韓国人の身内意識

法政大学教授、朴倧玄さんの著書より。






『他人より家族にやさしく』


日本では、「身内に厳しく、他人にはやさしく」という言葉をよく聞くが、韓国では「他人より家族にやさしく」という言葉がある。韓国のこの言葉は、身内で大事にされない人は外でも大事にされないという発想から生まれた言葉だ。


日本人は他人の行動に対して陰で悪口を言うことはあっても、人前で注意することはない。一方、韓国人は他人の行動とはいえ、それが正しくないものなら、人前でも注意する。しかし身内、特に子供のことになると、それほど厳しくならない。


(中略…著者の姉の子どもについての体験談が語られています)


外でケンカしてきた子供に対して、日本人の親は「相手を殴るより殴られてくるほうがいい」なんて言う人も多いようだが、韓国人の親は「どうせケンカするなら、殴られるより殴るほうがいい」と思う人が多い。人を殴るという行為を、日本人は「相手に迷惑をかける行為だ」と解釈するかもしれないが、韓国人は「勝負に勝った、男らしい」と解釈するからだ。


子供の頃から、日本人は、「どんな場合でも他人に迷惑をかけるな」という言葉を聞かされながら、やってはいけないものをたくさん教えられ、厳しいしつけ教育を受けてきた。しかし韓国人は日本人のようには、やってはいけないとたくさんのものを強要されない。もちろん、韓国にも家庭教育というしつけ教育があるが、それは子どもを縛りつけるより、人間として持つべき思想や考え方を教えたり、子ども本来の自由を与えたりする場合が多い。そのせいか、韓国人は大人になっても、なかなか人の言いなりにはならないのだ。


(中略…日本人の友達についての体験談です)


韓国人の親が子供に望むのは、他人に迷惑をかけないことではなく、他人に対して肩身が狭くならないこと、他人に対して臆さないこと、自信のある態度を取れること、遠慮ばかりしないことだ。それは、負けず嫌いの韓国人の性格を表すものかもしれない。








同じ著者が別の本で述べている、韓国人の身内意識について。








『自分は悪くない!他人が悪い!』


今年3月(※この本の発刊は2008年です)、スウェーデンで開かれたフィギュアスケートの世界選手権の生中継。韓国人のスターのキム・ヨナと日本人の浅田真央の対決に、韓国国民の注目が集まった。キム・ヨナは3回転ジャンプを失敗し、転んでしまった。演技終了後、コーチと座って採点の発表を待っていた。発表後、彼女は点数に納得していないような顔をした。その顔がクローズアップされた瞬間だった。


「これはおかしいですね。採点に公平性がないですね……」


と解説者は高ぶった声でそう言いながら、映像を繰り返して流した。


何年か前、ショート・トラックの世界選手権で、男子500M決勝の生中継の時も同じだった。韓国人選手が先にゴールインしたが、反則で失格になってメダルを逃してしまった。悔しがる選手の顔が映った。その時だった。


「ひどいです。これは間違いなくレフェリーの誤審です。国民の皆さん、こんなことがあるんですか?あり得ないことです。悔しいです」


と、これまたものすごく興奮した声で解説者がコメントしていた。


韓国では、サッカーでも、バレーボールでも、バスケットボールでも、国際大会の試合中継でレフェリーのジャッジを巡ってもめるときには、必ずといっていいほど解説者の口から、


「これは間違いです」「韓国に不利な判定をしたのは不当なことです」


と遠慮なく不満の声が上がる。


ところが、日本ではレフェリーのミス・ジャッジがあったとしても、解説者は韓国人ほどレフェリーに抗議の声を上げない。どちらかというと、「どうなんでしょう?」とあいまいな言葉でごまかすことが多い。


なぜ、韓国人は「韓国選手が悪いのではなく、レフェリーが悪い」と確信して言えるのだろう?


韓国人には、「ウリ」という身内意識が非常に強い。人間関係を考える時、相手がウリという身内なのか、ウリの外にある他人なのかをはっきり区分したがる。そしてウリという身内ならば割と寛容的になるが、いったん他人となるととたんに厳しく接する。それがスポーツゲームのジャッジでも同じことが起こってしまうのだ。


レフェリーが反則だとジャッジした時、韓国選手が認めればそれほど言わないが、認めないとなると、「韓国人の選手が悪いのか、それともレフェリーが悪いのか」とはっきりと白黒つけないといけなくなる。その時、韓国人は、間違いなくウリという身内であるから韓国の選手に軍配を上げるのだ。だから、反則でもめる時、いつもレフェリーが悪者になってしまう。


≪私の子どもは悪くないです。いい子ですが、たまたま周りの悪い友達とつき合ったからこうなったんです≫


これは「問題を起こした生徒の親が学校に呼び出された時、ほとんどの親の口から出る、決まったセリフだ」と、韓国で高校の教員をしている友達が教えてくれた言葉だ。韓国人の親は、「身内の子供はいい子で、よその友達のせいでこうなったんです」と言い訳したいのだ。


(中略…姉の体験談です)


もめごとがあった時、韓国人は「自分や身内は悪くない」「相手や他人が悪い」と信じ込んで言い訳をしたがる癖がある。もしかしたら、その癖も身内に対する愛情・信頼から生まれてきているものかもしれない。








あまりにも日本と韓国の価値観が違って驚きます。


私がときどき、ジェジュンのことを必要以上に心配してしまうのは、韓国人のこういう身内意識の中で、一度「身内」と思われず「ウリ」の外側に置かれたら、非常に苦しい立場になってしまうと感じていたからです。


スポーツの審判に対する反応を見ても、依怙贔屓せず冷静に判断する…などという客観性や公平性はおそらく韓国の文化にはないんだと思います。


身内びいきは、「ウリ」に対する愛情表現であって、韓国では当たり前の事なんですから。


日本と韓国は、文化も歴史も全然違って、持っている価値観も違います。


だから、日本の感覚で韓国の問題を捉えてしまうと、さまざまなことで認識のずれが出てくると思います。


ジェジュンはちゃんと大切にされて順調に活動しているし、3人ともに公平に扱われている…と言う人もいれば、そうではないと感じる人もいます。


自分で確かめることも、確かな情報を手に入れることもできない私にとって、何を信じればいいのかわからなくて不安になったり悩んだりしてしまいます。


ファンにとっては、外に出てくる姿でしか判断することができないんだから、サポートする事務所には、ファンが不安や不満を感じないような仕事をしてほしいといつも思います。


ジェジュンの立ち位置に不安を感じてしまう原因はC社の仕事の仕方にあると思うのです。


今の仕事ぶりがC社にとって能力の限界で、多くのジェジュンファンが不安になるような仕事しかできないのか、それとも何らかの狙いがあってわざとやっているのか…そんなことすらわかりません。


自分の目で何を確かめることもできないまま、海を挟んだ遠くからただ心配するしかありません。


何か不安な材料があると、この教授の言葉や、韓国独特の依怙贔屓文化が頭をよぎって不安になるのです。


本当は、もっと楽しく、もっと自分の心を優しくいい感情で満たして幸せに応援したいです。


そうできない自分が情けなくて嫌になります。


事務所への不信感は消せないけれど、これまでずっとジェジュンの姿を見てきて、ジェジュンはどんな状況でもわずかなチャンスをものにして自分で自分を輝かせていくことができる強い人だと確信できたので、ジェジュンのこれからについてはただジェジュンを信じてついていこうと思います。


すぐ不安になる私みたいな人にも、「心配しなくても大丈夫、どんな状況も必ず乗り越えるから」と、その姿で教えてくれたジェジュンに感謝です。





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