2017-03-28 10:49:09

「標的の島 風かたか」

テーマ:映画

「標的の村」「戦場ぬ止み」に続く、三上智恵監督作品最新作。那覇の桜坂劇場における上映に続き、東京でも、ポレポレ東中野での上映が、先週の土曜日から始まった。土日は、生憎、所用があったので、昨日の12:30の回に行ったが、30分前に着いたのに、すでに満席で、立ち見・・という状況。万全を期し、1時間前に劇場に着くように、家を出るんだった。失敗(涙)。

観客は、いつものように、私と同世代の、ジジ・ババ(今はシニア世代・・というんだそうだが)が中心ながら、若い人の姿も、結構、目につき、少し、安心。

高江におけるヘリパット建設反対運動をテーマにした「標的の村」や、辺野古の新基地建設を巡る激しい攻防を描いた「戦場ぬ止み」に対し、今回の新作は、わりと「地味」な、現在、宮古島や石垣島で押し進められている、自衛隊によるミサイル基地建設に反対する地元住民の闘いを、いわばメインテーマに据えた作品。もちろん、高江や辺野古のその後も、ストーリィにおり込み、クライマックス・シーンは、国家権力を総動員した、文字通り、「沖縄の民意」圧殺ともいうべき、高江における(昨年)7.22の激闘だ。

しかし、三上監督は、沖縄の闘いを、決して、単なる「武勇伝」として描くのではなく、常に、「本土」の風かたか(防波堤)とされてきた沖縄の悲しみと苦しみ、しかも、何度も、文字通り、重圧に押しつぶされそうになりながらも、それをはね返してきた、ごくフツーの、沖縄の人々の歴史として、それを描いこうとしているのである。だから、そこには、当然、人々の日常生活があり、歌や伝統文化や、笑いもある。そして、虐げられてきた沖縄の悲しみや苦しみは、決して、反対派の中にのみあるのではないという、至極、自明のことも・・。

もちろん、三上作品への「ないものねだり」を、ここで書き連ねることは、容易だろう。しかし、そんなことよりも、私はまず三上作品を、ひとりでも多くの人に観てもらいたいと、切に、そう願う。三上監督は、いう。「標的の島」とは、それは決して、沖縄のことではない。それは、今、あなたが暮らす日本列島のことでもあるのだ・・と。そして、最後の希望、それを踏みつぶす側に、あなたは加担するのか・・と。

上映終了後、三上監督とTVジャーナリストの金平茂紀さんによるトーク・ショーもあって、充実した上映会であった。

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-26 09:29:02

アートとは何か(3)アール・ブリュット(続)

テーマ:ブログ

しばらく間があいてしまったが、また、ボチボチ、書き続けていきたい。ということで、以下は前回からの続きです。

ヘンリー・ダーガーに関しては、一時期、日本でもちょっとしたブームになったので、邦語による、あるいは邦訳された関連書も多く、また、「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」というドキュメンタリー映画も、2008年に公開された(DVDあり)。この原稿を書く際に、改めて観返したわけではないが、ダーガーの生涯を、「子供たちの守護者」たる、孤高のアーティストとして描く、かなり美化された内容だったとの記憶がある。

しなしながら、ダーガーが紡いだ「非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語(以下、略)」と題する、とてつもなく長いタイトルの物語は、それほど、美しい無垢の物語であるとは、どうしても、私には思えない。ダーガーの描く、色とりどりの花が咲き乱れ、蝶のような謎の生物の飛び交う、子供たちの楽園は、確かに、生涯、「大人」になりきることの出来なかったダーガーの望んだ、「見果てぬ夢」であることは事実だろうが、その一方で、子供たちへの正視しがたい虐待と拷問、そして、血みどろで横たわる子供たちの姿も、そこには同時に描かれていて、「子供たちの守護者」とは、到底、縁遠い、社会への不適合者たるダーガーの、フツフツたる、どす黒い欲望というか、行き場のない怒りも、また、透けて見えるからである。

決して、「子供たちの守護者」という「きれい事」だけではない、そうした人間の二面性こそが、ダーガーというアウトサイダー・アーティストの魅力なのだと、私はそう思う。

最後に、もうひとり、アール・ブリュット=アウトサイダー・アートの作家をあげておこう。1886年、スイス生まれのアロイーズ・コルバスである。アロイーズは24歳の時、ドイツのヴィルヘルム2世の宮廷に、家庭教師として、仕官する。そのわずか1年半ほどの、夢のような経験が、彼女の生涯を、文字通り、大きく狂わせることになった。

その後、様々な職業を転々としつつ、アロイーズは、ドイツ皇帝への一方的な思いを、ラブレターに綴るようになり、加えて、常軌を逸した行動も目立つようになって、精神分裂病(統合失調症)と診断され、31歳の時、入院。以降、1964年に77歳で死去するまで、その人生のほとんどを、精神病院で過ごすこととなった。

長い入院生活の中で、アロイーズは華やかな宮廷生活を題材とした絵を描くようになり、アール・ブリュットの命名者であるジャン・デュビュッフェ等から、次第に、注目されるようになった。彼女の描く、極彩色の衣装を身にまといながら、揃って、うつろな目をした女たち。それはアロイーズ自身の心の、まさに投影。

外苑前にある、現代アート専門の私設美術館であるワタリウム美術館で、2009年、アロイーズの日本初の個展が開催され、私は会期中、何度も足を運び、彼女の描く、悲しい空っぽの女たちに、夢中になった。

私は、先に、アール・ブリュットのアーティストたちは、自分のためだけに描き続けたと書いたが、アロイーズは、もしかすると、自らの絵が巷で注目されていることに、ある程度、自覚的だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-25 00:16:00

何でブログの更新が遅れていたかというと・・

テーマ:ブログ

本当は、15日までにしなければならない確定申告とかを、遅ればせながら、していたのです。で、ようやく、昨日、完了。計算が合っていればですが、多少、還付金が出る見込み。

確定申告なんてやめちゃえよ、××革命だぜぇ・・と、先日の、某「リプレーザ」の飲み会で、クダをまかれていた方には、まことに申し訳ないが、私は、えっと、そのぅ・・一応、「善良な小市民」なので、確定申告はするのです、ハイ。

だから、どうか、4月1日のとある出版記念会に出ても、「共謀罪」とかの適用しないで・・ねッ。

 

 

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-24 23:52:29

「コンタクトゴンゾ展 フィジカトピア」

テーマ:アート

だいたい、コンタクトゴンゾとは、そもそも、一体、何者???即興的なパフォーマンスや映像・写真作品の制作等を行う4人組のアーティスト集団だそうな・・。不勉強で、よく知らないが、ワタリウム美術館での、そのコンタクトゴンゾの個展「フィジカトピア」終了まで、あと数日なので、昨日の午後、何とか、時間をつくって、行くことにした。

まずは、2階。2015年にウィーンで行われた格闘技パフォーマンスの映像が流れていたり、「無機物と生命(キャタピラはカニを轢く)」という、謎のオブジェがあって、その他、壁から杭が突き出ていたり、「土食べ軍団大冒険(肉の土地、脂の川)」という、意味不明な映像作品が放映されていたりと、まぁ、立派に、訳がわからん。

3階には、「黒い家の庭」というインスタレーション作品。小屋の前の、上からぶら下がった脳の前に立つと、小屋が発光して、球が飛び出て、脳の前に立っていた私の身体を直撃する。まぁ、少々、痛いというレベルだが、ウムウム、これってば、体験型のアート・・ってか。

4階には、個展のタイトルでもある「physicatopia」という映像作品。四方の壁に映し出された雪山の映像。何かを人の身体に、撃ち込んでいる。これって、もしかして、3階の体験型アートの屋外版???

まぁ、こんな感じで、個展は終了。面白いといえば、面白いけれど、訳がわからんといえば、訳がわからん。でも、生憎、こちとらは、Chim↑Pomを観ているので、たいていのことでは驚かんのだよ、明智クン。ふぁふぁふぁふぁ。

ということで、コンタクトゴンゾとは、一体、何者かの詮索はやめにして、地下のカフェで、ホットドックとチャイの軽食をとって、しばし、休憩。疲れた。まだまだ、体調が完全に戻っていない。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-21 15:57:24

「3月のライオン」前編

テーマ:映画

羽海野チカ原作の人気コミックを「龍馬伝」「るろうに剣心」の大友啓史監督が実写映画化した、その前編。神木隆之介演じる17歳の天才棋士、桐山零が、ライバル棋士たちや、義姉の香子、近くに住む川本3姉妹等との交流を通し、成長していく様を描く感動作・・ということだったが、私は原作を読んでもいないし、将棋も知らないので、正直、あまりというか、全然、関心がなかった。でも、娘が「ハチミツとクローバー」の羽海野チカの原作なんだから、絶対、面白いと力説するので、観に行った。

4月に、引き続き、後編が公開されるので、評価は、本当は、それを観てからにしたいが、大友監督らしい骨太の演出と、主人公をはじめ、佐々木蔵之介、加瀬亮、伊藤英明、渋谷将太等といったライバル棋士たちの対局シーンは、迫力満点。しっかし、その背景にある人間ドラマの方は、まだまだ、これから・・というところで、前編は終了し、後編のクライマックスへと持ち越されることになる。

しっかし、原作はまだまだ続いているのに、後編で一気に大団円・・というのは、本当に大丈夫???一応、聞くところによると、原作者の考えていたラストは、監督に伝えられているらしいですが・・。

ちなみに、恋愛ドラマが大好きで、ラストは必ず、ハッピーエンドで・・という娘には、この前編、えらく、不評でしたぁ~。ハッキリいって、恋愛の要素はみじんもないし・・ねッ(笑)。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-19 16:31:01

4月の「ラテンアメリカ探訪」

テーマ:ブログ

第149回ラテンアメリカ探訪(旧メキシコ学勉強会)のお知らせ

「ペルーの日系詩人、ホセ・ワタナベの「日本人性」について」

ホセ・ワタナベの詩に顕著に現れている「日本人性」は、日本からの移住者である父、渡辺春水(わたなべ はるみ)から伝授されたものであり、俳句、武士道、禅と密接に関わっている。昨年(2016年)来日して、父、ホセ・ワタナベのルーツを調査した娘、マヤ・ワタナベは祖父、春水の生家が、幕末まで岩国藩(現・山口県岩国市)の藩士であった長谷川家であることを突きとめた。この事実を踏まえて、『ホセ・ワタナベ詩集』の翻訳者である細野豊が、ホセ・ワタナベの詩に見られる「国際性」と「日本人性」を改めて考察する。

発題=細野豊(詩人)
日時=2017年4月17日(月)19:00〜21:00
会場=千代田区和泉橋区民館5階洋室D
https://www.city.chiyoda.lg.jp/shisetsu/annai/035.html
JR秋葉原駅昭和通り口下車、駅前の昭和通りを岩本町方向に歩き、最初の信号を渡って右折。書泉ブックタワー隣り。駅から徒歩3分くらいの距離。
会場費=400円

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-19 09:12:57

アートとは何か(2)アール・ブリュット

テーマ:アート

既存の文化的な素養や美術の流通システムに、いわば「汚染」されていない、前述のアドルフ・ヴェルフリ等の、主に、自らの解放(もしくは自己充実)ためのアートを、フランスの画家、ジャン・デュビュッフェは、「アール・ブリュット(生の芸術)」と命名し、高く評価した。アウトサイダー・アートとは、その英訳である。

アール・ブリュット=アウトサイダー・アートの担い手たちは、いずれも、アートのアウトサイドに生きる人々、独学のアマチュア作家や幻視者、精神病者、知的障がい者等々である。昨今では、あたかも、精神病者や知的障がい者のアートが、イコール、アウトサイダー・アートであるかのような認識が定着し過ぎているような気も、しないではないが、本来はもう少し、幅広い概念である。彼らが、たとえ何者であれ、そのアート活動が、文字通り、自らが生きて行くために必要不可欠なものであるかどうか、その切実性が、そこでは問われているのである。

私が、初めて、アール・ブリュットのアーティストと出会ったのは、家からも近く、とても都会のど真ん中にあるとは思えないような、静寂な環境にある、原美術館でのことだった。原美術館は、個人(原さん)の邸宅を改装した、小さな現代アート専門美術館で、特に、その庭園に面したガラス張りのカフェテラスは、とても居心地がよく、今も昔も、頻繁に通っている。お茶して、優雅な気分になれる上に、様々なアートも観ることが出来るのだから、一石二鳥である。

そこで観たヘンリー・ダーガーの個展に、私は強い衝撃を受けたのである。

ヘンリー・ダーガーは、1892年、アメリカのシカゴに生まれ、母の死で、カトリック系の児童養護施設に預けられた。その後、父も死去し、天涯孤独の身となったヘンリーは、17歳の時、シカゴのカトリック系病院で雑役夫として働くようになり、それは彼が、膝の持病が悪化し、働けなくなった71歳の時まで、続いた。友人等もほとんどおらず、勤め先と下宿を往復するだけの日々。いつも、古新聞や雑誌を漁って、大量に下宿先に持ち帰る変人。それが、彼を知るごく少数の人達の、共通の認識だった。

そして、1973年に、81歳で死去。大家が、古新聞や雑誌にあふれ、ほぼゴミ屋敷状態のヘンリーの部屋を片づけようとして、彼が、文字通り、その生涯をかけて描き続けてきた、「非現実の王国」における、果てしない「正義」と「悪」との戦いを描いた、1万5千頁をこえる壮大な物語と、その物語のための数百枚の挿絵を発見したことで、ヘンリー・ダーガーは世に知られることになった。アドルフ・ヴェルフリ等と並ぶ、アール・ブリュットの「雄」の誕生である。

しかし、彼はそれらの絵を、自らの生きる証というか、ハッキリいえば、外の社会からの完全な自己逃避のために描いたのであって、それを他人の目に晒す気など、サラサラなかったことは、間違いない。

これはダーガーであれ、他の誰であれ、共通することだが、アール・ブリュットの作家たちは、元来、その作品を、もっぱら、自らのためだけに描いたのであって、他人に観られることを、もともと、想定していない。したがって、その作品には、進歩がなく、永遠に続く反復であることも多い。これが果たして、アートなのかという見方も、当然、あるだろう。

しかし、その自らのためだけに描いたアートが、私たちを強く感動させることも、また、事実なのだ。

少し、長くなったので、また、日を改めて、この続きを書くことにする。細切れで、どーも、スイマセン。

 

 

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-16 10:04:38

「草間彌生 わが永遠の魂」

テーマ:アート

国立新美術館で、5月22日までの会期で開催されている大規模個展「草間彌生 わが永遠の魂」に、昨日、ようやく、行った。

同展は、中央の大ホールに、草間が2009年以降、精力的に取り組んでいる大型絵画連作「わが永遠の魂」の最新作を集め、展示すると共に、その周囲をグルリと取り囲む、いわば大回廊に、その初期から今日までの、彼女のアーティスト活動を概観出来る、文字通りの代表作を、時系列的に並べた展覧会で、これまで何度も開催されてきた彼女の個展の中でも、最大級のもの。

とにかく、大回廊を巡礼しつつ、最後に大ホールに出ると、そのめくるめく色彩の乱舞と、草間が到達した前代未到の画業の前に、観る者は皆、好きか、嫌いかの区別なく、ただただ、圧倒されること、間違いなしである。

おそらく、もう、ピークは過ぎた、かつての画業の単なる反復・・との意味で、草間を「水玉ばあさん」と呼んだ、私も面識のある、とある高名な「日本を代表する現代アーティスト(NHKが、その番組内で、そう呼んでいた)」は、この草間の、現時点での到達点を観て、一体、どのような感想を抱くのだろう???と、そう思いつつ、私は大ホール内に、しばし、佇んだ。

会場出口にある、図録や草間グッズを扱うショップは大人気で、平日の昼間というのに、会計までの待ち時間は、実に70分・・の表示が出ていて、ウンザリしたが、私の疲れ切った表情を見かねたのか、係員が、図録だけなら、地下のミュージアム・ショップで買えますよと、そっと耳打ちしてくれたので、地下のショップに行って、待ち時間0分で購入。でも、図録は、百科事典のように、ズシリと重く、持ち帰るのも、ひと苦労。

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-14 11:21:14

アートとは何か(1)アドルフ・ヴェルフリの内なる小宇宙

テーマ:アート

「ラテンアメリカ探訪」のアート展開催に向けて、私なりのアート論(あくまで、みたいな・・もの)を書いてみようと、昨日の深夜というか、今日の夜明け前、眠れず、悶々としていて、急に、思いたった。まぁ、「あくまで、みたいな・・もの」なので、時間がある時に、思いつくまま、気ままに、書いてみて、うまく、まとまらなかったら、それはそれで、どーも、ゴメンナサイ・・ということで。

アドルフ・ヴェルフリは、1864年、スイスで生まれた。父はアル中で、やがて、失踪。母は洗濯女として、7人の子供を、それでも懸命に育ててきたが、アドルフが9歳の時、死亡。天涯孤独の身となったアドルフは、無慈悲な里親の元を転々としつつ、過酷な重労働に従事してきたが、26歳のころ、幼い少女への性的暴行未遂事件を2度、起こし、禁固2年の判決を受け、下獄した。出所後、再び、少女への性的暴行未遂事件を起こしたアドルフは、ベルンのヴァルダウ精神病院に収容され、以降、1930年に66歳で死亡するまで、そこが彼の終の棲家となった。

病院内でも、幻覚に悩まされては、暴力行為をくり返すアドルフだったが、40歳のころ、彼は突然、新聞紙等に、鉛筆でドローイングを描き始めるようになり、やがて、朝から晩まで、作画に没頭し続けるようになった。彼の才能に気づいた医師に、色鉛筆を与えられたことで、その精緻なドローイングは、驚くほど、色鮮やかな世界へと、見る見る、変貌を遂げた。

彼の描く絵には、随所に、様々な彼自身の「生」の言葉がちりばめられ、また、時には、彼自身が作曲した楽譜が挿入されたりと、それは、1枚、1枚、独立した個別の絵というよりは、ひと続きの長い物語であり、外の世界では抑鬱され、解放されることのなかった、彼の内的世界を、一気に解き放つ作業といえた。彼はそれらに、「揺りかごから墓場まで」「地理と代数の書」「歌と舞曲の書」「葬送行進曲」等といったタイトルをつけ、死ぬまで保存し、彼の死後、スイスを代表する希有な芸術作品として、ベルン美術館へ移管され、今日に至っている。

幼女強姦魔の、重度な精神病患者であったアドルフ・ヴェルフリは、誰の手ほどきを受けることもなく、独自のアート世界を生み出し、それによって、自らをも解放し、そして、死の4日前、「もう描けない」と涙を流しながら、精神病院という閉ざされた世界で、死んでいった。

アドルフ・ヴェルフリのその生涯と作品を回顧する展覧会が、現在、兵庫・名古屋で巡回中で、東京では4月29日~6月18日の会期で、東京ステーションギャラリーにて、開催される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2017-03-13 10:08:22

「モアナと伝説の海」

テーマ:映画

ディズニーCGアニメの最新作は、主人公が、私は「プリンセス」なんかではないと、強く主張すること(まぁ、酋長の娘ではありますが・・)、そして、従来のプリンセス物語にはつきものの、恋愛の要素がゼロであることが、その際立った特徴。

主人公の16歳の少女モアナは、女神テ・フィティの失われた心を取り戻し、島と南太平洋に迫る危機を救うため、伝説の英雄マウイの力を借りて、旅に出る。確かに、物語の大半を占める海の映像は美しいし、猪突猛進し、恐れを知らぬモアナのキャラクターは、これまでのディズニー・プリンセス像を大きく打ち破って、たくましいが、反面、ストーリィは単調で、2時間あまりの上映時間は、少々長く、私には感じられた。

そう感じていたのは、いい映画を我が子に観せようという親に連れられて、劇場にやって来た子供たちもきっとそうで、退屈し、場内をかけずり回る子供たちと、それを必死に制する親たちのバトルが、日曜の午後、場内のそこかしこで、くり広げられていた。

それを横目で観ながら、子供たちが本当に観たい、好きな映画とは、一体、何なのだろうと、そう考えた。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。