うたかたの恋

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うたかたの恋 [DVD]/シャルル・ボワイエ,ダニエル・ダリュー,ジャン・ドビュクール
¥5,040
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1889年1月30日、オーストラリアのハプスブルグ家のルドルフ大公とその不倫相手、マリーがマイヤーリングで心中し、後に"マイヤーリング事件"と言われるなぞの多い事件をもとに書かれたクロード・アネの小説を映画化した作品。本作の後、1956年にオーストリアで「晩鐘」のタイトルで、1969年にアメリカで「うたかたの恋」のタイトルで、映画化されています。


19世紀末オーストラリアのハプスブルグ家の跡継ぎであるルドルフ大公は、ベルギーの皇女と政略結婚させられます。ある日、男爵令嬢のマリーと出会い、激しい恋に落ちますが...。


父の独裁政治に反感を抱き、ハンガリー独立を密かに支援するルドルフ大公。すでにハプスブルグ家の力は爛熟期にあり、実質的な権力は皇帝よりも、その臣下の手に移り、皇帝や貴族は"お飾り"。統治能力など求められるものでもなく、いえ、却って能力のある皇帝など煙ったい存在でしかなかったのでしょう。


となれば、政治に関心を持ち、自由主義的な思想に理解があり、学生運動や独立運動に関心を示し、大衆からも人気がある大公など邪魔でしかないはず。けれど、おおっぴらに排除することも難しければ、力を発揮できる場を与えず腐らせておくしかない...。で、腐ってしまった大公は、酒と女に逃げた。そして、マリーは、その鬱屈した日々から彼を救い出す天使だった...ということなのでしょう。


マリーを演じたダニエル・ダリューの清純で気高さを感じさせる美しさが印象に残ります。マリーが大公と心中したのは17歳の時。世紀の悲恋、「ロミオとジュリエット」のジュリエットよりは年齢が上ですが、その表情には、大公との恋に人生を賭ける覚悟が滲みます。


大公を疎ましく思う皇帝の臣下たちの動きや、大公とマリーの恋が人々の口に膾炙されていく様子も丁寧に描かれ、大公が追い詰められていく状況が伝わってきます。


そして、追い詰められても、権力の背景にある醜いものに触れてはいても、どこか、警戒心が緩いというか、世間知らずな故の楽観的な姿勢が垣間見える大公。やはり、進歩的な思想への理解があるといえども、保守の牙城ともいうべき王家の坊ちゃんであることも、間違いなく彼の本質の一部だということなのでしょう。


大公の置かれた状況や心情の変化などが丁寧に描かれ、心中に至る過程が説得力をもって描かれます。


1935年の作品ですから、75年も前の作品で、古さが感じられる部分も少なくありませんが、それは当然のこと。それでも、ラスト近くの舞踏会の場面からラストにかけて、華やかな場面から2人の死に至る場面への展開は胸に沁みてきます。特に、マリーが大公に心中の決意を打ち明けられ、ついていく決意を告げる場面は印象的です。


しかし、大公も不幸ではあったのでしょうけれど、大公妃はもっと大変な思いをしたわけですよね。政略結婚で好きでもない相手と一緒にされたのはお互い様。妃の方は、慣れない土地に来て他人の中での生活になるわけで、その中で、本来、頼れるはずの大公からこんなに冷たくされては、たまっものではありません。


2人のロマンスを前面に出すと、妃はどうしても悪者側に位置づけられてしまいますが、彼女には、何の責任もない事件なのですから...。


もう少し、妃への同情があっても良かったような気もしますが...。

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RED/レッド

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元腕利きのCIA、フランクは、年金課に勤める顔も知らないサラとの電話での会話を唯一の楽しみに田舎でひっそりと生活していました。そんなある夜、謎の侵入者に襲われたフランクは、彼らを撃退し、サラの家へ。フランクとの電話のやり取りが盗聴されていたことで彼女の命も狙われることを恐れたフランクは、サラを連れ出し、かつての仲間たちのもとへ向かいます。彼らとチームを組み、敵の正体を探りながら自分たちを護るために戦いますが...。


フランクも、かつての仲間たちも、すでに現役ではありません。皆さん、もう若くはありません。モーガン・フリーマン演じたジョーなど80歳の設定です。年齢を重ねている面々がチームを組むのだから、体力勝負ではなく、経験と知恵を活かした頭脳戦...なのではありません。現役バリバリのCIA相手に堂々と体を張ってのアクションです。枯れることを知らないジジ、ババたち。


やはり、高齢化社会。年をとったから体力は使わないなんて言っている場合ではない...ということなのかもしれません。御年80歳でガンで死期が迫っていてもアクションしなければ!


フランク、ジョー、そしてかなりぶっ飛んだマーヴィン(ジョン・マルコヴィッチ)、元は名うての殺し屋、ヴィクトリア(ヘレン・ミレン)、かつての敵、イヴァン(ブライアン・コックス)、そして、巻き込まれたサラ(メアリー=ルイーズ・パーカー)。それぞれにキャラクターがしっかりと作られています。まぁ、左程、目新しさが感じられるストーリーでもありませんし、よくある展開でしたが、キャラクターが作り込まれていて楽しめました。


ヴィクトリアとイヴァンのロマンスも、なかなか、良くできていたと思います。ヴィクトリアの愛情表現、イヴァンの愛情の受け止め方、独特の味わいが感じられました。


中高年を中心に据えた物語としては、かなり弾丸が飛び、人が死に、物が破壊されています。けれど、不死身な主人公たちは、難なく生き残ります。個人的には、唯一人、ジョーが銃弾に倒れたのは残念でしたが...。ほとんど、モーガン・フリーマン目当てで観に行ったもので...。


後に残るものはあまりありませんが、観ている間は、結構、楽しめました。



公式サイト

http://www.movies.co.jp/red/



RED/レッド@ぴあ映画生活

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不思議惑星 キン・ザ・ザ

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不思議惑星キン・ザ・ザ [DVD]/スタニスラフ・リュブシン,エヴゲーニー・レオノフ,ユーリー・ヤコヴレフ
¥4,179
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自分は宇宙人だと言う裸足の男が持っていた空間転移装置によって、キン・ザ・ザ星雲にある砂漠の星、ブリュクへワープさせられてしまった建築技師と学生。2人は、何とか地球に戻ろうとしますが...。


何ともバカバカしい作品なのですが、細部までこだわりが感じさせられる妙に完成された世界がそこにありました。


変な人々が生息する惑星、キン・ザ・ザ。礼儀には異様にうるさいのにも関わらず、治安の悪い都市。マッチに対する異常な欲望。この惑星に行き着いたのは、ソ連の人たち。かつて、社会主義の国々では、物が不足しがちで、商店には長い行列ができるというニュースがよく流されていましたが、そのソ連の人たちにも左程貴重ではない品物をこれ程までに珍重する世界があるというのも皮肉。


登場人物も可笑しければ、出てくる飛行物体などもヘン。でも、しっかりと凝った造りになっていて、相当なこだわりが感じられます。


宇宙人が登場するSF作品ながら、戦いがあるわけでもなく、殺し合いがあるわけでもなく、異文化が衝突する緊張感などなく、とぼけたのんびりとした雰囲気が作品を覆っています。地球人のコンビもとぼけているなら、宇宙人たちもどこか間抜け。「キュー」と「クー」で繰り広げられるコミュニケーションもいい味わいがあります。


好き嫌いは分かれると思いますが、一度観たら忘れられない作品。いろいろと問題もあったソ連時代の社会主義社会。本作には、ソ連社会を揶揄するような表現もところどころに見られます。社会主義のソ連でこそ、生み出された作品なのかもしれません。


角度を変えれば、いろいろな観方ができて、様々な解釈をすることができる。それも本作の奥行きの深さなのでしょう。きっと、繰り返し観れば、その度に新しい発見ができるのでしょう。


本作にしかない独特な面白さを味わわせてくれる作品です。



不思議惑星キン・ザ・ザ@ぴあ映画生活

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女はみんな生きている

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女はみんな生きている [DVD]/カトリーヌ・フロ,ヴァンサン・ランドン
¥4,935
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仕事の忙しさを口実に面倒なことはすべて妻のエレーヌに押し付ける夫。息子は息子で学生の身ながら勉強もせず2人の恋人と遊ぶことに夢中。そんなオトコたちに家政婦のように扱われるエレーヌでしたが、ある日、ふとしたことから、一人の娼婦、ノエミが男たちに襲われる場面に遭遇します。ノエミのその後が気になったエレーヌは、ノエミが入院する病院に泊り込んで彼女の世話をするようになり...。


不満を抱えながらも、夫の横暴を受け入れてきたエレーヌですが、ノエミと関わるようになり、徐々に、夫や息子に振り回される生活から抜け出していきます。自分が助けないとならない相手がいるという自覚が彼女の中に眠っていた力を呼び覚ましたのかもしれません。ストーリーの進行とともに、生き生きとし、逞しさを見せていくエレーヌの姿が印象的です。


ノエミの"眼力"が印象に残ります。怪我を負わされ病院で治療を受けるノエミが、瞑っていた眼を大きく見開くシーン。それは、ノエミが再び生に向かうことを示すと同時に、エレーヌの中の何かを目覚めさせる力となったのかもしれません。


ノエミ自身も彼女を襲う危機の中でその力を磨いてきました。元々、成績優秀だったとのことですが、彼女を襲う悲劇の中で、その才能は磨かれていき、自分を護る武器となってきたことが彼女の口から明かされます。


"復讐劇"も痛快。ノエミの客たちへの、そして、組織への復讐。家族への意趣返し。中でも、父へ向けた最後の言葉。エレーヌのための行動だったのでしょう、ノエミのエレーヌの夫と息子への対応も、なかなか考えられていてコジャレタ感じ。特に、エレーヌの夫を騙して母親の元に連れてくる場面。気が利いています。


まぁ、少々、巧くいきすぎな部分も目立つのですが、自分たちを虐げ、搾取する者たちに復讐をし、自分たちの人生を切り開いていく姿は、爽快な感じでしたし、女4人が並んで海を眺めるラストは、それぞれの視線の先にあるものを思うと感慨深いものがあり、心に沁みるシーンとなっていました。


制度は整ってきているとはいえ、人々の心の中からはなかなか払拭しきれない男尊女卑な意識、移民問題、宗教問題、国際的な売春組織とそこに絡んでくる人身売買の問題。深刻で重い社会的な問題を扱いながら、程よい軽さとユーモアも感じられ、エンターテイメント作品としても成立している点が見事。


楽しむとともに、いろいろと考えさせられました。一度は観ておきたい作品だと思います。



女はみんな生きている@ぴあ映画生活

ダウト~偽りの代償~

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ダウト~偽りの代償~ [DVD]/マイケル・ダグラス,アンバー・タンブリン,ジェシー・メトカーフ
¥3,990
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次々に裁判で勝利し、知事の座を狙っているとも目されている敏腕検事、ハンター。その勝ちっぷりに、彼が証拠をねつ造して無実の人間を罪に陥れているのではないかと疑ったジャーナリストのCJは、ハンターの悪事を暴くため、ハンターの部下のエイラに近づきまず。CJは、次第に、エイラに愛情を抱くようになります。そんな中、彼は、ハンターを追い詰めるために一計を案じ...。


いくら、極悪なヤツの悪事を暴くためとはいえ、「犯罪には犯罪」というのも、ちょっと極端。その前に、正攻法で立ち向かう試みをしても良かったのではないかと...。結構、ハンター検事もボロを出していたわけですよね。エイラが本気出して調べれば分かってしまう程度には。


それに、ハンターがCJの事件を担当することになる保証もなかったわけです。もちろん、映画の都合上、好ましい偶然が重なっていくわけですが、あまりに危険な賭けだという印象は拭えませんでした。第一、そもそものCJの計画自体にも無理がありますよね。


ハンターもCJの狙いはガッチリ掴んだのに、エイラの動きには鈍感。エイラの動きはいかにも怪しくて、いくらでも尻尾を掴めただろうと思うのですが...。このあたりも、頭が働く部分と鈍い部分があまりにギャップがあって...。


悪を糺すために捨て身の覚悟をもって権力に挑む物語かと思ったら、どっちもどっちなヤツらの目クソ鼻クソ合戦。まぁ、元々、どちらも動悸が不順。義憤を感じてとか、責任感や義務感からというのではなく、功名を焦ったがための"犯行”なワケですから、どちらにも正義はないのは当然ことなのでしょう。


この"勧善懲悪"ではないところは、本作の特筆すべき部分かもしれません。この"所詮はワルとワル"という部分をもっと掘り下げて双方のどうしようもなくブラック面とその背景を感じられる作品になっていたら、ずっと面白かったのではないかと思ったりもしたのですが...。


それでも、それなりのハラハラドキドキは感じられ、細かいところに目を瞑れば、そこそこ楽しめる内容にはなっていたと思います。まぁ、そこそこレベルのTVの2時間ドラマ的作品といったところでしょうか。

やさしくキスをして

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やさしくキスをして [DVD]/エヴァ・バーシッスル,アッタ・ヤクブ,シャバナ・バクーシ
¥3,990
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あるカトリックの高校で音楽教師をしているロシーンは若くして結婚した夫とは別居中。ある日、パキスタン系移民の教え子、タハラの兄でクラブでDJをするカシムと出会います。同じ音楽という趣味を持っていることもあり、急速に愛し合うようになります。けれど、一人息子であるカシムを同じイスラム教徒と結婚させたいカシムの両親は2人の交際に大反対。一方、ロシーンには、正教員として勤務しないかとのオファーが来ますが、そのためには教区の司教の書類へのサインが必要。司教に彼女の私生活がカトリックの教えに相応しくないと指摘され...。


宗教に引き裂かれようとする恋。ロシーンの側にもカシムの側にも信仰の問題が登場します。けれど、それぞれの"信仰の問題"には、大きな違いがあります。ロシーンは、彼女の生活のあり方がカトリックの考え方にそぐわないということでやっと正教員の待遇を得ることができるはずだったカトリックの学校を追われますが、それで、仕事そのものを失うワケではありません。無宗教の学校があり、そこで教員として働くことができます。けれど、カシムが属する社会では、宗教を中心としたコミュニティにより生活の全てが支えられている。その宗教に従わないということは、生活の基盤そのものを失うことに繋がるのです。アイルランド系とはいえ、疑問なくそこを"自分が生活する場所"と思えるロシーンと他所からの移住者で差別される側にあるカシムとの違いが浮き彫りになっていきます。


そして故郷での生活を知る移民第一世代と移住先で生まれ育ち、移住先の社会や文化に触れながら育った第二世代の考え方の違い。第一世代の方が、自分たちのコミュニティや故国での風習により縛られるのは当然。そして、なお差別する側にあるとはいえ、第一世代がその社会でそれなりの居場所を確保してから登場する第二世代では、移住先の社会からの疎外感の受けとめ方にも、随分、違いがあるのでしょう。


クラブでDJをしたりしているカシムには、ロシーンの考え方も理解できたでしょうし、両親の想いも理解できたはず。だからこそ、板ばさみの苦しみがあったのでしょう。


恋愛に宗教や、移民問題を絡ませ、しっかりと社会的な視野を持たせながら、ラブロマンスに仕上げている辺り、さすがケン・ローチ監督、といったところでしょうか。


カシムの件で婚約を破棄された(破棄されかけている?)カシムの姉の結婚はどうなったのか、タハラの進学問題はどうなったのか、結末が示されないまま物語はラストを迎えます。簡単に結論を出せる問題ではないのでしょうし、安易な解決を示すことが得策とも思えませんが、気になることころではあります。


ロシーンとカシムは、取りあえず、自分たちの恋を取る決意をしたようですが、けれど、それぞれの属するしゃかいや文化、宗教、そして、家族といったものから自由な恋愛というものがあり得るのか、その愛情は長続きするものなのか、それが幸福をもたらすものなのか、考えさせられます。



やさしくキスをして@ぴあ映画生活

ヤコブへの手紙

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舞台は1970年代のフィンランドの片田舎。終身刑を受け服役していたレイラは、恩赦により出所します。行く当てのないレイラでしたが、盲目のヤコブ牧師の求めに応じて、住み込みで彼のために手紙を読み返事を書く仕事をすることになります。けれど、悩みを抱える人々からの手紙を牧師へ届ける郵便配達人は、レイラに不信感を抱きます。ある日、牧師宛の手紙がぷっつりと途絶え...。


上映時間75分。舞台のほとんどは一軒の牧師館。登場人物はほぼ3人だけ。セリフも少なく、登場人物たちが大きく感情を変化させる場面はさほど多くはありません。実にこじんまりとした静かな作品ですが、とても深く重く胸が揺さぶられました。


手紙が途絶えてからの牧師の気持ちの変化。最初は、牧師が悩める人々を救い、支えているように描かれていくのですが、牧師の方こそが手紙を書く人々に支えられていたのだということが明かされます。


そして、レイラと牧師の関係。牧師がレイラを救ったのか、レイラが牧師を救ったのか?そもそも、レイラは何故、終身刑という重い刑を課されるような罪を犯したのか、そして、何故、牧師はレイラの存在を知り、彼女の恩赦を申請したのか?


牧師やレイラの数少ない言葉を丹念に辿れば、恩赦を願った人物を特定することができますし、それがわかれば、レイラの罪が誰のための行為であったのか見当付けることは難しくないでしょう。それでも、それが明かされる場面では、涙が溢れました。


人が人を救うということは、なかなか難しいことですが、たまには起こり得ること。けれど、誰かが誰かを一方的に救うということはあまりなく、互いに救われるという相互関係が成立して、初めて本物の救いになるのかもしれません。牧師と手紙を書く人々との関係も、レイラと牧師の関係も、レイラと姉の関係も。


そして、その"救う"という行為が、自分一人の力によるものでなくその背景にある絶対的な存在(本作では牧師ですから、"神"ですね)の力によるものだと認めることで、独りよがりにならない本物の"他者の救済"になるのかもしれません。


周囲に住む人がいないぽつんと人里離れた牧師館に住むヤコブ牧師も、釈放されても帰るべき場所を持たないレイラも、本当に一人っきりなのではありませんでした。その存在に気づきにくかったかもしれなかったけれど、彼らを支えてくれる力が確かに存在したのです。


人と人は思いのほか繋がっているのだということ、人と人が繋がることの力を感じさせてくれる作品でした。地味でこじんまりとした作品ですが、力のある作品で見応えがありました。


しかし、謎の多い郵便配達人です。夜中に牧師館に忍び込んだのは何故か、突然、手紙が配達されなくなった背景に彼は関係ないのか、自転車が新しくなったのは何か背景があったのか?謎を残したままラストを迎えます。


そう、定期的に手紙を出してくる人が何人かいたにも拘わらず、それが、一斉に突然途絶えるというのは、あまりに不自然。それは、ヤコブとレイラが克服すべき"試練"だったのかもしれません。が...ヤコブに届けられていた手紙にも、ヤコブを支えようという意思が働いていて、そこに郵便配達人が絡んでいた。その報酬としての新しい自転車...というのは、勘繰り過ぎ...なのでしょうね...。



ヤコブへの手紙@ぴあ映画生活

恋のゆくえ ~ファビュラス・ベイカー・ボーイズ~ [DVD]/ミシェル・ファイファー,ジェフ・ブリッジズ,ボー・ブリッジス
¥3,990
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ホテルの冴えないショーで細々と稼ぐピアノ・デュオの兄弟、フランツとジャックは、勧められて女性歌手を加えます。オーディションで発掘したスージーを加えたトリオは成功しますが、ジャックとスージーが恋に落ち、3人のバランスが崩れ始め...。


邦題は「恋のゆくえ」ですが、原題の「」が示す通り、兄弟の物語。ピアノの才能に恵まれた弟とそうでない兄。兄も才能の差についての自覚があり、デキル弟への嫉妬心も抱きつつ弟に対し”兄らしい”気遣いをしている(つもり)。弟は、兄を見捨てることもできず、兄を支えるために頑張ろうという気持ちを持ちつつも、兄に頼っている部分があることも自覚している。微妙なバランスの上に成り立つ兄弟関係、そこに漂う複雑な感情。物語の中で対立を深めますが、最後には、それなりに折り合っていく2人。まぁ、割とありがちな愚兄賢弟のハナシではあります。


そして、物語としては、少々、辻褄が合わないところも...。デュオでやっていた頃、彼らの演奏が全く客の耳を惹きつけない様子が描かれますが、そこまで酷くて仮にも他のバイトをしないで演奏活動だけでそれなりの生活ができるものなんでしょうか?それなら、フランツが、天才的な敏腕マネージャーということになるのですが、そんな雰囲気でもなかったですし...。フランツの演奏が下手だと言われている場面もありますが、ジャックが手を抜けばコンクールで優勝できる腕前なのだから、少なくとも下手ではないはずだし...。


それでも、本作が印象的なのは、作品を彩る名曲の数々と大人な雰囲気。


兄弟のツインピアノに加わるヴォーカル、スージーを演じたミシェル・ファイファーの甘く切ない歌声が心に沁みてきます。


フランツとジャックの兄弟を演じたブリッジス兄弟。さすがに実の兄弟(そして、実際にどちらかと言えば愚兄賢弟?)なだけあって、2人の関係性が見事に表現されています。ちょっとした仕草や視線、細かいところまでそれらしく説得力があります。特別に綺麗といえる映像ではありませんが、街や酒場の匂いまでが伝わってくるようなリアリティを感じられる映像もその説得力を支えています。


ジャックとスージーの2人が揃いもそろってヘビースモーカーなので、煙ったい感じが、少々、鬱陶しくもありましたが、胸に沁み入る佳作でした。



恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ@ぴあ映画生活

ソウル・キッチン

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ハンブルグの倉庫街にあるレストラン、"ソウル・キッチン"は、若きオーナーのジノスが配管、家具やキッチンの設置などすべてをゼロから作り上げた店。けれど、料理はほとんど冷凍物という"庶民的"。そんな中、偶然出会った高級レストランをその頑固さゆえにクビになったシェフ、シェインを雇い入れることになり、新しいメニューを考案しますが...。


人の好いレストランのオーナー、ジノスは、家賃を払わない店子を追い出すことも、傍メ~ワクな兄、イリアスを見捨てることもできず、恋人、ナディアには振り回されっぱなし。その上、ぎっくり腰には悩まされるわ、税金の督促を受けるは、衛生局に警告を出されるは、店を失うは、恋人に去られるは...。


まぁ、ジノス自身にもあまり後先を考えていないような部分もあり、彼の不幸の原因の一部は彼自身にもあるのは確か。そのジノスの頼りなげな、けれど、言動の端々に人の好さがにじみ出る感じが作品全体にホノボノとした味わいを加えています。ジノスを演じたアダム・ボウスドウコスのちょっと力が抜けた感じの外見もジノスのキャラクターにぴったり。


主人公のジノスと彼を取り巻く実に個性的な人々。それぞれのキャラクターが面白く生き生きと映像の中で存在していて、実に人間臭い作品になっています。


次々に不運に見舞われるジノスですが、彼なりに前向きに頑張ります。いつでもどこでも腰痛体操なところも微笑ましかったですし...。他人の悲劇は喜劇ということなのでしょう。ジノスの様々な不幸が描かれながらも、登場人物たちに注がれる視線は温かく、どうしようもない状況の中でもがきながらそれぞれの納得のいく場所に近づいていく姿がユーモラスに描かれていて、ジワジワと心に沁みてくるものがありました。


そして、こんなにも店を愛する人々は、移民の人々。他所から流れてきてここに集った者たちが見つけた自分たちの居場所、それが"ソウル・キッチン"なのでしょう。


店への思い入れを熱く語った割には、あっさりと店を兄に任せ、ナディアを追いかけようとしたジノスですが、そんな彼も、一人の男性として、一人の料理人として着実な成長を見せます。


割とありがちなお話で、先の読める展開ではありましたが、街の映像には、ハンブルグへの愛が感じられましたし、音楽も作品の雰囲気を巧く盛り上げていて良かったです。優しさが感じられ、ユーモアに溢れた見応えのある作品でした。



公式サイト

http://www.bitters.co.jp/soulkitchen/



ソウル・キッチン@ぴあ映画生活

焼け石に水

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焼け石に水 [DVD]/ベルナール・ジロドー,アンナ・トムソン,リュディヴィーヌ・サニエ
¥4,935
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R.W.ファスビンダーの戯曲を映画化した作品。70年代のドイツを背景にねじれた恋の物語を4幕の室内劇に仕立てています。


20歳の青年、フランツは、街で中年男のレオポルドに声を掛けられ、婚約者アナとのデートをすっぽかして彼の家に行きます。他愛もない会話の後、2人はベッドへ。フランツはそのままレオポルドの家で同棲生活を始めますが、レオポルドは、段々、フランツに冷たくなっていきます。そんな時、アナが訪ねてきて、レオポルドとの関係に絶望していたフランツはアナとベッドへ。アナは、初めてセックスに充実感を覚えます。そんな中に、かつてレオポルドと同棲していた男性、今は性転換して女となったヴェラが登場し...。


若い青年、年齢を重ねた元男な女性、若い女性、この3人を翻弄する中年男。


フランツも、ヴェラも、レオポルドに飽きられていて、そのことを理解しながらも、彼から離れられない。アナは、レオポルドから捨てられる日が来ることを想像してはいないのでしょうけれど、そう遠くない将来、捨てられるのは確実。すでに「自分のために働け」とレオポルドに言われているし。(レオポルドに貢ぐために売春しろってことですよね...)


さて、そのレオポルドの何が、彼らをそこまで惹きつけるのか、確かに、初対面のフランツをいきなり連れ込み、婚約者がいた彼にその存在を忘れさせた手腕というのは相当のもの。やはり、アレってことなのでしょうか?


愛情よりも、身体。それも、新鮮なことが大切。飽きたら次に。全くどうしようもなく暴君なレオポルド。自分に尽くすことを求めながら、相手を平気で傷つけ邪険にする。けれど、冷たくしても、相手は寄り添ってくる。レオポルドはフランツとヴェラに言います。「君が私を必要としているのだ」と。本当に嫌なヤツなのですが、その佇まいには、どことなく、魅力的なものも感じられます。この辺りは、演じたベルナール・ジロドーのウデかもしれませんが...。


そして、フランツ役のマリック・ジディの美しさ。これは、ほとんど、日本のBL(ボーイズ・ラブ)の世界。アナ役のリュディヴーヌ・サニエの若々しく健康的な美しさによって、ヘンにエロチックな方向に走らず、どこか、漫画的な世界になっています。


肉食動物に動物をエサとすることを非道だと非難することが無理難題なように、レオポルドに他人の愛情を弄ぶなと言っても無理なのかもしれません。彼のようなオジサンに焼き尽くされたくなければ、近付かずにいるしかないのかもしれません。


「より多く愛する者は、常に敗者となる」...、ナルホド...。でも、「負けるが勝ち」ってこともあるわけで、勝者と敗者のどちらが幸福かも分からないですしね...。というより、ここで勝ち負けを持ち出した時点で負けているような...。



焼け石に水@ぴあ映画生活