ミラノ、愛に生きる

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ミラノ、愛に生きる [DVD]/ティルダ・スウィントン,フラヴィオ・パレンティ,エドアルド・ガブリエリーニ
¥4,179
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ロシアでイタリア人の男性に見初められたエンマ。ミラノで長年、繊維業を営んできた裕福なレッキ家に嫁ぎ、ただの一度も里帰りすることもなく家族のために尽くしてきましたが、子どもたちも成人し、心に孤独を感じるようになります。そんな頃、息子の友人でシェフのアントニオと出会います。その後、偶然に再会し、恋に落ちますが...。


エンマとアントニオが恋に落ちるわけですが、それが、あまりに唐突な感じ。エンマはアントニオの料理を口にして恍惚とした表情を浮かべるわけですが、料理だけで...というのは、無理やり感が否めません。本作の描き方だと、エンマが、身の破滅を招くような不倫に走らざるを得ないほど、切羽詰まった状況に置かれているようには見ないのですよね...。エンマを自分の思うような生き方に嵌め込んできたタンクレディではあるようなのですが、あまり、横暴なヤツにも悪い奴にも描かれていないので、エンマの闇が実感できないのです。


アントニオが、何故、エンマに惹かれたのか、そこがよく分かりませんでした。確かに、エンマは、年齢を感じさせない若々しさがあり、スタイルも良く、ファッションセンスも素敵で魅力的ではあるのですが...。


折角の、"年齢差不倫"もありかな、と思わせる演技者の組み合わせができたのですから、もっとそれぞれの人物像や、馴れ初めの部分を丁寧に描いていれば、説得力のある味わい深い作品になったと思うのですが、全体に、底の浅い作品になってしまった感じがして残念。エンマの心が、アントニオとの出会いにより解放されていく過程を描くのであれば、その元にあった闇をしっかり見せてもらえないと説得力を感じられません。


アントニオとエドの関係も微妙。結婚するエドですが、アントニオともただならぬ仲な気配も見せています。結婚しようとしているエドのアントニオへの嫉妬の気持ちがアントニオの母であるエンマに手を出させたということなのでしょうか。


むしろ、そういう設定にしてエンマ、アントニオ、エドの関係やそこに関わる家族を描いた方が、面白くなったのかもしれません。


ミラノを舞台に没落していく名家の姿を描く...という点では、ヴィスコンティを思わせるものもありましたが、やはり、ヴィスコンティと比較するには無理があるような...。


ただ、エンマを演じたティルダ・ウィンストンが美しい衣装を見事に着こなしている辺りは眼福です。まぁ、それだけなら、レンタルのDVDで十分だと思いますが...。

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J・エドガー

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J・エドガー Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)/レオナルド・ディカプリオ,ナオミ・ワッツ,アーミー・ハマー
¥3,980
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FBIを作り上げ、初代長官となり、50年近くもの間、長官の座にいたJ・エドガー・フーバーを描きます。


エドガーは人生の終盤に差し掛かり、回顧録を纏めることにします。部下に彼自身が口述する文章を書きとらせていくのですが、その中で、彼の人生の裏の部分も語られていきます。FBI長官を務めた48年間に入れ替わった大統領は8人ですが、その誰もが彼を恐れました。今日では当たり前とされる科学捜査の基礎を確立し、犯罪者の指紋管理システムを作ったのも彼なら、FBIを子どもたちの憧れの的にまで押し上げたのも彼。やがて、国家を守るという絶対的な信念は、そのためになら法を曲げてかまわないというほど強く狂信的なものとなります。国を守るという大義名分のもと、大統領を始めとする要人たちの秘密を調べ上げ、その極秘ファイルをもとに彼が行った"正義"とは...。


彼は、間違いなく"正義"に生きたのでしょう。そして、彼が考えるものとは違った"正義"の存在など決して認めませんでした。それは、ほとんど"信仰"だったのかもしれません。自分の中にある"正義"を信じる者は、どこまでも強くなれるもの。そして、自分自身を正しいものと信じる時以上に、自分が信じて従っている相手が絶対に正しいと信じる時、その正しさに背く者に対し残酷になれるもの。宗教間の争いが激しいものになりやすく、なかなか集結しないのは、敵も味方もそれぞれの絶対的な正義に殉じるから。


けれど、人は弱いもの。いつしか、正義を守るために得たはずの力を自分のものと思うようになり、正義と自分の境が曖昧になり、正義の小さくない一部である自分自身を守るためにその力を使うようになるものです。


エドガーの祖国を守りたいと思う心は、純粋なものだったのかもしれません。その思想や手段に問題はあったとは思いますが。けれど、彼にとっては、FBI=自分自身=国家を守る要だったのでしょう。共産主義に対するほとんど妄想とも思える強い被害者意識。彼の中の恐怖心は、次々に敵を見つけ、陥れていきます。そして、そのために手段を選ばなくなっていきます。国家のための正義は、いつの間にか、自分のための正義変わり、それとともに、力への異常とも思える執着心と周囲に向けられる強い猜疑心に囚われていきます。


敵の攻撃を遮り、身を守るために敵を脅す材料となる情報を集めていくわけですが、その量と質が半端ではありません。そこに彼の有能さと異常さが感じられます。


科学捜査、指紋管理、広域捜査といった真犯人を割り出し、逮捕するために有効な手法を確立させたのは、間違いなく彼の大きな功績でしょう。そして、その科学捜査を前面に押し出しながら、免罪説も根強いリンドバーグ愛児誘拐事件が取り上げられている点など、その功績に関わる暗部も抉り出されています。


若き日のエドガーを演じたレオナルド・ディカプリオは良かったです。年老いてからの演技も良かったのですが、老けメイクが、少々、不気味。トルソンの老けメイクも不自然でしたが...。一方、エドガーの秘書、ヘレンを演じたナオミ・ワッツの老けメイクは実に自然でした。エドガーと同じ年数分老けているのですが...。演技のことを言えば、エドガーの母を演じたジュディ・ディンチもさすがの名演です。やはり、実力派が揃えられると安心して観ていることができます。


エドガーのFBI長官時代の50年弱の物語を約2時間で描いているので、詰め込み感は否めません。全体に駆け足でせわしない感じもします。歴代の大統領、特に、ルーズベルト大統領、ケネディ大統領、ニクソン大統領との関係、中でも、ケネディ暗殺へのFBI関与の噂、ウォーターゲート事件との関係、キング牧師との関係、マフィアとの関係、特に競馬などの賭博に関すること、作中に登場するアメリカ史上で有名な犯罪者たちに纏わる事柄、リンドバーク愛児誘拐事件などについて、ある程度の予備知識はあった方が良いと思います。いずれも、アメリカ人にとっては、説明不要のこととして、その背景については特に語られていないのでしょうけれど、少々、分かりにくいかもしれません。


何と言ってもFBIに約半世紀にわたり君臨した人物。アメリカの歴史に大きな影響を与えた超有名人でありながら、その生活や趣味嗜好は謎に包まれていた人物。そこに光を当て、その功罪をバランスよく描き出したという点では評価できる作品だと思います。全体にやや単調になってしまった感じもしますが、それなりに興味深く観ることができました。


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グレイティスト

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グレイティスト [DVD]/ピアース・ブロスナン,スーザン・サランドン,キャリー・マリガン
¥4,300
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高校の最後の授業の日、ずっと片思いしてきたベネットに告白されたローズ。2人は、その日、初めて結ばれます。ところが、帰り道、2人が乗っていた自動車にトラックが突っ込み、ベネットは亡くなってしまいます。ベネットの母、グレースは、息子が息を引き取るまでの17分間に何があったのかを知りたくて意識を失った加害者の病室に通いつめます。父、アランは、家族の絆を保つために息子を喪った悲しみを必死に隠そうとします。ドラッグでハイになっていたために兄の死をきちんと認識できなかった後悔にさいなまされる弟のライアン。悲しみに暮れるブリュワー家に、ローズが現れ、ベネットの子どもを身籠っていることを告白しますが...。


両想いだったと互いに確かめ合ったその日の事故。


息子に死なれた父と母、兄を亡くした弟、そして、恋人を喪った女性。それぞれに、大事な存在を失っているわけですが、それぞれの悲しみはすれ違います。特に、同じ"親"という立場で、子どもの死に関わりながら、その悲しみを共有できずにいたグレースとアランのそれぞれのストレスは大きかったことでしょう。けれど、その苛立ちをストレートに相手にぶつけることも難しく、その矛先は、彼らにとっては"異物"であるローズに向かいます。


同じ親の子どもであり、同性であり、年齢も近いライアンにとって、兄への気持ちは複雑。自慢の兄であり、憧れの対象でもあり、嫉妬を感じる相手でもあり、競争心が煽られる存在でもあり...。それが突然、目の前から消えてしまう。


そして、ローズ。恋人とはいえ、両思いだとはっきりしてから僅かな時間しかたたないうちの事故。彼との子どもを胎内に宿しているという点においては、他の誰よりもベネットとの強い絆を持っていると言えるワケですが、彼の家族に比べると彼のことを全くと言っていい程に知りません。


本作の主要な登場人物は、誰もがベネットを愛し、彼の死を悼んでいます。本来なら、一番、彼の想い出を同じ重みをもって共有できるはずの相手。けれど、それぞれが彼の死から受けた傷が、互いを思い遣る気持ちを削いでしまったかのようです。


グレースがローズにぶつけた言葉。それは、とても残酷なものでしたが、けれど、その背景にあったグレースの心情は、やがて、ローズも実感をもって理解できるようになるはずのこと。それを想像することができたからこそ、ローズはグレースを赦すことができたのでしょう。


ベネットの死による大きな喪失感。それを自分の中にきちんと認め、その哀しさや悔しさを語ることで、初めて新しい一歩を踏み出すことができるのでしょう。そこから目を背けている限り、人の気持ちは、その呪縛から逃れられないものなのかもしれません。


人は必ず死ぬ。自分の人生も有限なら、周囲にいる大切な人たちの命にも限りがあり、私たちには、常に、自分や身近な人間の死に直面する可能性があるのです。そこから、どうやって、新しい人生を始めるのか。それは、私たちが必ず死ぬ存在である限り、私たちにとっての永遠の大きな課題なのでしょう。


グレースとアランの夫婦については、アランがグレースに押されっぱなしな感じで、演技も、ピアース・ブロスナンがスーザン・サランドンに貫録負けしている感じがして、バランスの悪さが感じられる部分があったり、ブリュワー一家とローズが和解する過程はもう少し丁寧に描いても良かったかもしれない...などはありますが、なかなか良かったです。


キャリー・マリガンの若く初々しい雰囲気が、本作に爽やかさを付け加えています。

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星の旅人たち

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眼科医のトム・エイヴリーは、妻と死別してからは、一人息子のダニエルとすれ違うことが多くなっています。ある日、ダニエルは、研究の道を諦めることをトムに宣言し、旅に出ます。その後、トムに、旅先の警察からダニエルの事故死を伝える電話がかかってきます。ダニエルは、巡礼の旅に出てすぐ事故に遭ったとのこと。トムは、ダニエルが始めた旅を受け継ぐ決意をし...。


巡礼というのは、様々な宗教で見られる行為で、日本でも古くから四国八十八ヶ所を巡る"お遍路さん"など現代に続いていますし...。それは、目的地に辿り着くための旅ではなく、歩くことそのものが大切な修行。歩きながら様々な人に巡り合い、いろいろな世界に触れ、人生について考えるのでしょう。


歩くうちに、徐々に、トムの表情が変化していきます。歩きながら、それまで知ろうとしなかった息子の想いに触れ、以前だったら受け入れられなかったであろう人々と交流し、知らなかった世界に入っていく...。次第にトムの心が開かれていっていることが感じられます。


あまりにスタスタと楽に歩いている感じは気になりました。旅を始める際に、警部が心配した通り、普通は、普段歩いていない人がいきなり歩き出したら、相当、足にダメージを受けるはず。その痛みも"歩く"という行為の意味なのだと思います。


恐らく、歩くしか移動の手段を持たなかった時代ではなく、長距離を簡単に楽に移動できる日常的に利用できる手段を持つ現代だからこそ、時間をかけて歩く巡礼の旅は大きな意味を持つのでしょう。飛行機や長距離列車を利用して簡便に目的地に行くのではなく、自分の身体を使って移動することに意味があるわけで、日々を生きるために身も心もすり減らしていくのと同じように、歩くことで体力を消耗し、足も痛めることが大切なのではないかと...。


ラストも、納得いきませんでした。旅を終えたら、日常に戻る。そこに意義があるような気がするのですが...。


少なくとも、上映中、本作を観ている間は、それなりに楽しめました。全体にドラマ性は抑えられ、演技も派手でなく、地味な作りになっています。こうした旅する作品にしては、風景の美しさもあまり印象には残りませんでしたし...。ただ、そこに却って、"巡礼らしさ"が表現されているようにも思えました。多分、大して面白くもないような道でも一歩一歩、歩みを続けることこそが巡礼の意味なんですよね。きっと。


多少、引っ掛かる部分もあるけれど、全体としてはそこそこ楽しめる作品に仕上がっていると思います。



公式サイト

http://hoshino-tabibito.com/pc/

ドラゴン・タトゥーの女

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ドラゴン・タトゥーの女 [DVD]/ダニエル・クレイグ,ルーニー・マーラ,クリストファー・プラマー
¥3,990
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スティーグ・ラーソンの世界的ベストセラー・シリーズ、「ミレニアム 」を3部作として映画化した第1弾。原作は未読です。以前、スウェーデン版が公開され、そちらは三部作のすべてを映画館で観ました。


スウェーデンを揺るがせる財界汚職事件の告発記事を書き、その相手から名誉棄損で訴えられたミカエルは、敗訴し、多額な賠償金の支払いを命じられます。そんな彼の元に、スウェーデン有数の財閥、ヴァンゲルの元会長、ヘンリック・ヴァンゲルから伝記の執筆依頼を受けます。けれど、それは表向き。ヘンリックの真の目的は、40年前に起きた実の娘のようにかわいがっていた親族の娘、ハリエット失踪事件の真相究明でした。ヘンリックは、ハリエットが一族の誰かに殺されていたと信じていました。ヘンリックに託された膨大な資料の確認を始めるミカエルでしたが、調査は難航。そんな折、ヘンリックの弁護士から、天才的な調査員であるリスベットを紹介され...。


以前、スウェーデン版が公開され、そちらは三部作のすべてを映画館で観ました。で、その後、ハリウッド版が公開された時、観に行こうかどうか迷ったのですが、がっかりさせられることの不安と日程的な難しさもあって、結局、映画館には観に行けませんでした。


で、今回、DVDをレンタルしたのですが、なかなか頑張っていると思います。かなりスウェーデン版をそのままなぞったような部分もあり、そういう意味では新鮮味は少なかったのですが、それでも、ひとつの映画作品として楽しめましたし、全体が巧く纏められていたと思います。


事件とリスベット、ミカエル、それぞれの人生、そして、ハリエットの人生。その辺りの絡み方は、スウェーデン版の方が、ドロドロとした根深いものを感じさせて、迫力があったと思います。


ストーリーが、割とテンポよく進むのですが、説明不足な印象はなく、スッキリと纏められていた感じがします。ただ、スウェーデン版を観たから理解しやすかったのか、スウェーデン版を観ていなくても難なく理解できたのか、その辺りは微妙。


スウェーデン版では、リスベットの存在感が強烈過ぎて、やや、ミカエルの印象が薄くなってしまった感のあるスウェーデン版でしたが、ミカエルを演じたダニエル・クレイグがその恰好良さでリスベットとのバランスを取っています。リスベットは、本作の方が可愛らしい感じ。ミカエルへの切ない想いが前面に出て、彼女のぶっ飛んだ外側に隠された内面を垣間見ることができます。


どちらが良いかというのは、好みの問題なのでしょう。迫力のある泥臭さを求めるならスウェーデン版、カッコ良さと切なさが好きなら本作といったところでしょうか。


映画作品としての面白さという点では、どちらも、遜色ないと思います。これは、原作の力なのかもしれません。原作も、是非、読んでみたいと思います。

トースト~幸せになるためのレシピ~ [DVD]/ヘレナ・ボナム=カーター,フレディー・ハイモア
¥3,990
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イギリスを代表するシェフ兼フード・ライター、ナイジェル・スレイターの実話を基に作られたフィクション。


家事の才能がなく、絶望的に料理が下手で、食卓に出すのは缶詰の野菜やトーストという料理下手な母親の元に育ったナイジェルは、逆に料理に興味を持つようになります。母が他界した後、父親は、新しく家政婦を雇いますが、彼女は、家事全般が得意で、特に料理の腕は抜群。特に、そのレモン・パイの味にはナイジェルも衝撃を受けます。ナイジェルは料理で父親の愛情を勝ち取ろうとしますが、メキメキと料理の腕を上げるナイジェルに、ポーター夫人も対抗心を燃やし...。


それにしても不思議なのは、ちょっとやそっとではないレベルの料理ベタな母親に育てられ、家での食事はいつも缶詰の野菜とトーストなナイジェルが料理の専門家になれるだけの味覚を磨けたこと。余程、奇跡天才な味覚の持ち主だったのか、フリーメーソンの集会で饗されるご馳走とかで磨き上げたのか...。


彼の父親も美味しい料理の味を理解しているらしきことを考えると味音痴だったわけではない様子。それなのに、妻の作る不味い食事に我慢し続けたのだとしたら、相当な忍耐力を要したことでしょう。彼のイライラの原因は、カルシウム不足とかではなく、そのストレスだったのかもしれません。そして、その苛立ちをナイジェルにぶつけてしまったのかも...。


妻の死によって不味い料理から解放された父親は、料理の腕が抜群なポーター夫人に胃袋をつかまれてしまったということなのでしょうか。


そして、その父親を巡って火花を散らすナイジェルとポーター夫人。少年の頃の庭師のジョシュとのエピソード、青年期のレストランオーナーの息子とのエピソード。ところどころに、ナイジェルがゲイであることを窺わせる描写があります。もしかしたら、ナイジェルは、愛する母の後釜に座ろうとし、自分から父親を奪おうとすることへの嫌悪感というより、一人の男性を取り合うライバルとしてポーター夫人を見ていたということを示唆するのでしょうか。彼が料理に目覚めたのも、乙女心ゆえだったということなのでしょうか。


幼い頃から母親との関係もどこかギクシャクし、父にも受け入れられている実感を持てずにいたナイジェル。母の死により、父と2人で残されても、彼が父親にとって一番の存在となることはありませんでした。その原因がポーター夫人だと受け止めたナイジェルにとって、ポーター夫人は天敵であったことは分かります。


ナイジェルの父親こそが生命線となっているポーター夫人にとって、ナイジェルは邪魔な存在だったでしょう。でもねぇ、あんなに食べさせ続けたら、その大事なオトコの命を縮めてしまうわけで...。


料理は美味しそうでした。特にスイーツ類は見事です。ただ、登場人物の描き方は何処か中途半端。ハンパなく料理下手な母親がミンスパイ作りの際には彼女にしては異様に手際が良いのは何故かとか、あまりにダメダメな父親で、母の生前には反発もしていたのに、あそこまでポーター夫人に対抗心を燃やしたのは何故かとか、もっと丁寧に背景を描いてほしかった部分もありました。そして、そもそも、ポーター夫人は、何故、あれ程の料理上手だったのか...。


スレイター家で、料理の酷さが決定的な問題とまではならなかったのは、世界的に見ても食事の美味しさに興味がなさそうなイギリスだからなのだと解釈しながら、本作を観ていたのですが、それなら、ポーター夫人の料理の腕はどこからきたものなのか...。


ナイジェルの料理への情熱にしても、これでは、ポーター夫人への対抗心の強さ故ということになってしまうような...。ナイジェルがポーター夫人を嫌う気持ちは分かりますが、でも、結局、ナイジェルが料理の才能を発揮したのはポーター夫人のお蔭でもあるわけです。そんなに冷たくしなくても...という気がしてしまいました。


もっとずっと面白くなっても良さそうな物語なのに、何とも残念。

キリマンジャロの雪

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経営不振からリストラが行われることになり、労働組合では、クジ引きで20名のリストラ対象者を選び、残りの者の雇用を守ることを決めます。組合の委員長として自分の名前をクジから外すこともできたミシェルでしたが、自分の名もリストラ対象者の中に入れます。仕事を失ったミシェルでしたが、結婚30年のお祝いとしてアフリカ旅行のクーポンと旅行資金をプレゼントされます。けれど、強盗に入られそのすべてを奪われてしまいます。やがて、強盗は逮捕されますが、犯人は、ミシェルとともにリストラされたかつての同僚のクリストフ。両親に逃げられ、幼い2人の弟の面倒を見なければならず、貧しい生活をしていたクリストフの境遇に同情したミシェルは...。


タイトルから、最初は、ヘミングウェイの小説の映画化と思いましたが、作中でも歌われている1963年にフランスで大ヒットした同名のポップスをモチーフとし、ヴィクトル・ユーゴーの詩「哀れな人々」から着想を得た物語とのこと。


ミシェルは"連帯"に生きた世代。それは、マリ=クレールもラウルも同じでしょう。それに対し、クリストフは、社会や自分を取り巻く環境に原因を求める世代ということになるのでしょうか。ラストのミシェルとマリ=クレールの選択を受け入れるのが、同じく被害者であり、しかも、かなり加害者を恨んでいたラウル夫妻だという点に興味を惹かれました。ミシェルやラウルが若い頃は、労働者が連帯することの重要性が叫ばれ、その連帯によって社会が動くことを夢見ることができた時代。けれど、クリストフたちの世代は、もはや、社会の変革のために力を費やそうと思えるほどにも社会に対する期待を抱けなくなっているのでしょう。


人生の危機に遭い、ミシェルとマリ=クレールは、かつて自分たちが描いた社会に対する夢に殉じたのかもしれません。そして、彼らより若い世代は、なかなか、彼らの行動を受け入れられない。


ミシェルとクリストフの関係にも世代間のギャップが感じられます。自分の名を解雇者のリストに入れる正義感の持ち主。公正、平等を重んじています。けれど、ミシェルの公正や平等はクリストフにとってはそうは受け止められません。引退する時期が迫っていて、子どもたちも独立し持ち家のあるミシェルと両親はなく幼い2人の弟を養うべき立場の自分を同列に置かれることには納得がいかなかったでしょう。そして、そのミシェルには、解雇手当が支給され、海外旅行の航空券や大金のプレゼント。


社会的に見れば、ミシャルだって楽ではないわけですが、そんなミシャルも、クリストフから見ればブルジョワ的存在だったのです。本当はクリストフが闘うべき相手は、ミシェルよりもずっと上の存在なワケですが、彼は、それを手の届くところにいるミシェルにぶつけます。


まぁ、これは、どんな社会においても見られることで、人は、本当の敵である大きな存在と闘うこと前に、身近にいる本来は連帯すべき相手への嫉妬に駆られてしまうもの。厳しい労働環境に置かれているフツ~のサラリーマンが、ちょっと恵まれた公務員を目の敵にする日本の現状も、ミシェルとクリストフの関係に繋がるものだと思います。


本作は、自分たちが被った損害に対し、善意をもって返そうとしたミシェルとマリ=クレールの温かさを描いたというよりは、ミシェルたちの描いていた古き良き夢にこそ現代の問題を解決する鍵があることを示したかったのではないかという気もしました。ミシェルたちの行動の背景には、もちろん、保護者を失った幼い兄弟への善意もあったことでしょう。労働者の連帯を守れずクリストフのような犠牲者を出してしまったことへの後悔もあったでしょう。けれど、それ以上に、リストラの話が出ても徹底抗戦する程に力を持てなくなった組合がそれなりに影響力を持てた時代の自分たちの闘いへの想いに突き動かされたのではないかと思います。


"温故知新"などという四字熟語を思い浮かべてしまいましたが、今の時代の閉塞感を打ち破る可能性の一つをかつての若者たちが描いた夢の中に見出た作品と言えるかもしれません。


さて、それにしても、反省のそぶりも見せないクリストフ。ミシェルへの逆恨み、社会に責任転嫁するための屁理屈。仮にそこに正当性があるとしても強盗をすれば逮捕されるかもしれず、そうなれば長く服役せざるを得ず、幼い弟たちは放置される...という後先も考えず行動してしまった愚かさ。もうちょっと反省しろとは思います。ミシェルがクリストフに謝ってしまったら、彼は、この先、何かある毎に周囲に責任を転嫁し、愚かな行動に走ることにはならないかと...。クリストフの今後は気になってしまいました。


舞台となったマルセイユ。不況に苦しむ厳しい一面を見せながらも、どこか素朴でゆったりとした空気感が良かったです。



公式サイト

http://www.kilimanjaronoyuki.jp/

マイ・フレンド・フォーエバー

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マイ・フレンド・フォーエバー [DVD]/ブラッド・レンフロ,ジョセフ・マッゼロ,アナベラ・シオラ
¥3,990
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11歳のエリックは母親と2人暮らし。ある日、幼い頃に受けた輸血によりエイズに感染してしまった少年、デクスターが隣に引っ越してきます。学校にも行けずにいたデクスターは、毎日、庭で一人遊び。やはり、孤独だったエリックは、母親から禁じられていたにも関わらず、デクスターと遊ぶようになります。新聞に出たニューオリンズの医師がエイズの治療薬を開発したという記事を見て、エリックは、デクスターを連れ出し、ニューオリンズに向かいますが...。


健康だけれど、母親からの愛を感じられずに育ってきたエリック。母にたっぷりと愛情を注がれているけれど、不治の病にかかり、世間から偏見の目で見られているデクスター。エリックは、デクスターとその母、リンダの仲睦まじい様子を羨ましそうに見ています。デクスターの目には、健康で活動的なエリックが眩しく映ったことでしょう。


まだ、エイズが手の施しようのない不治の病であった時代の作品です。HIVを取り巻く状況が大きく変わっていることが感じられます。今の目線で観ると、疑問な描写も少なくないのですが、それは、時代ゆえのこと。それによって本作の価値が減じられるものでもないでしょう。HIVのキャリアであっても、適切な治療を受ければエイズの発症を抑えることができるようになってきている今を考えると、本作が製作された1995年当時からの医療技術の進歩の目まぐるしさを実感できます。


今よりもずっと、HIVに対するきちんとした知識が普及しておらず、無闇に恐れられていた時代を考えるとデクスターを取り巻く環境の厳しさも想像できます。そして、そんな中でのエリックの友情。時に友を想う気持ちは暴走し、却ってデクスターの身体に悪影響を与えてしまいます。けれど、大いなる偏見を乗り越えた友情の純粋さは確かなもの。だからこそ、誰よりもデクスターを愛したリンダも、エリックの行為を受け入れたのでしょう。デクスターは、エリックの登場により、初めて、"対等な友人"を得たのでしょうから。


リンダは、もちろん、真剣に息子の回復を願ったでしょう。けれど、賢い彼女は、それがいかに確率の低いことかも理解していました。それなら、短い人生を"病人"としてのみ過ごさせるよりも、少年らしい楽しい時間を少しでも長く味わってもらいたいと願うことも親心。


不治の病、子ども、友情...とよくある泣かせる要素を盛り込んだ作品で、下手すれば、何の変哲もないお涙頂戴物語になってしまう危険のある作品ですが、リンダを演じたアナベラ・シオラの演技が本作の味わいを深めています。


「死んだ振り」ごっこや、エリックのスニーカーの行方など、肝心なところで、伏線が張られた時から後々の展開を読めてしまったり...といった"作り込みの弱さ"のようなものも感じられましたが、それでも、予想通りの展開にまんまと嵌ってしまいました。


現実の世界では、エリックを演じたブラッド・レンフローが夭折してしまうわけですが、そんなことも考えるとシミジミト感じられるものがあったりもします。まぁ、それは、本作自体の面白さと関係のないところではありますが...。


かつて少年だった人、そして、お馬鹿な少年たちに振り回された人たちにほのぼのとした懐かしさを味わわせてくれる作品だと思います。

悲しみのミルク

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悲しみのミルク 第59回ベルリン国際映画祭 金熊賞受賞作品 [DVD]/マガリ・ソリエル
¥4,935
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ファウスタの母は、かつて、妊娠中に残虐な行為を受けました。そして、ファウスタや彼女の周囲の人々は、ファウスタが、その時の母の恐怖が母乳を伝わって子どもに伝わる"恐乳病"という病気に罹っているのだと信じていました。ある日、母が亡くなり、その遺体を故郷の村に埋葬しようとしますが、そのためには、彼女にとってはかなり高額な費用が必要。それを稼ぐためにメイドの仕事を始め...。


冒頭で語られる"残虐行為"があまりに凄まじく、一瞬、何が語られているのか、その意味を見失ってしまう程でした。20世紀の最後の20年間、内戦状態にあり、7000人近くもの人々が殺され、その大半が農民で、先住民のインディオだったのだとか。


ほとんど言葉を発することがなく、表情も乏しかったファウスタ。彼女の表情が、徐々に柔らかく、豊かになっていきます。その変化が実に印象的でした。


世代を超えて語り継がれる悲惨な体験。けれど、受け継がれてきた憎しみの連鎖を人は断ち切ることができるはず。その受け継がれる憎しみの象徴とも考えられるジャガイモ。けれど、それは、人の命を飢饉から救う力を持つ優れた農産物でもあります。


母のような悲惨な事件から身を護るためのものであったはずのジャガイモですが、それこそが、ファウスタの身体を傷つけようとしています。彼女に想いを寄せる庭師は、彼女に鉢植えのジャガイモをプレゼントします。ジャガイモの花に頬を寄せるファウスタ。自分を護り傷つけたものを外に取出し、けれど、それを捨て去るのではなく、心を寄せる時、人は新しい光に向かって歩き出せるのかもしれません。


ファウスタがメイドとして働くのは、音楽家の女性の家。まぁ、家事などのために人を雇えるくらいの経済的なゆとりがあるわけで、その容姿から考えるとペルーを支配した層に属する人。この2人の関係には、旧宗主国側の人間と先住民の置かれた立場が象徴されています。


あまりに現実離れしている表現も多いのですが、不思議とリアルさが感じられます。少々、ゆったりし過ぎているように思われる繊細で丁寧な描写が、ファウスタの想いをしっかりと伝えてくれているからかもしれません。


悲しみや絶望に覆われる作品でありながら、映像が美しく、全体に光が感じられる作品となっています。多くを語らないファウスタの歌も心に沁みました。


ちょっと、アートな方向に偏ってしまった感じも否めませんが、なかなか印象的な作品でした。

サラの鍵

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サラの鍵 [DVD]/クリスティン・スコット・トーマス,メリュジーヌ・マヤンス,エイダン・クイン
¥3,990
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タチアナ・ド・ロネの小説を映画化した作品。原作は未読です。


パリで生活しているアメリカ人の記者、ジュリアは、夫と娘の3人で、夫が祖父母から譲り受けたアパートへの引越すことになっていました。そんな折、45歳で自分の妊娠を知ります。喜んでくれるものと信じて夫に子どもができたことを告げるのですが、思わぬ反対に遭います。子どもを産むかどうか迷う彼女ですが、ある取材で、衝撃的な事実を掴みます。それは、夫の祖父母がアパートを得た経緯にも繋がる事実でした。1942年、13000人ものユダヤ人が連行され、その大半がアウシュビッツなどの収容所に送られ殺害された"一斉検挙"。その日の朝、そこに住んでいたユダヤ人一家の長女、10歳のサラは、弟を助けようと彼を何度に隠し、鍵を掛けて家を出たのですが...。


本作で取り上げられているフランスでの"一斉検挙"を扱った映画としては「黄色い星の子供たち 」を観ています。


ジュリアは、歴史の中に埋もれていた真実を探り出そうとします。そして、彼女のその行為は、彼女の夫の家族が抱えていたものにも触れていきます。当事者たちにとっては、触れられたくない過去。冷静な判断ができるくらいに離れたところにいて、今の感覚から過去の誤った行為を責めることは簡単ですが、ただ非難するだけでは何も生まれません。きちんと事実を探り出し、他にあり得たかもしれない、そして、取るべきだった選択肢について冷静に検討することによってこそ、同じ過ちを繰り返すことが避けられるのでしょう。


けれど、特に、その当事者であった人々が身近に存在する位にしか時代を経ていない出来事について冷静に議論することは至難の技。親世代祖父母世代の行為を否定することはなかなか難しいものでしょう。だから、どうしても、「あの時代ではどうしようもなかった」「彼らだって悪人ではない」という理論に逃げてしまいがち。でも、それでは、何も新しい展開は生まれない...。


本作には、事件の当事者、被害者、直接の加害者ではないけれど利益を得た者、事実を知ろうとする者、事実から目を逸らそうとする者。様々な形の関係者たちが登場します。その辺りの描き方からも、この事件がフランスにとって大きなトラウマとなる出来事であったことを思わされます。


ジュリアは、周囲の抵抗に負けず、真実に迫っていきます。彼女のその行為は、現代に生きる人々を傷つけもしたのでしょうけれど、大きなダメージを受けこの世を去ったサラの人生を蘇らせます。身近な人間にもその真実が隠されていたサラの人生。それが、彼女に近い人々に伝えられたことで、サラは再び命を受けたといって良いのでしょう。肉体的な死の後、周囲の人々に忘れ去られることによって死者に訪れるという社会的な死。サラは社会的な死から復活を遂げたのです。


45歳にして、予想外に子どもを授かったジュリア。彼女が辛い思いをしながらも、過去にしっかりと向き合おうとしたのは、その子どもを送り出すのに相応しい社会にしていきたいという想いからだったのかもしれません。


サラは、収容所からの脱出に成功し、フランス人夫婦に救われ、結婚もし、子どもにも恵まれます。それでも、その心は救われなかったのでしょうか。彼女にも、傍から見れば幸せと思える状況が訪れます。けれど、それでも、いえ、もしかしたら、それだからこそ、彼女は弟への行為について自分を責めずにいられなかったのかもしれません。幸せを手にしたからこそ、それを得ることができなかった弟の不幸を嘆く気持ちが強くなり、罪の意識も強くなったのかもしれません。彼女の行為は悪意からのものではなく彼女の精一杯の知恵だったのに。もし、弟もともに連行されていたら、弟も殺されていた可能性は高く、そういう意味では、弟がその後の人生を楽しめなかったのは彼女の責任とも言い切れないのですが、彼女にしてみれば、背負いきれない大きな罪だったのでしょう。


そして、ラストでサラの再生の物語が完結します。ジュリアが幼い娘の名を告げるシーンが心に沁みます。


一度は観ておきたい作品だと思います。