2008-02-11 01:33:32

ウェブ時代を行く

テーマ:書評
たしか去年の12月ごろに書いていて、著者の梅田さんが全部読みにいくぞっていうから、めずらしく推敲しようと思って寝かしていた文章だけど、特に良くなるわけでもないので、アップしてしまいます。共和主義との関わりでなにか新しいこと書けないかなぁと思ってたんですが・・・

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ウェブ関係の論評は、InterCommunicationという雑誌とか、ホットワイアードジャパン(最近ワイアードヴィジョンとして復活)、情報社会論などの文献をちょろちょろって読んではいたけれど、ここ数週間で触れた本たちの実感が、明らかに今までと違う気がする。いくつかの符号があるようなのだけど、いまだにはっきりしていない感じだ。

前提として、今している仕事にウェブが欠かせないことがある。メールとか検索エンジンだけじゃなくて、ウェブサイトの更新も毎週しているし、ポッドキャストの番組も作っている。内部的な情報管理もウェブやサーバがなければ成り立たない。とりたててITに詳しくない自分だって、ここまで使うようになるとは少なくとも大学に入った1990年代の終わりごろには考えてもみなかった。最初に与えられたE-mailの使い方が面倒なので、半年もほったらかしていた口だ。その後、情報化の恩恵をすっかり受けることになるのだが。(大学の寮のインフォメーションルームで友人にグーグルを教えてもらったときの記憶は今でも鮮明だ。)

今の自分はネットどっぷりだけど、いわゆるITの仕事はしていない。近いようで遠い。ウェブ関係の評論にも、熱くなったと思えばすぐに冷めたりと、もやもやした感覚だけが残る。たぶんきっかけは、梅田さんの「ウェブ時代をゆく」だ。彼の前著である「ウェブ進化論」から、でてくる新書は対談本も含め結構読んでいる。だから、ほとんどシリーズものの感覚で読んだのだけれど、ここまで印象に残るとは思っていなかった。この本のなかで一番印象的なのが、「けものみち」のたとえだ。情報化によってネットという「高速道路」を使えば、ある分野のエキスパートになることがこれまでよりずいぶん簡単になってきている。しかし、高速道路の先には渋滞があって、やっぱりそこを通過するのは時間がかかるし難しい。運もいるだろう。でも、ちょっと高速道路を降りてみることもできるかもしれない。高速道路ではない、けものみちを使って、情報だけではなく、コミュニケーション能力やコネクション、ポリシーを持って進んでいくことも可能だし、見方によれば、けものみちのほうが豊かだったりする。そんなことを梅田さんは根気強く訴えている。

自分もどちらかといえばけものみちを歩んでいる気がする(高速道路でもけものみちでもない?)。けれど、梅田さんの言う意味でのけものみちとはまた違う気もする。いわゆるIT系ではない自分には、具体的に梅田さんの言う「けものみち」をイメージできるわけではない。でも、今自分ができることを、発想や目線を少し変えて使ってみればもっとおもしろいことができるのではないかと直感的に感じることはある。たぶん、この本を読んだ誰もが感じる憧憬じゃないだろうか。世間的な言葉でいえばまさに「煽られた」ということになるのだが、例えば「フューチャリスト宣言(梅田望夫・茂木健一郎)」の時とは違って、もっと説得力があって、共感の幅が広い。

「フューチャリスト宣言」のときに合わせて読んだのが「ウェブ社会をどう生きるか(西垣通)」だった。ウェブ社会論というくくりでみれば、梅田さんがアクセルで、西垣さんがブレーキ。その時は西垣さんのほうが説得力があった。現状維持というわけではないのだけど、自分の現状と折り合いがつけられるように思えたのだ。実際に、西垣さんの議論のほうが冷静にみえたし、梅田さんや茂木さんの意見も大事だけれど、もっとじっくり考えていこうという気になった。

しかし、今回の「ウェブ時代をゆく」は、確信犯的革新主義であるとわかっていても引き込まれてしまうところがある。その響きの正体はまだわからない。これだと思ったアイデアを試してみることか?カリフォルニアに行ってみる?フリーランスで働いてみる?(これが一番あり得る未来だ)それとも、いわゆるウェブリテラシーを勉強する?それとも?・・・でも、梅田さんの言う「新しい職業」の誕生をどこかで信じている(信じたい)ところがある。こうなってくると、冷静な分析とは遠くなっていく。なぜなら、自分の生き方の問題と重ね合わせざるをえないから。だから、するべきなのは考察ではなく、判断だ。あるいは、判断しながら考えること。それをやっている梅田さんの魅力がつまっているところが、この本の一番良いところだ。

最近目を通した、ウェブ時代を行くに関連するテクストたち。考察ではなく判断だ、って言い切ったばかりなのですが。

・ウェブ時代をゆく(梅田望夫)
・基礎情報学(西垣通)
・Republic.com 2.0 (Sunstein)
・雑誌「考える人」特集:アメリカの考える人
・Moodle入門(井上博樹、奥村晴彦、中村平)
・Media Education for 21st Century (McArthur Foundation)
・フリーエージェント社会の到来
2005-05-28 21:45:38

鶴見俊輔「期待と回想」上巻

テーマ:書評

対談本だから、読みやすいのがいい。
どこから読んでも、味のある本である。ということもあって、いつも虫食い読みだから、読むごとに発見がある。


15歳でアメリカに渡らされ、かの有名なクワイン、カルナップなど(といいつつ読んだことはない)から直接学んだにもかかわらず、そこに落ち着かなかったというか、それらと競争しようとしていたところがすごい。「タヌキを信仰している」といっているところもすごい。


哲学から漫画、日本史から世界史、自分の家族の話から交友のあった知人たちの話しまで、縦横無尽に話しがでてくる。ヨーグルトも市民運動だとか、植木等は親ゆずりの真面目な性格なのだとか、「へえ」という話しもたくさんでてくる。


鶴見さんの思想に関しては、プラグマティズム、アナキズム、漫画、反射などのキーワードがあるようなのだが、繰り返し言っていることをまとめれば、最後のところまで「ノー」を手放さないってことなのだと思った。プラグマティズムにも、日本という国にも、マルクス主義にも、キリスト教にも、ぎりぎりまで寄り添っているようでいて、最後のところで信じきるということをしない。正義と真理が一緒になっていたら何かがおかしいと思うという感覚。この、ぎりぎりまで寄り添うっていうのがなかなかできないのだなと思う。


そして、なによりも、哲学と彼自分の感覚が離れていないというところに感動する。~学だとか、~論だとかに溺れてしまっている自分が恥ずかしくなってくる。


こうなってくると、鶴見さんに小熊英二さんと上野千鶴子さんがインタビューして書かれたというあの本は、まるでとっておきのデザートのようだ。もちろん「期待と回想」の下巻も読みたいなぁ。

2005-04-11 22:27:43

ナノプティコン?

テーマ:書評

膨大な電子資料の検索は,必要な情報にたどり着きにくい反面,予想もつかない論文に出会えたりするのが楽しかったりする.

 

今回は,未来の科学技術を大胆に予想し,ポスト・ヒューマン・生命倫理を構想するというものを偶然みつけた.わかりやすい論文だったし,シャスターマンという人は全く知らなかったので(日本ではアート系で参照されているみたい),読んでみたくなったりしたが,なんといっても,「ナノプティコン」という言葉が印象に残った.パノプティコンはフーコーが有名にして,よく知られているが,ナノプティコンははじめて聞いた.もちろん,パロディだし,発音からして,ちょっと笑ってしまう言葉だけれど,ナノプティコン社会をイメージしようとすると,どうも笑ってもいられないような不安がよぎってしまう.Abramsさんは,少し技術決定主義的な論理展開をしている気がするので,その辺を批判することができるかもしれない.ナノプティコン,ナノプティコン,ナノプティコン.....

 

Abrams, Jerold J. 2004. Pragmatism, Artificial Intelligence, and Posthuman Bioethics: Shusterman, Rorty, Foucault. Human Studies 27:141-258.

2005-03-25 02:11:31

村上龍の新しい小説「半島を出よ」の3%を読む

テーマ:書評
村上龍が編集長のメルマガJMM(いつのまにか購読者13万人)の特別号で,「半島を出よ」の3%を読むことができた.(むかしは龍派だったけど,最近は春樹もよみます.「アフター」はまだですが)
http://ryumurakami.jmm.co.jp/index.html

題名からもっと「やわらかく」,多文化主義論みたいなことになるのかと想像していたのだが,そうではなく,かなりハードボイルドな感じ.ある種の意気込みを感じる.賛否両論,たくさん出てくるのだろうし,場合によっちゃあ,村上氏の身辺も怪しくなるんじゃないかと思うくらい.それだけ,彼が感じている「危機」は深いのかもしれない.国際政治の話しになると,「アメリカの陰謀」だとか「やっぱり軍隊が」とか...ということになって,あまり確かではない情報をもとに議論が煮詰まってしまうことが多いのだが,いっそのことフィクションで語ってしまえば,こんなこともいえるんじゃない?って言おうとしているのだろうか.ほんの三パーセントなので,たぶん予想を覆す展開になっていくと思うのだけど,これでいっそう手にとるのが楽しみになってきた.
2005-03-20 07:25:24

グローバリゼーションの書評の書評以下

テーマ:書評
大学内の売店(Costcutter)の新聞売り場には,日刊のもの以外にいくつか週刊新聞がある.特に,Timesが出している三つの週刊新聞(Times Higher Education Suppliment, Tims Education Suppliment, Times Literary Suppliment)は,Guardian, Times, Independentなどの高級紙と同じ棚に置かれていて質が高いようだ.

先週,今週と買ってみたのが,Times Literary Suppliment.2.7ポンドと少し高いのでさけていたのだが(日刊の高級紙は60pのところが20pで売られているので余計高く感じる),Literaryといっても,小説だけでなく,自伝や学術書,美術や映画などの批評文も載っていることに今頃になって気づいたからだ.

今週のTimes Literary Suppliment(TLS)で興味を引いたのが,グローバリゼーション関連の本の書評.,BBC World Serviceに勤めるHenri Astierが以下の英語二冊,仏語二冊をまとめて評していた.

Jagdish Bhagwati. In Defense of Globalization.
Martin Wolf. Why Globalization Works.
Jean-Francois Bayrt. Le Gouvernement Du Monde
Daniel Cohe. La Mondialisation Et Ses Ennemis

この書評は,グローバリゼーションはよく使われる用語になっているものの,誤解や曲解,数字の「読み」による違い,などが事態を悪化させていることを示そうとしているようだ.たとえば,はじめの一文.

The debate over globalization in most countries is reminiscent of the debate over Darwinism in the United States. In both cases there is a yawning gap between basic knowledge and public discussion.

評者のお気に入りはイギリスのジャーナリスト(元エコノミスト)のMartin WolfのWhy Globalization Worksだ.多くの証拠(evidence)がちりばめられており,生半可なアンチ・グローバリゼーションに反駁するにはうってつけらしい.Bhagwati(コロンビア大学教授)とあわせて経済学の基本をおさえた良書として挙げられている.反対に,社会学者のBayrtの本はかなり辛らつにこき落されている.難解な社会学の専門用語は意味不明だし,教祖(フーコー)をあがめたてる(the US prison at Guantanamo Bay is a "microcosm of globalization"とかいう)のはよしてくれといった調子.

この書評を読む限りでは,グローバリゼーションも推進vs反対の二項対立では,埒が明かないということが伝わってくる.評者は,フランスの活動家たちが自分たちを「altermondialistes」という呼ぶ(グローバリゼーションには反対を示さないが,もっと違うものを望む)ことを引き合いにだして,イギリスの「anti-globalist」もその呼称から学ぶところがあるのではないかといっているが,このポジションが適当なところなのかもしれない.でも,ちょっと都合が良すぎるんじゃないか,そういう立場の人(先進国のインテリ)だからいえるんじゃないかっていう気にもなってくる.(っていっている自分は・・・)
2005-03-17 23:19:57

反戦略的ビジネスのすすめ

テーマ:書評
わたしにとっては,この冬の三部作のうちのひとつ.とぎれとぎれ,いや大切に読みました.

ビジネス書は五年ぐらい前に読んだ「リノベーションのジレンマ」以来ほとんど読んだことがないのだが,これはウチダ先生のお友達でもあって,読んでみたくなった.

読み終わっても,反戦略的ビジネスってようわからん.でもなんかおもしろそう.ってところが,大方の読者の反応だと思う.が,それはまたこの本の中心的なモチーフでもある.

なぜ仕事をするのか,なぜ会社をつくるのか,なぜモノを交換するのか...そういった問いには,モデルなどないのだという単純な事実にこの本を読んで,いまさらながら気づく.ビジネスという暗喩に,どれだけ自分の思考は縛られていたのかと.そういう意味で,下手な哲学書よりも,哲学的であり,ところどころで「小さな感動」があった.

ちなみに,この本を読んでいるとしきりに,幼小中高(大は少し)と熱中したサッカーのイメージが思い起こされて仕方がなかった.わたしにとってサッカーをする悦楽も,「交換」であり「共同幻想」であり「コミュニケーション」であると理解できるからである.チームの誰もが望んでいた待望のゴールはもちろんのこと,なにげないパス,なにげないフェイントが,至高の悦楽として記憶されていく場合だってあるのだ.ああ,ムショウにサッカーしたくなってきた.最近やる草サッカーは気合がはいってないから,「あの感覚」はほとんど得ることができないのだけど.

「反戦略・・・」がビジネスに関する哲学本だとすれば,サッカーに関する哲学本としてお勧めなのが,「マラドーナのスーパーサッカー」である.サッカーを昔ほどしなくなった今でも,そしてマラドーナの現況がどんなものであろうと,いまでも,わたしのバイブルであり続けている(近所の本屋さんでこの本をみつけた小学生の時にすでにそれを予見してフィルムカバーをかけていたほど).

マラドーナのスーパーサッカー
Diego Armando Maradona (著), 高橋 裕
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4255880387/250-3624568-7953056
(いまのところ在庫切れのようです)
2005-03-04 00:31:59

「対称性人類学」の連れていってくれた場所はどこだったのだろうか

テーマ:書評
ナカザワ氏の本は,読む者をいろんな所へ連れていてくれる.細かい部分の確からしさとか,論理の辻褄とか小さいことを気にせずに,大きなスケッチで描いている.まるで,アーティストのよう.だから,読み終わっても,なんか解ったような気がして,何が解ったのかが説明できない.旅行したのに,その場所がどこだか覚えてないような気分.

勝手に解釈したところを,自分の知的レベルに合わせた言葉で文章化してみる.

●無意識は「暗い」と思われてるけど,実はかなり「いけてる」らしい.
●キリスト教は「うまい」けれど,仏教は「えらい」.
●貨幣を通した交換は一元的で「つれない」だけど,
思いの入った贈与は多元的で「おもしろい」,返礼を期待しない純粋贈与は「かなりすごい」らしい.
●「生の衝動(エロス)」も「死の衝動(タナトス)」も両方あるのが「フツー」なことであって,ホントの幸せのためにはタナトスが欠かせないらしい.
●ナカザワ氏は,宗教としての仏教には興味がないけれど,対称性人類学の先駆者としての仏教にはとても期待しているらしい.
●非対称性に支配された資本力主義経済から新しい経済原理を生み出すために,「超実数」が要になるらしい.それが精霊,天使の役割を果たしてくれる!?

<メモ>
バイロジック(贈与<対称性> ⇔ 交換<非対称性>)
<一>の覇権(キリスト教,産業資本主義,国民国家)
無意識(神話の知恵=分裂症の妄想)は隠された知性の流動性知性
原初的抑圧
キリスト教は「不条理を論理化する仕組み」
仏教(「法界」一瞬にしてすべてを知る,自生がない→お寺の石庭)
幸 さ・ち(境界性・霊力)
超実数,無限小=精霊,天使
贈与,純粋贈与
無意識のおこなう対称性=高次元性=流動性=無限性をひめた潜在能力
2005-02-28 08:54:23

「先生はえらい」と「対称性人類学」

テーマ:書評
どちらも売れっ子先生による著書.ドイツでお世話になった友人の親に持ってきていただいたのだ(家族ぐるみの友だちはありがたいっす).早速,読みはじめる.まだ,対称性の方は後半の仏教の部分を読んでいるけれど,私流に一言でまとめてしまうと,

前者の言いたいことは,「コミュニケーションは誤解があってこそ」
後者の言いたいことは,「私はあなたで,あなたは私」

これだけでは,何を言っているのかわからないけれど,この両方の言い分は,「多元的解釈を許容するという点」,そしてそれが「人間の根源的な様相なのだと主張する点」で見事に一致しているような気がする(というのも,また多元的な解釈うちの一つに過ぎないのだが).こういう本を選んで,しかもかってに一からげにしてしまうところ,人間って自分を納得させるために本を読んでいるのだなぁ.

どちらの主張も検証が必要な点もたくさんあるのだとは思うけれど,私は大筋のところでは,「多分そうなのだろうなぁ」と賛成なのである.人は,「理解」という病や「私」という病に冒されすぎているのかもしれない.「理解」したと思っていることや,「私」だと思っていることが,どれだけ不確かな根拠に基づいているかということを思い知ることが,ゆくゆく大事になってくるのだよ.とウチダさんもナカザワさんも言っているのだ(と思う).対称性はまた読みおわってからエントリーします.

ところで,ナカザワさんはブリューノ・ラトゥールの"We have never been modern"に大きな影響を受けたみたいな事を言ってますよ.何回か授業で読まされた事があるのに,ほとんど記憶にないっす.1989年で時代は変わった.って言ってたことぐらい・・・・それは,たしか一行目・・・・イントロだけでも読みなおそっと.

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