ヒックとドラゴン

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ヒックとドラゴン ブルーレイ&DVDセット [Blu-ray]/(声の出演),ジェイ・バルチェル,ジェラルド・バトラー
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パーク島に住むバイキングとドラゴンは、昔からの敵同士。長い間、戦い続けています。何をしても巧くいかないバイキングの少年、ヒックは、ある日、傷ついて飛べなくなってしまったドラゴン、トゥースと出会います。最初は、警戒しあっていましたが、徐々に、その距離は縮まります。やがて、友情が芽生えていきますが...。


長い間続いてきた戦いを終わらせるにはどうしたらよいのか...。


それは、この世界に登場してから長きに亘って、時に争うことに疲弊しながらも、戦いをやめることができずにいる人類にとって、永遠のテーマ。


先祖代々、戦ってきた敵同士という関係。その憎み合うべき関係にある者の間に友情や愛情が芽生えたら...。


そう、どんなに憎みあう関係にあっても、それぞれのグループを構成する個人に目を向ければ、そこに憎み合いとは違った関係が生まれることはあるものです。「愛の反対は憎悪ではなく無関心」と言いますが、戦う相手というのは、常に関心を向けている相手でもあり、日常的な接点を持つ相手でもあるわけで...。


そう、全く接点がなく、異なった生活をし、違う価値観を持っている相手というのは、ほとんど存在していないも同じわけで、争う必然性もないのです。何かが触れ合いながらも、相容れない相手こそが敵になるのではないでしょうか。


ある意味、とても、オーソドックスなお話です。敵味方に分かれていたバイキングとドラゴン。戦いを繰り返し、殺し、殺され、激しく憎み合ってきた両種族。けれど、バイキングの子どもで、味噌っかすだったヒックとドラゴンの子どもトゥースが出会い、友情を育む。やがて、その秘密の友情は周囲に知られることとなり、2人の間は引き裂かれます。けれど、結局は、その2人の関係が、両種族の関係を大きく変化させ...。


現実には、なかなか恩讐を超えることはできません。人類は、過去に、そして現在も、果てしない戦いを繰り返しています。けれど、一方で、争い、殺しあうことの空しさを感じていることも確か。本作で描かれるテーマが、映画で、演劇で、小説で、漫画で...、様々な形で繰り返し描かれるのは、これが、人間にとって永遠の大きなテーマであることの証左でもあるでしょう。そして、私たちの心の中には、人には、憎しみ合った歴史を乗り越えて平和を築く力があると信じたい気持ちがあることの表れなのかもしれません。


よくあるテーマですが、個々のキャラクターがしっかりと描かれ、作品の世界が丁寧に作り込まれて惹き込まれました。ラストの展開も、不死身なヒーローが激しい戦いの絶体絶命の場面を無傷で切り抜けるという単純なものではなく、ちょっとしたヒネリがあるのも良かったと思います。


戦えば、相手の命だけではなく、自分の命をも危険に巻き込むもの。そこをしっかりと描いている点にも好感を持てました。そう、このラストゆえに、本作は、これまでの同じようなテーマを扱った作品とは一線を引く傑作になったといっても過言ではないでしょう。


映像も見事で、ヒックとトゥースの出会いの場面でのそれぞれの微妙な気持ちの変化を映し出す表情なども印象的でした。技術の進歩とその技術を活かしたワザはさすが!


是非、一度は観ておきたい作品だと思います。DVDを買いたくなりました。



ヒックとドラゴン@ぴあ映画生活

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シー・オブ・ラブ

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シー・オブ・ラブ スペシャル・エディション 【ベスト・ライブラリー1500円:80年代特集】 .../エレン・バーキン,アル・パチーノ,ジョン・グッドマン
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ニューヨーク市警のベテラン刑事、フランクは、野放しだった犯罪者の一斉検挙に成功します。ところが、その頃、全裸男性連続殺人事件が発生。ベッドの上でうつ伏せの状態で銃で撃たれるという事件が次々に起こります。事件現場に残されたのは、銃弾と口紅が付いたタバコ、誰のものかわからない指紋、"シー・オブ・ラブ"のレコード。犯人は、広告で被害者と知り合った女性という可能性が高まり、フランクは別の刑事とコンビを組み、囮捜査に乗り出します。やがて、ヘレンという女性が捜査線上に浮かびますが、フランクは、彼女に惹かれていき...。


容疑者と刑事。相容れないような関係でありながら、ある意味、かなり近い関係にあるとも言える2人。容疑者にしてみれば、ただの邪魔者の刑事ですが、刑事の側は、容疑者について情報を集め、容疑者について様々なことを知り、一定の時間、ストーカーのように寄り添うわけです。時には、相手に対して特別な感情が湧いてくることも無理のないことでしょう。


アル・パチーンが、お約束の渋さで、物語にいい味わいを出しています。そして、その渋さが際立つ大人な作品でした。


危険な愛、そこに絡む謎の多い殺人事件。事件の真相はどうなっているのか、2人の関係はどうなっていくのか...。まぁ、ストーりー自体は、特別にオリジナリティが感じられるものでもありませんでしたし、割と予定調和的に落ち着くべきところに落ち着く展開ではありましたが、程よい緊張感と色っぽさがバランスよく、作品の世界を楽しめました。


音楽も良かったです。今となっては、滅多に見かけることもなくなったドーナツ盤のレコードに郷愁をそそられました。我が家には、今でも、レコードもレコードプレーヤーもありますが...。


それにしても、アル・パチーノは、どこでもいつでもアル・パチーノ。どんな作品でどんな役をやってもアル・パチーノで、それは、スタートして大切な個性のなせる業なのでしょう。ただ、一方で、この何でもアル・パチーノ色に染めてしまう存在感は、少しばかり鬱陶しくもあったりして...。


とにもかくにも、いかにもアル・パチーノな作品でした。



シー・オブ・ラブ@ぴあ映画生活

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トラブル・イン・ハリウッド

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トラブル・イン・ハリウッド スペシャル・エディション [DVD]/ロバート・デ・ニーロ,ショーン・ペン,キャサリン・キーナー
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映画プロデューサーのベンは、現在、ショーン・ペン主演のサスペンス映画の編集と、ブルース・ウィリス主演作品の製作準備で大忙し。言うことを聞かない俳優、自己主張の監督、スタジオからのプレッシャー。次々とトラブルが続出。そんな中、前妻や前妻との間の娘とも大モメ状態に。果たして、ベンのプロデューサーとしての地位はどうなるのか...。


主演がロバート・デ・ニーロ。ショーン・ペンやブルース・ウィリスといった大物が実名で登場。豪華キャストが揃えられ、ハリウッドの内面が描かれます。


俳優も我がままなら、映画監督も自分勝手、強く自己主張する2人に挟まれ、プロオデューサーは頭を抱えます。俳優として、映画監督として成功するには個性も押しの強さも必要。自己主張もしなければ、とても、生き残ってはいけないもの。


そんな個性的で自己主張の強い人々が集まって一つの作品を作ろうとするのですから、簡単に一致団結などできるわけはありません。それを纏め上げようとするのですから、プロデューサーたる者、鉄の胃でも持たなければやっていられないでしょう。


ストーりー自体は、特別に面白いという感じもしませんでした。ハリウッドの内幕物とは言え、それほど、目新しいエピソードが出てきたり、驚きの新事実が出てくるわけでもありません。まぁ、こんなこともあるのだろうという感じの、どこかで聞いたような話ばかり。


まぁ、もっとも、こうした大物を集めてアメリカで映画を作る以上、本当の内幕の暴露はできるはずもないわけで...。そこそこ無難な線でおチャラけるしかありませんよね...。


それでも、普段は、周囲を右往左往させる側にいるロバート・デ・ニーロが、他の作品ではなかなか見ることのできない情けない表情で周囲に振り回されている姿は、一見の価値あり、といったところでしょうか。このロバート・デ・ニーロが、結構、良い味出していました。


そして、自身の役で出演しながら登場シーンは少ないショーン・ペン、思いっきり周囲を我がままに振り回す、やはり、本名で登場のブルース・ウィリス。さすがに大物感があり、やはり、豪華キャストの競演というのは、それだけで見応えありました。


軽い感じで、豪華な面々の存在感を楽しむ作品と言えるでしょう。



トラブル・イン・ハリウッド@ぴあ映画生活

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ナイト&デイ

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ナイト&デイ (エキサイティング・バージョン)ブルーレイ&DVDセット(初回生産限定) [Bl.../トム・クルーズ,キャメロン・ディアス,ピーター・サースガード
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妹の結婚式に出席するため、飛行機に乗ろうとしていたジューンは、空港で笑顔が素敵なロイという男性と出会います。運命を感じるジューンですが、次々と危険な出来事に遭遇し...。


実は、「ナイト」は「夜(night)」だとばかり思っていたのですが、DVDを見たら、「knight」となっていて、ビックリ。でも、それなら、「デイ」は「day」って、どういうこと?


ということも含め、細かいところは気にせず、ジェットコースターな展開を楽しむべき作品です。


スパイなロイはともかく、ジューンまでが、トンでもなく不死身。死なないけれど大怪我はするロイですが、ジューンは、あれだけの目に遭って無傷。見事なまでのご都合主義炸裂です。


でも、この手の作品は、都合よく進めなければ成り立ちません。


ストーリーの進行はテンポよく、小洒落たセリフが散りばめられ、若いとは言い難くても美男美女のロマンスがあり、音楽も作品の雰囲気に合っていて楽しめました。


主人公たちがどんな状況にも負けず逃げ切ってメデタシ、メデタシ。お約束のラストですが、そこにも、ちょっと小技が効いていて面白かったです。



ナイト&デイ@ぴあ映画生活

ボローニャの夕暮れ

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ボローニャの夕暮れ [DVD]/シルヴィオ・オルランド,フランチェスカ・ネリ,エツィオ・グレッジョ
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1938年、第2次世界大戦前夜のイタリア、ボローニャ。繊細で引っ込み思案な娘、ジョヴァンナ、彼女を溺愛する父親のミケーレ、良き母、良き妻でありたいと思いながらも巧くいかない母、デリアの3人は、互いに取り繕いながらも、つつましく幸せに生活していました。そんなある日、ミケーレはボーイフレンドの1人もいないジョヴァンナを心配して、落第しそうな男子学生に単位取得をちらつかせ、娘と交際するよう迫ります。そんな頃、ミケーレの学校で女子生徒が殺されるという事件が起こります。ジョヴァンナがその容疑者として連行され...。


父親の盲目的とも思える愛情が全編を覆う作品です。殺人犯とされ囚われる娘に対し、どこまでも愛情を注ぎ続けるミケーレ。彼の頭の中には、被害者遺族の悲しみも、世間の冷たい視線も存在しないかのようです。ただひたすら娘に尽くします。


そもそも、事件の発端を作ったのもミケーレ。だからこその愛情表現だったのかもしれませんが、それにしても、尋常とは思えません。


そして、ミケーレは、妻にも尽きない愛を注ぎます。彼女が自分との結婚を望んだのは生活のためと知りながら妻を大切にし、妻の気持ちが他の男にあると知れば自分は身を引き、妻に戻る気持ちが芽生えれば受け入れる。最初から妻の生活を保障する存在として自分を位置づけていたミケーレですから、妻の不品行を咎める理由などなかったのかもしれませんが...。


どこまで人がよく、愛情たっぷりなのか!その深さ、強さに圧倒させられます。


さて、ジョヴァンナは、真犯人だったのか?彼女が犯人とされた事件の真相は闇の中。仮にも、2人の人間がいるところに1人で乗り込んでいって剃刀で人を殺すっていうのも不自然なような...。ジョヴァンナの腕っ節が特別強かったとはとても思えませんし...。彼女と付き合うことで単位を取ろうとした学生が裁判で証言する場面も不自然な感じがありましたし...。


ジョヴァンナの事件への理解もあまりに変。まぁ、ジョヴァンナに精神的な問題があることは示唆されていますし、ついでに言えば、デリアもそれなりの病理を抱えていそうですし、ミケーレもいろいろありそうだし...。それぞれに傷を舐めあう関係にある家族なのかもしれません。


デリアの自分を支えてきた男たちへの態度も徹底しています。自分を愛してくれた相手が死に直面していても何もせずに傍観する姿が印象的でした。


そして、このミケーレ、ジョヴァンナ、デリアの3人が抱える家族としての問題は、何も解決されないままラストを迎えます。すべての問題が先送りにされたままで、この3人の未来に光を見出すことは難しい。きっと、また同じようなことを繰り返すのではないかという不安が残ります。


もっとも、家族なんて、良くも悪くもそんなものなのかもしれません。血の繋がりがあったり、同じ環境を共有していたりするわけですから、家族が同じ病理を共有するのは自然なことでしょうし、いろいろ問題があっても、なかなか完全に離れられないのが家族なのかもしれません。


そんな家族の負の面を抉り出す作品なのかもしれません。


この家族の物語にイタリアの第2次世界大戦前後の社会情勢の変化が重なります。ファシスト党による独裁が行われた大戦前から大戦中。それが崩壊する終戦後。そこで起きる価値観の急激な変化。家族同様、世の中、確かなものなどないということなのでしょうか。



ボローニャの夕暮れ@ぴあ映画生活

ヒア アフター

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旅行中、津波の被害に遭い、臨死体験をした人気のテレビキャスター、マリーは、その時に見た光景が忘れられず、その後、パリに帰って仕事をしていても集中できず、始まったばかりの新番組を降ろされてしまいます。以前からあった本を執筆するという企画が実現されることになり、ミッテランについて書くことになりますが、筆は進まず、一番の関心事である死後の世界について書き上げ...。


子どもの頃に病気で死にかけて以来、霊と交信できるようになったジョージは、一時期、霊能者として名を馳せていましたが、今では、霊能者としての活動を一切辞め、サンフランシスコ倉庫で働いています。しかし、彼の名声を聞きつけ、交信を依頼してくる人は絶えず...。


ヘロイン中毒のシングルマザーの元、支えあいながら暮らしていた双子の兄のジェイソンを交通事故で喪い、その死から立ち直れない少年、マーカス。ジェイソンが今、どうなっているのかを知りたくて、様々な霊能者を訪ねますが、納得のできる答えは得られません。インターネットでジョージについても知り、興味を持ちます。ある日、偶然、ロンドンの書店で開催されているブックフェアで、マリーの朗読会でサインをもらっているジョージを見つけ...。


来世をこうした形で扱うというのは、かなり、勇気が必要なことだったのでしょう。作中でも、本のテーマを来世の問題に変えたマリーは非難されます。臨死体験についての資料を彼女に貸してくれた研究者にも周囲から非難される可能性について指摘されています。これは、本作の製作者側が自分たちに向けられる世間の目を意識したエピソードなのかもしれません。


人間は必ず死ぬ運命にあり、しかも、そのことを知っています。人間以外の多くの種は、自分が将来死ぬことになると意識せずに生きてい(るように思われ)ます。けれど、人間は死ぬことを知っていて、けれど、死後の世界について確かなことを知ることができずにいます。本作に登場するマリーのように臨死体験をした人はいても、本当に死んで帰ってきた人はいません。臨死体験をした人の体験と本当の死後の世界が同じものなのかどうか、私たちは確信を持つことができません。確実に訪れる運命なのに、その先どうなるのかが分からない。そこに、人類に共通の不安があり、悩みがあるのかもしれません。だから、人は、死後の世界について知りたいと思い、死後の世界について様々な物語を紡いできました。そして、多くの宗教も、その悩みや不安に答えようとしているように見受けられます。


本作には、何人かの霊がジョージを通じて、その遺族に言葉を伝えます。それを聞いていると、死後の世界は、死者というより、むしろ、生きる者のために存在するようにも思えます。彼らの言葉は生きる者に安らぎを与えようとする言葉ばかり。私たちは、近しかった者たちが死後も私たちを見守ってくれることを願い、そのことにより、彼らを喪った寂しさを慰め、死への不安をも和らげようとしているのかもしれません。本作で登場する怪しげな霊能者たち。藁をも掴む気持ちで彼らの元に集まる人々が、"騙される"のも、彼らの中の信じたい気持ちがあるからこそなのでしょう。


マーカスが命を救われるシーン。彼を救ったのは、本当にジェイソンなのか?ジェイソンの言葉としてマーカスに伝えられたのは、本当に、すべてがジェイソンの言葉だったのか?ジョージがマリーに書いたメッセージ。そこには、何が書かれていたのか?謎を残してラストを迎えます。


死、そして、死後の世界に向き合おうとした点では意欲作と言えるでしょう。けれど、その部分で、突っ込み不足だったと思います。死後の世界の描き方も、死者の霊に救われるといったハナシも、霊能者についてのいくつかのエピソードも、衝撃度も低く、目新しさもなく、どこかで聞いた話の寄せ集め。もう少し、死後の世界というものをそれなりの死生観を持って正面から描いて欲しかったような...。


全体に、物足りなさが漂うのは、マリーとジョージ、それぞれが抱える葛藤の描き方が、ややありきたりな感じがしてしまったからなのかもしれません。この2人の陰影がもっと深く描かれているともっと味わい深い作品になったのではないかと思います。


死後の世界については、ジョージも「分からない」と言っています。死者の言葉を伝えているにも関わらず。もしかしたら、これが答えなのかもしれません。それぞれ違った形で、死後の世界に取り付かれた生きる者たちが、死後の世界に触れ(たつもりにな)ることで、慰めを得る。死後の世界は、死者のためにではなく、生きる者たちのためにあるのかもしれません。


主要人物3人の運命が交錯する辺りは、予想通りの展開で、少々、安易に過ぎた感じもしました。そして、ラスト。中途半端な印象が拭えません。何だか、はぐらされた感じがしてしまいました。「これで終わり?」「これで終わってしまっていいの?」と頭の中は、???


クリント・イーストウッドの作品ということで期待しすぎたのかもしれませんが、物足りなさが残ってしまいました。残念。


それでも、冒頭の津波のシーンは迫力満点。そして、音楽が良かったです。どんな作品でも、どこか引っかかる部分を残すのは、さすが!



公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/hereafter/index.html



ヒア アフター@ぴあ映画生活

サラエボ、希望の街角

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2006年度のベルリン映画祭で金熊賞に輝いた「サラエボの花 」のヤスミラ・ジュバニッチ監督が、前作同様、戦いの傷跡が残るサラエボを舞台に撮った作品です。


ボスニア紛争から15年が経ったボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。キャビンアテンダントのルナは、恋人の管制官、アマルと同棲していました。紛争で肉親を喪い、戦争の記憶を拭うことはできずにいましたが、それでも、幸せな日々を送り、2人の間に子どもが欲しいと不妊治療も受けていました。戦争の記憶を消すために酒浸りになっていたアマルは、勤務中の飲酒がばれて定職処分を受けてしまいます。そんな時に再会した戦友に誘われてあるキャンプに参加したアマルは、イスラム原理主義に惹かれるようになり...。


違う信仰を持つ人々が実に平和に穏やかに共存にしていたサラエボ。けれど、そこが、宗旨によって排除しあう場になり、殺戮の場となり、多くの人々の命が奪われ、生き残った多くの人々に癒えない傷を残しました。


ルナもアマルも肉親を喪っています。恐らく、当時のボスニアにいた人で、身近な人を1人も喪っていない人はいないのでしょう。ルナもアマルも、幸せそうに生活していますが、心の奥に傷は残り、まだまだ、癒えてはいないのです。


アマルは酒に溺れ、やがて、酒から救われ、イスラム原理主義に引き寄せられていきます。戦って死んでいった仲間たちの死を英雄的行為として称え、自分たちも戦いを継続することを誓う原理主義の考え方は、戦った兵士たちを英雄視し、戦死者たちの死を意義あるものとして評価します。そのことは、遺された身近な者たちの気持ちを納得させ、心を慰めるのでしょう。


そして、アマルは、「良い人間になりたい」のだと言います。そう、彼は悪人ではありません。傷つき悩みながらも必死に立ち直ろうとし、良い人間になろうとしたのです。けれど、彼が今のまま進んでいけば、テロリストと呼ばれるようになる可能性は低くないのです。いかにして善良な好青年がテロリストになるのか、その一端を垣間見たようにも思えました。


そう、「テロリスト=悪い人」なら、問題はそれほど大きくはならないのかもしれません。平凡で善良で小市民が、虐殺を行う兵士に変貌するから、冷酷なテロリストとなっていく可能性がある、つまり、誰もが状況によっては殺人マシーンに変身してしまうかもしれないことが恐ろしいのです。これまでに繰り返されてきた戦いの中で起こったことと同じように。


ラストの何かを決断したルナの表情が印象的でした。そう彼女は新しい人生を歩む決意をしたのでしょう。アマルには、自分の何が問題だったのか、自分の何をルナが嫌ったのか、、理解することは難しいのかもしれません。ルナの凛とした姿勢に比べ、何が何だか分からないうちに、ルナに捨てられたという想いを抱えているであろうアマルが哀しかったです。


ルナの決意の中身は明示されてはいません。子どもはどうするのか、アマルとの関係はどうするのか?いずれにしても、彼女は自らの人生を自分で選択し、その道を堂々と歩んでいくのでしょう。


大きな悲劇の後で、人はどう生きるのか?人には何ができるのか?いろいろと考えされられました。決して一枚岩ではない様々な立ち位置のイスラム教徒の生活振りにも興味深いものがありました。



公式サイト

http://www.saraebo-kibou.com/



サラエボ、希望の街角@ぴあ映画生活

ダラスの熱い日

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公表された犯人は真犯人ではなく、事件の真相は隠されているとの噂が絶えないアメリカ第35代大統領、ジョン・F・ケネディ暗殺事件。1963年11月22日、テキサス州、ダラスで起きたその事件の真相に迫るドキュメンタリータッチの作品です。


原作は、犯人とされたオズワルドの弁護を引き受けようとしたケネディ暗殺事件の研究で知られる弁護士、マーク・レーンとドナルド・フリートによる「ダラスの熱い日」。


ケネディ大統領の存在を疎ましく思っている軍事産業や石油産業の大物4人が集まり、密かにケネディ暗殺計画を練ります。彼らは、ケネディと関係が悪いCIAの元工作員たちを雇い暗殺の準備をするとともに、FBIの下っ端工作員だったオズワルドを真犯人の身代わりに仕立てあげていきます。暗殺は成功し、ケネディは死亡、オズワルドが逮捕され、そのオズワルドも射殺されます。そして、事件に関する証人、18人が事件後3年の間に命を落とします。


人気を博していた若き大統領、ジョン・F・ケネディでしたが、その軍縮計画やベトナム戦争からの撤退などの政策故に、アメリカ国家に大きな影響力を持つ軍需産業や石油産業の大物からは疎まれていました。人の命より、国民の幸せより、商売が大切な彼ら。そう、武器を売る商売なんて、人の命の重さなど考えていたらできるものではありません。戦争や紛争がないと生き延びていけないのですから。


ブッシュ(息子)が大統領になる際にも軍事産業や石油産業の力が大きく関わり、その後の政策にも影響を与えたという見方も強いわけで、そんなことを思えば、さもありなんという内容の作品です。


かなり大掛かりで周到な計画ですが、実に淡々と進められます。特に盛り上げようという演出は感じられず、実に静かですが、それだけに、リアリティが感じられ、隠れた力によって世の中が動かされていくことの恐ろしさを実感させられます。


本作が製作されたのは、事件の10年後。まだ、その記憶も生々しい頃です。事件当時のフィルムが挿入され、マルチン・ルーサー・キング牧師がケネディ暗殺の3カ月くらい前に行った「I have a dream」で始まる有名な演説の映像も織り込まれ、当時の状況を感じさせています。この公民権運動の象徴的な存在だったキング牧師もJFKを葬ろうとした人々にとっては煙たかったことでしょう。


ケネディ暗殺は、それまで社会的に弱い立場に追いやられていた人々の権利に光を当て、平和な世界を目指そうとした時代の盛り上がりに水を差した事件でもあったのです。その後のアメリカの歩みを思えば、やはり、この暗殺事件は大きな出来事だったわけです。


アメリカ政府が保管するJFK暗殺に関する資料が公開されるのは2039年になるとのこと。28年後、私たちは、どんな真実を知ることになるのでしょう?イヤ、生きているのか、私?28年たっても、現在の日本人女性の平均寿命よりはずっと若くはあるのですが...。どんな情報が出てくるのか、とても、気になります。



ダラスの熱い日@ぴあ映画生活

北京の自転車

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北京の自転車 [DVD]/崔林(ツイ・リン),李濱(リー・ビン),高圓圓(カオ・ユアンユアン)
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オリンピック開催が決定される前の北京が舞台。17歳の少年、グイは、農村から北京へ仕事を求めてやってきて、自転車宅配の仕事を得ます。仕事用の自転車が支給され、一定の回数の配達をこなすと自転車が自分のものになるというシステムで、グイは、一日も早く自転車を自分のものにするため、仕事に励んでいました。この配達を終えれば自転車が自分のものになるという時、大切な自転車を盗まれてしまいます。必死に探し回り、やっと高校生のジェンが盗まれた自転車に乗ってるのを見つけます。けれど、それは、ジェンが中古で買ったもので...。


グイにとってはやっとの思いで手に入れた大切な仕事のための自転車、ジェンにとっては、「なくては生活ができない」というレベルではないにせよ、同級生たちの仲間になるためには重要なもの。それも、自転車が欲しくて、自転車を親に買ってもらうために必死に良い成績をとっていたワケで...。


ジェンとの「自転車を買う」という約束を反故にした父にしても、他の子どもの教育費を考えると致し方ない面もあり...。


グイもジェンも、悪いことをしたわけではありません。双方とも被害者なのであって、悪いのは、自転車を盗んで売り払った人物。けれど、その犯人も、どうしようもない貧しさに追い詰められていたのかもしれません。もちろん、だから悪くないということにはならないワケですが...。


そして、グイとともに生活する青年。彼らが2人で覗き見をしていた若い女性。それぞれに、田舎から大都会、北京に稼ぎに来て、それぞれに、なかなか報われません。ジェイも、やはり、報われない...。


貧しい者はなかなか浮かび上がれず、持てる者は常に強く、格差は開くばかり...。そんな現実が相当な勢いで発展を続ける北京の街にはあるのでしょう。


貧しき者たちが徹底的に痛めつけられるラストは重いですが、壊された自転車を持って立ち上がったグイの姿には凛々しさも感じられました。現実は厳しくても頑張って前に進んで欲しい、そう願わずにはいられません。


「都会の金持ち=悪」「田舎者=貧乏=善」という描き方は、あまりに単純な感じもしましたが、その明快さ故に作品の陰影が明確になった面もあるのでしょう。


グイ、ジェンのそれぞれを演じた俳優もそれぞれの役柄の雰囲気を巧く出していて良かったです。北京のいかにも大都会な感じがする風景とその裏側にあるゴミゴミした小さな家々。その対比も印象的でした。


地味だけれど、心に沁みる作品でした。



北京の自転車@ぴあ映画生活

花を売る少女

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北朝鮮映画の全貌 花を売る乙女 [DVD]/ホン・ヨンヒ/パク・ファソン
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貧しい家庭に生まれ育った少女、コップニは、病気の母親と盲目の妹との3人暮らし。兄のチョルヨンは、6年前、妹のスニが熱湯をかけられ失明させられたことを恨んで地主の家に放火して逮捕されていて、男手もなく、コップニは働き詰めの日々を送っていました。そんな過酷な生活を運命と受け入れていたコップニでしたが、監獄を脱出し朝鮮人民革命軍(抗日パルチザン)に入隊した兄と再会し、世界観を徐々に変えていきます。


貧しくはあっても、清く正しく懸命に生きようとする少女を次々に襲う不幸。その不幸を作り出すのは、地主や日本人。こうした作品で日本人が鬼畜なのは定番ですが、本作では、日本人よりも、地主の方が遥かに悪いヤツとして存在感たっぷりに描かれています。


そして、まるでふた昔、いや、もっと前の古典的少女マンガのようなベッタベタな演出。やたらと歌が挟み込まれれたり、善き側が酷い目に遭うと雷鳴が轟いたり、大げさな音楽が鳴ったり...。ヒロインとヒーローは、服装はみすぼらしく、痛めつけられても肌は白くツヤツヤ輝いているのもお約束なのでしょう。


コップニが監獄を訪ね、看守に「兄は死んだ」と告げられるシーンなども、相当に力が入っていました。突然、波が打ちつける断崖の映像が登場してしまったり...。それにしても、「死んだ」と嘘をつき、肉親を訪ねてはるばるやってきた人を追い返すなんて、日本人の拉致被害者に関する北朝鮮の姿勢を見るようであったりもします。北朝鮮側にも、こうした対応が酷いものだという感覚はあるということになるのですが...。(まぁ、それとこれとでは事情が違うということなのでしょうね...)


そして、革命万歳!将軍様万歳!世界に類を見ない国家(これは、北朝鮮政府のお題目とは全く違う意味で事実なのですが...)、北朝鮮に生まれた人民は幸せ者!ラスト10分くらいは、相当にあざといプロパガンダですが、そこまでの2時間弱は、そう悪くない感じがします。少なくとも、このラストに至る部分以外は、想像していたほど、政治臭は感じられませんでしたし...。もちろん、政治的な意図は匂ってきますが、頑張るお姉ちゃんといたいけな盲目の妹の姉妹が可愛らしく、その魅力で引っ張っています。


映画作品として洗練されているわけでも、特に面白いストーリーなワケでもありませんが、いろいろな意味で興味深く観ることができる作品でした。