再会の食卓

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再会の食卓 [DVD]/ルサ・ルー,リン・フォン,シュー・ツァイゲン
¥3,990
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上海で暮らすユィアーのもとに予期せぬ相手から一通の手紙が届きます。それは、かつて内戦で生き別れた前夫のイェンションからの手紙で、台湾から帰省することが記されていました。けれど、ユィアーには、イェンションとの音信が途絶えた後、結婚した夫、ルーがいて、イェンションとの間の息子、ルーとの間の2人の娘と穏やかな日々を送っていました。ルーやユィアーは、遠方からやってきたイェンションを精一杯もてなします。ユィアーに台湾で一緒に生活して欲しいと言われ、ユィアーも台湾に渡る決意をし、ルーもそれを認めますが、子どもたちは反対だったり、無関心だったり、金銭での解決を望んだり。一家の中に動揺が起こり...。


1949年に台湾に渡り、その後、大陸側と連絡を取ることができなくなり、1987年になって、やっと、残した家族と連絡を取ったり、帰省したりすることができるようになりますが、そこには、38年という年月の隔たりがあります。イェンションもユィアーも、1949年までの人生より、その後の人生の方が長くなっているのです。故郷である中国本土の慣習より、台湾の習慣を身近なものとしているイェンション。


善し悪しの問題以上に、気持ちの問題以上に、そこにある現実。すでに"台湾の人"であるイェンションとずっと中国人であったユィアーとの間には、想像以上に深い溝が刻まれていたことでしょう。ふとした場面で、長い年月によって生じた差異が描かれ、"愛"だけでは乗り越えられないものの存在を実感させられました。


長い年月を取り戻すために、本来、そこにあるべきだった人生を取り戻すために、イェンションとユィアーは、一旦は、ともに台湾で生きることを決意します。けれど、それが、決して簡単なものではないこと。別々のところで築かれたそれぞれの人間関係はもちろん、それぞれの生きた場所に根ざした習慣はそうそう変えることができるものではありません。例え、それが想定外の"事件"によるものだとはいえ、本来望んだものと違ったとはいえ、むしろ不本意な妥協の結果だとはいえ、そこには、確かな現実があり、周囲の人々と共有された体験があったのです。


そんな、年月の重みを感じさせられる作品でした。ラストで、いかに上海の街が激しく変化しているか、その凄まじさが示されます。そんな中での38年。気が遠くなるような年月です。


けれど、決して、その時の重みが絶望的に示されるだけの作品ではありません。どんなことがあっても、美味しい料理が並ぶ食卓を囲むことで、酒を酌み交わし"同じ釜の飯"を食べることで、楽しみながら大いに食すことで、人は幸せになれる。食べることこそが生命の基本であり、そこに喜びを感じていられるうちは、何があっても大丈夫。そんな生命体としての人間の逞しさが伝わってきました。


イェンションとユィアー、ルーの気持ちの変化が、それぞれ、唐突な感じがして、少々、違和感を覚える部分もありましたが、厳しい現実の中でも人には生きていく逞しさがあり、そこに希望があることがシミジミと感じられる作品でした。



再会の食卓@ぴあ映画生活

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ザ・コミットメンツ

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ザ・コミットメンツ [DVD]/出演者不明
¥4,179
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ロディ・ドイルの小説『おれたち、ザ・コミットメンツ』の映画化作品。原作は未読です。



ダブリンに本物のソウル・バンドを作ろうと、ジミーは仲間のデレク、アウトスパンとメンバー集めを始めます。結婚披露宴で酔っ払って豪快に歌う姿を見せていたデコをボーカルにスカウト。コーラスに仲間内の憧れの女性、イメルダとその友人のナタリーとバーニーを誘います。新聞に募集広告を出し、サックスのディーン、ドラムのビリー、ピアノのスティーブ、エルビス・プレスリーやビートルズなどの多数の大物とも共演したというトランペットのジョーイをメンバーに練習を開始。最初は、拙い演奏でしたが、徐々に腕を上げ、演奏の機会も増え、人気も出てきます。けれど、それと並行し、メンバー同士の恋愛問題、意見の食い違いなどの摩擦が起きるようになります。スター気取りのデコとぶつかったビリーはバンドを抜け、用心棒だったミッカーが代わりにドラマーとして参加。その後も人気は高まり、レコーディングの話も舞い込みますが、メンバー間の亀裂は修復しようもない段階になっていて...。


労働者階級の街、ダブリン。この街に生まれた若者が成功する方法は3つ。プロサッカー選手、プロボクサー、そして、ミュージシャン。その中で、サッカーやボクシングに比べると、多少は、何とかなりそうな感じがするのが音楽ということになるのでしょう。


「ダブリンの人間はヨーロッパの黒人」だというセリフが登場しますが、多少、時代が違うとはいえ、「アンジェラの灰」に登場するダブリンを見ると、ダブリンの貧しさはかなりのもの。


彼らにとって、音楽をするということは、単に趣味や楽しみの問題ではなく、人生を開く可能性と直結する問題なのかもしれません。だからこそ、ぶつかり合い、一旦、決裂するとその修復が難しいのかもしれません。


成長と挫折、その後の新たな人生。若者たちの青春が描かれます。最初は、ど~なるんだかというレベルだった演奏がみるみるうちに巧くなっていく。ステージも堂々とした見応えのあるものになっていく。観客に受け入れられる中で力を付けていく姿には、若者らしい初々しさと伸びやかさが感じられます。


一方で、段々、のきさしならなくなっていくメンバー同士の関係。大人らしい妥協ができないのも若々しさなのでしょう。損得勘定より、自分を通すこと、納得できない相手と曖昧なままの関係を続けないこと、そこに、若者らしい意地のようなものが感じられます。


バンドのメンバーたちの青春が描かれていますが、マネージャーの視点が中心に据えられていることで、客観的な目から見たドキュメンタリーのような印象も加わり、青春から遠ざかってしまった大人の視線とも重ねやすく、青春時代のほろ苦さと甘酸っぱさ、そして、懐かしさをたっぷりと感じさせてくれる作品になっています。


そして、アンドリュー・ストロングが演じたボーカルのデコの歌声が見事。本作の魅力は、その歌声が担っている部分も大きいといえるでしょう。


一度は観ておきたい作品だと思います。



ザ・コミットメンツ@ぴあ映画生活

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ツリー・オブ・ライフ

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1950年代半ばの中央テキサスにある小さな田舎町に住むオブライン夫妻には3人の息子がいて、幸せに暮らしていました。西部の男らしく、子どもたちに厳しく接する父親に、特に、長男のジャックは強く反発し...。


権威主義的な父親。それに反発する息子。そんな親子の間に挟まれ、息子に愛情を注ぎ、夫から庇い、夫に反感を抱きながらも、結局は、夫を支え続ける妻。父親は、老いとともに自分の弱さを自覚するようになり、そこに父と息子の和解の可能性が芽生え...。


どこにでもいそうな父親と息子。父の息子を思う気持ちに嘘はないけれど、そこには、大人ならではの自分自身に対する誤魔化しも隠れていて、それを見破る息子は、強い反発を感じ、けれど、その反発を自分の中で巧く処理できず、父と息子は、衝突を繰り返す。よくある光景ではあります。


まぁ、少なくとも、数十年前までは、珍しくもなんともない良くある家族だったことでしょう。以前は、父親が権威ある存在として家庭内に君臨することは普通にあることでしたし、それが良いこととされていたのではなかったでしょうか。


そんなよくあるタイプの家族を中心に据えて、悠久の時の流れが描かれます。宇宙が誕生し、地球が誕生し、生命が生まれ、人類が登場し...。


受け継がれていく命、流れていく年月。その中で起きる、様々な出来事。ごく当たり前の、もしかしたら、"負け犬"な人生の背景にも、こうした遥か昔から続く奇跡のような生命の営みがあり、私たち、ひとりひとりが、数え切れないほどの奇跡の重なりの上に登場してきたかけがえのない存在なのかもしれません。


まぁ、宇宙誕生からの流れを描写する映像など、確かに壮大で美しい映像ではあったのですが、ありきたりといえば、ありきたり。言いたいことは分かる気がするのですが、大風呂敷ひろげ過ぎ感は否めませんでした。もっとオブライン一家に的をしぼり、ごく当たり前の家族の営みを描きながら、その中に、過去からの壮大な生命の物語が秘められているのだと感じさせてくれるような作りにはできなかったものでしょうか...。


生命誕生の映像が重厚すぎて、長すぎて、全体としてバランスを欠いている感じがしました。


ラストの方で、水辺を大勢の人間が歩く場面がありましたが、そこも「エレニの旅 」を彷彿とさせるような場面でした。美しく迫力はあるのですが、何だか既視感のある映像が並べられている感じになってしまったのは残念。


伝えたい想いが強すぎて、第三者を相手に何かを表現する作品としては、バランスの悪く、すんなりとは受け止めにくいものになってしまったのかもしれません。


表現されている内容自体には、共感できる部分も多く、描かれていること自体には納得もできるのですが、作品に、いまひつつ魅力が感じられませんでした。決して、悪い作品ではないと思うのですが、残念な作品です。



公式サイト

http://www.movies.co.jp/tree-life/



ツリー・オブ・ライフ@ぴあ映画生活

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かつてオランダの植民地だった南米のスリナムから留学してきたスパイク。寝泊りさせてくれている叔母の世話をしながらの学生生活でしたが、ラップに夢中になり、学校からは退学を申し渡されます。怒った叔母に家を追い出されたスパイクは、知人の世話になりますが、そのためにその知人の犯罪の片棒を担がされるようになります。スパイクには、白人の女子大生、ロザリーという恋人がいて、彼女との幸せのために稼ごうとするのですが..。


ラップのミュージカルといったところでしょうか。ミュージカルにありがちなように、ストーリーは平凡。通常は、出会わないような男と女が出会い、障害を乗り越えて結ばれるといった、かなりベタな内容。スパイクとロザリーも、かなり安易に出合って、あっけなく熱愛し、運命を感じあい、自分からわざわざトラブルに飛び込んでいくように問題をややこしくし、超法規的に解決を図ります。


決して、ゆとりのある生活をしていたわけではないスパイク。普通の経済状態にある人々に比べると犯罪を身近に感じやすい状況にあるのかもしれませんし、旧宗主国で生活する旧植民地の人間というのは、厳しい状況にさらされているものなのかもしれません。けれど、留学までしているスパイクですから、"極貧"というわけではなかったはずだし、もう少し、堅気な仕事を探すことだって不可能ではなかったような...。いきなり、ギャングの手下になってしまうといったあたりに違和感がありました。


まぁ、ちゃんと堅気の生活をしてきたはずのロザリーが、結構、簡単にギャングの世界に近付いてしまうところを見ると、スパイクや彼の周囲の人々だけでなく、フツ~の人も、割りに犯罪に近いところにいるようにも感じられてしまったのですが...、そういうことではないですよねぇ...。


いくらなんでもな展開だし、あまりに、ありきたり。本作が面白くなるかどうかは、音楽の部分がどれだけ訴えてくるかというところにかかってくると思うのですが...。ラップの部分は冗長な感じがして、今ひとつ楽しめませんでした。


ラップでミュージックという発想は悪くないと思うのですが、もう少し、何とかならなかったものかと...。

シルビアのいる街で

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シルビアのいる街で [DVD]/グザヴィエ・ラフィット,ピラール・ロペス・デ・アジャラ,ターニア・ツィシー
¥5,040
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フランスの古都、ストラスブール。主人公の青年は、演劇学校の前のカフェで、道行く女性たちを眺めています。彼は、ふと目を留めた女性を追ってカフェを出ます。しばらく、彼女を追い、ようやく市電の中で話しかけます。彼は、彼女が、6年前にこの街で愛し合ったシルビアではないかと思ったようですが、どうやら、人違いの様子。彼女と別れた後も、彼はストラスブールの街でシルビアの面影を追い求めるように...。


"少し若い"人にとって、6年というのは微妙な年月。演劇学校の生徒だったシルビアは卒業していることでしょう。卒業は、大きく生活を変え、しばしば、生活の場を変えるきっかけとなります。6年前に出会った相手を6年前に居た場所で探すということ自体に無理があるわけです。そもそも、主人公の彼自身に、シルビアを探し出したいという真摯な思いがあったかというとどうも怪しかったりします。


それなら、もっとあちこち動き回るべきだし、聞き込みをするとか、いろいろやるべきことはあるわけで...。多分、"彼"だって、シルビアと再会できるなどとは考えていないのでしょう。


背景の説明がほとんどないのでよく分かりませんが、かつて愛し合った女性とであった街に滞在し、当時を懐かしんでいたのか、自分自身の中の何かに踏ん切りをつけたかったのか...。


けれど、ストーリーを追うというより、映像の雰囲気を楽しむ作品です。繊細な映像の美しさ。街の風景の美しさ。そして、何より、"彼"の美しさ。重みが感じられるような"彼"の視線とその視線が捕らえた街。そして、"彼"の記憶の中に残る美しい恋愛。もしかしたら、ここに、恋愛の本質があるのかもしれません。永遠に汚されない美しい思い出。そう、"彼"はシルビアではなく、美しかった過去の恋に出会いにこの街にやってきたのかもしれません。


映像だけで満足できる作品となるには、今ひとつ力不足な感じはしましたが、なかなか、印象的な作品ではあったと思います。



シルビアのいる街で@ぴあ映画生活

未来を生きる君たちへ

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医師としてアフリカの難民キャンプに赴任しているアントンの元には、お腹を切り裂かれた妊婦が毎日のように運ばれてきます。これは、"ビッグマン"と呼ばれる男が、お腹の中の子の性別をネタに賭けをし、その勝敗を決めるために切り裂いているとのこと。アントンには、デンマーク郊外に住む元妻と2人の息子がいますが、10歳の長男のエリアスは、学校でイジメに遭っていました。ある日、彼のクラスに母親を亡くし、ロンドンから引っ越してきたクリスチャンが転入します。クリスチャンは、エリアスをいじめていた相手に怪我を負わせ...。


危害を加えられた際にどう反応するか。加害者に対して、被害を受けた人に対して。復習をしても本当の解決にはならない...というのは、単なる"綺麗ごと"という以上に現実というべきでしょう。


エリアスをいじめていたソフスへの"復讐"をきっかけにソフスからの暴力はなくなりましたが、下手すれば、エリアスもクリスチャンも犯罪者になっていたかもしれません。(というより、軽くない怪我を負わせているのですから、まぁ、ソフスの側に原因があるとはいえ、やりすぎは確かですよね...。)運よく、ソフスの怪我が深刻なものではなかったので、大きな問題にされなかったのでしょうけれど...。さらに、この件に纏わるエリアスの"隠し事"がその後、エリアスと母親の関係に影響を及ぼすことになります。


そして、そのことはラースへの"復讐"の場面でよりはっきりと示されます。これは、かなり完全に犯罪行為ですよね...。運が悪ければ、何年も自由を奪われた可能性もあったはず。


"復讐"は、基本的に、損な行為。そうなるように、法が定められているわけですから。個々人が個々の判断で受けた被害に対して報復をする権利を認めてしまったら、社会の秩序は崩れることでしょう。だから、法で基準を定め、国家が罪に対する処罰を決めて執行することになるわけで...。


それでも、大きな被害を受けた時、特に、わが身に罪がなく、相手に悪意があるような場合、"復讐"を考えない人は少ないことでしょう。例え、そのために自分の心の平静が失われても、心が大きく傷ついても、相手を恨んだり憎んだりすることを抑えるのは並大抵のことではないでしょう。


相手を恨み報復をする。そうして戦争が始まる。それはその通り。けれど、それを止めることは難しい。アントンもビッグマンがリンチに遭うことを予測しつつ彼を見放します。アントンが罪を問われ、裁かれることはないでしょう。けれど、この事件が後々まで彼の心に圧し掛かっていくことは間違いないでしょう。


かなり酷い怪我の状態が映し出され、暴力シーンもあり、直視できない映像も少なくありませんでした。あそこまで見せてくれなくても...という気もしました。けれど、そんな状況の中で起きたことだからこそ、そこに少しでも問題の解決に向かう道筋が見えた時に、希望が感じられるのかもしれません。


親子の関係で、夫婦の関係で、同級生の関係で...。近しい関係の中にも、遠い関係の中にも、様々な形で恨みつらみが生じます。けれど、それは、"復讐"では本当には解決されないということ、赦し合うことでしか解決できないということ、そして、赦すことでしか自分を救うこともできないのだということ、そんなことが伝わってくるような作品でした。


上映館の少ない作品ですが、一度は観ておきたい作品だと思います。お勧め。



公式サイト

http://www.mirai-ikiru.jp/



未来を生きる君たちへ@ぴあ映画生活

ナッシュビル

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大統領選挙のキャンペーンが繰り広げられる中、カントリー&ウェスタンの聖地、ナッシュビルでオープリーという名のフェスティバルが開催されようとしていました。そんな中、地元ので人気のカントリー歌手、ヘブンのレコーディングが行なわれていましたが、スムーズに進まず、切れたヘブンはピアニストの交代を要求。大統領候補のハル・ウォーカーは、表向きは正義を重んじる彼を州知事に推挙しようと画策していました。ナッシュビルで人気の歌手、バーバラ・ジーンが飛行機でやってきて、飛行場では歓迎のセレモニーが行なわれます。そんなナッシュビルを取材に来たオパールはマイク片手に街を駆け回り...。24人もの人々の思惑が絡み...。


何があっても、私たちの生活は続き、音楽が奏でられ、人の歌声が響く。スターが倒れても、その後を引き継ぐ無名の人材が現れる。そこに、アメリカという国の強さがあり、未来への可能性があるということでしょうか。銃を使った事件が起こるというのも、アメリカ的ではありますが...。


生きていれば、いろいろなことが起こるもの。社会の中でも様々な事件が起こります。男と女がいれば恋愛があり、恋の鞘当てがあり、不倫があり、裏切りがあり...。何らかの力を持つ人間がいれば、その周囲に損得勘定が働き、種々の利害が生まれ、駆け引きがあり、利用し、利用され...。そして、様々な関係の中で、喜び、傷つき、恨み、癒し...。


ナッシュビルという街、そこに生きる個々の人間を描きながら、一つの街全体の姿を描き出しています。そんなこんな、いろいろあって、それでも人々の生活は続き、街の活気も続いていく。


大きな事件でも、直接の関係を持たないその他大勢の人にとっては、せいぜい、新聞やテレビで見かける他人事。日常はいつものように続いていくのです。そうして、私たちの生活は築かれてきたし、歴史は紡がれてきたのですから。


銃で簡単に奪われる命。その後にすんなりと誕生する新しいスター。人の身体の細胞が生まれ変わりながら、同じ人間として生活を継続させているように、社会も人が入れ替わりながら同じ社会として継続していくのでしょう。もちろん、それでも、人は加齢などにより変化し、社会も徐々に変わってはいくのですが...。


登場人物が多く、誰が誰で、どんな風に関係しあっていて、どこがどう繋がっているのか、特に最初は理解しにくい面もありました。上映時間も長く、その割りに、ストーリーが進んでいるようないないような、新たな展開が見えてきているようないないような...。時間の長さの割りに中身が薄いような感じはしましたが、音楽の力を感じることができました。


特に、ラスト。アルバカーキを演じたバーバラ・ハリスの"私のことは気にしないで"と繰り返す歌声は印象的。ラストの熱唱ということもあるのでしょうけれど、2人の"スター歌手"やその"ライバル"以上に耳に残る歌唱でした。



ナッシュビル@ぴあ映画生活

シンデレラ・リバティー/かぎりなき愛 [DVD]/ジェームズ・カーン,マーシャ・メイソン,イーライ・ウォラック
¥3,990
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ダニエル・ポクニサンの同名小説を映画化した作品。原作は未読です。


病気の治療のため、しばらく、船を降りることになった海兵隊、ジョンは、深夜12時までの外出許可、"シンデレラ.・リバティ"を得て、街に出ます。酒場でビリヤードの賭けと兵隊相手の売春をするマギーに出会います。軍の記録紛失のため、当面、任務につくことができなくなったジョンは、マギーと11歳の息子、ダグの面倒を見るようになります。やがて、ジョンは、マギーがジョンと出会う前にすでに妊娠していたことを知りますが、それでも、マギーとダグが海軍の家族を対象とした特典を得て人並みの生活ができるようにしようと、マギーとの結婚を決意しますが...。


かなり超人的に献身的なジョンです。どうして、そこまでするのか...と違和感を覚えましたが、考えてみれば、船で港から港へ渡り行く日々。次はどこへ行くのかは命令次第。帰るべきマイホームを持っているわけでもないジョンも、結局は、根無し草。自分が関わることで、確かに生活が改善されていくマギーやダグの存在自体が嬉しかったのかもしれません。


自分を必要としてくれている人がいる。自分が誰かの人生を好転させる力となっている。そうした確信を持てる状況は、そのための苦労があったとしても、ある種の幸福感をもたらしてくれるのでしょう。マギーやダグがジョンに助けられたように、ジョンもマギーとダグにより救われたのかもしれません。


ジョンは、何故そこまでするのかと問われ、"気分がいいから"だと答えます。単に、マギーのためとか、ダグのためとかということより、自身の行為が自身に良い影響を与えていること。何より、自分自身が幸せを感じられていること。そこに、ジョンの行為の背景が見えてくるような気がします。


マギーが、相当にど~しよ~もない母親なのですが、彼女自身、"きちんと子どもを育てること"がどういうことなのか知る機会を持てなかったのかもしれません。ほんの赤ん坊の頃から酒とタバコの日々だった様子のダグが、やけに、ちゃんと育っているところを見れば、不器用ながら、マギーはマギーなりに頑張った部分もあったということなのかもしれません。


ラスト。いまさら生活のあり方を変えられず、それとともに、故郷に帰りたいという気持ちを抑えることができなかった様子のマギー。ダグをジョンに託したのは、マギーの母親としてのど~しよ~もなさもあったのでしょうけれど、それ以上に、ジョンへの最大の感謝とプレゼントだったのかもしれません。


まぁ、ありがちと言えばありがちな、"海の男と港の女"の物語ですが、ちょっと穿った見方をすれば、"アメリカ海兵は、不幸な女と子どものための頑張るヒーロー"と言いいた作品だったようにも思えたりしますが...。下手すればしょうもない母親と不気味なほどヒトの好い中年男の不思議な関係を描いたあり得ない物語になってしまうところをジョンを演じたジェームズ・カーンとマギーを演じたマーシャ・メイソンの好演、そして、海軍の一面を体現するフォーシェイの存在が救っています。


レンタルのDVDで十分でしょうけれど、悪くない作品だとは思います。



シンデレラ・リバティ かぎりなき愛@ぴあ映画生活

僕と妻の1778の物語

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僕と妻の1778の物語 スタンダード・エディションDVD/草ナギ剛,竹内結子,谷原章介
¥3,990
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「ねらわれた学園」などの作品で名を馳せたSF作家眉村卓の実話を映画化した作品。眉村卓本人による著作も「妻に捧げた1778話」(新潮新書)「僕と妻の1778の物語」(角川文庫)から出版されています。未読です。


SF作家の牧村朔太郎〈サク〉と、彼を献身的に支えてきた妻の節子。慎ましく穏やかに日々を過ごす2人でしたが、ある日、節子が大腸がんに冒されていることがわかり、余命が1年と宣告されます。「人は笑うと免疫力が上がる」という医師の言葉を頼りに、妻を笑わせるため、1日1編の短編小説を書くことを決意し...。


実話ベースの感動闘病ものなのですが、全体に、淡々とし過ぎ、内容も薄まってしまっていたような感じがします。いくら余命僅かとの宣告を受けたとはいえ、一日一編の物語が1778話ということになれば、4年10カ月半。いくら死期が迫っているとはいえ、深刻な病に苛まされているとはいえ、それは、もう日常なのかもしれません。淡々とした感じを受けるのもやむを得ないところなのでしょう。ただ、その起伏の乏しさに長さを意識してしまったのも確か。この長い間、書き続けたということになるのですが...。


この薄い感じは、ストーリー的にも、登場人物の姿的にも綺麗に表現されすぎているためのものなのかもしれません。もう少し、ドロドロしたものも描かれていると、もっとリアリティや深さが感じられたのかもしれません。まぁ、実話ベースですから、事実がどこまでも美しいものであったのなら、致し方ないところではあります。どんな夫婦においても、こうした場合にはドロドロしたものが出てくるに違いないというのは、純粋になり切れない者のヒガミなのかもしれませんし...。


さらに、残念だったのは、"笑わせて免疫力を高めるための小説"なはずが、笑えるような内容の話がほとんどなかったこと。どちらかというと、シュールな感じで...。本作で取り上げられなかった小説の中に、もっと笑えるようなものはなかったのでしょうか。全部でなくても、もう2話か3話、笑えるものが取り上げられていると違和感が生じなかったと思うのですが...。


あと、DVDで観たのですが、セリフが非常に聞き取りにくかったです。トーンを押さえた喋り方になるシーンが多かったこともあるのでしょうけれど、ここまで聞きにくいと作品の世界に入ることが難しくなってしまいます。ここが、一番、残念なところでした。



僕と妻の1778の物語@ぴあ映画生活

重犯罪特捜班 / ザ・セブン・アップス [DVD]/ロイ・シャイダー,トニー・ロー・ビアンコ
¥3,990
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刑期が7年以上の重犯罪者、"セブン・アップス"がかかわる犯罪の捜査を専門に手がける非公認の捜査班"ザ・セブン・アップス"。


"ザ・セブン・アップス"の隊長、バディは、捜査に必要な情報を幼馴染の葬儀屋、ビトーから得ていました。しかし、ビトーは、一方で、警察の情報をギャングに売ってもいました。マックス・ケイリッシュという高利貸しのボスがギャングに殺されるという事件の捜査の際、警察がギャングに出し抜かれ、バディの部下が殺され...。


実在の刑事、S.グロッソーの体験をもとにして脚本が作られたとのこと。だから、リアリティがある作品...ということになるのでしょうけれど、これがリアルなのだとしたら、それはそれで、コワイものがあります。本当にこんな刑事が存在するってことですよね。こんな違法だらけの捜査で裁判に勝てるのでしょうか...。それこそ、映画に登場するような敏腕弁護士が出てきたらひとたまりもないような...。


まぁ、作中でも、彼らの捜査のあり方は非難されてもいるわけですが...。当然ですよね。どう考えても反対勢力の方が常識的。


売り物のカーチェイス。確かに迫力あると思います。本作と「ブリット 」「フレンチ・コネクション 」が三大カーアクション映画ということになるのだそうですが、他2作と比べてもカーチェイスの迫力を感じました。


でも、残念ながら、他の部分は平凡に終わってしまったような...。カーチェイスだけで力を使い果たしてしまったのかもしれません。


カーチェイスを観るには相応しい作品でしょう。カーチェイス好きにはお勧め。



重犯罪特捜班 ザ・セブン・アップス@ぴあ映画生活