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9月21日 夕方

昼食をとばしちゃってたんで、ここで早めの夕食。
港町っていうことで魚介色々セットを注文した。Miješana riba。

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魚介四種類。riba, lignji, rakovi, mušule。
付け合せのジャガイモ&菜っ葉は Plitvička で食べたのと同じ。

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お腹が満たされたところで散策を再開。
既に18時を過ぎていたため、博物館等は諦めて
どこへ行くとも決めず街中を歩き回ってみる事にした。

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細い階段を上へ上へとのぼっていったら、住宅街に突入。
ベンチがあったので、腰掛けて地図を開き現在地を確認。
(友人が。自分は完全に方向感覚を失ってた。)
その隣では、子どもたちが集まって遊んでた。
5~6人は居たかな。近所の子どもたちだと思う。
みんな男の子で、年齢は5歳~15歳くらい。一部は兄弟だろう。
年長の子も年少の子も、最初は和気藹々としてたんだけど
そのうち、一番幼い子が泣きそうな顔で大声を出し始めた。
すると、どこからともなく大人たちの声が飛んで来た。
想像するに「コラー!」「うるさいぞ!」「家帰んなさい!」とか。
泣きそうな顔してた子は途端に悪戯っぽい笑みを浮かべ
他の小さい子も一緒になって面白半分でカナギリ声を上げる。
またすぐに大人たちの声。それを面白がってまた叫ぶ子ども。
いい加減にしとけって感じでたしなめる大きい子。
下町っぽい風情だなあ。微笑ましい。

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来た道を引き返し、一度 Placa に出てから Luža広場へ。
ここに建つ Gradski zvonik は、上部に鐘、中ほどに時計。
時計の下には月齢らしき表示もあった。
1444年の建築を1929年に再建したのが今の物らしい。

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Luža広場の中央に立つ Orlandov stup は、非常に地味な石像。
しかし、かつて非常に重要な役割を果たしていた石像。
中世の商取引において物の長さを測定する際に
この像の右前腕の長さが基準とされていたそうだ。
Dubrovački lakat と名づけられたその長さは、51.2cm。
Orlandov stup はこの街における公共の像としては最古の物で
それゆえ、長さの基準として使われてきたのだと思われる。
現在のはレプリカかな。とてもきれいな状態だから。


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9月21日 夕方

Dubrovačke gradske zidine からの観光を終え
次は Gradska jezgra Dubrovnika の散策を開始。
先ほどまで上から見ていた街を、今度は中から見ていく。
上部がドーム型になってるこれは Velika Onofrijeva fontana。
メインゲート Gradska vrata Pile のすぐそばにある噴水。
この形状は、貯水槽も兼ねていたためだと思われる。
Onofrijeva fontana は二つあり、これは大きい方の。
小さいのは、町の反対側に設置されている。

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Crkva Sv. Spasa。見てのとおり、かなり古い。1528年の教会。
1667年の大地震と1991年の空爆を耐え抜いた建物だ。
城壁には、この脇から上った。

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全長約300mの目抜き通り Placa(Stradun)。
大理石の石畳は凹凸がなくツルツル。これは、、、いける。
靴下スケートの要領で、小走りからのシュ~~~ッ。いけた。
帰国後に観た「世界ふしぎ発見!」でここを取り上げてた。
エンディングでミステリーハンターが同じことやってた。


世界ふしぎ発見DS ~伝説のヒトシ君人形を探せ~

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新しい先生によるレッスンが始まった。
進め方・教え方など、基本的には前の先生と似てる。
でも、もちろん完全に同じではなくて、違うところもある。
違うとこが出てくる度に調子狂うが、いずれ慣れるだろう。
新しい先生は、この教室にとって新しいというだけじゃない。
そもそもが、先生になりたてホヤホヤの人なのだ。
だから、音出しが下手だったり、指導の声が聞こえにくかったり
手本を見せてる最中にド忘れしてやり直したり、って事があって
先生としてそれでは困る、って部分が多かったんだけど
これらはまあ、徐々に解消されていくんじゃないかと思う。

新しい先生になって良かったと思うのは
前の先生とは別の角度から助言してくれるところ。
今まで気づかずにいた問題点を知ることができる。
また、前の先生は外国の大きな大会にも出る人だったのだけど
今の先生はまだそのレベルまでいっていないため
我ら初心者の感覚というものを今でも持ち合わせている様子。
初心者にも分かりやすいように、コツを教えてくれる。

不満に思っているのは、レッスンの時間が短くなったこと。
前の先生はいつも、規定の時間をオーバーして教えてくれてた。
でも今の先生は、時間内にレッスンを終わらせる。
これに関しては前の先生がサービス良かったってだけで
今の先生は別に何も悪くないんだけど、やっぱちょっと、不満。
先生になりたてで教え慣れてない人が、以前より短い時間内で
教え慣れてる前の先生並みの内容を教えられるはずはなく
結果、一回のレッスンで身につけられる事が大幅に減少した。
また、時間内に終えるため準備運動の内容もだいぶ削られてる。
特に最もキツかった腹筋トレーニングがないのが困る。
前の先生は、必ずやってたやつ。
週一とはいえアレやらなくなると、腹筋ぐんぐん弱るに違いない。
というか、先生自身が腹筋弱い。普段から鍛えてないんだろう。
先生が交代する前の数回のレッスンは
今の先生も来てレッスンに参加していたのだけど
腹筋トレーニングの時、受講生の誰よりも出来てなかったもん。
教えながら息が荒くなってる時があったりもするし
指導力・技術力だけでなく基礎体力も前の先生よか遥かに低い。
頑張ってんのはとてもよく分かるんだけど・・・。


Ya Halawa

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9月21日 午後

(画像は全てクリックで拡大)
まだ Dubrovačke gradske zidine の上を歩行中。
海側を経て、陸地側の城壁まで歩いてきた。



ここはTvrđava Sv. Jakova。城壁外は新市街。駐車場が見える。

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純白の下着が眩しいぜ。

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こちら側から Gradska jezgra Dubrovnika を撮ると
新市街が写りこまず、より雰囲気のある写真を撮影できる。

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Dubrovačke gradske zidine は、高くなったり低くなったり。
階段もあるし、足腰の弱い人にはややキツイ。
年配の方々の中には山登りに使うような杖を持ってる人もいた。

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陸地側の城壁には、通路から一段高く上がる事のできる所、
砦って程ではないが、見張り台みたいな所が幾つか作られてた。

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そういうとこは全部上った。高いとこが好きだから。
劇的に眺望が変わるわけではないけど、やっぱり違う。
Otok Lokrum もちゃんと見える。

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Tvrđava Minčeta。立派!最も高い要塞なのだ。

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Gradska jezgra Dubrovnika を一望するなら
Dubrovačke gradske zidine ではこの上からが一番。

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もう無理という友人を残し、一人で上にのぼった。
自分がこの景色を堪能している間、
友人は要塞の影に入って休憩していたそうだ。

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Tvrđava Minčeta の頂には、が旗が立てられていた。
Društvo prijatelja dubrovačke starine と書かれている。

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スタート地点の Gradska vrata Pile まで戻って
Dubrovačke gradske zidine からの観光を終了。
満喫しすぎて、全長2kmを巡るのに1時間半もかかってた。


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平成23年、劇場で観賞した七十二本目の映画「モールス」は
昨年観た映画「ぼくのエリ 200歳の少女」 をリメイクした作品だ。
原作小説 はスウェーデンの著書で物語の舞台もスウェーデン。
それを映画化した「ぼくのエリ 200歳の少女」も同じ。
スウェーデン人監督によるスウェーデン映画だった。
そのリメイクである本作は、アメリカ人監督によるアメリカ映画。
映画の舞台もアメリカで、役名もアメリカ風に変更されていた。
オリジナルの方を観てるからストーリー分かっちゃってる。
しかもオリジナルが本っ当に良かったんで
リメイクがそれを上回るなんて、ちょっと考えられない。
だから最初はこの映画を見る気はなかったんだけど
アビー(オリジナルのエリ)の演者を知るなり、見る気になった。
クロエ・グレース・モレッツ。あのヒット・ガール だ。
あの頃は11歳。本作は13歳の頃の撮影だろうか。
役柄が180度違うせいもあるだろうが、たった2年で随分違う。
「キック・アス」の頃は幼女と少女の間くらいだったけど
本作「モールス」では幼さが抜けて、凛とした少女になっていた。

リメイクと一口に言っても映画によってその度合いは様々。
本作は、かなりオリジナルに忠実な方ではないかと思われる。
それもあって、どうしてもオリジナルと比較しながら見てしまう。
オリジナルを観たのはもう一年も前のことなのだけど
とても印象深い映画だったので、今でもよく覚えている。
さて、オリジナルとリメイク、どっちが好きかっていうと
今回の場合は、そりゃもう、断!然!オリジナル。
忠実なリメイクではあるけれど、やはり監督の違いというか
制作国の違いというか、そういうのがハッキリと表れてる。
どっちが好きかというのも、人によってハッキリ分かれると思う。
特に大きな違いを感じたのは、感情表現。
オリジナルは瞳の奥で語るような場面が多かったけど
リメイクのこちらは、心の内をわりと表情に出している。
アビー(リメイク)とエリ(オリジナル)の差も大きい。
クロエ・グレース・モレッツということで贔屓目に見ても
アビーの醸し出すものは、エリの半分にも及ばないと感じた。
いや、本作だけで考えれば、かなり良かったはずなんだけど
いかんせん、オリジナルのエリがあまりにも良すぎたというか。
アビーには、エリが持っていたような中性的な雰囲気がない。
そして、長い年月を生き続けているという背景も感じられない。
見た目以上に大人の精神を持っているのは見て取れるけど
それでもまだ、子ども成分が強すぎるように思えた。
例の姿は、これもアメリカ風というか分かりやすくバケモノ。
好かん。そこに頼らずに表すホラーこそが良いんじゃないか。
普通に人が人を殺すとこも、そんなに見せてくれんでもいい。
そこじゃない。押し出すべきホラー要素はそこじゃない。
美しさ×恐ろしさ っていう大切な部分がうまく出せてない。
全体として、子どもっぽい仕上がりになっている気がした。

単純に見た目だけでの美しさなら結構良かったかな。
アビーとエリを並べて考えるとアビーの方が絶対きれいだし。
寒々とした青、ノスタルジックなオレンジ、降り積もる雪の白、
広く覆う陰、など画面を構成する色も、とてもきれいだった。
オリジナルでボカシのかかってた問題のシーンは
場面としてはあるけど、その部分を映してはいなかった。
もともと撮影されてないのか、編集の段階でカットされたのか
あるいは、公開国によりバージョンが違うのかは不明だが。
これだと「女の子じゃない」っていう台詞は「女の"子"じゃない」
または「普通の人間じゃない」っていう意味にとられそうだけど
でもま、それはそれで纏まるし、悪くなかったんじゃないかな。


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9月21日 午後

(画像は全てクリックで拡大)
Dubrovačke gradske zidine の上を歩行中。
Tvrđava Sv. Margarite が見えてきた。ちょっと変わった形。

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Sv. Stjepana の砦の下では、小さな海水浴場を発見。

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心躍ったが、よく見ると「PRIVATE」の文字が。セレブな奴らめ。

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海きれい。海入りたい。セレブ羨ましい。。。

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パラボラアンテナが気になる。規制がないのだろう。
ちょっと前に見たバスケットコートもそうだけど
伝統的な街並だけに、現代的な物が悪目立ちする。
パンいちで窓から身を乗り出してる男性は別の意味で気になる。

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壊れた建物は、所々で見られる。空爆の傷跡なのだろうか。
1991年12月6日、この街を襲った砲弾は2000発にも上るそうだ。

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半周くらいした辺り。城壁の窓から見る港。

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Tvrđava Sv. Ivana 上からの眺め。

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港の真ん前にレストラン。Lokanda Peskarija かな。

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城壁上に設置されていた、屋根瓦の展示。
色あせた瓦は、空爆以前から残っているもの。

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城壁の内側。昔の通りを再現した展示だと思う。

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7割くらいまで来たところ。
あちらに聳える一際大きな要塞は Tvrđava Minčeta。

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気温が高く日差しも強いが、城壁の上だから日陰が少ない。
へばってきた友人と、どこだったかの日陰で休憩してたとき
体格のいい、スペイン人と思しきオバチャンが隣に座ってきた。
オバチャン日陰に入りたいだろうなーと思い、日向にずれた。
したら、あなたもコッチ入りなさいって感じで体引っ張ってきて
たっぷりとしたオバチャンの体に密着。。。逆に暑苦しい。
(おそらく)スペイン語だし何言ってっか分からんかったけど
知らない人に親切されたことを、大いに喜んでるようだった。
で、肩組まれて記念撮影。撮影者は旦那さんらしきオッチャン。
オッチャンは、女房のテンションについていけん、、、って感じで
むちゃくちゃウザそ~に、適当~に写真撮ってた。

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Tvrđava Sv. Luka 付近から、歩いてきた方向を振り返ったとこ。
突端にあるのが、少し前までいた Tvrđava Sv. Ivana だ。


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古くて小さい映画館で観た。音響は、お世辞にも良いとは言えない。
でも、上映が始まり、最初に流された演奏で胸にぎゅいーんって来た。
次の曲では、じわじわと目にまで来た。
あえて集中して聴こうとしなくても、ぐいぐい引き込まれてしまう。
何これ。天才てこういうことか。すげえ。。。
平成23年、映画館で観た七十一本目の作品は、「グレン・グールド」。
グレン・グールドは、トロント出身のピアニスト。
音楽家の家系に生まれて英才教育を受け、若くして才能を発揮。
ティーンエイジャー時代には神童と呼ばれ
19歳になる頃には学校で音楽を教わる必要が既になかった。
1955年、22歳でNYデビューすると、あっという間にスターダムへ。
稀代のピアニスト。ジェームス・ディーン のような伝説。
本作は、グレン・グールドの当時の映像やインタビュー音声と
関係者の回想、研究家への取材などから構成されている。
彼が偉大なピアニストであったのは間違いないが
それだけでは映画の材料としては物足りない。
こうして映画になっちゃうのは、彼が非常に特異な人物だったからだ。
グレン・グールドは「クラシック界の異端児」であった。
彼の奏でるクラシックの名曲は、その独創性で人々を魅了したが
一方で、楽曲に対する解釈の違いから批判を受けることもあった。
ハンサムで知性的だが、「傲慢」とも評される性格の持ち主で
音楽家としての活動だけでなく、個人的な部分もエキセントリック。
そのため彼の人生には、多くのトラブルとドラマが含まれている。

グレン・グールドは、人付き合いが苦手であった。
彼自身、世俗と距離をおけることが音楽家の利点の一つと述べている。
very private person であり、fragile person であり、nut 扱いされていた。
「どんな形であれ音楽家を自認するなら、独創性がなければならない」
というのが彼の持論であり、楽曲には独自の解釈をもって臨んだ。
極めて個性的で極めて奇抜な演奏に聴衆は沸き、大ヒット。
同時に、特異すぎて原曲の良さを損なっているとの反論もあった。
だが、ピアニストとしての演奏技術は誰もが認める超一流。
それは、あのバーンスタイン が見解の相違を認めつつも共演したほど。
彼はグレン・グールドの感性を尊重し、独奏者に敬意を表して従った。
作品の内面に入り込み、乗っ取ってしまう。それがグレン・グールド。
友人の一人は、演奏中の彼の様子を「トランス状態」と表現している。
演奏家が、演奏に熱が入るあまり、、、ってのは珍しくないかも知れんが
彼の場合は演奏スタイルからして独特なもんで、とても奇妙に見える。
ピアニストの演奏って、音だけでなく目で見ても美しかったりするけど
彼が弾いてる姿は、とてもじゃないが、美しいとは言い難い。
しかし、それが彼のスタイル。譲れないスタイル。
彼の椅子は、床から30cmの高さという、とても低い物でなければならず
膝を折り曲げるようして座って、前傾気味の姿勢で鍵盤を叩く。
日本人と違って腕長いし、言っちゃ悪いがチンパンジーのよう。
また、弾きながら旋律を口ずさむ癖があって
パラパパー、ティラリラリー、ウ~ウ~など言いつつ弾いている。
スターダムであり、しかしメインストリームではない、独特な演奏。
加えて奇人のようなキャラクターが話題を呼びスター性を増していった。
が、彼としてはその部分へのスポットライトは望んでいなかったろう。
派手なことが嫌い。人付き合いは苦手。公演のキャンセルも多々。
大きな才能と独自の感性、高い自尊心を持った音楽家。
表現者であるが、その表現は元来から外向きのものではなく
内へ内へと突き詰めていった末に表出してきたもの。
繊細だった。タフではなかった。興業にはとても向いていなかった。
彼は31歳でコンサートに終止符を打ち、人前で演奏することを止めた。

20代の時から、あれ?よく見たら頭髪あぶなくないか?と感じてたが
30代で目立ち始め、あんなにハンサムだったのが、急激にオッサン化。
人前に出なくなったことが関係してるんじゃないかと思ったけど
白色人種として一般的な年の取り方なのかも知れないな。
あるいは、心の病が大きくなっていったせい。
表舞台を去ってからの彼が何をしていたかというと
ラジオ番組を作成したり、テレビのドキュメンタリ番組を作ったり。
演奏の発表は、これら放送媒体とレコードの発売だけに限定された。
元々拘りの強い性質であったため、制作の場でも細部まで拘り抜いた。
その傾向は徐々に増し、常軌を逸する域にまで達するようになる。
もう性格とか主義とか言えるもんじゃない。偏執症と表されていた。
かつてはアドリブで応じていた各種取材も
質問・回答を全て原稿にして、そのとおりに進めるようになった。
自身と、自身に関わる人間を、強く束縛した。
偏執症は強くなる一方で、抗鬱剤、抗不安剤を服用し続けた。
かねてから潔癖症であったが、病に対する恐怖がそれを助長し
病院には菌がいるからと、死を待つ母の見舞いにも行けなかった。
自身の脈拍、睡眠時間、体温、血圧などを克明に記し
多量の薬を持ち歩き、真夏でもコートを着て、、、。
グレン・グールドがこの世を去ったのは1982年。50歳であった。
独創性に満ちた演奏は彼の死後も愛され続け現在でもファンは多い。
この映画を観に行くのは、そもそも彼の演奏が好きであるとか
好き嫌いはさておき評価してる、って人が殆どなのだろうけど
何も知らずに観て聴いて、好きになる、という人もいるんじゃないかな。

あああー、この映画を4年前に観ることができていたら!
グレン・グールドの家やベンチの像を見に行く事が出来たのに。
もう別れちゃったしなー。もうトロント行くことないだろなー。あーあー。


グレン・グールド・バッハ・コレクション [DVD]

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◇復元方法、変わってんなー。ビビビってやるんじゃないのか。
◇向かいの女性の話が違う。他の人はやること同じなのに。
◇訓練なのか?実験なのか?任務なのか?
◇うおお、二回目の爆発もビックリしちゃった。油断してた。
◇なぜ、参考になりそうな解除方法を教えておかない。
 というか、無理矢理なやり方でも良ければ
 グレンブルックの駅に止まったときに何とか出来そうな気が。
◇あ、死なないと終わらないみたいだな。
◇戻って来てからの状況もよく分からん。
◇目的は人を救うことでなく、爆弾犯を見つけること。
 だから爆弾を解除すればOKなわけじゃないのだな。
 音声では最初から「bomber」と言ってるが字幕では「爆弾」。
 途中から訳が「犯人」に変わったけど。
◇理論は分からんが現象と目的は分かった。3、4回目くらいで。
 紙で言ったら原本と写しみたいなもんなんだな。
 オリジナルは絶対に書き換えることができないが
 完全なるコピーがあって、そっちには干渉できる。
 干渉できるけど、コピーであることには変わりないから
 そっちの書き換えは完全なる"もしも・・・"であって
 どれだけ書き換えてもオリジナルは何一つ変わらない。
 つまり、目的はコピーを書き換えること自体ではなく
 干渉してオリジナルとは違う展開に進めていって
 オリジナルでは判明し得なかった真相を探ること。
 そして、そこで分かった真相を持ち帰り
 オリジナルの未来を襲う危機を回避すること。
◇不本意な任務なのに、気持ち切り替えて頑張る大尉。偉い!
◇物凄ーく重いものが大尉の肩にかかっているというのに
 彼と直接的に関わってるらしい人がたったの三人ってさー。
5回目で、大尉に纏わる恐ろしい現実が見えてくる。
◇ていうかさ、あんなに凄いテクノロジーなのに
 彼の体験をモニターできないってどうなん。
◇あの爆弾は電波で起動させるタイプだったけど
 次のは時限式で、もう仕掛けられてるかも知れないじゃないか。
 犯人捕まえても意味なくて大爆発!とかありうるんじゃ?
◇最後のは気持ち良かったなー!
 もう何回もやってるから、次に何が起こるか全て分かってる。
 やりこんだゲームを軽々クリアの魅せプレイって感じだ。
◇・・・からの!意外な形での念願達成!感動!
 そしてそして、最高の時間を作り出す!感涙!
◇って、え?え?死んだんじゃないの??
◇ああ、そうか。そういうことか。
 コピーを書き換えたから、コピーの未来が変わったんだ。
 爆発を防ぎ犯人を拘束し、乗客全員が生き延びただけでなく
 連続テロの最初の一発から未然に防ぐことができたからだ。
 オリジナルでは一発目の後に任務が発生したことになろうが
 コピーの方では、そもそも一発目が起こらなかったのだから
 大尉がこれを原因とした任務につく必要もなく・・・。
ショーンは運が悪かったとしか言いようが無い。
 マッチしちゃった時点で、どう転んでも救われない。

「ミッション:8ミニッツ」。 平成23年、劇場で観た七十本目の映画。
物語の中心は、タイトルが示すとおり8分間のミッション。
最初は、それがどんな任務なのかも明かされない。
任務の内容は?何のための任務?彼の置かれている状況は?
隠されている数々の謎が、少しずつ明かされていく。
観客は、主人公と共に真実に迫っていくことになる。
一つ分かると、また別の疑問が生まれ、、、で最後まで引っ張る。
「このラスト、映画通ほどダマされる」
というコピーの意味はイマイチ分からんままだったけど
終盤に判明する衝撃の事実とその後の展開は、確かに凄かった。
事象はかなり複雑だが、人物・空間・時間がコンパクトであるため
謎に翻弄されつつも、頭がとっちらかることなくスッキリと見られる。
アイデアよしテンポよし。感動もある。面白い!
トゥルー・コーリング バタフライ・エフェクト、
或いはインセプション が思い出されるが、そのどれとも違う新しさ。


ミッション:8ミニッツ(ジェイク・ギレンホール出演、ダンカン・ジョーンズ監督) [DVD]

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平成23年、劇場で観賞した六十九本目の映画。
「ラルゴ・ウィンチ 裏切りと陰謀」。
始まって間もないうちに、つまんないニオイがぷんぷん。
刺激的なはずのカーチェイスなのに全く気持ちが盛り上がらん。
それが長く続くところに、あー、センス合わんなーと。

主人公の設定と物語の下敷きは、そりゃもうデッカイ。
ウィンチ・グループ。総資産はざっと530億ドル。
主人公ラルゴは、その跡取り息子。
だが、グループのトップである父と折り合いが悪く
親子の交流を絶って長らく外国に滞在していた。
ある日、父が死亡。そしてラルゴは大きな決定を下す。
グループ丸ごと売却し、遺産を全て慈善に注ぎ込むというのだ。
しかし、それを良しとしない者がいる様子。
彼は何らかの陰謀に陥れられ、それはやがて国際的な騒動へ。
黒幕は一体?裏で糸を引いているのは誰だ?
命の危険を掻い潜り、真相へと迫っていくラルゴなのであった。
大金持ちな上にハンサムなラルゴ・ウィンチ。
博愛主義者で、正義漢で、勇気溢れるハートの持ち主。
何ヶ国語も操る知性を備え、腕っ節だって悪くない。
ジェット機の運転も、もちろん出来ちゃう。
笑ってしまうくらいに完璧な、とんでもない人物なのである。
しかしながら、本作はシリアスを貫いているので
そういう、とんでもない部分をババンと強調したりはしない。
結果、優等生すぎてインパクトを欠く人物像として映ってしまう。
世界を股にかけて飛びまわる主人公、国家レベルの事件、
国際刑事裁判所が直に接触、と壮大なスケールの話。
なのに、どうにもこうにも、壮大な感じが伝わってこない。
ひたすらセンス合わなくて、冷めた目線になっちゃってるから
緊迫するはずのとこでも、びっくりするくらい気持ちが動かない。
だから、最大の危機を切り抜けた時にしても
それ己の力じゃなく偶然の力だよね?ってなもんで。

全体的な印象を例えて言うと・・・・
夜中のテレビで何となく放送されてる映画、かな。
あーなんか見たことあんなー、またやってんのかー
でも話覚えてないし、もっかい見てみるかー
と見始めても途中で寝ちゃう、そんな感じの映画。
好きだったところ?強いて挙げるとすれば?そうだなあ、、、
空中を落下しながらの銃撃、格闘。それと執事の冒険。
執事が裏切ってたら面白いのに!なんて考えちゃってたけど。


アレクサンドル・デスプラ/オリジナル・サウンドトラック 『LARGO WINCH II』

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両腕の間隔は広く
・60センチ以上をキープ
・反対側の腕もちゃんと伸ばす
掌を上に向けない
・肩甲骨から動かす
・上半身は腕に引っ張られて伸びる
・脚は床に引っ張られて伸びる
・床との隙間1センチでピーン
・肩、肘、手首、指 手首、肘、肩、下
・真横じゃなく少し前で


ザ・ニュー・サウンド・オブ・ヴォードヴィル O

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