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2007-12-21

いのちの食べかた

Theme: 映画


「いのちの食べかた」。 今年、劇場で見た映画59本目。
ドキュメンタリ。全くドラマ仕立てになってない。
この手の映画、以前は全然見なかった。
とっつき難いと思ってた。
でも、見てみると案外面白いものが多い
というか自分好みであることに気づき
それからは、積極的に見ることにしてる。

映画館に行って、人気にびっくりした。異常な混み具合。
元々小さな映画館なんだけど
基本的にキャパに合った作品しか上映しないから
ムチャクチャ混んでる状況は見たことなかった。
この映画館は人の入りが多いと、作り付けの席の他、
スクリーン前の空間に座椅子を出すんだけど
いつもは一列のそれが二列になってた。
通路にはパイプ椅子も出て満員御礼。
客の年齢層は様々。20代~50代。
小学生の子供を連れたお母さんも居た。

本作は、そのタイトルに表されているように
食肉等がどのように加工されるかを追ったもの。
言ってみれば「大人の工場(農場)見学」なんだが
ただ撮ってんじゃなくて、アートな撮り方してる。
リアルさを損なわずに美しく撮っている。
画には相当こだわって作られているようだ。
BGMは全く使われていない。
それだけに画が際立つ。

なんの説明もなく加工の課程が映し出され
機械が動く音や動物の鳴き声がそのまま入ってる。
臨場感が凄い。
手を加えて表す臨場感でなく
手を加えずに直送された生の画と音。
BGMなし、ナレーションなし、セリフなし、字幕なし、
画面に大きな動きがあるわけでもない。
それなのに、何故かとても緊迫するんだ。
目を見開き、ドキドキしながら見ている自分がいた。
これは素晴らしい。
テーマを考えずに目と耳だけで体験する映像作品としても
充分に芸術品であると思う。
今までに見たことのないタイプの映画だが
間違いなくハイレベルな映像作品であると思う。
「食」や「いのち」に関心のある人も、そうでない人も、
一度見ておくべき。

本当に全く何一つ説明がないから
正直、何してるのか分からない場面もある。
作業内容について一言でもいいから
説明があればって思う時もある。
でも、ない状態が完成形として正しいのだろう。
何やってるのか考えながら見るのが正しいのだろう。

食べ物の「いのち」がテーマになっているため
動物を食品として加工する際の場面、
つまり屠殺の場面も出てくる。
豚は機械に乗せて流されていき
金属の四角い箱に入ったと思ったら
次は死体になって出てくる。
さっきまで生きてた豚が死んでる。
逆さまに吊り下げられ、機械で真っ二つに裂かれる。
裂かれた腹からは内臓がでろんでろん出てる。
気持ち悪い。でもアレをホルモン屋で食べてる。
真っ二つに裂かれた豚はもう生き物には見えなくて
死体という感覚はないけど、食べ物にも見えない。
なんつーか、肉。食べものとしてではない、肉。

魚は泳いでる時から食べ物に見えるのになあ。
その姿のままで食卓にあがるからかなあ。
その他の食肉の加工場面は見たことのない事ばかりで
あまりリアリティを感じなかったのだけど
自分は生で魚を食べる日本人であるので
魚を加工する場面はリアリティをもって見られた。
腹を上にしてベルトコンベア式に流れていく
機械で腹を裂き、内臓を吸い出し、洗う。
生臭さを感じた。不思議な事に、ちゃんと鼻で。
気のせいだろうけど。。。



ヒヨコは機械でピョンピョン飛ばされてて
怪我しちゃうんじゃないかと心配になる。
最終的には殺して食べるのだから
そんな心配は不要なのだろうが、やはり気になる。
成長して食用になる鶏の加工はショッキングだった。
逆さに吊るされ流れていく鶏の首を
人間がナイフで一匹一匹切っていく。床は血まみれ。
食べるために生ませ食べるために育て食べるために殺す。



牛を殺すシーンは、見てらんなかった。
(たぶん)頭に電気通して殺してる。
上の画像、左側の牛は体を固定されて動けない。
その牛の頭に人間が何か棒を当てる。
その棒に(たぶん)電気が走っていて
牛は一瞬でグッタリする。
その後、右の牛のように吊るされ、次の行程に。
人間の手で喉を切り裂かれると赤黒い血が大量に流れ出す。
口からは黄ばんだ液体がドバドバと。
次は機械と人力で皮を剥いで巻き取って
ぶらんと垂れ下がった頭をカット。
作業する人の服は血だらけだ。



食べるためとはいえ動物をこんな風に扱うなんて酷い!
いのちを粗末にするな!食べ物を大事に!
食の危険性を考えよう!
そんなメッセージを打ち出さず
淡々と映し出しているところが好きだった。
誘導されない分、自分の頭で考える。

殺して食べる。そんな事は分かってる。
でも実際に映像として見ると、分かってなかったなって思う。
自分の口に入るもの、自分の体を作るものなのに。
生きて動いてる状態と肉として売られてる状態の間を知らない。
知っておくべきだ。

今までに何度か考えたことがある。
自分で育てた動物を
自分で殺して
自分で料理して
食べてみたらどうだろう。
出来る事ならやっておくべき事じゃないだろうか。
生き物を食べているという実感をもつことができる。
なんなら、一回それを経験しないと
その種類の肉は食べちゃダメっていう教育もアリなのでは。
でも、そうなったら自分はベジタリアンに近くなっちゃいそう。
魚を殺すのは何とか可能だと思うけど
牛や豚や鶏は無理だ。頑張っても無理だ。
生き物を自らの手で殺すというのは
思いのほか精神的にキツイもの。
かつて授業で昆虫の標本を作ったときに思った。
色んな昆虫を採集して、標本にした。
殆どの昆虫は気体化した薬品入りのビンに入れて殺した。
でも蝶だけは自分の手を使って殺すよう指示された。
羽の鱗粉をきれいに残すため、蝶の体を紙で挟み
紙の上から胴体を指でグッと押して殺すという方法だった。
やりたくなかった。人に頼んでやってもらう事もできた。
でも自分でやるべきだと思った。
この蝶は自分の標本のために死ぬのだから。
一発で決めようと覚悟を決めたはいいが
怖くて心臓バクバクだし指に力が入らない。
少し指に力を入れると蝶が暴れてより怖くなり先に進めない。
結局はちゃんと自分で殺したけど
精神的なダメージは相当なものだった。
もっと簡単にいけると思ってたのに。
自分があんなに怯むとは想像してなかった。

動物を殺して食べる事が罪だとは思わない。
食べるために生かし、食べるために殺すのも
人間のやり方として認めている。
だけど、何も知らずにただ口に入れるだけなのは
無責任なのではないだろうか。




私の牛がハンバーガーになるまで―牛肉と食文化をめぐる、ある真実の物語
食べてはいけない! [地球のカタチ] (地球のカタチ)

Comments

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1 ■はじめまして☆

ペタをありがとうございました!
この映画について、私も観ましたが全く同感です。
知っておかなくてはいけないことを上手に教えてくれる映画だと思いました。

それにしても蝶のお話には、私もドキドキしてしまいました。
“命を奪う” という行為は自分ではなかなか出来ないものですね。。。

2 ■こんにちは

実はこの映画のタイトルで検索して、そちらに辿りついたんですよー。
貴重な映画ですよね。色々と考えるところが多かったです。
基本的にはエンタテインメント色の強い映画を好んで見てますが、たまにはこういうのも見たいです。

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