しあわせの隠れ場所

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父は行方不明、母は麻薬中毒、兄弟は12人はいるらしいけれどその実数も分からない、出生届さえ出されたかどうか不明、そんな環境に生まれ、ホームレス同然の生活をしていた実在のプロのアメフト選手、マイケル・オアーの半生を描いた作品。


正義感が強く、やると決めたらどこまでも自分を貫くリー・アンは、ファーストフードチェーンの経営者であり、彼女を愛し、理解ある夫のショーン、高校生の娘、コリンズ、父親似のしっかり者の息子、SJの3人の家族と豪邸で幸せな日々を送っていました。ある日、家族とともに家に向かう彼女は、雨に濡れながら夜道を歩く黒人の少年、マイケルを見かけ、声を掛けます。彼は、スポーツの才能を見込まれ、娘のコリンズと同じ高校に特別に入学を認められましたが、他の生徒は白人ばかり、きちんと勉強を出来る環境にいなかったため授業はほとんど理解できないという状態の中、孤独な日々を過ごしていました。リー・アンは、マイケルを自分たちの家に連れ帰り、家に泊まらせます。リー・アンは、徐々に、彼の境遇を知るようになり、結局、彼を家族として一家に迎え入れることになります。マイケルは、徐々に、成績を上げ、フットボール部に入ります。リー・アンの指導もあり、マイケルは、才能を開花させ...。


これが、実話だというのですから、スゴイ!まさに、奇跡を見ているようです。リー・アンの行動も信じられないほど型破りですが、高校に入る年齢まで悲惨な環境の中で過ごしながら、アルコールにも麻薬にも溺れることなく、暴力的になるわけでもなく、周囲の人間に対する信頼感を抱ける素直さを持っていたマイケルという存在こそが奇跡というべきでしょう。


マイケルの中に眠っていた類稀なる才能そのものが、自らが開花するために、マイケルの内面を劣悪な環境から守り、リー・アンを彼の元に導いたかとも思えてきます。神が彼の才能を惜しんだか...、いずれにせよ、どこかに私たちの運命を左右する力があり、その力が意思を持って紡ぎだした物語としか思えないような良くできた物語。実話ということがうたわれていなければ、"リアリティのないファンタジー"と感じていたことでしょう。


優れた才能が世に出た時、その背景にある奇跡としか思えないような偶然や出会いについて語られることは珍しくありませんが、もしかしたら、優れた才能というものは、自らが開花するためにそうした奇蹟を引き寄せる力も持っているものなのかもしれません。


マイケルの才能も開かれ、輝きを増していきます。何度か、邪魔も入りますが、彼の才能はそんなことで押し潰されるほど、ヤワではありませんでした。勿論、彼の"母"、リー・アンも。


正統派のクリスチャンで共和党支持者で経済的に豊かで...。見事にアメリカ社会の上層部に属する白人であるリー・アンと、アメリカ社会の下層部に属するマイケル。リー・アンにとって、マイケルに対する振る舞いは、キリストを信じる者としての正義であり、社会の上層部にいる者としての"ノーブレス・オブリージ"であったことでしょう。ほとんど"施し"であったかもしれません。


リー・アンに出会う前のマイケルのような生活を強いられている者は、アメリカ社会において、決して、珍しい存在ではないでしょう。実際は、かなりな階級社会で格差社会なアメリカ。貧しい環境に生まれながら、社会の中で成功を収めることは至難の業。そして、それは、アメリカという社会が抱える構造的な問題でもあります。


たまたま、マイケルはリー・アンとの出会いにより、生き方を変えることが出来ましたが、本当は、こうした個人的な力に頼ることなく、社会的な仕組みの中で、リー・アンと出会う前のマイケルのような存在を生み出さないような方策が考えられるべきなのでしょう。


けれど、それでも、本作で描かれている物語は、アメリカという社会が、別の面で持っている一つの大きな可能性を見せてくれていることも確か。


そして、リー・アンの「私が彼を変えたのではなく、彼が私を変えた」という言葉。「彼のためにしてあげている」という意識ではなく、マイケルの存在から、自分が与えられている豊かさに目を向け、自分のマイケルへの行為について内省する視線がきちんと示されていることが、本作を単なる"善意の物語"になることから救っています。人の成長に立ち会えることは、例え、そのことによって何らかの利益を得るわけではなくても、感動や興奮があるもの。リー・アンも、様々なものをマイケルから受け取ったのでしょう。2人の関係が、決して、一方的に施す者と施される者の関係ではなく、互いに与え合う関係であったことがきちんと描かれ、そのために、突っ走るリー・アンの姿に独善的な臭いが感じられなかったのだと思います。


そして、リー・アンの家族も見事。真っ直ぐで活動的な彼女ですが、身近にいて付き合いやすい相手ではないでしょう。そんな彼女に対し、深い理解を示し、彼女のすることを受け入れ、支え、愛する夫、ショーンの存在もまた、奇跡というべきなのかもしれません。


リー・アンを演じたサンドラ・ブロックは勿論、マイケル・オアーを演じたクィント・アーロンも印象的。ちょっとした表情の変化が、彼の内面の変化と成長を見事に表現し、物語に説得力を与えています。リー・アンの息子でマイケルの弟となったSJの生意気でちゃっかりした感じをコミカルに表現したジェイ・ヘッドも印象的。さらに、妻に振り回されているようで、しっかりと理解し支えている夫をティム・マッグロウが好演。


エンドロールで、実在のマイケルとリー・アンやその家族の写真が何枚も登場します。その写真を見ながら、物語を振り返ると胸が熱くなってきました。


特別に感動を煽るような押し付けがましさがない点にも好感を持てました。誰にでも勧められ、どんな時に観ても楽しめる内容だと思います。全体に、綺麗に描きすぎている感じもしますが(そんなことを思ってしまう私は、結局、マイケルにもリー・アンにもなれないのでしょうが)、力のある作品です。オススメ。



公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/theblindside/



しあわせの隠れ場所@ぴあ映画生活

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マイ・ルーム

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マイ・ルーム [DVD]/レオナルド・ディカプリオ,メリル・ストリープ,ダイアン・キートン
¥2,500
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リーは、17歳の長男、ハンクと次男のチャーリーを育てるため美容院で働き、美容師の資格を取ろうとしています。そんな時、ハンクが自宅に放火。補導されてしまいます。一方、リーには、長年、交流のなかった姉、ベッシーがいました。ベッシーは、父と伯母の介護をしてきましたが、白血病に冒され、親族からの骨髄移植を勧められていました。20年振りに姉からの連絡を受けたリーは、ハンクとチャーリーを連れて、故郷に向かい...。


ハンクを演じるレオナルド・ディカプリオの若さが光ります。もう、子どもではいられず、けれど、大人にもなれない。中途半端な状況に置かれ、湧き出てくる力を制御する方法を見出せず、力を向ける先が見えないやるせなさに対する苛立ち。反抗期の青年を見事にスクリーンに浮かび上がらせています。


そして、リーを演じたメリル・ストリープ、ベッシーを演じたダイアン・キートンの緊張感溢れる迫力のある遣り取り。ベッシーが、過去の恋愛について、リーに話す場面。ここが、ギクシャクしていた二人の仲がグッと縮まるきっかけになるわけですが、二人の大女優の演技合戦とでも言うべきこの場面は実に印象的です。


「自分が愛されたこと」よりも、「自分が愛を注げる人がいた」ことが幸せ。長年、父と伯母の介護に明け暮れるベッシーの言葉が胸に残ります。


ベッシーが、リーたちを呼び寄せた本当の目的。それは、誰かにドナーになってもらうためではなく、死を前にして、リーとの関係を修復し、彼女の息子たちとの絆を作るためだったのでしょう。


ベッシーの治療がどうなっていくのかについて、その方向性は明示されぬままラストを迎えます。けれど、そこには、確かに新たな絆を結んだ家族の姿がありました。やや、唐突な感じのするラストではありますが、それぞれの登場人物を結ぶものが見えて、心温まる結末となっています。


エンドロールに流れる歌の詞も本作で描きたかったであろうことを示していて印象的。


演技の力を実感できる作品。観ておいて損はないと思います。



マイ・ルーム@ぴあ映画生活

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ウェザーマン

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ニコラス・ケイジのウェザーマン スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]/ニコラス・ケイジ,マイケル・ケイン,ホープ・デイヴィス
¥4,179
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デーヴィッド・スプリッツは、人気のシカゴのTVの気象キャスター。全国ネットの番組のレギュラーとなる日も近いものと期待し、正式な決定を心待ちにする日々。仕事面では順風満帆に見えるデーヴィッドですが、私生活では失敗続き。妻とは離婚、子ども達は自分から離れていき、復縁を夢見ている妻も他の男に惹かれていっている様子。離れて暮らす父親とはしっくりいかず、道を歩けば食べ物をぶつけられる始末。偉大な業績を遺している父に、少しでも認められようとするデーヴィッドですが...。


まぁ、目新しい内容の作品とは言えないでしょう。ストーリーもありがちだし、展開にも意外性はなく、なるようになっていくという感じです。


それでも、本作に独特の深みを与えているのが、デーヴィッドの情けなさ。デーヴィッドを演じるニコラス・ケイジの板についた情けなさが出色で、見応えあります。


巧くいかない様々な事柄。それは、自分を理解せず責めるばかりの妻のせい?出来の悪い子どもたちのせい?偉大すぎる父のせい?


太っていて、タバコを吸ったりして、服装のセンスも悪く、ヘンな渾名を付けられたりしている娘。けれど、彼女も、きちんと似合う服で装わせればチャーミングな女の子に変身。麻薬に手を出した息子にも、デーヴィッドが息子のために戦う姿を示すことで、変化が現れ...。


結局、妻と夫婦としてやり直すことはできませんでしたが、彼は、自分を変えることで、周囲が自分への視線を帰ることを知ります。周囲に原因を求めて責めても何も変わらない。他人を変えることなどなかなか出来ない。けれど、自分を変えることなら、少しは出来る...かもしれない。そして、その変化は、確実に周囲に伝わっていく...。


「僕が持っていた将来性と可能性

すべては年を重ねるごとに目減りを続けて

最後はたったひとつになった

つまり、今のこの僕だ」

デーヴィッドは、一つの真理に行き当たります。


中学生のときだったか、高校生のときだったか、学校で、先生に言われたことがあります。

「青春はすべての可能性が不可能に変わるときだ」と。

小さい頃、何にでもなれると思っていた子どもも、成長するにつれ、自分の力を知り、その力に対する世間的な評価を理解するようになり、できる、なれると思っていたことが夢であることに気づくようになります。そして、多くの場合、やりたい、なりたいと願っていたことが、あまりに無謀なものであったことを知ります。


けれど、それでも、その中に残る一筋の路があるはずだと、先生の言葉は続きました。その一つの歩むべき道を見つける時期が青春なのだと。


確かな自分の道を歩み始めた時、周囲も彼を認めるようになっていきます。デーヴィッド自身の中で起こる変化と彼を取り巻く状況の変化。彼の成長とその成長が刻まれた確かな証を私たちは目にすることになります。


その辺りの表情や姿勢の変化が実に見事で、味があります。父親役のマイケル・ケインも流石の演技で実に存在感があります。


それにしても、何故、デーヴィッドが、そんなに人気者になれたのか、自分で予報をするわけでもなく、「原稿を読む」だけで。その辺りは不思議でしたが、アメリカ的にはあり得ることなのでしょうか...。どうなのでしょう?


情けないヤツを演じさせたら右に出るものはいないニコラス・ケイジの名演を堪能する作品。観ておいて損はないと思います。



ニコラス・ケイジのウェザーマン@ぴあ映画生活

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The Harimaya Bridge はりまや橋

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はりまや橋 [DVD]/ベン・ギロリ,高岡早紀,清水美沙
¥4,935
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サンフランシスコに住む写真家、ダニエル・ホルダーは、一人息子のミッキーと喧嘩別れしてしまっていました。ミッキーは、アメリカを飛び出し、日本の高知県のとある町に英語教師として赴任、画家としても活動するようになっていました。高知の女性と恋に落ち、充実した日々を過ごしていましたが、1年も経たない内に交通事故で命を落としてしまいます。太平洋戦争で日本兵に殺された過去があり、息子が日本で死んだことで日本への嫌悪感を募らせますが、ミッキーの遺品から彼の描いた絵とその絵を贈った相手のリストを見つけ、ミッキーの絵を取り戻そうと高知を訪れますが...。


人々の間を隔て、心に傷を刻んでいた差別の問題。肌の色により、人種や民族により、出自により、職業により...、様々な理由で人は人を差別しようとします。自分の力ではどうしようもないことで人生の選択肢が狭められ、生き方が制限される。それは、理不尽なことですが、人類の歴史を見ても、人が差別感情から自由になるのは容易なことではなさそうです。


不幸な体験から日本そのものを忌み嫌っていたダニエルが、ミッキーの日本での暮らし振りや人々との交流の様子を知り、自らも日本に触れる中で、徐々に、気持ちを和らげ、心を開いていきます。そして、その過程の中で、自らが抱え込んでいた傷をも癒していきます。


その過程で明らかにされるダニエルが抱えたミッキーへの想い。そこには、後悔しても仕切れない無念が溢れています。けれど、取り戻せないと思われた無念も、新たな形でその先の人生に生かすことができる。そこに、人の世の可能性と希望があるのでしょう。


ありそうな設定で、先が読める展開。ストーリー的には目新しさはなく、その点では面白味はなく、ハラハラドキドキ感もありません。あまりに正攻法で作られずぎているのかもしれません。


けれど、ダニエルの心情の変化を丁寧に描き、周囲の人々との関わりを細やかに描写することで、物語に厚みが生まれています。また、ダニエルを演じたベン・ギロリが印象的な演技で本作の深みを支えています。


分かりやすいテーマが明確に設定され、目指す方向に向かってブレずに進んでいく。あまりにきれいに納まりすぎている感じもしますが、全体に丁寧に作られていて好感を持てました。


高知の風景が綺麗に切り取られ、独特のしっとりとした映像となっています。本作のアロン・ウルフォーク監督は、自身がかつて英語指導助手(ATL)として高知県須崎市で1年間勤務した経験があるのだとか。単なる「外国人が見た高知」ではない、他所から来た人間の目に映った高知の姿がそこに見えてきます。"日本三大ガッカリ名所"の一つとさえ言われるはりまや橋ですが、意外なほど、魅力的に映し出されていました。その辺り、製作者側の思い入れが感じられます。


レンタルのDVDで十分かなぁとは思いますが、なかなか印象的な作品に仕上がっています。観ておいて損はないと思います。



The Harimaya Bridge はりまや橋@ぴあ映画生活

天使の涙

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天使の涙 [DVD]/金城武,レオン・ライ,ミシェル・リー
¥3,990
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そろそろ足を洗いたいと思っている殺し屋、彼のパートナーである美人エージェント、彼女が根城とする重慶アパートの管理人の息子で口のきけない青年、モウ、金髪の女、失恋した手の女の子...。香港を舞台にそこに生きる若者たちが描かれます。


香港がイギリスから中国に返還され10年以上が過ぎます。返還前の香港には何度かいったことがありますが、いかにも危なそうなエリアがところどころにあり、怪しげなものに溢れ、それでいながら、大きなエネルギーと不思議な魅力が感じられる街でした。中国に返還された後、どうなっているのか...。


悪名高かったかの九龍城砦が取り壊されたのが返還を前にした1993年~1994年。本作が香港で公開されたのが1995年。イギリスの支配下に合った猥雑な香港の最期の姿を捉えた作品ということになるのかもしれません。


本作は、香港という都市に潜むアナーキーなドロドロしたエネルギーを映像に纏い、怪しげな雰囲気の中から顔を覗かせる艶っぽい魅力を描き出しています。登場する人々は、それぞれがワケありだったり、現実離れしていたりしますが、あの時代の香港なら実在しても不思議ではない人々。舞台となっている香港の街の雰囲気と登場人物たちの造形がぴったりと合っています。


最後まで観て、ストーリーを反芻しようとしても、何だったっけ???となってしまう作品ですが、香港という街を見事に映像に載せ、そこに蠢く人々の姿を浮かび上がらせています。


特に金城武が演じたモウが、コミカルで面白かったです。ほとんど強盗のような押し付けがましさ。けれど、本人には悪意はない様子で、どこか憎めない。突然"正義"(というのも情けない常識的なルール)に目覚め真面目になったり(自分の中では最初から最後まで真面目なのでしょうけれど)。身近にこんな人がいたら迷惑この上ない感じがしますが、傍から眺めている分には楽しい人物像を金城武が好演しています。


それぞれ、違った行き場を求める、あるいは、行き場を見失ってのた打ち回る様々なエネルギーが溢れた街、そして、それらが、ぶつかり合い、せめぎ合い、時には、影響し合って、また、それぞれの方向に進んでいく。人は、人との関わりの中で、時には自分を押さえ込み、時には苛立ち、傷つき、妬み、恨み...。けれど、人は、他者との関わりを求めずにはいられないし、人の中でしか生きられないし、本当の意味で幸福になるには、他者との温かい交流が欠かせないもの。他人を100%受け入れることも、他者との交流を100%拒否することも難しいものです。人間関係に疲れながらも、人間関係を断ち切ることはできません。そして、人との関係の中で、初めて、本当に癒され、温かさを知ることになるのでしょう。


ラストのセリフが印象的です。


多分、様々な限界を抱えた人間が"永遠"を図ることなど、おこがましいことなのでしょう。けれど、自分の中に多くの制約を抱え、ホンの短い期間しか生きることができない人間だからこそ、大切にしたい一瞬の中に永遠を見たくなるのでしょう。


ストーリー的な面白さはあまり感じられませんでしたが、独特の映像と雰囲気は楽しめました。観ておいて損はないと思います。



天使の涙@ぴあ映画生活

海の沈黙 デジタルリマスター版

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フランスがドイツの占領下にあった1942年、地下出版で刊行され、フランスの抵抗文学の傑作といわれるヴェルコールの同名小説を映画化した作品。原作は、かな~り前に読んでいます。


1941年の冬、ドイツ占領下のフランスの地方都市。姪と二人で静かな生活をしていた老人の家の一室を、ドイツ軍将校、ヴェルナーが間借りすることになります。ヴェルナーは、フランス語にも堪能で、フランス文化への尊敬の念を語ります。けれど、老人と姪は、ヴェルナーが存在しないかのように振る舞い、沈黙を続けます。ヴェルナーは、彼らがいつか口を開くことを期待しながら、一人で話を続けます。しばらく、老人の家を離れ、パリへ行ったヴェルナーに、ある変化が訪れていて...。


タイトルにも「沈黙」とありますが、実に静かな映画です。登場人物は、ほとんど3人のみ。そして、喋るのは、ほぼ全編に亘ってヴェルナーだけ。他には、老人の声をナレーションとして聞きますが、姪の声はたった一言、発せられるだけ。


建前の理想を信じ、自分たちの側に正義があることを疑わず、老人たちにそれを語るヴェルナー。今では、史上最大の悪のように考えられているナチスですが、当時、その渦中にあって、ナチスを支えていた多くの人々は、その正義を心の底から信じていたことでしょう。ナチスは、かなり残虐な行為を繰り返し、そこには、多数の人が加担したわけですが、それも、そこに正義があると信じていたから。正義のためでなく、残虐な行為ができるほどの悪人は、そう多くはないはずです。


ナチスを信じていたヴェルナー。けれど、彼にも、自分の間違いに気付く時がきます。心から信じていたものが信じるに値しないものだと悟ったときの絶望。ヴェルナーの選択に、彼の絶望が感じられます。ナチスへの幻滅、ナチスを信じた自分への不信、大罪に加担してしまったことへの後悔...。


一種の戦争映画ですが、ほとんど動きもありません。少ないセリフ、光と影を見事に対比させた緊張感溢れる映像、ちょっとした言葉や動き、表情の変化が、実に重みを持って感じられます。


前線に向かおうとするヴェルナーに対し、老人が示すアナトール・フランスの言葉。「犯罪的な命令に従わぬ勇気は素晴らしい。」けれど、ヴェルナーの行動を止めることはできませんでした。


自分の過ちを悟ったヴェルナー。その後の行動によっては、老人や姪との関係を大きく変えることもできたかもしれません。けれど、その勇気を持つことは難しいもの。だからこそ、"素晴らしい勇気"と表現されるわけですが...。過ちに気付いた人の多くが、その過ちを修正することができていれば、ナチスもあそこまでのことはできなかったはず。


非常に重厚な雰囲気の作品でした。限られた舞台、ごく僅かな登場人物、少ないセリフ、少しの動き、それだけで、多くのものを語りかけてきます。時代を感じさせる部分も少なくはなく、古臭さもないわけではありませんが、力のある作品です。


一度は観ておきたい作品だと思います。



公式サイト

http://www.crest-inter.co.jp/selection/



海の沈黙〈デジタルリマスター版〉@ぴあ映画生活

パレード

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第15回山本周五郎賞を受賞した吉田修一の同名小説を映画化した作品。原作は以前、読んでいます。


映画会社に勤務する直輝、イラストレーターとして独り立ちすることを夢見ている未来、芸能人の恋人からの電話を待ち続ける琴美、大学生の良介は、都内の2LDKのマンションでルームシェアをし、共同で生活していました。そこに、ひょんなことから男娼のサトルが加わり...。


原作を読んでから観ても、原作を読まずに観ても、楽しめる作品に仕上がっていたのではないのでしょうか。


原作にそれなりの長さがある場合、原作の内容をどう取捨選択するが問題になるったりするわけですが、巧く処理されていると思います。彼らが、何故、あの部屋に住むようになったかという点については説明不足だったと思いますが、原作を読んでいなければワケの判らない作品になってはいませんでしたし、原作を読んでから観て激しくガッカリさせられる作品でもありませんでした。


作品を包み込む雰囲気も、個々の登場人物のキャスティングも設定も、全体の構成、進行も、バランスよく練られていたと思います。


ルームシェアをしていた4人とそこに転がり込んだサトルの5人。互いに深入りしない関係を保つようにしています。その表面的な人間関係は、ある意味、自由なのですが、軽く、儚いものでもあるのでしょう。


同じ場所に住んでいながら、「隣は何をする人ぞ」。あまり他人に立ち入らないのは、ある意味、相手への思いやりなのでしょうが、そうした無関心は愛の不在の証明でもあります。


怖いラストです。直輝の罪。他の誰もがそれを知りながら、知らないふりをしていた?それが、事実であるとすれば、その動機は、彼らの生活空間を護るため...なのでしょう。けれど、それでは、直輝は、止めることが出来ないかもしれません。


未来も、琴美も、「部屋から出る」と呟きます。モラトリアムな彼ら。まだ、大人になりきれていない彼らにとって、安心感があって居心地の良い子宮のようなものだったのかもしれません。この安穏とした空気から抜け出さない限り、本当の意味で大人になることなどできない...、彼女たちは、それに気付いたのでしょう。酒を言い訳に気ままを繰り返してきた未来も、芸能人な恋人に振り回され続けた琴美も。


けれど、そんな彼女たちも、本当に脱出できるのか?5人の安全地帯にも思えた彼らの部屋が、彼らを捕えて離さない泥沼のようにも思えてきました。その"泥沼"は、いつか、彼らを飲み込むことになるのか...。


なかなか見応えのある作品でした。原作とは離れ、一つの独立した作品として成り立っている点は見事。一見の価値ありです。



公式サイト

http://www.parade-movie.com/



パレード@ぴあ映画生活

ルド and クルシ

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メキシコ北部のバナナ園で働く、"ルド(=タフな乱暴者の意)"という異名を持つベトと"クルシ(=ダサい己惚れ屋の意)"の異名を持つタトの異父兄弟は、仕事をしながら、サッカーに明け暮れる日々。ある日、タイヤをパンクさせたサッカースカウトのバトゥータを助けます。2人はPK対決で争い、勝った方はサッカーチームに入れると言われます。対決に勝ったタトは、メキシコシティに向かいますが...。


良くも悪くも、サッカーがとても大きな意味を持つ社会なのでしょう。そこに熱狂があり、歓喜があり、憎悪があり、商売がある。ほとんど全国民の関心を集めるものだからこそ、大きなお金も動く。表でも、裏でも。強い光が当てられているだけに、背景にある闇も深い。


世界的に見ても、最もサッカーが盛んな国の一つであるメキシコの抱える現実が、サッカーの世界を通して描かれます。


かなり悲惨な状況に陥る二人ですが、それでも、明るくハッピーエンドな雰囲気に纏められています。その辺りは、何ともラテン系。全財産をなくそうが、好きな女性に逃げられようが、名声を失おうが、サッカー選手として大事な脚を奪われようが、人生何とかなる...そんな突き抜けた能天気さが感じられ、ラテンな人々の逞しさが実感できます。


そして、何より、兄弟2人の無鉄砲さ。慣れないリッチな生活の中で自分を失い、無理した生活をしてみたり、ギャンブルに嵌ったり、薬物に溺れたり。ハチャメチャなのに、根底にあるのは、"大好きな母に良い暮らしをさせたい"だったり...。


基本的には、善人な兄弟。けれど、やはり、彼らには、セレブの生活は向いていなかったのです。ほどほどに、身の丈にあった生き方に辿り着いた様子のラストの2人の姿に胸をなでおろしました。彼らは、彼らが自分らしく生きられる場所に戻れたのでしょう。悲劇的でもありますが、これはこれで、ハッピーエンドなのかもしれません。(これでもハッピーエンドに思えてしまうところにあるものこそが、ラテンの力なのでしょう。)


スランプから抜け出せず、追い込まれたクルシとサポーターの遣り取りなども、とってもラテンな感じがして笑えました。


観ておいて損はないと思います。



公式サイト

http://www.rudo-movie.com/



ルドandクルシ@ぴあ映画生活

恋するベーカリー

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3人の子どもたちを女でひとつで育て上げた大人気のベーカリ-を経営する有名実業家でもあるジェーンは、10年前に子どもたちの父親である敏腕弁護士、ジェイクと離婚して以来、シングルライフを謳歌していました。ところが、あるパーティで再会、そのすぐ後に、息子の大学の卒業式に出席するために泊ったホテルでもジェイクと一緒になり...。


これは、メリル・ストリープあってこその作品といえるでしょう。コメディタッチの、結構、笑える作品で、R指定も納得の場面も散りばめられますが、下品な感じにならないのは、メリル・ソトリープの真骨頂発揮といったところでしょう。


ジェイクは、何とも、自己チューなオヤジ。若い女に走っておいて、けれど、その若さに振り回され、疲れて、馴染んだ古女房の元に逃げ込んできます。こんな夫となら、離婚したくなるもの致し方ない。観ていてイライラしましたが、それでも、ヤンチャ坊主な憎めなさが感じられるのは、アレック・ボールドウィンの演技あってのことなのでしょう。


ジェイクの方が、ジェーンとヨリを戻したがる理由は良く分かります。けれど、何故、ジェーンが、それを受け入れるのかは、今ひとつ弱い...と思いながら観ていたら、納得の展開。そうだよね~、そう簡単に、焼け木杭に火はつかないよね~と...。それなりの理由があって分かれた二人。その後の別々の10年間。元の関係に戻るのは、難しいでしょう。おまけに、ジェイクがあれですから。


まぁ、結局は、ジェイクもジェーンも、そして、アダムも、性懲りないヤンチャな男と女ということなのかもしれません。「人生八十年」の時代、寿命が長くなっている分、人が成熟するにも時間がかかるようになっているのかもしれません。イマドキの50代、60代は、必ずしも「大人」ではないかもしれませんね。


三人の力のある演技と、ジェーンの子どもたち、それぞれのキャラクターが上手くバランスを取りながら絡み合っていて、軽く楽しめる作品に仕上がっていると思います。


必ずしも映画館に行かなくても...とは思いますが、そこそこ、面白い作品にはなっていると思います。



公式サイト

http://koibake.com/



恋するベーカリー@ぴあ映画生活

セント・オブ・ウーマン 夢の香り

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セント・オブ・ウーマン/夢の香り 【プレミアム・ベスト・コレクション¥1800】 [DVD]/ジェームズ・レブホーン,フィリップ・ホフマン,ガブリエル・アンウォー
¥1,800
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感謝祭前夜の名門高校。バカンスの計画に胸を躍らせている経済的に豊かな階級のクラスメイトたちの中、給費生のチャーリーはとある家庭で老人の世話をするバイトをすることになります。感謝祭の週末を控えた夜、チャーリーとクラスメイトのウィリスとともに、悪戯を仕掛ける生徒を目撃し、校長に犯人の名前を告発するよう迫られます。有名大学への推薦をちらつかされ、奨学金を得られなければ大学進学を諦めざるを得ないチャーリーは友人を売るべきかどうか悩まされます。そして、感謝祭の週末、チャーリーは盲目の元軍人、フランクの我が儘な言動に振り回され...。


何とも、自分勝手で強引なジーサンです。けれど、その我が儘さの中に滲み出る優しさ。ストーリーの進行とともに、彼の様々な面が見えてきて、一人の人間としての魅力が感じられるようになっていきます。最初に姪が言った「根は優しい」というフランクに対する評価もあながち、チャーリーを逃さないための嘘ではなかったのだと思わされます。


弟の家での食事の場面。自分は人を容赦なく非難しながら、チャーリーへの悪口には激しく抵抗。まるでガキな対応なのですが、それでも、チャーリーへの想いが感じられます。こうした面が見えてくれば、チャーリーの心が変化してくるもの当然のこと。二人の心が繋がっていく過程が丁寧に描かれ、人と人が出会い、互いにとってかけがえのない関係になっていく姿が胸に沁みます。


フランクがフェラーリで街を失踪する場面など、それにしても、あまりに無茶というか、無謀な場面もあるのですが、ところどころに印象的な場面やセリフが散りばめられ、何度も見返したくなります。


特に、タンゴを踊るシーンは、後世に語り継がれる名場面といえるでしょう。基本的に女性に対しては紳士的なフランクのダンディな雰囲気と風格、彼の歩んできた誇り高き人生が凝縮されているような場面でした。


そして、ラストのフランクの演説。それまでのフランクの言動から考えるとあまりに青臭くベタなのですが、その落差があるからこそ、彼の言葉が観る者の心に響くのでしょう。様々な苛立ちや厭世的な気分を乗り越えた後にようやく辿りつけた"青臭い正義"だからこそ、人の胸に届くのでしょう。


アル・パチーノの存在感は圧倒的。とんでもなく、我が儘で自己中で時に暴力的な、全く持って嫌味なジーサンなのですが、そんな彼が、時に完璧なまでの気配りと優しさを見せます。フランクが見せる様々な顔、その落差に、彼の抱えた問題の根深さと、心に潜む闇の深さを思わされます。


一度は観ておきたい作品だと思います。



セント・オブ・ウーマン 夢の香り@ぴあ映画生活