも、一生懸命なアイドルグループも、彼と同じ世界に存在しているのです。青年も過酷な中を生きてきたのかもしれませんが、アイドルグループの撮影も楽ではなさそうです。社会の冷たさに負けるか、その厳しさを感じながらも笑顔でいられるか、そこが相容れない部分なのかもしれません。


かくも絶望に満ちていながら、同時に、希望に溢れている世界に私たちは生きている...ということなのかもしれません。


ラストに登場するのは、ももいろクローバー(今のももいろクローバーZ)。この人選と曲がぴったり嵌っていたと思います。


事件の後の青年の行動の不思議さ(そんな方向に行くのなら、別に事件を起こす必要はなかったような...)について触れられていなかったりする説明不足な部分もあったりしましたが、42分という短い時間で、観る者の心に爪痕を残す印象的な作品でした。

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おおかみこどもの雨と雪

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おおかみこどもの雨と雪(本編1枚+特典ディスクDVD1枚)/宮崎あおい,大沢たかお,菅原文太
¥5,040
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大学生の花は、彼と出会ってすぐに恋に落ちます。やがて彼が人間の姿で暮らす"おおかみおとこ"だと知らされますが、花の気持ちは変わりませんでした。そして一緒に暮らし始めた2人の間に、新たな命が生まれます。雪の日に生まれた姉は"雪"、雨の日に生まれた弟は"雨"と名付けられます。雪は活発で好奇心旺盛。雨はひ弱で臆病。家族4人は都会の片隅でひっそりと暮らし始めますが、ある日、父である"おおかみおとこ"の死により、花と子どもたちは取り残されます。花は、打ちひしがれながらも「2人をちゃんと育てる」と心に誓い、子どもたちが、将来、人間か、おおかみかどちらでも選べるように、都会の人の目を離れ豊かな自然に囲まれた田舎町に移り住むことを決意し...。


花の将来への見通しが甘すぎで、観ていてイライラしてしまいました。"彼"の子どもの頃の話を聞いていなかったって、雪の妊娠が発覚するかどうかというタイミングで"彼"が死んだのなら、それも仕方ないと思うのですが、普通、遅くとも、最初の子どもの妊娠が分かった時点で気になることではないかと...。そもそも、花が学生という時点で、子ども、それも、2人も作ってしまうという点で、花も"彼"も将来を考えなさ過ぎなわけですが...。普通に2人とも人間ならともかく、"彼"がおおかみおとこだというのに、この見通しの甘さは信じられません。生まれてくる子どもたちへの責任感が全く見えてきませんでした。


雪を妊娠していることに気付いた時も、迷いもなく生む決断をしたようですが、それも不自然。普通の人間の男性との間の子を妊娠したとしても、自分が学生、それも、奨学金を受けているという状況では、出産をためらうものではないかと...。まして、おおかみおとことの間の子ども。花が、いかに、将来のことを考えず、親としての責任を考えないタイプかと言うことをこの辺りの設定で明らかにしているということ...ではないですよね...。


どうやら、雪と雨を保育園や幼稚園や小学校に通わせる気はなかったようですが、それは、最初から子どもたちを人間として育てることを考えていなかったということでしょうか...。人間かオオカミか将来を選べるようにするなら、人間としての将来を選べる可能性を残したいなら、学校には行かせないと...。雪は自分の意思で花を説得し、小学校入学を果たすので良かったですが...。


大学を休学し、働くこともなく子育てというのもあり得ません。どう考えても、"彼"が子どもたちが育つまでに必要な費用を賄えるほど莫大な貯金ができていたとも思えませんし...。子どもが大きくなるまでにどの程度の費用がかかるかとか、家族3人の衣食住にどの位お金がかかるかとか、その程度のことを考えられない程、花は愚かだったと言うことなのでしょうか。


普通、子ども2人を抱えたシンブルマザーなら、手当が出たりとかするし、イザとなれば生活保護もあるワケで...。まぁ、"彼"を"死亡"ではなく"失踪"扱いにせざるを得ないというところで手続等の面倒臭さはあるかもしれませんが、それにしても...です。


自給自足を目指すといっても、そんなに簡単に自分たちの食料を自分だけで収穫できるなんて考えていたのでしょうか...。普通の思考力や判断力があったら、考えられませんよね...。


で、一方で、花があまりにスーパーお母さんなのも気になります。古い民家を一人で直してしまうし、嵐の中、山の中に一人で雨を探しに行ってしまうし、"彼"が遺していたであろう貯金を考えればあり得ない程の豊かな生活をしているし、何があってもへこたれないし、我慢強く、恨み言の一つも言わず、大体恋人がいきなりオオカミに変身してもすぐ受け入れてしまう...。


適当に愚かで、けれど、何でもしてくれて、決して怒らずいつでも笑顔...世の男性陣にとって"理想の母"なのでしょうか。眩暈がする程にファンタジーなお母さんです。その辺りが、本作がヒットした背景にあるのでしょうか...。正直、理解に苦しみます。


イマドキの世の中、あれこれ先回りして考え過ぎる生き方こそ神経質すぎて問題で、あまり考えずに成り行きに任せた方が、悩まず、幸せに生きられるし、その方が少子化も解消できる...ってことが言いたいってこともないですよね...。


他にも...。おおかみおとこの死体を発見した時点で、騒ぎにもならず、あっさりとゴミ収集車に投げ込んでオシマイというのもあり得ませんよね。"彼"を早く死なせる必要があって焦ったのかもしれませんが、仮にもオオカミのような死体が見つかったのです。普通は、ニュースになり、ワイドショーに取り上げられる大騒ぎですよね。


自立していく雨が花を駐車場に放置するのも、あまりにあまりなオハナシ。家に連れて行くべきでしょう。雨が突然いなくなったことについて騒ぎにならなかったのも不思議。小学校に籍がある子どもなのですから、村を挙げて捜索隊が組まれる大事件になりますよね、普通。


"おおかみおとこ"とか"おおかみと人間の子ども"とか、設定そのものに大きな嘘があるのだから、細かい嘘などどうてもいいってことはないですよね。大きな嘘をつく分、細かい部分を丁寧に描かないと、物語の世界の構造は弱くなってしまいます。制作陣も花と同レベルに行き当たりばったりだった...ということでしょうか...。


結構、良い評判を聞いていたので、公開時、映画館に観に行くかどうか考えていたのですが、これなら行かなくてよかったです。何とも残念な作品です。

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ペンギン夫婦の作り方

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ペンギン夫婦の作りかた [DVD]/小池栄子,ワン・チュアンイー(王 傳一)
¥3,675
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1999年に夫婦で東京から石垣島に移住し、大ヒット商品「食べるラー油」の原点となった石垣島の食材を使用した"石垣島ラー油"を生み出した辺銀夫妻と2人を取り巻く人々を描いた作品。夫妻は、現在も石垣島ラー油を作り続けており、石垣島で辺銀食堂を営んでいます。


妻の辺銀愛理さんの著作「ペンギン夫婦が作った石垣島のラー油のはなし」を原案とした作品です。


フリーライターとして東京で働いていた歩美は、中国で出会ったカメラマン、ギョウコウと国際結婚。しかし、その後、夫の会社が倒産し職を失ってしまいます。歩美は落ち込むギョウコウを気晴らしに石垣島へ連れて行きます。そこで出会った大自然、温かい心、そして美味しい食材にすっかり二人は魅了され、移住することを決意。 歩美は食堂、ギョウコウはウコン畑で働きながら生活を始めますが...。


"石垣島ラー油"の誕生秘話としての側面が強調されて宣伝されていますが、どちらかというと、その部分はスパイス的。中心は、辺銀夫婦の物語。まぁ、タイトル通りとも言えますが...。


ギョウコウの帰化申請とそのための審査を柱にし、そこに、これまでの夫婦の物語が回想の形で織り込まれるワケですが、全体のバランスが今一つでした。変なサスペンス要素とか、お笑い要素とか、その辺りをもっとコンパクトにして、その分、夫婦の関係と2人の成長の物語を描いてほしかった気がします。


実話なので、事実だから仕方ないと言われればその通りなのですが、それにしても、本当にこんなに何でもなく巧くいったのでしょうか。一般に、観光客はともかく、外からの移住者に対し閉鎖的と言われる地域でのオハナシ、もう少し、苦労したりとか、それを乗り越えたりとか、そういったシーンが欲しかったです。まぁ、日本と中国の文化や風習の違いを乗り越えた2人にとって、東京と沖縄の差を乗り越えるなどどうってことない...ということなのかもしれませんが...。


ピパーチを分けてもらう云々のところで若干、苦労している様子も見られますが、その解決もあっけなく???でした。最初の断り方も、おばぁの名前が出されているにも拘らずあまりに一方的で人と人の繋がりを大切にするイメージのある田舎の町でのこととしては疑問を感じました。


地味でドラマ性のない実話をベースにしたのだとしても、映画という形にするなら、それならそれで、描き方の工夫とかがあっても良かったような...。


辺銀家の食卓に並ぶ料理や、歩美の働く食堂で提供される料理など、美味しそうでしたし、石垣島の風景も綺麗で良かったです。


歩美役の小池栄子やギョウコウを演じたワン・チュアンイーは実にそれっぽくて良かったですし、全体的には、ほっこりと温かい雰囲気に纏められた小品...という感じで、悪くはなかったのですが、DVDで十分な感じでした。


注文しても半年待ちとも言われる"石垣島ラー油"。たまたま都内某所で売っているのを見つけ、すぐ買った1個が、今、我が家にあります。確かにオイシイです。ラー油そのものについては、また、いつか、このブログで感想を書きたいと思います。

汚れなき祈り

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2005年、ルーマニアで実際に起きた"悪魔祓い"の事件を元にした作品。ルーマニアで、23歳の尼僧が猿轡をされて十字架に磔にされて3日間修道院の寒い部屋に放置されて死亡しました。修道院側は悪魔に憑かれていたためだとし、磔は悪魔払いの儀式の一部だったとしています。神父によれば、ルーマニア正教ではごく一般的なこと...だそうで...。尼僧は"統合失調症"だったと見られているようです。


ルーマニアの孤児院で育った後、国を出てドイツで暮らしていた若い女性アリーナは、孤児院で一緒だったヴォイキツァに会うために、ルーマニアの人里離れた場所にある修道院を訪れます。アリーナは、ヴォイキツァと一緒にいることを望んでいましたが、修道院での暮らしで神の愛に目覚めたヴォイキツァには、修道院を出る気持ちはありませんでした。彼女を取り戻そうとするアリーナは次第に心を病んでいきます。修道院の神父や修道女たちは、最初、アリーナを病院に連れて行きますが、すぐに修道院に返されてしまいます。修道院の人々は、アリーナが悪魔に憑りつかれていると考え、悪魔祓いのための儀式を行いますが...。


神父にも修道女たちにもアリーナに危害を加えようという気持ちがあったわけではありません。それどころか、心底、アリーナを心配していたのです。そして、本気で彼女を彼女に憑りついた悪魔から救おうとしていたのでしょう。


電気も水道もない文明から取り残されたような修道院。そこには、敢えて生活の便利さを追い求めず、ひたすら、神の教えに生きようとする清廉さがあります。そして、神の力を心から信じて生きる人々。修道院の柵に掲げられた"異教徒は立ち入り禁止"の文言は、その柵の中の世界の純粋さを示しているようです。


地獄への道は善意で敷き詰められているという諺がありますが、アリーナは修道院の面々の善意により、死へ導かれたのです。彼らが、アリーナに対して悪意を抱いていたなら、儀式で殺さず、修道院から放り出せばよかったのです。そうすれば、アリーナには別の人生が開けたかもしれません。けれど、世間から見捨てられたアリーナを善意の人々は見捨てるわけにはいきませんでしたし、アリーナに対して働き掛けずにはいられなかったのです。


そして、彼らの行為が善意から生まれるものなだけに、突っ走ってしまったのでしょう。そこに、意図された悪意があったなら、最悪の結果を生む前に躊躇したり、罪悪感から手を緩めたりということになったのではないでしょうか。自分が善であるという自信は、自分自身を反省する力を奪い、盲信を生み、時に、悲劇的な結果を生むのでしょう。


アリーナが精神的に病んでいるのであれば、彼女に全責任があるのではないとは言え、彼女が、周囲にかなり迷惑な存在であったことも確か。そして、里親も病院も、彼女を邪魔者扱いします。けれど、善意のヴォイキツァも修道院も彼女を見捨てることはせず、彼女に正面から向き合い、彼女を救おうとして、悲劇に巻き込まれたようにも思えます。


アリーナを死に追いやった本当の原因は何なのか、考える程、曖昧になっていきます


ラスト。ヴォイキツァは、普通の服に着替えます。修道女をやめたと言うことになるのでしょうか。表情も穏やかになり、黒い服を纏っていた時よりも、人間らしい雰囲気を身に纏っています。アリーナは、一瞬、"悪魔"から解放されたものの命を失い、神に憑かれていたヴォイキツァは信仰から解放された...ということなのでしょうか。


アリーナは、愛するヴォイキツァを閉ざされた狂信の世界から救い出そうと身一つで戦い、ヴォイキツァは、修道院の人々の協力を得ながらアリーナを悪魔から救おうと戦ったということだとすれば、戦いに勝ったのは、ヴォイキツァを神から解放することに成功したアリーナということになるのですが...。


2時間半は、少々、辛かったですが、この長さこそが、本作の陰鬱な世界を描くには必要だったのかもしれません。


途中、何度か睡魔に襲われましたが、それでも観て良かったと思える作品でした。



公式サイト

http://www.kegarenaki.com/

臨場 劇場版

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臨場 劇場版 [DVD]/内野聖陽,松下由樹,渡辺大
¥3,990
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型破りな検視官、倉石義男の活躍を描く「臨場」。横山秀夫原作の大ヒットTVドラマを映画化した作品。


都内で無差別通り魔事件が発生。けれど、被害者遺族たちの願いも虚しく、心神喪失が認められ、刑法第39条により犯人は無罪となってしまいます。その2年後、事件を無罪へと導いた弁護士と精神鑑定を行った医師が相次いで殺害されます。警視庁と神奈川県警の合同捜査本部が立ち上がり、2年前の通り魔事件の遺族に疑いの目が向けられます。しかし、倉石は死亡推定時刻に疑問を抱き、犯人が別にいると考え...。


あるトリックを使って、検視の際に推定される死亡時刻が実際とはずれるよう細工するわけですが、何故、それをする必要があったのか、よく分かりませんでした。特に、その細工をした人物が倉石をよく知る人物だということに引っ掛かりました。倉石の検視官としての能力を知るなら、小細工が通用しない可能性も大いにあると言うこと。それなら、その細工は、却って、倉石を真犯人に導く大きな手掛かりとなってしまいます。そのくらい、予測できますよね...。倉石にばれてしまうなら仕方ないってことでしょうか...。倉石の優秀さを示すための設定なのでしょうか...。


見事に手際よく殺された2人ですが、犯人にいくら医学の知識があり、検視の経験が豊富といっても、実際の殺人を犯すのは初めてのはず。理論の習得と実技の能力はまた別のものなはずで、そう簡単にきれいに殺せるというのは変ですよね...。実は、影で、殺し屋やっていたという設定ではないはずですし...。


ラストの犯人と倉石の遣り取りとかも、何だか必要以上にドラマチックに盛り上げられている感じで、わざとらしさもあり、違和感ありありです。犯人に刺されそうになった時、ナイフを素手で受け止め血だらけになっているのに、手当もせず教授の検視っていうのもねぇ...。


サイドストーリーを盛り込み過ぎて散漫な感じになってしまっていたのも残念。


犯人役の柄本佑の狂気を帯びた演技が光っていました。


もっと、"検視"の部分に物語を集中させて、捜査や推理の部分を薄くし、雑多な人間関係を整理した方が良かったような...。折角、題材はいいし、倉石は、なかなかハードボイルドでカッコ良かっただけに、勿体ない感じがしました。もっと細かい部分に拘って、しっかり物語の世界を作り上げて欲しかったです。

相棒シリーズ X DAY

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2000年の番組スタート以来、高視聴率を記録し続けている刑事ドラマ「相棒」。このシリーズの人気キャラクター、川原和久演じる捜査一課の伊丹憲一刑事を主人公とするスピンオフ映画。相棒はシリーズ化される前の2時間ドラマの最初の作品から観ています。


謎のデータがネット上にバラ撒かれます。そのデータが削除された直後、燃え残った数十枚の一万円札とともに男の死体が発見されます。その男は東京明和銀行本店システム部の中山雄吾。ネットに不正にアクセスし、機密情報を流していた疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた人物でした。殺人事件として事件を担当する警視庁捜査一課刑事、伊丹憲一と、不正アクセス容疑を追うサイバー犯罪対策課専門捜査官、岩月彬は、いがみ合いながら捜査を進めていきますが、目に見えない圧力に曝され、やがて捜査は行き詰っていきます。そんな中、特命係の杉下右京を始めとする面々も、事態に巻き込まれていきます。事件の裏に蠢くのは、政官財の巨大な権力構造、さらには金融封鎖計画"X DAY"の存在が浮上し...。


TVドラマをよく観ていての映画鑑賞だったから、という部分もあったのだとは思いますが、かなり楽しめました。TVシリーズを知らなくても、十分楽しめる内容になっていたのではないかと思います。テンポも良く、社会的な問題提起もあり、ユーモラスなやり取りも笑える場面もあり、作品全体のバランスも良かったと思います。


反発しあいながらも、ともに仕事をする中で理解しあい、認め合うようになるコンビ。互いに持っているものが違うから相手の嫌な部分が目に付くけれど、その分、協力し合えるようになれば、互いに足りないものを補い合い、大きな成果をあげることもできるわけです。


TVドラマの相棒は、どちらかというと、杉下の果たす役割が大きく、「杉下&部下」という感じが強いのですが、本作の伊丹&岩月は、対等の立場にいる感じがします。他にも、大河内監察官&角田課長という異色コンビも登場しますし、本家相棒の杉下&神戸も、ちょっとですが、姿を見せ、相棒ファンへのサービスも忘れていません。


日本の国債は、その多くが日本の銀行に買われています。日本の銀行が、政府の意向に背くような行動をとらないであろうことを考えると、何があっても国債を買い支えるでしょうし、本作のような事件が起きる可能性はあまりないのではないかと思います。けれど、"起こるはずのないことが起きる"のも歴史の常。"想定外"という言い訳が飛び交った大きな天災とそれに伴う事故の起こったのがほんの2年ばかり前のこと。本当に日本の国債が暴落する事態も絶対に起きないとは言い切れないでしょうし、そう言い切るのは、あまりに人類の歴史に対する認識が薄いと言うことになるでしょう。


ある意味、私たちの中にある弱さ、欠点を抉り出している部分もあって、痛さも感じますが、それは、私たちが直視し、真剣に受け止めなければならない部分でもあります。自分自身の弱さや愚かさに向き合えない人間が本当に強くなることなどできるワケないのですから。


ラストは、中途半端な感じもしないではありませんでしたが、下手に単純な希望を持たせない形になっていたところは良かったと思います。


エンドロールが終わった後に、デカデカと「この作品はフィクションです」と表示されます。この一文に、ドキッとさせられました。


クライマックスの逮捕劇。逃げる側も追う側も、かなり超人的な走りを見せます。伊丹刑事は、普段鍛えているから大丈夫と言えなくもないでしょうけれど、対して運動もしていない普通の中年サラリーマンにしか見えない犯人があれだけ頑張るというのは、いくら捕まりたくなくて必死になっているとはいえ、ちょっと無理があるような気がしました。それに、あの部分は、相棒らしさから離れてしまったような...。


この逃走劇がもうちょっとスマートに処理されているともっと良かった気がして、その部分が残念でした。伊丹の執念を表している場面ではあるのですが、それにしてもちょっと...でした。


面白かったです。お勧め。



公式サイト

http://www.aibou-xday.jp/

魔女と呼ばれた少女

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コモナ。14 歳。少女は、これから生まれてくるお腹の中の子どもに、「魔女と呼ばれたママのすべてを話したい。」と語りかけます。平和な水辺の村で暮らしていましたが、12歳の時、村を襲撃した反政府勢力に拉致され、兵士とされたコモナ。全滅必至のゲリラ戦に出撃した彼女は、死んだ人たちの亡霊に導かれ、奇蹟の生還を遂げます。亡霊を見る力を得たことから、"魔女"と崇められるようになります。けれど、親しくなっていた少年兵に、やがては殺される運命であることを知らされ、軍隊を抜け出します。少年の故郷でひと時、楽しい日々を過ごしますが...。


コモナ。14 歳。少女は、これから生まれてくるお腹の中の子どもに、「魔女と呼ばれたママのすべてを話したい。」と語りかけます。平和な水辺の村で暮らしていましたが、12歳の時、村を襲撃した反政府勢力に拉致され、兵士とされたコモナ。全滅必至のゲリラ戦に出撃した彼女は、死んだ人たちの亡霊に導かれ、奇蹟の生還を遂げます。亡霊を見る力を得たことから、"魔女"と崇められるようになります。けれど、親しくなっていた少年兵に、やがては殺される運命であることを知らされ、軍隊を抜け出します。少年の故郷でひと時、楽しい日々を過ごしますが...。


コモナは、反政府軍に拉致される時、両親を射殺するよう命じられます。コモナが銃を撃たなければ、兵士がナタで両親を殺すと脅され...。逃げられない状況の中、両親の死を少しでも痛みの少ないものにするためには、自分が撃つしかない...。


少年兵、少女兵とは18歳未満の兵士のこと。歴史的に有名な少年兵に少年十字軍、イェニチェリ(オスマン帝国)、白虎隊や二本松少年隊など(日本)、ヒトラーユーゲント等、各国の少年志願兵などがあります。が、第二次世界大戦までは、少年兵も正規の軍人としての地位と待遇を受け、軍事教育を受けた上で正規の戦争を戦うことが一般的でした。元々、18歳より前に成人とされることも普通だったわけで、今とは、"18歳未満の少年が戦闘に参加する"ことへの感覚が全く違うとこともあるでしょう。最近、問題にされている少年兵、少女兵は、拉致されるなど強制的な形で、十分な装備や訓練もないままに使い捨てられることが一般的になっています。ユニセフは、その数を25万人と推計しています。


故郷を襲われ、家族を殺され、拉致されて無理矢理兵士にされた少年、少女たちが、どこかの村を襲って、少年兵を増やしていく。被害者が加害者となっていく酷い構造ができあがっています。コモナも、戦いに参加し、多くの"敵"の命を奪います。


親を殺すことを強要された挙句、拉致され、武器を持たされ、戦闘の全貌を知らされることもなく、ただ、道なき道を荷物を背負って歩かされ、必要な食料や物資を略奪して確保することを命じられ、戦わされる。命を削りながら、自分の生まれ育った村を破壊した敵のために戦わなければならない日々。その過酷な状況が淡々と描かれ、そのために、コモナたちを取り巻く環境の厳しさが真っ直ぐ伝わってきます。


WHO(世界保健機関)の世界保健統計(2010年)によると、コンゴの平均寿命は54歳。コモナが反政府勢力に拉致されるのは12歳の時ですが、その時には平均寿命の1/5以上を生きたということになります。同じ統計で日本の平均寿命は83歳。平均寿命に対する比率で考えるとコンゴの12歳は、日本の18.4歳ということになります。


豊かになり、平和が続き、社会に余裕ができると、人の成長が遅くなるのかもしれません。子どもらしく子どもの時代を過ごせることこそ、その社会の豊かさや安定の証左となるのかもしれません。


今、私たちが生きるこの社会の子どもたちも、それなりの困難を抱えていて、単純にコモナたちとこの社会の子どもたちを比べてどうこう言うべきでもないのでしょう。本作でも、コモナたちが、行軍の中、一瞬、穏やかな時を過ごす様子が描かれますし、コモナとマジシャンの間には愛も生まれますし...。それでも、少なくとも、子どもたちが人を殺すための武器を持つことを強要されない世界を築くための努力を大人たちは忘れてはならないのだと思います。


作中で登場する"コルタン"という黒い石。これは、携帯電話のコンデンサーなどに不可欠なレアメタルで、紛争の原因になることが少なからずあり、武装勢力の資金源にもなっているとのこと。この"コルタン"が描かれることにより、遠い国の私たちにとって想像を絶するような状況の中で繰り広げられている争いは、私たちの日常に繋がっているのだということを実感させられます。


コモナが受けた痛みに私たちは無関心であってはならず、本作で描かれる内容について知るべきなのだと思います。そういう意味でも観ておくべき作品だと思います。


妊婦としてのコモナのあまりの逞しさはあまりに超人的で、リアリティに欠ける感じもします。けれど、社会的な問題にしっかりと目を向け、悲惨な状況を描きつつも、ユーモラスな場面もバランスよく交え、希望も見せてくれる映画作品としても楽しめる作品になっていたと思います。


コモナを演じるラシェル・ムワンザ。命をかけて戦う兵士としての厳しい表情を見せつつも、時に少女らしい可愛らしさ、母親になろうとする凛とした覚悟を感じさせる表情を見せていて印象的です。



公式サイト

http://majo.ayapro.ne.jp/

穴 LE TROU

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穴 LE TROU HDマスター [DVD]/ジャン・ケロディ,フィリップ・ルロワ,ミシェル・コンスタンタン
¥3,990
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パリのラ・サンテ刑務所で1947年に実際に起きた脱獄事件を描いています。実行犯の一人、ジョゼ・ジョヴァンニが1958年に発表した小説を原作としています。また、同じ事件の仲間であるジャン・ケロディが、"3度脱獄した男"ロラン役で出演しています。


最年長のリーダー格のボスラン、脱獄のプロのロラン、無愛想なマニュ、女たらしのジョーの4人が収監されている房にガスパールという未決囚が入れられます。4人は、地下に穴を掘り進める脱獄計画を立てていて、新入りのガスパールに対して警戒していたものの、話し合いの結果、彼を仲間に入れることにします。そして、ガスパールを含めた5人は、ひたすら穴を掘り進め...。


原作の作者が実際に服役していたということもあり、囚人たちの日常がリアルに伝わってきます。


脱獄のための穴掘りについては、いくら刑務所内で工事をしていたからって、あれだけの大きな音を出せばすぐ分かってしまうでしょうにとか、ロランは何度も脱獄しているのだからもっと厳重に見張るべきでしょうにとか、数々の?を付けずにはいられませんが、まぁ、60年以上も前のオハナシ、昔は何事ものどかだったということなのでしょうか...。


服装は自由だし、規律もゆるそうな感じだし、囚人と看守の遣り取りも自然体。


監視する方ものどかなら、脱獄する方も大雑把。練りに練った計画を基に満を持して決行...というよりは、行き当たりばったりな感じがします。刑務所の構造も十分に把握できておらず、地下水道に出たはいいものの、その構造についても事前の調査はされていなかった様子。


ひたすら力技と運の良さで突き進むという感じです。イマドキのあれこれ考えられ準備をした上での頭脳的な脱獄とは違い、肉体派で、武骨な雰囲気です。

この力技の穴掘りが誰にも知られずに進められていく...という部分については、眉に唾を付けたくもなります。(この部分も実話なのだとしたら文句言えないわけですが...)それでも、展開の巧さか、見せ方の巧さか、彼らの計画が看守にばれるかどうか、ハラハラドキドキしました。


そして、ガスパールの行動。そこに至る前に面会の人が現れる場面が入れられることで、彼の心の動きに説得力が加えられます。元々、彼は、他の4人とは住む世界が違ったということなのかもしれません。彼自身が、刑務所長によって掘られた"穴"なのかもしれません。所長との面接で彼に話された内容は本当のことなのか、彼を翻意させるための所長が仕掛けた罠だったのか...。


5人の"計画"の結末が示されるシーンは圧巻。予測できる範囲の、まぁ、無難な結末であるにも拘らず、それまでの雰囲気を一瞬で変化させるインパクトのある映像になっていって息をのみました。


時代を感じさせる部分を多く持ちながら、今観ても十分に楽しめる作品となっています。

あなたへ

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あなたへ DVD(2枚組)/高倉健,田中裕子,佐藤浩市
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北陸のある刑務所の指導技官、倉島英二のもとに、亡き妻、洋子が残した絵手紙が届けられます。そこには、1羽のスズメの絵とともに"故郷の海を訪れ、散骨して欲しい"との想いが記されていました。そして、もう1枚は、洋子の故郷、長崎県平戸市の郵便局への"局留め郵便"でした。その受け取り期限まで、あと10日。洋子は、何故、その手紙を直接倉島に渡そうとはしなかったのか...。倉島は、洋子の真意を知るため、彼女の故郷を訪ねることにし...。


倉島英二を演ずるのは、高倉健。本作は、まさに、高倉健ありきの、高倉健のための映画といって良いでしょう。それ自体が悪いとは思いません。高倉健が、その価値がある俳優だとも思います。けれど、あまりに高倉健に対して気を遣い過ぎている感じがハナにつきます。寡黙で朴訥で一途で純な男性。その彼の中に秘められた情熱。そこにあるのは、"昭和のカッコ良さ"。ある意味、イメージ通りの役柄なのですが、それだけに既視感があり過ぎて、観ていて面白みが感じられませんでした。高倉健への大きすぎる配慮が、彼の本来の魅力を眠らせてしまったような気さえします。


ただ、それにしても、いくら、高倉健とはいえ、やはり、年齢を考えるとロード・ムービーは無理があったのではないでしょうか。もっと、動きがなくてもすむような役を考えるべきだったのではないかと...。大体、本作の年齢設定は、実年齢よりもかなり下ですし...。もっと、実年齢に近い設定にして、身体を使った動きが少なくてすむ役どころにすれば、リアリティのある演技となったのではないかと思うのですが...。


倉島は、旅の途中で車上荒らしや強引な弁当屋と出会うのですが、彼らとの出会いや彼らとのエピソードの展開も強引というか、都合が良過ぎるというか、リアリティがないというか...。あまりに取ってつけた感じに違和感がありました。大体、行きずりの倉島に弁当の仕込みを手伝わせるなんて、あり得ないですよね。そんな会社だから、南原も何の疑問を持たれず勤めることができたのかもしれませんが...。


ラストの展開もよく分かりません。どうして、倉島に真実が分かったのか...。それに、倉島の職業とか、それまでの彼のプロ意識を考えれば、あの行動にも疑問が残ります。


他の誰かに想いを寄せていた洋子が、倉島と結婚し、倉島とどんな関係を築いたのか、元内縁の夫の状況を考えると刑務官である倉島との結婚することに、それなりのハードルがあったのではないかと思うのですが...違うのでしょうか...。洋子の"元内縁の夫との関係の清算"と"倉島との新しい関係の構築"の物語が見えてこなくて、洋子の故郷に向かう倉島の想いが今一つ伝わってきませんでした。


倉島が感情を外に出さない上に、洋子が自分の気持ちをはっきりと表現しないので、夫婦の物語が分かり辛くなってしまったのではないかと思います。


それに、局留めで届けられた葉書もいくら何でもな内容です。わざわざ遠くまで旅をさせておいて、あれはないような...。夫である倉島に対する恨みつらみのようなものがあったということなのかと勘繰りたくなりました。


亡き妻の想い出を求めて旅をし、気持ちを整理し、一人の新しい生活を始めるためのエネルギーを蓄えていく...。面白くなる可能性が十分にある題材なだけに、豪華キャストが揃えられているだけに、こうなってしまったのは残念です。


日本映画史に残る俳優の一人であることは間違いない高倉健なのですから、これを最後の主演作とせず、今の高倉健の魅力と力を最大限に引き出せる一本に出て欲しいものです。