ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ

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ワグ・ザ・ドッグ~ウワサの真相 [DVD]/ダスティン・ホフマン,ロバート・デ・ニーロ
¥1,500
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フィクションなのですよね、一応。けれど、いかにもありそうな話ではあります。世の中にいろいろと流れている陰謀話にもありそうな、それっぽいお話。


何せ、世界に大きな力を行使できる立場であるアメリカ大統領のイスを手に入れるためなのですから、相当な労力を払う価値はあるということなのでしょう。そう、人間の命の一つや二つ、どころか、余所の自分たちにとってあまり影響のないような国ひとつの存亡をかける価値がある...と本気で考える人々がいてもおかしくない気がします。


で、スキャンダルのもみ消しのために、戦争までしてしまうというお話。こんな理由のために、ここまで...という気もしますが、けれど、様々な利権や儲けのためとしか思えないような形で戦争が引き起こされる例は沢山あるわけで...。


要するに、権力の中枢にある者たちにとって、他国の人間の命や生活など取るに足らないもの...であるどころか、自国の人間の命さえ大して価値のあるものではないということなのでしょう。そう、権力者たる者、例え、多くの国民の命を犠牲にしても、その目的と理由を示せれば、英雄になることができるのですから。


で、本作は、そんな状況の中でスキャンダルからの目くらましをプロデュースする側の物語です。


一世一代の大仕事。大きなものを動かし世の中を変えていくような仕事。大きなやりがいを感じることができ、まさに、仕事冥利に尽きるといったところでしょう。多分、やり遂げた時の達成感もひとしお。


それだけにクレジットは入れたいところだったのでしょう。その心情は分かる気がします。知恵を絞りだし、渾身の力を込めた大きな仕事。しかも成功した仕事。これぞ、自分の仕事だと誇りたい。


それなのに、それは許されません。自分の仕事だと明らかにすることができないばかりか、それが誰かの仕事だったと公にすることすらできないのですから。その最大のタブーを冒そうとした時...。


大事な時に大きなスキャンダルを起こす大統領の愚かさ、それでも、自分のためにもそれを隠蔽しようとする側近たちの狡猾さ、裏の仕事の危険性を知らなかったわけではないのに才能のはけ口を求めてしまうプロデューサーのさが、それぞれの抱えるものがコミカルに描かれています。


途中から、それにしても、ちょっとやり過ぎになってしまうのは残念ですが、このくらいまでやっておかないとリアルな感じになり過ぎてしまって、各方面から苦情や抗議がきてしまったりするのかもしれません。その辺り気遣いがあったのでしょうか。


ちょっとブラックでスパイシーな感じで、テンポよく楽しめる作品でした。



ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ@ぴあ映画生活

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ヒミズ

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古谷実の同名コミックを映画化した作品。原作は未読です。


15歳の住田祐一の願いは“普通“の大人になること。彼の同級生で同じく15歳の茶沢景子の夢は、愛する人を守り、そして守られて生きること。そんな2人の中学生の日常が、ある事件をきっかけに180度変わってしまいます。罪を犯し、破滅へと向かう住田を茶沢は救おうとしますが...。


相変わらず痛いです。園子温監督作品らしいと言うべきでしょうか。とにかく殴る蹴る。肉体の奥まで染み込むようなやり取りをしないと人と人は関わり合えないということなのでしょうか。兎に角、殴り合います。明確に争う理由のない時でさえ、ちょっとしたゲーム感覚で叩き合います。


かなり悲惨な状況におかれている中学生2人。住田祐一と茶沢景子。


祐一は貸しボート屋の息子。父親は金を取りに帰る以外は家を空けたまま。母親は男との情事に夢中。彼の最大の夢は普通になること。というより、自分が普通であると思い込んで、現実の悲惨さから身を守ろうとしている様子。


景子は祐一に密かに恋心を抱いていて、何かと彼にまとわりつきます。そんな彼女も母親に自殺しろと迫られています。


そんな中で育ってきたにしては、きちんとした感じの2人。祐一はホームレスな人々との輪を保つことで、景子は祐一に関わることで、一人であることから免れています。


2人とも引き籠ってはいません。引き籠れるほどの贅沢は許されない状況にあるということなのかもしれませんが、取りあえず、他人との関係を繋いでいます。


ただ、祐一は、物理的には他人との関係を維持していますが、彼の人生は彼独自のルールの下にあり、閉じられています。けれど、景子がそこに強引に侵入し、彼の人生は外に開かれることになります。独自の世界を破られることへの抵抗と祐一の心の奥底に潜む生に向かう気持ち。そのせめぎ合いが伝わってきて、殴る蹴るの描写とともにヒリヒリした感じがしました。


東日本大震災と絡ませた設定は原作とは変えたところのようですが、私たちが拠り所としていた社会の大きな一部が破壊されるというできごとと本作で描かれる破壊と再生の物語がリンクする感じがしました。


暴力的な描写は、どうも、好きになれないのですが、それでも、観終えてある種の清々しさが感じられる手応えのある作品でした。多分、人は、例えそれが殴り合い蹴り合いであろうとも、誰かと繋がらなければ生きていけないし、暴力的なおせっかいでも、他人の支えは必要だということなのでしょう。


一度は観ておきたい作品だと思います。



公式サイト

http://himizu.gaga.ne.jp/



ヒミズ@ぴあ映画生活

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預言者

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傷害罪で禁固6年の判決を受け、コルシカン・マフィアが支配する中央刑務所に収監されたアラブ系の19歳の青年、マリク。彼は、ある日、コルシカン・マフィアのボス、セザールから殺しの依頼を受けます。要求をのまなければ殺されるという状況の中、迷いながらも殺人を実行します。無学で本を満足に読むこともできなかったマリクは、徐々に知識を身につけ、経験を積み、過酷な環境の中で生き延びる力を育んでいき...。


コルシカ人とアラブ人と黒人と...。人種、民族、宗教の違いによる反目。ほとんど外の社会の縮図となっています。そして、閉じられた狭い空間になっているだけに、外の社会以上に、いろいろな問題が濃縮されて現われている感じがしました。


セザールに見出されてしまったマリク。生きるためにはセザールに従わないわけにはいかず、セザールの意思に翻弄されます。けれど、マリクは賢かった。次第に、自身の能力を磨き、アラブ人でありながらも、コルシカ人のセザールのもとで、存在感を出していきます。


けれど、セザールにとって「アラブ人はアラブ人」。民族の壁などそうそう乗り越えられるものではないことを思い知らされる時がやってきます。マリクは、いくら努力しても、コルシカ人にとっては異質の存在。きっと、セザールは、彼がマリクに投げつけた言葉の威力を理解することはなかったでしょう。足を踏んだ者と踏まれた者の差がそこにあります。


マリクが賢かったのは、セザールのもとでは"コーヒー係"に徹したこと。そこに疑義を抱きながらも、マリクに対して必要な警戒を怠ったのは、セザールの奢りなのでしょう。


反発しあうグループ間で、マリクはしたたかに生き残り、それだけではなく、大きな力を獲得していきます。刑務所に収監された時から、徐々に変貌を遂げていくマリクの表情と態度。そこには、確かな成長を見て取ることができます。どんな環境にあっても、人は、成長できる可能性を持っているのかもしれません。

けれど、彼のしてきたことは、やはり、犯罪。外に出た後、彼に、堂々と太陽の下に出られるような形で明日が開けるのか...ということになると、はなはだ疑問ではあります。けれど、セザールに魅入られてしまった彼に、他に生きる道はあったのか...。実社会の中では、やはり、マイノリティのマリク。前科があるということになれば、なおさら、堅気に生きることは難しいもの。例え、厳しくとも、その道で人生を支えていくしかないのかもしれません。


手放しでハッピーエンドな終わり方をする作品ではありません。けれど、裏社会で生きていくことになるであろう、そして、犯罪と縁の切れないであろうマリクを応援したくなってしまうような作品です。


地味な扱われ方をしている作品ではありますが、一見の価値ありだと思います。



公式サイト

http://www.sumomo.co.jp/



預言者@ぴあ映画生活

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23年の沈黙

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23年の沈黙 [DVD]/ウルリク・トムセン,ヴォータン・ヴィルケ・メーリング,カトリン・ザス
¥3,990
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1986年の夏、11歳の少女が暴行され殺害されます。それから23年たった同じ日、少女が行方不明になり、乗っていた自転車が発見されます。その場所は、かつての事件が起こったのと同じ場所で...。


結局、真犯人は明らかにはされません。まぁ、想像がつくようにはなっていますが...。警察は、それなりに事件を捜査しますが、その謎解きがメインのおハナシにはなっていません。どちらかというと、事件に関わる様々な人々の寂しさが描く作品となっています。娘を殺された母親、事件を解決できずに退職した警察官、亡くなった妻を忘れられずにいる刑事、行方不明の娘を心配する夫婦、過去から逃げていた23年前の事件の共犯者、孤独な日々を送る真犯人。


そして、いずれの寂しさにも分かりやすい解決は与えられません。その辺りが、観終えた後のモヤモヤ感に繋がるのだとは思いますが、でも、すっきりと分かりやすい解答などないのが本当。モヤモヤのままに終えたことで作品としての印象は深まったのかもしれません。


全体に静かで淡々とした描き方になっていますが、美しく、濃密な映像が人々の心情を伝えていて、それなりの緊張感のある作品になっています。


ただ、元々の事件の犯人が小児性愛者だという設定には疑問が残ります。そうした傾向というのは、罪を犯してしまって後悔したからといっても簡単に変わるものではないでしょうし、割と、再犯率が高い犯罪だと思うのですよね...。23年間、犯人が沈黙していたという設定には違和感が残りました。


例え、事件として明らかになっていないにせよ、それなりのことが起こっていたということを臭わせておいてくれたら、リアリティがぐっと増したような気がします。


真相に迫ろうとしている刑事に対し、解決したということで幕を引こうとする上司。日本の警察ドラマでもよくあるシーンですが、日本だけではないんですね、警察のこういう体質。


手放しで幸福な人は、あまり、登場しません。けれど、寂しく哀しい人々を包み込む風景は美しく目に染みました。悲劇の舞台となった畑。一面に広がる黄金色の情景が脳裏に残ります。


地味ですが、印象的な作品。日本未公開は残念です。

ザ・ファイター

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ザ・ファイター コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]/マーク・ウォールバーグ,クリスチャン・ベール,エイミー・アダムス
¥3,990
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実在した兄弟ボクサーの物語。


マサチューセッツ州、労働者の街ローウェルに、性格もファイティングスタイルも全く違うプロボクサーの兄弟がいました。兄のディッキー・エクランドは、かつては実力派ボクサーとして活躍、現在は弟のトレーナーをしていましたが、数年前に手を出した麻薬に溺れていました。ディッキーの影響でボクシングを始めた異父弟ミッキー・ウォードは、ディッキーとマネージャー役の母アリスの言いなりで、彼らが組んだ明らかに不利なカードで一勝もできず、不遇の日々を送っていました。ある日、ミッキーはバーで働くシャーリーンと出会い、恋に落ちます。そんな中、ディッキーが窃盗の現行犯で逮捕され、ミッキーの父は息子の将来を案じ、別のトレーナーに話をつけ、ミッキーは家族と決別、シャーリーンと共に新しい人生へと旅立つ決意をしますが...。


母には母なりの、兄には兄なりの愛があったとことは確か。けれど、家族の愛は愛を注ぐ側に自分の愛への疑いがないだけに、独りよがりなものになることがあるし愛を注がれる側を傷つけることがあるもの。そして、親は子どもたちを等しく愛しているつもりでも、子どもたちが不公平を感じ、不満をため込んでいるということもよくあること。家族だから分かってくれるはず、伝わっているはず、そんな信頼感や甘えが誤解や行き違いをうむのかもしれません。


さらに、家族であるがゆえに、自分のために動いてくれてもよいだろうとの期待をかけてしまうことが問題を複雑にしてしまうのかもしれません。ディッキーや母は、ミッキーにとって不利な対戦相手の変更に際し、ミッキーのためを考えれば、試合を断るべきだったのでしょう。けれど、彼が家族であったから、それでもやってくれるかもしれない、それくらいやってくれてもいいのではないかと期待してしまったのかもしれません。


その点では、シャーリーンの愛は、他人であるが故に、より、ミッキーに寄り添った愛となり得たのかもしれません。最初は、ディッキーや母の愛とシャーリーンの愛はすれ違います。ミッキーの家族とシャーリーンがぶつかり合う場面もありますが、なかなか激しいです。嫁VS姑・小姑は、やはり、万国共通の図式。まぁ、一人の男性を巡るオンナたちの戦いなわけですから...。


それでも、最初はぶつかり合っても、どちらもが本物であれば、いずれ分かりあえる時がくるもの。ミッキーが試合に勝利した要因にディッキーのアドヴァイスがあったことを告げるシーン、にディッキーがシャーリーンを訪ねる場面が印象的です。


すれ違い、やがて受け入れ合うことができた家族の愛が伝わってくる作品になっています。実話をもとにした作品で、エンドロールには、現在のミッキーとディッキーも登場しますが、そこにも、確かな兄弟の愛情を感じることができました。


ただ、映画作品としては、ドキュメンタリー的な味わいが強くなってしまっていて、フィクションとしては、盛り上がりに欠ける作品になってしまったような感じもします。もう少し、映画作品としてのドラマを意識した演出があった方が感動できたような気がします。その点で、少々、物足りなさは感じました。

ベタな感じはするけれど、それなりに楽しめる作品だとは思います。



ザ・ファイター@ぴあ映画生活

サンザシの樹の下で

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サンザシの樹の下で [DVD]/チョウ・ドンユィ(周冬雨),ショーン・ドウ(竇驍),シー・メイチュアン(奚美娟)
¥3,990
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実話ベースの作品。


中国で300万部を売り上げた華僑作家エイ・ミーのベストセラー小説を基に映画化された作品です。


文化大革命の嵐が吹き荒れる1970年代初頭の中国。毛沢東の学生は農民から学ぶべきという考え方にもとづき、都会の高校生は農村で住み込み実習を行っていました。ジンチュウも田舎の村に派遣されます。その村にあるサンザシの樹には、樹の下で亡くなった抗日戦争の兵士の血が染み込み、白い花が赤く咲くという言い伝えがありました。村長の家で暮らすジンチュウは、年上の青年スンと出会い、彼に恋心を抱くようになります。けれど、党の幹部の息子であるスンとの恋は、反革命分子と見なされた両親を持つジンチュにとって許されない小出した。幸運にも教職に就く機会を得たジンチュウは、家族が絶望的な状況から抜け出すための唯一の希望でしたが、もし革命の精神に背いて恋愛に浮かれていると知られたら、たちまち非難を浴び、すべてを失ってしまう危険があったのです。それでも、気持ちを抑えることができず、人目を忍んで逢瀬を重ねる2人でしたが...。


さすが、中国文革時代の見事な純愛...といっても、それは主人公であるジンチュウの話。彼女の友人には、それなりの男女交際を楽しんでいる女性もいるようで、必ずしも時代背景だけの問題ではないのでしょうけれど、恥ずかしくなるほどの清く初々しい恋でした。


サンザシの樹に纏わる伝説。それが、今ひとつ、ストーリーに絡んでこなかったのが残念...というか、違和感ありました。特に、抗日戦士が絡む伝説があまり必要性が感じられない形で登場するというのは、日本人である私としては気になってしまいました。


そして、ジンチュウとサンが生活する場の距離感。ある程度、距離があるはずなのですよね。それに、それなりの月日も経過しているはずなのですよね。そこが、あっさりと字幕で処理されてしまっていて、そこは物足りなさを感じました。2人の間に流れる愛情の深さをじっくり味わえるよう、しっかりと映像で表現してほしかったです。


病気で寝込むサンの描写。通常、こうした場合、病人にしてはやけにきれいな姿で登場することが多いのですが、しっかり、病人していてリアリティありました。ただ、一方のジンチュウの生活振り、なにかと困難を抱えていて相当に苦労していたはずなのですが、それがあまり表情に出ていないというか...。まぁ、あくまで、純愛物語のヒロインなので、やはり、ここは、美しくなきゃということなのでしょうけれど、母親の言葉だけでなく、映像で、彼女の置かれた状況の厳しさが表現されていると、もっと、物語に深みが出たような気がします。


まぁ、ありがちと言えばありがちな展開の純愛物語でしたが、ヒロインの可愛らしさ、健気さは印象に残りました。キャスティングの巧さで魅せてくれる作品といえるでしょう。



サンザシの樹の下で@ぴあ映画生活

レッドヒル

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レッド・ヒル [DVD]/ライアン・クワンテン,スティーヴ・ビズリー,トミー・ルイス
¥3,990
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舞台はオーストラリアの田舎町。妻の妊娠を気遣って、若い警官が、自然豊かな町へと移り住んできますオーストラリアの田舎の町、レッドヒルに若い警察官が赴任してきます。その出勤初日、以前、この町で起きた殺人事件の犯人、ジミーが脱獄したとの情報が飛び込んできます。脱獄犯が、この町にやってくると睨み警察官や町の男性たちが総動員で緊急配備につきます。やがて、ジミーが姿を現し...。


西部劇の雰囲気を漂わせていますが、舞台はオーストラリア。そして、時代は現代らしい...。登場人物たちの使う携帯電話などをみると、間違いなく現代。背景にあるオーストラリアの大自然が、時代感覚を揺るがします。


果てなく広がる自然の中でのゆったりした生活...のはずが、何やら物騒な展開。ジミーが不気味な存在感を放っています。その容貌、そして、ほとんど喋らず、表情も変えず、アッサリと銃弾を放つ。それは、まさに、冷酷な殺人鬼。


今の時代に西部劇ができてしまうオーストラリアの田舎な感じが本作の魅力の一つだとは思いますが、その田舎っぽさゆえか、銃撃戦など、いまひとつ、緊迫感や迫力に欠けるような...。


ストーリー的にはありきたりな感じが否めません。問題の背景として、人種差別的な問題を持ってきたあたりも、少々、取ってつけた感は残ります。その辺りを、もう少し、深めていたら、もっと味わいのある作品になっていたとは思うのですが...。


そして、シェーンの大怪我を負いながらの超人的な動き。ここは、やり過ぎ感が気になりました。だって、長距離を歩くは、馬に乗るは、捕えられていた所から脱出するは...。ここまでやるなら、もっと、怪我の程度を押さえて押さえておかないとねぇ...。


映画というよりはTVドラマ的作品というべきでしょう。レンタルのDVDでながら見するには悪くない作品だとは思いますが...。

月光ノ仮面

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終戦後2年たった昭和22年のある晩、擦り切れた軍服を身に着けた男が町に現れます。その男は、寄席に入ると、何故か、高座に上がってしまいます。男は、噺家たちにつまみ出されますが、そこに弥生が通りかかり、その男こそが戦前に一世を風靡した若手落語家で、彼女と結婚を約束していた”森乃家うさぎ"だと言います。当面、師匠の家に住み込み、高座に上がるようになりますが...。


元ネタが落語の"粗忽長屋"とのこと。偽うさぎは、作中で、粗忽長屋の噺をブツブツとつぶやきます。


その内容は...。

行き倒れの男を見つけた八は、その男が熊だと主張。その男の遺体を引き取らせようと熊のところへ行きます。で、八は、熊に「お前が死んでいた」と行き倒れを見つけた話をします。最初、八に勘違いだと分からせようとしていた熊ですが、次第に、自分が死んでいるような気になっていき...。


タイトルが「月光ノ仮面」なのですから"どこの誰かは知らない"のですよね...。本作の場合、"正義の味方"でも、"善い人"でもなかったようですが...。


ということで、本作の"粗忽者"は偽うさぎか本物うさぎか...。落語では、この八っつあんと熊さんの掛け合いの中で、強引に説得されていく熊さんの混乱振りが楽しいところですが、本作では、肝心偽うさぎがほとんど喋りません。この喋らない理由も必然性も感じられず、大きな違和感が残ります。


周囲の誰もが本物と全然似ていない(母親だけは一目で見抜いていましたが)とか、師匠が偽うさぎをいつまでも高座に上げ続けるとか、いろいろと意味不明な状況が続きます。


そして、欠けない満月とか、作中の世界が幻想であることを匂わせるような部分もあったりいろいろに解釈できるような、けれど、意味不明な場面の連続で、観ていて疲労感があるのも正直なところ遊女との穴掘りとか、ドクター中松のタイムスキッパーとか、この辺りも、深読みしようと思えば、いろいろに受け止められるでしょう。


けれど、あまりに雑に観る者に投げつけられている感じもします自分はいったい何者なのか、自分が置かれているのは現実の世界なのか幻想なのか...。虚と実の境目が、この世とあの世、過去と現在と未来の境目が、溶け出していくような不安感が観る者を大きく揺さぶるような作品です。ただ、正直、映画作品としての面白さは感じられませんでした。普通に入場料を取って観せるような作品かというと疑問は残ります。



公式サイト

http://www.gekkonokamen.com/index.html



月光ノ仮面@ぴあ映画生活

ロボジー

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弱小家電メーカーの社員3人は、社長命令でロボット開発をする羽目になります。けれど、折角、動きかけたロボットが、発表する予定のロボット博1週間前に大破。やむなく、ロボットの中に人間を入れて、その場を誤魔化そうとしますが...。


主人公の五十嵐信次郎(ミッキー・カーチス)がいい味を出しています。何とも言えない絶妙な動き。ロボットのような人間のような...。


いっくら何でも、こんなのでは誤魔化せないだろうというところはさておき、このメンバーでロボットの開発も無理だろうということもさておけば、楽しめます。肝心なところで2つもさておかなければならないところは、少々、辛いところですが、そうしたことを、おじいちゃんのキャラクターととぼけた3人組が救っているという感じでしょうか。


まぁ、一応、3人が作ったロボットは動いたのですから、まるっきり"嘘"というわけでもないのですよね。でも、それなら、3人のあまりの知識のなさは不自然。偶然が働いたとはいえ、取り敢えず動くものを作ったのですから、最初の段階で、仕事でなくても、ある程度、ロボットに関する知識は持っていて、かなり頑張って勉強をしたという設定のほうが自然だったような...。


そして、もう少し、"誤魔化すための工夫"もあった方がよかったような...。あの無防備さでは、いくらなんでも、もっと早い段階でばれるはず。特にロボット博の場にはそれなりの専門家もいたはず。あれで、ばれないのはおかしいし、ロボットでないとの確信を持たれるきっかけがあれでは...。


その辺り、もう少し、しっかりつめて欲しかった気はしますが、あれこれ突っ込まず、考えず、観ている(ちと、苦しいですが...)分には楽しめる作品だと思います。



公式サイト

http://www.robo-g.jp/index.html



ロボジー@ぴあ映画生活

カラー・オブ・ハート

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カラー・オブ・ハート [DVD]/トビー・マグワイア,ジェフ・ダニエルズ,ジョアン・アレン
¥1,500
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1950年代の理想の家庭を描いた白黒TVホームドラマ「プレザントヴィル」にはまっている真面目な高校生のデイヴィッド。彼の双子の妹、ジェニファーは、母親のいない週末にボーイフレンドを家に呼ぶことに成功し、彼とMTVを見ようとしますが、デイヴィッドは、チャンネル権を譲ろうとしません。2人はリモコンの取り合いをしているうちに、「プレザントヴィル」の世界に入り込んでしまい、主人公、パーカー家のベティ、ジョージ、夫妻の子ども、バッドとメアリー・スーになってしまっていました。舞台となる町の住人になりすましながら、元の世界に帰る方法を探ろうとした2人でしたが、ジェニファー妹がバスケ部のキャプテンに大胆なアプローチを試みたことから、町に異変が生じ...。


品行方正で道徳的な人々ばかりが住む理想の町。けれど、そこに拡がるのは、モノクロームの寂しい風景。もちろん、最初からモノトーンの世界しか知らない人は、そこに寂しさを感じることはなく、安定した世界に安住していたのでしょう。


さて、そこに、彩りをもたらしたジェニファー。彼女が良いことをしたのか、悪いことをしたのかはわかりません。安定が崩れるということは、大きな喜びや楽しみをもたらす代わりに、不安や焦燥、悲しみや怒りももたらすということ。


ジェニファーという異分子が動き回ることで起こる騒動。本当は、「プレザントヴィル」の住人にはもっと大きな戸惑いがあったはず。おじさんたちは戸惑い恐れていましたが、若者や女性たちは、比較的、すんなり受け入れた様子で、この辺りには、うまくいきすぎ感が残りました。


大きな変化に一番戸惑いや不安を感じるのは、変化により失うものが多い権力の中心にあった層の人々。失うものがない立場にあった人にとっては、むしろ、期待の方が大きかったということなのでしょう。


ストーリー的には、悪くはないのですが、左程、目新しさも感じませんし、あっさり流れすぎている感じもします。けれど、白黒の世界が徐々に色付いていく映像が美しく印象的でした。人々の心が華やいでいき、それにともなって世界の変化する様子が生き生きと瑞々しく描かれ、心に沁みます。


カラーになったベティがモノクロの化粧をする場面、ジェニファーが色付く場面、新しい世界に入っていくことへの戸惑いや、自分の生きるべき人生を見つけるということの意味を感じさせてくれる印象的なシーンでした。


映像美を楽しみたい作品です。一度は観ておきたい作品だと思います。



カラー・オブ・ハート@ぴあ映画生活