昴と私の…復活

第1章40代の…復活
ブログを綴りはじめ、

色々な困難もあったけど、薬剤師をしながらの、1人娘の成長と日常、そして、つつがない人生をこれからは、送っていけると思った矢先におこった出来事



2011年6月より

昴と私の…復活

がはじまりました。

人の繋がりがあれば、きっと、いつかは、心から、笑える日がくるね。

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昴が居なくなってしまう時刻が近づく。

2011年7月15日
17時55分
  

夢中で何かをしていても、明るく過ごしていても、やっぱり何時も昴の事を考える。

昴ならどう考えただろう、昴ならどうしただろう、昴がいたらこんな思いはしなかったかもしれない、言ってもきりがないけど。

心でそう思っていても、それでもやっぱり普通に過ごし、普通に笑う。

もっと一緒に笑いたかったね、もっと一緒に泣きたかったね、もっと一緒に生きたかったね、そう思っても、やっぱり私だけ、1人だけ生きている。


何時も心は一緒だよって、何時も昴が見守っているって、位牌に写真にいまだに
お墓に入れる事ができないお骨にむかって手を合わせてもやっぱり昴からの応えはない。

そこに昴が居ない、その事がやっぱり悲しく、さみしい。きっと何時までたっても、そうなんだと思う。


私は当日、きちんとお別れができないでいたけど、昴はこの日の朝、私に

もう、ひみちゃんにはおはようは言えないって言って、私にさよならをした。


お別れもして、明日の私の誕生日に渡す薔薇の花を用意して、この日の17時55分にさよならをして、痛みや苦痛から開放された。

この時刻、昴は全てのものから開放され、眠りについた。だから、昴にとっては精一杯生きて、やっと安堵の時間が訪れた時刻。

私も精一杯生きて、安堵の時間をむかえたい。精一杯生きないと安堵の時間はむかえられない。精一杯生きていこう。


昴、自分のために精一杯生きるよ。

昴が教えてくれた事だから…










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メイは大学に戻った。


4月の上旬にガイダンスの前日に、私も担任の先生にあうため学校について行った。


昴がいた時に、家族3人でみた桜と、






今年、ガイダンスの前日にメイと2人でみた桜が丁度同じ日だった。





桜も気持ちも、どことなくさみしく感じた私。


悩みながら、もがきながらも、それでも、戻る決心をした事をほめてあげたい。



心配で今回もついてきた私。
 
昨日は朝8時にマンションを出て戻ってきたのが夜の8時だった。  
やっぱり大変そう。

昨年9月、逃げるようにして家に戻ってきた事を考えると肝がすわったように見えるけど、どうなんだろう。


メイに、
大変だけど、バーの事よろしくね

と言われた。物忘れの激しくなってきている、私の母の事だ。

うん。度々家に帰っておいでよ。
バーも喜ぶから。

母にかずけてそう伝えた。


心配で胸がはりさけそうになる時思いだす。
昴が言ってた言葉。
大丈夫、メイはあなたと僕の子だから。

そう、大丈夫、メイは昴と私の子だから。


メイにまかせっきりだった、エリックの事。人間でいう、透析をする事になった。

エリックは長くは生きられないよってもう、言われてしまっているけど…

注射器を持つと、ソファーの奥にかくれてしまうけど、長く長く一緒にいたいからだよ、わかってね










観念して出てきて








さあ、透析だよ。
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年が明けて、もう3ヶ月がたってしまう。

1月、年明けから、母の具合いが悪くなり、病院通い。
救急での病院も人が多い事。
高齢なので点滴に通っていたけど、なかなか体調がもとにもどらず、その間に友達が亡くなった事もあり、ショックな事があると、物忘れもすすんでいき、1月は母の事であっと言う間に過ぎてしまった。


夏にエリックを連れて家族で近くにお泊まりに行ったけど、父の事もあるから、家族旅行に行くのも、後何回あるかなぁ~って考えて、そうだ、春バージョン家族旅行に行ってこよう
旅行は3月に予定をたてて行く事にした。


2月、今年度は、
糖尿病療養指導士として5年目の更新年月日。3月1日からの受付なので、その前に書類を提出する準備にかからないと…


昴が亡くなり、もっと生きていたかった昴を考えると何かをしていないといたたまれなくて、療養指導士の資格をとる事にした。医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、栄養士がとれる資格。



仕事で自分がこんな事ができる事に対しての罪悪感を感じながらも、学んでいる時にだけ現実から逃避できる事への安堵を感じながら、取得したもので、葛藤を感じながらとったものだった。

5年たつと、薬局の事情も大きく変わり、今となっては、その時の学びが仕事に影響をあたえてくれて、それがまるで昴が導いてくれているように思えて、あの時はこんな大変な資格はとったと言う事実だけで良いと思っていたのに、気がつくと糖尿病の患者さんを叱咤激励しながらも、一緒に学んでいたように思う。


提出する書類は以前に取得した時より多くなるけど、また頑張ってみようかと思いながら何時の日からか、更新に向けての準備をしてきていた。

度々、勉強会にはでていたものの、更新直前年には、基礎を再度学ぶための講習会があったりと昨年秋からは、再度の資格習得のために何回も研修会に参加していた。

提出する書類は、地域活動や、症例をまとめたりと私にとっては、仕事の合間にする事も多かったので、大変だった。

不備がないか確認して、3月1日、揃えた書類を提出をした。

更新審査があり結果は5月で、昴ががんを告知された月、そしてその、5月までには、3回目の認定薬剤師の更新もある。
1回目は亡くなる1ヶ月前に病室で昴に認定薬剤師をとった事を見てもらえた。
その時はそれは薬剤師個人の事だったので、認定を持っているかはあまり重要ではなかった。

でも昴が喜んでくれたから、くじけそうになりながらも、更新をしていた。

昨年から、かかりつけ薬剤師の条件が認定薬剤師であること、地域に貢献できている事なので、

みな仕事にかかわる事で会社命令で必死にとりはじめた。昴が導いてくれていたように自分はクリアとなった。


職場でひみちゃんは大黒柱だから💦💦って言われるけど、あまり意識する事もなく昴がいたときと同じように仕事ができている。むしろ、昴の事が絡んでいるので、手放せないものも、多くなりそれが結果として、仕事に繋がっていくのがうれしかったりもしている。昴を以前より近くに感じる。



3月、金沢に行った。
大好きなねーさんが一人旅に行ってきたと場所、兼六園、ひがし茶屋、21世紀美術館を回った。

父が手術をしていた事もあったので、露天風呂がついているお部屋に宿をとった。
2泊3日の5人旅。


金沢駅



ひがし茶屋




雪の兼六園




金沢城




21世紀美術館






温泉でゆっくりしたいと思ったけれど、高齢者は常に家でゆっくりしているらしく、むしろハードな旅となった。


そして兼六園から一番近くの湯涌温泉、山中温泉に泊まった。

色浴衣を着て


ここをあけると露天風呂、シンクが可愛い





広いお部屋






食前酒が大好きな鈴音だったのが嬉しく
美味しい料理、ノドグロを嗜んだ



大根バージョンのルミナリエみたい


また、行きたいな。
そしてその旅行中、RFLでチームひみこの仲間であるねーさんが亡くなった。

旅行前日に行ってくるね、戻ってきたら会いにくるね、って約束した。
その約束の日が彼女のお通夜になった。
金沢のお土産を持って、会いにいった。
ありきたりだけど、全てを受け入れていたからか、安らかな顔をしていた。
彼女の頬を撫でたら、大粒の涙が溢れた。

5年前、昴を亡くした直後、昴がお世話になった緩和ケア室で出会った彼女だった。
私を支え、チームひみこを支えてくれた仲間だった。
 
彼女の笑顔を一生忘れない。
彼女が亡くなる数日前にラインに送ってくれたありがとうは宝物。



どうか、私がそちらに行くまで、昴の事をよろしくお願いします。







そして、メイ
復学する決意をしたけど、不安はあるようで、それでも、続ける事を選んでくれた事に安堵した。


長い人生色んな経験が人を強くしていく、決して無駄な事や無駄な時間はなかったと信じて、時を過ごしていきたい、メイにも自分を信じて生きていってほしいと母は願う。


また、新たな年度がはじまる、今年はどんな1年が待っているのか、どんな出会いがあるのか、楽しみたい。





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