秀雄のブログ

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「批評の神様」小林秀雄に敬意を表して、「秀雄のブログ」と名付けました。
好きな学問は、英語と、歴史・文学・思想・哲学・社会科学です。
好きな芸術芸能は、文学・落語講談・映画・絵画・音楽・演劇です。
宜しくお願いします。


一昨年「漱石『こころ』序」http://ameblo.jp/hihyono-kamisama/entry-11994700592.html

昨年「漱石『こころ』」http://ameblo.jp/hihyono-kamisama/entry-12138740886.html

を本ブログで発表しました。

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私は三島由紀夫と同時代人ではない。三島が自決した時、私は2歳。知的ものごころがついた時、三島は過去の人だった。つまり「三島事件」は既に「歴史」であった。しかし、知識人から一般の庶民に至るまで「事件」の衝撃を体験した人達の口から、事あるごとに「三島由紀夫」という名は語られ、今だに語り続けられている。

私の青春時代は、吉田松陰、福沢諭吉、夏目漱石、……といった、主に江戸から明治を生きた思想家を読むことであり、そこに三島を加えるには、彼はあまりにも生々しく、近づきがたいものがあった。

また当時傾倒していた、福田恆存や江藤淳と比べても、三島は「小説家」というイメージが強く、その世界に入っていくのにある種の覚悟を要求しているかのように見えた。

それでも「思想」に対して嗅覚がはたらくのか、20歳代の時から少しずつ作品を読んでいった。いわば横目で見ながら、触ると火傷しそうになるのを恐れながら、少しずつ、である。

私の読書記録によれば『文化防衛論』を読んだのは平成8(1996)年である。読書の際に大事と思われる箇所には赤鉛筆で線を引くのであるが、今回読み返して、到る所に赤線が引いてあるのに自分でも驚いた。それにもかかわらず、21年前にはその内容をほんの少ししか理解できていなかった事に呆れた。

特にその中の「文化概念としての天皇」という一節が、当時の私にはあまりにも強烈で、同書で他に書かれていることを忘却の彼方へ追いやったのかもしれない。勿論、戦後のあの時点で、「文化概念」として天皇を考えたことを過小評価してはいけない、と今でも思う。しかし、『文化防衛論』には、それ以外にも現在の危機に通じる警句が沢山散りばめられていたのだ。そのことに21年前の私は全く気づかなかった、ということは、やはり私は火傷をしていたのだ。

論の最初の方に次の一節がある。

「何かが絶たれている。豊かな音色が溢れないのは、どこかで断絃の時があったからだ。そして、このような創造力の涸渇に対応して、一種の文化主義は世論を形成する重要な因子になった。正に文化主義は世をおおうている。それは、ベトベトした手で、あらゆる文化現象の裏側にはりついている。文化主義とは一言を以てこれを覆えば、文化をその血みどろの母胎の生命や生殖行為から切り離して、何か喜ばしい人間主義的成果によって判断しようとする一傾向である。そこでは、文化とは何か無害で美しい、人類の共有財産であり、プラザの噴水の如きものである。」

ここの「断絃の時」というのは「占領政策に従って『菊と刀』の永遠の連環」が絶たれたことであり、今日私達が古典から現代まで文学を愛し、美術館で名画を鑑賞し、映画を楽しみ、クラシックコンサート会場に足を運ぶのも、あるいは「華道や茶道の心やさしい文化」に慣れ親しむのも、東大寺や法隆寺の仏教建築に心奪われるのも、「文化とは何か無害で美しい、人類の共有財産であり、プラザの噴水の如きもの」とする「文化主義」が、そこに忍び込んではいないだろうか。

三島によれば「文化主義」こそが「非武装平和」の主張、「平和憲法」を守れという戦後思想と直結したものである。「菊」を守るには「刀」がなければならず、「文化」を守るには「剣」がなければならない。

「守るとは何か?文化が文化を守ることはできず、言論を言論で守ろうという企図は必ず失敗するか、単に目こぼしをしてもらうかにすぎない。『守る』とはつねに剣の原理である。
守るという行為には、かくて必ず危険がつきまとい、自己を守るのにすら自己放棄が必須になる。平和を守るにはつねに暴力の用意が必要であり、守る対象と守る行為の間には、永遠のパラドックスが存在するのである。文化主義はこのパラドックスを回避して、自らの目をおおう者だといえよう。」

ここに告白しておこう。私達は現在の危機に直面して、否が応でも気付かされるのは「菊」を守るのに「刀」がないことであり、「平和を守る」のに「暴力の用意」つまり「剣の原理」がないのだということを。そしてそれは戦後思想を批判して自らに忍び込んでいる「文化主義」に無自覚であった私自身もその責めから逃れられないということを。





(追記)
『文化防衛論』には疑問点もありますが、それはまた稿を改めて。
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