古くて小さい映画館で観た。音響は、お世辞にも良いとは言えない。
でも、上映が始まり、最初に流された演奏で胸にぎゅいーんって来た。
次の曲では、じわじわと目にまで来た。
あえて集中して聴こうとしなくても、ぐいぐい引き込まれてしまう。
何これ。天才てこういうことか。すげえ。。。
平成23年、映画館で観た七十一本目の作品は、
「グレン・グールド」。
グレン・グールドは、トロント出身のピアニスト。
音楽家の家系に生まれて英才教育を受け、若くして才能を発揮。
ティーンエイジャー時代には神童と呼ばれ
19歳になる頃には学校で音楽を教わる必要が既になかった。
1955年、22歳でNYデビューすると、あっという間にスターダムへ。
稀代のピアニスト。
ジェームス・ディーン

のような伝説。
本作は、グレン・グールドの当時の映像やインタビュー音声と
関係者の回想、研究家への取材などから構成されている。
彼が偉大なピアニストであったのは間違いないが
それだけでは映画の材料としては物足りない。
こうして映画になっちゃうのは、彼が非常に特異な人物だったからだ。
グレン・グールドは
「クラシック界の異端児」であった。
彼の奏でるクラシックの名曲は、その独創性で人々を魅了したが
一方で、楽曲に対する解釈の違いから批判を受けることもあった。
ハンサムで知性的だが、「傲慢」とも評される性格の持ち主で
音楽家としての活動だけでなく、個人的な部分もエキセントリック。
そのため彼の人生には、多くのトラブルとドラマが含まれている。
グレン・グールドは、人付き合いが苦手であった。
彼自身、世俗と距離をおけることが音楽家の利点の一つと述べている。
very private person であり、fragile person であり、nut 扱いされていた。
「どんな形であれ音楽家を自認するなら、独創性がなければならない」
というのが彼の持論であり、楽曲には独自の解釈をもって臨んだ。
極めて個性的で極めて奇抜な演奏に聴衆は沸き、大ヒット。
同時に、特異すぎて原曲の良さを損なっているとの反論もあった。
だが、ピアニストとしての演奏技術は誰もが認める超一流。
それは、あの
バーンスタイン

が見解の相違を認めつつも共演したほど。
彼はグレン・グールドの感性を尊重し、独奏者に敬意を表して従った。
作品の内面に入り込み、乗っ取ってしまう。それがグレン・グールド。
友人の一人は、演奏中の彼の様子を「トランス状態」と表現している。
演奏家が、演奏に熱が入るあまり、、、ってのは珍しくないかも知れんが
彼の場合は演奏スタイルからして独特なもんで、とても奇妙に見える。
ピアニストの演奏って、音だけでなく目で見ても美しかったりするけど
彼が弾いてる姿は、とてもじゃないが、美しいとは言い難い。
しかし、それが彼のスタイル。譲れないスタイル。
彼の椅子は、床から30cmの高さという、とても低い物でなければならず
膝を折り曲げるようして座って、前傾気味の姿勢で鍵盤を叩く。
日本人と違って腕長いし、言っちゃ悪いがチンパンジーのよう。
また、弾きながら旋律を口ずさむ癖があって
パラパパー、ティラリラリー、ウ~ウ~など言いつつ弾いている。
スターダムであり、しかしメインストリームではない、独特な演奏。
加えて奇人のようなキャラクターが話題を呼びスター性を増していった。
が、彼としてはその部分へのスポットライトは望んでいなかったろう。
派手なことが嫌い。人付き合いは苦手。公演のキャンセルも多々。
大きな才能と独自の感性、高い自尊心を持った音楽家。
表現者であるが、その表現は元来から外向きのものではなく
内へ内へと突き詰めていった末に表出してきたもの。
繊細だった。タフではなかった。興業にはとても向いていなかった。
彼は31歳でコンサートに終止符を打ち、人前で演奏することを止めた。
20代の時から、あれ?よく見たら頭髪あぶなくないか?と感じてたが
30代で目立ち始め、あんなにハンサムだったのが、急激にオッサン化。
人前に出なくなったことが関係してるんじゃないかと思ったけど
白色人種として一般的な年の取り方なのかも知れないな。
あるいは、心の病が大きくなっていったせい。
表舞台を去ってからの彼が何をしていたかというと
ラジオ番組を作成したり、テレビのドキュメンタリ番組を作ったり。
演奏の発表は、これら放送媒体とレコードの発売だけに限定された。
元々拘りの強い性質であったため、制作の場でも細部まで拘り抜いた。
その傾向は徐々に増し、常軌を逸する域にまで達するようになる。
もう性格とか主義とか言えるもんじゃない。偏執症と表されていた。
かつてはアドリブで応じていた各種取材も
質問・回答を全て原稿にして、そのとおりに進めるようになった。
自身と、自身に関わる人間を、強く束縛した。
偏執症は強くなる一方で、抗鬱剤、抗不安剤を服用し続けた。
かねてから潔癖症であったが、病に対する恐怖がそれを助長し
病院には菌がいるからと、死を待つ母の見舞いにも行けなかった。
自身の脈拍、睡眠時間、体温、血圧などを克明に記し
多量の薬を持ち歩き、真夏でもコートを着て、、、。
グレン・グールドがこの世を去ったのは1982年。50歳であった。
独創性に満ちた演奏は彼の死後も愛され続け現在でもファンは多い。
この映画を観に行くのは、そもそも彼の演奏が好きであるとか
好き嫌いはさておき評価してる、って人が殆どなのだろうけど
何も知らずに観て聴いて、好きになる、という人もいるんじゃないかな。
あああー、この映画を4年前に観ることができていたら!
グレン・グールドの家やベンチの像を見に行く事が出来たのに。
もう別れちゃったしなー。もうトロント行くことないだろなー。あーあー。
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