高らかに囀るメジロ

テーマ:

先日裏山(105m)に登ったところ、

「チーチル チーチル チーチル チッ♪」と、高らかな声が聞こえて来て、

周囲を見回すと高いクヌギの木の枝にメジロが1羽いました!

 

 

うそでしょ?

と、思いましたが、四方に届けとばかりに声を張り上げていました!

 

 

 

白っぽい舌も見えます!

 

混群でやって来るメジロは「チチチチチ♪」と可愛い鳴き声なので、

こんな姿を見たのは初めてでした。

 

今の時期はウグイスの美声が響いてるのですが、

この時はメジロの本気度に恐れをなしたのか、ウグイスの囀りは全く聞こえませんでした。

 

これからの繁殖期には、夏鳥や留鳥の囀りが聞こえるので楽しみですね。

コゲラとかも囀るのかしら?

AD

桜咲く河川敷で

テーマ:

高梁川の鴨も殆ど見掛けなくなったけど・・・

 

 

飛んでったのはカルガモのようですね。

少し川下にカップルがいました!

 

 

河川敷を歩いていると、この辺りで「ケン ケーン♪」

と、いう鳴き声が聞こえ、やっとキジに出合えるかもと探してみました。

 

 

綺麗な鳴き声の方を見ると、ホオジロが囀っていました。

珍しく低い位置です!

 

場所を少し移動したら、黄色の芥子菜がバックになり春らしくなりました。

 

セグロセキレイの羽繕い

 

 

この辺りの河川敷を歩いてる人は全然いないので、

ピーピーピー♪と、イカルチドリが飛んで来ました。

 

3~4羽が鳴きながら頭上を旋回、侵入者に警告してるのでしょう。

速過ぎて追えませんが、一枚だけ証拠写真が撮れました。

 

残念ながら「ケン ケーン♪」は一回だけでした。

AD

花より団子

テーマ:

柳青める公園、柳越しの桜も風情がありますね。

 

 

この柳の枝にはツーピーツーピー♪と、シジュウカラの可愛い声音譜

 

 

黒いネクタイが細いのと太いのとでカップルですね。

 

 

細い枝がユラユラとブランコ状態で、ピント合わせが難しい!

 

 

至近距離の私などお構いなしで、新芽にいる虫探しに熱中してました。

 

シジュウカラは鳴き声も仕草も全て可愛いですねラブラブ

AD

桜舞う池で

テーマ:

久々の晴れ間に桜のトンネルを散策する人々、

お弁当持参の方も多かったですね。

 

青空に映えます♪

 

池の周囲を散策するのが大好きで年中訪れますが、やはり桜の季節が一番ですね。

 

 

この日は夏日のような暖かさで、こんな方々も嬉しそうでした。

アオザイのよく似合うベトナムのお嬢さん、色白の美人でしたよ。

アオヤイと発音するのですね。

樹下では桜が入りませんよ。と、伝えたのですが、

ここがお気に入りと笑顔で応えてVサイン音譜

 

 

柳のお花も満開で、シジュウカラの声も響いて来ます。

 

ヒドリガモものんびり波に揺られてました。

おやっ、一羽変わったのがいますね!

 

まさか、アメリカヒドリですか?

だとすると、初見の鴨ですクラッカー

こんなにゆっくりしてて、お国へ帰れるのでしょうか?

 

このオオバンは番いでしょうか?

常に二羽で行動してました。

 

オオバンの目は赤いのですね!

 

昨日は急激に気温が上昇し、激しい雷でバシッとブレーカーが落ちました。

小さな竜巻が発生した地区もあったそうで恐ろしいですね。

 

今日も終日雨だったし、お花はもう散ってしまったでしょうねぇ。

桜が大好きなニュウナイスズメ

テーマ:

今年は天候が悪く、お花見のチャンスがなくてヤキモキしてましたが、

終盤になってやっと市内の公園へ行けました。

 

 

 

 

 

 

変わった鳴き声が聞こえて来たので見上げると、沢山が桜に群がってました。

 

聴き慣れたチュンチュン♪ではなかったので、パソコンに入れてみたら、

ニュウナイスズメでした。

 

短い嘴では蜜が吸えないらしく、萼を咥えています。

 

 

 

さて、これからどうするかは → こちら

近江八幡城下、商家の見事な見越しの松越しに見える八幡山です。

 

 

「近江を制する者は天下を制す」と言われ、武将達が群雄割拠した戦国時代、

豊臣秀次もこの地に城下町を造りましたが、わずか10年で散って行きました。

 

八幡山城本丸跡に秀次を祀る村雲御所瑞龍寺門跡があります。

 

豊臣秀吉の姉ともは秀吉に長男の秀次を養子に出しましたが、

秀吉に秀頼が生まれてからは秀次は疎まれて、

文禄4年(1595)切腹を命じられ、秀次の妻子も三条河原で処刑されました。

秀次の母とも(日秀尼)は処刑された子や孫の菩提を弔うために出家、

以前から帰依していた日蓮宗による寺院を嵯峨の村雲に開きます。

後陽成天皇が村雲の寺地と「瑞龍寺」の寺号、寺領1000石を与えたので、

瑞龍寺は日蓮宗で唯一の門跡寺院となり、村雲御所と称するようになりました。

以後、代々皇女や公家の娘を貫首として迎えました。  (wikより)

 

北の丸から瑞龍寺山門まで行きます。

本丸の石垣、隅はきれいな算木積みになっています。

 

大木に支えられてる石垣!

 

 

 

秀次の母(日秀尼)以来、尼さんのお寺だったのですね。

 

 

瑞龍寺山門に到着

 

本堂へ続く階段

 

村雲御所瑞龍寺の本堂

 

 

縁結びのパワースポットで、近江瓦のハート型絵馬が沢山奉納されていました。

若いカップルも大勢訪れるようで、秀次さんもびっくりしてるかな?

 

本堂と六角堂

 

六角堂には日秀尼の像が安置されてるようです。

 

稲荷神社は赤い鳥居が多いけど、ここでは眩いばかりの金の鳥居です!

金生稲荷大明神とあるので、よく拝んでおきました。

 

境内からは長閑な田園風景と、遠くには三上山(432m)が見えました。

 

秀吉によって戦国武将たちの人質にやられたり、

跡継ぎとして関白になったり、挙句に難癖つけられて切腹させられたり、

わずか28年の生涯でしたが、普通の人の何倍もの人生だったように思います。

 

八幡山から見下ろすと、近江八幡城下町は今も発展を続け、

秀次も安堵していることでしょう。

八幡山城址からの絶景

テーマ:

八幡山(283m)へは日牟禮八幡宮の近くの山麓駅から、

城址駅までロープウェイで行きます。

 

 

 

ロープウェイからの眺望は素晴らしく、眼下に碁盤目状の町が広がります。

自由商業都市を目指し安土城下などの商人・職人を呼び寄せ、

八幡堀の北側を武士、南側を町人の居住区域としました。

さらに、町人の居住区の西を商人、北東を職人の居住区としました。

 

遠方には鈴鹿山脈も!

 

西の湖と水郷

 

山頂駅に到着

 

二の丸の石垣、廃城になって400年以上にもなるので、

石垣の間から沢山の樹木が生えていてびっくり!

 

西の丸跡に到着、雄大な琵琶湖が目の前に!

 

正面には琵琶湖が広がり、弧を描いてるのはあやめ浜。

対岸の比良山系が美しい!

 

中央は岡山で、琵琶湖の水上警備のために、

佐々木氏が築城した「水茎岡山城」がありました。

周囲は戦後に埋め立てられた干拓地で、当時は「浮き城」と呼ばれてたそうです!

 

冠雪の比良山系と河津桜のコラボ、感激です!

 

右下に長命寺山、麓から長命寺まで808段を歩いて登りました!

 

こんな美しい風景に出合ったのは初めてです。

レンズの汚れが恨めしいあせる

 

西側には三上山(近江富士)が見えました。

 

本丸の石垣を見上げながら北に移動します。

隅は算木積みになってるので櫓があったのでしょうか?

 

琵琶湖と冠雪の比良山系、絶景ですね!

 

こんなに沢山の木が!

小さい内に伐採できなかったのでしょうかね?

 

北の丸跡には恋人の聖地、集客に貢献してるのでしょうか?

西の丸跡にもオブジェがありましたが、こんな絶景に必要ないでしょうに。

 

北の丸跡からの比良山系も素晴らしいです。

 

北東に伊吹山も見えます!

 

眼下には西の湖と水郷、水郷巡りしてる方も多かったですよ。

向こうの一番低い山が安土山で、信長の安土城がありました。

背後に鈴鹿山脈がうっすら見えます!

 

桜には少し早かったのですが、

比良山系、鈴鹿山脈、伊吹山の冠雪も見えて、こんなに感激した旅は初めてです。

 

また、周囲の高山からの水が琵琶湖に集中して、巨大な湖が出来たのですね。

この八幡山に登って初めて実感しました。

歴史ある日牟禮(ひむれ)八幡宮

テーマ:

八幡山南麓にある日牟禮八幡宮、桜の開花には早かったのですが、

週末ともなれば観光客も多いですね。

 

 

日牟禮八幡宮は、131年成務天皇が高穴穂の宮に即位の時、

武内宿禰に命じてこの地に大嶋大神を祀ったのが草創とされています。

御祭神は

誉田別尊(応神天皇の神霊)

息長足姫尊(神功皇后の神霊)

比賣神(田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神の神霊)

 

正暦2年(991)一条天皇の勅願により、八幡山(法華峰)上に社を建立し、

宇佐八幡宮を勧請して、上の八幡宮を祀りました。

さらに、寛弘2年(1005)、遥拝社を山麓に建立し、下の社と名付けます。

 

天正13年(1585)に豊臣秀次が八幡山城を築城の際、

上の八幡宮を下の社に合祀しました。

 

慶長5年(1600)9月18日、徳川家康が関ヶ原の戦い後、

武運長久の祈願を込めて参詣し、御供領五十石の地を寄附したそうです。

                                wikより

 

 

楼門をくぐってちょっとだけ拝観しました。

 

拝殿

 

能舞台

秀次も能楽を自ら演じてたので、彼が建立したのでしょうか?

 

立派な本殿

 

 

金の鳩や馬の像もありました。

 

 

文禄4年(1595)秀次自害により八幡城は廃城となりましたが、

城下町は近江商人の町として発展し、日牟禮八幡宮は守護神として崇敬を集めたそうです。

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆゚・:,。☆*:..。o○☆゚*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆゚・:,。☆*:..。o○☆

 

八幡宮傍の「たねや」さんで、ちょっと休憩。

ピンクに色付いた桜のれんが風に揺れ、風情がありましたよ。

 

焼き立ての「つぶら餅」は外がカリッと中がもっちり、柔らかめの粒餡が絶妙で、

香ばしいほうじ茶を頂きながらほっこりしました。

 

こちらは「丁稚羊羹」

近江八幡から京や大阪の大店へ丁稚奉公する人が多く、

故郷で盆や正月休みを過ごした後、奉公先へ帰る際の手土産にと、

丁稚でも買える素朴な蒸し羊羹が重宝されたそうです。

薄い塩味がして甘過ぎず、なかなか美味しい羊羹でした。

 

折角だからと、お向かいの「クラブハリエ」も覘きました。

ブロ友さんの記事でも、焼き立てバームクーヘンが美味しそうですよね。

 

焼き立ては「ラ コリーナ」のみだそうで、長蛇の列に並ぶのは無理で止めました。

 

お庭がキラキラと綺麗でした。

 

八幡堀北側の八幡宮周辺は美味しい物も一杯で、若者にも大人気ですねぇ!

豊臣秀次の遺構 八幡堀

テーマ:

豊臣秀吉の甥として数奇な運命を辿った秀次の築いた

城下町近江八幡を訪ねました。

 

天正13年豊臣秀吉の甥・秀次は、四国征伐の武功により43万石を与えられ、

近江国八幡山に城を築き、碁盤目状に区切った城下町を築きました。

その際琵琶湖畔を埋め立て、八幡山周囲に堀を開削します。

堀は、八幡山城の防衛と湖上交通による物流の役割を兼ね備え、

城下町の発展・繁栄に大きく寄与しました。  (wikより)

 

 

 

日牟禮八幡宮前の白雲橋より西側の八幡堀

 

白雲橋より東側、いにしえの風情が漂い堀巡りの船が行き交っています。

 

お堀の両側には、繁栄の証であるお蔵が建ち並んでいます。

倉敷と似てますが、高い石垣の上に建ってますね!

やはり城下町、防衛目的なのですね。

 

桜の蕾が膨らんだ石畳の堀端を散策しました。

 

丁度お昼時で、レストランやお土産屋さんも賑わっています。

 

お堀端に菖蒲の咲く頃も良さそうですね。

 

こちらは舟を並べた上に架けた船橋だそうです。

城が攻められた時はこの橋を外すのでしょうね。

 

近江八幡の礎を築き、善政を敷いたという秀次の、

秀吉に翻弄された生涯を思うと・・・(涙)

備前岡山藩主池田家墓所

テーマ:

先日曹源寺に行った時、裏手にある池田家墓所も訪ねました。
 

備前岡山2代藩主池田綱政が曹源寺を創建し菩提寺としました。

輝政や光政は儒教だったので、吉永町和意谷墓所に葬り、

仏教の綱政は曹源寺に葬られました。

 

土塀に囲まれた広大な墓地、どんなお墓なのでしょう?

 

 

 

歴代の備前岡山藩主のお墓です。

江戸時代では、戦国武将に見られるような巨大な五輪塔は見られませんね。

 

 

石燈籠が林立しています

 

 

 

曹源寺を創建した二代藩主綱政公と夫人の墓

 

故 備陽國主従四位下左近衛権少将源朝臣綱政曹源寺殿湛葵徳會 墓

国持ち大名で15万石以上の官位は従四位下なんですね。

 

三代継政公

 

四代斉政公

 

大名の戒名は長いですねぇ!

 

10代藩主章政は明治新政府につき、

岡山藩知事、第15国立銀行頭取、貴族院議員を経て、

従一位勲一等侯爵を授与されています。

有田焼でしょうか、燈籠が素晴らしいですね。

 

章政夫人鑑子の墓

 

階段を下りて行くと、一番下に明治時代以降の当主のお墓が並んでました。

桜の開花が遅れてる分紅白梅の香りが漂っていて、墓地ながら風情があります。

 

 

池田家15代当主宣政夫妻の墓は、大名や侯爵時代と違い簡素になってますね。

墓石の色が淡いピンクなので万成石の桜御影でしょうか?

 

昭和天皇・香淳皇后の第四皇女が嫁いだ16代当主隆政氏の墓、

こちらも墓石が桜御影?

 

 

お子様がいないので、池田家は断絶となります。

曹源寺の雲水さんがお掃除も担当されてるのかしら?

 

これは我々庶民にも言えることですが、墓地を守るって大変なことですよね。

我が家も大木数本に囲まれて落ち葉がすごい量なので、

数年前に伐採したところ、今度は日当たりがいいので雑草に悩まされるようになりました。

無縁仏で草に埋もれていいと思いましたが、周囲からクレームが来るそうで・・・

 

墓じまいされる方の気持ちも解りますねぇ。