湖畔のひと月

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湖畔のひと月 [DVD]/バネッサ・レッドグレーブ,エドワード・フォックス,ユマ・サーマン
¥1,500
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英国のチェーホフといわれた作家H・E・ベイツの同名小説(本邦未訳)を映画化した作品。原作は未読です。


イタリア、コモ湖畔のホテルで、毎年の夏の休暇を過ごすミス・ベントリー。1937年の夏、同じ時期にホテルに泊まっていたイギリス人の客、ウィルショー少佐に心を惹かれ、予定より1カ月滞在を延長します。しかし、ウィルショー少佐は、家族で滞在しているイタリア人一家に子守として雇われていたミス・ボーモントに興味を惹かれていました。ミスベントリーは、少佐の気を引こうと策略を巡らし...。


中年...というより、初老の男女の恋物語。恋するミス・ベントリーも少佐も、なかなかのおトシにも拘らず、若々しいというか、初々しいというか...。まるで初めての恋をする乙女と少年。少佐に好意を持ちながら、ついつい本気でテニスの試合で少佐をコテンパに打ち負かしてしまったり...、それも、公衆の面前だったり...。少佐を振り向かせるためにいろいろと策を練るような熱さを見せたり...。少佐にしても、本気で拗ねたり、ミス・ボーモントに翻弄されたり...。"互いにずっと独身を通してきた男女"という設定が効いています。だからこそ、恋に対して、こんなにも新鮮でデリケートな気持ちを抱いていられるのですよね...。


まぁ、基本的にはありきたりの恋の駆け引きと、予測できる範囲の展開と、よくある結末なのですが、長い年月を単身で過ごしてきた2人だからこその臆病さと繊細さ、人生を重ねてきたからこそのしなやかな強さと静かさ、バカンスを過ごすリゾート地ならではの弾け感...、様々な要素がバランスよく組み合わさっていて、安心して楽しめる爽やかな作品に仕上がっていました。


女性が自分らしく生きることが容易かった時代ではないのだと思いますが、そんな中、知性も逞しさも運動能力にも優れたミス・ベントリーがカッコ良かったです。


舞台となっているホテルやコモ湖畔の風景も美しく、心に沁みます。


本作の舞台となっているヴィラ・デル・バルビアネッロ(Villa del Balbianello)は、元々、1787年、枢機卿、アンジェロ・マリア・ドゥリーニがフランシスコ会修道院の跡地に建てたヴィラ。1796年に枢機卿が亡くなった後、所有者は変遷し、20世紀初頭には放置されるようになったのだそう。その後、アメリカの軍人が購入し修繕。1974年、イタリア人初のエベレスト登頂の隊長を務めた冒険家、グイド・モンジーノが購入し、彼が登頂遠征の際に入手した工芸品などが収められます。モンジーノが1988年に亡くなった後は、イタリアン・ナショナル・トラストに寄付され、イタリアの主要庭園の協会、グラン・ジャルディーニ・イタリアーノの1つとなっているのだそうです。本作の他にも、「スター・ウォーズ エピソード2」、「オーシャンズ12」、「007カジノ・ロワイヤル」などのロケ地ともなっています。


そして、甘いロマンスだけでなく、そこに、時代背景が重なります。1928年にムッソリーニの独裁体制が完成。ドイツでナチスが政権を獲得したのが1933年1月。1936年7月にはロカルノ体制が崩壊。アジアでは1937年7月に日中戦争が始まり、同年11月には1936年の日独防共協定がイタリアの加入により、日独伊防共協定に拡大。1938年3月、ドイツがオーストリア併合。1939年9月1日のドイツ軍のポーランド侵攻による第二次世界手大戦開戦に向っていく時代。平穏な空気が流れるリゾート地にも、その気配は忍び寄ってきます。


様々な国の人が集うホテル。その後の大戦の敵味方の関係を思うと、作中でホテルに集っていた人々のその後について考えさせられます。


意外な...といっては失礼ですが、なかなか楽しめる作品でした。

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ヘルタースケルター

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雑誌「フィール・ヤング」で連載された岡崎京子の同名コミックを映画化した作品。かなり前ですが、原作を読んでいます。


トップモデルとして芸能界の頂点に君臨するりりこ。その美しさと抜群のスタイルの良さは、多くの人を惹きつけますが、それは、全身整形によってもたらされたものでした。美貌を手に入れるために移植医療も受けたりりこは、その美しさを維持するために、毎日、多量の薬を飲み続けながら、ショウビズの世界を渡り歩いていました。けれど、徐々に薬の副作用がりりこの身体を蝕むようになり...。


確かに、りりこは沢尻エリカが演じるべき人物だったのかもしれません。"美しさ"というものをかなりしっかりと表現できていたのではないでしょうか。ただ、一方で、屋上でなく場面など、やけに子どもっぽい感じがする場面もあり、相当の覚悟をもって自分の全てを人工的に作り変えてまで"外面的な美しさ"に執着したりりこの凄まじさが今ひとつ感じられませんでした。何だか、"美しさ"に対する執着が、おもちゃを欲しがる子どものそれに似たものになってしまっているような...。


沢尻エリカは間違いなく美しいのだと思いますが、りりこを演じるなら、もっと、狂気のような凄みを感じさせて欲しかったです。ちょっと、可愛い方向になってしまっていたというか、子どもな感じの部分を含んでしまったというか...。


りりこを演じた沢尻エリカの問題というより、りりこが何故ここまで美に拘ったかを描き切れていなかったことに原因があるのかもしれませんが...。


モデルであるりりこの撮影シーンは美しかったと思います。そして、かなりドギツク、悪趣味とも思えるりりこの部屋の内装も、人工的な美に特有のクドクドした嫌らしさが感じられ、作品の雰囲気には合っていたような感じがします。


ただ、個々のシーンや映像に美しさが感じられても、全体としての纏まりがあまり感じられず、全体的にバラバラな印象を受けましたし、バランスの悪さも気になりました。


りりこを徹底的に美しく描いた前半部分で、りりこの美への執着をしっかり描き、そのりりこの美しさへの羽田の執着を描いていれば、崩れていく後半のりりこの悲哀がもっと伝わってきたのではないかと思います。


わりとテンポの良かった前半に比べ、後半はやや中だるみ。やはり、後半のりりこの行動に説得力を持たせるための前半での仕掛けが巧くいっていないからなのでしょう。整形がばれた後の記者会見シーンでの行為も、衝撃というよりは、唐突感が強かったです。


原作が名作だっただけに難しさはあったと思います。結構、モノローグの部分が作品の雰囲気を支えていた作品でもありましたし、その部分を映画作品の中で処理するのはかなり難しかったことでしょう。それでも、この原作を映画化するなら、その辺りは、もっと意識して挑戦して欲しかった感じがします。


りりこのライバルとなるこずえも微妙です。こずえは、もっとしっかりと美人でありながらも、もうちょっと子どもな感じの外見の方が良かったのではないかと...。りりこがその美と若さに嫉妬する相手なのですから...。本作のこずえでは、りりこが嫉妬するほどのことではないような気がしてしまいます。


終盤も、これでラストかと思わされるシーンが何度か続き、次々はぐらされるようで違和感がありました。ここはもうちょっとコンパクトに纏めても良かったのではないかと思います。渋谷で検事とりりこの妹がすれ違う場面も、原作にはある、その前に2人が何度か会う場面が削られているのですから、ここも削った方が良かったと思います。でないと、あまりに唐突ですよね...。


原作が相当に傑作なので、それを映画化するというのは、本当に大変なことなのだと思います。それにしても、もう少し何とかして欲しかったような...。毒々しいまでに煌びやかな映像と桃井かおりな作品...でしょうか。沢尻エリカも確かに印象の残りますが、それは、りりことしてというより、沢尻エリカとしての部分を含めて、ですね...。


もっと、味わいの深い作品になる可能性を持っていた原作だけに、何とも残念です。



公式サイト

http://hs-movie.com/index.html

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「NARUTO -ナルト-」のTVアニメ化シリーズ10周年を記念し、原作者の岸本斉史が企画からかかわりオリジナル・ストーリーを書き下ろした劇場版第9弾。原作は未読。TVアニメは、息子が観ているのをチラチラ覗いた程度。基本的な設定についてはほとんど分かっていません。


今回は、息子に付き合って観てきました。


十数年前、木ノ葉隠れの里を守るため、ナルトの父母は命と引き換えにナルトに九尾を封印します。時は流れ、ナルトの前に死んだはずの忍の集団"暁"が現れます。迎撃に成功しまずが、喜んでくれる家族がいないことにナルトは一抹の寂しさを感じていました。一方、口うるさい母の存在を鬱陶しく感じていたサクラは両親に反発して家を飛び出します。相反するような悩みを持つナルトとサクラ。そんな2人の前に突如、仮面の男が出現。男の繰り出す術が、ナルトとサクラを襲い...。


パラレルな世界に連れて行かれたナルトとサクラ。他の登場人物の設定が原作とは違っていて、その辺りも本作のお楽しみポイントのようですが、そこを楽しめるだけの予備知識はなく、その点では残念でしたが、それでも、そこそこ楽しめました。


まぁ、ありきたりの親子の絆の物語...ではありますが、タイプの違うナルト両親とサクラ両親が巧く対比されていたりとか、さらに"現実世界"と"パラレル世界"でのキャラクターが変えられていることで、それぞれの親子関係のそれぞれの良さが表現されていたと思います。


ナルトもサクラも、自分が置かれている世界が現実のものでないと知りながら、現実の世界にはない居心地の良さを感じる場面があります。それが、現実の世界では得られないものだと知っているから、嘘の世界に浸ることの危険性を感じながらも、喜びも感じてしまう。けれど、一方で、現実の世界にしかない良さも理解できてしまう。その辺りのナルトとサクラのそれぞれの心情が丁寧に描かれ、ところどころジンときてしまいました。


ナルトの劇場版については、これまでの作品であまり良い評判を聞いたことがなかったような気がしていて、期待値が低かったこともあるのかもしれませんが、悪くなかったです。戦闘シーンもそれなりに迫力ありましたし...。



公式サイト

http://naruto-movie.com/

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ステキな金縛り

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ステキな金縛り スタンダード・エディション [DVD]/深津絵里,西田敏行,阿部寛
¥3,990
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弁護士として高い評価を得ていた父親の亡くなった後、同じ弁護士の道を歩んでいるエミは、偉大な父とは違って三流弁護士なまま。"ラストチャンス"として、資産を持つ妻を殺した容疑をかけられた男の弁護を任されます。被告は無罪を主張しますが、犯行時刻には落ち武者の幽霊に身体の上に乗られて金縛りにあっていたという彼のアリバイを証言できるのは、落ち武者の幽霊だけ...。


なかなか強引なストーリーですが、コミカルで豪華な出演陣で、それなりに楽しめました。幽霊、それも、落ち武者が裁判の証人になるという設定の奇抜さと配役の巧さが本作の魅力を支えています。ところどころ笑えましたし...。


ただ、出演者の豪華さが生かし切れているかというと疑問。


テンポの悪さとか、コミカルな部分とシリアスな部分のバランスの悪さとか、ちょっと長すぎる感じとか、後半ダレてくる感じとか、法廷でのやり取りがあまりに突っ込みどころ満載だったりとか、足を引っ張っている部分もいろいろとあっのは残念。


舞台を法廷にしているのですから、もっと、それっぽい、丁々発止の緊迫感のある対決も見せて欲しかったです。事件の真相を暴く過程も何だか安易だし...。


多分、奇抜な設定をコメディにするためには、細部まで考え抜いたしっかりとした枠組みを構築する必要があるのでしょう。そこが緩かったのではないかと思います。豪華すぎる出演陣の配分を考えることに気を取られ過ぎたのでしょうか。


面白い作品を作るために思い切り冒険したり弾けたというより、安全な路線を狙って手堅く、けれど、無難にこじんまりとまとめてしまったという感じでしょうか。

恋の罪

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恋の罪 [DVD]/水野美紀,冨樫真,神楽坂恵
¥4,935
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雨が降る中、ラブホテル街の廃墟のようなアパートで女性の死体が発見されます。事件を担当する女性の刑事、和子は、仕事に恵まれ、幸せな家庭を持つにもかかわらず、愛人との関係を絶てずにいました。謎の猟奇殺人事件を追ううちに、一流大学のエリート助教授、美津子と、人気小説家を夫に持つ清楚で献身的な主婦、いずみの2人の人物に行き当たり...。


本作を観て、「これがオンナだ」と言われて納得できる人がどれだけいるのでしょう。少なくとも、女性で本作が琴線に触れる人って少数派なのではないかと...。男性陣にとっては何かオンナの真実がつかめそうな作品なのでしょうか。かなり"オトコの妄想"っぽいような...。


それぞれの不満や焦燥感が分からないわけではないのですが、それでセックス...というのがあまりに安易。そして、さらに、セックスで何となく満足してしまうということが、ますます安易。これで、「オンナを描いた」って言われてもねぇ...。大体、セックスだけで解決できる程度の焦燥感なんて、何ほどのものでもないような...。オンナなんて、その程度の底の浅い存在なのだと言いたいのでしょうか...。


3人の女性が本作の主要人物となっているワケですが、誰もが、どこか人工的。人間の業だとか、オンナの性といったものが感じられません。刑事の和子なんて、刑事らしい仕事をする場面をほとんど見せてくれませんし、何がしたいのか、何をしようとしているのか、どうも、何だかフワフワしていてよく分かりません。


3人の中で、一番、狂気を感じさせたのは、美津子。富樫真の好演といって良いでしょう。彼女のヌードは、あまりに脂肪がなさ過ぎで美しさが感じられず、それが、却って迫力に繋がっているような感じがしました。美津子の母を演じた大方斐紗子もかなりな存在感ありました。この人を中心に据え、美津子との母子関係を中心に描いたら、もっと面白かったのではないかと...。


登場人物たちの言動は、一見、派手で衝撃的なのですが、その背景にあるドロドロとした深層心理から湧きあがってくる恐ろしさのようなものがあまり感じられないのです。かなりグロテスクな映像もあり、それが相当にリアルさを追求した作りになっているのですが、観ていて気持ちが悪いだけ。まがい物っぽくて、背筋が寒くなるような迫ってくるスリルが感じられないのです。


とてもエネルギッシュな作品なのですが、なんだか、長ったらしくて鬱陶しいだけな感じになってしまっているのが残念。和子役の神楽坂恵の巨乳だけが印象に残る作品です。いや、見事ではありましたが、それがそんなに魅力的なのでしょうか...。よく、分かりませんでした。


東電OL殺人事件にインスパイアされた作品とのこと。人間の哀しさや業といったものを深く掘り下げられる題材だったと思うのですが、全然活かせていなくて残念です。

ペントハウス

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ペントハウス [DVD]/ベン・スティラー,エディ・マーフィ,ケイシー・アフレック
¥3,360
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高層ビルが建ち並ぶニューヨークのマンハッタンでひときわ威容を誇り、天に届かんばかりにそびえ立つ<ザ・タワー>。この一戸あたりの平均物件価格5億円という65階立てのゴージャスな建物は、ほんのひと握りの超富裕層だけが入居を許される北米一の最高級マンション。そんな<ザ・タワー>居住者のスーパーリッチな日常を陰で支えるのは、管理マネージャーのジョシュをリーダーとする使用人たち。居住者のいかなる要望にも応えようと日々奮闘する彼らは、ささやかな給料で慎ましい生活を営む平凡な庶民です。その<ザ・タワー>の中でも最高級のペントハウスに住むウォール街の帝王、アーサー・ショウが全米を揺るがす金融詐欺事件を引き起こし、使用人たちの年金までも着服していた事実が発覚します。自らの大切なお金を取り戻すことを決意したジョシュと使用人たちは、ショウの隠し金を盗もうと泥棒のスライドを助っ人として仲間に引き入れて...。


厳重なセキュリティ・システムに守られた最高級住宅。そこに大金を盗むために忍び込もうとしている割には、どうも、計画が粗いのです。この手の話は、計画をたてる部分でのドキドキハラハラが醍醐味だと思うのですが、その部分が緩く、全体にダラダラとした雰囲気の作品になってしまいます。


FBIが簡単にキャスターをぶつけられて気絶するとか、完璧な割には簡単に侵入できるセキュリティ・システムとか、突っ込みどころも少なくありません。


ジョシュがペントハウスに年金の件で文句を言いに行った際に車を破壊する場面。器用に窓だけを破壊します。それは、その場面でボディーを破壊されるとストーリーの都合上困るからなのですが...。どうにもこうにも不自然で、観ていても違和感があります。


盗みを実行する場面など、あまりに荒唐無稽。ここまであり得なくするなら、もっと思い切り弾けて欲しかったような...。どこか、中途半端な感じが否めませんでした。


ジョシュと彼にいろいろな情報を漏らしてくれるFBIの女性捜査官との関係もどうも中途半端。この辺りも、もう少し丁寧に描いてほしかったところ。

後々まで印象に残るような作品ではないと思います。けれど、退屈な作品ではありません。久し振りのエディ・マーフィー。最初は、彼だと分かりませんでしたが、マシンガンなセリフは健在。ジョシュ役のベン・スティーラーはじめ、演技派が揃って見せてくれます。少なくとも、観ている間、楽しめる作品にはなっています。レンタルのDVDで一度観れば十分だとは思いますが...。

汚れた心

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フェルナンド・モライス原作の ノンフィクションを映画化した作品。原作は未読です。


第2次世界大戦終決直後、写真館を営むタカハは、妻のミユキとともにブラジル、サンパウロ州の町で暮らしていました。そこで暮らす多数の日系移民たちは情報を遮断されたままの状態におかれ、大半は日本が戦争に勝利したと考えていました。そんな折り、元陸軍大佐ワタナベが行政により禁止されている集会を開き...。


閉ざされた集団、しかも、"敵"に囲まれた集団。そんな中で、集団の生存とアイデンティティーを守ろうとする動きが凄惨な争いを生んでいきます。被害者意識は加害に転じやすく、閉ざされた集団の中では、思考はどんどん先鋭化していきがちなもの。


そして、正義は不寛容になりやすく、暴走しやすいもの。自分の無謬性を信じ込んでしまうことで、自分を疑うことを忘れ、自分を客観視する視点をなくし、違う価値観や考え方を認められなくなるのでしょう。そして、自分を脅かすような情報を全て遮断、あるいは、"敵の謀略"と解釈して切り捨てることで、自分を守ろうとします。


写真店の店主、タカハシは、極々普通の優しい良き夫でした。けれど、そんな彼が、結局は4人もの人間を殺します。特に、最初の2人は、彼に対し、何の危害を加えることもなかった人物。"No"と言うべき場面で"No"と言えなかったことが彼を殺人者にしてしまいます。これは、戦場においてもよく見られた現象でしょう。残虐な行為をした者たちも、そのほとんどは、平時にはごく当たり前の平穏な人間だったのでしょうから。


そして、夫の変化を感じつつ、その夫に対し沈黙を続けるミユキ。当時の女性たちが置かれた状況を反映しているということもあるのでしょうけれど、夫に対し批判的な視線を送ることはあっても、彼の行動を止めようとも、直接的に避難しようともしません。


もし、彼らが、世の中の情報をもっときちんと受け取れていたら、差別を受けていなければ、集団の外ともっと交流を持てていたら、身近にいて違和感を持っていた者たちが沈黙を破っていたら...事態は変わっていたのかもしれません。けれど、様々な要因が積み重なった結果、大きな悲劇が生まれます。


集団の結束を固めるために自分の考えに合わない者を排除しようとするワタナベ。けれど、それが行き過ぎれば、集団の中での信頼関係は失われ、互いに疑心暗鬼になり、却って集団の安定は失われていきます。


恐ろしいのは、これが、特殊な状況での珍しい事件ではないということ。様々な場所で、いろいろな形で、あらゆる時代に、起きてきたことで、現在も起きていることなのです。


時々、マスコミを賑わす学校での"イジメ"の問題もこれに似ています。いじめられている側が学校以外に逃げ場所を持つことができたら、集団の中で異質なものの存在を認め合うことができていれば、集団の中で起きていることが外部にオープンになっていれば、いじめる側にもいじめられる側にも属していない者が単なる傍観者にならなければ、いじめを行う側に暴走の歯止めとなる存在があれば...犠牲者を出さなくても済んだかもしれないのです。


そういう意味で、アオキの妻子やササキの妻子、ミユキの"町を出る"という選択は正しかったと言えるのでしょう。そう、勝つために戦う、負ける以外にも選択肢はあるのです。アオキが家族とともに町を出ていれば、また、展開は違っていたかもしれません。


オウム真理教に纏わる様々な事件についても本作と共通点を見出すことは容易でしょう。追い詰められた集団の中で被害者意識が究極に高まった時、何が起こるか...。


さて、では、そうした狂信的な集団に対し、外の社会はどう対応すべきなのか。少なくとも、それは、集団をますます追い詰めさらに先鋭化させることではないでしょう。そうした行為を突き詰めていけば、狂信的集団の内部で起こっていることと同じ行為をすることになってしまいます。


60年以上も前の日系ブラジル社会の問題を描きながら、現在の社会にもある問題を考えさせられる作品です。


タカハシ役の伊原剛志、ミユキ役の常盤貴子はじめ、出演陣の説得力のある演技も光ります。



公式サイト

http://kegaretakokoro.com/pc/

毎日がアルツハイマー

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アルツハイマーと診断された母との毎日を2年半に亘り記録したドキュメンタリー。




2009年9月22日に79歳の誕生日を迎えた本作監督の母、関口宏子には、酷い物忘れが目立つようになります。徐々に、引き籠るようにもなり、そんな母を心配した関口監督は、息子と離婚した夫を残し、長年住んでいたオーストラリアを離れ、日本に帰って母との同居を始めます。それからの2年半の日常をユーモラスに描きます。




自分の家族を撮り、不特定多数の料金を払う観客の鑑賞に耐えられる作品を作るというのは簡単なことではありません。あまりに家族目線になってしまうと、観客は作品の世界から疎外されている感じを受けてしまうでしょうし、長い日常を共有する家族を冷静に見ることは相当の努力を要するもの。




本作の良さは、そんな家族と自分との大変な日々の中に潜む滑稽さを巧く掘り起こしていること。この"笑い飛ばす"という姿勢がある限り、この家族は大丈夫...そう思えることで、私たちは、この苦悩深き状況にある家族の物語を"楽しむ"ことができるのです。




まぁ、もしかしたら、アルツハイマーの人の介護を現実の問題としている人から見れば、何をいまさらな内容なのかもしれません。専門医のアルツハイマーに関するコメントも取り入れられていますが、よくいろいろなところで目にする基本的な知識が中心で、それ程、目新しい情報が盛り込まれているわけでもありません。




ただ、アルツハイマー入門としては整理された内容になっていると思います。そして、アルツハイマーについて必要以上に恐れを抱かせるようなことも、介護する家族の愛情をことさら美化するわけでもなく、むしろ、大変な日々の中にも確かに存在する当たり前の日常に目が向けられ、これが、誰にでもどこの家族にでも起こりうる問題であることが伝わってくるようです。そして、幸か不幸かアルツハイマーになっても、あるいは、家族や近しい人がアルツハイマーになっても、笑顔で生きていくことができるのだと伝えてくれているようにも思えました。




なかなか楽しい作品でした。監督を取り巻く、ちょっと楽しい家族の様子も微笑ましく観ることができて、意外にもホンワカすることができました。






公式サイト


http://maiaru.com/

永遠の僕たち

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永遠の僕たち コレクターズ・エディション [DVD]/ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
¥2,980
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交通事故で両親を失い臨死体験をした少年、イーノックは、叔母と2人で生活しています。高校を中退した彼の唯一の話し相手は、彼だけに見える元特攻隊員の幽霊であるヒロシ。そして、彼は、見知らぬ赤の他人の葬式をのぞいて歩くことを趣味としていました。そんなある日、病気により余命3カ月と告げられた少女、アナベルと出会い...。


既に死んでしまっているヒロシ、死を目前にしているアナベル、両親の死の現場にともにいて臨死体験をしたイーノック。戦争、病気、事故。若く元気な命を命令に従い捧げたヒロシ、病に命を奪われようとしているアナベル、死の間際から生還したものの愛する両親を奪われ死から逃れられないイーノック。3人3様の死との関わりが描かれます。


一番、死からは遠いところにいるはずのイーノックですが、一番、死に捕らわれていたのもイーノックだったかもしれません。一時期は近づいたものの今は死と距離を開けてしまったイーノック。けれど、彼は、どこか投げやりで、将来に向かうエネルギーが感じられません。


反対に、余命3カ月の癌患者にしては、元気ですっきりしていたのがアナベル。本当なら、もっとやつれた感じとか、体力が奪われ切った感じとか、いかにも病人な感じがあるのでしょう。もちろん、名医が完璧に痛みを取り除き、体力を温存できる処置をした...という可能性も否定しきれないのでしょうけれど...。


良い意味でも悪い意味でも"若い"2人。高校を中退してブラブラしているイーノックと病院での生活が長くフツ~の社会をあまり知らずにきたであろうアナベル。それぞれの"不思議ちゃん"度の高さにしても、いろいろな出来事への対処にしても、どこか子どもじみていて世間知らず。


自分を世話してくれている叔母に毒づき、アナベルの主治医に暴言を吐き、病院で暴れ、両親の墓を破壊しようとする...まさに、大きな赤ん坊。そんな彼もあるきっかけで変わっていきます。大人になるということは、時には自分の意に沿わない対応をされても相手の気持ちを察してそれを受け入れるということでもあります。アナベルの主治医に"初めて"謝罪し感謝できたイーノックには、確かな成長が見られました。


死を中心に据えた作品ですが、重くならず、暗くならず、不思議な透明感と爽やかさに満たされています。既に死んでいるヒロシの存在が大きいのかもしれません。死の世界からやってきたヒロシの穏やかな姿を見ていると死ぬのも悪くないと思えてくるような...。


生に拘泥せず逃れられる死に無駄な抵抗はしない。けれど、生きる喜びもきちんと大切にする...そこに本作の良さがあるような気がします。生きようとする努力は大切。けれど、いつか必ず死ななければならない人間です。時として死から逃れるにはそれこそ命懸けの努力が必要。生きようとする努力が、死の前に遺されたわずかな時間の豊かさを奪ってしまうこともあります。"生を諦めずどこまでも病気と闘う"という方に向かっていない点は、本作の良さを生んでいるのではないでしょうか。


地味な作品ですが、密やかに仄かに輝きを見せています。一度は観ておきたい作品だと思います。

東京プレイボーイクラブ

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東京プレイボーイクラブ [DVD]/大森南朋,光石研,臼田あさ美
¥4,935
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舞台は東京。勝利は、地元での喧嘩が原因で、故郷を出て、東京の場末の繁華街に流れ着きます。行くあてのない彼は、昔の仲間、成吉が経営する寂れたサロン、"東京プレイボーイクラブ"に身を寄せます。一方、店のボーイ、貴弘は、同棲中のエリ子と倦怠期。浮気相手に妊娠中だと告げられ、出産費用にと店の金を持ち出してしまいます。ある日、成吉と飲みに行った勝利は、地元のチンピラと喧嘩をしてしまいますが...。


結局は、勝利が東京に来さえしなければ、みんな、それなりに平和に生活していけたのに...ってことでしょうか...。この勝利が、とんでもなくキレやすいのです。でも、ねぇ、そんなに若くはない様子の勝利です。これだけ血気盛んだったら、もうとっくに大きな事件を起こして刑務所なのではないかと...。彼が、何で、この年まで無事にシャバで過ごせたのか、よく分かりませんでした。懲りないタイプのようですし、何かやらかして捕まって刑期を終えて出所してもすぐ捕まって...という人生を歩むタイプですよね...。今回の地元での事件でも、それで捕まらないのもよく分かりませんでしたし...。捕まってしまったら、作品として成り立たないというのは分かりますが...。


三人兄弟のヤクザさんも、何だか家内工業的で今一つ迫力がありません。成吉の怖がり方に納得できないというか...。クライマックスでの銃の扱い方なんかを見ていると、怖がるほどでもないチンピラですよね...。成吉が性格的に弱い...ってことなのでしょうか...。でも、それなら、こんなところでこうした店を経営なんて難しいでしょうし...。


勝利を演じる大森南朋のキレっぷりは良かったですし、成吉役の光石研の頼りな気で人の良い感じを出しながら右往左往する辺りも味がありました。でも、作品全体の中でのそれぞれの存在感が、どこか中途半端でなんだかしっくりきませんでした。


何だか正体不明の"東京プレイボーイクラブ"の店の雰囲気は場末感に満ちていて良い味が出ていたのですが...。


ところどころ、センスの良さは光っていたのです。「ヤマトナデシコ七変化」とか「テントウムシのサンバ」とか、音楽の使われ方は面白かったですし...。


ちょっとバイオレンスで、ちょっとノワールで、ちょっとコミカルで、ちょっとアンダーグラウンドで、ちょっと切なくて、いろいろな要素を詰め込み、多方面に中途半端になってしまった感じが残念です。