小説「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」を映画化した作品。


郊外で暮らす主婦、美恵子は病院に検診に行き、昔の職場の後輩、かおりと偶然、出会います。どうやら、かおりは付き合っていた男にお金をだまし取られた様子。一方、広くてきれいな家に住み、甲斐甲斐しく夫と娘の世話を焼く美恵子は、一見、幸せそうですが、娘の不登校と夫との擦れ違いに悩んでいました。ある日、娘の唯一の外出先であるコンビニにパートとして働き始めます。そこで、万引きをした雪見、ロックンローラーな新子と出会い、ひょんなことからロック・バンドを結成し、レッド・ツェッペリンの名曲「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を演奏することになりますが...。


音楽についてほとんどシロ~トなおばさん4人がバンドを組み、演奏することで、それぞれの抱えたものを発散させ、一皮剥けていく。まぁ、既視感のあるストーリーです。4人のおばさんたちが抱える悩みも、それぞれありがちなもの。


ひょんな出会いから意気投合し、喧嘩し、最終的には絆をしっかり固める。これも、よくあるストーリー。


描くべきところを端折り、コンパクトに纏められそうなところを引き延ばした感じで、どうも、テンポが悪く、観ていても唐突な感じのところや、放置されたエピソードが多く、あちこちで引っ掛かって、なかなか物語の世界に集中できません。


美恵子の娘はどうして不登校になったのかとか、娘の不登校に美恵子とその夫はどう対処しようとしてきたのか、あるいは、何をしようとしてこなかったのかとか、かおりの元彼は誠実なのか不誠実なのか、何を考えているのか、一番"ロックンローラー"な新子が何故、土壇場で逃げ出さなければならないのかとか、コンビニの勝田氏は何で倒れていたのかとか...。もう少し丁寧に描いてほしかったです。


4人が喧嘩するシーンは、本作の見どころの一つのはずなのですが、"いろいろな重いものを抱えている大人の女たちの喧嘩"というより、"やんちゃな小さい男の子同士のぶつかり合い"という感じにしか見えません。相手を罵る言葉がほとんど「バカ」だけっていうのも、それこそバカっぽい。


一方、クライマックスは引っ張り過ぎ。もっとスッと演奏に入った方が、気持ちがすんなりと入れて観ることができたのではないかと思います。折角、名曲を使っているのですから、ここは、もっとテンポ良く盛り上がってほしかったです。美恵子がバンドのメンバーを紹介する場面が良かっただけに、そこでの高揚を一度覚ましてしまうその後の展開が納得できませんでした。


それでも、流石に芸達者な出演陣。ところどころ笑わせてくれますし、悔しいけれど、ウルッときた部分もありました。それだけに勿体なかったです。陳腐なストーリーであったとしても、4人のおばさんたち、それぞれの人生の悲哀や抱えているものの重さを実感させてくれるような描き方がされていれば、もっと、印象的な作品になったはず。実に残念な作品。



公式サイト

http://www.utahime-eiga.com/



ウタヒメ 彼女たちのスモーク・オン・ザ・ウォーター@ぴあ映画生活

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おとなのけんか

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トニー賞演劇部門で作品賞、演出賞、主演女優賞を受賞したヤスミナ・レザの舞台劇「大人はかく戦えり」を映画化した作品。


ニューヨーク、ブルックリン。ある日、11歳の男の子同士が喧嘩をし、一人が前歯を折る怪我をします。その喧嘩の当事者である男の子2人の双方の両親が話し合いを持ちます。最初は、穏やかに進んでいましたが、次第に白熱し、本音をぶつけ合うようになり...。


本作の原題は「CARNAGE(殺戮、大虐殺の意)」。別に作中で死人が出るわけでも血飛沫が上がるわけでもありませんが、なかなかバイオレンスです。


成程、舞台劇。最初から最後まで怪我をした男の子の家。ほとんどの部分は、その中の一室が舞台。上映時間79分という短い作品ではありますが、わずか4人の登場人物とごく限られた空間の中で、最後まで緊張感を維持させているのは、4人の芸達者の演技力の賜物でしょう。


そして、被害者の両親VS加害者の両親という構造で始まったはずの争いが、時には、男VS女の諍いに変化し、また、夫婦同士の争いに戻り...と対立の構造が変化していくところが実に面白く、よく練られた言葉の掛け合いと絶妙な間が笑いを生んでいます。


表面を取り繕おうとするのは大人の習性。それは、社会生活を円滑に営んでいくための周囲への気遣いであり、大人の分別であるとともに大人の面倒くさい部分でもあり、偽善に繋がっていく部分でもあります。感情を抑えコントロールしながら周囲と折り合いをつけていく力は必要。けれど、下手すれば、押さえつけられた本音は思わない方向に捻じ曲がり、相手をも自分をも突き刺すことになります。


エンドロールで当事者の子ども同士の"今"が映し出されます。その場面を見ると、そもそも、4人の大人が喧嘩するほどのことがあったとも思えず...。そして、彼らの喧嘩をヒートアップさせる要因の一つともなった"ハムスター"。こんなことが原因で、大の大人4人が大騒ぎしていたというのも面白いところ。このラストの纏め方は秀逸だったと思います。


そう言えば、花瓶の中に水没した携帯も無事、復活した模様。○○をかけられた画集もそれなりに何とかなった様子。


様々な部分を取り繕わなければならない大人の面倒臭さや哀しさ、愚かさが身に沁みる作品でした。一見の価値ありだと思います。



公式サイト

http://otonanokenka.jp/



おとなのけんか@ぴあ映画生活

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127時間

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127時間 DVD&ブルーレイセット(初回生産限定)/ジェームズ・フランコ,ケイト・マーラ,アンバー・タンブリン
¥4,190
Amazon.co.jp


登山家、アーロン・ラルストンの実話を基にした作品。


2003年4月の金曜日の夜、登山家のアーロン・ラルストンは、誰にも行先を告げず、ブルー・ジョン・キャニオンに向かいます。クライマーの彼は、岩壁をのぼり真面目ますが、落石に巻き込まれ、右腕を岩に挟まれ断崖で身動きが取れなくなり...。


主人公のモデルとなった実存の登山家が生還後本を書いていて、タイトルが127時間。そして、腕にのしかかった岩がどうにもこうにも動かない...となれば、5日と7時間で脱出すること、彼が脱出したのちも腕は岩に挟まれたままであろうことはすぐ推測できます。


なので、彼が127時間をどう過ごしたかということと、どのように脱出を成功させたのかということがポイントになるワケですが、クライマックスはとっっっっっっっっっっても痛かったです。基本的にスプラッター系の映像は観ないのですが、そんな私にしてみれば、史上最大の痛い映画でした。ほとんど観ることができませんでした。


で、きちんと観ることができたのは、127時間の過ごし方。今を諦めずあくまで生きようとする意欲。やはり、これこそが、"奇跡"を成し遂げた原動力だったのでしょう。もちろん、その強い生への気持ちがクライマックスの"決断"に繋がり、あの大変な作業を実行させるわけですが...。


そして、自らのこれまでを振り返り、反省する姿。


大自然に一人で立ち向かう。一人で山や岩に向き合うということは、彼にとって、厳しくとも非常に魅力的な行為だったのでしょう。そして、その厳しさを克服するという行為にこそ大きな達成感や満足があったのでしょう。


特に問題なく無事生還するという経験を繰り返していくうちに、徐々に自然の厳しさに対する構えが弱くなっていたのかもしれません。いつもの場所でいつものことをしていても、何が起こるのかわからないのが、人生なのに。数年以内にかなりの確率で大きな地震が起こる可能性のある東京に住む私たちにとっても、いつものように職場や学校に行って、無事帰ってくることは、決して"当たり前"ではないのかもしれませんが...。


日常的な行為のすぐ近くに潜む危険とそこに陥った時の対処。そうした経験の中で人に起きる変化。


一人の人間にとっては、人生を大きく変えるような忘れがたい体験。けれど、そんな人間など、それでも、ちっぽけな存在でしかないのだと実感させる見事な自然。それは、人間を生かし、そして、殺すもの。水と彼との関係も印象に残りました。命をつなぐためには不可欠な水。雨が降ってきて、天に向かって口をあける主人公。けれど、それは、すぐに、彼を殺しかねない大量の水となります。水は絶対に必要だけれど、過剰な水に囲まれたら生きていけない。自然に生かされ、自然に殺されるのが人間なのでしょう。


透き通るような青い空とそこを悠々と羽ばたいていく鳥。渓谷の壮大な風景の中で見れば小さな存在でしかない岩のために身動きできなくなり絶体絶命状態にいる人間の何と小さなことか!悪戦苦闘する主人公と彼を取り巻く悠々とした自然をうまく対比させている美しい映像が印象的でした。


ストーリーと展開が簡単に読めてしまう分、緊迫感が薄れてしまう面もありましたが、現実と回想と幻想が入り混じっていく辺り、彼の危機的な状況をうまく表現していて引き込まれました。


あまりに痛すぎるのも難点ではありますが、一見の価値ありです。



127時間@ぴあ映画生活

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岳-ガク-

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岳 -ガク- DVD通常版/小栗 旬,長澤まさみ
¥3,990
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石塚真一の同名漫画を映像化した作品。原作は未読です。


北アルプス山系が舞台。島崎三歩は、こよなく山を愛する登山のエキスパートで、よく、ボランティアで遭難者の救助に当たっていました。長野県警山岳救助隊に配属された椎名久美は、三歩と出逢い、その大らかすぎる人柄に戸惑いながらも、多くのことを学でいきます。そんな時、猛吹雪の冬山で多重遭難が発生し...。


三歩が信じられい程の超人的な力を発揮します。並外れた大らかさと明るさが光りますが、一方、あまりにあっけらかんとし過ぎた感じに描かれ、ずっと山での生活を続けている割には見かけが爽やかで清潔感に溢れ、今一つ、しっくりとこない感じが残ります。


そして、久美。いくら新人だとは言え、これではねぇ...。本人のセリフでも、その点が主張されていますが、普通、こうした人命にかかわる仕事をする専門職の場合、正式に隊員として働くようになる前に相当の訓練を受けているはず。その割には、あまりに、素人っぽいのですよね...。特に、"冷徹な"命令に対する態度とか。大体、体格的に無理があり過ぎて、違和感あります。助けられる方も、あの体格の隊員が来てくれても不安ではないかと...。


まぁ、原作を読んでいないので、その辺り、どの程度原作に忠実になっているのかは分かりませんが、"元が漫画なのだから仕方ない"と言うべきなのかどうか...。


他にも、あんな極寒の雪山の中で顔丸出しでいいのかとか、サングラスもゴーグルもなしでは目が真っ赤かになるだろうとか、まぁ、いろいろありますが、映画でそれなりの俳優の登場となると顔を隠し続けるわけにもいかないという大人の事情なのでしょうか。


山の景色は綺麗だったし、まっさらな一面の雪景色の中、三歩が初めての足跡をつけて進んでいく映像など、眩しく印象的。山の様々な厳しい面を見せつけられてもなお、山が魅力的に感じられるような映像です。


もっとエピソードを絞って、個々の人物描写をしっかりしていれば、物語に深みと重みが出たと思うのですが、三歩をはじめ、登場人物の描き方が浅く、これなら、TVのドキュメンタリーでも見る方が楽しめるのではないかと思えてしまいます。


映像は綺麗で自然の大きさを感じさせてくれるし、突っ込み不足感は否めないもののそれなりに厳しい現実を見せてくれている場面もありますし、演技陣もそれなりに頑張っているとは思います。良い要素もいろいろと持ちながら、それが生かされていないことが何とも残念。


レンタルのDVDでながら見するには悪くない作品ではあると思います。



岳 -ガク-@ぴあ映画生活





狂気の行方

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狂気の行方 [DVD]/マイケル・シャノン,ウド・キア,ウィレム・デフォー
¥3,990
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アメリカで実際に起きた実母殺害事件をもとにした作品。


アメリカ、サンディエゴ。元俳優のブラッドが母親を殺し、何者かを人質に取って立て籠もるという事件が発生します。その知らせを受けたハヴェンハースト刑事は現場に直行。ほどなく駆けつけた男の婚約者、イングリッド、彼が所属していた劇団の演出家の2人とともに、男の説得に当たります。その中で、2人から男が狂気に至る過程を聞き...。


何が、ブラッドを狂わせたのか?イングリッドや隣人は、彼がペルーへの旅行から帰ってから変わったと言います。ペルーでの旅で訪れた大渓谷と激流。それは、本作の監督であるヘルツォーク監督作品「アギーレ・神の怒り」の冒頭にも登場。そして、友人たちの死。あまりに大きな自然と対峙した時、その力の大きさを見せつけられた時、その出会いをあまりに真摯に受け止めてしまったら、人は正気を失うということなのでしょうか。


男が劇団にいた頃、公演していた演目がアイスキュロスの「オレステイア」。娘を神に生贄としてささげ出兵したギリシャの総大将アガメムノンの妻が、娘を殺した夫に復讐し、息子のオレステースを追放。やがて故郷に戻ったオレステースは父、アガメムノンの復讐のため母を殺害。オレステースは裁判にかけられますが、無罪放免となりギリシャに安定がもたらされるという話。そう、"母殺し"の話なんですね。娘を生贄にした夫への恨みがあったとはいえ、同じ恨みを持つ男と共謀して父親を殺し、息子のことも追い出したアガメムノンの妻と本作の母親では、やや、趣が異なりますが、ブラッドにとって、母は、彼の人生の一部を奪った人間だったのかもしれません。


そして、オレステイアは、何代にもわたる復讐の歴史を締めくくる存在として登場します。ブラッドは、母親を殺すことによって何を終わらせようとしたのか...。


ブラッドの精神の均衡を崩す原因となったのは、役にのめりこみすぎたこと、大自然との出会い、そして、絶対者である神の存在...といったところでしょうか。


作中でヨブ記に言及されていますが、ヨブ記もオレステイアも、人間が神の意向に翻弄される物語であることが共通点でしょうか。一神教であるユダヤ教やキリスト教においても、多神教であるギリシャの世界においても、神はちょっとした気紛れ(としか思えないようなことで)人間の運命を大きく動かす存在なのでしょう。それ程、人間は小さくか弱い存在だということなのかもしれませんが...。


ブラッドを演じたマイケル・シャノンが狂気を見事に表現していて印象的です。そして、その母親を演じたグレイス・ザブリスキーも、息子を溺愛する母の怖さを見せてくれます。本作の原題は「MY SON, MY SON, WHAT HAVE YE DONE」。息子に刺された母が残す最後の言葉です。作中では、この言葉は隣人の証言という形で語られますが、これは、グレイス・サブリンスキーに言って欲しかったです。


ハヴェンハースト刑事がイングリッドやルロイに主人公の過去の話を聞く場面と過去を回想する場面が交互に繰り返されるのですが、現在が、専ら、過去を聞くことだけに費やされ、現場での刑事と犯人の遣り取りなどがおざなりで緊迫感に欠けます。逮捕の瞬間もあっさりだし。もう、過去の回想は十分にしたからいいよね...という感じの終わり方で気になりました。


面白くはないし、正直、眠気を誘われるし、集中力が削がれる作りになっていますが、ところどころ心に引っ掛かる部分があって、観終えた後まで尾を引く作品になっていました。この手の"分かりにくさ"は嫌いではないのですが、本作を観るために映画館に行って1800円払う気になれるかというと疑問です。ただ、レンタルのDVDなら、たまには観たくなる類の作品です。



狂気の行方@ぴあ映画生活

マイティ・ソー

テーマ:
マイティ・ソー [DVD]/クリス・ヘムズワース,ナタリー・ポートマン,浅野忠信
¥4,179
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1962年に発表され、約50年も人々に親しまれているアメリカン・コミックス「マイティ・ソー」を映画化した作品。


神の世界、"アスガルド"の王・オーディンの息子である戦士ソーは、選ばれた者しか持つことのできない伝説の武器"ムジョルニア"を手に、最強の戦士としてその力を誇っていました。けれど、その傲慢さから、氷の巨人の世界へ身勝手に攻め込み、アスガルドを戦乱の危機に陥れてしまいます。その行為に怒ったオーディンはソーの力とムジョルニアを奪い、地球へと追放してしまいます。地球の荒野で目覚めたソーは、天文学者ジェーンとの出会いにより人間の痛みや弱さを学び、彼女に心を奪われていきます。一方そのころ神の世界では、ソーの弟、ロキがアスガルド征服を狙い、陰謀を企てていました。ソーの護衛であったホーガン、ヴォルスタッグ、ファンドラルの三銃士は、国家の危機をソーに伝えるため地球へやってきます。しかしロキは、破壊者デストロイヤーというマシンをソーに向けて放ち...。


その力ゆえに傲慢になっていた者が、試練の中で己の本当の力を自覚し、限界を知ることで、謙虚さを持つようになる...というのは、まぁ、よくあるストーリー。王位継承を巡る兄と弟の葛藤とか、出生の秘密とか、よくある要素が散りばめられ、どこかで見たようなお話ができあがっています。


あまりに違う文化を持ちながら言葉は通じてしまうけれど、その割には地球(というかアメリカ)の風習がわかっていない様子とか、ソーとジェーンの恋があまりに唐突に始まってしまうとか、"ジェーン、チーム"は、それぞれ、それなりに個性的なのに、"ソー、チーム"は、今一つ、キャラクター設定が曖昧になっているとか、三銃士が対して役割を果たしていないような感じがするとか、ロキが何をしたかったのかよく分からないとか、クライマックスの戦闘場面など、もう少し、しっかりと作ってくれてもよかったのではないかとか、そんなこんなもありますが、テンポよく話が展開し、それなりに観ることができます。


ソーの"改心"の仕方もあまりに簡単な気もしましたが、結構、素直で単純なところが由緒正しき家柄のお坊ちゃまってところでしょうか。単純で、変に捻くれたところもなくて、良くも悪くも、アメコミのヒーローなのでしょう。


三銃士の一人、ホーガンを浅野忠信が演じていることでも話題になりましたが、浅野忠信はどこへ行っても浅野忠信なのだと実感した作品でもありました。


特に印象的な作品とも言えませんが、悪くはなかったと思います。



マイティ・ソー@ぴあ映画生活

9.11アメリカ同時多発テロ。オスカーは、この事件で父を喪います。けれど、彼の父親の遺体は発見されず、棺は空のままで埋葬されました。オスカーにはそれが欺瞞に思え、そうした葬儀を行った母に不信感を抱きます。父の死を受け入れられないままに日々を過ごしていたオスカーは、ある日、死後もそのままにされていた父の部屋で棚の上に置かれていた青い花瓶を割ってしまいます。その中から出てきた"Black"とだけ書かれた封筒を開けると小さな鍵が入っていました。その鍵が父から自分に遺されたものだと直感したオスカーは、その鍵で開くことができるはずのものを探し始めますが...。


突然の父の死。そして、オスカーにとっては理解できない父の死への母の対応。そんな中で自分の気持ちを処理できずにいたオスカーのもとに舞い込んできた鍵。オスカーはそれを父からのメッセージと信じてその正体を突き止めるための冒険を始めます。


アスペルガー症候群を疑われている彼にとって、見知らぬ場所に会ったことのない人を訪ねて必要な情報を聞き出すという作業は、まさに大冒険。その"調査"を敢行するためには、様々な困難を乗り越え、苦手とすることに挑戦し続けなければならないのです。そして、彼にすれば十分な必要性と意義のある行動も、人によっては傍迷惑な行為でしかありません。受け入れられたり、慰められたり、拒絶されたり...。その中で、彼は、世の中にはいろいろな人がいて、同じことでも人によって受け止め方は違うということを学んだはず。一方で、その多様さは彼を混乱させたことでしょう。様々な出会いについて、"間借り人"にものすごい勢いでぶちまけるシーンが印象的でした。


まぁ、よくある成長譚ではあります。親を亡くすということは、子ども、特に小さな子どもにとって大きな悲劇。けれど、それによって、子どもの成長が大きく促されることも確か。保護してくれる存在を失うことは、自分の中に眠っている力を目覚めさせるチャンスを得るということでもあるのです。


"間借り人"が登場し、本作は、俄然、面白くなります。彼の存在が、本作のオリジナリティを生んでもいるのでしょう。オスカーがアスペルガー症候群なのであれば、"間借り人"の筆談というコミュニケーション方法は、オスカーにとって音声言語によるコミュニケーションよりも受け入れやすいもので、そのことが、オスカーに"間借り人"の存在を近しいものとしたのかもしれません。掌の"Yes"、"No"がオチャメでした。


少なくとも日本では、アスペルガー症候群の人で公共の交通機関が大好きな人は多いのですが、オスカーがそうではなかったのは、アメリカの公共交通機関が日本の公共交通機関のように正確な時間で運行されないからなのでしょうか?


オスカーは、やがて、鍵の正体を知ります。それは、彼の想像とは全く違ったものでした。恐らく、オスカーの父は、その存在を知らないままだったことでしょう。その鍵がオスカーの手に渡るまでにはいくつかの偶然が重なっていました。


人生は、思わぬ偶然や奇跡に彩られている。偶然も奇跡もオスカーにとっては苦手な部類のものでしょう。けれど、彼は、そんな思いがけない成り行きの中に、輝きがあり、慰めがあるかもしれないことを知ったのでしょう。そして、思ってもいなかったところに彼に対する愛があり、彼を守ろうとする手があったことも。勇気をもって踏み出せば、きっと新しいものと出会い、何かを得ることができるのです。


特に前半部は、テンポがあまり良くなく、メリハリがなくモタッとした感じで、集中力を維持しにくかったですし、全体に、少々突っ込み不足な感じはしますが、オスカーを演じたトーマス・ホーンの好演が本作の印象を引き上げています。


観ておいて損はないと思います。



公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/extremelyloudandincrediblyclose/index.html



ものすごくうるさくて、ありえないほど近い@ぴあ映画生活

チェルノブイリ・ハート

テーマ:
チェルノブイリ・ハート [DVD]/出演者不明
¥3,990
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1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の爪跡に苦しむ人々の姿を追ったドキュメンタリー作品。


チェルノブイリの周辺地域では、今も、新生児の85%が何らかの障害がを持って生まれてくるとのこと。先天性の重度の心臓の奇形がある“チェルノブイリ・ハート“で生まれてくる子も少なくなく、親に捨てられるケースもあるそうです。孤児院で生きる子どもたちの姿を追います。


確かに、衝撃的ではあります。障害を持って生まれる子どもが85%ということは、健常で生まれてくる子どもが15%ということ。


難しいのは、この子どもたちの障害がすべてチェルノブイリ原発事故のせいかどうかということ。特に問題がないと思われる環境の中でも一定の割合で先天性の障害を持つ子どもは生まれてきます。作中に登場する病院や施設の子どもたちの障害の原因も原発事故ばかりではないでしょう。


放射のによる影響もあるでしょうし、原発事故の影響による経済的な問題とかストレスとか生育環境の悪化が原因となっている場合もあるでしょうし...。


放射能が人間の身体にどういった影響を与えるのか。その点については、様々な見解があり、しかも、その背景には学問的な真実だけではなく政治的、思想的な影響が反映され、データ等の解釈が捻じ曲げられていることを考えると何をどう受け取ってよいのか迷いもします。


子どもの頃、「雨には放射能が混じっていて濡れるとハゲの原因になるから傘をさした方がよい」などと言われていたのを覚えています。アメリカやソ連(当時)が地上で核実験を盛んに行っていた時です。アメリカはともかく、ソ連の核実験の影響は日本にも及んでいなかったのか...。当時、街中で放射線量を計測していたら、それなりの放射線量が検出されたのではなかったのか...。知らなかっただけで、放射線による障害を受けていたのかも...。などと思うのですが、どうなんでしょう。


まだまだ未知のことが多く、それ以上に、データの取り方、解釈の仕方が恣意的に行われやすいこの分野。それだけに、衝撃的な子どもたちの姿を見せるだけでなく、冷静な事実の分析をしてもらいたかった気がします。


衝撃的な映像で人の注意を喚起するという点では意味のある作品なのでしょうけれど、今は、そこを超えて、その現実をどう捉え、それにどう向き合い、どう対処していくかということを考えていくべき段階にきているのではないかと思います。


映画作品としてのまとまりにも欠けている気がします。これなら、ちょっとしたTVのドキュメンタリー番組の方が見応えあるのではないかと...。



チェルノブイリ・ハート@ぴあ映画生活

ブラック・スワン

テーマ:
ブラック・スワン [DVD]/ナタリー・ポートマン,ヴァンサン・カッセル,ミラ・クニス
¥2,990
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ニューヨーク・シティ・バレエ団では、「白鳥の湖」の公演を行うことを決定。芸術監督、ルロイの意向で、純真な白鳥と邪悪な黒鳥を同じダンサーが演じることになります。その才能を評価されてきたソリストのニナは、白鳥の踊りについてはルロイからも好評化を受けていましたが、黒鳥はできないと彼が求める黒鳥の妖艶さは表現できないと指摘されます。けれど、積極的な売り込みのかいもあり、「白鳥の湖」のプリマを勝ち取ります。稽古が始まり、強いプレッシャーを感じるようになったニナは、次第に追い詰められ...。


まぁ、どこかで聞いたようなストーリーで、観たような作品ではあります。


ニナも、こんなに弱くて、どうやってここまでやってこれたのだろうという気もします。役を欲しいとロイに迫る強さとプレッシャーに押しつぶされ自滅していく弱さ。この辺りのバランスの悪さも、「ローザンヌなどで賞を取って初めて一流のバレエ団に入ってそれまでとは違った世界でプレッシャーを感じる」というような設定ならわかるのですが、仮にも、世界的にも有名なバレエ団でソリストやってきたのですからねぇ...。いくら、初めてのプリマで、自分の中にないようなものを求められているとはいえ、ここまでといのは、違和感ありました。本作が似ていると指摘されている今敏監督の「パーフェクトブルー 」は、アイドルから女優への転身でしたから、納得できたのですが...。


そして、肝心の舞台。黒鳥の踊りは大成功という設定のようですが、あれが"妖艶"なのでしょうか...。どちらかというと、"鬼気迫る"というか"ホラー"な感じを受けましたが...。王子は、黒鳥に魅入られるというより、怖くて逃げられなくなるのではないかと...。愛をもって人を支配するのも、恐怖によって人を支配するのも、そうたいして変わりはしないってことなのでしょうか...。


弱々しさを感じさせていたニナが、その弱さゆえに、コワ~イ女になってしまうという展開。「(男は)強くなければ生きられない」という言葉もありましたが、女だって生きるために強さは必要。こうした弱さは、自分自身を追い詰めて傷つけてしまうということなのでしょう。


本作に登場する女たち。ニナの母もベスも怖かったです。過去を栄光から離れ引退を迫られるベス。ニナに依存しながらも支配したい母。2人の心の中にも不安と恐怖があったのでしょう。そして、ニナの妄想に現れるリリー。このリリーの本心がどこにあるのか、どこまでがリリーの事実で、どこからがニナの妄想なのか...。ここは、もうちょっとコワ~~~くして欲しかった感じがします。妄想の部分にやや違和感があり、現実味が薄れているために、少々、はくりょっくに欠けたような...。リリーがニナの家に泊まるシーンも、外泊の方が現実と妄想の境を曖昧にしたと思うのですが...。


ラストのバレエの舞台も、もっとバレエとしての迫力が欲しかったです。何もあえてバレエを題材にする必要はなかったような...。演劇とか映画とか、女優として役柄が設定されていれば、作品としての迫力が増したのではないかと思います。それでは、"「パーフェクトブルー」実写版"になってしまうってことでしょうか...。



ブラック・スワン@ぴあ映画生活

海炭市叙景

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海炭市叙景 (小学館文庫)/佐藤 泰志
¥650
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著者の出身地である函館がモデルと言われる"海炭市"を舞台にした18編の連作短編。


炭鉱を解雇された青年とその妹、首都から故郷に戻った若夫婦、家庭に問題を抱えるガス店の若社長、あと二年で停年を迎える路面電車運転手、職業訓練校に通う中年男、再開発のため立ち退きを迫られる猫と暮らす老女、競馬にいれこむサラリーマン、妻との不和に悩むプラネタリウム職員、海炭市の別荘に滞在する青年...。


地方都市、海炭市に生きる人々の姿が描かれます。


以前、本作を映画化した同名作品 を観ました。寂れゆく都市の希望の見えない寒々しさが見事に表現されていながら、映画作品としては今一つ面白みに欠ける残念な作品でしたが、原作は読んでみたいと思いながら、時が過ぎ...。


ついに読みました!


良かったです。映画よりずっと。そこそこボリュームのある作品を映画化することの難しさが感じられます。1編1編は文庫本で20ページ前後の短編。けれど、18編を読んでこそ見えてくるものもあります。海炭市という都市の姿。というよりも、全く違う趣味嗜好を持ち、違う人生を歩み、異なる環境で生活する、おそらくはその人生において触れ合うことのない者同士が暮らす都市の姿。


それは、日本のどこにでもあるかもしれない都市。もしかしたら、世界の様々な場所にあるかもしれない都市。


かつては造船と炭鉱で栄えていた街が時代の変化に伴い寂れていく。「驕れる者久しからず」と言いますが、都市の繁栄も永遠に続くものではなく、産業の盛衰も移り変わっていくもの。かつて繁栄を極めた都市も今は寂れ、今、栄えている大都市もいつかその力は衰えていくのでしょう。


そして、そんな寂れゆく都市にも多くの人間の生活があります。衰退していくからといって、簡単に他のところに移れる人は多くないでしょう。人には家族があり、生活があり、仕事があり...。なかなか思うように自由にはなれないもの。


本作には明確な希望は描かれませんが、なかなか光の見えにくい日々を、それでも懸命に生きる人々が数多く登場します。どんな都市であれ、そこには、決して少なくない人々の生活がある。そんなことを実感させられる作品でもあります。


読み終えて、当たり前の人々の生活がいとおしくなり、その人々の存在によって成り立つ"都市"への愛着が感じられるようなそんな作品です。


お勧め。