数奇屋門 完成

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お客様には大変ご迷惑をおかけしました、大工さんの都合もあり工事が約1年近く遅れました。

私のご近所の大工さんにより無理言って今年のお盆明けより工事着工に入りました。
既に昨年末には柱の基礎の束石などは私が全て施工をして門本体を施工するばかりでした。


やっとの思いで完成した門は、計算されたようにぴったりと収まってやれやれです。
実際には門の施工後に庭周りを作っていくのが本来なのですが後先が逆になりましたが何とかバランスよくこの通り完成にこぎ着けました。



門は圧迫感を感じさせないように左右の壁の部分は丸竹を使い格子状に。
反対側が透けるように見えれば少しでも開放感が出ます。暗いイメージもなくなります。




格子戸を開けますと額縁のごとく庭がすっぽりと枠にハマります。
これも庭を作る上で門の扉の位置を意識して作られています。




玄関から門へと続く下りのアプローチ。石材は鉄平石です。厚手のものを使用して蹴上げ15cmあるものも使用しています。




扉をくぐると木曽石(恵那石)の石積みが目に飛び込んできます。そして段差を生かした庭の景観の中に井戸の井筒と手押しポンプが絵になっています。
最近はこの手押しポンプも災害に備えて需要が伸びているそうです。




古い木の電柱に裸電球の照明が光ります。井筒の中には井戸のポンプが入っていまして庭の散水などはこの井戸水を利用して電動ポンプで汲み上げています。
手押しポンプはあくまでも景観と災害用に付けてあります。




夜の照明が付けばまた雰囲気が違いますね。証明はアンティークの丸型の白色ガラスの証明でアームは優しいカーブを描いたものです。
この場で使うために準備していたものです。










玄関前にある散水施設、洗い場にもなり田舎家の雰囲気を出すように設計して作りました。
市販の立水栓や最近よく見かけるレンガ造りのものではこの場に似合いませんからね。



ということで3年越し(3期工事)で作らさせていただきました庭もようやく完成となりました。
お客様の理解と温かい目で見ていただいた成果だと思います。

私なりのこだわりを持って作らさせていただきましたが、見ている方々の目にはどう映るのでしょうね。母屋の古い田舎家風の家のマッチした庭、これからも進化し続け木々が育っていくのを見届けていきたいと思います。


ありがとうございました。

庭工房 彩(ひかり)   近藤恭啓  http://www.niwakoubou-hikari.com/top1.html

滋賀県彦根周辺の観光

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さてすでに1週間が経とうとしていますが、この間の日曜日(8月31日)に滋賀県の彦根周辺の観光に行ってきました。




以前から庭巡りをしたいところだった滋賀県の湖東の辺りは現存する多くの庭が点在するところです。


また彦根城も現存するお城の一つで興味がありましたので、今回は足を運んでみました。




国道21号線沿いの米原市を走ると観光の看板が目に留まった。


国指定名勝庭園「青岸寺」とあります。折角なので寄ってみます。国道から左手の山裾にひっそりと佇むこのお寺さん、以外にひっそりとして荒々しい石組が印象的な庭です。








山門は大きくはないがそれなりの雰囲気があります。少し傷みはありますがそれなりに修復もされていました。








山門を潜ると本堂が目の前にあります。


本堂前には今がまさに花の見ごろなサルスベリの大きな木が目に飛び込んできます。


足元はたくさんのイワヒバが植えられて大切に保護されていました。


庭師の私としてはこれがいいのか悪いのかは個人の見解の差がありますので何とも言い難いですが、個人的にはもっとあっさりした地苔などの方がいいと思いますが、でもここは国指定の庭とは別です。




本堂の脇から建物に入り拝観料300円を払い建物の奥へ。


別世界の庭が現れます。この辺りで産出される石なのか?チャートのような石です。


荒々しい雰囲気がいいですね。










かなり凝った石組で多くの石が使われています。


植栽は松やサツキが植えられていますがサツキなど全てではないにしても現代に植えられたものもあるような気がいたします。


また苔も緑も美しく、この石組を一層引き立てています。


雨が降るとこの苔の上に水が溜まり池泉になるそうです。枯山水の庭なのでこの苔が水を表現していますね。










彦根までの道中にこんな素敵な庭があるとは、寄って良かった素晴らしいお庭を見学できました。




ここから彦根まで車を走らせ市街地が見えてきました。国道右手の山裾に見えてきました。




龍潭寺(りゅうたんじ)(733年)に行基菩薩によって遠江国浜名湖に開創されたと伝わる。井伊家の始祖である井伊共保がこの寺に葬られ、以降は井伊家の菩提寺となった井伊家との深いゆかりを持つ寺であるそうです。







素晴らしい棟の瓦の施工。私もあちこち見ていますがこんな施工も珍しいかと!


1600年、関ヶ原の戦いに勝利した東軍・徳川家康の家臣・井伊直政が佐和山城を与えられたのを機に、井伊谷龍潭寺第5代の昊天(こうてん)禅師によって佐和山の西の麓に移建開山されることとなった。慶長7年(1602年)から建設が開始され、諸堂が完成したのは1617年のこと。方丈などを建てるための木材は、遠く長野県から運んできたといわれている。

またこの寺は庭師を育てた寺としても有名で現在もこの寺に残る枯山水庭園は修行僧たちが作ったと伝わります。








その庭がふだらくの庭。最初に作られたころは今よりも石の数が少なく、元禄年間の頃に石が増やされ、現在のような形になったそうだ。

石組みも全体のバランスを取りながら石一つ一つの気勢(石の持つ勢いの方向)を見ながら高低や奥行のバランスを見ながら組んでいく。いわば生花と同じ花器の中でバランスをとりながら枝ぶりや鼻の位置のバランスを取る。


全く同じものです。そうしてみるといくら古く由緒があれどこれは素晴らしいといった石組みはそうそう出会えるものではありませんね。


これも個々の感じ方や捉え方があるので一概にはどうだということは言えませんけどね。


ついつい職業柄厳しい目で見てしまうのです。自分磨きを常に意識して捉え方や感じ方も考えているのですよ。ホント!

この後、彦根城巡りをしたのですがこの続きはまた書きます。



勉強した頭を癒すにはブルーベリー?笑


道中帰り道にブルーベリー農園の食べ放題があるらしい。我が家にもあるのだがせっかくなので食べて帰ろう!1000円で食べ放題。お持ち帰りは大パック1500円、


どう見ても大パック一つ分は食べれてしまうよなー。ってことで安上がりな食べ放題に。
無制限時間、大きなネット張りの農園で12種類あるという品種からいろいろ食べ比べしながら木から木へ。


まるでヒヨドリになったように美味しい気を探します。
とても甘い気が見つかるといろんだ紫の実を口に運びますが忙しいなんてものではありません!


食べる食べる、大パック2つ分は十分食べれるであろう感じです。大きなザル一杯ほどか、私はちなみのこの春にいちご狩りで130個食べましたので普通の人より食べれるかも!笑


そうしてお腹も膨れ帰路に着いたとさ。


長文に時間が掛かりアップが遅れました。


さて、大工さんの仕事が一段落し、私もその隙を見て竹の編み込みを行った。
壁を付けると圧迫感が出て窮屈なイメージになると想像し、あえて竹垣の続きのようなこの丸竹の壁にしてみた。

圧迫感も無く狭い空間も広々と感じるのがいい。
庭師も捨てたもんじゃないでしょ。笑



さて瓦屋さんの出番です。
先ずは瓦は今時は土を置いて据える方法はめったに見ません。乾拭きと言って横桟の木に釘で打ち付けていく方法が主流ですね。

その横の桟を打って行きます。瓦1枚分の間隔です。銅の針金で縛ったり、直接瓦から釘を打ったりさまざまです。

私も瓦に関してはあまり詳細なデザインや施工方法が分かりませんでしたが、今回かなり瓦にも種類があることを知りました。その瓦によってもかなり趣が変わるんですよね。驚き!




でも今回は母屋に合わせてオーソドックスでシンプルな普通の瓦を使っています。
普通と言っても門の脇の袖の部分の屋根が小さいのでこちらに合わせて普通よりの小さい瓦を使いました。普通の人ではちょっとわからないかもですね。










瓦屋さんの施工が終わり今度は左官屋さんが漆喰の仕上げです。
スズメ返し?って言ったような。軒先の部分の瓦の隙間からスズメが入らないようにする部分に漆喰を塗り、仕上げます。

この工程を終えると千枚格子の引き戸を取り付け完成です。
もう少しです。楽しみです。

でも私は来週半ばから長崎国体の役員でカヌー会場でもある熊本県の人吉市へお手伝いです。
返ってくるころには完成してるのかな?

ずっと現場に付ききりで作業を見守り、お手伝いしてきましたが最後が見れなくて残念です。
また完成の折はご紹介します。

続く