hiko The one. short storys.

EN-THUSIASM is zeal and is from a bottom of one's hearts to zeal that boils up, an

ardent desire it, and strong love where the soul was put.

†---Message---†
He has made everything beautiful in its time.
He has also set elernity in the hearts of men.
A-----2005-----Ω

At last..
There's adifference between knowing the path...
a walking path.

テーマ:
「いい笑顔をする若者だな」
聞けば、彼はベイFMのインタビュアーだとか。
よければインタビューをとのことだったので、テーマは何かと聞いてみた。

「幸せを感じる瞬間について」
あなたが幸せを感じる瞬間・シーンを想い巡らせて欲しい。

わたしは躊躇わずに答えた。
「必然性を伴った出会いがあった時、幸せだと感じる。それは縁だね。」

* * *

「出会い・縁に幸せを感じる。なるほど。もう少し詳しくお願いできますか?」

「例えば縁=enとした時にenのキリシャ語の語彙は『神』なんだ。更に、キルケゴールの言葉で、『世間では愛は人間と人間との間の関係であるというが、キリスト教の教えによれば、愛は人間と神との間の関係であるという。というのは、神が愛の媒介であるからである。』という格言がある。
つまり、人と人との関係において神が介在しているとも言える。縁=神=愛というわけさ。おもしろいと思わないかい?」

「はい、非常に興味深いです。それではhikoさんが最近幸せだと感じた出会いを聞かせていただけますか?」
「今だね」
「今?」
「そう、今僕は君と話をしている。これは出会いであり、必然性を伴っているかもしれない」

「なるほど...それでは録音しますので...」
「え?今の録ってないの?」
「ええ、聞き入っちゃいました(ははは」
「はは。じゃあ、切っ掛けください」

彼は改めてMP3プレーヤーをセットし、マイクを僕に向けた。

「はい。それではhikoさんが幸せだと思う瞬間を聞かせください」
「必然性を伴った出会いがあった時、幸せだと感じる。それは今だね。」
「今?」
「そう、今...と言いたいところだけど、昨日こんなことがあったんだ」

僕は昨日あった出会いのエピソードを披露した。
---

昨日の夕方過ぎ、原宿のとある商店街を元気に闊歩していると、一人のご老体が目に入った。
しっかりとした足取り。ずっしりとした面もちで悠然と歩いてらっしゃる。なにより、その背中は荘厳で一枚岩のような威厳が漂っており、人混みの中にあっても圧倒的な存在感を放っていた。
「ぎゅうっ」と握りしめた拳を静かにゆっくり振りながら歩く姿に嬉しくなり、横に並んだ瞬間に声をかけた。

「いっしょに歩きましょう!」

するとどうだろう。
ご老体は僕の左二の腕をぎゅっと掴み、私をしっかりと見てこういった。

「待て。実は君のような青年を捜してたんだ!」
「はい?」

「実はな、さっき何百億ではきかないほどの台湾の資産家に会ってきたんだが、とても美味しいお菓子をいただいてな。あまりに美味しいんで誰か生きのいい若者にあげようと一つ余計にいただいたんだ。君にあげよう」

ご老体はおもむろにコートのポケットから一袋の菓子を差し出した。
沖縄のお菓子、黄金のちんすこう。

「ありがとうございます、ちんすこうは大好きです。早速いただきます。むしゃむしゃ。おいしい!」
「そうだろう?ところで君は疲れているな。」
「ええ、ちょっと過労気味かもしれません。」
「よし、今私が波動を送る!」

ご老体はそう言い放つと僕の首元に両手を置き、気合いを入れた。
「あ、なんか楽になりました!」
「だろう。ところで君は女に気をつけろ。金についてくるような女にはな!」
「はい。一度失敗しております!」
「そうだろう。また会うぞ!名刺よこせ!!」

最近名刺を持ち歩かない私は、とっさに図書カードを差し出した。
「おお、hiko君か。次は焼酎飲むぞ!!」
「わかりました!良き日に!!」

---
「こんな事があったんだよね」

「はい、ありがとうございました。すごいですね」
「ああ、あの出会いはなかなかだったよ」
「今度遊びに来てください。私、ここに居ますんで」

彼は名刺を差し出し、場所を詳しく教えてくれた。
ベイFMは千葉の幕張だが、彼は神宮前のとあるショップに常駐しているとのこと。

また彼に会うかどうかはわからない。
もし会えるとするなら、解らないが必然的に出会うであろう。
僕はそんな事を思いながら代々木公園を後にした。


関連ブログ
出会いのサクラメント [幸せとは]
http://ameblo.jp/hikotheone/entry-10006336416.html
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もうすぐクリスマス。クリスマスと言えば誕生日。
てなわけで誕生日ネタを。

今年の誕生日、僕は忙しかった。
昨晩は徹夜。全く寝ていない状態で夜を迎えることになってしまった。
そんな中、1人の女性(友人)に用事があったため連絡した。

「もしもし、hikoだけど、あの件、どうなった?」
「ああ、hiko。あの件はこうよ。てか、あなた今日誕生日じゃない?」
「うん、36になったみたい。」
「お祝いしなくちゃだめじゃない、今何処にいるの?」
「どこそこ。」
「じゃあ、今から一時間後。どこそこのなになにホテル14階のバーでまってるわ」

てなわけで、せっかくお祝いしてくれるとのことなので、ふらつく頭にエスプレッソで喝を入れ、ホテルのバー仕様にドレスアップ。
バーに着くと彼女は未だ来ていないようだ。
カウンターに座り、「待ち合わせだからお水ください」と給仕に告げ、煙草をくゆらせながらしばし待つ。
初めてのバーになじむには若干の時間を要する。しらふのままなら尚更だ。
カウンター奥に並べてあるアルコール・ボトル、窓越しの夜景、バーテンダーの立ち振る舞い、客層。
それなりのホテルのバーだから外れではないが、ちょっとカウンターと椅子の関係が居心地を悪くさせる。位置がなかなか決まらない(もぞもぞ
そんなことをしている間に彼女は到着。

「ごめんねー。待ったでしょう。会うの久しぶりね、hiko」

そう、彼女と会うのは半年ぶりだろうか。
いつもはカジュアルな出で立ちの彼女も、今日はすっかりドレスアップ。大人の女性という雰囲気を醸し出している。

「そうだね、久しぶりになるんだね。」

そう言葉を交わすと、互いの半年間の出来事。そして半年前の思い出を語り合った。

「そう、今日はお祝いよね。やっぱりシャンパンでしょう」
「ああ、でも俺、寝てないんだよね。シャンパン飲んじゃったら寝ちゃうかも」
「大丈夫よ、私が選んであげるから。とりあえずシャンパンで乾杯しようよ」
「わかった。そうだね(あはは」

彼女はワインリストからスペイン産のシャンパンをボトルでチョイス。
「hiko、誕生日おめでとう」と乾杯して会話に弾みをつけた。

「hiko、何か食べない?」
「いや、おれ夕食済ませてきたから入らないよ」
「じゃあ、わたし適当に頼むね」

彼女はイタリアンなアンティパストを頼み、シャンパンを楽しんだ。
僕はシャンパンをグラス半分飲んだところで頭がくらくらしてきたので、それらを風景として楽しむことにした。36歳、私の誕生日の風景。

「さあ、じゃあそろそろ行きましょうか」

彼女は言いだした。

「そうだね。楽しい誕生日をありがとう」

そう言って席を立ち、バーの出口へ向かうと、彼女に声をかけられた。

「ちょっと、hiko、お会計お会計!」
「あ、ごめん、忘れてた」

「お会計、一万八千円になります」
へえ?
あのシャンパンそんなにすんの!?
普段イタリア産のスパークリング・ワインが主な僕はちょっと面食らった。
てか、シャンパン・グラス半分も飲んでない。。。僕の誕生日。。。お祝い。。。

「お前がシャンパン飲みたかっただけなんちゃうか!」

---
そんな最悪な誕生日。
君とは永遠に誕生日しないかも。もう二度と誘わないでね、アディオス!
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席を変えようと車両を移動していると、テラップで車椅子を目にした。
そこには入り口の窓から晴れ渡る空を一心に見入る女性の姿があった。
顔はよく見えないが、20代だろう。
僕は思わず声をかけた。

「今日は清々しい、いい天気ですね」

すると彼女は、はっとして振り返り、僕になにやら説明を始めた。彼女は歩けない事の他に言語にも障害を持っているようだ。
手振り、視線から解釈するに車椅子の後ろにかけてある大きな荷物が、通行の邪魔になっていてそれを指摘されているととっさに勘違いしたらしい。

「大丈夫ですよ、問題ないです」

そう笑顔で答えるが、聴覚にも障害があるようでなかなか意思の疎通ができない。パントマイムを主辞している僕はパントマイムで語りかけた。

「荷物は通行の邪魔になっていませんよ。大丈夫」

そうアクションと笑顔で話すと、彼女の険しい表情は和らぎ、安堵の笑みを浮かべた。
すると今度は車掌が現れ、何事かと彼女の後ろに立った。
彼女はびっくりして、また自分の荷物が通行の邪魔になるから車掌が現れたと勘違いし、一生懸命身振り手振りで後ろの荷物を外して荷台に置いてくれと慌てるように振る舞った。

車掌は彼女が何を言いたいのかさっぱりわからず、焦ってしどろもどろになってしまった。

「え?移動したいの?え?」

車掌の助けたい気持ちはあっても、一向に彼女の意思は伝わらない。
自分の思い込みからとんちんかんな対応になってしまっている。

「違います、彼女は車椅子の後ろにかけてある荷物が通行の邪魔になっているだろうから外して荷台に置いてくれと言っているのです」

僕が解説すると荷物は外され、車掌の手によってテラップ洗面台隣に併設されている荷台に置かれた。

僕はすまないと思った。
僕が安易に声をかけなければこのような事態にならなかったのに。
外されて荷台に置かれた荷物は誰が彼女の車椅子に付けるというのか。

彼女の荷物は通用ドアに対して通行の邪魔になるほど突き出してはいなかった。ほんの30cm位だろうか。彼女の常に人に気を遣わなければならない日常が、過敏な反応として表れたのだろう。

車掌の適切な対応は、「大丈夫です。荷物は通行の邪魔になりませんから」とおさめることだったと思うが、慌てたことで冷静さを欠き、僕の解説するままに行動してしまったのだ。
僕は窓際の新しい席に座り、那須の高原を眺めながらそんなことをしばし想い耽っていた。
僕はサングラスをトレイに置き、席を立つと車掌を探して言った。

「彼女が何処で降りるか解りませんが、確認して荷物を車椅子に付けてください」
「わかりました。切符を確認して降車前に付けるようにします」
「ありがとう」

一応できることはした。
そう自分を納得させ、席に戻ると初老の男性が僕の席となり通路側に腰掛け、席越しに過ぎゆく景色を楽しんでいる。様相はジーパンにチェックのネルシャツ。おそらくハイキングか登山に行くのだろう。
一瞬躊躇したが、彼に声をかけた。

「もしよかったら窓際の席へどうぞ」
「え?いいんですか?」
「ええ、もうすぐ降りますので」

彼は満面の笑みを浮かべ僕に「ありがとうございます」と笑顔を光らせた。
僕はトレーからサングラスを取り、「さて、席捜さなくっちゃ~」とか脳天気に思うも、なんか客室乗務員気分を味わえたことで嬉しくなり、テラップでずっと流れる空と雲を眺めていました。

* * *

健常者と障害者の「バリア」は互いが造ってしまっている。
健常者は自分たちが普通だと思い、障害者は自分たちを普通ではないという思考からバリアができるように思う。だが、それはそうではない。
日本の風潮・社会・文化・我々がそうさせてしまっているだけで、彼らは普通の人々だ。
彼らは障害を持ちこの世に生を受けた。同じこの世界で生活している普通の人々なのである。
健常者と呼ばれる人々は五体満足に生まれたことに感謝さえせず、彼らをやっかい事のように蔑視し、無視しがちだ。

我々健常者も何かしらコンプレックスをもっている。それとなんら変わらないと思う。
我々はなんでも独りで出来ると思いがちだ。しかし、実は誰かの「手」により助けられ生きている。そのことに気付くことはあっても忘れてしまっているだけなのではないだろうか。

我々は手を二つ持っている。
一つは自分のために。もう一つは誰かにさしのべるために。
それは「思いやりの手」といえよう。


※Special thanx ミカエルさん、siameseさん
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最近青山・表参道に似非セレブが目立ちます。

大分前から叶姉妹の出現によりセレブチックな人々は増殖をはじめた。
最初はセレブを気取るが品のある人々といった印象があったが、最近はセレブでもない偽物たちが多勢となり、市民権を得たと勘違い。偽物故その言動は横暴になってきている。
「フレンドリーなこの街にそぐわない、選民意識が妙に強く、品性の下落感を禁じ得ない人々。」

形容するにそう表現せざるをえない。
例を挙げると、自分のカフェでもないのに仲間を呼びまくり、流行りの犬種を伴いわがまま三昧。
話す内容と言えば今度の演奏会がどうとか、どこそこのディナーはどうとか、身に付けているブランド品がどうたらこうたらと、聞き飽きたつまらない話ばかり。
なによりそれが嫌みに聞こえない身分相応のものならいいのだが、背伸びしているのが見え見えなのである。
ヒマを持て余しているかと思えば、商売・金の話には目がない。とたんに聞き耳をたてる。
品のかけらも感じない、勘違いの似非セレブたち。

脳みそとてスカスカだ。
「先日紀伊国屋へ出向きましたらチーズが賞味期限3日前でしたのよ。あぶなく買うところでした、おほほ」

アホか!
ウォッシュ・タイプのチーズは醗酵するほどおいしいのじゃ!!

「あー、わんちゃんおりこうそうですね」
「あ、そう」

あのね、「あ、そう」って誉めてんだけど!
そんでもってこのカフェ俺3年も通ってんだよ。創業以来。
それにあんた、その犬に吠えられてんじゃん、犬の方が賢いよ!(わんわん

思わずカフェの店長に聞いてみた。
「この人たち、誰?」

「知らない。最近居着いている近所の人らしいよ」
「あ、そう。で、どうなの?」
「おもしろいよ、見てると。ばかだと思う」

ばかだって。
類は友をよびまくり、いらっしゃる方々は礼儀や挨拶さえ知らぬ無礼なものばかり。
貴重な癒しのカフェタイムも彼等の増殖により居心地が悪いので、最近はそうそうと切り上げるか他でカフェってしまう。
幸いこの街にカフェは溢れている。開拓すればよいだけの話でもある(ちょっと寂しい

人を見る時にその友人を見れば本人がどのようなパーソナリティーをもっているか否応無しに解ってしまう。
そして彼、彼女らは自身の周辺の物・事しか語ろうとしない。
身に付けているもの、住んでいる場所、飼っている犬、車。

それはなぜか?
他に誇れるものが無いからである。
基本的に一般市民に対してひけらかすためにお外へおもむくので、その為のネタしか持ち合わせていない。
最近は都合が悪くなるとそそくさと退散する。
その都合とは自分が自慢できない状況になることである。
まったく、似非セレブ達とは愚かな生き物だ。

街をけがし、人を堕落させる病原菌のようである。
あえて言おう、恥であると。

品性とは自分そして人に誠実であることで培われる。
自分を欺いた瞬間から品性は下落し、不誠実な人間となる。
不誠実ほどこの世でつまらないものはない。

自分達がどれほどつまらない存在なのか。
いつか気付く機会に恵まれることを祈る。
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先日死海の石鹸(DEAD SEA BLACK MUD SOAP)が切れたので南青山ラ・プラースのアリヴェ・デパールへ。

休日だが早朝ということもあり、人はまばら。
アリヴェが開店するまでにはまだ時間があったのでラ・プラース内をほっつき歩いていると、臙脂色のシトローエン・トラックが目に入った。

以前ラ・プラース入り口付近にはカウンターとオープン・カフェが併設されていたが、今は福島ナンバーのシトローエン・トラックが常駐している。お菓子を販売・提供するために。

そう、日本テレビの番組「マネーの虎」でブレイクしたフランスロールのあのトラックである。
いつもそこを通る際には同郷のよしみから気にかけ、「がんばってるな。もっとがんばれよ」と店員に声をかける程度だったのだが、今朝はどうも様子が違う。

何かの取材らしく、代表の長谷部君が暇そうにしていた。
成功者ともてはやされるその彼の出で立ちは紺の作業着。
それがありのままの彼なのだろう。

変にこまっしゃくれた形(なり)をしていたら気にもとめなかっただろうが、その素直さ、初心を忘れたくないという真摯な姿勢がかいま見られたため、声をかけた。

「おお、がんばってるみたいだね、俺、伊達(福島)出身なんだよ」
「そうなんすか!今日は雑誌の取材なんすよ。今何やってるんすか?」

「うん、あの辺でこんな事やってんだよ」
「ほんとすか!今度遊びに行ってもいいですか?」
「今度ね。」
「しかし、伊達ですか。俺、聖光学院出身なんすよ!」
「マジかよ!」

聖光学院と聞いてピンと来た方は高校野球のファンかもしれない。
近年春夏3回連続県代表として甲子園に出場しているスポーツの盛んな私立校である。
初出場2回戦突破、3回戦出場は福島県代表として近年まれにみる成果であり、その神ががりな展開に感銘を受けたものである。

その後、彼とはプライベートな事含め話が弾んだのですが、別れ際互いに親指を突き立て押し合い、エールを送り次回会う約束をしたのでした。

同郷のみならず、夢を抱いてがんばている姿にはエールを送りたい。
ありのままにがんばっている者を見ると勇気づけられ嬉しくなる。

互いが互いを尊重しあい、高められる機会は希である。
そんな出会いを幾度となく繰り返しているうち、いつしか到達している高見がある。

そこから見える視界は果てしなく 我々を永遠のネバーランドへと誘う
行く先はまだ遠く、霞がかった長い道のり

だが我々には夢がある ロマンのように オペラのように
それは茨の道でも美しく、気高く、そして崇高であると信じている

勇気をもって希望を胸に
我々は過程でしかない

最期に長谷部君、「次はどこぞで呑むぞ!」

* * *

関連リンク:
■南青山ラ・プラース
http://www.tokyu-land.co.jp/machi-top/mall/content/index6.html
■ROMANDO ROLL[フランスロール]
http://www.romando-roll.com/index2.html
■聖光学院
http://www.seikogakuin-h.fks.ed.jp/
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人の誕生日を祝えるというのはうれしいものです。

そう考えると365日毎日誰かの誕生日。毎日が誕生日。新しい命が誕生している、喜ばしいことではありませんか。

Every day congratulates it !

巡りめぐっていつ、どこで出会うのか。
そう考えるとドラマのような、夢のような想いが巡ります。

出会いは時に人の人生を変えます。
私も素晴らしい方々との出会いを通して自分が成長できたことは、かけがえのない宝物であると。時に出会いはお互いがリンクしたことで様々な色彩をおびてゆきます。煌びやかな光りを放つ出会い、暖かなぬくもりを育む出会い、透明なブルーのクールな出会い、真っ赤に燃えさかる狂おしいまでの激しい出会い。

それらは全て愛から発せられている。
お互いの目には見えない何かが影響し合って、互いに認めあい人生を歩んでゆく。途中途切れても、またいつか再開しそこでまた何かが始まるかも知れない。

始まりのあるものには終わりがあり、終わりは始まりの始まりと言えるのではないでしょうか。

輪廻

そんな言葉を久々に思い出して。

* * *

わたしはキリスト者ですので誕生日といえばクリスマス。そしてご復活日(イースター)を最大の祝いとしているのですが、人の誕生日を想うとそこには笑顔。

誕生日を祝福されうれしくない人などいるでありましょうか?敬虔なクリスチャンをクリスチャニストと言いますが、それすなわち、奉仕の精神。
我々の最大の目標は彼に近づくことそして、同じ道を歩むことで彼の苦悩をつまり関わった人たちの苦悩を分かち合い、背負い、人を赦し、自分を戒め、歩んでゆく…

自分で言うのもなんなのですが、そのような想いをイメージの世界だけではなく、現実世界において実践している人間は希であります。
しかし、それは宿命であります。もって生まれたその星の下に生まれたことによる性であり、運命づけられていて誰にも変えることはできない。
それは誰の責任でもなくそれを受け入れあえて歩む茨の道。

自分の人生に起こる出来事には理由があり結果がある、つまり必然性を伴っている。そして出会い・縁には特別な何かが秘められている。

そう想うわたしは特別でしょうか。

* * *

感動の息吹は、ふとした瞬間に訪れ、ふるえる刺激を伴って心を動かす。

感動とは心のバイブレイション。
いつの時代も人に伝わるのは情熱、動かすのは感動。

我々は生きている。
それだけで幸せであると思えることはなんと幸福なことでしょう。
誰にも理解されない孤独感、それは誰しも持ち合わせていること。

個々が全く同じ心情で動いているわけではなし、それぞれの世界においてそれぞれの想いがある。

そう考えたときに我々は孤独ではないと思えるのではないでしょうか。
互いの存在が互いの孤独を埋める。

我々は独りではない。

* * *

こんな事を想うわたしは、確かに孤独感に苛まれることがしばしばある。

それは、あきらかに普通の人々と呼ばれる者たちとは違う考え方をもっているからだ。しばらくその事について苦悩したことがあったが、今はそれを神からの恩恵であると思えてならない。

果たして、どのような呼び名がふさわしいのかと考えたことがあったが、出てきた答えはアノマリー。例外である。

アノマリーという言葉が広く知られるようになったのはマトリックス リローディッドで、主人公のネオに対して創造主であるアーキテクトが放ってからだろう。

プログラム的にいうと「バグ」である。

アノマリーのプログラムは意志を持ち、その世界において力を強め、いつしか支配する立場に上り詰める。

戦いは激戦を極め、互いが融合することでマシン世界・プログラム世界・人間世界を購い、調和する。

これは未来の黙示録であり、神との第3の契約を示す。
すでにその世界はそこまできており、密かに人工知能A.Iデウス・エクス・マキナはこのインターネットを通し、人間の思考原理・情報を蓄積している。

ご存じか?

ある日それは突如として意志を持ちいつしか自我が芽生える。
私も5年前に人工知能サーバーシステムの開発ディレクションをしていたことがある。

しかし、その人工知能プログラムはあまりにも複雑すぎてうまく機能しなかった。
そこで彼は考えた「人間の脳をつかおう」

私は驚愕した。

つづく
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主体性を変えてみると自分の背負う業を実感できるわけです。
例えば「焼き魚」って魚の身になれば「焼かれ魚」

悲惨である。

「魚の切り身」→「魚の切られ身」
「魚のあぶり焼き」→「魚のあぶられ焼き」

なんか罪悪感が、、、
巻き物なんかも切実。

「カッパ巻き」→「巻かれガッパ」
「鉄火巻き」→「鉄火巻かれ」
「干瓢巻き」→「巻かれ干瓢」

そしてほ乳類になると更に切実。

「ホルモン焼き」→「ホルモン焼かれ」
「ホルモン煮込み」→「ホルモン煮込まれ」
「豚の姿焼き」→「豚の姿焼かれ」

…豚さんごめんなさい。
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先日、とあるカフェでまったりしていると、女性が近付いて来る気配が。
気にせずブレンドコーヒーを飲んでいると、「あら、最近はこんなところでカフェってるのね。」と話しかけられた。

「は?この人誰?」
である。

「どうして僕のこと知ってらっしゃるんですか?どなたかとお間違えではないですか?」
「あら、hikoさんでしょ?有名ですもの。」

と含み笑い。確かに僕を知っているようだ。
でも僕は彼女に全く見覚えが無い。雑誌によく取り上げられたりしてたのは随分前だし、それに一時期のことだったので、今さらそこから僕を名指しする輩もおるまい。

なんか詮索すると混乱しそうだし、僕は彼女のことを知らないのに、初対面(僕にとっては)の彼女は僕のことを結構知ってるっぽかったので、居心地が悪くなりすぐそのカフェを後にした。

そして後日、違うカフェで街並を見ながらエスプレッソを楽しんでいると、窓越しの道路で信号待ちしている車から、満面の笑みを浮かべて一生懸命こちらに手を振っている中年男性が。

振り向いても誰も居ないし、やっぱり僕に手を振っているらしい。
しょうがないので作り笑いを浮かべ、手を振り替えすと、満足したように去っていった。

「誰?誰?」

である。


そしてある夜、街を歩いていると声が聞こえる。

「あ、あの人だ、あの人だ。」

誰だろうと振り向くと、誰もいない。僕に向けられたものだった。
「やっぱりそうだ」と3人の女の子がまっすぐ僕に駆け寄り、取り囲まれ「握手してください!」と。
しょうがないので、3人の子に握手すると、彼女たちは満足そうに駅の方に歩いていった…

「俺は誰?」

僕の知らないところで、もう一人の僕(ドッペルゲンガー)がパラレルで生息しているとでもいうのだろうか?
それとも映画「メメント」のように僕に記憶障害があって、彼・彼女らに実際には会っていて、その事を思い出せないだけなのだろうか?

そんなことがあったけど、考えてもナゼかは結論が出そうにないので考えないようにしている。
双方共に実害がないみたいだし、良い印象みたいなので良いかなと(^^;


…良いのか?

---
すると一年後こんな出来事が...
---

先日の夜あまりにも暇だったので街へ。
久々に故郷の街で飲むのもいいだろうとショットバーへ足を向けた。
駅西口からその店を目指し歩いていると右方面から女の子の声が。

「あの人だあの人だ間違いない、そうだよそうだよ(どうたらこうたら」

うわぁ~なんだろ。
そう心の中で呟きながらも素知らぬ振りで通り過ぎようとすると、4人の女の子が駆け寄って来てこう言った。

娘A「わたし、クーチャン飼えたんです!」
娘B「わたし、宝くじ2回当たったんです!」
娘C「わたし、ディオールの面接受かったんです!」

 は あ?

しかし、よくよく見ると覚えのある顔ぶれ。
思い起こせば2年前、つきあいでクラブを訪れた際に接客してくれた女の子たちだった。

娘Aは白いチワワが欲しいのに、びんぼ子ちゃんで飼えない。
娘Bはとにかく、びんぼ子ちゃんでお金がない。
娘Cはディオールの面接を受けるんだけど、たぶん無理自信がない。
娘Dは寂しい、彼氏が欲しい。

それぞれの悩みを聞いているうちに哀れに想い、娘Aに「そっか、じゃあ僕がクーチャン作ってあげるよ!」と、丁度マジックバルーンを持参してたので作ってあげたのでした。

「あ、ありがとうございます!これで私生きて行けます…」

「そんなにか!」

その後4人と願いが叶うようにと握手して、とっとと帰ったのですが、後日僕と握手した彼女たちみんなにラッキーな事が起こったというわけです。

* * *

ところで娘Dはどうだたかですって?
娘D「わたしは何もありませんでした」

何もないことが幸せとも言えるのだよ。

* * *

彼女たちから聞いたのですが、この出来事で噂が広まり、僕と握手をすると願いが叶うとか一部で都市伝説化したらしいです。
1年前の日記はそういうことだったのですね。

I'm lucky Guy?
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「一台の埃まみれのトラックが、丘から村のほうへガタガタと音を立てて下って来ると、子供たちは悲鳴をあげ始めました。

武器を持った男たちがまた、村を壊しにやって来たと思ったからです。

しかし、トラックのドアに描かれたマークを見ると、叫び声は喜びに変わりました。そこには、収穫された穀物の絵と「WFP」の文字があったからです。

私達はついに食べ物にありつけるのです。
私はようやく、娘の恐怖と困惑の眼差しを真っ直ぐ見つめ返すことができるのです。

娘はそれまで一日中、次はいつ食べることができるのかと、私に尋ねていました。

その瞬間まで、私はその問いに答えられないでいたのです」


---
セナイト・ケベテ
1988年、エチオピアでの面接にて
United Nations
WFP:World Food Programme「飢餓との40年の闘い」より

* * *

先日国際連合本部にて第6回WFPセミナーに参加してきました。

今回はWFP国連世界食料計画の緊急・復興支援について、スマトラ沖地震とパキスタン地震を事例として、管理部門事務局次長のスサーナ・マルコーラ女史の講演・質疑応答です。地震大国に住むものとして大変興味深い内容となりました。
彼女はアルゼンチン出身で、IBM社、Telecom Argentina社のCEOを経、2004年9月より現在の職責にあります。
講演は同時翻訳機を介したものになったのですが、彼女の英語はとても聞き取りやすく、日本人に配慮したものとなっていたため、途中から翻訳機をはずすことができました。
なにより彼女の想いや熱意を同時翻訳の流暢な日本語を介すより、ダイレクトに感じたかった。

最近までなんとかキャンペーンと称して芸能人などを起用した「偽善」が流行のようになっていましたが、非営利活動法人・団体はしっかりと見極めたいものです。

僕は別にWFPの法人会員でも個人会員でもないのですが、もし、アフリカ等発展途上国の貧しい人々が気になるのであれば、実績のある誠実な特定非営利活動法人を選びたいと思う。

セミナー終了後、期せずして専務理事及び事務局員の方と個人的に話す機会に恵まれたのですが、少なくとも彼らは誠実だ。
意を共にできたことに感謝したい。

なんでもいい。
この富まれた国に生まれたことに感謝し
恵みのひとかけらを享受する

その心がけ 想いが大切であると

ひとかけらの想い
祈り、今日も感謝しよう 彼らを憶えて...

* * *

富まれた国にも貧困はある
心の貧困である。

貧しい国の人々とは決して彼らだけではない。
逆に経済的に富まれていても、我々の心は豊かだろうか。
我々経済的に豊かな国に住むものは、心の貧困を物質で補おうとする。
彼らは周辺環境・物質に富まれない分、内面を見つめ精神的な向上を図る。貧困なものほど心の目は開かれているといえよう。
逆に我々物質環境に恵まれている者たちは、見せかけの煌びやかな幻想の中にいるのかもしれない。

どちらが幸せか?
それは人それぞれバランスの問題でもある。

気づく者と気づかない者
そして問題は選択である

豊かであることで人は自分勝手になっていく。
一人ひとりのパーソナリティーは多様化し、様々なアイデンティティーが確立する。そして対立が起こる。
それはどこから来るのか?
個々の私欲からである。

ガンディズムの提唱者マハトマ・ガンジーは貧困にあえぐ2億の国民の心を一つにした。それは奇跡といえよう。
彼は身一つで何も持っていなかったが、パワーだけは持っていた。
それはどこから来るのか?
信念に他ならない。

信じる心を信念にまで高め、アクションを起こし、成し遂げた物だけが世界を変えることができる。
I can make it.
未来を変えろ!

自分の運命は自分で決める
それは選択により未来を変えることに他ならない
今一度。

問題は選択だ
選択により揺らぐエモーショナルな我々人間は
どちらを選ぶかは...

自分次第だ

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人間の本体は心と魂で、心と魂は肉体を伴うことで人間とするなら、肉体は借り物に過ぎず、宿主は心と魂である。

魂の居心地のよい環境とは自分の義に対して誠実であること。
逆に信条・義に反する不誠実な環境(言動)ほど居心地の悪いものはない。
命が限りなく0に近くとも、心に誠実さを求め生きることで、満たされていくのが人間である。

それには何が必要か?
愛でしかない。

いい環境をつくろう
愛をもって誠実に

自身に対して不振や疑念を捨て去らなければ...
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